例えば、初めてキスをした時のことは覚えていても、初めて手を繋いだ時のことを覚えている人はどれぐらいいるんだろうか。
 そんなことをオレが思うのは、オレ自身の中では交わしたキスよりも、初めて指を絡めた時の彼女の手のぬくもりやら柔らかな感触なんかの方がより強く心に焼き付いているからかもしれない。
 放課後の誰もいない教室で、二人でいつもと同じように下らない無駄話で盛り上がっていたあの日。
 前触れなんてなかったし、そんな風になるなんて予兆だってなかった。
 なのに、ふと会話が途切れてしまい二人して口を噤んでしまったあの瞬間、オレたちは何故か無言のままお互いの指を絡めてしまっていた。
 お互いに混乱していたと思う。
 少なくとも、オレには何故自分たちがそうしているのかわからなかったし、後々考えてもどうして手なんか握ってしまったのか理由が見つからない。彼女に聞いても、何となく繋いでしまったのだと、少し憮然とした表情で言う。
 それは無意識の産物で、それだけに心の中は大慌てで。

 とにかく頭は真っ白で、どうしてなんて理由を考えるのに頭を使う余裕なんて欠片もなかった。
 触れ合う手とてが恥ずかしくて、お互いの顔なんか見れたものではなかったのだ。
 でも、それでも何故か、オレ達は手を離そうなんて考えもしなかった。

 目も合わせずに、顔も背けたまま窓を背にして。何も言わないまま、オレ達は二人でただ手を握り合っていた。

 今だから、思うんだ。
 きっと、本当に二人とも、確かな理由なんてなかったんだって。


 でも、多分、この瞬間。
 オレ達は繋がってしまったのだと思う。
 そして、絡んで結んだ指の触れ合いを、逃したくないと感じてしまったその瞬間。
 オレ達はきっと離れられなくなってしまったんだ。

 ただの友達でしかなかったオレ達は、手を繋いでしまったその時から、恋に落ちてしまったのだ。

 理屈屋で現実主義者を自称する彼女としては、そんな非論理的で説明できない無茶苦茶な恋愛の始まりが、今でも不満らしい。
 事あるごとに、あの時あたしは血迷ったのだと述懐する。でなければ、あんな訳も無くいきなりあんたなんか好きにならないと拗ねるのだ。
 彼女がそう言ってそっぽを向く度に、オレは照れなくていいのに、なんて思うのだけれど。
 だって、彼女は何時も最後にギュッと手を握ってくるのだから。



「美坂は、あの時のキス、覚えてる?」
「……さあ」

 彼女は相変わらず憮然とした口調と表情でそんな風に誤魔化す。
 あの後、自然と重ねてしまった唇の感触を、オレも美坂もまるで覚えていない。
 あの時何を喋ったのかも、夕焼けだったのか青空だったのかも、何を考えていたのかも、全く覚えていないのだ。
 覚えているのは、初めて触れ合った互いの指と手の温もりだだけ。本当に、それだけは鮮明に覚えている。
 だからなのだろうか。オレと美坂は気がつくと手を繋いでいる。別に繋ぐことを求めるわけでもないというのに。無意識に指を絡めている自分たちに気付く。
 街を歩いていても、家で寛いでいる時も、口付けをかわす時も、愛し合う時も。
 それが自然に在るべき姿だとでも言うように、オレ達は手を繋いでいる。


 きっと、オレ達にとって、手を繋ぐと言う事は根源なのだ。
 手を繋いでしまったあの瞬間から、オレ達ははじまったのだから。
 だから、オレ達は延々とはじまりを繰り返していると言うわけだ。
 そして延々と、恋をし続けている。
 恋が冷めない内から、その上にまた恋を重ね続けている。
 もうどうしようもないくらいの恋量が、オレ達の上に降り積もっている。
 そして今なお、その嵩は増え続けている。


 つまり、オレ達はもう離れられない、ってことだ。


 そう自信満々に言ったら、美坂は、

「馬鹿じゃないの?」

 と言って、キュッと繋いだ手に力を込めた。




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