誕生日だからといって友達と大騒ぎするのは小学生までの慣習なんじゃないだろうか。
 家族でケーキなんかを食べたり、夕食がご馳走だったり、ちょっとしたプレゼントなんかを贈ってもらう。そんなものだ。
 少なくとも、あたしは友達に盛大に祝ってもらうなんて事は高校生にもなっては少々恥ずかしい。
 だから別に、朝、教室に顔を出してから、放課後に至るまで誰からも「誕生日おめでとう」なんて言われなくても、気に病んだり、寂しいと思うなんてありえなかった。それが当たり前。それが普通。そういうもの。
 それ以前に、今日が自分の誕生日だということ自体、朝起きた時に栞に言われて思い出した程度の事だった。

 だから――――

「美坂、今日確か誕生日だったよな」
「え!? え、ええ、そうだけど」

 放課後、皆が帰宅しだす段になって、ひょこひょこと自分の机に寄って来た北川君がニコニコとそう云って来た時は逆に予期せぬ事に驚いたくらいだったのだ。


「なに? プレゼントでもくれるのかしら」

 香里は内心に生じた動揺を抑えながら冗談めかして告げると、北川は感心し切ったように目を丸くして頷いた。

「さすがは美坂。よくわかってる」
「え?」

 まさか本当とは思わず目を白黒させている香里を他所に、ゴソゴソと手提げ袋からなにやら取り出す北川。

「はい、オレからのプレゼントだぞ」
「あっ、その、ありがとう」

 呆然と差し出した両手の上に、ポムと置かれるぬいぐるみ。

「……なに、これ?」
「今、巷で人気のハリケンポッター君。なかなかグロテスクだろ」
「…………」

 両手で受け取ったそのぬいぐるみは見るからにオドロオドロしい配色の寸胴、二頭身で、恨めしそうな三白眼で此方を睨みつけていた。

「いやあ、ゲーセンで見つけたんで、取ってやろうと頑張ったんだけど、丸一日掛かっちまった。苦労したんだぜ
「そ、そう……あ、ありがとう」
「うん、美坂が喜んでくれたんならそれでいいって。じゃあな、オレ、バイトだから。また、明日な〜」
「うん……さよなら」

 角張った声で応じた香里は、ぬいぐるみと睨みあったまま、手だけを振って教室を出て行く北川を送った。

「………………」

 さて、どうしてあたしは不機嫌になっているのでしょう?

「はぁ、北川君も女心がわかってないねえ」
「まったくだ。女の子がこんなもの誕生日プレゼントに貰っても迷惑なだけだろうに」
「別に……迷惑ってほどじゃあ……」

 ないのだけれど。
 やれやれといった雰囲気を纏いながら、いつの間にか後ろに立っていた名雪と祐一に、香里は小さく溜息をつきながら言葉を濁した。
 そう、ちょっといきなりで驚いたから、少しばかり期待してしまったというだけで……

「うん、まあ、よく見ればなかなか可愛いじゃない」

 紫っ鼻をそらせ、顔面に縦線が入っているハリケン君、実に性格がネガティブそうで妹のベッドの枕元にでも置いておけば、悪い夢でも見せてあげれそうだ。

「香里の趣味に口出しするつもりはないけど」
「どういう意味?」
「特に意味はないよ〜。さて、それではわたしたちも恵まれない香里さんにプレゼントを贈ってあげましょう」
「あげよう」
「え? なにかくれるの?」

 勿論だよ、と満面の笑みで頷いた名雪は、祐一と顔を見合わせ、はいと右手を差し出した。

「……なに、これ?」
「イチゴのキャンデー。美味しいよ」
「…………そう」
「俺からはこれだ」
「…………」
「チロルチョコ。十円だぞ。今日がお前の誕生日って聞いたから、わざわざコンビニまで探しにいったんだからな。ありがたく受け取ってくれ」

 無理やり押し付けられたキャンデーとチロルチョコ(しかも一粒ずつ)を生気の失せた目で眺め、美坂香里はしみじみと呟いた。

「……あんたたち、とっても友達甲斐があって、あたしちょっと泣きそうだわ」
「えへへ、感動されちゃったよ、祐一」
「友情って麗しいよなあ、うんうん」
「…………ほんとに泣いていい?」

 もしかして、あたしって嫌われているんだろうか。
 ふと、自分のこれまでの行状を真剣に振り返ってしまう香里であった。














「あっ、お姉ちゃんおかえ……り」
「ただいま」

 低く地の底から聞こえてくるような声で栞に挨拶を返し、香里はさっさと階段を昇り、自分の部屋へと消えていった。
 一階にまでドスドスと足音が聞こえてきて、ドンと鞄を床に放る音が響く。
 その怒気の篭もった音色に、思わず栞は首を竦めた。

「ご、ご機嫌斜めだ。どうしたんだろ」

 階下で妹がビビっている事も知らず、香里は乱暴に制服を脱ぎ捨て、私服へと着替える。
 脱いだ制服をハンガーにかけ、ふと手を入れたポケットにそれは入っていた。
 名雪と祐一から貰ったキャンディーとチロルチョコ。

「…………ふんっ」

 包むを乱暴に剥き去り、チョコとキャンディーまとめて口に放り込む。そのまま、バリバリと噛んで、一気に飲み込んでやった。
「……………ふん」

 思い知ったか、と誰に対してか荒々しく鼻を鳴らしてみる。
 ちょっとは気分が晴れた気がした。気のせいだけど。
 そして香里は、口の中で混ざり、変な風味をかもし出している甘味を無視しながら、鞄から北川に貰ったぬいぐるみを取り出す。机の上において、マジマジと眺めた。

「…………ふん」

 自分でも腹立たしい事だが、どうやらがっかりしている自分がいるらしい。ぬいぐるみの恨めしげな目が、まるで自分の目つきを鏡で映しているかのように一瞬思えた。
 わざわざプレゼントを用意して、贈ってくれたのは素直に嬉しいと思う。でも……でも、だ。
 もうちょっと……ねえ?

「やい、こら。ちょっとあたしは怒ってるんだぞ。わかってる?」

 小声で呟き、香里は頬杖をつきながら、空いた手の指で小さな怒りを込めながら、ぬいぐるみの大きな鼻をピンと弾いた。

 ―――ボンッ!

「うひやぁ!?」

 途端、いきなり頭部がロケットみたく射出されるぬいぐるみ。

「…………なっ、なな!?」

 黒髭危機一髪!?

 びっくりしたあまり、椅子から転げ落ちそうになって、香里は背凭れにしがみつきながら恐る恐る振り返る。
 机の上に転がったハリケンポッター君の生首が横倒しになったまま、恨めしげに此方を睨みつけていた。

 あ、あの男はぁ…………

 掴んでいた椅子の背凭れが、ビシリッ、とその強烈な握力に悲鳴をあげた。

「ふ、ふふふ、いい度胸だわ、北川君。覚悟なさい、明日学校でギッタンギッタンに締め上げて――」

 口元と目尻をビクビクと痙攣させながら、どこか恍惚と独りごちていた香里の目がそれを見つけた。

「あれ? なによ、こ……え?」

 机の上に鎮座しているぬいぐるみの胴体。その首の部分から、中に何か小箱らしきものが入っているのが見えた。
 シックな色合いの、小洒落た模様が施された小箱。無意識に取り出し、開けて見る。

「…………あ」

 多分、それが今日一番強烈な不意打ちだった。
 そして、それは美坂香里にとって最も予期せぬ不意打ちだった。

「ふぅ……ん」

 手に取ってみる。目の前に掲げてみる。

「………ふぅーん」

 決して派手ではない控えめな輝きを発するそれは、星を象った銀のネックレス。
 あくまでファッションの中のワンポイントである事を弁えた落ち着いた造作は、もろに香里の好みそのままで――――。

「ふぅーーん、へぇー、ふぅん」


 ――――ガチャ


「お姉ちゃん。お母さんが晩御飯にフライドチ………き、ん、を…………お、お邪魔しました、ど、どうぞごゆっくりぃぃぃぃ」

 見たことのないネックレスを目の前にぶら下げながら、床をゴロゴロと転がり悶え狂っている姉、というバイオレンスな光景を目にしてしまった栞は、涙目になりながらゆっくりと扉を閉めた。

「ぃぃぃぃい嫌ぁぁぁぁぁ、お姉ちゃんがなんか変だよぉぉぉぉ! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!」

 遠ざかっていく妹の狂気じみた悲鳴を左から右に聴覚を素通りさせながら、香里はにやけた顔をさらにどうしようもないくらいに緩めながら、ぶつぶつと呟き続けていた。

「まあ、北川君にしては、うん、気が利いてる方かしら……ねえ? うふ、うふふふ、うふふふふふふふふ、えへへへへ、あはっ、うふふ、もうっ、莫迦なんだから♪ ふふん♪」



 美坂香里の奇天烈な床運動と脳内に蟲が沸いたかの如き発声練習は、帰宅したところを、半狂乱の娘と妻に訳もわからず放り込まれた美坂父が、半泣きになりながら制止するまで続いたという。








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