1982年の4月。
 秋子の記憶には桜の花弁が舞い散る様が強く刻まれている。日本中の桜が、狂ったように咲き誇っていたあの日、大日本帝国公儀魔術統括機関神祇省からの強制召喚状を携え、秋子たちの前に現れた五人の男女。
 その中に、彼女――九十九埼功刀が居た。

 彼女と行動を共にしたのは僅かに四日。それでも、秋子は凄惨すぎる虚無を瞳に湛えた能面の少女の事を良く覚えている。
 自分よりずっと小さな少女が、あんな目をしていた事が衝撃だったからだろうか。それとも、神室秋子が生涯忘れられないだろうあの四日間の情景の中に彼女の姿があったからだろうか。

 どちらにせよ、まだ十四歳だった少女はもういない。隣で佇んでいる女性の億劫そうな物腰はあの頃のままでも、その瞳にはもう虚無は無い。

「もういい歳をした大人の人にこういうのは変だけれど、大きくなったね功刀ちゃん」

 茫洋とした横顔に苦笑が浮かぶ。
 そんな感情の発露すら、当時の功刀には存在しなかった。あの大失敗したビーフシチューを口にした際に眉をへの字にして泣きそうな顔をした。それだけが、秋子の記憶にある九十九埼功刀の表情の変化。全身に裂傷を負い、血塗れになった時にすら彼女は痛みに顔を顰めすらしなかった。
 だから、初めて見る功刀の表情は新鮮で、違和感すら覚える。

「十九年も経っとるんやから」

 年月が人を変えたのか。いや、違うんだろうな、と秋子は照れたように笑う功刀を見て思った。
 彼女の時は止まっていた。月日の経過で変われる類のものではなかった。ならば、変えたのは人なのだろう。いい人と出会ったのだ。
 秋子は視線を右手の方角へと向けた。少し離れた場所で美坂沙織と子供の話題で盛り上がっている初老の男性の無骨な横顔を眺める。
 人は、人との出会いでこんなにも、変わってしまうものなのだ。

「もう今年で三十三よ。そら嫌でも大きくなるわ。私もええ加減おばさんや。でも、黒姫のおねえさんはあんま見た目変わらんね」

 さすがに昔のような少女ではないものの、それでも実年齢にはそぐわない容姿。
 それについては無言で微笑むだけの秋子に、功刀は伝え聞いていた噂が本当なのだと実感した。

「大変やね」

 そうでもないのだと言って、秋子は笑って首を振る。原因が何にしろ、女性としては若く在れるというのはありがたい。

「でも、昔はもうちょっと線、細かったんとちゃう?」
「母親になれば、細いままでは居られませんよ」
「さっきの、女の子やね。よう似とるやん」
「似てますか」
「似てる似てる。見た目なんかそっくりや。それに、あのとっぽい兄さんにもよう似とるわ」

 秋子は驚きに動悸が激しくなるのを感じた。
 名雪が自分に似ていると言われる事は山のようにあっても、夫に似ている姉夫婦以外に言われたのは初めてだったからかもしれない。それも当然だろう。僅かなりとも水瀬純一郎という人物の人となりを知るような人間は秋子の周りには存在しなかったのだから。

「あの暢気そうな所なんかそっくり違うん?」
「……ええ、そうなんですよ」

 今は三月の頭。まだ、桜の季節には早い。この北の国では尚更だ。
 未だ肌寒い風が吹き抜けている木立の下で、皆から少し離れ、佇んでいる秋子と功刀。視線の先には、栞をまじえて笑い声を立てながら騒いでいる子供達の姿がある。
 普段は思い出しも出来ない面影を娘の中に見出して、秋子は幽かに目を細めた。

「丁度、あの歳やってんね」
「え?」
「黒姫のおねーさん。私と会った時よ」

 ああ、そうなんだ。
 指摘されて、初めて気づく。
 十八歳。名雪達の今の年齢だ。そして、自分が遠からず夫となるはずだった人を失った歳。
 子供達は、もうあの頃の自分へと、追いついてしまったのか。

「功刀さんの方は、お子さんはいらっしゃるんですか?」
「男が一人ね」

 可愛げのない餓鬼やよ、と鼻を鳴らす。
 そして、思い出したように付け加えた。

「今年で、十四歳になるんや」
「十四歳。そう、貴女と同じ歳ですね」

 偶然でしかなく、それ自体には何の意味も無い符号。ただ、あの時の自分達と子供達が同じ年齢だと言う、それだけの話。
 だが、やはり不思議な感を抱くのは否めない。

 喉を鳴らして、功刀は地面を軽く蹴った。

「縁、あったんかな?」
「そうかも、しれないですね」
「こんな所で会うんやからね」
「それも、子供達の卒業式ですからね。気づいてましたか? 娘と一緒に居た男の子、姉の子なんですよ」
「あっ、そうなん?」

 そうかぁ、あの方向音痴のおねーさんの。と、感慨深げにつぶやく功刀。

「なんだか、実感が湧きにくいものですね。あの功刀ちゃんがもう母親で、しかも北川さんの伯母だって言うんですから」
「それぞれ、知ってる相手の姿とだいぶちゃうやろからね。十九年か。今までそないに思ってへんかったけど、こうして見ると大した年月やってんね」
「……本当に」

 まだ生まれてさえいなかった子供達が、高校を卒業してしまうだけの年月だ。
 人がこんなにも変わってしまえる年月だ。
 あれから、そんなにも時間が経ってしまったのか。

 長かったのだろう。振り返れば一瞬だが、やはり長かったのだと実感する。
 あの人に会えないままに、すごして来た時間はこんなにも長かったのだ。

「まだ、独り身なん?」

 横顔に、寂しさみたいなものを見出したのかもしれない。功刀がそんな事を尋ねて来る。
 秋子は薄く微笑をたたえて言った。

「再婚するつもりは、今のところないですね」
「勿体無い、まだ若いのに」
「そう言われても……」

 視線は遠く空の向こう。蒼の眩しさに僅かに瞼を落とし、彼女は静かに口ずさむ。

「そもそも、私はまだ、諦めていませんから」

 幽かにギョッとして、功刀は瞠目する。
 根拠の無い妄信でもなく、自分でも信じていない望みに縋っているでもなく、冷え冷えとした覚悟のようなものを感じ取り、功刀は刹那、言葉を失った。

「諦めて、いないんですよ」











§  §  §  §  §








 ―――― 北川潤の部屋


「なんか、リクエストあるか?」
「ビール」
「あ、私も」
「昼間っから酒かよ、警察官!!」

 怒鳴り声ひとつ残してキッチンに消えていく北川潤。彼の父親が亡くなって以来、哲平や功刀がこの部屋を訪れた際には潤が料理を振舞うのが恒例の行事のようなものになっている。
 すぐに戻ってきた北川潤は、冷気の立ちのぼるビールの中瓶とグラス二つを手にしており、寛いでいる二人の前に無造作にそれを置いた。

「ほら、あんま飲みすぎないでよ」
「おお、よう冷えとるやん。それで潤よ、てめえ未成年の分際でなんでビールなんぞ冷やしとるんや?」
「…………」
「あ、ごめん、嘘やん。冗談冗談」

 そのままビールを持ち帰ろうとする甥っ子を引きとめ、慌ててビール瓶を取り戻す。

「それ飲んで、大人しく待っててください。いいですね、伯父様、伯母様」
「はーい」
「んー、了解」
「返事だけはいいんだよな」

 ぶつくさ言いながら手馴れた様子でエプロンを身につけキッチンへと戻っていく甥っ子を見送った哲平は、瓶の栓を抜きながら口を開いた。トーンを落とした低い声音。

「なあ、功刀」
「ん?」
「昼間の人、あれ昔の知り合いか?」
「ん」

 功刀は曖昧に相槌を打ちながら注いだビールの泡が零れそうになるのを啜った。

沫巳玖絽比売(アワミクロヒメ)、やったかな。確かそんな風に言われた人。知ってるよな?」
「あわみ?」
「黒姫の方が通りが良かったっけか?」

 あまりに何でもない事のように言うので、哲平は自分の知識の中にあるそれと、今聞いた名前が一瞬合致せず、ビールの気泡が気管へと入って咽た。

「ゲホッ、ケホケホ。な、なんや、黒姫って確か羅喉変の時の……」
「うん。姉の常黄泉比売と一緒に羅喉星の鎮撫をやらはった人や」
「神室の姉妹か。資料で読んだわ。確か、今は結界のコンサルタントやってるんやったか。はぁーこの街におってんなあ」

 偶然と言えば奇妙な偶然に頻りと感心している哲平の真向かいで、黙々とビールを喉に流し込んでいた功刀が、ふと夫を呼んだ。

「なあ、哲さん」
「あん?」

 泡を口の周りにつけたまま、きょとんとする哲平。彼にしか判らぬ僅かな差異を感じ取る。だるそうな功刀の口調の中に何か考え込んでいるような気配を、哲平は悟った。

「士郎に……」
「士郎って、九十九埼警視正か?」

 九十九埼士郎警視正。功刀の従兄にして、警視庁公安八課管理官の地位に居る、現状警察組織内における対妖対魔部署の総責任者というべき立場の人物だ。哲平からすれば、本人の意向を無視して目を掛けてくる――直属ではないものの――上役であり、また功刀との間をお膳立てされた人物とも言えなくもなく、些か苦手の部類に入る。

「なんや、連絡取れってか?」
「……いや、やっぱええわ」
「なんやそれ」

 訝る哲平にパタパタと手を振って、功刀はコップに半分ほど残された苦い麦酒を一気にあおり、瓶を持ってる夫にお代わりを強請った。
 幸いにして功刀は夫や従兄のような警察官ではなく、また一般市民としての義務を果たすだけの正義感もあまり持ち合わせてはいない。水瀬秋子の言動に違和感を感じたからと言って、公安に彼女を監視対象にするように進言するのはどうも性に合わなかった。
 なにより、彼女は甥の友人の母親であり、かつて自分に飛び上がるほど辛いビーフシチューと目の覚めるほど美味しいお弁当を食べさせてくれた人なのだ。

「あー、かったる」

 その一言で、功刀は総てを記憶の隅に押し遣った。
 この日の事を再び思い起こす羽目になるのは、まだもう少し先の事だ。













§  §  §  §  §











 ―― ブティック


 定められた空間と時間の共有の終結。
 それは、同時にそれまで個人が明確な努力を重ねなくても、ある程度は人間関係を維持出来るという事。
 だからクラスメイトや同僚という名目で繋がれていた関係は、それが解消されるや否や個人の意思と努力に拠ってのみ維持されるものとなる。自然に関係が消滅してしまうのはその所為だ。逆に、定められた共有によって固定されていた距離が解消される事で関係が発展する事もあるのだろう。

 学校を出る前に、校舎の隅で見かけた告白の現場を思い出し、香里はふと吐息を漏らした。
 女生徒の方は一年の時に同じクラスだった人で、それほど親しい訳でもないが知らない間柄でもない。逆に名雪のように身近な人間じゃなかったからこそ、何かインパクトのようなものがあった。
 卒業をきっかけに、今まで秘めていた思いを告げようとする人は、意外にも多い。彼らは学校の卒業とはまた別に、自分自身の人生の岐路に立っているという事なのだろう。
 自分も、彼らのように切羽詰ったものがあったら、同じような行動を取ったのだろうか。いや、やっぱり自分には無理か。

「なにため息ついているの?」

 母親の声に我に返る。落ち着いたBGMの流れる店内。電車を六駅ほど乗り継いだ駅にある商業施設の中にあるブティックが、今自分のいる場所だ。卒業式を終えて一旦帰宅し着替えた後、栞に母と連れ立って、ここまで買い物に来ていたのだった。

「別に、なんでもないわよお母さん」
「恋の悩み?」
「……その小娘みたいな短絡的な発想はやめてよね」

 熱心に一着一着衣服を取り上げて選んでいる栞の姿を目で追いながら、香里はうんざりと母親をあしらう。

「短絡的とは随分ね。でも、実際香里、付き合ってる人はいないの?」
「……いないわよ、そんなもの」
「そんなものって、言い方はないんじゃないの?」

 ダメな人間を見るような目を向けられ、香里は大きくため息をついた。

「だって――」
「だって?」

 先を促され、香里は思わず口篭った。
 そこで初めて、自分の中に何も言葉が無いことに気づく。

「何か男の人と付き合わない理由でもあるのかしら?」

 薄笑いすら浮かべている母から視線をそらし、香里は軽く下唇を噛んだ。
 理由は……これまではあった。
 例えば、病身の栞が居て、恋愛どころじゃなかったとか。受験を前にして、男と付き合ってる暇なんてないとか。
 そもそも、恋愛なんてものには興味がない、そんな理由が。
 だが、気がつけば、理由はすべて失われてしまっている。
 栞の病は――少なくとも当面は問題なく――癒え、受験はとっくに終わり、既に進学先も決定している。
 そして、今の自分が恋愛に興味など無い、などとは虚勢以外のなにものでもない。

「別に、そんな、理由なんてないけど」

 そうだ、理由はもう失われてしまっていたのだ。
 じゃあ、だからといって、どうすればいいのだろう。

「別に、恋愛しないのが悪いとは言わないけど」

 母はそっけなく言った。

「貴女、栞と違ってその手の話だと全然頭が回らないみたいだし、自分から動いてみないとどうにもならないわよ」
「自分からって」
「何事も、経験って事よ」

 得意げに語る沙織に少しゲンナリして、香里は口をへの字に曲げた。

「そういう自分は恋愛経験豊富なの?」
「付き合うだけなら手の指じゃ足らないわね」
「……」

 思いも拠らぬ告白に絶句する香里。

「お、お父さんには言わない方がいいのかしら」
「大丈夫よ、お父さんは全部知ってるから」
「そ、そうなの?」

 ひょいと下の娘のように笑って、沙織は話を切り上げた。
 お父さん――英吾が知っているのは当然だ。なかなか自分から動いてくれない彼に半ば見せつけるために次々と男と付き合って見せたのだから。今思うと、どう考えたところで自分に好意を向けてくれた男性を玩んだ悪女でしかない行動なので、ちょっと広言はし難かったりする。まあ、それだけ彼のことしか見ていなかったという事なのだけれど。
 それにしても、この上の娘の鈍さとじれったさは誰に似たのだろう、まったく。

「ほら、香里。ちょっとは奮発してあげるから、貴女もイイ男を引っ掛けられるような服、見繕いなさいよ」
「よ、余計なお世話よ」

 イイ男なんて…………

「……はぁ」

 










§  §  §  §  §










 ―――― 水瀬家リビング



 手にしたメモどおりに携帯電話に番号を入力し終えた水瀬秋子は、流麗な筆跡が特徴的なメモをもう一度眺めた。
 メモを渡された際に言われた言葉が甦る。

『なんか面倒事に巻き込まれたら、遠慮なしで電話してや』

 偶然とはいえ折角再会出来たのだ。連絡を取り合う事に依存は無い。そもそも此方からお願いするつもりでいたのだ。
 だが、今は少し引っかかるものを感じている。功刀の方から切り出された事に、どうしようもない違和感があった。何をするにも面倒くさがる人だった彼女が、その中でも特に嫌っていた他人とのコミュニケーションを自分から求めたことに対する違和感だ。
 勿論、昔の功刀とは随分と性格も変わっているようで、もしかしたらコミュニケーションを取る事にも面倒さを感じなくなったのかもしれない。そう考えるのが自然だろう。だが……

「…………ふう」

 どちらにしても、緊急時にこの番号にコールする事はないだろう、と秋子は思った。
 そもそも、今の秋子には荒事に巻き込まれる要素は限りなくゼロに近い。【手に負えない斬神(ラスティ・ブレイド)】などという物騒な異名で呼ばれる人物の力を欲する事態なんてものは、それこそ完全武装の機械化歩兵一個大隊が必要な類の代物だ。些かいわくがあるとはいえ、ただの主婦でしかない秋子がそんな事態に直面する事などさすがにないだろう。
 そして、もし彼女の力を必要としたくなる程の事態に直面する場合を想定するならば、逆に功刀を頼るわけにはいかなくなる。今も昔も、九十九埼功刀は国の側に属する人物。ならば、最悪敵に回る可能性すら…………。

「考えても、詮無い事ね」

 自嘲めかして呟き、秋子は携帯電話の液晶画面を閉じた。

「お母さん、名雪たちは?」

 パタパタと階段を下りてきた真琴がリビングに顔を覗かせ、小首を傾げる。

「なんだか学校の方で用事があるんですって。少し遅くなるそうだから、ご飯先にいただきましょうか」
「うん、そうしようよ。あたしもうおなかベコンベコン〜」
「はいはい」

 短くなった真琴の髪を撫で、本気で空腹そうな様子に笑みを噛み殺しながら、秋子はソファーから立ち上がった。















§  §  §  §  §













「祐一、ちょっとここは拙いんじゃ――」
「大丈夫だって。連中まだ、講堂の方で片付けだし、終わった後は先生らと色々と事後処理やらないといけないんだ。だから、帰って来るのはだいぶ後」

 生徒会室である。

「うー、でもちょっと恥ずかしいよ」
「うんうん、もっと恥ずかしがっていいぞ。恥ずかしがる名雪は可愛いんだから」
「もう、ゆういちぃ」
「くっくっくっ、一年だ。一年間ずっとこの日を待っていたのだ」
「ちょっとおかしいよ、それ」
「そうか? だって袴だぞ、袴。大正ロマンだ。きっと、この服を選んだこの学校の昔の偉い人は生徒達にこういう事をしてほしかったに違いないんだ。先人の思いに応えるのは若者の務めだぞ、名雪」
「うー、ただのコスチュームプレイにそこまでこじつけなくても」
「まあまあ、よいではないかよいではないか」

 ごそごそと衣擦れの音が聞こえてくる。
 やがてそれに名雪の艶っぽい吐息が混ざりはじめ、お互いの奥深くまで潜りあうようなキスの水っぽい音が鳴る。

「なぁ、名雪、そろそろいいか?」

 何がいいのだ、相沢祐一?

「うん、ああ、でも――」
「なんだ、この期に及んで」
「あ、あのね、祐一」
「……あれ? 今日はあの日じゃないよな」
「ち、違うよ。そうじゃなくてね」

 机の上に腰掛け、祐一に圧し掛かられるような体勢のまま、名雪は不安そうに言った。

「こういう場合って、いざしようとした瞬間にガラってドアが開いて誰かが入ってくるってのがお約束だなぁ、とか思って」
「はははは、馬鹿だな、漫画じゃないんだからそんなベタな展開が――」

 ――――ガラ

「…………ん?」

 扉が開く音にそちらに顔を向けると、普段はムスッと不機嫌そうにしている顔をキョトンとさせて、現生徒会筆頭幹部 物部澄が瞬きもせず祐一と名雪を見つめていた。
 気の抜けた口調で名雪が呟く。

「……お約束だね」
「そんな馬鹿なぁぁぁぁ!!」

 なんかもう慌てるのも忘れて頭を抱えて泣き叫ぶ相沢祐一十八歳。
 一方、一言もなく、さりとて驚くでもなく、いざ事に及ぼうと言う直前の祐一たちを興味深げに見下ろしていた物部澄だったが、ふと祐一の大事な部分をマジマジと見つめ……、

「……ふッ」
「は、鼻で笑いやがった。な、なんだよ、なんか文句でもあるのかよ、物部ぇ!」
「いや、春日より小さいから」
「って、はっきり答えるなぁ!」

 けっこうショックな相沢祐一十八歳の春であった。

「ちょっと、何を騒いでるんですか、澄。もうアルバムの…………」

 天野美汐生徒会長が登場。そして硬直、石化。視線の先には、下半身真っ裸の相沢祐一十八歳&使用直前のブツ一本

「…………」
「いやん、マイッチング」
「…………」
「は、外したか!?」
「ゆ、祐一、落ち着いてっ。明らかに錯乱してるよ!」
「な、ならば……コマネ――」
「ぱんつ穿いてないのにそれやっちゃダメぇぇ!」

 錯乱のあまり禁断のネタを繰り出そうとする祐一を慌ててしがみ付いて制止しようとする半裸の名雪。
 他人事のようにそれを見物していた澄は、そういえばさっきから美汐の反応が無い事を思い出し、俯き加減で立ち尽くしている生徒会長の顔を覗き込む。

 鬼がいた。

 数秒後、生徒会室から一目散に離脱を図る物部澄の姿があった。



「あれ? 澄、アルバムの入金名簿は見つかったの?」
「多分、永久に見つからなくなったわ。一から作り直しね」
「はえ?」

 連絡通路を歩いてきた此花春日は、いきなり全速力で走ってきた澄の、息を整えながらの意味不明な発言に目をしばたいた此花春日は、次の瞬間生徒会室の方から響いてきた爆音らしき轟音と振動に唖然とそちらを振り仰いだ。
 窓から黙々と立ちのぼる黒煙を冷めた目で眺めながら、物部澄は一言平静に呟いた。

「さて、修繕費の見積もりをはじめないと。ところで請求は何処に送ればいいのかしらね?」






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