このテーマパーク『エネミーランド』には六つのレストランが点在しているが、中でも人気なのが魔王の城を模した本格レストラン『ロザリー宮』である。
 なぜかテーマパーク内に存在する施設の中で一番巨大で豪勢だったりするのが、園の中央に居を構えるこのレストランだったりするのが色々と謎だ。
 一通り午前中を遊び倒した真琴たち四人の姿は、今このレストランにあった。

「あゆさん、まだ生きてます?」
「う、ぐ……な、なんとか、生きてるような、死んでるような。小太郎くんは?」
「地球の自転って縦回転だったんですねぇ、うふふふふ」

 死人のような顔色で死霊のような不気味な笑い声を立てる天野小太郎。
 真っ白なテーブルクロスにへばっている彼の目の焦点。丸であってないのがいい具合にエレガントである。
 無理もない。此処に至るまでの道のりは、もはや人間が耐えうるはず限界を軽く超えまくっていた。
 何しろいきなし、七回連続宙返りの宙吊り系コースター『円環』に始まり、超高高度から偏執的にまで続きまくる渦巻き落下でレッドアウトする人までいるという宙吊りコースター『螺旋』、いきなり直滑降で錐揉みスクリュー、終わったと思えば今度はバックでまっ逆さまの『ループ』、そして最高時速80kmを超える速度でスクリュー、錐揉み宙返りと誕生パーティーのディナーのように豪華絢爛なプラスGの嵐を見舞うファイナルコースター『生誕日』と、一本でもう充分というような絶叫マシンを連続で、しかも三周繰り返して乗り倒したのだ。平日で比較的人も客も少なかったのも災いした。何しろ、並んで休む時間もなし。もう、七日後には後遺症で突然死するかもしれない。

「きゃはははは、おっもしろかったぁぁ」

 一人だけ、物凄く満足そうなんですけどね。

「さぁ、さっさとご飯食べて、また行くわよぅ!」
「うぐぅ、ま、まだ乗るつもり?」
「ってか僕、お昼食べれそうにないです」

 青白い顔でぐったりしてるあゆと小太郎に、真琴は心底呆れた風に口をヘの字に曲げた。

「二人とも軟弱すぎよぅ」
「そんなことないって。これが普通の反応だよ」
「真琴さんが特別なんです」

 言外にあんた妖狐だし、と匂わされ、真琴は「むー」と唸ると、隣で独りメニューに没頭している雪村を指差した。

「じゃあてんちょーはどうなのよ?」
「ああ、ウェイター。このポルターガイストセットと……死霊のはらわた風? 悪趣味だな、まあいい、このステーキをミディアムで頼む。ん、なにか?」

 三者の視線にようやく気付き、雪村は三人の顔を順繰りに見やった。

「か、要さん、よく食欲あるね」
「もう午後一時だ。腹も減って当然だと思うが?」

 何を言っているのか分からない様子で、雪村は不思議そうな顔をする。
 その顔色たるやあゆたちに負けず劣らず悪いのだが、この人の場合普段からこんななのでつまり何時もと変わりない。
 というか、この人。傾斜角65度を時速70km強で滑走しているときも5Gで四方八方に振り回されているときも、「うわぁぁぁ」だの「ぎゃぁぁぁ」だのといった絶叫を上げないどころか、あんた美術館か博物館と勘違いしてるんじゃないかというような表情で「ふーむ」だの「ほう」だの「なるほどこれは凄い」などと感心したように呟いているのを隣に座ったあゆははっきし聞いていた。
 降車した後もあゆと小太郎がフラフラ歩く前で、真琴と、

「はぁぁぁ、凄かったぁ」
「うむ、なかなか面白いものだった」
「でしょでしょ! あとでもう一回乗ろう」
「そうだな、乗車時間もいささか短すぎた感もある。何度か乗り返してみねば」

 と、噛み合ってるのか合ってないのか少々判別しがたい会話で盛り上がってたし。

「うぐぅ、なんでこの人、見た目と真反対にこんなにタフなの?」

 何度も言うが、雪村の見た目は果てしなく不健康そうなのである。
 こんな太陽の下よりも消毒液臭い病棟の一室か、冷たい棺桶の中のほうが似合うそうなのだが。肉体的にも精神的にもここまで見た目と実態が一致しない人も珍しい。

「ほら、てんちょーだって全然平気じゃない! 別にあたしが特別ってわけじゃないじゃないのよぅ」

 勝ち誇る真琴をテーブルに顎をつけたまま生気の失せた眼で見上げ、小太郎はがっくり突っ伏した。
 午後からの巻き返しを図るために、なんとか体力を回復させなければ。

「きょ、今日中になんとかちょっとでも」

 二人の仲を進展させないと、苦労してセッティングした意味がないだけに。

「が、頑張れー、負けるなー」














「いや、久しぶりだな、名雪の弁当食うのって」
「そういえばそうだね。受験でずっと忙しかったし、受験が終わったらもう学校もなかったし」

 一方、祐一と名雪はと言えば。
 休憩用のコテージで名雪お手製のお弁当をつつきながら、カップルらしく和やかな雰囲気でお昼時を楽しんでおりました。

「うん、相変わらず卵焼きの出来は素晴らしい。誉めて使わす」
「えへへ、光栄に存じまーす。なんなら大学始まってからも作ろうか」
「……で、高校の時みたいに冷やかされながら食えってか? 勘弁してくれ」
「いいじゃない。もう慣れたでしょ」
「俺はナイーブなの。恥ずかしいの」
「分かってるけど……うふふふ、照れる祐一は可愛いんだよ〜」
「……確信犯だったのか、こいつは」

 ため息を一つ落とし、祐一は敵わんとばかりに、冷たくなっても味の落ちていない出汁巻き卵を口に放り込んだ。

「お茶」
「はい」
「ん」

 ほぅ、と長閑に一息入れ、祐一は満足そうに目を細めた。

「……ん?」

 はて、なんか忘れてるような〜?

「ねぇねえ祐一」
「あん?」
「食べ終わったらこの永久凍土館に行こう。マイナス40度が体験できるんだって」
「……なんでただでさえ寒い土地でさらに寒さに震えないといけないんだよ、おい」
「なにごとも体験だよっ、ふぁいと」
「名雪、貴様俺が寒いの苦手なの分かっててやってるな、わざとだな」
「えへへ〜」
「くらえ、紅生姜シュート」
「わっぷ、あひゃっ、ゆ、祐一ぃっ、な、なにするのー! いきなりレディの口に紅生姜放り込むなんて外道だよ外道!」
「わはははっ、恋人を前にして油断する方が悪いのだ」
「ううっ、油断が命取りになる恋人関係って……」

 和気藹々な昼下がりであった。








 傍目とは裏腹に、心の底からはしゃいでいるわけではなかった。
 確かに楽しい。面白い。初めて感じるドキドキ。初めて出会うスリルと興奮。遊園地というものは想像以上に素晴らしく、真琴の心を沸き立たせる。
 でも、頭の中を真っ白にして楽しんでいるわけじゃなかった。
 ……ほんとだぞ。

「にゃああああ」
「あははは、まわれー!」

 真琴に体当たりを食らった小太郎の乗る円形ボートが、グルグルと回転しながら明後日の方角へと流れていく。

「うぐぅぅ!」
「あひゃっ」

 丁度、雪村に弾き飛ばされたあゆのボートとぶつかって、ピンボールみたいに戻ってくる。

「うふふっ、さあ来なさぁい」
「って、待ち構えないでぇぇ、ぎゃっ」




「ううっ、酷いです、残酷です。僕、遊ばれてしまいました」
「人聞きの悪いわねぇ」

 ボートを降りても足元が定まらないのか、小太郎は酔っ払いみたいに千鳥足。今日は朝から回ってばかりな所為か、いささか元気が足らない様子。

「要さん、もっと手加減とか手心を加えるとかしてよぉ。容赦なさすぎだよ!」
「嫌だ」
「うわっ、言い切ったよ、この人。なんで!? 理由は!?」
「愉快だからだ」
「うぐぅっ、きっぱり言い切られた!?」

 あゆの方が小太郎より頑丈なのか、此方は妙にハイテンションである。

「ううっ、真琴さーん。そろそろ乗り物じゃないのにしましょうよ」
「乗り物じゃないのって何よぅ」
「パターゴルフが向こうにあるが」
「遊園地まで来てパターゴルフって……あの、要さん、もしかしてやりたいの?」
「……ふむ、いや別段」
「うわっ、物凄くやりたそうに素振りしてるし!」
「あはは、あ、あとで行きましょうね、あとで」

 何気に真琴に負けず劣らず自己主張の激しい雪村に冷や汗を垂らしながら、小太郎は慌てて場の雰囲気を軌道修正に掛かる。

「その前にあれに入りましょうよ、あれ」
「あれってなによ」
「エネミーランドといえばあれですよ。ナイト・イン・ザ・セメタリーボックス」

 わざわざ声音を低くかすれさせ、小太郎が口にしたアトラクションの名前に、雪村は片眉をピクリと動かし、真琴はふふんと鼻を鳴らす。

「なに、それ?」

 独り、内容を知らないらしいあゆが、キョトンと目を瞬いた。

「あゆ、知らないの? この遊園地の目玉よ、目玉」
「へ、へぇ」
「わざわざ海外からもこれだけを目当てに来る客も珍しくはないそうだ。何しろ、東洋最恐という評判だからな」
「最強なんだ。なんか凄そうだね」
「ここに来た以上は、絶対入らないと」
「そうなんだ」

 なんだか良く分からないが物凄いらしいし、行かないと損みたいなので。

「えっと、じゃあ次はそれにする?」
「しましょう」
「おー」
「うむ」

 全会一致で、決定した。






「うぐぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅ!」
「あぅ? なんか途中で悲鳴が躓いたわよ」
「むせたのだろう」
「って、冷静に分析しないでよ!」
「あゆさんも悲鳴からツッコミまで切り替え早すぎだと思いますけど」
「うぐっ」

 小太郎のさらなるツッコミ返しに反論できず、あゆは唾を飲み込んだ。

「じゃなくって!」
「だからなによ、さっきからうるさいわねぇ」
「だって、これ、これ!」
「お化け屋敷だが」
「お化けやしきじゃ……って、人の台詞取らないでよ!!」
「あ、叫びそこねて半泣きに……」

 コマ割的にはあゆの絶叫をSEにカメラアングルは180度回転。彼ら四人の前に聳えるおどろおどろしい建物へとズームアップ。のはずだったのだが。

「うぐぅ、台無しだよぉ」
「あんた、いつもそんな訳わかんないこと考えながら喋ってるわけ?」
「違うよ。ただ、ちょっと現実逃避を」

 真琴じゃないが「あうあう」言いながら、ホラーハウスに背を向けて頭を抱えているあゆの様子に、雪村はおもむろに顎に手を当てた。

「なんだ、そうだったのか、あゆ君。君は――」

 ビシッとあゆを指差して、雪村は言った。

「臆病者だったのか」
「ぐさっ!」

 薄っぺらい胸を押さえてすっ転ぶあゆあゆ。
 小太郎は顔面を笑顔に引き攣らせて、

「ま、マスター。そういう時は怖がりとかお化けが苦手みたいにマイルドな表現をすべきなんじゃ」

 あんたダイレクトすぎます。

「そうか。これは失礼」
「あうぅ」

 てんちょーって中身祐一とあんまり変わんないんじゃないの、という目で神経の細そうな細目の青年を見上げる真琴であった。










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