「ほい、並べ並べ。おい、あゆー、顔が半分はみ出てるぞ」
「うぐぅ! 祐一くんがカメラずらしてるからだよ!」
「お、そうかそうか」

さも、彼女の言葉で気がついたようにわざとらしく三脚を直す祐一。

斯くして、サクラ舞い散る春麗(はるうらら)
時は卯月。孟夏とも花残月とも呼ばれる四月へと差し掛かった時期。

ここ北国ではあったのだが、春が何かに急かされたのか、今年は例年に無く訪れが早い。
未だ蕾が芽吹くか否かであるはずの桜の木々には、晴れ晴れとするような桜色が咲き誇っていた。

そして、その花弁吹き荒れる桜色の嵐の下に、水瀬家一同は集っていた。
三脚を固定しつつ、やや旧式のカメラを覗いている水瀬家居候一号、相沢祐一。
夢心地に染井吉野の息吹を眺めている水瀬家長女、水瀬名雪。
頬を桜色よりやや赤めに染めながら、祐一に文句を並べている水瀬家居候二号、月宮あゆ。
そして、そんな彼女たちを春そのものを思わせる暖かな笑顔で見守っている水瀬家の母、水瀬秋子。

だが、今日の主役というべきなのは、彼女らの真ん中でやや緊張したように立ち尽くしている狐色の髪の毛の少女であった。
その身体には、真新しい制服が着込まれている。その胸元に結ばれたリボンは覚めるような青。新一年生を示す色柄。

「真琴ぉ、顔が硬いぞ。笑顔笑顔」
「こ、こう?」
「……お前、それは盲腸か?」

苦痛にうめいているようにしか見えない強張った笑みをカメラに向ける、その少女の名は水瀬真琴。水瀬家の正式なる次女である。

「まあ、それでも面白いからいいけどな」
「祐一、折角の写真なのにそれじゃあだめだよ」

恋人を嗜め、名雪は妹の背後に回り、いきなりプヨプヨと真琴の頬を引っ張った。

「ほら、リラックスリラックス」
「あ、あうー、やめて名雪ー」
「あはははは、真琴ちゃんすごい伸びてるよぉ!」
「まあまあ」

見るからに仲が良さげな家族一同。彼女たちの半数が、つい数ヶ月前まで赤の他人であったと誰が分かるだろうか。

祐一はそんな彼女たちの様子にニヤリと笑みを浮かべると、おもむろにシャッターを下ろした。
パシャリ、という乾いた音に、少女三人は硬直し、ギコギコと祐一を振り返る。

「と、撮っちゃったの、祐一?」
「おう、撮ったぞ。ベストショットだ」
「あ、あうーー! なんてことすんのよー!」
「あー、多分凄い顔で映っちゃったね、真琴ちゃん」
「うふふ、後で焼き増ししましょうね」
「秋子お母さん、やめてぇぇ! 祐一のバカぁ!」

バカ呼ばわりされた祐一はヒョイと肩を竦めて、ぞんざいに右手を振る。

「ほれほれ、ちゃんと並びなさい。タイマーセットっと。いくぞ」

言うや、ポチっとスイッチを入れ、祐一は家族の中に滑り込む。

「わ、わ、ちょっと待って!」

慌てているのは真琴だけ。他のみんなは素早く立ち位置を確保する。

パシャリ、と桜吹雪の中に鳴るシャッター音。
フィルムの中に閉じ込められたのは、笑顔溢れる水瀬家一同。そして、彼らに包まれるような真ん中でやっぱりカチンコチンに突っ立っている真琴の姿。

そして、この写真が、新しい水瀬家の一同に集う写真。その記念すべき一枚目であり、これより増えつづけていく家族の写真の最初の一枚だった。




「あうー、なんか精神的に疲れた」
「真琴、これから入学式なんだからこんなところでへばってたらダメだよ」
「分かってるけどぉ」

まだ動きがぎこちない真琴を、名雪が苦笑しながら叱咤する。

「お、残りの新入生どもも現れたようだぞ」

なにやらカメラを弄くっていた祐一が、レンズ越しに道行く先から、元気溌剌に走ってくる人影を発見した。

「まっこっとさーん! なんて素敵な制服姿。いっつびゅーてぃふぉー! ラヴ・ふぉーえばぎゃ」
「コタロー、道の真ん中でうるさい、はずかしい」

弾丸のように突っ走ってきて、そのままの勢いで真琴に抱きつこうとした新一年生二号、天野小太郎は、問答無用に繰り出された靴裏を顔面に埋め込まれて強制停止させられた。

――パシャ。

激写・決定的瞬間&パンチラ写真。

「うむ、ピンク」
「だから撮るなぁ!!」
「ははは、怒るな怒るな」

半泣きになりながら両手を振り回して追いかける真琴に、カメラを掲げて逃げる祐一。

「うう、しどいでず」
「うぐぅ、小太郎君てば生きてる?」

痙攣する小太郎は捨て置かれ、屍をチョンチョンとつつくあゆ。
入学式早々報われない少年である。
彼自身の春はいったい何時来るのであろうか。

「まったく、春先から何をやってるんだか」

後からスタスタと現れた天野美汐が、従弟の無様な姿に深々と溜息をついた。
騒ぎの中、彼女の姿をいち早く見つけた名雪が声をかける。

「あ、美汐ちゃん、こんにちは」
「はい、おはようございます、水瀬先輩」

丁寧にお辞儀する少女の赤みを帯びた髪の毛がサラサラと流れ落ちる。
その柔らかそうな髪の毛は冬の頃より少しだけ伸びているように見えた。

「みっなさーん、おはようございまーす」

そして、また再び元気がありあまっているような挨拶が飛び込んで来る。
ブンブンと手を振り回して現れた少女もまた、真新しい制服を着込んでいた。その胸元のリボンは翠では無く碧。

「おお、来たな、永遠の一年生美坂栞」

ズベシ、と盛大にスッ転ぶ美坂栞留年生。

「えぅぅ、祐一さん酷いです〜あんまりです〜永遠じゃないんですぅ」

言葉の拳が良い所に入ったのか、突っ伏したまま起き上がれない美坂栞。
そんな彼女の頭上から聞こえてきた苦笑の混じった男の声。

「相沢ー、あんま栞ちゃんを苛めるなっつーの」

次の瞬間、栞は襟元を掴まれ猫のように持ち上げられた。

「ほい、栞ちゃんも立つ立つ」
「あっ、ありがとうございます、潤さん」

栞はチョコンと爪先立ちで降ろしてもらい、パタパタと汚れを払い、後ろを振り返って照れたように笑った。
そこには呆れたように腕組みする姉 美坂香里と、ヘラヘラと雲のように軽い笑みを浮かべる北川潤が立っている。

「やれやれ、この面々は冬だろうが春だろうが騒がしいことだわ」
「同感です」

香里の独り言めいた呟きに、しみじみと答える美汐。
だが、次の瞬間、美汐はその揺らぎの少ない面差しを幽かに緩めて囁いた。

「きっと、夏になっても、秋が来ても同じなんでしょうね」

少しだけ変わった声の調子に、香里はパチパチと目を瞬き、やがて苦笑じみた微笑みを浮かべて相槌を打つ。

「そうね。そうだといいわね」



「ほれ、もう一枚撮るから並べ並べ、新入生ども!」
「もー、変な写真撮らないでよ!」
「はぅー、顔の靴型がとれないんですけどー」
「えぅぅ、このメンバーに纏められてしまう自分がちょっと哀しい」

口々に文句を言いながらも、桜を背にカメラの前に並ぶ三人。

「うーむ、お子様トリオ」
「うぐぅ、そーだね」
「あらあら、うふふ」

そんな三人を見ながら、それぞれに短いコメントを呟く、北川にあゆに秋子さん。

「北川くん、あんた仮にも自分の彼女にお子様ってねぇ」
「あゆちゃんに言われちゃうと栞ちゃんたちも立つ瀬ないよねえ」

額を押えて獰猛な唸りを漏らす美坂香里と、失礼なセリフを平然と吐いている水瀬名雪。


それぞれの感想を他所に、祐一が一際高く声をあげた。

「よーし、撮るぞー。はい、ちーず」


――パシャリ。





斯くして始まる新学期。






「ところで栞。お前、二回も入学式に出るのか?」
「いやぁぁ、聞かないでくださぁぁぁいぃ!」





斯くして始まる、新たなる季節のお話。




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