降り注ぐ陽射しも麗らかに、遥か天上まで続こうかという階段。
と、そこまで云うには大袈裟すぎるだろうが、重さ数キロにも及ぶ大荷物を抱えた彼には、急勾配な五十段の石造りの階段は少々厳しい試練なのである。

小太郎は、同年代と比べても小柄な方で、ただでさえ荷物を背負うというより、荷物に圧し掛かられているといった風情だ。
少し前をスタスタと歩く一つ年上の従姉、天野美汐は後ろを登る彼のことなど一切気にする様子もなくスタスタと階段を登って行く。
相変わらずといえば、相変わらずの従姉の姿。

肩に食い込むリュックをよっこらしょと背負いなおしながら、ほへー、と息を吐く。
旅の最中で何度も後悔した事だが、やっぱり荷物は全部宅急便で送るべきだったとちょっと泣きそうになった。
まあ大方のものは確かにそうやって送ったのだが、どうにも彼の実家は妙に世間離れした所があって、彼にチョモランマにでも登らせるような大きなリュックを背負わせて家を追い出したのだ。
いや、世間離れがどうこうよりも、端に小太郎に対する腹いせだろう。

幾らこっちに来るのに反対だからって、この仕打ちはないよなあ、と小太郎は不満気味に思い巡らす。

そうやって白目を剥きながら現状と現実から遠ざかっているうちに、漸く階段の終わりが見えてきた。
既に階上まで上がり切り、息を切らしている彼を見下ろしていた美汐が、小太郎が登りきるのを見届けて静かに言葉を投げかけた。

「着きましたよ。ここがこれからの貴方の家です」

駅から散々歩かされた挙句にトドメとばかりの階段登りをさせられ、両膝に手をついて息をしていた小太郎はその声に顔を上げた。
頭上には真っ赤に染められた鳥居。その先には寂れてはいないが、けっして繁昌しているようには見えない人気の無い神社の社務所。
子供の頃に来た時と、時が全く変わらないのではと思わせるほど記憶と同じ姿が横たわっていた。

無論、変わらぬことなどないのだろう。
時の流れの中にこの神社も在ったはずだ。良く見れば、姿を変えている場所もあるに違いない。

ともあれ、今からここが、彼――天野小太郎の住む家となる訳だ。



「やあ、よく来たね、小太君」

ガラガラと引き戸の玄関口を潜り抜け、「ただいま帰りました」と美汐が家の中に声をかけると、現れた美汐の父、天野愁衛が顔の覗かせ笑って言った。

「お世話になります、叔父さん」

「なに、私はあんまり家にいないからね。世話するのは美汐だよ」

そういってカラカラと笑った美汐父は、小太郎が背負う山のようなリュックに目をやり、苦笑した。

「これはまた…」

「あはは…」

困ったように笑う小太郎に、さっさと靴を脱いだ美汐が屈んで靴を揃えながらそっけなく言った。

「いつまでも玄関に立ってないで、入ったらどうです?」

「はーい、っと」

ようやく背中の大荷物をよいこらと降ろし、お邪魔しまーすと一声かけて、小太郎は天野家への第一歩を踏み入れた。

「とりあえず、荷物を部屋に置いてきなさい。あなたの部屋はわかってますね」

「うん、二階の左端だね」

言いながら、チラリと小太郎は従姉の顔を窺ったが、ちょうど彼女は身を翻したところでその表情は窺えなかった。
背中越しに彼女は言う。

「ちょっと遅いですけどお昼にしますね」

その言葉にあやや、と小太郎は首を竦めた。お腹減ったなあ、という美汐父の無意識の表情も輪をかける。
お昼が遅れたのは電車に乗り遅れた自分の所為であるわけで……

「はーい」

とりあえず元気良く返事をしてみて、パタパタと玄関横の階段を駆け上がろうとし…荷物を忘れてた事に気が付いて、慌てて取って返す。
うがが、と今更のようにめちゃくちゃ重いリュックを担いで、よいこらと階段をネジ登る。

ギシギシと木造の階段が文句を言うように軋んだ。

家柄の所為か、和室の多い天野家ではあるが、ちゃんと普通の洋室も揃えてある。
従姉の部屋も小太郎の記憶では洋室だった。とても女の子っぽいとは言えない部屋だった覚えがあるが、他の女性の部屋に入った事のない小太郎としては確かとは言いがたい。
尤も、最後に訪れたのが6年前だから、部屋の模様も変わっているのが当たり前だろう。
後で覗かせてもらおうかな、と年頃の少年らしい女の子の部屋への興味を抱きつつ、小太郎は自分の部屋となるドアを開き、中を覗いた。

少し大きめの本棚と箪笥がある以外は何もない。当然だ。その彩りはこれから自分が与えることになるのだから。
ズルズルとリュックを引きずり入れながら、小太郎はゆっくりと部屋を見渡した。

自分がこの部屋を使う事を、美汐姉さんはどう思ってるんだろう。

ふと、不安ではない疑問が浮かんだ。

「っと、よろしくお願いします」

とりあえず、頭なぞ下げてみる。
なんとなく、応えが帰ってきたような気がして、小太郎は小さくはにかむと踵を返した。

パタン、とドアが閉じられる。
残されたのは、新たな住人の荷物だけ。

開いた窓から吹き込んだ風が、ふわりと踊っていた。





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