魔法戦国群星伝






< 第八十七話 ターミナル・ベロシティ >





失われた聖地 聖殿内最奥 孤聖の間





帳が降ろされた。
遮られたのは暖かな陽光。照らし出す光。
閉ざしたのは魔物の群れ。幕引くように孤聖の間へと溢れたグレーターラルヴァ。ガディムの眷属。
無論、個々が連なる隙間からは、崩れた天井から差し込む陽の光が漏れている。だが抗う光は弱弱しく、蠢く黒色の深淵に掻き消されてしまっていた。
それでもなお、この孤聖の間は闇に沈まず、煌々と明るく照らし出されている。
それはひとえに光源の明るさ故に。光の白さ故に。
闇の帳のその奥で、その者は明けの明星の如く浮かぶ。

聖魂統合体/混沌の王。
一つにして全たるその者たちの名を、ガディムという。
それは純白に光り輝く一六の翼を背に持つ破滅の天使。
意味を見出し、それが為に戦う一つの生命。


神聖と悪虐が同居しているような光景に魔狼王は自分の失策を悟り、小さく舌打ちした。
惜しげもなく魔界からラルヴァの上位種を喚び出すガディム。
魔界に残した戦力をさらに削減するその決断の裏には、自分が伝えた魔界の状況があると考えるしかない。

「こいつ、魔界を放棄するつもりか」

無理もない、と魔狼王は毒づいた。 ルミラ・ディ・デュラル以下多数の魔王がガディムの支配領域に侵攻を開始している。ここに至り、魔界に勢力圏を残すことは不可能だろう。ならば、魔界に戦力を残して無駄に消費するより、今この決戦につぎ込んだ方が有益なのは間違いない。
つまりは自分の行為は薮蛇だったということだ。

――まあ、いまさらだしな。

魔狼王は悪びれもせず、過ぎた過去を記憶の角に押しやった。




「こう…へい」

頬を打つような無数の羽ばたきの波動とくぐもった唸声の胎動。その響きに紛れてしまうような幽かで、どこか現実感のない少女の声。
掠れたその声を耳に留め、顔を向けた佐祐理は、そこで初めて気がついた。

「折原さん、その子!?」

浩平の右手に寄りかかるように身体を預けている少女――世界の具現であるみずかは、その姿を霧に塗り潰されるように薄めていた。陽炎のように輪郭がぼやける。
浩平は険しい顔でみずかの両手を握りながら答える。

「また、この場から大盟約世界が掻き消されかけてるんだ。あのガディム、さっきとは桁違いだぜ。ただ、そこに在るだけで世界を侵蝕してやがる。ここに世界の楔(おれ)が居るってのにだ。伊達に世界全体を変容させようってつもりじゃないわけだ」
「そんな!? それじゃあ」

佐祐理は当然のように導かれた答えに血液が音を立てて下方へと流れ落ちる響きを聞いた。

「また、魔術が――」

世界の理が書き換えられ、魔術が使えなくなる。今、この現状でまた魔術が使えなくなれば、敗北は避けられない。

「そういう事。でも、そんな事させるわけにはいかんよな」

云って、浩平は仕方無いと言わんばかりに苦笑した。

「やり方は…わかってるね、こうへい」
「おうよ、なんとなくな」

恐らく姿を維持しているだけでも苦しいのだろうみずかの問いかけに答え、浩平は視線を佐祐理に向けた。

「悪いんだけど、佐祐理ねーさん。頼まれてくんないかな」
「なにを――」

済まなそうに浩平は頭を掻き、

「今から俺は世界の中継点としての役割に徹する。そうしないとダメなんだ。でないと異世界の侵蝕に対抗できないからな。ただ、それをやると俺が身動きとれないんだわ。そういう訳で、ちょっと終わるまで援護頼めないかな」
「え、援護ってちょっと、折原さ――」
「じゃ、よろしく〜」

慌てる佐祐理の言葉も聞かず、浩平は一方的に会話を打ち切る。
その途端、地面からあふれるように彼の周囲から陽炎の如く無色の波動が立ち昇った。
静かな圧迫感に後退る佐祐理の目前で、座を組み目を閉じて座り込んだ浩平の体躯が仄かな光沢を帯びだした。

「この者をわたしの端末と無し、わたしを此処に留め、引き寄せる。こうへい、耐えてね」

慈しむように囁きかけ、みずかは抱き締めるようにフワリと浩平に重なった。
同化したとしか思えないように、みずかの姿が掻き消える。

そして戦場に満ちる、それは場違いなほどの清涼とした息吹。

その瞬間「ほう」とその薄桃色の唇から吐息を漏らしたのはガディム。
何処とも無く視点を暈していた紅の瞳が焦点を取り戻し、浩平を見やった。
彼女の目にははっきりと視えた。折原浩平という人間を媒介に、凄まじい概念固定力が働く様を。
自分という世界を変質させる猛毒。それとせめぎ合う、不可視無形の戦いの始まりを。

――ただ無策には消え去らぬか、界よ。

まあよい、と呟き、ガディムはユラリと戦気を放つ人間たちを睥睨した。
正直、界の変容に力を注ぐだけの余裕は無い。敵はそれほどに手強いのだと、ガディムは認識している。
界への攻勢はこの場を終えてからでも構わない。今は目の前の戦いを勝ち抜くのだ。
この者たちを殲滅して。

僅かな動きがすべてを崩す、そんな張り詰めた緊張感の最中、ガディムはその白く細い指をゆっくりと天へと掲げた。
時が凍りついたように、闇の胎動が停止する。グレーターたちが彫像と化したように静止した。
それは深夜を思わせる静謐。

そして――

漆黒の帳に白き残像が走った。掲げられていた指は倒すべき敵――祐一たちへと向けられた。
途端、爆発する闇。
堤が決壊したように、グレーターの群れが雪崩落ちてくる。
羽ばたきの怒号、殺意の咆哮、轟きとなって降り注ぐ。


「これが正真正銘の最後だ、出し惜しみは無しで行くぜ」

間近に迫る殺意の嵐を前に不敵に口ずさみ、藤田浩之は手にした大剣を力任せに大地へと突きたて叫ぶ。

「契約に基づき、汝が主たる我にその力を下せ!
顕・暴起/現・増幅/結・昇華――限定遺伝子書換・開始!」

魔物の嬌声を前に怯みもしない、『エクストリーム』の駆動音。
握り締めた柄から両腕を伝い、魔の粒子が苦悶する浩之の全身を駆け巡った。
傍目には分からぬだろう。だが、この瞬間、藤田浩之の肉体は決定的に変質した。人で在りながら人以外の者に。
大魔法使いマーリンが対魔族用に開発した魔術兵器『法蝕(エクリプス・エクスカリバー)
その機能の最たるものが、この肉体強化。時限的に遺伝子を書換え、人類種族が通常到達しえぬ領域まで身体のポンテンシャルを引き上げる外法だ。
リミットはあるものの、エルクゥ化した柏木耕一に匹敵する能力を発揮できる。そう、エルクゥ種の中でも特異的ともいえる力を秘めた耕一に匹敵する、である。

「Umschreibung,Vollendet」

軽やかに囁き、書換の完了を我が身に告げる。
次の瞬間、石床に穿たれた剣の跡だけを残し、その場から藤田浩之は残像すら残さず消失した。
そして、時間と空間を無視したように、押し寄せるグレーターの只中に出現した浩之は、草を刈るように大剣を無造作に振り回す。
悲鳴をあげる暇すらなく腰から両断されたグレーターたちの上半身が四方に飛び散る。


これが、乱戦の号砲だった。



迎え撃つものたちの中で動いたのは魔狼王。
軽やかに跳躍した金色の魔族は、囁くように呪を唄いながら突然に護衛を頼まれて焦る佐祐理の傍らに着地した。

「北暗に原初の泉湧く霧の国ニフルヘイムの氷の霧を拝し。南冥に焔渦巻く炎熱の国ムスペルヘイムの火炎の息吹を呈す。
そして世界の中華に位置する此処は、神々の国たるべきを知れ! 『神霊魔廟界(アスガルズ)』」

虚空に素早く光跡を走らせ紋様と無し、裾から取り出した橙に輝く魔石とともに足元の石床に叩きつける。
砕け散り、四方に散らばる魔石の破片。
途端、光の紋様は分解し、佐祐理たちの周囲に複雑極まりない魔法陣を描き出した。

「これは――」
「魔術式使用補助用に俺が創った法陣だ! 術式起動制御を自動的に補整してくれるから、印や身振りは必要無い。それから多少の 増幅(ブースト) と魔力消費抑制が効くようにしてある。後先考えずに魔術を連発して構わんぞ!」
「あ、ありがとうございます!」

佐祐理の声が喜色に上ずる。

「ああ畜生、ドヴェルグの輝石は滅多に手に入らんのに。ったく、礼は良い。来るぞッ!」
「は、はい!」

媒介に使った魔石の破片を恨めしげに一瞥しながらの魔狼王の言葉に応え、佐祐理は殺到してくるグレーターたちに向かって呪を唱え始めた。来栖川芹香の圧縮言語とまではいかないものの、聞き取れないほどの超高速詠唱。さらに身振り手振りを必要としないために詠唱時間はさらに短縮。
通常に倍する速さで起動させた術式を、佐祐理は群がるグレーターたちに叩きつけた。
閃光が横薙ぎにグレーターを押し戻す。爆音が響いた時、既に佐祐理は二つ目の術を起動していた。
留まる事を知らない魔術の嵐が、グレーターの波を押し留める。
魔狼王も力を抑制された状態で成しうるだけの魔術を唱え始める。
楔を巡る戦場の一角は、魔力が擾乱する爆裂地帯へと変貌していた。




「爆ぜ飛べッ」

呼気短く、叩きつけるような掛け声とともに疾る蒼。
滑るようにスルスルと伸びた幾条もの蒼く光を放つ帯が、グレーターたちを撫で上げる。
漆黒の波間をそよぐ蒼い羽衣。その美麗な見た目とは裏腹の凶悪な効果はすぐさま解放された。
愚かしくも何の危機感も感じ取れずに、蒼い羽衣に触れた数十を越えるグレーターたちは、次の瞬間一斉に内臓から爆散した。
相沢奈津子の『蒼天の羽衣』または『蒼の決壊』と呼ばれる異能力。
接触するだけで全身の体液を沸騰させ、内部から敵を風船のように爆破するという蒼い光帯を自在に操る力だ。

だが、先行してきた一団を掃討した奈津子は、普段の泰然とした態度を崩し、ひどく顔を青ざめさせ、その形の良い顎に汗を滴らせていた。
それを見た上泉伊世が表情を変え、切りつけるように云う。

「莫迦、無茶をするな奈津子。幾らなんでも力の揮いすぎだ」
「わかって…いるッ」

奈津子は腹立たしげに答えた。
体系化された魔術と違い、生来身についている異能力は非常に消耗が激しい。ここに来てから引っ切り無しにその異能力の中でも最上級の術を発動していた奈津子の力はそろそろ限界へと差し掛かっていた。
唇を切り結んだ奈津子の頭上で、ユラユラとたゆたっていた蒼い光帯が霧散する。
これ以上羽衣を維持すれば、数分も立たずに身動きすらできなくなるとの判断だった。

「来い!」

小さく奈津子の唇が震える。羽衣の代わりとでもいうのだろうか。不意に奈津子の周囲から高音が迸る。目を凝らせば、いつの間にか虚空の隙間から滑り出したように出現していたその物体を見る事が出来ただろう。
戦輪(チャクラム)』と呼ばれる一種の投擲武器。だが、奈津子はそれを一種の念動武器として召喚し、使用する。虚空を自在に疾駆する二十二の戦輪(チャクラム)

――流石に『空蒼世界』や『蒼の決壊』ほど使えないが、当座はこれで充分だ!

加えて、この程度の力なら、さほど消費も激しくない。今の自分でも充分耐えられる。

不意に頭上から影が差す。奈津子は振り向きもせず、思念を走らせた。途端、高音がぶれ、同時に耳に肉を切り刻む斬撃音が届く。
血流が飛沫き、肉片が散乱する効果音を背後に聞きながら、奈津子は息子たちの姿を探した。
探すまでも無くすぐに見つける。先程とまったく変わらぬ位置。

「祐一! あゆちゃんをこっちへ!」

叫び、彼女は周囲へと目配りしながら前へと駆け出す。
深い暗色のワンピースの裾がフワリと翻った。

「奈津子さん!」

鋭い声に背後を振り返ったあゆは、駆け寄ってくる奈津子の姿を認め、祐一へと視線を向ける。

「母さんの側にいろ。いいな」
「…うん」

頷き、それでも名残惜しげに見上げてくる少女の頭に手をおき、祐一は彼女の眼を見つめた。
まだ、涙が色濃く滲む瞳。
祐一は彼女の目元を親指で拭い、なにも云わず一つ頷く。
彼女の願いは受け取った。ならば後は剣を振るい約束を果たすだけ。
それはあゆも同じ思い。あゆはそっと祐一の手を両手で包みこむと、祈りを篭めるように口元に引き寄せる。

「…信じてる、よ」

言葉を送り、あゆは顔をあげた。絡まる視線を解きほぐすように彼女は2、3歩背後にステップを踏み、身を翻して奈津子の元に駆け出した。
揺れる白き片翼を一瞥に留め、祐一は前へと向き直った。その視線の先は漆黒の壁の向こうで輝きを放つ純白の女。

「ガディム!」

呼びかけるようにその名を呼び、祐一は駆け出した。
その前進に立ち塞がる黒色の壁。

「雑魚どもがぁぁ! どいてやがれぇ!」

振り薙いだ魔剣が剣身を溶かした飴の如くスルスルと伸ばす。そして弾けた花火のように分裂する。
再びその身を多尖鞭に変じる『メモリーズ』
そしてその身に宿る純白の光は次の瞬間根元から輝く赤色に塗り染められた。

「『朱雀門』!!」

叫ぶと同時に、前方全面に解き放たれる赤き火閃。
その様は、さながら火山の噴火の如く。
地より噴きあがり、虚空を縦横無尽に駆け巡る、その閃光は八条の炎に包まれた尖鞭。
全面に螺旋を描くように拡がった多尖鞭。押し寄せようとしたラルヴァを切り裂きながらその只中に飛び込んだ赤鞭らは次の瞬間、凄まじい爆炎を吹き上げた。

深陰流尖鞭術と魔導剣の複合技法『朱雀門(すざくもん)浄軌閻獄(じょうきえんごく)

円錐形に数十メートルの空間がコンマ数秒で千度近くにまで温度が上昇。灼熱のフィールドに転化し、その中にいたグレーター数十鬼を断末魔をあげる間さえ許さずに黒焦げの残骸へと変えた。
だが、赤熱色をした陽炎の向こうから、黒点が現れ、それはすぐさま黒壁へと増殖した。
爆炎を突破し、新たなグレーターが前進してくる。

「ちぃ、うじゃうじゃとッ!」
「限がありませんね」

祐一の罵り声に応える涼やかな声音。
舞を踊るようにヒラヒラと白衣の裾をはためかせ、つぎはやに符を四方八方に繰り出していた天野美汐。
しばし、彼女はその足を止め、幽かに柳眉を傾けた。

「ならば、此方も少し手勢を増やしましょう」

まるで調理中にもう少し調味料を加えようと云わんばかりの口調で彼女は云った。
袂よりスラリと両手に符を抜き出す。左右に三枚、その数六符。
そして、符を投じつつ刀印を結び、鋭く白き袂と緋袴を翻す。
符法術において、複雑な刀印を結び、身振りを加えるということは、その術が超高位魔術式であるという証左。
そして発する烈気の呪唱。

「其は六つの星を司る者なり! 其は南の天海を守護する者なり 我、天野美汐の名において汝等の名を告げんとす!」

素早く印を結びながら、名を刻むように叫ぶ。

「鎮国、鎮嶽、保命、保生、練魂、大理」

ドン、と腹に響く音を轟かせ、いきなり美汐の周囲にイカヅチが降り注いだ。
その雷気に打たれ、美汐に襲い掛かろうとしていたグレーターが数鬼弾き飛ばされる。
イカヅチの色は宝玉のような赤色。その数は六条。

波動に淡い赤色の髪が振り乱される。その乱れた前髪の奥から静かに瞳を燃やしながら、美汐は呪を叩き付けた。

「生と雷を司りし星将たちよ、今此処に其の御身をば現さん 《神武招符 南斗星君招来》!」

内側から爆ぜたように、イカヅチの柱が吹き飛んだ。その場に現れたるは赤き鎧を身に纏った六人の神将たち。
彼らこそ、死雷星・北斗七星に対を為す南斗六星君。

だが、それにて止まるかに思えた美汐の言霊は、何らの空白も無く連奏した。
さらに魔法のように掌に現れる呪符。五枚、四枚、三枚の異なる呪が刻まれた符を上空に向かって解き放つ。

「並びに我、此処に連なりて喚びさらう! 斬天下凶神悪殺!!
我が名の元に来たれ、五斗星君! 東天護孔 東斗五星君! 西天統尊 西斗四星君! 中天莫禍 中斗三星君!」

途端、宙を乱舞す十二の符より発せられる眩き光芒/稲光。

「我、螢惑火徳星君より汝等の死命を承り、飛鳳元君の差配を賜り汝等を使役せん。我が元に集え、遍く天を守護せし者たちよ!」

怒号を撒き散らしていた稲妻、先程のちょうど倍する十二柱の轟雷が、一瞬にして収束した。
轟音が過ぎ去り、周囲の喧騒を他所に美汐の周りだけが別世界のように一拍の静寂に包まれる。
静寂の最中に佇む者、少女の周囲を取り巻くように降臨したる神将たち、その数計十八将。

そして閉じられていた美汐の眼がカッと開き、凛とした言霊が発せられた。

「南斗・東斗・中斗に命ず 駆逐/滅殺/破邪/裁断 矛と成りて討ち祓え
西斗四星に命ず 守護/攻壁/鎧化/法遵 楯と成りて楔を護れ!」

『『諾』』

答えるや、雷気を纏ったまま四方八方へと散じる五斗星君たち。
途端、戟音が発せられる箇所が拡散し、各人が受けていた圧力が微かに緩む。

「オマケです!」

言葉とは裏腹に、トドメとばかりに美汐は襟元に結ばれていた緋色の紐を二本引き抜いた。
それを両手の人差し指と中指に挟み、口元で交差させる。そして口づけするように息吹を投げかけ一振りした。瞬間、紐は瞬く間に二枚の符へと変化した。

「我が喚び声に応えよ! 中壇元帥! 火眼金晴白猿王!」

指をしならせ宙へと放った二枚の符は小爆発。爆煙の中から二つの人影が軽やかに降り立った。
片や美汐の胸ほどまでの背丈しか無い小さな稚児。だが、その眼差しは猛り狂った狂気を宿し、その小さな背には幾つもの武具が背負われていた。
片や全身を黄金にも似た白色の体毛に溶岩の如き赤き瞳を具えた魔猿。片手には意匠を凝らした如意棍を握っていた。
近づくだけで全身の毛が逆立ちかねない荒ぶる気配。
とてもではないが、オマケで喚び出したに相応しくない凄まじい戦気を発する二体の戦神に、美汐は呼びかけた。

「危急の刻は今! 太子、大聖、御二方に願い奉る。天を征し奉るその偉容と戦功を以って、道理より外れたる者どもを、再び塵へと、再び灰へと還したまえ」
『承知』
『応ヨ』

人のものとは絶対に違う恐ろしいまでに無機質な声が響いた次の瞬間、二人の戦神の姿は旋風を残して掻き消えた。
同時に響いた爆音と打撃音は、ラルヴァの群れの只中から聞こえた。
猿王の竜巻の如き棍捌きに次々とグレーターが挽肉のように叩き潰され、宙に浮かんだ稚児の両手から発せられるガトリングさながらの魔力弾が瞬く間にグレーターたちを肉片へと変えていく。
たちまちただ津波の如く押し寄せるだけだったグレーターの攻勢が乱れた。


「好機!」

隙間のない攻勢が途切れたと見るや、囲むグレーターを数秒で殲滅し、駆け出す剣士が三名。
黒衣を翻し、並み居るグレーターをそれこそ踏み台にして虚空を跳ぶ川澄舞。
大剣を豪快に、そして流麗に旋回させながら、壁を真正面から粉砕するようにグレーターを薙ぎ倒していく藤田浩之。
そして、さながら駆け巡る流星の如く『メモリーズ』を操り、後に骸と塵だけを残して黒魔の隙間を縫うように疾駆する相沢祐一。

だが、戦況の乱れを見咎めたのは、ガディムも同じだった。
彼女は指先を躍らせ、虚空に紋様を描き出す。
それは、門を通じて魔界より特定の者を喚び出す召喚法陣。


――我に連なる塵灰よ、我が手の内に来たれ。
―――アリオク、ベルゼビュート。


肌に感じる違和感と、幽かに聞こえた風切り音。
川澄舞がその一撃を避け得たのは、まさに研ぎ澄まされた感覚故だ。
咄嗟に頭上に掲げた『神薙』に加えられた衝撃は、ちょうど中空にいた舞を弾き飛ばすに充分だった。
それでも猫族以上のバランス感覚を有する舞は、隙を見て襲い掛かってきたグレーターを二鬼ほど切り捨てながら、ヒラリと着地。面を上げ、自分を弾き飛ばした者を睨む。
舞を弾き飛ばし天空より一直線に降下してきた何者かは、グレーター数鬼を圧し潰しながら藤田浩之の前に降り立った。

「ムッ!?」

不意に視界に振ってきたそれを流石に無視できず、浩之は高速機動を軽やかなただの一踏みで静止させた。
正対したのはただの刹那。一瞬後には五合を交え、二人は後ろに跳び退った。

「グレーター…な訳は無いか。何者だ?」

150センチほどの小柄な体躯。翠髪を複雑に結わえた少年とも少女とも判別できないその者は、視線を見せないほどに細い切れ目をコロコロと無邪気な子供のように綻ばせ、云った。

「【ウーラガン】ベルゼビュート」



頬を掠めて後方へと抜けていくグレーターの腕を抱き込むようにしてへし折り、同時に頭上から飛び掛ってくる相手を槍に変じた『メモリーズ』で串刺しにする。
そして手元に『メモリーズ』を引き寄せながら長太刀へと変え、押し寄せてくる火炎ごと前方のグレーター四鬼を一太刀で叩き斬った。
グレーターたちが崩れ落ちた時には既に、祐一の姿はその場には無い。
深陰流の真髄は流転と静止。
彼の姿は既に敵の只中に。ヒラリとトンボを切って群れの真中に飛び込んでいた。
そして床を踏みしめた膝が次なる跳躍を図ろうと湾曲したその時には、半径三メートルの領域にいた十三体のグレーターは血飛沫を上げながら生命活動を停止していた。正確には祐一が着地する前に双身刀の弧撃で首筋、側頭部、胸部を切断されての斬殺。

その留まる事の無い『メモリーズ』の軌道。 それが強制停止を余儀なくされたのはその2秒後。
光術を纏った多節棍がグレーターの両太腿を横薙ぎに切断した直後だった。
多節棍が突如制御を失う。ちょうど右後方、死角の位置。視線を向けたその先で、触れるだけで鋼すらも焼ききる光術を付与された多節棍が無造作に巨大な手に掴まれていた。
ブスブスと肉を焼く音を聞く間も無く、視界が急激にブレる。

「うぉっ!」

同時に祐一は自分の身体から重力が消えたのを感じた。
辛うじて視界に自分の身体ごと多節棍を振り回す何者かを捉えた祐一は、躊躇無く『メモリーズ』から手を離す。
間一髪、地面へと叩きつけられる事から逃れ、祐一は空中でクルリと体勢を戻し、着地。バク転で勢いを殺し、床を滑りながら停止する。
と、突如背後から嘲るような咆哮が叩きつけられた。素手になった祐一をカモと見たのか。だが、祐一は後ろも見ずにヒラリと跳躍。背後に立ったグレーターの首に肩車でもするように乗っかるや、全身をネジのように回転させながら倒れこんだ。
鈍い音とともにグレーターの首がへし折れ、ドウと盛大な音を立てて巨体が倒れる。
舞い上がった埃の中で、事切れたグレーターを一瞥だけ見下ろした祐一は、開いた両手を寂しげに開閉しながら斜に前方を睨みつけた。

「俺の得物だ、返せよ」

獅子の頭を首の上に乗せた巨大な獣人【アヴェンジャー】アリオクは、鋭利な牙をぎらつかせると、剣へと戻っていた『メモリーズ』を遥か遠方へと無造作に放り投げた。
ザワリ、と祐一の髪がざわめいた。

「野郎」



異質ともいえる妖気を捉え、魔狼王は魔術を編む囀りを止めた。現れた二人の魔人の姿を確認し、忌々しげに唸る。

「気をつけろ。そいつらはガディムの魔将でも【暴竜姫】に次ぐ連中だぞ!」
「この後に及んでまだガディムに味方するのですか!? アレはすべてを滅する者。真実を伝えれば――」

美汐の言をヴォルフは一言で払いのけた。

「無駄だ」
「何故!?」
「あの連中はガディムが創った魔造生命だ」

魔狼王の言葉に応えるように、唐突にアリオクとベルゼビュートの背中から皮膚を突き破り、巨大な翼が生え聳えた。それも片翼はグレーター達と同じ黒翼、もう片翼はガディムと同じ純白というさながら半神半魔というべき姿に。

そして、さらにガディムが抑揚無く唱える。
それは目覚めを促す魔の韻律。
命を吹き込む言霊の滾り。

――火を燈せ、狂気を宿せ、我が骸、我が形代よ。
―――暴虐と殺戮が執行を汝に許す。


涼やかに響き渡る韻律に応え、骸が蠢いた。
閉ざされた瞼がカッと開かれ、翡翠の瞳が閃いた。

「…まさか」

滅多な事では表情すら動かさない舞が、はっきりと驚愕を見せた。

「グゥゥゥ」

欲望に飢えた低周波の唸り声。
震動に揺れる大地。
発せられるは強大なる魔力のうねり。

バサリと大気を叩いて広がった漆黒の羽根は、この広間を覆わんばかりの威容を具えていた。

吼えたる者は魔王。目覚めたるものは漆黒の魔獣。
先刻まで炯々と紅の光を発していた魔眼は今、爛々と翠色の双眸で小さきものたちを睥睨していた。
それは、つい先程までガディムと呼ばれていた怪物。つい今しがたまで骸のように沈黙していた悪魔。
それが今、凶暴なる呼気を荒らげながら、ゆっくりと身を起こした。

「そんな…ただの外殻じゃなかったの?」
「あれ独自で一個の魔物だったか、厄介な」

震える声で呟いたあゆの手を握り締めながら、奈津子が静かに囁き返した。
彼女が動揺するのも無理はない。つい数分前まであの魔物を魔王と考え、戦っていたのだ。その相手と、真なるガディムがいるこの場で片手間に戦わねばならないのだ。
恐らく、力は変わっていないだろう。厄介の一言でかたずけるには少々厳しい状況だ。


グレーターの群れに加え、アリオク、ベルゼビュートの魔将二人。そしてガディムの神骸という強大な魔獣。
この強大な戦力を前に、ガディムは淡々と言い放った。


――我が持つすべての手札は繰り出した。
―――後はただ闘争あるのみ。
―――勝ち取る未来は我か汝等か。
―――さあ、結末を迎えようぞ!



「シャァァァァ!!」

主の放った号砲に、咆哮をあげ、アリオクがその巨身を跳ばす。振りかぶった右手には何かの魔物の骨を組み上げて造りあげたような斧が握られていた。
『メモリーズ』を失った祐一は、無手で構えを取りながら呪を口ずさむ。
だが――

横殴りに砲弾の如くすっ飛んできた物体がアリオクにぶち当たり、諸共グレーターを薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

「柏木耕一!」

青年はもつれ合う前に相手を蹴って間合を広げた。
祐一に名を呼ばれ、目線だけを向けてニヤリと牙を剥く。
そして首筋に手を当て、鳴らしながら云った。

「貴様の相手は俺がしてやるよ」
「グルルルルル」

口端から血を滴らせながら、アリオクは立ち上がった。
滴る血を斧に垂らしながら、狂気に満ちた獣の双眸を耕一へと向ける。
だが、耕一はその視線を真っ向から受け止めた。睨む眼差しが赤く染まり、縦に割れる。
自分の身体を抱くように前で交差した両腕、それを引き千切るように振り広げる。
その瞬間、大気が撓み、空間が爆砕した。
そして次の瞬間には、天を睨み、反り返った柏木耕一の肉体は、もはや人とはまったく別の存在へと姿を変えていた。
広げた両手は丸太さながらの太さ、顎の如く開かれた両手には爪というなの凶器が滾る。
一回り、巨大化した体躯は見るからに鋼のように硬化し、目の前の獣人にまったく見劣りしない。こめかみから聳えた二本の角は、まさに異形の証。
その猛り狂う鬼気に、周囲の空気が冷却される。
変体の余波か、全身から蒸気を立ち昇らせながら、エルクゥ化した耕一は地響きを立てながら巨大な足を踏み出した。
蒸気の向こうから、異様なほど冷たい紅瞳を輝かせ、耕一は長く伸びた牙を剥き出した。

「バラバラニ引キ裂イテ殺シテヤルヨ、鬣野郎」



「綾香ッ」

浩之が、ちょうど自分の前を塞ぐようにスクッと立った女の名前を呼ぶ。
彼女は答えない。その視線は僅かに上方を向いている。その先では、怒りを宿したベルゼビュートが色違いの翼を羽ばたかせ、綾香を睨みつけていた。
アリオクと同時に機動を開始したものの、トップスピードに達する前に不意に乱入してきた綾香に足を掴まれ、地面に一度叩きつけられた挙句に放り投げられたのだ。半神半魔の天使は来栖川綾香を惨殺すべき対象として認識した。
そんな殺意の眼差しに、綾香は小さく鼻を鳴らす。

「ふんっ、あんな雑魚に関わってるんじゃないの。アイツはあたしが貰うわ」

舌なめずりするように言う綾香に、浩之は思わず問い掛けた。

「貰うって、お前大丈夫なのかよ」

あれほど失血したのだ。本来なら立っているだけでも辛いはず。
だが、浩之は彼女の艶の篭もった言葉とその意味に、背筋を思わず震わせた。

「浩之ぃ、あたしを誰だと思ってるわけ?」

彼女は首を傾けて浩之を見つめ、笑った。
血の気を失い、陶磁器のように白んだ面差し。蕩かすように潤みを宿した双眸。蠱惑に濡れる小さな唇。
それは凄まじく壮絶で、恐ろしく官能的な笑みだった。

「あたしは来栖川綾香よ。このあたしが戦場でじっとしてろっての?」

答えも聞かず、彼女はユラリと自分の敵と見定めた者へと向き直った。

「ま、今のあたしでも露払いぐらいはやれるでしょ。いいところは譲ったげるから頑張りなさい、浩之」
「…分かったよ」
「また貸しね。デート一回、お泊まりつきよ」
「お前な……はぁ、あかりにゃ内緒だぞ」

返ってきたくぐもった笑い声に浩之は一つ溜息をつき、たゆたう黒髪から視線を剥がした。
背を向け、彼女と背中を合わせる。
戦いへと赴く戦姫を止める術は無く、また止める必要もない。
彼女の身を心配するなど、冒涜でしかない。少なくとも、言葉にして伝える事は……。
だから、心に留める。そして思いは合わせた背中を通じて伝わる。
言葉にする必要など、どこにもない。


二人は無言のまま、それぞれの敵に向かって地を蹴った。




小山のように盛り上がった漆黒。
神将の一人がイカヅチを浴びせ掛けるが、神骸はさして聞いた風も見せずにその大きな羽根を羽ばたかせた。
羽根から降り注ぐ黒き魔弾の雨。味方であるはずのグレーターなど無視した攻撃に、周囲の黒魔ごと雷撃を放った神将が叩き潰される。
グレーター相手に大暴れする側らで中壇元帥と白猿王が牽制の攻撃を繰り出しているが、さして効いた風情も見せない。
それも仕方ないだろう。良く見れば、傷を穿たれた端から時間を逆戻しにしたように再生している。本体であるガディムが内より抜け出したために、再生能力を最大限にまで発揮できるようになったのか。
どちらにせよ、生半可な攻撃が通じるような相手ではなかった。

「拙いぞ、あれが好き放題暴れ出したら手がつけられん」

魔狼王の端正な面差しが皮肉げに歪められた。

「あんなデカ物、造るのは大好きだが、相手をさせられるのはゴメンだぞ」
「別にあなたに相手をしてもらわなくても結構です」

呆れたような声音。金瞳を声の方に向けると、淡い赤髪の少女が足音もさせずに袂をたなびかせながら怪物の方へと歩いていた。
天野美汐は淡々と告げる。

「私が引き受けますから」
「美汐さん、そんな!? 一人でですか!?」

聞いていたのだろう。佐祐理が泡を食ったように口を挟む。

「はい」

一言。たった一言。何の気負いもなく言い放った美汐の八方には、いつの間にか八枚の符が浮遊していた。

「ガディムの形代、魔王の骸。そうですね、陰陽符法院禁忌の秘術にして符法最悪の式神、その試しには充分な相手でしょう」

それは戦場には似合わぬほど静かな声音。
だが、その声を聞いたものたちは残らず背筋を震わせた。声の奥底に潜んだ凄まじい殺気を否応無く感じ取り。
少女の歩が止まる。
途端、彼女の袂が唸りをあげて羽ばたいた。
印明が走る。内縛印・外法蔡印・堕天祥印を流れるように組み合わせ、

「血塗られしモノ、爛れしモノ、其が目は落陽の如くして、八ツなる鎌首を擡げるもの
我は汝に敵を示す者。汝に抗う愚者を示す者。我が名は美汐、その名をとくと刻め」

印を解き、左手に陽天、右手に陰地を象り、打ち広げる。

「汝は八極。八ッ頭に八卦を備えたるモノ。
其の性は天、其の性は地、其の性は雷、其の性は風、其の性は水、其の性は火、其の性は山、其の性は沢」

唱えると共に、光を纏った八枚の符は掻き消えるように弾け散る。
散らばる粒子が美汐の両手に寄りそうように集った。
光跡を引きながら結んだ蛇咬印を足元へと叩きつけながら絶唱。

「乾坤震巽坎離艮兌! 顕現せよ、祖なる蛇の眷属! 汝の名は―――」

大山鳴動。
この聖地と呼ばれる山岳全域が、身悶えするように激震した。
崩れかけの天井、岩盤が崩落する中、それは出現した。
グレーターたちをゴミ屑のように吹き飛ばしながら、地面よりそそり立つ八ツなる柱。
美汐の足元からも一柱が噴き上がり、彼女の身体は遥か上空へと運ばれる。
途端、八ツの柱が山を崩さんばかりの波動、いや咆哮を放った。
柱と見違えたモノ、それは見上げんばかりの巨大な鎌首。
八ツ頭、八ツ尾。腹を血で爛れさせたそれは大蛇。

八ツある大蛇の頭の一つ。その上で天より地を睥睨しながら天野美汐は静かにそのモノの名を告げた。

「――八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)


孤聖の間にある空間を使い潰すような迫力。
流石の魔狼王ですらも唖然と仰ぎ見る。
蛇の首の幾つかが、咥えたグレーターをまとめて数鬼飲み込んでいるのが見えた。

餌を物色するようにウロウロと眼下に蠢く有象無象をその赤い目で眺める蛇頭たち。
その視線に魔物と人間の区別は無かった。
蛇の頭の上で美汐が叫ぶ。

「我が喚び声に応えしモノよ、我が意思に逆らう事能わず!」

好き勝手に眼下の生物を片端から飲み込もうと顎を開きかけていた大蛇たちは、電撃が走ったように硬直。畳み掛けるように少女は絶叫。

「敵は我が指が指し示すモノ! 汝に抗う愚かなる者は、我が視線の先にあり!」

八ツの首が一斉に美汐の指が指し示す方、彼女の視線が睨む方角へと向いた。
低く、警戒音を発するガディムの神骸。
血塗られた十六の紅眼と翡翠の魔眼が交差する。

「「キシャアアアアアアアアアア!!」」

八首の唱和咆哮。八ツ尾が狂ったように振り回され、尾に叩かれたグレーターが身体を肉片に変えながら吹き飛ばされる。

「征けぇ!」

次の瞬間、巨大な大蛇は凄まじい勢いで神骸へと襲い掛かった。進路上の物体を押し潰しながら。
五メートルを越えるかと思われる顎が漆黒の異形に喰らいつく。城砦をも一撃で粉砕しかねない超重量の突進は、易々と脆くなった岩盤を打ち崩した。

「あ、天野ぉぉ!!」

祐一の目に、幽かに蛇の頭の上で此方に顔を向けた美汐が見えた気がした。
そのときにはもう、大蛇と魔獣はもつれ合いながら山崖を傾れ落ち、視界より消え去っていた。

――余所見をしている暇は無いぞ、人の子よ。

「祐一くん!」

あゆの声、女の声。二つが聞こえると同時に眩い光が視界を焼いた。
祐一は咄嗟に背後へと跳躍。同時に魔術防壁を展開。炸裂した爆熱が視界を潰し、身体を押し流す。
それでも無理やり身体を捻った。爆発の中から突き出された細く鋭利な四本の爪が、脇腹を掠る。
素早く詠唱。攻撃呪文。光弾飛礫を叩き込む。
遅い。前方に標的はもう居ない。
螺旋を描くように既に頭上へと舞い上がっている白翼の女。純白の衣が華麗に翻る。
細剣にも似た揃えられた右爪が祐一の喉笛に突き刺さる。
その直前――

「アクセス!!」

突如、祐一の右手に集う輝く粒子。祐一は光の中に手を差し入れ、そのまま掴み、引き抜いた。

甲高い衝突音。交差する白剣と爪。
アリオクによって飛ばされたはずの『メモリーズ』。主の声に応えたその剣の向こうで女の朱唇が薄く開いた。笑み? 違う!

咄嗟に爪を弾き、剣身を身体の前に立てる。
魔力の輝きに満ちた女の左掌と『メモリーズ』が衝突。続いて凄まじい爆発。
至近距離からの爆発に吹き飛ばされた祐一を、此方は微塵も爆圧を感じさせずに両手に魔力を宿したガディムが追撃。

――が。
十六枚の白翼が全開に広げられ、ガディムは急停止――いや、急カーブを描き、背後へとヒラリと反転した。
そして自分目掛けて斬撃を繰り出した者たちを見下ろす。
彼女の進攻上に左右から剣を振り下ろしている二人の男女。
銀の神剣『神薙』と漆黒の法剣『エクストリーム』。
川澄舞と藤田浩之。

彼らの背後で、祐一がガツンと剣を突き立てた。右手と右膝を地に付き、左手で柄を握り、見上げるように少年は睨み付ける。
その視線は心地良いまでに真摯。迷いなく直線。


――死力をば振り絞らん。
――生命をば燃やさん。
――其が未来を勝ち取る術なれば。


ガディムは静謐なるままに乞いた。


――さあ、結末を。
――結末を此処に。




 …続く





  あとがき


八岐「あと一話か二話(あゆあゆ編は)」

栞「もうちょっとですね」

八岐「そうもうちょっと」

栞「でも、そのもうちょっとが遥かに長いです」

八岐「るるる〜(涙)」

栞「あはは、では皆さん。もう少しだけお付き合いくださいね」

八岐「ありがとうございました〜」

八岐「あ、そうでした。当方のHPでアンケートをはじめてみました。お暇があれば、どうぞ覗いてみてください」

栞「いわゆる人気投票ですね。できれば私に一票お願いしまーす………お願いします〜(マヂ泣)」

八岐「べ、別に上位になっても出番は増えないよ」

栞「それでも〜それでも〜」

八岐「……悲惨だ(汗)」


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