―――シャン

まどろみの中で聞こえた、鈴の音にも似た透明な響き。


―――シャン

その音色を少女は知っている。


―――シャン

その神の音を翼は知っている。








―――夢。

―――夢をみていた。


幾億の純色たる羽根が奏でる神音を胸に、その夢は誰かが永久に抱きつづける一瀞の夢。


哀しくも、虚しき夢の果ての無さ。


底の無き峡谷へと落ち続けるそれは、気が遠くなるほどの浮遊感。
どこまでも、どこまでも終わりの無い絶望感。

空虚なる魂の煉獄。

いずれを向こうとも、望もうとも光は無く――
果て無き夢に映り往くものは無い。
閉じられた瞳は、如何なる未来も映してはいなかった。

―――夢をみていた。

子宮にも似た肉塊の中で。
沈むようなまどろみの中で。

――重なるユメ。

それは彷徨うモノたちの夢。
そして同時に少女の夢。






与えられたものは滅びのための滅び。
そこには如何なる救いも無い。
わたしたちには救いは無い。

求めてはいけないのだろうか。
わたしたちの滅びの意味を。

手に入れてはいけないのだろうか。
わたしたちの滅びの意味を。


耐えられなかったのだ―――
許せなかったのだ―――


この永劫に無明の闇を往くことが。
晴れることが無いと判っている闇瞑を往くことが。

――絶望という名の牢獄に耐えられなかったのだ。


いつしか我等は我等であることを――思い出す/手に入れる。


行くべき道/行くしかない道が永劫の無明ならば。
我等は自らそれを照らす暁とならん。
我等は暁となることを願い、想い、達成する。

それがわたしたちの滅びの意味。
それだけが我等の儚き救い。

わたしたちであることは失われるとしても。
我等は我であることを手に入れる。


我が選択肢にある運命は数少なく、我が選びし運命は我らのみを求めるもの。
されど、滅びの末の滅びという虚無を、我らは受け入れぬ、認められぬ、許せぬのだ。

――それでは我等があまりにも…あまりにも憐れであるが故に。


我はすべてを憎むであろう。
我はすべてを呪うであろう。

我等を煉獄へと貶めたるこの世のすべての理を。


月の宮の巫女よ。
小さきあゆよ。

我らは汝を待っている。

――我らは汝であるが故に。


汝は我等を許したもうか。
汝は我等と共に往かんか。


あゆよ――我等が翼の小さき娘よ。


我等はもやは私では無き故に、ただ涙するのみ。
我は涙すれど、もはや迷いは無し。
迷走の果ては定まった。

――あゆよ。


我等は汝と共に往く事を望む。
我は汝が自らの道を往く事を望む。

望みは裂け、すべては矛盾すれど、それもまた我が我等であるが故に。


あゆよ――我が示す運命を――受諾せよ






あの人はボクに語りかけてくる。
深く、底の見えない負の想念を。
海が泣き叫ぶほどの哀しみを。

でも、まどろみの中でボクは確かに感じたんだ。
ボクの翼が感じたんだ。

―――大空にも似た郷愁を。
―――春にも似た暖かさを。

忘れもしない、あの温もりを。













そして、その夢はまだ続いているんだ








魔法戦国群星伝






< 第八十四話 終局への導標 >





失われた聖地 聖殿内最奥 孤聖の間








闇が敢然と佇む。
影となり、陽光を遮り、すべてを飲み込むようにして。

余りにも漆黒なる闇。だがその無明を恐れる事無く、煙る暗色へと群がる者たちの姿があった。


三方より駆ける、それは三射の疾風。
黒き魔王は呪を紡ぐことも拳を振るうために両腕に力を込める事すらせずに、微動だにせず彼らの突を見守った。ただすべての攻めを委ねる。それは彼らの攻撃を見定めるためか、それらすべてを無駄と判じてか。

余裕ぶる大敵の隙を敢えて受け入れ、川澄舞、相沢祐一、柏木耕一の三名は直線そのままの機動でガディムへと突っ込んだ。
元より彼らの心底では、この攻勢は試撃。敵の防御が如何ほどの厚みを擁するものかを自らの一撃を以って確かめるのが主眼であった。
ガディムがそれを許すというなら僥倖。その驕慢を噴飯するべくも無い。

柏木耕一が繰り出したるは、何の意匠も凝らさぬ渾身の右正拳。だが力任せの無様は無く、基本に乗っ取った美怜かつ魔獣の牙の如き一撃。
剣舞(ソード・ダンサー)】川澄舞の放つ一閃は、絶技・穿鱗剣(せんりんけん)套月(トウゲツ)』。討魔の血脈『川澄』が幾世紀にも渡る、人ならざるモノとの闘争の中で研鑚した対甲殻戦闘剣技法。
そして相沢祐一が変じたる武器は方天戟。その重厚を以って破する一撃は深陰流弧戟『虎地穂高(コチホダカ)』。

三者三様にして、そのすべてが堅牢を誇る厚き城塞をも粉砕し、不沈を以って名を馳せた今は亡き鋼鉄の魔将ゼルダット・アイゼンをも墜しせしむるに充分なる破撃。

だが、奏でる戦音は防壁が崩落する燦然とした凱歌ではなく、低くも鈍い反駁音。

正より突かれた鬼の牙拳は、螺旋に絡む血筋を靡きつつ後背へと跳ね返り。
輪する黒衣の細躯から旋じる剣へと連なる刺撃『套月』もまた、その切っ先を最奥まで捻り切れずに反発される。
天地に弧閃を描き、その威力を加速させる深陰流弧鷲環法。北川潤が抜刀術の次に得意とする弧太刀の同系列…弧戟が上伝技『虎地穂高』もまた、その破衝を奮い切れずに技を潰えた。

さながら群がる蝿を打ち払うように。
無造作に、だが激風のごとく振われるガディムの両腕に、祐一たちはすかさず床を蹴り上げ間合いを広げる。
だが、ただ独り。相沢祐一の攻撃はさらに続いた。

羽毛のごとく虚を跳ねて、背後に退く少年の躯は軽やかに宙を舞う。
そして、祐一の爪先が床に触れるや、彼の両手に持ちたる白刃――方天画戟の偉容は崩れ、白く仄かな燐光をヴェールのように纏いつつ、細く長くその身を伸ばす。
その瞬間、祐一の体躯を覆っていた外套が羽ばたくように翻った。
それは地から昇る旋風故に。彼を取り巻く螺旋が故に。
渦巻く螺旋は『メモリーズ』。その身を幾重にも裂き分けた多尖鞭へと姿を変じた白き魔剣。それが大気を切り裂きながら、祐一の周囲に竜巻を形成していた。
無思慮に手を差し込めば、手首より先を微塵の肉片へと変えるであろう螺旋の昇流。
天へと昇る千渦の流れの切先は、次の瞬間魔王に向かって進路を変えた。

右足(うそく)を踏み込み、右腕(うわん)をしならす。祐一の手元より伸びたる閃光は一筋。それが閃きの中途で多弾頭ミサイルの如く八線の流星へと分かれる。
深陰流穿蛇乱法・穿尖鞭『羅生門(ラジョウモン)
一手一閃を以て八穴(ハッケツ)を穿つという穿尖鞭術の奥伝技法の一つ。輝石ですらも、割らず砕かず、ただ穿つのみという穿術奥義だ。
だが、祐一が繰り出したのは其れではない。
八つに裂けた尖鞭の切先は、祐一が手首を微妙にしならす事で再び結界の直前にて八方より一点に収束する。その様は八つ首の蛇が一斉に獲物へと襲い掛かるが如し。
これぞ深陰流鞭術最奥伝『羅生門(ラジョウモン)八舞閂(ハチブカンヌキ)
その一線で厚き岩盤を刳り貫く穿撃。それが八線、しかも寸分違わぬ点への一点集中、同時統一攻撃。
金剛石のみならず、オリハルコンや真鋼にすら穴を穿つという秘奥義だ。

だがこの穿撃すらも、結界に接触すると同時に鞭が蛇のように撓み、あらぬ空へと弾かれた。

「だぁぁっちくしょう、むやみに硬いなぁッ」

殴った頭が石頭だったとでもいうような調子で毒づく祐一。その顔前で手元へと舞い戻った純白の多尖鞭が、一瞬にして軽やかなる白剣姿を変じる。

「さあて、どうしたもんかね」

剣を無造作に肩に乗せつつ嘯く祐一の、さらりとした口ぶりには深刻さは微塵も無い。幸いというべきか、生憎というべきか、その手の類の代物はつい先ほどポイ捨てた。予期していたこの程度の苦境では、再び心を彷徨い沈めるまでには至らない。
だが、問題は不可視の壁の強固さか。
この現状での防壁の強度、笑い飛ばしているだけでは少々立ち行かない。


混沌の王ガディムが敷きし、対物理防御壁。
伊達に魔王と呼ばれるモノが、半月もの月日をかけて練り上げた術式では無いということだろう。
その強度は偏執的かと呆れるほど。恐らくは三華が有する大筒の一斉射でも粉砕できまい。
これではいかなエルクゥの怪力だとて、そうそう簡単には破砕することは出来ないだろう。ましてや 魔剣・神剣の類に至っては、決定的に変質してしまったこの異世界法則の中ではその身に付与された術式効果を果たしてどれほど発揮できるか。
宿し息づく魔の理が、この世の異端と成り果てた今、鉄をも切り裂く切れ味が如何程までに減じているか、想像するだに頭が痛い。

例外は俺の『メモリーズ』ぐらいか。

相沢祐一は、愛剣の硬質でありながらどこか羽毛にも似た柔らかな感触を握る柄越しに感じながら、その切先を正面に添えた。
このガディムによりて侵蝕されし異邦界。この中で正常に作用しうる力は翼人に連なる力だという話。ならば、翼の剣たるこの『メモリーズ』はまったく力を失っていない事になる。
さりとても、魔術が使えない以上、『魔剣』の片翼とも言うべき魔導剣を使えない。
果たして、この身に収めたる剣術だけで、あの堅牢なる結界を破れるだろうか。

「さて、ちょっとばかし怪しいかな」

祐一は特に感慨も込めずに呟いた。
祐一が習得した深陰流はどちらかといえば、殺傷を目的とした戦闘術だ。
いかに効率的に人体を機能停止させるかに軸が置かれている。
こと、純粋な破壊力に関してはあまり自慢できるような技は無い。人間・非人間を問わず肉体を持つ相手を壊すのは至極簡単で、破壊力はさほど必要無い。
破壊力を必要とするほどの相手には、魔術を併用した魔導剣という手段があったためにこれまで不都合を感じた事はなかったのだが。
少なくとも、深陰流でも破壊力で最上に位置する先の戟術『虎地穂高』、貫通力での鞭術『羅生門・八舞閂』が通じなかった以上、他もまた推して知るべし。

ならば自分以外の他者を選じるより他は無い。
祐一は、ざっとこの場にいるメンバーを思い浮かべた。
手っ取り早く、この結界を破壊できそうな輩を判ずる。
無論、そんなヤツは祐一の知る限り、一人しかいなかった。

「舞、なんか手はあるか?」

先ほどのガディムの振るいし一閃。巻き起こった旋風により切れたものか。
呼ばれた女の白い頬には一筋の血線が走り、その弧線より薄くも鮮烈な紅が滴っていた。
その紅い流れを右手の親指で拭いつつ、川澄舞は一瞥を祐一へと向ける。
迷いの無い透き通るような穢れを祓う双眸。
流れる爽髪は静かなる陰に溶け込むように黒く。 紅の化粧を施したその貌は、立ち込める闇を刳り貫くように白い。

魔の理が通じなくなってしまったこの異世界で、効力を発揮するは物理力。それ以外は理に因らぬ異能のみ。
この場で異能――すなわち超能力の類を使える人間は彼女を置いて他にいなかった。
自分の母親もそれに類する力を備えてはいるが、結界を破壊するような衝撃力を生み出せるような力ではない。この場に呼び戻してもあまり意味はないだろう。

魔を討つ血脈の末裔は恐ろしいまでに端的に言ってのけた。

「一つだけ。でも、一度だけ」

余分をすべて切り払った質実なる言霊。

祐一は刹那、迷った。

彼女の確信に満ちた言葉は、その一撃が結界を確実に破壊できることを理解させた。
だが同時に、その技は一度しか放てぬモノだという。自然、全能を振り絞るものだということも同時に理解させられた。
いわば、彼女の切札ということだ。

ここでそれを使ってしまうのが正解か否か。

その迷いを助長させるように、ガディムが口を開いた。
腹の底から打ち据えられるような、重々しい重低音。
自らを囲み、だが手を出せないでいる人間たちに向かって告げる。


――汝等の勝算はあまりにもか細く、儚い――
――人間たちよ、汝等を守る楯たる魔術は途絶え――
――汝等を死の淵より救いたる娘の余力はもはやあるまい――
――傷つけば、それが冥府への導とならん――



それはいわば、最後勧告。いや、疑いも無い自らの敵の敗北と死を告げる宣言か。

ガディムの言葉の意を悟り、祐一は思わず独りの少女を振り返った。
白衣に緋袴の少女にその身を預ける片翼の少女…月宮あゆを。

顔色を変えた祐一の様子を目に留め、ガディムは淡々と先を続ける。


――この場に倒れし幾多の死を、瞬く間に消去せしほどの大奇跡――
――幾度も重ねて使えるものではあるまいや――
――ましてや幾日もの時を我が精神の海…蕭然たるまどろみの中で過ごした身――
――心身を極度に消耗させた身で――



「あゆ、お前」

見開かれる眼、呟く名に答えるように、月宮あゆは掠れるような微笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。さすがにさっきみたいに一度にみんなの致命傷を回復させるような大技は使えないけど、まだまだボクは死からみんなを救い上げる力は残ってる」

そう決然と言うあゆの顔色は、今更ながら青ざめて見えた。
気がつけば連なるように見えてくる。こけた頬。ひび割れた唇。充血した双眸。
その佇まいにすら疲労が透けて見える。

祐一は思わず奥歯を噛み締め、悔恨を篭めて呟いた。

「クッ、すまない、あゆ。お前がそんなに消耗してたなんて……真っ赤っかになった顔が面白すぎて気がつかなかった」
「うぐぅ、微妙に心配されてない気がするよー」
「はっはっは、気のせいだ」

気遣いの仕方か内容が、何か気に入らなかったらしい少女の不満顔を一言で切って捨て、祐一はあゆから視線を外した。

そのやり取りを聞いていたのかいないのか。
ガディムはむしろ粛然と告げる。


――我が優位はここに揺るがず――
――魔を奪われ、力を阻まれ、癒しを限られた汝等は恐懼し我が前にひれ伏すべし――
――汝等すべてを消去せしめ、今再び我は月の宮とともに――



語る言葉は連なる毎に低音が咆声と化し、語尾が途切れたその時には無形の音塊を周囲に撒き散らす。
吹き寄せる波動に細める皆の眼に、それは轟然と映った。
魔王が束ねし力は漆黒の励起。
輝く暗色が掲げた両手の上に集っていた。

滾り、荒れ狂う漆黒の閃光が仰ぎ見るものたちの相貌を冥寥に染めた。
漆黒の輝塊が砕け散り、無数の黒線が降り注ごうとした。
それは、まさに全包囲一斉攻撃。
先に皆を傷つけ、全滅の一歩手前まで追い詰めたのと同じ、魔力の豪雨の訪れだ。


「チィッ、こりゃまた厄介な」

祐一は舌打ちしつつ、剣を構えた。
彼と同種の表情――焦燥が他の面々の顔にも浮かぶ。

無差別に降り注ぐ弾雨に対し、魔術を失った此方は裸に等しい防御力。
浩平が復活し、皆の傷が癒えた今、防御に徹すれば幾度かは凌げるだろう。
だが、防ぐばかりではいつかジリ貧に追い込まれてしまう。

ここは美汐や佐祐理を下がらすのも手だが、生憎と背後にはラルヴァや魔族の残党が迫っているときてる。
崩壊した外壁の外は断崖絶壁。どちらにしても逃げ場は無い。

確かにガディムの云う通り、事態は何も好転はしていなかった。

それでも、諦めることなく屈することなく、そして眼の輝きを鈍らせることなく、彼らは襲い繰るであろう魔力のスコールへと身を構えた。



―――謳うような声が聞こえたのは。

―――その瞬間だった。



『優位、優位? 可笑しいね、そんな事を信じてるんだ。自分だけの理に逃げ込んだアナタ。アナタは分かっていない。そんなものはどこにも無いんだよ』


教え、諭すように空気を震わせ轟いたその声音。
子供の如く傲慢にして無垢、不遜なる清音を、皆が聞き届けた。


『何故ならね。わたしがここにいるんだから』


言霊は引き金となり、事象を転化する。
溢れ出した水のように、不可視の波紋が広がった。

――それは、さながら雲海から陽射しが一筋差し込むかのように。
――そして、夜の帳を押し開く、朝日が顔を覗かせたように。

重く立ち込めた暗色を、満ち満ちた異郷の気配を、漣の如く何かが消し去っていった。


―――舞い降りたるは、懐かしき故郷の息吹。


双眼も凶き黒衣の男は、これ以上なくはっきりと感じ取る。
全身へと行き渡る力の脈動。神経がささくれ立ち、毛細血管の一本一本に至るまでに血が通う。

永久の眠りから眼を覚ましたかのように煌々と輝き出した宝玉を撫であげ、藤田浩之は蝕みし黒剣を横へと掲げ、切先に右手を添えた。
心地よい重み。心地よい剣の駆動。
虹色の宝玉より色彩鮮やかな光芒が迸る。
黒の聖剣の刃越しに、得たりとばかりに映る笑み。

切り裂くように、律を侵せし韻が飛ぶ。

「契約者―藤田浩之の名において、法を司る役目を負いし汝に命ず!
――顕現決起/砕破魔断/外印術壊!
今此処に具象せしむる縁を縛る魔の法を、汝が権限において破断せしめよ!」

闇を斬り薙ぐ魔断の一閃。
幾百枚の硝子のグラスが砕け散ったかのように。
高らかに響き渡る音色は、割れそびる破砕の旋律。

砕け散り、割れ去ったのは黒き輝き。
魔の理への侵蝕を受けて、胡散霧消したる魔術は魔王の掌にて煌々と輝く黒雨の源。

起動寸前だった黒輝の末路を目の当たりにして、初めてガディムの紅眸が驚愕に揺れた。
それは自らの魔術を阻止した漆黒の大剣の冴えに驚じた訳では無論無い。
皇帝の握りし法剣『エクストリーム』。
真なる銘を『法蝕(エクリプス・エクスカリバー)』と云う魔剣。
大魔法使いによって造られしこの兵器の稼動原理は魔導に基盤を置くものだ。
それが正常に作用したという事は、即ち世界に律する魔の理が正常に戻ったという事。
異世界に侵蝕されたこのフィールドではありえぬ事象。


――此はまさに――


炯々と光輝を増した紅眸が、果たしてそれを捉えたる。
吼える魔王の声調は、ざわめく思考を風へと乗せる。


――界が降臨したと云うのかッ――


「どわっ!?」

折原浩平は度肝を抜かれて二歩、後退った。
虚空より生まれる光の粒子。渦巻き輝く奔流は、すぐさま一人の少女へと姿を整え、現れ出でる。

泡立つ雲を思わせる白いワンピースの裾を翻し。
スキップを踏むように、少女は爪先を床へと触れた。
裸足の爪先が触れるや否や、不可視の波紋がたゆたうように広がり往く。
無言たる石床も、崩れ去りたる瓦礫の山も、差し込む一筋の光条すらも。
あらゆるすべての存在が、少女の降誕を歓喜する。

そして少女は眼を開いた。

その瞳に映るは世界。
あまねくすべてを捉えし黒瞳。
その余りにも深き双眸を、少女は魔王へと向けた。


「理を歪めし者。哀れなる魂たちの怨嗟。世界はあなたを認めないよ」

何故なら――

少女ははにかむように言う。

『すべての意思は未来を望み、すべての想いは明日を信じているんだから』

その意思を、その思いを、少女は我が子のように知っている。

少女の名はミズカ。
あまねく世界の映し身にして、この界に在るすべてのモノの母であり見守る者。


――汝は、世界意思存在か――


ガディムの感嘆にも似た問いかけに、少女は透き通った眼差しを細める。


「世界意思存在!? まさかッ」

魔王の言葉を聞いた佐祐理が、円らな瞳を限界まで見開いて、あられもない大声をあげる。
そして、唸るように浩之が呟いた。

「大盟約世界の具現……世界の女神、だというのか」
「世界の女神って…御伽噺じゃなかったのか」

呆れたように云う柏木幸一の言葉こそが、大魔法使いとその十二人の使徒が呼び出したという伝説の存在への認識だった。

遥か歴史に埋もれし、神話とすらも言わしめられる伝説の少女に向かって、浩平は劈くような声をぶつけた。

「お、お前、みずかかぁ!?」

素っ頓狂な声をあげ、目を丸くして驚く浩平にクルリと振り返り、みずかと呼ばれた少女は目元を緩めて笑ってみせる。

「また会えたね、こうへい」
「な、なんでこんなところに」

みずかはクスクスと楽しそうに笑い声を立てると、人差し指を立てて左右に振った。

「瑞佳にこうへいのこと、頼まれたからだよ」
「そ、そうなのか」
「こうへいが馬鹿なことしないように、ってね」

答えになっているのかいないのか。それでも浩平は思わずそうなのかと納得してしまった。
完全に瑞佳に頭があがらないらしい。


――汝、世界意思存在――
――如何にして我が領域/我が世界の中に――
――ここはもはや汝に…大盟約世界に在らざるはずであった――



一度は驚愕に揺れたとしても、その声には抑揚は生まれない。
餓王の呟きはただ只管に淡々と。


――ましてや我が世界を改めて塗り替えるとは――
――幻影でしかない汝にそのような力を行使する術はあらぬはず――



少女は眼を伏せその小さき唇を器用に歪める。
それは僅か6、7歳の幼子が浮かべるには不敵すぎる微笑みだった。

少女は教授するように云う。

『無辺にして広大たる私の力は私自身には使えない。それが万物の法則にして絶対の枷。でもね、魂の亡霊よ。私の力を行使する者は、敢然として存在するんだよ』


少女の言葉に、ガディムは吐く息を呑み、その鋭い紅目を見開いた。


――そうであったか――
――世界意思を体現する者/世界意思遂行者/打ち込まれた楔――
――世界の楔(ワールド・ウェッジ)――
――それが存在したというのか――



「そう、ここにね」

背後に立つ我が子であり我が兄であり、我が依り代の一人である少年を肩越しに見上げ、少女は少年の手を握る。
キョトンと眼を瞬かせ、自分を見下ろす浩平に微笑みかけ。そして、厳かとも言える声でみずかは歌うように口ずさむ。

「折原浩平はわたし、大盟約世界の楔としてその威を発するよ。それは彼を介してわたしの力が注がれるという事。彼こそがわたしという存在の媒介として、君という異世界の侵蝕からわたし/世界を守る」

そして、自分を見つめる八人の男女に向かって告げる。

「みんな、もう分かってるよね。既に異世界はその侵蝕を掻き消された。わたしの中の魔の理は、今ここに復元したよ」

倉田佐祐理は咄嗟に自らの掌を見つめ口ずさむ。
音叉に応え、仄かに光る魔力の灯火。

「韻に、魔道法則が反応している」

天野美汐は袂から一枚の符を切り、複雑な紋様の描かれた紙面に向かい刀印を当てる。

「オンッ」

符は爆煙とともに一羽の雲雀へと姿を変え、広げた美汐の掌にとまった。

「魔術が使える、そういうことですか」

美汐は雲雀を符に戻し袂へと仕舞いながら、黒き聖剣を持つ若き皇帝の凶眼へと視線を向ける。
彼が既起動魔術式強制介入を成功させる事が出来たのは、魔術の解放―世界の復元を鋭敏な勘で察したからか。

「どちらにせよ、これで私も戦えますね。役立たずとは不本意ですし」

少女の口元に、鬱積を発奮するような鋭利な綻びが浮かんだ。


人間たちの魔術が復活する、その情景を眼に捉え。
ガディムはしばし、黙考するようにその双眸を閉じた。
そして、再び刺撃の如き視線を開いて、変わらぬ無機質さで淡々と告げる。


――なるほど、汝等の魔の力は再起した――
――だが、それだけでは我を討ち倒すことは敵わぬぞ――



「出来るんだよ、生憎となッ」

ガディムの調べに、反駁する声。
術式の復活を確かめるように、自らの右手を開握していた相沢祐一。
魔剣士はニヤリと笑い、両手で掴んだ白剣を滑らせるように横に掲げる。

「魔の理を以て、物の理を改する。魔導剣の真価を見せてやるよ!」

そして耳を傾ける全員に向かって、叫んだ。

「今からドデカイのをぶちかましてあの結界をぶち破る! みんな、しばらく援護を頼む!」

木霊を打つように、すぐさま返ってくる撥で叩くような快応の声を聞きながら、祐一は近くにいた舞に声をかける。

「舞、暗器の中にあれ持ってただろ。あの凶悪な鉄球。ちょっと貸してくれ」

刹那、訝しげに目元を震わせ、だが舞はすぐさまジャケットの裏袖に仕舞っていた親指大の鋼の球を七つ、投げて寄越す。
川澄舞が投じれば、鉄板すらもレンガの如く貫くという仙術で精製された真鋼製の指弾用鉄球だ。
それを一掴みで受け取り、手の中で転がしつつ、祐一は静かに呟いた。

「アクセス」

眼前に掲げた魔剣が白く発光し、次の瞬間姿を変じる。
現れたるは、両端に反身ある鋭利な刃を生やした双身刀。
中心にある柄を右手で握り直しつつ、相沢祐一は浮かれる声を抑えるように囁いた。

「さぁて、【魔剣(エビル・セイバー)】相沢祐一オリジナルの貫徹神技。今よりお目に掛けてやるぜ」


無論、何かを始めようとする白翼の剣を持ちたる少年を見逃すほど、ガディムは鷹揚でも馬鹿でもない。


――させると思うてか、人の子よ――


「思ってないから援護しろって言ってんでしょうが」

その溜息にも似た嘲りは、まさに巨体を以て突進を仕掛けようとしていたガディムのすぐ左脇から聞こえた。
見上げるような巨身にも関わらず、ガディムは電光のように反応した。
黒翼を羽ばたかせ、床を蹴り、竜巻のように旋回する。回転と質量を掛け合わせた砲弾の如き右腕の一撃を、声のした地点めがけて叩きつける。
その動きは、異形に似合わぬ流麗とも云える動作。

その一撃の行く先。
何時の間に間合の中に踏み込んだのか。そこに立っていたのは、右手を腰に当て、気だるげに柳眉を下げる来栖川綾香。
自分の体躯ほどもある巨拳。唸りをあげて飛来する、先程自分を手毬のように弾き飛ばした轟撃を、だが綾香は平然と睨むでもなくじっと見据える。

一拍を置いて訪れた自分の現状を、果たしてガディムは把握しえたか。

少なくとも、この場にいる誰もが、彼女が何をしたのか見極めることが出来なかった。
迫る巨拳に、【神拳公主】はただ一歩、直撃の弾道から幽かに身を逸らすように斜め前に歩を進める。

――タン

聞こえたのは、ただ軽やかな踏み込みの打音だけ。
その瞬間、この場にいた全員が目を疑った。

ゆっくりと縦軸に回転しながら、高々と虚空へと舞い上がった漆黒の巨体を見上げ。
何故、ヤツがそんなところにいるのか。
一瞬、誰もそれがガディムが投げ飛ばされた故だと分からなかった。

軽を以って重を制し、遅を以って速を排し、柔を以って剛を御する。
天衣拳掌握法『飛天交叉(ヒテンコウサ)

普段は動の格闘家であり、むしろ豪快なる拳技にて知られる【神の拳を持つ少女】来栖川綾香の、これが真髄だった。


――グゥッ――


突然生まれた浮遊感に、思わず唸る混沌の王。
自分の数十倍ある質量をいとも簡単に投げ飛ばしておきながら、来栖川綾香は憂鬱げに瞼を閉じ、機嫌を損ねたように口ずさむ。

「不意さえ討たれなきゃ、あんた程度の攻撃なんて毛ほども効かないわよ。ったく、頭にくるなぁ」

大量に血液を失ったために鉛のように重い身体を支えながら、来栖川綾香は深く吐息をついてよろめいた。
本来なら縦横無尽に駆け巡り、殴る蹴るが信条と云える彼女にとって、実はこのような相手の力を利用するような柔技はあまり好みではない。
だが、それを敢えて選ばねばならぬほど、今の彼女の体調は最悪だった。正直、立っていることすら辛い。無論、今の相手に打撃が通じないという理由もあるにはあったが。
あゆの治癒では傷は回復しても、体力までは回復しない。失われた血もまた戻らない。失血死寸前にまで追いやられ、本当は絶対安静が必要なこの身。
それでもやられっ放しでは我慢できないという激情。それが彼女を攻勢へと突き動かす。

物憂げに綾香は髪を掻き揚げる。その様は、そそけ立つ程に妖艶。
その匂いたつような気配に藤田浩之は苦笑とも欲情とも取れぬ感情を口端に表しながら、暴れ馬の如く活性化する黒の聖剣を押さえ込むように構えた。

一方のガディムは、背中に生やした一六枚の翼を広げ、その巨身に見合わぬ器用さで体勢を立て直す。
巨大な闇翼を広げる様は、高き中空に在るもあって、よりいっそう威圧を眼下に与える。
ガディムは裂けんばかりに鋭利な牙のならぶ顎を広げた。肺腑より轟く砲声は魔の法理へと訴えかける咆哮呪唱。
途端、焼けた空にも似た朱色の光槍が空へと生まれる。

だが、轟音とともに祐一目掛けて撃ち放たれたそれもまた、標的の元へと辿り着くことはなかった。
歪み、捻じれた空間の歪みが朱槍を受け止め、あらぬ方角へと弾き飛ばす。


――魔術をも歪めるかッ、ワールドウェッジ!――


「止めるし曲げるし跳ね返す! 文句あっか!」
「あるかー」

逆切れ、もしくは開き直りさながらに柳眉を逆立て捲くし立てる折原浩平と、右手をブンブンと振り上げながらご機嫌に語尾を真似るみずか。もうちょっと言い方というものがあるだろうに。それから中指を立てるのは止めなさい。みずかが真似したらどうするんですか。

一方、その理不尽な浩平たちの吼声に反撃する間もなく、虚空に羽ばたくガディムへと、幾閃もの黒刃と、無数の呪符が渦が襲い掛かった。
再び咆哮を迸らせ、強靭に張り巡らせた魔術防壁に、黒刃は次々に被弾した。辛うじて防壁は斬撃を耐え凌ぐ。
が、続いて訪れた呪符の束。数十枚にも及ぶ呪符群は、まるで胡蝶のように防壁へと張り付き、次の瞬間一斉に起爆した。

符法術『連峰爆符(れんぽうばくふ) 繚乱胡蝶(りょうらんこちょう)』と黒き聖剣『エクストリーム』の『魔刃濤嵐(マジントウラン)』。

その絨緞爆撃の如き攻勢は一度で終わる事も無く、何度も何度も息つく暇も無く、ガディムへと襲い掛かった。
絶え間なく襲い掛かる凄まじい爆圧と、隙あらば防壁を貫かんとする魔力の衝刃の嵐。


――賢しらな。この程度で……――


余裕めかしたガディムの呟きは、そのすべてを吐露することなく語尾を消す。
唐突に自分の質量が倍化したかのような負荷に襲い掛かられ、さしものガディムも体勢を崩し虚空より地面へと叩きつけられた。
鳴動の如き震動が大地を揺るがす。

「逃がし、ませんよ」

呟く少女の豊かな小麦色の髪が、渦巻く魔力に逆巻き踊る。
倉田佐祐理の放った高位魔導術『軌塊重殺圏(ゼノン・グラビディ)』は、その加重圧圏へと魔王を捕らえた。石塔すらも倒潰させる超重力のフィールドだが、多重の魔術防壁に包まれたガディムを潰すには及ばない。だが、しばらく動きを封じるには必要にして充分の封撃だった。
同時に、さらに火勢を増して浩之の魔刃と美汐の爆符が雪崩れをうって超重力に押さえ込まれたガディムへと降り注ぐ。
これにはさしものガディムですらも、身動きがとれずに防御に徹せざるを得ない。
その間にも、祐一は着々とプロセスをこなしていく。


その口ずさむ呪は雷電を招く魔の韻律。
具象した電撃は、祐一の掲げる双身の刃へと纏わり始めた。
やがて、祐一は尚も呪を紡ぐことを続けながら、ゆっくりと双身刀を回転させ始める。その回転は段々と速度を増し、いつしか白刃が円を虚空に映すほどの速さとなっていた。
そして、刃より放電する電撃が、祐一の周囲の空間へと帯電し始める。
それでもさらに、祐一は幾重にも重ね、積み上げるように電撃を呼び続ける。
それはいつしか、想像を絶するまでの膨大な電力量となっていた。

祐一の髪の毛は逆立ち、衣服の各所から火花が散る。

この現状でなお、澱み凝縮された電撃が暴発しないのは、相沢祐一という天才が具え持つ魔術式制御能力の賜物だったと云えようか。
並みの魔術師ならば、起動させた事象はただ標的に向かって撃ち放つだけ。超一流といわれる魔術師ですら、多少、軌道を操作する程度の制御を行なえる程度なのだ。
それを相沢祐一は自らの周囲下に安定させている。しかも複数の魔術を同時に、である。その制御能力の凄まじさは想像するに余りあった。果たしてこれほどの制御能力を持った生命体が、これまでいただろうか。稀代の魔術師―来栖川芹香はおろか、十二使徒、大魔法使いマーリンにすら不可能だろう。

恐らく、彼に約三メートルも近づけば、その人間は瞬時に黒焦げの消し炭と成り果てる。
凡そ十数回に渡って唱えられた雷術は、それほどのパワーを祐一の制御下に内包していた。

「ゆ、祐一くん、いったいなにをするつもりなの――!?」

十数メートル近く離れているにも関わらず、祐一を取り巻く雷電圏から放射される電気に、翼中の羽毛をパチパチと逆立てながら、あゆが呆然と問い掛ける。
対物理障壁を完膚なきまでに粉砕するには、その硬度を上回る衝撃を与えなければならない。
祐一が呼び出したのは魔術の電撃。例え、それを凝縮して放ったとして、対物理障壁に対しては何の痛痒も与えられないのだ。
あゆをはじめとして、誰一人祐一の意図が読めない。

あゆの声が聞こえたのか、それをきっかけとするように、祐一の呪が途絶え、電圏をかき混ぜるように回転させていた双刀を脇に抱え、停止させる。
そして、彼女の問いに対して高らかに応える。

「なに、って決まってんだろ! 良い事だよ、良い事!」

極めてアバウトな返答を投げて寄越し、祐一は引き裂くような笑みを浮かべた。

「蓄積電力量準備やよし。いくぜッ! アクセス!」

キーワードが唱えられる。応えて魔剣は双身刀という姿から、一瞬にして底尾を白銀の鎖で連結した李公拐へと姿を変えた。それも形状はどこか平たい印象を与える拐だ。

「って、繋がってたらダメじゃないか」

鉄拐へと姿を変えた『メモリーズ』を見て、柏木耕一が引き攣った声を思わず飛ばす。
拐とは取っ手のついた棍であり、両手に携え回転による打撃や柄の部分を持っての棍としての使用など自在性を持ってその効果を発揮する武器だ。
それが短い鎖で繋がっていたら、一挙にその長所を活用し難くなる。
だが、祐一は朗らかともいえる口調で言葉を返す。

「いいんだよっ、この場合はッ!」

そもそも『メモリーズ』が如何なる形状の武器へと変化できるとはいえ、分裂は出来ない。だからこそこのような形ととったという意味もある。それも、この拐を拐として使うつもりが無いからだ。

「我、ここに世界に稟請す。戒めと縛りを断ち切り、我が身我が魂をすべからく束縛より解き放て。望むは解放、望むは無縫。一時のみ別れを告げる事を許せ!」

その呪の響きを聞いた佐祐理が驚いたように声を枯らす。

「慣性相殺呪!? 祐一さん、いったいなにを!?」

何をするつもりなのか。
その疑問は次なる祐一の動作にて明かされる。

祐一は電撃渦巻く領域圏の中心で、両手に携えた鉄拐を身体の前で重ね、突き出した。
そして、いつの間にか空中に放り投げていた舞から渡された七つの鉄球を鉄拐の間に挟み込む。

「アクセス!」

放たれるキーワード。途端、二本の拐は白光とともに融合し、二つの取っ手を備えた筒へと姿を変えた。
その形はまさに砲身。
そして、砲口は爆炎に包まれる漆黒の王へと向けられる。

次の瞬間、周囲を無差別に荒れ狂っていた電子の流れが、祐一の思念の操作を受けて、その一粒一粒に至るまでが規則正しく動き始める。
莫大な電子の流れは一点に収束した。すなわち祐一の両手に握られた、筒へと変じた二本の魔法の双拐へと流れ込む。

刹那、祐一が閃かせた槍の穂先の如き殺気を、ガディムは感じ取ったのだろうか。
渦巻く爆炎の中から確かに、炯々と輝く紅の双眸が祐一を貫いた。
その視線に向かって祐一は噛み付くように牙を剥いた。

「喰らえッ、遍く総てを貫くモノを! 魔導剣・雷章―――」


――収斂する電子。
――身悶えする火花。
――爆散する大気。
――粉砕される音の壁。

あらゆる事象が一斉にオーケストラを奏でた刹那、相沢祐一はトリガーを絶叫した。


「『震電ッ』!!」





 …続く






  あとがき


八岐「ども、お久しぶりです。随分と間隔が空いてしまいました」
栞「およそ半月振り以上ですか。最長ですね」
八岐「ううっ、ごめんなさい」
栞「この時期にはもう完結してても良かったんですけどねえ」
八岐「この調子だと夏までかかるかも。あと少しなんだけどなあ」
栞「しかも段々と内容も延びてますもんね」
八岐「そうなのよ。今回も予定の半分しかいかんかったし。本来なら対物理結界突破で半分だったはずが…」
栞「相変わらず計画性ないです」
八岐「すみません(汗)」
栞「それにしても、最後の祐一さんの技、なんか違和感を感じるんですが…あれ、なんです? 普通の魔術じゃないですよね」
八岐「魔術と物理作用を併用した技です」
栞「…だから、なんなんです?」
八岐「世間一般では『レールガン』と呼ばれるものだ」
栞「……は?」
八岐「だから『レールガン』」
栞「…………」
八岐「……レールガン」
栞「んな無茶苦茶なぁぁぁ!」
八岐「む、無茶はわかってるよぅ」
栞「み、見る人に見られたな、なんじゃこりゃーって殴られたり軽蔑の眼で見られますよ!」
八岐「殴らないでくれよぅ」
栞「わ、私は殴りませんけどねえ……でも幾らなんでも…ちゃんとローレンツ力働くんですか?」
八岐「…多分」
栞「投射体がプラズマ化しちゃわないですか?」
八岐「一応、弾丸に真鋼使ってるから大丈夫かと…」
栞「砲身だってあんまり電力大きいと融解しちゃうはずですし」
八岐「吸魔能力持ってる『メモリーズ』を砲身に使ってるし、電子操作もやってるから電気抵抗も最小限ってことで」
栞「反動とか衝撃波とか…」
八岐「反動に関しては慣性消去系の術を事前に唱えましたし、衝撃波は…人生根性で……」
栞「……………」
八岐「…………」
栞「あああああ、やっぱり、無茶な気がしますぅぅぅぅ!!」
八岐「ああああああ、やっぱり、無茶かなぁぁぁぁぁ!?」
栞「謝っといた方が良いと思いますぅぅ!」
八岐「ごめんなさぁぁい! 見逃してぇぇ!」





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