魔法戦国群星伝





< 第七十一話 Maximum Destroyers >






グエンディーナ大陸中央部 失われた聖地




此処に在るは寂寥たる荒廃。

其処に漂うは絶望の残り香。

そしてそれは終焉の惨禍。


そっと、瞳を閉じれば、感じることのできるものがある。

耳を澄ませば、聞こえてくるものがある。

受け止めれば、伝わるものがある。

ただ、心が締め付けられるような、哀しさ。


「風が泣く地」

ポツリ、と誰かが詠う。
柚木詩子は耳ざとくそれを聞きつけ、言葉を漏らした少女を肩越しに振り返る。

「うん? それどういう意味、みっしー」
「この地はやはり紛れもない聖地だと云う事ですよ、柚木さん」

『みっしー』などという間の抜けた呼ばれ方をして、多少ムッとなりながらもそう答えたのは天野美汐。
白衣に緋袴、印を施した暗色呪布を両手に嵌めるという符法院の完全戦闘装束を纏っている。
彼女は空虚とすら表現できそうな広大な裾野に視線を巡らしながら言葉を連ねた。

「あまりにも荒涼で、物悲しく、生の気配を途絶させた大地。死の静寂に満たされた此処は、聖地とでも呼ぶ他ないのでしょうね」
「聖地ねえ、あんまり何度も来たくなる場所じゃない事は確かだわね」

≪失われた聖地≫と呼ばれるこの地には風が吹く。
静寂の地をそよがせる涼風が、詰まらなそうに呟いた少女の黒髪を巻き上げた。

「おい、綾香」
「何よ、浩之」

それまで彼らの間に漂っていた静やかな雰囲気とはかけ離れた気だるげな声に、呼ばれた少女―来栖川綾香は舞い上がる髪を抑えながら不機嫌そうに眉を顰めて視線だけを声の主に向ける。
藤田浩之はそのやる気なさげな目つきで、彼女を上から下まで順繰りに眺め、
ポツリと云った。

「その格好…寒くねえ?」

シィン、と場が静まった。涼風は隙間風と化して彼らの間を吹き抜ける。
その場にいた綾香を除く十四名の眼差しが、無言のまま綾香に一斉に集まった。
一瞬、視線に刺されて仰け反り気味に一歩後退った綾香だったが、逆切れしたように絶叫。

「寒い! 寒いわよ! そんなの見たら分かるでしょ!? うぎゃああ、死ぬ、凍えるぅ!」

自らの身体を掻き抱き、綾香は大声で喚きたてた。
彼女の格好、それはいつかの来栖川屋敷での戦いで見せたレオタード風の戦闘装束だ。見た目の通り、動きやすさは折紙つきだが、やはり見た目どおり素材は薄いし、身体を覆う面積も少ない。 確かにこの装束には様々な防護魔法が施され、足や腕には真鉄製の手甲・足甲を装着しているが、少なくともそれらは防寒用足りえるものでは決してなかった。

「アホだなぁ、あんた。寒いんだったらコートかなんか上に羽織ってりゃいいのに」
『アホなの』

そう云って、肩を竦めてやれやれと頭を横に振る折原浩平と上月澪。
その完全にシンクロしきった動きとスケッチブックにでかでかと書き込まれた『アホなの』の文字が実に見事に相手を馬鹿にしきっていた。

ピシリと綾香のこめかみに青筋が走る。

「着てたわよ! 羽織ってたわよ! 途中までちゃんと着てたのアンタたちも知ってるでしょうが!」
「じゃあなんで今は着てないノォ?」

肌に突き刺す寒気をたたき出そうとでも云うように怒鳴り散らす綾香に、ニコニコとそれはもう幸せそうな笑みを浮かべたレミィが無邪気に訊ねる。
無邪気ゆえに、容赦なく抉るような一言。ぶち切れていた綾香の表情が一気にふやけた。

「どうせここに来たらすぐに戦いが始まるって思ってたのよぉ! だからその前に脱いどけって思ったのッ! なのに何にも居ないし、ここ登ってる内にドンドン寒くなってくるしでぇ!」
「あははー、そりゃここは山なんですから登れば寒くなりますよ」
「ああ! 倉田さんてば気がつかない振りしてた事をズバリとぉ! ああ! ちょ、ちょっと舞! 何よ、その人を哀れむような眼は!? こ、こら、目を逸らすな!」

「なにをやってるんだか」

敵地のまん真ん中でドタバタを繰り広げている面々を呆れた風に端から眺めていた美坂香里は、ふと傍らの少年のくぐもるような笑い声に気付いた。

「どうしたの? 北川くん」
「へへぇ、来たぜ」

ベロリと舌なめずりをした北川の視線の先を追った香里の眼差しもまた険を宿した。
同じく、騒ぎから外れていた柳川裕也が「ふん」と楽しげに鼻を鳴らす。

「どうやら身体も暖まりそうだよ、綾香ちゃん」

柏木耕一が苦笑しながら地団駄を踏んでいる綾香の横に立ち、顎を杓った。
云われて、綾香が頭をもたげ、それを眼に止める。くにゃくにゃにふやけていた綾香の表情が、一瞬にして飢えた雌豹の笑みを宿す。

「どうやら、水瀬公爵の陽動も、すべての敵をおびき寄せることは適わなかったようですね」

その淡い薄紫の髪を一つに纏め上げ、白の法衣に身を包んでいる姫川琴音が落ち着き払った口調で告げ、その数歩前で藤田浩之が紺色の外套を振り払い、後ろ腰に横一文字に装着する大鞘の止め具を外し、大剣『エクストリーム』を抜き放ちながらそれに答えた。

「まあ、最初からこれぐらいは予想の内だがな」


彼ら三華最強たる十五人の剣士・魔術師たち。

東鳩帝国から6名―藤田浩之・来栖川綾香・姫川琴音・レミィ宮内・柳川裕也・柏木耕一。
カノン皇国から6名―相沢祐一・美坂香里・北川潤・天野美汐・倉田佐祐理・川澄舞。
そして御音からは3名―折原浩平・上月澪・柚木詩子。

彼ら十五の一騎当千の戦士たちが立つ荒涼にして広大に広がる聖地の裾野。そこに湧き出すように現れていく黒色の雲霞たち。

無魂型魔造生命体ラルヴァ その数、約二千。
決して多い数ではない。
だが、果してたった十五の人間が対するに、多くないと言い切れるものだろうか。
否、それは無謀。
否、それは正気の沙汰にあらず。
されど、彼らの中に動じるものはいない。


「はぇぇ、沢山いますねえ」
「まあな、だが全部蹴散らせばいい!」

凄いですねえ、と薄桃色の法衣を翻して両手を合わせて感心したように呟く倉田佐祐理に、答えるともなしに白翼の魔剣『メモリーズ』を解き放った相沢祐一が咆えるように叫んだ。

「あゆを助ける前に、こんな所で時間なんか喰ってるヒマはないんだ!」

その気合の乗った咆哮を耳に留めながら、川澄舞もまた愛剣『神薙』の封を解く。
シャン、と黒尽くめの肢体に銀光が添えられた。

「ええっと、うわっ、二千匹ぐらいいるぞ、きっついなあ」
「大した数じゃない。十五で割れば数は減る」

実に面倒そうに憂鬱な声を吐き出す耕一と、此方は平然とした声音の底に高揚を忍ばせながら答える柳川。

「おお! つまり一人だいたい50匹ぐらいか」
「ノー、それはミステイクね。答えは90ヨ」
「……およそ130匹強です」

浩平とレミィの会話に美汐は瞼を閉じながら淡々とした口調で口を挟んだ。

「な、なにぃ!? 昨今の数学とは斯様に幾何学的な代物になってたのか!?」
「オゥ、九九は苦手デース」
『アホなの』

おもむろに澪が掲げているスケッチブックの内容が、なにやらこの局面の実体を如実に現していた。

こ、こいつらは……

何となく頭を抱えて蹲りたくなった香里の耳に、詩子のその能天気な歓声が飛び込んでくる。

「来ったよー!!」

彼女の云う通り、黒雲と化したラルヴァの大群の先鋒の姿が、もうすぐ其処まで迫っていた。

「クッ! みんな、とりあえずあまり散らばらないで!」

香里の叫びにみなの応諾が鐘を突くように返ってくる。
そして、迫り来る雲霞の先端が今、彼らに触れ爆ぜる。

「さあ、フェスティバルの始まりよっ!」

柚木詩子の歓声とラルヴァの咆哮をBGMに、激闘は始まった。




「うぜえ!」

裂帛の掛け声と共に漆黒の大剣の闇の剣身に、爆ぜるように波動が漲った。
ダンと全身の質量を右足に寄り踏み出させ、藤田浩之は『エクストリーム』を左から右へと薙ぎ払う。

斬撃では無い。
それは既起動魔術への侵食干渉能力――その広域多目標一斉侵略。

一拍の間を置き、彼ら目掛けて横殴りの豪雨のように飛来する幾百の火炎弾が一斉に内側から爆散した。
爆音が静寂を叩き伏せ、爆風が彼らに押し寄せる。
朱の爆炎が一瞬にして視界を遮り、そそり立つ炎熱の大壁と化す。
だが、ラルヴァの大群は火炎の城砦もものともせず、黒き噴水が湧き出るように群れを成してこれを突破。
火焔を背にした黒雲が彼らに群がりかかる。

その前に、彼女らは凛として立ちはだかった。

パンと拍手を打つが如く印を組み、術を立ち上げ始める【ザ・カード】天野美汐。
その身をゆったりと包み込む薄桃色の法衣を揺らめかせ、蕾を開く花弁のように掌を上にして両手を横に広げる魔導師【笑う恐怖(ラフィング・フィアー)】倉田佐祐理。
そして暗紫をベースに銀糸の紋を彩る道服をまとい、波打つブラウンの髪をなびかせて両手を掲げる【氷炎公主】美坂香里。

「死出の道、逝き果てるぞ彼方。翠の秘怨。疾風の古嘆。汝、黄泉路を貫くモノなり」
「世界の果てまで吹き荒ぶ、穿ち御魂の絶風よ 我が願いを聞き届け、今一度終焉の風を」
「壊れせしむる汝の涙 途切れせしむる汝のココロ 我誘いて癒しめん 破滅の終わりを汝に捧げ」

乙女たちの魔の律法を掌握する呪の調べが唱和する。

天野美汐の真白き袂がはためき、大きく横へと広げられた両の手の指先に、ビシッと空気を切るような音とともに呪符が現れ、次の瞬間、バサリと扇のごとく開かれる。
そして各手四枚の呪符を、眼前にて合わせ円となし、静迫の起動呪を呪唱。

「《翠迅貫符(すいじんかんぷ) 緑穿光葬(りょくせんこうそう)》」

符は緑色の輝く八条の光条と化し、美汐の手元から弾かれたように撃ち放たれた。
投網のようにその光跡を残し、広がる翠の光。そして次の瞬間まるで意思を持つが如く、八つの翠光は弧を描いて次々とラルヴァたちを穿ち、薙ぎ払う。

その傍らで、美坂香里と倉田佐祐理の呪唱がピタリと停止。同時に香里が両手を叩きつけるように振り下ろし、佐祐理が薙ぐように右手を横に振る。

「≪祁神圧塊(グラビティ・アッシャー)≫!」
「≪刃旗朔風(ザナルディッド・サイクロン)≫」

起動呪詠唱――術式解凍

押し固まった十数鬼のラルヴァの集団が、上から視認できない巨大な塊に押し潰されたように叩き潰される。
振り払われた右手の線上にいたラルヴァたちの上半身がいきなり微塵に切り刻まれ、大地に散らばる。

先陣を切って現れたラルヴァたちが一瞬にして掃討された。

だが、術式を解き放った直後の二人の頭上に黒影が差し陰る。
黒翼をはためかせ、一直線に魔導師の少女たち目掛けて急降下してくるラルヴァ八鬼。
奇声を上げ、少女たちを切り刻まんとその鋭利な爪をぎらつかす。

唐突に銀閃が大空に鮮血を描いた。

フワリと漆黒のジャケットをはためかせ、空より彼女らの前に降り立つ黒衣の少女。
その前にバラバラと降り注ぐ切り刻まれたラルヴァたちの肉片。

「舞!」

佐祐理がその名を呼んだ。だが、彼女が答える間もなく、舞の斬撃から免れた残り三鬼が彼女の両脇に着地し、挟み撃ちに襲い掛かる。

「シャッ!」

閃光のように、舞とラルヴァの間に滑り込む人影。その人影はバネが弾けたように跳ね上がり、その長い足を一閃、ラルヴァの胸骨を粉砕して、蹴り飛ばす。
ゆらりと優雅に蹴り足を戻した来栖川綾香は、纏わりついた髪を払いながら舞に向かってパチリとウインクを飛ばす。
もう一方のラルヴァたちも舞へと辿り着くことさえ出来なかった。
視認出来ないほどの細い銀糸が不意に二匹の首筋に絡みつく。次の瞬間――


ブ――――ッツン!


それは肉が弾け断たれる無残な音階。
クルクルと宙を回るラルヴァの首に、噴水のように血をばら撒きながら倒れていくラルヴァの胴体。
あまりに鋭利な斬糸の斬れ味。

漆黒と金色という斑の指貫グローブを嵌めた詩子が、手元に糸を戻しながら楽しげに告げた。

「うっふふー、この詩子ちゃんの糸からは誰も逃げられないのよん」


「ふん、相手は雑魚だが、これだけいれば不足は無い」
「オオ、撃っても撃ってもまだまだ居るカラ撃ち放題ネ」

喜色を隠そうともしない狩猟者たち。
ブンと振り下ろした柳川の右手が、一瞬にして『鬼』の手に変貌する。
そして、それを見向きすらせず無造作に払った。
爆砕音。
横合いから迫っていたラルヴァの頭部が、その右手に触れた瞬間熟れた果物のように弾け飛ぶ。
液体化した脳漿が滴る右腕を顔前に立て、酷薄に笑うそれは羅刹。
鬼爪を光らせ、彼は云う。

「さあ、一暴れと行こう」
「OK、レディ・アクション!」

両腰から抜き出した金と蒼の銃が手の中で高速回転。それを握り止めるや、レミィは両腕をクロスさせ、銃爪を目にも止まらぬ速さで引き絞る。
無数の銃弾に撃ち抜かれ、弾き倒されていくラルヴァたち。

「やれやれ、オレはもっと穏やかにいきたいもんだ」

実に楽しげな二人の様子に肩を竦めながら、柏木耕一もまた群がってくるラルヴァ相手に、ス、と身体を捌く。
その動きは数年前の、いや、半年前の彼を知るものならば眼を見張るだろう。
身体を『鬼』に変化させる事なく、無駄の無い動きで相手を翻弄し、インパクトの瞬間だけ『鬼』の力を発揮するその武踏はまさに練達の格闘家のものだった。


それら、活発に動きまくっている面々と全く違った戦い方を行なっていたのは、姫川琴音・折原浩平の両名だった。

瞼を閉じ、僅かに爪先が大地に触れるようにして浮かぶように佇む琴音に向かったラルヴァたちは、彼女に近づこうとした瞬間、無形の砲弾に直撃でも食らったように吹き飛ばされる。
その淡い紫にも似た髪の毛が、海に沈んだ女神のごとく大気に漂うその周囲の領域は、完全なる不可侵と化していた。

そして、折原浩平。
ズボンのポケットに両手を突っ込み、不敵な笑みを浮かべたその姿は不遜そのもの。
その無防備な青年に、ラルヴァたちが喜々として襲い掛かる。
だが、その巨体に見合わぬ素早い動きは、浩平に爪を叩きつけんとしたところでいきなり急低下した。
まるで泥の中を進むかのようにゆっくりとした動き。
浩平は嘲笑うかのごとく口端を歪め、告げる。

「無駄だぞ、オレの周囲の空間は圧縮されてるからな。さて、こっちに届くまでどれだけかかるか。まあ、待ってるほど暇じゃないんで…」

そう云うと、浩平は左手をポケットから出し、パチンと指を弾いた。
途端、ラルヴァの悲鳴が轟き、黒の巨体から一斉に大量の血をばら撒かれる。

「さようならっと」

トン、とバックステップを踏み、その場から離れる浩平の後には、全身に無数の空隙が穿たれたラルヴァたちの骸が灰へと化していく情景が残った。



澪のばら撒いた紙の束が次々と飛来する火炎の弾を迎撃し、『雷雨なの』と書かれた紙が微塵と散ったその下で、降り注ぐ雷の豪雨にラルヴァたちが焼き尽くされていく。
祐一が地面に突き刺した『メモリーズ』の根元から凄まじい速さで伸びた地割れがラルヴァの集団の真ん中で大隆起を起こし、爆散する。

それでも後から後から、絶える事無く、怯える事無く、ラルヴァたちが押し寄せる。

この周囲全てを押し包まれた乱戦で、やはり一番危険が大きかったのが美坂香里と倉田佐祐理の魔導師二人だった。
体術に劣り、強力な術を操るものの呪唱にかかるタイムラグから隙の大きい彼女らは自然とラルヴァたちに狙われた。
だが、その彼女らに向かったものたちはことごとくが、彼女らに辿り着く事無く殲滅されていく。

川澄舞/来栖川綾香

二人の美しき黒髪の美女の舞踏。
剣と拳の双美が舞う。
二人の美女は、まるで戯れあう獣のように、優雅に輪舞を舞うように黒き魔たちを駆逐していった。

それでも、このあまりの戦力差は彼女らをしてもすべてのラルヴァを押し留めることはやはり不可能。

彼女らの隙間を縫い、数匹のラルヴァが防衛線を突破する。
目掛けるは、呪を唱える一人の少女、美坂香里。
地面を抉るように踏み蹴飛ばして、ラルヴァたちは突進した。
それに気付き、刹那、逃げるかこのまま呪を立ち上げるか逡巡する香里。
その僅かな間に、ラルヴァたちは一気に間合を詰めた。そのか弱き体躯を引き裂くために、引き絞るように五本の爪が顎を形どる。

ユラリと、闇が差した。

香里の前に立ちはだかる人影。
鯉口に走る火花。鞘走りの涼やかな音。
同時に虚空に描かれる銀閃。

北川潤の抜き放った刃は一瞬にして三匹のラルヴァを両断した。

「きた――」

だが、その名を呼ぼうとして、香里は最後まで言葉を紡げない。

止まらない。
刃影は止まらない。

香里は見た。

狂喜する北川の瞳の色を。

銀閃は止まらない。

両断された身体は地面に落ちることすら許されず、さらに裁断されていく。
僅か数秒にも満たない間に、ラルヴァたちの上半身は細切れにされ地面にばら撒かれる前に灰化して風に消されてしまった。

「きた…がわくん」

言葉を漸く押し出した香里をユラリと闇色をした幽鬼の如く彼は振り返る。
満面の笑みを浮かべながら。
血に潤んだような眼差しで。
さながら、殺戮に酔いしれる悪魔の如く。

「安心しろ、美坂。くくっ、全部殺してやるから」

その狂った眼差しが自分を映した瞬間――
その狂った言葉が耳朶に染み渡った瞬間――

ピシリ、と何かが音を立てて香里の中で千切れた。
意識が一瞬にして焼けついた。

そして衝動のままに動く。



  パシィン!



それを見ていた舞を除く全員が、ポカンと二人を眺めた。
いや、一番驚いたのは北川だろう。
いきなり香里に頬を叩かれた北川は、口と眼を馬鹿のように開いて、自分を凄まじい眼光で睨みつける香里を見続けた。

「ふざけないでよね」
「な…にが?」
「あたしは…」

顔を伏せ、何か込み上げてくる灼熱の何かを堪えながら声を漏らした香里は、キッと目線を上げ、低く唸るように告げた。

「今のあんたに守ってもらうほど、落ちぶれてはいないわ」

そして、呆然と立ち尽くしている北川に歩み寄り、その右手に握られた妖刀『五月雨龍征』を毟り取り、放り投げる。
突き刺さらんばかりに飛来する刀を、いとも簡単に逆手に受け止めたのは川澄舞。

「舞さん、それ預かっておいて!」
「はちみつくまさん」

特に驚く風でもなく、舞は刀をクルリと持ち直し、感触を確かめるように一振りする。
流石に我に返った北川が、血相を変えて香里に詰めよった。

「ちょ、ちょっと待て、美坂! この状況分かってるのかよ! 何考えてやがる!」
「何を考えてる!? それはこっちが聞きたいわ! あんたこそ何考えてるのよ!?」

頭の中で、辛うじて残っていた理性の糸がブチンと切れる音がした。
ダメだ。もうダメだ。鬱積していた何かが弾ける。
知らずに、無意識に溜め込んでいたものが爆発する。
もう何もかも知った事かと投げ捨てる。

香里はグイっと北川の襟首をふん掴み、鼻が触れるほど間近まで引き寄せ、思いっきり怒鳴りつける。

「もうあったまキた! 我慢の限界よ! だいたいこの間から何よ、変にキレた雰囲気漂わせて。ばっかじゃないの、何様よ、一体!?
しかも何よ、今のは!? どっかのぶち切れた殺人鬼みたいじゃない! まだ、この前のものみヶ原の時の方がよっぽどマシだわ、マトモだったわ!
答えなさい! 云いなさい! あなたは誰かをあたしに告げなさい!」

「き、北川潤です」

香里の叩き殺さんばかりの物凄い勢いに、圧倒されて意識真っ白の北川が反射的に答える。

「そうよ! あんたは北川潤よ! ウチのヘッポコただ飯喰らいの騎士団長よ! 多少腕が立とうが、殺しにイカレてようが所詮はただのヘッポコよ! わかったら、そこで頭冷やしてなさいッ!」
「はぅぅ」
「返事はッ!?」
「はいぃぃ!」

「おーい、二人ともこんな状況下で痴話喧嘩は…」

「誰が痴話喧嘩よ!」

奮闘・激闘、ひたすらに押し寄せるラルヴァを叩き斬り、魔術で薙ぎ払っていた祐一が、呆れまじり投げかけた言葉は、強烈な怒声に掻き消された。

「うわっ、久々の香里さんぶち切れモードだよ」

張り飛ばされるような怒鳴り声に、首を竦めながら祐一は呟いた。
思わず苦笑が浮かぶ。

そういや最近香里のヤツ妙に大人しかったしな。何が原因か知らないが、ま、エンジン全開って所か。
コッチの方が香里らしいや。


「はぁ、この激戦の最中に良くやるもんねえ」

まだ憤懣やるせないのか、戦闘そっちのけでギャースと小動物のように縮こまって思わず正座なんぞしてしまってる北川に向かって怒鳴り声を散らしている香里の姿を見ながら、裏拳でラルヴァを殴り飛ばしつつ呆れ返って呟く。
その視線がヒョイと横を向いた時、綾香の目つきがおや? と傾いた。

「どうしたの? 嬉しそうじゃない」

云われて、彼女――舞が綾香の方を向く。その口元には珍しく明確な笑みが浮かんでいた。

「……安心したから」
「ふーん」

何に安心したのかさっぱり分からなかったが、珍しいものが見れたので得した気分の来栖川綾香。

「綾香」

その彼女に向かって舞がポツリと呼びかけた。

「うん? なに?」
「ここ、お願いしていい?」
「構わないけど…どうするの?」

右手に霊剣『神薙』、左手に妖刀『絶・龍征』をぶら下げながら、舞はスタスタと前方に歩き始める。

「…このままじゃちょっと辛い。だから少し数を減らす」

思わず綾香は遠ざかる舞の背中に苦笑を投げかけた。

「また美味しいところを…まあいいけどね」

今度何か奢りなさいよ、という声に振り向く事無く頷きながら、舞は一歩を蹴り出した。
強く―強く―力強い一歩を

加速する視界。
黒き疾風と化した舞は、群がるラルヴァたちの元に一気に駆け寄る。
そして交差――
刹那だけ、舞の体が沈み、両手の刃が勢いを殺しながら体の前でクロスする。
その背後で胴体を上下に両断されたラルヴァ二鬼が崩れ落ちた。
断たれた上半身が大地へと落ちる音。それが響いた時、既に舞はその屈めた身を跳ね飛ばしていた。
そのまま大地を氷の上を滑るように反転。そのまま前方二体のラルヴァを斬り捨てざまに駆け抜ける。
止まらない――止まらない。
ヒラリヒラリと舞うように身を翻しながら、両手の刃を閃かす。
その閃く数だけ斬り伏せられていくラルヴァたち。

地を蹴る。
軽やかに、だが強靭に。
フワリと宙を駆け上がる。
そしてヒラリと身を捻り、さながらターンを決めるフィギュアスケートの如く回転しながらラルヴァの群れの真ん中に着地。大地に足で弧を穿ちながら静止する。
両の刃を大地に広げ、羽を休める黒鳥の如く伏せる舞の周囲に、土煙が螺旋を描いて舞い上がった。

そして告げる。


「絶技・双月斬破(ソウゲツザッパ)


一泊を置き、液体が噴き出す音と共に一斉に撒き散らされる血の吹雪。
舞の周囲6メートル四方に在ったラルヴァ二十三鬼全てが裁断され、灰と化す。
白き灰は吹き荒ぶ風に舞い上がり、【剣舞(ソード・ダンサー)】の姿を覆い隠す。
だが、次の瞬間白き幕は内側より渦巻きし力にひしゃげ、穿たれ、そこより黒き弾頭が飛び出してくる。

湧くが如く尽きぬラルヴァ。
だが、それにも増して止まらぬ剣閃。

終わり無き剣舞(エンドレス・ワルツ)

そして、彼女の前に立ち塞がる一際大きい黒の巨体が三鬼。
グレーター・ラルヴァ。

駆けながら舞は剣を立て、刀を横に重ね合わせる。
さながら十字架のように……

「……討魔滅殺」

ヒュゥっと呼気が窄まった。踏みしめた地面が爆ぜる。飛び散る土片を残し、再び舞はなびく黒髪を光跡と為す黒弾と化した。
黒閃はグレーターに迎撃の暇すら与えず、その内懐に飛び込んだ。
そして叩きつけるように十字を押し当て静かに宣告。

「絶技・十字華月(ジュウジカゲツ)

サッと『絶・龍征』が横に流れ、切先より血の飛沫が宙へと散りばめられる。
同時に、縦に煌めいた『神薙』が触れもしていない大地に斬痕を穿つ。
四つの肉塊に変じたグレーター。だが、それらは大地に落ちることすら許されず、背後にいたもう一匹のグレーターごと膨れ上がった十字の光に飲み込まれ、消し飛ばされた。
余韻すらも確かめず、舞は振り下ろした『神薙』を右手に跳ね上げる。眉間を貫かれ、硬直するその場最後のグレーター。
貫く剣を抜きもせず、舞はクルリと舞踏を踏む。横一閃。身体に巻きつくように閃いた『絶』の刃がしぶとく生きるグレーターの腹腔を両断した。

地を踏み割り、機動する。
疾り、駆け、回転し、飛び跳ねる。
止まらない。
静かにして躍動する斬魔の剣舞。
次々に裁断され、灰と化していくラルヴァたち。



淡い紅色のカールを描く髪の毛が、疾風にはためく。
天野美汐は純白の白衣の裾を翼の如く翻しながら走っていた。
袂から符を抜き出し、いつの間にか右手に現した小柄に突き通す。
そして、全力疾走したまま、右手の小柄を渾身の力で投擲した。
ガツン! という鈍い音とともにグレーターラルヴァの眉間に突き刺さる小柄。
そのままラルヴァの足元に滑り込んだ美汐は、素早く呪を詠唱した。

「怨・樂昔珀爛大禍退散」

そして指で刀印を切り、叫ぶ。

「滅!」

魂魄の篭もった起動呪が発せられると同時にグレーターの体が爆散、刺る対象をなくして落下してきた小柄を、見もせずに後ろ手に受け止め、美汐はスクッと立ち上がった。
そして、周囲の状況を確かめるように視線を巡らす。
その凛とした眼差しがあるものを捉え、険しい光を宿らせた。


「香里さん!」

その真の迫った声音に、未だに北川を邪眼ではないかと云いたくなる眼差しで睨み続けていた――さすがに罵倒は途絶えている――香里が流石に顔を上げ、美汐を指差す方を見た。

「チィ」

舌打ちが乾いた空気に響いた。
一キロ近く向こうに見える巨大な門。それを正面にして裾野の左方の山岳部から黒い塊が滲み出ようとしていた。

「おい、あっちもだ」

『エクストリーム』を振り回していた浩之が忌々しげに叫ぶ。
今度は向かって右側、葉の落ちきり茶色く染め上げられた山林から同じように現れる集団。

「おいおい、これは≪聖地≫に残ってたラルヴァが全部集まってきてるんじゃないのか!?」

耕一の唸るような声に、香里は同意を示すように苦々しげに頷いた。
その隣に立った佐祐理が常備の笑顔を潜め、困ったように言葉を連ねる。

「拙いですね。そうそうやられるものではありませんが、これではガディムと戦う前に此方が消耗し尽くしてしまいます」
「じゃあ、全員でこいつら突破して中に入っちゃえば?」
『いただけないの』

何も考えていないようにお気楽に云う詩子に向かって、澪が眉を顰めてスケッチブックを差し向けた。

「えー、なんでよ」
「このラルヴァ全部が中まで追ってきたら一緒じゃない。ヘタしたらまだ中にいるラルヴァか上級魔族と挟み撃ちよ」

体重の乗り切った肘をラルヴァの鳩尾に叩き込んだ綾香が、衝撃に屈んだラルヴァの頭部を掌底で打ち上げながら指摘した。

「だな、で、どうする? 香里」

多節棍へと『メモリーズ』を変化させ、四方のラルヴァを片っ端からぶちのめしていた祐一が、伸びた『メモリーズ』を棍へと引き戻しながら叫んだ。
決断を預けられ、香里は顔を藤田浩之と折原浩平へと向けた。
両人ともに、自国の面々の責任を負う立場の人間。東鳩と御音の代表者だ。権限は同列と言ってもいい。
だが折原浩平はパタパタと振り向きもせず手首を振り、浩之はフイッと肩を竦めて見せた。

信頼か、それとも面倒なのか、ともあれ香里は苦笑をかすかに滲ませて、全員に向かって告げる。

「メンバーを半分に分けるわ。一方はここでラルヴァたちの足止め。もう一方のグループは神殿内に突入してガディムを倒す。これでどう?」
「意義はねえよ、だがどうやって決める?」

浩之の声に、香里は頷き、力強く声を張り上げた。

「とりあえず私はこっちに残る。藤田君、魔王殺しの貴方は突入組を纏めて」
「魔王殺しね。ま、生憎と殺しちゃいねえんだからそう呼ばれるのはアレなんだが…まあいいぜ。で? 他の連中は?」

「俺はこちらに残るとしよう」

握りつぶしたラルヴァの脳髄の欠片を両手から滴らせながらそう云ったのは柳川裕也。それに驚いたように耕一が声を上げる。好戦的なこの叔父が魔王戦を逃すとは予想してなかったのだ。

「おいおい、良いのかよ」
「大物はお前に譲ってやるよ」

どうやら楽しめそうな気配は此方に匂うしな。

内心でそう呟き、柳川は不敵に微笑んだ。

「アタシも残るネ。獲物は多いほうがハッピーよ」
「じゃ、あたしもー」
『なの』

少々イッてしまっている眼をぎらつかせて銃を乱射しながらレミィが声を弾ませる。それに乗じるように詩子と澪も名乗りをあげた。

「ありゃ、柚木も澪も残るのか?」
「折原君は突入組ねー」
「って、お前が決めるんかい!」
『決定済みなの』
「だからいつ決定したんだぁ?」

文句を言いつつも浩平は突入組。

「ふーん、で? 綾香と琴音ちゃんはどうする?」

訊ねる浩之に、絡みつく髪の毛をバサリと跳ね上げ、「勿論♪」と指で鉄砲を象り、パンと撃つ綾香。

「お供させてもらいます」

そう云って、フワリと虚空より浩之の隣に降り立ったのは姫川琴音。

そして香里は散らばりながらも目の届く範囲にいるカノンの仲間に呼びかける。

「みんなは行って頂戴!」
「おいおい!」

未だ押し寄せる最初のラルヴァ二千の軍勢を押し留めていた祐一が意見ありげに顔を向けるが、香里の足元でウジウジとなにやら土を指でかき回しているヤツを目に留め、気を取り直したように眼前の敵へと向き直った。

「ま、いいか」

「承りました」
「はい、了解ですよ」

呪を紡ぐ合間を縫って、美汐と佐祐理が答える。
そして――

大気を切り裂き一条の閃光が、香里に云われた通り大人しくいじけている北川の足元に突き刺さった。
鼻を削ぎかねないほど間近に刺さったそれに、流石にビビって正気づいた北川が顔を上げる。
愛刀『五月雨龍征』の刀身が妖しい光を発し、彼の瞳にその姿を克明に映し出させた。
抜け――と促すように。
誘われるように柄を握る。ピタリと吸い付くような感触とともに北川は『絶』を引き抜いた。
振り返る北川に、舞が見切れぬほど幽かに微笑みを浮かべて告げる。

「少し捻くれてるけど、とても良い刀。大事にしてあげて」

北川は、もはや何も言えずに自嘲するようにその薄茶色の髪の毛を掻き毟った。
チラリと傍らの香里を見上げる。香里は視線に気付くと「フン」と露骨に息を荒らげ顔を背けた。
思わず苦笑。

何やってんだか、俺は……

深く深く自嘲し、自覚する。
美坂が怒るのも無理はない。さっきまでの自分は完全に過去にイカレていた。
過去に引き摺られ、殺戮に酔いしれていた。

何故自分はここにいるか、思い出せ。
何故再び自分がこの地に立ったかを思い出せ。
高槻を殺すため?
その通りだ。全くその通りだ。
過去の時代の人間であり、もはや死んだ人間である自分がここにいるのは高槻を殺すため。
そして、自分が産み出してしまった復讐の連環から、何の関係も無いこの時代に生まれた少女を守るため。

少なくとも、殺戮を楽しむためでは決して無い。
殺戮のために殺し、殺戮に溺れ、殺戮に生きるためでは決して無い。
自分の死というあの結末を迎えず、生き延びてしまうというおぞましい殺戮狂としての自分の未来をここに再現するためでは決して無い。

血に酔うな。
殺戮に呑まれるな。
魂に刻まれし本性に身を委ねるな。

為すべき事はただ一つ。

そして再び結末を――



舞は勿論、久瀬が云った言葉を忘れていなかった。
だが、彼女はもう大丈夫だと思っていた。なぜなら、先ほど見せた二人の様子は、まさに今まで舞が見ていた二人の日常そのままだったから。
だから、もう見張る必要が無いと判断した。そして、意識は敵へと向かう。

香里は怒っていた。
何か変わってしまおうとしていた…否、変わってしまった少年に。
そして、それを何も云えず見ている事しかしようとしなかった自分に。
だが云った。思いっきり、今抱いている不安を、怒りを、叩きつけた。
そしたら、やっぱり彼は北川だった。
彼女は安堵し、安堵した自分が分からなくなり、彼の顔を見ていられなくなり視線を逸らす。


故に見逃した。


北川が刹那だけ見せた、彼らしからぬ落ち着き払った、虚無めいた透き通るような微笑みを。

その笑みは、皐月に降る雪のように幻の如く掻き消える。
誰に見られる事も無く。




それぞれの思いを胸に、戦いは次の段階へと進む。


「よし! それじゃあ全員あのでかい門まで走れ! 蹴散らすぞ!」

浩之が叫ぶ。
それに答えるようにして、剣に戻した『メモリーズ』を振り回していた祐一が絶叫する。

「誰でもいい! うろちょろ鬱陶しいこいつらをしばらく黙らせてくれ!」

「私が―」

そう囁くように、だが戦場に響き渡るような声で応えたのは天野美汐。
彼女の白くたおやかな指先が白衣の袂に隠れきる。

その袂から――
――まるで白滝の如く
大量の呪符が溢れ出た

一瞬にして、美汐の周囲を真っ白な符の大群が舞い散る。
さながらそれは、吹雪のさなかに佇む雪の妖精。
その荘厳な気配が、流れ出る言葉の紡ぎに一変する。

妖しげに――

「我、聖数壱百零八の符を撒きて、八つなる鍵符を以って宵闇の冥路への門を解き放つ 破滅の享楽を誘いし百なる鬼怪を喚ぶ者なり」

フワリと、彼女のまわりを舞う符の中から、八枚の呪符が進み出た。
それらは虚空に円を描くように配置され、赫く明滅し始める。
すすぅ、と美汐の右手が持ち上がり、伸ばされた指が円を示した。

「来たれ夜に住まう者達よ」

ピタリ、宙を舞う呪符たちが凍りつく。
そして、彼女の唇から、起動呪が唄われた。

「≪招鬼襲符(しょうきしゅうふ)  百鬼夜行(ひゃっきやこう)≫」

凍りついた呪符たちが動き出す。
ぬらめくように、蠢くように
一斉に八つなる鍵の呪符にて開かれし、常世の門を潜り抜ける。

そしてそれらは現れ出でた。

――異形
――異形

言い表わすべき言葉の無い、この世ならざる(あやかし)ども
光りあらざる怪異ども

ぞわり、と溢れるように湧き出した異形たちは、封印の箱より解き放たれた災いの如く四方に飛び散った。
途端、裾野に満ち溢れる恐怖に慄く咆哮の束。
現世へと再現される阿鼻叫喚の地獄絵図。
喰らう。
ひたすらに喰らう。
彼らを取り巻き、襲い掛かっていたラルヴァの集団は一瞬にして異形たちに飲み込まれ、齧られ、貪り食われていく。

そして――
あれほど休む間もなく襲い掛かってきていたラルヴァたちの攻勢は途絶え、彼らの周囲に空白が生まれた。

その機を逃さず、浩之が全員に向かって叫んだ。

「走れ!」

駆け出す十三人。
だが、二人がその場に遅れる。
相沢祐一と倉田佐祐理。

「アクセス!」

咆哮と共に、『メモリーズ』がその身を変える。
白光が瞬き、祐一の手の中で、剣は一瞬にして剛弓へと変化した。

「遥けき彼方 星界より降り注ぎし優しき光よ 今、悪しき者を貫く峻烈なる閃光となりて、放たれん」

そして一人の少女により唄われる魔の韻律。
佐祐理の口から紡がれる因果の操詩に、祐一の力強い言霊が被さる。

「重ね、重ねて委ねる力 今、我が手を取りて、汝の意味を取り戻さん」

祐一が光の弦を引き絞る。
そして佐祐理が編み上げていく術式が、祐一の持つ弓へと集い、光矢へと象られていく。

佐祐理の、祐一の韻律が調和する。
それは起動呪の奏で。

「「≪星光燦華(スターライト・シャインレイ)≫」」


 ビュ――――ッン


その瞬間、祐一の指が弾かれ、光り輝く魔法の矢は大空へと解き放たれた。
光の矢は中空でさらに光芒を増し、矢というよりも光の巨槍へと変貌する。
その行く先は、彼らの仲間が走る先。
増援となるラルヴァたちが立ち塞がる進路上。

そして、自らも駆け出しながら、祐一が喉を震わせ絶叫。

「ブレイク! 魔導剣・星章≪天河≫!!」

その時、昼間の空に星空が誕生した。
光槍が光の飛沫を撒き散らし虚空へと四散したのだ。
そして、産まれ出でた星たちは一斉に地上へと降り注ぐ。
光爆の帯が、門まで一直線に膨れ上がり、進路上にいたラルヴァたちを根こそぎ消し飛ばす。

まるで、黒き大海を割ったように一筋の道が生まれた。
浩之を先頭に、祐一を最後尾にして、彼ら十五名は一団となって駆けた。
だが、海を割るが如き道は、やはり海に飲まれるように両脇から迫るラルヴァたちによって消えていく。

「どぉぉけぇぇぇ!!」

空気を震わす雄々しき咆哮。
黒の大剣に、暗黒の波動が迸る。
一閃。
浩之は薙ぎ払った『エクストリーム』から漆黒の斬撃波が放たれる。
唸りをあげながら地面スレスレを飛空する漆黒の三日月に、進路を遮ろうとしたラルヴァたちがゴミ屑のように薙ぎ払われた。

「よし! 門が見えたわ」
「飛び込め!」

綾香の歓声に祐一の怒鳴り声が連なる。
先頭の浩之を追い抜いて、柏木耕一が門へと突進した。
そのまま弾丸のようにぶち当たり、『鬼』の力を漲らせ、その見上げるような巨大な門を一気に開け放つ。
そして空いた隙間から次々に皆が飛び込んでいく。
だが、追い縋るラルヴァの群れは、そのまま彼らとともに神殿の中へと突入しようとしていた。

「させないっての!」

陽気に叫び、身を翻した折原浩平が笑うように声を張り上げる。

「空間歪曲、サービス満天極大バージョンだぁ!」

いきなり、空の視界が歪み、ひしゃげる。
凄まじい規模の空間歪曲。そして歪曲した空間により太陽の一点に集束。


「喰らえェェェ! 空間レンズ―≪イグジスティッド・エクスプロージョン≫!!」


そして巻き起こったそれは、言わば灼熱の爆華。
門へと押し寄せていた一団の半分が、一瞬にして蒸発した。

濛々と立ち込める白色の蒸気に、さすがに残りのラルヴァたちも足を止める。
やがて、徐々に蒸気の雲が晴れてくる。
ラルヴァたちが見たものは、堅く閉ざされた神殿の門。

そして―――

門の前へと佇む人影たち。


「えーっと、こういう場合って何て言うんだっけ?」
『此処から先には行かせないのなの』
「ああ、それそれ」

まるで普段着のような会話を交わす柚木詩子と上月澪。

「ウフフフフフフ、一杯…獲物が一杯。わんだふぉー!!」
「クククッ」

不敵というか、怪しい笑い声を漏らしている宮内レミィと柳川裕也。

「北川君…こんど変な真似したらあたしが殺すわよ」
「こ、殺すって……眼がマヂなんですけど、美坂さん」

ご機嫌か不機嫌かイマイチ分からぬ美坂香里と、怯える北川潤。


六つの人影が、ラルヴァの前に立ち塞がる。


ふん、と鼻を鳴らしてウェーブを描く前髪を掻きあげながら――

美坂香里は静かに告げた。


「さあ、デストロイの時間よ」




  続く





  あとがき



八岐「香里さん、既にデストロイの時間入ってますよってのは云っちゃダメ?」

栞「うわぁ、今回はド派手でしたね。大技のオンパレード」

八岐「いやあ、やはり少数が多数を薙ぎ払う戦闘は書いてても面白いわ。死ぬほど大変だけど」

栞「大変なんですか?」

八岐「だって十五人もの人間が一場面に集まってたんですもん、それは大変ですよ」

栞「…集めたの貴方じゃないですか」

八岐「いや…書き始めるまで気付かなかったのよ。いざ、書き始めると十五人もの人間一度に動かさないとダメという事に気付いて…(滝汗)」

栞「…アホですね」

八岐「うが」

栞「それにしても、やっぱり異聞とは雰囲気が全然違いますね」

八岐「いやあ、みんなノーテンキで助かるわ。香里嬢も久々にキレてたし」

栞「……妹としてこれは喜ぶべきなんでしょうか?」

八岐「さて、次回は……どうしよう」

栞「えぅっ!? 決めてないんですか?」

八岐「一応、香里組かな? デストロイの時間です」

栞「デンジャーですね、色々な意味で」



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