闇が続く。
暗闇が続く。
闇とは一体どこからくるものなのだろう。
光がなくなれば闇は現れる。
勿論、光にも闇にも意味があるわけではない。
それは現象と…些か偏りのある意味付けだけだ。


無限回廊のように果ての見えない闇。
つまりは現象である闇に閉ざされた廊下を、彼はどこか現実感の乏しさを感じながら歩いていた。


まるで、彷徨うように




「わかんねーな」

問う。

自らに問う。

「俺は何をしている?」

決まっている。
待っているんだ。
あの男が来るのを。

そして殺す。

「何故?」

……わからない
ただ、そうするべきだと俺の中で叫ぶんだ。

「誰が?」

…俺がだ。

「……やっぱり何もわからない」

何がわからない?

「何故あの男を殺すのか…何故俺は知らないはずのあの男を憎悪しているのか…そして…俺は誰なのか」

俺は俺が誰なのかを知っている。それなのに自分が誰だかわからないのか?

「ああ、わからない。俺は俺だ。だが、それが信じられなくなった。俺はきっと俺の知らない自分を持っている」

不安定だな、今の俺は…

「そうだな」

……来たな。

「…来たな」


闇へと溶け込む彼の姿が、雲から覗いた月の光に照らされ、闇から滲み出る。

北川潤という名の少年は、その双眸を奥深き廊下の向こうに向けた。
白い…幻影のような影がこちらへと向かってくる。

彼は視た。

北川のその容貌が小さく歪む。
彼は悟ったのだ。
今、ここで訳もわからぬまま全てが終ってしまうという恐怖から逃れた事を…
彼の表情を巡ったものは安堵・苛立ち・虚脱感。

それはひどく歪んだ嗤いとして表に出た。


「くだらねえ」


そして、北川潤は、刀を、閃かせた。










魔法戦国群星伝





< 第五十話 SAW A CRECK IN NIGHT >




カノン皇国 スノーゲート城



まるで…現実感が乏しかった。

目の前で起こっている事がスローモーションとなって相沢祐一の網膜に焼きつく。

肉を、脂肪を、骨を貫く不気味な音が、相沢祐一の鼓膜を震わせた。

月に照らされた非現実的な光景。

よろめくように彼の足が止まった。

「き…た…がわ…くん?」

背後から、二人分の息を飲む音が聞こえた。
悲鳴を出そうとして、出し方を忘れてしまったような吐息。



三人分の硬直した視線にさらされたのは……悪夢と云う名の現実(ゆめ)



白銀色の刃が白衣の男の背中から突き出している。

楯の様に、その男が体の前に抱え込んだ小さな少女の胸を貫いて…



月宮あゆと高槻の身体を、『五月雨龍征』という銘と、『絶』という異名を持つ妖刀が串刺しにしていた。



「…あ」

誰の声だったのか…
自分の声か、名雪の声か…それとも香里の声か…


それがきっかけだったかのように凍った世界は動き出した。


    ズ…バンッッ


また、音がした。

なんて馬鹿げた音だ。

肉を断ち、筋肉を断ち、骨を断つ音。

小さな女の子の身体と白衣に包まれた男の身体が断たれる音。

北川潤が、二人の身体を、右足を踏みしめて、体重を乗せ、貫いた刃で無造作に、乱暴に、袈裟懸けに圧し斬った音。

切り開かれた体から、馬鹿みたいに液体がぶちまけられる。

斬り断たれた反動で、ぐるりと二人の身体が回転する。


そして祐一は見てしまった。


もはや光など一片も宿っていない、少女の虚ろな瞳を…




  びしゃああああああ



そして…かつて高槻だったものと、月宮あゆだったものは

自らがぶちまけた液体の水辺に

その残骸を打ち倒させた。






月の光が優しく照らす中…足元を、服を、そして相貌を濡らした北川潤だけが立っている。


憂鬱そうに、足元の残骸を眺めながら立っている。



立っている。








「きた…がわ…」

誰も、何も、言わない。

北川も、名雪も、香里も…

言葉と言う因子が世界から消え去ってしまったかのように

ただ、祐一の声だけが幽玄のごとく繰り返される。

「……きた…がわ」

笑いたくなるほどに震えた声が、冷え切った空気を凍えさせる。



「北川ああああああ!!!」

絶叫が響く。

怒声が響く。

悲鳴が響く。

泣き声が響く。

相沢祐一の、声が、闇に、轟き


狂気となって迸った。


殺意が……爆ぜる。









「違う」

ぴろは呟いた。

北川の背中が見える。
泣き叫ぶように声をあげる祐一が見える。
何事が起こったのか理解する事を放棄した名雪と香里が見える。

倒れる何かが見える。

「待て、違う」

ぴろはその悪夢の如き情景を目の当たりにしたショックから立ち直った。
その光景の違和感が何なのか理解した。
だが、まだ彼らは理解していない。

「違うぞ、祐一殿!」

咆哮する。
絶叫する。
だが、それは今の彼らには届かない。

狂ったように剣を振り翳し、佇む北川潤に走り寄る祐一には聞こえていない。


「それは違うのだ! 祐一殿!!」

間に合わない。

だが、叫び、駆け寄るぴろの横を黒色の疾風が疾った。








「きたがわあああああああ」

白く染めあげられた意識はただ一つの事を成すべく凝固していた。

殺す

あゆを殺したこの男を殺す!

殺してやる!!!

「祐一!?」「や、やめなさい――」

彼が何をしようとしているのか悟り、慌てて名雪と香里が止めようとする。
彼女らには他に何も考えられなかった。
北川が何をしたのか。何故あゆがあそこであんな風になって倒れているのか。
何も考える事は出来なかった。だから、理解できたことだけにしか動けない。
兎に角目の前で起ころうとしている更なる凶行を止めようと、彼女らは思考停止から回復した。

だが、それも祐一を止めるには遅すぎた。


10メートルに満たない間合を一瞬で駆け抜け、白の魔剣を振りかぶる。

「北川ぁ!!!」

殺す。

ただそれだけが今の祐一の存在を構成する意味だった。
北川は何故か動かない。
自分に襲い掛かってくる男に対して、ひどく無関心だった。
ただ、自分が切り殺したモノを詰まらなそうに見つめていた。


コロシテヤル!!


右足を踏み込み、突進の慣性を殺し、剣を振りかぶり、動かぬ標的の首めがけて振り下ろす。
濁流のごとき感情とは裏腹に、その戦いというものを焼き付けた身体は清流のように滑らかに動いた。
その動作は見事なまでに美しく、祐一の狂気を彩るかのように流れ……


ガキィィィ

空気を軋ませるような金属音とともに、差し出された剣に受け止められた。


「…祐一、ダメ」

「…ま…い…?」


艶やかな黒髪が闇の中でもなおその黒を映えさせる。
流れ落ちる黒髪の奥で、川澄舞は見たこともない必死な表情で祐一を見つめていた。

北川の首を刎ねるはずの剣は、彼と祐一の間に滑り込んだ舞の『神薙』に受け止められていた。


だが、怒りは止まらない。
殺意は止まらない。

祐一は力任せに剣を押し込みながら、絶叫する。

「ど…け……どけぇ、舞ぃぃ!! こいつを殺す! 殺す! 殺す! こいつはあゆを殺したんだ! 殺したんだ! 殺したんだぁぁぁ!!」

「違う、祐一、それは違う!」

「どけ、どけ、どけ、どけぇぇぇぇ」



「祐一! これはあゆじゃない!!」



……再び夜が凍った。


「な…に…?」

剣をかち合わせたまま、祐一は自分が何を聞いたのか理解できなかった。

「これは…あゆじゃない…あゆじゃないの…」

肺から息を押し出すように言う舞。
意思の無い操り人形の様に、祐一はカクカクと首を動かし振り返った。
視線の先には倒れ、重なる二人の人影。

いや…それはもはや人型ではなかった。
どろどろと溶け出し、形を失っていく異様な肉塊。


そんなモノがあゆであるはずがない。
あってたまるはずがない。

それは……死体ではなく…何かの残骸だった。


呆然と祐一はそれを見つめる。
名雪と香里が、呆然とそれを見つめる。

ただ、北川だけがひどく詰まらなそうに眺めていた。



「そん…な…」

「潤が斬ったのはニセモノ」

「そん…な…」


ペタリ、と祐一はへたり込んだ。
頭はやっぱり真っ白で何も考えることができない。

「ニセモノ?」

ハハ

ハハハハハハハハハハハ

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

なんだ、じゃああゆは生きてるのか。
生きてるんだ。
あゆは無事なんだ

ハハ、大丈夫なんだ。


アハ

アハハハハハハハハ…ハハ…ハハ

なら…

なら本物の…
本物のあゆは…

「あゆは?」

祐一はポカンと顔をあげた。
舞が悲しげに此方を見つめていた。

「あゆはどうなったんだ?」

「連れ去られた」

答えが聞こえた。
視線を巡らす。
異臭を放ち始めた肉塊と肉汁の前で、ぴろが髭を震わせてそれを見ていた。

「このニセモノを囮にして皆の眼を引きつけている内に、連れ去られたのだ」

毛が逆立っている。
なんとなく、この猫が怒り狂っているのがわかった。
連れ去った悪魔と、自分自身に…

「…祐一」

名雪が声をかける。
意味など篭っていない。
目まぐるしく巡る事態に思考がついていかない。


祐一はぼんやりとぴろを見つめつづけた。
ぴろは振り返らない。
振り返れるはずがない。

祐一は舞を見上げる。
舞は瞼を閉じ、視線を合わすことをしなかった。
彼女にそんな勇気は無い。

力尽きたようにガクリと首が落ちた。
月に照らされた白い床だけが視界に映る。

ぼやけた世界が映る。

「なにを…やってるんだ、俺は?」

小刻みに震える身体。

「いったいなにをやってるんだよ」

ガン、と剣を床に叩きつける。

「何のためにこの7年間強くなろうとしてきたんだよ」

叩かれ、叩かれ、床が切り刻まれる。

「意味ないじゃないか。守れなかったら意味ないじゃないか」

ガン、ガン、と叩きつづける。

「どんなに強くなっても守れなかったら意味ないじゃないか」

ガツン、と甲高く音が響き、剣が床にめり込む。

「守れなかった…まただ…また守れなかった」

振りかぶり、叩きつけられた剣が哀しげに悲鳴をあげた。

「俺は……また……あいつを…守れ…なかったっ……」

カラン、と剣が手を離れ、転がった。
からっぽみたいな音がした。

「…祐一」

よろよろと祐一に近づいた名雪が名前を呼ぶ。
答えは無い。
ただ、震える彼の背中。

「…祐一」

切なさが溢れ出す。

名雪は、ただ震える彼の背中を抱き締めた。
その心を包む事ができない事をわかっていても

それでもなお、抱き締めずにはいれずに……。


だが、暖かさは伝わらず、だた凍るように冷たい夜が二人を押し包んでいた。









ブン、と刀を一振りし、ゆっくりと鞘に納める。

「……」

ひどく…疲れた。

北川は自分にすらわからぬように、深く深くため息をついた。

心も身体も重くて仕方ない。

北川はもう一度、自分が斬ったモノを一瞥した。

それがニセモノであるという事は一目見てわかった。
何故か、それが高槻でないという事がわかった。
だから、月宮あゆが本物でないことも糸で繋がれたかのように理解できた。

だから斬った。

本物でないことに腹が立ったから
本物でなかろうと、その男が存在している事が我慢ならなかったから

だから斬った。


だが……


北川は見渡した。

うちひしがれた友人たちを


そして、自分の右の手の平をじっと見つめる。

自問する。


俺は…もしあれが本物の高槻と月宮でも…同じ事をしたんじゃないのか?


その問いは、明確な既視感を伴って、北川の心を貫いた。
まったく否定できない
高槻を前にして、自分の殺意を抑えることができるなど、信じられない。

やりかねない。

高槻を殺すためなら…やりかねない。

同じ光景が目に浮かぶ。
本物の月宮を切り裂く感触が…手を震わす。


なぜだ?
なぜ、こんなにもオレはあの男を憎む?

…わからない。


不意に、視線を感じて彼は顔をあげた。

美坂香里。

何か言いたげに、だが何も言えずにこちらを見つめていた。

視線が交わる。

北川はその場から踵を返した。
彼女の視線に晒されている事にいたたまれなくなって…
無意識に胸に手をやる。
服の下に感じる硬い感触。首からぶら下げた肌身離さず身に付けている銀のそれを無意識に弄くる。


美坂…俺は…自分が見えなくなってきちまったよ
俺は…本当にお前を…守る資格があるんだろうか……
もしかしたら、本当の事を言えなかったのは自分がこうなる事をわかっていたからなのかもな。


血が全身から滴り落ちる感触。
他人の血がポタリポタリと滴り落ちる。
気持ち悪い。

違う、幻想だ。
これは血じゃない。
これは月宮の血じゃない。

そう言い聞かせようとして、彼はひどく虚しくなった。

自分が常に他人の血で全身を濡らしてきたという事実を思い出す。
血は拭えないのだろうか。
鞘に納めたはず狂気が、徐々に表に出てきている気がする。
知らない自分がボロボロと塗りこめた漆喰を剥がすように表に現れようとしている。


「狂ってやがる」

北川は小さく吐き捨て、闇の奥へと歩き出した。




…北川君

その呟きは声にならなかった。

香里の視線はひきつけられるように立ち去ろうとしている北川の背中に引き寄せられる。

声をかけようとしても、声が出ない。
それでも、視線は吸いつけられる。

月明りの中から暗闇へと歩き去っていく彼の背中は

ひどく

儚く見えた。




「寒い」

香里は思わず自分の体を抱き締める。

震えが止まらない。

冷たい夜が、心を凍えさせていく。

わかってしまったのだ。

悟ってしまったのだ。

今まで当たり前の様にあった何か。
その何かに、いつの間にかくもの巣のように入っていたひび。

今宵はそのひびが露わになった夜だったのだと……




寒さはとうとう、消えなかった。




§






「くははははははははははっ!!」

夜空を疾る白影。

その背には漆黒の翼。

その腕には眠りし小さき少女の身体。

「宴の始まりだぁ!!」


狂笑が響いた。



「祐一…くん」

涙が閉じられた瞳から零れ、夜の虚空へと消える。
涙と共に零れ出た少女の囁きは、誰の耳にも届く事無く、夜に溶け込む様に消えた。









§











「そう……ですか」

一夜明けたスノーゲート城。
全てが過ぎてしまった。
水瀬秋子は滅多に見せない苦汁の表情でぴろの話を聞き終えた。

机の上に腰掛け、俯き加減に語っていたぴろの横では、美坂香里が顔を覆い隠すように手を組んで座っている。
川澄舞が壁に寄りかかり、瞼を閉じている。
そして、北川潤が疲れたように椅子に腰掛け、前に立てた刀を杖代わりに寄りかかり、腰を丸めたように俯いていた。

ここにいない二人のうち、久瀬は事後処理に走り回っており、真琴は怪我は軽かったものの今は安静にしているように言い含めて寝かせている。

「それで…祐一さんは?」

秋子はそっと訊ねた。

「あいつは部屋に引っ込んでますよ。今、水瀬が見にいってます。なんせ…ひどい有様でしたからね」

北川がまったく感情の感じられない声で答えた。疲れきった声にも聞こえる。
秋子の眼差しが少しだけ揺らぐ。微かな違和感を感じて…

北川さん?

チラリ、とその北川を香里がそっけなく窺うのが見えた。その仕草が逆に彼女の不安を秋子に察知させた。

みんな参ってるのか…それともまったく別の…

秋子は内心吐息をついた。

「あゆちゃんは…どうなるのでしょう」

ぴろに問う。とにかく目の前の問題を確かめないと…

「巫女の魂を採取するにはそれなりの儀式を必要とすると聞いている。それなりに面倒で、時間がかかる儀式だ。しばらくはあゆ殿の安全は保障されるだろう」

「【三華作戦(ドライエック・ブルーメ)】の事は理解していますね? ぴろ」

「その作戦が実行されるまで、あゆ殿は大丈夫なのかという事か? それは―――」

  バンッ

ぴろの答えは唐突にドアが打ち開かれた音で遮られた。

「名雪?」

香里が名を呼ぶ。
ドアの向こうには、祐一の部屋にいるはずの水瀬名雪が立っていた。
息を荒らげて、目元を真っ赤に染めて。

皆が注視するその先で、水瀬名雪がポロポロと涙を流しながら叫ぶ。

「祐一がいないの! どこにもいないの!!」

香里とぴろが血相を変えて立ち上がった。

「あの…馬鹿」

北川が思わず小さく罵る。
秋子は飛び込んできた娘を抱きとめ、泣き崩れる我が子の頭を励ますように撫でながら、ぴろと香里を振り返った。

「祐一さんは……」

「ああ、恐らく向かったのだろう。ガディムの元へと……」

「一人で…一人でどうするつもりよっ!!」

ガン、と香里が机を叩く。ペン立てが引っくり返り、コロコロとペンが机の上を転がった。

「……止めないと…あまりに無謀すぎる」

「俺が行く…まだ遠くには行ってないだろ? 俺がとっ捕まえてきてやる、あの馬鹿…」

北川がそう言って立ち上がった。思わず香里はその表情を窺う。
彼女が見たものは、ただ馬鹿げた暴走を始めた友人に怒り、心配する自分のよく知る北川だった。

大丈夫…今の彼なら止めてくれる。

「お願い、きた――」

「無理だね」

その表情に安堵を感じた香里が言おうとした言葉は、再び開かれたドアの向こうから響いた声に遮られた。

「お前にゃ祐一は止められないよ、小僧」

女性の、だが良く通る重みのある声が響いた。
紺色の着流しを翻し、後ろで簡単に縛った白く長い髪を揺らしながら、小柄な初老の女がユラリと部屋へ入ってくる。

「お前の腕じゃあいつに勝てない。それはわかってるんじゃないのかい?」

「し…師匠!?」

眼をひん剥いた北川が身体を仰け反らせながら裏返った声で叫ぶ。
その言葉に皆のギョッとした視線が北川と女を行き来した。

「上泉先生、こちらにいらしてたんですか」

「誰もいない水瀬城にいてもしかたないだろ?」

傍若無人に言うと、上泉伊世は勢いよく空いていた椅子に座り込み、ギロリと弟子を睨みつけた。
その視線にたじろぎながらも、北川は憎らしげに言った

「俺じゃ相沢を止める事も出来ないってのか?」

「出来ないね。二人を教えたアタシが言うんだ。間違いない」

二人を教えたという下りで香里がポカンと口を開ける。視線を巡らすが、秋子も舞も驚いた様子はなかった。名雪だけが同じ様に口と眼を見開いている
伊世はその様子に頓着する風もなく続ける。

「だいたい、お前がそれを一番わかってるはずだろ?」

北川は押し黙った。それは肯定を意味していた。

「でも…止めないといけないだろ?」

「無駄だ。それでも行きたいなら勝手に行きな、これ以上止めるつもりもないよ。でも今の祐一はキレてるみたいだからね。下手すりゃ殺されるよ」

「なら! アンタが――」

「行かないよ。アタシは馬鹿弟子の後始末をするつもりはない。祐一は自分の意志で行った。それが暴走だとしてもアタシは止めるツモリはないね」

「アンタは!!」

思わず掴みかかろうとした北川は、すっと伸ばされた手に遮られ、動きを止めた。

「私が一緒に行く。それでいい?」

静かに、北川の前に立った川澄舞が静かな眼差しを伊世に向けて言った。

「……アンタが川澄かい?」

コクリ、と頷く舞に伊世はフン、と鼻を鳴らした。

「…そうか、なら文句はないよ。好きにしな」

彼女が深々と腰を沈め、瞼を閉じたのを見て、舞は北川を促して部屋を出ようと踵を返した。
慌てて北川もその後に続こうとする。

その背に「待て」とピロが声を掛けた。

「我輩が転移法術で祐一殿の前に送り届けよう」

「…わかるの?」

舞が振り向いて訊ねた。

「彼の持つ魔剣の魔力波動パターンを覚えているからな。居場所はわかる」

「北川君」

ぴろとともに部屋を出ようとした北川を香里は呼び止めた。
振り返る北川。
視線が交わる。
よく考えれば、それは昨夜から始めてかわす会話。

「お願い…ね」

「…ああ、任せろ」

ただ、それだけの会話。
だが、香里は、いつもと変わらぬニヤリと笑った彼の笑みに安堵した。

信じよう。彼はいつだって私を…私の心を守ってきてくれた。
だから、今度もまた死にに行くのと同じ事をしようとしている相沢君を連れ戻してくれる。
そして…あゆちゃんを助けにいこう。
みんなで…あるべき場所を、日常を取り戻そう。


そうして、香里は背を向けて往く北川を見送った。



香里は知らなかった。

最後まで知る事はなかった。


ある意味において、それが最後だったと言う事を……


これが、彼女の知る北川潤の……この四年という月日を共に過ごした北川潤という存在を見た…最後だったと言う事を……















すべての物語が、終局へと流れ始めた。





    続く





  あとがき

八岐「一区切りという訳ではないですが、とにかく漸くこの作品のすべての物語に終わりが見え始めました」

美汐「…よく意味がわからないのですが」

八岐「おや、とりあえず戦闘専門でストーリには特に関わらない美汐ちゃんじゃないですか」

美汐「…何気に頭にくる言動ですね」

八岐「まあまあ、兎に角かっこよさでは君が一番人気なんだから卑下しないで」

美汐「別に卑下はしてません。それで、さきほどの発言の意味はどういうことなんですか?」

八岐「うん、とりあえずこの作品は戦争という大きな筋の他に三つの物語によって構成されている」

美汐「三つ…ですか」

八岐「そう、一つは祐一とあゆ【翼と出逢いの物語】
二つ目は御音の人々【虚無と世界と絆の物語】
そして三つ目、香里と北川【狂気と復讐、そして約束と再会の物語】だ」

美汐「…帝国の方々のお話がありませんね」

八岐「…そだね(笑)」

美汐「…………」

八岐「まあ、この三つの物語がようやく終わりを目指して動き始めたという事だ」

美汐「これまでは動いてなかったんですか」

八岐「う、動いてはいたんだけどね(苦笑) さて、次回は色々大変だぞ」

美汐「毎回いろんな意味で大変なような気もしますが…」

八岐「……なんというか、ツッコミに関してはセリオと君はあとがきの両壁だねえ。お兄さん感嘆しちゃうよ」

美汐「失礼ですね、的確かつ厳格な言動と言ってください」

八岐「それはどうかと思うが…まあいいや、次回第51話『Battle Master/return of Calamity Blue』

美汐「相沢さんと北川さん、とうとうあいまみえることとなりました。戦いの決着やいかに。そして遂に、あの人が帰還します」

八岐「大変です、そして怖いです(きゃー) それでは次回をこうご期待。秋子さん、クライシス?」



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