魔法戦国群星伝





< 第四十四話 FINAL FIRE STRIKE >




東鳩帝国中部 猪名川


ザザ、と内より幕が開いていく。
人垣という幕が波を引くように左右に分かたれていく。
そして、黒き雪崩がその邪悪なる姿を待ち受ける三華の者たちの眼前に晒しめた。

その黒色の群れはまさに雲霞の如く。


――オンッ

黒雲が揺れた。
その咆哮は、大気を、世界をビリビリと震わせる。

見渡す限りの暗色。
あのラルヴァという存在が狂声をあげ、大地を揺るがしながら突進してくる光景は恐怖以外の何物でもない。

だが、その光景こそが皆が待ち望み、仕組み、作り上げたもの
この光景を今ここに導き出すために、三華の者たちは苦心惨憺したのだ。

来栖川軍団の三万八〇〇〇の内、二万を預かっているセリオは、この恐怖の情景に微塵も動揺することなく、あらかじめ定められていたプロセスを宣告した。


「砲撃開始」


言葉がトリガーとなって引き絞られる。
その瞬間、<猪名川>と呼ばれる地は爆発した。


ズラリと威容を構える鋼鉄の兵器。雛山理緒がその全能をかけてこの地へと送り込んだ『大筒』、その数一五〇〇。
その三分の一、五〇〇の大筒が火を噴いた。
人知を超える大音響が、この地にある全ての存在にその轟きを叩きつける。
と、同時に大気という空気の壁を粉砕しながら、砲弾が撃ちだされる。
横殴りに放たれた五〇〇の鉄塊が、二十二万鬼を越すラルヴァの群れの中に飛び込んだ。
いかな人を遥かに超すバケモノといえど、唸りをあげて翔ぶ砲弾を前にしては、無力な存在に過ぎない。

防ぐ術はない。

この<猪名川>の地を埋めるほどの数が密集していたことも、惨劇を増大させる原因だった。
撃てば当たるという状態のなかで、密集したラルヴァの中心に着弾したその砲弾群は、ただの一撃で五〇〇〇鬼を越すラルヴァを原型を留めぬ肉塊へと瞬時に変じせしめた。
大地を覆い尽くした黒い絨毯に空白が出来るほどの言語を絶した一撃。
だが、それはまだ最初の一撃でしかなかった。

ラルヴァたちが事態を認識するよりも速く、二度目の大爆音が轟く。
火薬の爆発により黒き砲身より放たれた鉄塊、その数またも五〇〇。
内、一つの砲弾は、眼を見開き絶叫するラルヴァの上半身を消し飛ばし、さらに後方に群れ、蠢いていた八〇鬼の黒魔たちの身体の一部分、または全身全てを貫き、吹き飛ばし、抹消した挙句に地面へと着弾した。
たったの一弾でこれほどの損害を出させた砲弾が五〇〇も降り注いだのだ。
第二撃の損害は第一撃をあっさりと上回った。
魔術により生み出された魔造生命体である彼らラルヴァ。元の塵へと戻った魔物の数は九〇〇〇鬼。

鉄の嵐が吹き荒れる。
火薬の祭典が開かれる。
降り注ぐものは雨でもなく、血でもなく、単なる鉄という金属の塊。

そして、ズラリと<猪名川>の東に並べられた大筒一五〇〇門の最後の五〇〇が火山が爆発したような音を発した。
巻き起こされた現実は、最初の二撃がお遊びに見えるほどの狂気。

虚空へと撃ち出された砲弾。第二撃までの砲弾は鉄の塊のまま地面へと着弾していた。
だが、今度放たれた五〇〇の砲弾は先程までのただの金属の塊ではなかった。

東鳩帝国がその技術の粋を集めて開発、量産した大筒『火焔砲(フランメン・カノーネ)
深山雪見の手腕により、帝国鉄甲船団に搭載されるはずだったこの大筒たちは、今この地にその身を置いた。
その砲口より放たれた砲弾は、ラルヴァの群れの中で、文字通り…炸裂した。

その時、猪名川の地に満ちていたラルヴァの群れは、連鎖する爆裂の海に飲み込まれた。

砲弾の内に仕込まれた爆裂魔術が発射と同時に起動、一定時間の後、鉄塊の内側から爆発するという東鳩帝国の秘密兵器。
その爆裂砲弾はこの決戦で存分にその威力を発揮した。
砲弾に直撃されたラルヴァ、爆発に飲み込まれたラルヴァ、内側から破砕したことで周囲に飛び散った砲弾の鉄片に切り刻まれたラルヴァ。
その全てが消滅した。

この第三撃で大盟約世界から消え去ったラルヴァ、その数二万八〇〇〇鬼。
それまでの二撃をあわせるならば、僅か数分の間に四万二〇〇〇鬼ものラルヴァが塵と化した。

まさに、一個ラルヴァ集合団が一瞬にして消滅した換算になる。

それは、様々な要因に恵まれ、全知を振り絞り、幸運の女神に最大限の笑顔を向けられたうえでの事だということを考慮しても、『絶対魔術(アブソルート・マジック)』が使われたのと何ら変わる事のないだけの大殺戮が、一瞬にして繰り広げられた事を意味していた。


人間ならば、絶対に恐怖のどん底に落とされ、軍勢は崩壊し、皆が逃げ惑うであろう状況。
だが、ラルヴァは人間ではなく、まともな生命ですらなかった。

一瞬にして4分の1を越す同胞を消滅させられたにも関わらず、ラルヴァたちは突進をやめなかった。
未だ十八万五〇〇〇を数えるラルヴァたち。
対して一五〇〇門の大筒たちは装填した砲弾を撃ち尽くし、新たに装填を行わなければならない。それはラルヴァの蹂躙に絶対に間に合わない。



§




「化け物め!」

深山雪見は思わず吐き捨てた。
血も凍るような虐殺の対象となりながらも、未だ狂気と殺戮の酔いから覚めないラルヴァという存在に嫌悪感を募らせる。
だが、ラルヴァのその性質こそが、彼ら自身を更なる煉獄へと誘うのだ。
雪見はこの地獄の業火を人間、いや、命を持つものに対して向けずに済んだことを感謝しながら声を張り上げた。

「東域方面に布陣した全軍に告ぐ! 銃兵隊前へ! 撃ち方始め!!」


そして巻き起こった銃声は、さきほどの天を撃ち砕くような砲撃音となんら変わらぬだけの圧倒的な音撃を<猪名川>の地にぶつけたのだった。

この時、<猪名川>の東・野戦陣地に布陣していた総兵力は一〇万四〇〇〇。
内、大筒隊を指揮するセリオの二万を除けば八万四〇〇〇の兵が、御音戦闘工兵部隊「黒鍬組」により造られた高柵の内側に控えていた。


――カノン皇国
倉田佐祐理・一弥 倉田公爵軍 三万〇〇〇〇
久瀬俊平     久瀬侯爵軍   六〇〇〇

――東鳩帝国
藤田浩之 皇帝直属軍     一万〇〇〇〇
橋本隆   橋本勢        五〇〇〇
岡田カナエ 岡田勢        五〇〇〇

――御音共和国
稲木沙織  稲木勢      一万五〇〇〇
中崎勉   中崎勢        三〇〇〇
川名みさき 川名勢      一万〇〇〇〇

この全ての部隊が、鉄砲を六割の割合で装備していた。
即ち、約五万もの砲火が、突撃してくるラルヴァたちに向けられたのだ。

轟、と銃声が鳴り響き、もうもうと立ち上がった硝煙が一気にあたりを覆い尽くす。
そして放たれた銃弾は約一万弾。

幾多の鉄の礫が黒色の肉体にのめり込み、胴体を穿ち、頭を吹き飛ばす。
それでもまだ距離が遠いために、倒れたラルヴァの数は一二〇〇鬼ほどだった。

だが、間をおかずに第二射、第三射が放たれる。
砲炎を吹く鉄砲の多くはこれまでと変わらぬ火縄だったが、中には帝国からばら撒かれた長距離射程銃「フェルスノーン」、外国から輸入された火打石式(フリントロック)の銃の姿も多く見えた。

バタバタとつんのめるように倒れて塵と化していくラルヴァたち。
ラルヴァ群の狂的な突進は、銃弾のスコールに阻まれるかに見えた。

だが、第四射目が放たれた時、それは起こった。

津波のように押し寄せるラルヴァたちの前面に、突如として無数の火花が散りばめられ、同時に凄まじい数の仕掛花火が一斉に点火されたような音が戦場に鳴り響く。
それは万を超える銃弾雨が一斉に弾き飛ばされた事を意味する情景だった。

それを目にした雪見は思わず唸る。
ラルヴァたちの眼前に陽炎のように現れ出でたものは、魔術文字の紋様の壁。


対銃弾防御幕(アンチ・ブリッド・シェル)!!」



§




「やってくれるじゃない、ラルヴァ!!」

最前線で、銃撃の指揮を取っていた稲木佐織は凶暴としかいえないような表情で叫んだ。
動揺の波が兵士たちの隊列に波紋の様に広がる。

「構わないで撃ち続けなさい! ラルヴァといえど、たった一匹で対銃弾防御幕(アンチ・ブリッド・シェル)は展開できないわ!」

彼女の叫びに押されたように第五射が放たれた。
佐織の言う通り、防御幕に弾かれる銃弾が多数出たものの、銃撃に吹き飛ばされるラルヴァたちも続出した。
目算した限りでは二鬼から三鬼が共同で術を立ち上げているようだった。
だが、半分から三分の一近くのラルヴァに銃撃が通用しないのだ。防御幕を共同展開しているラルヴァが一匹でも倒れれば術は解けるとはいえ、これでは魔物の突撃を阻止する事は不可能に近かった。

黒い津波が押し寄せる。
そして、彼らが壁の様に建ち並ぶ高柵、そして人間たちの集団から一〇〇メートルを切った時、ラルヴァたちは咆哮し始めた。
それを見た佐織の表情がさらに凶悪となり、夜叉のようになる。

「呪唱咆哮!! くるわよ!!」

黒き波涛の前方の空間が一気に歪み、紅蓮の爆球が次々にその姿を現へと具現化する。
黒々とした群れの前に、灼熱の大気が渦巻き陽炎が歪む。

そして、ラルヴァが一斉に咆哮。火焔の弾丸が撃ち出された。

熱波と唸りを振り撒きながら、三〇〇〇を越す爆球が次々に飛来する。

だが


「あははー、甘いですよーっ!!」

倉田佐祐理の笑い声が高らかに響く。
彼女の眼前、三華連合軍の前に聳え立つ高柵の前に突如、様々な魔術文字の浮かんだ対魔術防壁が出現。
怒涛のように襲いくる爆球は、次々にその防壁に着弾した。人間たちの軍勢を根こそぎ薙ぎ払うはずだった三〇〇〇もの爆球、その茜色の球体の悉くが防壁に当たると同時に吸い込まれるように中和され消失する。

防壁の内側にいる軍勢には何の被害もない。

この情景こそが、この大盟約世界の戦場から攻撃魔術が退場した原因だった。

多人数の魔術師により複合展開された魔術防壁はその効果が爆発的に相乗される。
まず一般の魔術師が使える魔術で打ち破れるものではなかった。それこそ、一流クラスの魔術師でなければ使えないような高位魔術でなければ…。
そして、一流の魔術師などそうそう用意できるものではない。

攻撃より防御の方が効果が上回る。

効果がない以上、攻撃魔術を使うメリットなどどこにあろうか。
鉄砲という存在が戦場に姿を現した事も決定的だった。
射程距離が魔術を上回る鉄砲という武器。何の魔術も使えない兵士が戦場の主役となれる武器。
もし、攻撃魔術がその威力を存分に発揮できたなら、戦場の主役は未だ魔術だったかもしれない。攻撃魔術とはそれほどの威力を持っている。
だが、銃弾の雨を掻い潜り、降り注ぐ中で唱える魔術が効果がないとしたら……

戦闘魔術師隊が、大盟約世界から消滅したのも、また必然とも云えよう。


降り注ぐラルヴァの攻撃魔術、炎、爆裂、凍結、疾風…その全てが魔術防壁を突破できずに消え去った。
大陸中からこの時のために掻き集められた魔術師たち。彼らの構築した魔術防壁は完璧に機能していた。
加えて「黒鍬組」により築城されたこの高柵。これには事前にカノンの符法院、帝国の魔導院による防御魔術が付与されていた。
ラルヴァはその全てが魔術を扱う。その全てが魔術師と云って過言ではない。それが二十万以上も押し寄せるのだ。
正直、現場に集められた魔術師隊だけで、ラルヴァたちの魔術を防げるのか不安視された結果が、この魔術防護柵だった。
今、その魔術防護柵は見事のその効果を発揮し、ラルヴァの嵐のような魔術の乱舞を見事に食い止めていた。



さらに轟音とどろき銃声鳴り響く。

だがそれでも…幾ら魔術を防ぎ、銃弾の雨を降らせてもラルヴァの突進は止まらない。
彼らはその狂気を止めようとはしない。

魔物たちの思考は揺らぐ事なく定まっていた。
魔術が効かないのであれば、その防壁の内側に乗り込み、人間どもを蹂躙する。
簡潔だった。だが、それ故にラルヴァたちが高柵の内側へと突入すれば、三華連合軍にとって悲惨な情景が造り出されるだろう。確実に…

破壊の衝動、その解放への確信。それがラルヴァを走らせる。
銃撃は彼らの突進を止める事はできない。彼らはまだ対銃弾防御幕(アンチ・ブリッド・シェル)を張り巡らせている。
防御幕の効果を得ていないラルヴァを幾ら撃ち倒しても、僅か一〇〇メートルの距離にある黒き魔を押し留めるほどには弾幕は威力を発揮できていない。
ラルヴァは止まらない。

津波を決して止められないように……



だが、戦女神たちはその津波を止める最後の術を用意していた。


「全魔導師隊、前へ!!」

雪見の声が戦場に響き渡った。
銃声を轟かせる銃兵達の横に、すく、と鎧を纏わぬものたちが立つ。
ある者は両手を掲げ、ある者は瞼を閉じ、朗々と呪を唱え、そして……

「全魔術使用自由! 攻撃開始!!」

その言葉とともに一斉に起動呪が発せられる。

爆炎、氷刃、雷撃、光槍
様々な魔術が今度はラルヴァたちに向かって飛んだ。

大地が鳴動した。

次々に着弾した魔術がラルヴァたちを爆発に飲み込み、貫き、燃え上がらせ、凍りつかせ、粉々にする。

凄まじい威力を発揮する。

当たり前だ。
彼らラルヴァたちは今、全力で対物理防御魔術、即ち対銃弾防御幕(アンチ・ブリッド・シェル)を展開しているのだ。対魔術防壁など全く展開していない。

遮るものなくその効果を発揮した攻撃魔術は、凄まじいまでの破壊力を戦場に降臨させた。


先ほど戦闘魔術師隊は、消滅したと云った。
だが、今まさに、ここに一時とはいえ戦闘魔術師隊は復活した。

理由はある。これ以上ない理由だ。
ラルヴァは銃を持っていない。

ラルヴァが持つ遠距離攻撃能力は魔術のみ。その魔術は防壁に阻まれ脅威となりえない。
降り注ぐ銃弾の中で呪を唱えるという無謀と比べて、どれほど楽か。

さらに六度目の統制銃撃の轟音が鳴り響いた。
再び一万を超す銃弾が、魔導師たちの魔術により前進を阻まれたラルヴァたちに降り注ぐ。
一瞬にして六〇〇〇を越すラルヴァが殴り飛ばされたように吹き飛ばされた。
被害が大きすぎてもはや有効に対銃弾防御幕(アンチ・ブリッド・シェル)は機能していない。
銃弾を防ごうとするならば魔術が、魔術を防ごうとするならば銃弾が自分たちを襲う。
魔術と鉄砲による複合多段攻撃陣形。
もはや、彼らにとって前進することは消滅する事と全くイコールという状況だった。
さすがのラルヴァたちも、この火薬と鉄と魔術の嵐にその狂乱のごとき突撃を停止せざるをえなかった。


だが、彼らラルヴァとて、ただ何も考えず突進するだけの存在ではない。

「グアアアアアアアア!!」

当初に比べてその数を減じたラルヴァたちだったが、一斉に吼える彼らの叫びは三華連合軍が響かせた轟音に勝るとも劣らなかった。
バサ、という音とともにラルヴァたちがその暗黒の翼を大きく広げた。

「飛ぶのか!?」

久瀬がその光景を見て叫ぶ。

ラルヴァという魔物はその背に大きな翼を持っている。だがそれは彼らが自在に空を飛べるという事を意味しなかった。
宙を飛べるとはいえ、その速度は遅く、長距離を飛ぶことは出来ない。空の覇者となるにはあまりにも貧弱な飛翔能力だった。

だが、たかだか一〇〇メートル程度の距離を、二メートルに満たない柵を飛び越す事は造作もない。
飛翔速度が遅いとはいえ、空へと舞ったラルヴァに対して銃撃の効果は一気に低下する。二次元と三次元では銃弾の命中率が格段に違うのだ。

黒翼に魔力が漲り、ラルヴァたちの身体が空へと浮かび始める。



その光景は後方で全軍を指揮する深山雪見の目にもよく映った。
だが、雪見は慌てる風でもなく、それどころか微笑みすら浮かべて…

「無駄よ……もはやあなたたちは私たちの創り上げた舞台の上に上がってしまっている。後はシナリオの通りに劇上でその役を演じるだけ」

そして告げる。

「天蓋結界を発動せよ」




   ババンッ!!

突如、高々と空へと舞い上がっていたラルヴァたちが、叩き伏せられたように大地へと墜落した。
これから飛ぼうとしていた者も、天井にぶつかったように虚空へと停止した。
どうしても、4メートルを越す高さより上にはあがれない。

猪名川の四方の丘の頂上に描かれた大魔法陣。その四つの魔法陣が今、煌々と光を発し、魔力を吐き出していた。


前を遮られ、空を封じられた。


ラルヴァ集合団「ケーニヒス・ナハト」の指揮個体「スパルヴィエロ」は鳴り響く銃声や爆発音を掻き消さんばかりに絶叫した。
その咆哮に応えるように、彼が従える「ケーニヒス・ナハト」のラルヴァたちも喉を震わせ咆哮する。

正面から突破できないのであれば、横を迂回すればいい。
「ケーニヒス・ナハト」は進撃方向を変え、北へと向かった。鬱蒼とした山林が彼らの前に立ち塞がる。




雪見の笑みは消えずに深まる。
小さく呟く。
まるで唄うように

「貴方たちの踊る戯曲の名は【輝く季節】」




首より上を食いちぎられたラルヴァが、どう、と倒れた。
拙そうに紅目の悪魔の生首を吐き捨てた巨獣が、その長大な牙を閃かせて、ラルヴァたちの行く手に立ち塞がる。
そして、黒と黄色のイナヅマが、戸惑うラルヴァたちの群れの中に突入した。

大地を震わすがごとき獣の咆哮が鳴り響いた。
瞬時に二〇を超えるラルヴァがその牙で、その巨大な爪で切り裂かれ、消滅する。

暴れ狂う八匹の黄金と黒のゼブラ模様の巨獣…その名を『大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)


「長森!」

「浩平!? うん! イクミ! みんな、戻って!!」

飼い主の少女の声に従い、猫たちが左右に散った途端、地崩れと間違わんばかりの銃撃音が轟く。
虚を突かれたラルヴァたちがバタバタと倒れていく。

混乱した所に再び<猫>たちが乱入、ラルヴァたちを蹴散らしていった。


北に立ち塞がった者たちこそ、御音の天才トラブルメーカー 折原浩平率いる一万の軍勢と、長森瑞佳を団長とする御音軍強襲魔獣兵団『だよもんと八匹の猫たち』だった。



§



北に向かったと同様に、南から迂回しようとしたラルヴァたちもいた。



「あなたたちは舞台の上で踊らされる哀れな操り人形…」

まるで鳥のように、雪見は涼やかに囀る。

その眼下で、赤い衝撃が疾った。

南の森へと踏み入れた黒き海の中に切れ込むように、赤い軍勢が突撃する。




赤毛の髪の少女のような女が、赤い装束を纏いて叫ぶ。
剣をスラ、と抜きて、神々しいまでの気高さをもって

命じた。

「さあ、存分に食い破りなさい、熊ちゃんたち!!」

暴風が吹き荒れる。

真紅の暴風が

真紅の暴風(シャルラッフロート・シュトゥルム)』――独立近衛鉄熊兵部隊


そして、

「撃てぇ!!」

雄雄しい掛け声が轟く。
吼える女は『鋼鉄の華(アイゼン・ブルーメ)』 坂下好恵

南を守りし者達は、帝国最強の強襲部隊であり、帝国最高の戦術家が率いる八〇〇〇の兵士たちだった。


無論、これをラルヴァは突破できない



§




雪見は唄う。
静やかに唄う。
眩しげに、眠るように瞼を閉じながら
まるで女神を演じる女優のように

「誘い込まれしこの地は殺戮の箱…」

終局を迎える詩を唄う。

「そして今、殺戮の箱の蓋は…閉じられた」


§



残る進路は後方のみ。
この場で戦う不利を悟り、あるいは恐怖に駆られて、後ろの道へと進路を変えるラルヴァたち。

だが、元来た街道へと踵を返し、駆け戻ろうとする彼ら黒色の悪魔たちの紅目が見たものは……

いつの間にか、街道を塞いだ人間の軍勢、その青と黄金の衣を纏いし者たち。
そして、
ズラリと並んだ銃口だった。

「撃てぇー」
「ファイア!!」

青い髪の少女と、金髪の美女の声が重なる。


青の軍 三〇〇〇
金の軍 五〇〇〇

両軍合わせて六〇〇〇もの銃口のうち、まず二〇〇〇、続いて二〇〇〇、さらに二〇〇〇の火閃が瞬いた。
間断なく続く銃声、その銃弾はこれまでの銃撃とは比べられないほどの精密な狙いを以ってラルヴァたちを撃ち抜いた。

彼らこそは銃という名の兵器の使徒。

片や水瀬名雪の独立魔導銃兵隊 
片やレミィ・クリストファ・ヘレン・宮内の遊撃銃兵部隊『猟犬(ヤクート・フント)

僅か六〇〇〇を数えるだけの銃撃が、そして魔術が猪名川東の五万を越す銃兵隊の威力に勝るとも劣らぬ打撃を発揮していた。


ばたばた、ばたばたと悪魔と恐れられた黒翼の魔物たちを打ち倒していく。



前を遮られ、空を封じられ、南北すらも立ち塞がれ、背後までもが閉じられる。



今此処に
オペレーション【輝く季節(ストラーレン・ヤーレスツァイト)

その最後の舞台が完成した。





もはや行き場もない、殺戮領域(キル・ゾーン)へと囚われた、愚かな哀れな悪魔たち。
その彼らに向かって、再び天を崩さんばかりの轟音が鳴り響いた。

再装填を終えた大筒群一五〇〇。今度はまとめて一五〇〇門の一斉砲撃。

最初の砲撃と違い、ラルヴァはその数を無残に減じ、猪名川全域に拡散していたため、当初ほどの砲撃効果はでなかった。
それでも一万近いラルヴァが薙ぎ倒され、塵と化す。


限界だった。耐え切れるものではなかった。
いかな悪鬼とはいえ、これほどの地獄に耐え切れるものではない。
この止めの一撃を以って、ラルヴァの凶暴なまでの戦意は霧消した。


す、と雪見は背筋を伸ばし、面持ちを上げる。

「頃合や良し」


シュッ、と指揮棒を前方に指し示し、告げる。

「さあ、今より演劇【輝く季節(ストラーレン・ヤーレスツァイト)】 その最終幕を上げましょう」



舞台監督が、自らの劇をその完成に導くが如く、厳かに…命ずる!

「ファイナル・ストライク!!」


その言葉とともに高々と組まれた東方の柵がバタバタと開く。
悠然と、雄然と、彼らは進み出でた。
三華連合軍決戦兵力

カノン皇国は剣舞(ソード・ダンサー) 川澄舞率いる打撃騎士団(ストライク・ナイツ)
東鳩帝国は羅刹伯(グラーフ・トイフェル) 柳川裕也率いる 柳川伯爵軍
御音共和国は特攻乙女 七瀬留美率いる七瀬突撃戦隊(アサルト・フォース)

三華が誇る最強の打撃軍がその勇姿を現した。


彼らに必要な命令はただ一つ



舞は夜のように静やかに

柳川は獲物を前にした獣の唸り声のように

七瀬はただ高揚のままに




叫ぶ!







「前へ!!!」





    続く





  おまけだよ(笑)


オペレーション【輝く季節(ストラーレン・ヤーレスツァイト)】戦力概容


・北部誘引部隊        五万
佐藤雅史  帝国近衛兵団  三万〇〇〇〇
矢島忠広  矢島機動騎士団   八〇〇〇
相沢祐一  相沢子爵軍     九〇〇〇
斉藤啓   斉藤伯爵軍     三〇〇〇

・南部誘引部隊       三万三〇〇〇
住井護   御音第二軍住井勢一万〇〇〇〇
南明義   御音第二軍南勢   五〇〇〇
来栖川綾香 来栖川第一軍  一万八〇〇〇

・最終誘引部隊       一万八〇〇〇
保科智子  保科軍団    一万八〇〇〇

・猪名川東面砲銃撃部隊  一〇万四〇〇〇
倉田佐祐理/一弥 倉田公爵軍 三万〇〇〇〇
久瀬俊平  久瀬侯爵軍      六〇〇〇
藤田浩之  皇帝直属軍    一万〇〇〇〇
橋本隆   橋本軍団       五〇〇〇
岡田カナエ 岡田軍団       五〇〇〇
セリオ   来栖川第二軍   二万〇〇〇〇
稲木佐織  御音第二軍主力  一万五〇〇〇
中崎勉   御音第二軍所属    三〇〇〇
川名みさき 御音第一軍所属  一万〇〇〇〇

・猪名川北面防衛部隊     一万二〇〇〇
長森瑞佳  強襲魔獣兵団     二〇〇〇
折原浩平  御音第一軍主力  一万〇〇〇〇

・猪名川南面防衛部隊     一万〇〇〇〇
神岸あかり 独立近衛鉄熊兵部隊  二〇〇〇
坂下好恵  坂下軍団       八〇〇〇

・猪名川西面・後方封鎖部隊  一万〇〇〇〇
水瀬名雪  水瀬独立魔導銃兵隊  三〇〇〇
宮内レミィ 遊撃銃兵部隊「猟犬」 五〇〇〇
南森亮   御音第二軍所属    二〇〇〇

・猪名川会戦決戦兵力     四万二〇〇〇
川澄舞   カノン打撃騎士団   八〇〇〇
柳川裕也  柳川伯爵軍    三万〇〇〇〇
(松原葵/阿部貴之 含む)
七瀬留美  七瀬突撃戦隊     三〇〇〇
広瀬真希  七瀬突撃戦隊所属   二〇〇〇

・猪名川会戦後方司令部    一万〇〇〇〇
深山雪見  御音第一軍所属  一万〇〇〇〇

・別働殲滅部隊        一万四三〇〇
水瀬秋子  水瀬公爵軍    一万四〇〇〇
天野美汐  戦法師団『鈴音』    三〇〇


―――総兵力 三〇万一三〇〇







あとがき

紅葉「は〜い、はじめまして〜、紅葉(くれは)です」

八岐「………だれ?」

紅葉「あら、いややわ。作者のあんさんがそないなこと言わはったら話進みやしまへんやろ?」

八岐「…エセ京都風言語?」

紅葉「エセ言うたらエセですなぁ(笑)」

八岐「(あ、明るい)えっと、それじゃあ自己紹介してよ」

紅葉「はいな。わたくし紅葉は後にチラッとだけ登場するオリジナルキャラです。よってずーっと見てたらポロっと出演しますんや」

八岐「まあ本編では一言セリフあるかないかのキャラなので、ここで使ってやろうかと――」

紅葉「偉そうやわぁ。まあええんおすえ、わても出れる言うんは嬉しいですさかい」

八岐「鬱陶しいから今回限定かも」

紅葉「あんさん、あんまりいい加減なこと言うてたらシメますえ?」

八岐「ドウドウ」

紅葉「わては馬やあらしまへん」

八岐「狐だったっけ?」

紅葉「狐です。相方に静葉いう娘がおりますけど、この娘も狐なんやわぁ」

八岐「はぁはぁ、そうどすか。もうええから次回予告いきましょう」

紅葉「はやあ、もう終わり? 残念やわぁ。ならやりましょか。次回第45話『舞台終幕・宴の支度』です」

八岐「それでは、また次回」

紅葉「おったらまたよろしゅう」




SS感想板へ

inserted by FC2 system