嘆かわしいことに、私たちの種族は自閉している


第七使徒《聖天》コリン・パーシヴェルが第一使徒バルタザールに語った言葉







魔法戦国群星伝




< 第三十八話 翼の思い出 >



私たち…翼人の一族はかつて大盟約世界というところに住んでいたの、と月宮美由は娘に語った。









絶大なる魔力―隔絶した魔法技術―そして生命の根源に干渉する力……即ち再生の能力を持つ民

それが翼人

その他種族を凌駕する力を備えてしまった事が、彼らの傲慢を生んだ原因だろう。


その驕慢はいつしか、彼らに自らを神に使わされた種族と称させ、すべての生命体の上位に位置するという思想を持たせるに至る。
だが、そのような思想を他種族が認めるはずもない。受け入れるはずがない。
やがて孤立を深めた翼人たちは、その隔絶した魔力と魔法技術を駆使して亜空間に異郷を創りあげ、大盟約世界を後にした。

天翼界と呼ばれたそこは、翼人にとって自らが創り上げた自分たちのためだけの理想郷……そのはずだった。
だが、それは所詮居場所をなくした者達が逃げ込んだ、閉ざされた箱庭に過ぎなかった。

彼らはやがて絶え間ない閉塞感に苛まれるようになる。

彼らが直に思い浮かべるようになった想い……それは望郷。

だが、故郷たる大盟約世界は神の徒たる翼人の威を認めようとしない下等な生物が蠢いている。

汚れた世界……それが翼人が思う大盟約世界の姿。



閉ざされた世界に自ら閉じこもった翼人…彼らは狂気に冒されていたのかもしれない。

彼らは考えた。

世界が我らを認めぬならば、我らが世界を創り変えればいい!
世界が汚れているのならば、すべてを洗い流してしまえばいい!





《世界浄化代行者》

魔界の創造系魔法技術に有魂型魔造生命体を創る技術がある。
契約により転生を封呪され、半具現化した魂魄…『契約魂』と呼ばれるそれを加工し、魔晶核(魔法精製された人工心臓のようなもの)を利用して人工に魔族を創り出す技術である。
あまりに高度な魔法技術が必要ゆえに扱える者は極僅かだが、非常に強力な、しかも自らの確固とした意識と意思を持つ魔族を生み出す事ができる。

翼人はこの技術を独自に改良・昇華させ、並の有魂型魔造生命体を遥かに上回る力を持つ生命機巧…『複合有魂型魔造生命機巧』を完成させる。

彼らの言う聖魂統合体『世界浄化代行者』の誕生だった。


『世界浄化代行者』が通常の有魂型魔造生命体ともっとも違う点。それは核となる魂だった。
通常、たった一つの魂魄をベースに有魂型魔造生命体は誕生する。だが『代行者』は複合有魂型の名の通り、多数の魂魄を力の源としている。
しかも、魔力・霊素純度の高い魂を選別し、理論上は上限なくその力を拡大できるという。
さらに、製造段階での魂魄の組み込みはもとより、活動開始後も魂魄の吸収を継続することで、その力は益々増大するはずだった。

まさに世界を浄化するに相応しい力を得るための悪夢の手法。

されど、そうそう『代行者』に見合うだけの魔力を持つ魂の主などいない。

翼人は考えた。

このままでは『代行者』は世界を浄化するだけの力を有する事はできない。
ならば…高度な魂を有する主を我々自身が見つけ、育てあげればよい。

我らの悲願。世界への帰還を齎す者『代行者』への神聖なる供物として!

こうして<魂の贄>…『月の宮の巫女』と呼ばれる者たちが、翼人の歴史の中に誕生した。






「その…月の宮の巫女がボクたちなの?」

それはまだ十を僅かに過ぎた年の少女には理解しきれない話。
それでも、少女は自分が置かれた運命を悟り、不安そうに母の顔を見上げた。

美由は震える娘をそっと抱き締める。

「そうよ…でもね、怖がらなくても大丈夫よ、あゆ」

「お母さん?」

「ねぇ、ここが何のために造られた場所かわかる?」

そういって、美由は自分たちが立つ場所を左手を広げて指し示した。
今、彼女たちがいる場所は、母子二人が暮らした…いや、閉じ込められていたあの屋敷ではなくどこかの神殿のような建物。その一番奥にある祭壇だった。

夜更けに突然あゆは母に起こされ、今、この場所へと訳もわからず連れてこられ、そして自分を取り巻く運命を教えられた。
一夜にして目まぐるしく動く状況に、あゆはただ戸惑うしかない。

あゆはただ首をブンブンと横に振った。何もわからない。ここが何なのかも、今自分たちが何をしているかも、母がこれから何をしようとしているのかも。

「ここはね。下界…今私が話した大盟約世界という異世界…いえ、故郷へと跳ぶ事ができる魔法陣が置かれた場所なの」

「大盟約世界?」

見れば確かに祭壇には細かく魔術文字が描かれた魔法陣があった。

「今からお母さんがあゆを逃がしてあげる」

「え?」

ビックリして振り仰いだ母の顔は優しい微笑みを浮かべていた。

「え…っと、お母さんもいっしょだよね?」

恐る恐る聞いた言葉に、美由は微笑みを浮かべたまま無言で首を横に振った。
あゆの顔がみるみる蒼ざめる。

「なんで!? ここに残ったらお母さんもイケニエってやつになっちゃうんでしょ? 殺されちゃうんでしょ? 何で残るんだよっ! ねっ!? 一緒に行こうよ!」

ただ困惑だけが満ちていたあゆの心に一気に恐怖という感情が押し寄せる。
常に、そう生まれてこのかた殆んどの時を離れずに暮らしてきた最愛の母親。その存在と別れるという事実はあゆにとって恐怖以外の何物でもなかった。
だが、必死になって捲くし立てる娘を、美由はもう一度抱き締める。
うぐぅ、という呻きとともに胸に顔を埋めた娘から嗚咽が聞こえ出す。

「なんで!? なんで!?」

「お母さんはね、お母さんだから……」

そう、美由は娘の耳元で囁いた。
その言葉はあらゆる生命にとっての神聖なる言葉…理由。

彼女は我が身に新しい命を宿したその時から…恐らくは次の月の宮となるであろう娘を宿したその時から、決意を固めていた。

娘を守るために…民の悲願の名の元に幾多も積み重なれた尊い、だが無意味な犠牲の……その最後の贄となることを


泣きじゃくる娘を名残惜しげにギュっともう一度強く抱き締め、そしてトンとその胸を押す。
よろけるように後ろに下がるあゆ。

「お母さん!!」

「あゆ、強く在りなさい。これからも、きっとあなたは何度も辛い目にあうわ。でも、強く在りなさい」

「お母さん!!」

魔法陣に光が走り、あゆの身体に光の粒子がまとわりつく。

「ねえ、あゆ。私は幸せよ。あなたみたいな素晴らしい娘を授かったんだから。そして、あなたが強く、真っ直ぐに育ってくれたから」

「いやだよっ! いやぁぁぁ!」

「こんな下らない運命に負けないで、あゆ。頑張ってね……」

そう言って、月宮美由はニコリと、旅立つ娘を励ますように笑った。

「お母さぁぁぁぁん!!」

幾ら叫んでも、時は止まらない。時は戻らない。過去は変えられない。

それは、もう変えられない過去の夢。





「…くはぁ!」

悲鳴を飲み込むように、あゆは息を荒らげながら目を覚ました。
見知らぬ天井。暖かい毛布。光の無い暗がり。そこは現実の世界だった。

「…夢?」

夢…悲しい夢。辛い夢。お母さんの夢。

いや、違う。あれはつい先日あった現実。夢ではない現。

ゆっくりとゆっくりと溜息をつく。忘れられない悲しみが心を犯していく。
でも、涙は流さない。強く在れと、お母さんが言ったから。

と、あゆはようやく自分が誰かの手を握っている事に気が付いた。
いつのまにか、ひやりと心地よい誰かの手のひらが自分の額にあてられている。

「…お母さん?」

夢見ごこちに尋ね、あゆは在り得ない事を口走ってしまった事に気がつき、唇を噛んだ。

もう、お母さんはいないのに…


「うむ、目を覚ましてしまったか。うなされていたから起こそうか迷ったのだが」

心配そうに、彼女はそう言った。

「…奈津子さん?」

寝巻きを着込んだ青く長い髪の毛の、綺麗な女の人がベッドに腰掛けていた。
つい先日知り合ったばかりの女の人。祐一くんのお母さん。

いつから、ボクの手を握ってくれてたんだろう。

「悪い夢でも見たのか?」

その優しい声が、表情が、傷ついたあゆの心に何の隔てもなく染み入ってくる。

この人は暖かい。理不尽なくらいに暖かい。

あゆは何故かこの人が側にいてくれると自分がひどく安心しきっている事に気がついた。
だからだろうか……今まで心に秘めていた悲しみを口に出してしまったのは…

「……うん、悪い夢だった。お母さんと別れる夢。そして……現実にあったこと」

あゆの額を撫でていた奈津子の手がピタリと止まる。

「…あゆちゃん、それは…」

「ボクのお母さんはもういないんだ」

淡々と言うあゆ。その内容はわずか10歳の少女にはあまりに辛すぎる。
口に出した言葉が少女の心を切り刻む。
言ってしまったことで、今まで現実とは思えなかった母との別れが、紛れも無い事実だと思い知らされた。

心が…痛い。

だが、あゆは涙を流さなかった。


「……一緒に寝てもいいかな?」

「え?」

唐突に、奈津子がそう呟いた。
驚いて振り向くあゆに、苦笑を浮かべて見せる。

「祐馬のヤツがな、いびきがうるさいんだ。まったく、あれじゃあ安眠できん」

「えっ…あの」

「それにあゆちゃん。一人じゃ寒いだろう? こんな冬の日は一人で眠りには寒すぎる」

「…あ」

やっぱり…奈津子さんは暖かいよ、すごく…すごく

微かにあゆが頷いたのを見た奈津子がするりとあゆのベッドに潜り込む。

「ほら…暖かい」

「…うん、暖かいよ」

そう言ってあゆは小さく微笑んだ。それを見て、小さく頷き返しながらも、奈津子は微かに眉を顰めた。
そのまましばらく二人は毛布に包まり、互いの体温を確かめ合う。

「なぁ、あゆちゃん」

「ん? なに、奈津子さん」

少し身を起こし、奈津子はあゆの顔を覗き込んだ。一度躊躇うように息を吐き、そして…

「あゆちゃん。もし、良ければ好きなだけここにいても構わない。もし、嫌でなければ私たちを家族と思って欲しい。ここを本当の家と思ってくれていいんだ」

「…奈津子さん」

「…余計なお世話だったかな」

「ううん、そんなことない。そんなことないよっ。ボク、ボク……」

冷えて凍えきった心が熱くなっていく。
何かが心の奥底から込み上げてくる。
今まで抑えていたもの、堪えていたものが…
だがあゆは必死に込み上げてくるものを耐えた。

その時、あゆの頬を手のひらが撫でた。

「奈津子さん?」

「あゆちゃん。きみはずっと我慢しているな。ずっと強がっているな」

その優しい双眸が静かに闇の中からあゆを射抜く。

「……必死に辛い事を押し込めて、泣く事を我慢している子供を見守ることはな、一人の親としては凄く辛くて悲しい事なんだ」

そう、静かに言って、奈津子は少女の頭を自分の豊かな胸に押し付ける。

「泣くことは…決して弱いことじゃないんだよ」

「…あ」

その言葉は無理やりつくりあげた少女の心の堰を撃ち砕く。
ボロボロで、もう壊れそうだった彼女の心を解き放つ。

その言葉は彼女にとって、あまりに優しすぎた。

強く在ること、それはね、決して弱みを見せないことじゃないのよ、誰にも頼らないことじゃないのよ

そう言って、お母さんが笑ったような気がした。

あゆの心の糸は、そうしてプツンと切れた。

「うぐっ…うう…あああああ、お母さん! お母さんっ! わああああああああ……」

泣きじゃくるあゆを奈津子はそっと抱き締めた。
涙は止まらない。

その涙は悲しみの涙。

その涙は優しさの涙。

その涙は……



あゆは…その包み込んでくれる暖かな感触が、まるで本当のお母さんに抱かれているように感じていた。






§





全ては真新しい体験。
とても楽しい日々の始まり。



それは時に初めて知る美味しいおやつとの遭遇であり……





「うぐぅ、お、美味しい!!」

「うん? そうか? そう言ってくれると嬉しいな。新しいレパートリーを試してみたんだが」

「うん、凄く美味しいよ! こんな美味しいもの食べたの初めてだよ。これ何ていう食べ物なの」

目をキラキラと輝かせて言うあゆに、奈津子は呆れたような、でも嬉しそうな笑みを浮かべる。

「これはタイヤキというお菓子だ」

「たいやきか〜」

ほわわ〜んと表情を蕩けさせる少女に、奈津子は妹によく似た微笑みを浮かべた。

「気に入ったか」

「うん♪」

「そうか、ならまた今度作ってあげよう。何なら作り方も教えてやるぞ」

「ほんと!? あの…でもボクお料理したことないし」

一瞬表情を輝かせ、すぐさま困ったような落ち込んだような顔を見せる。

よく、表情の変わる子だ。

奈津子はその素顔を見せてくれるようになった少女の様子にコクリと楽しそうに頷くと、トントンと台所のテーブルを叩いて見せた。

「なら料理も教えてあげよう。何、これでも料理には自信がある」

「そうか? 秋子さんの料理の方が美味しいぞ」

それまで無言でタイヤキを摘んでいた祐一が、ここぞとばかりに茶々を入れる。

「黙れ、ただ飯喰らい! あいつの腕は別格だ!」

「うぐぅ、秋子さん?」

知らない名前に首を傾げるあゆ。

「ん? ああ、秋子とは私の妹だ。私に似て出来物でな。よかったら今度会わせてやろう。ちょうど同い年の娘もいるし、良い友達になるだろう」

「……安心しろ、あゆ。秋子さんはこいつと違って無茶苦茶優しいからな」

なぜか誇らしげに言う息子にピシリと奈津子の顔がひきつる。

「ほほう、私が優しくないというのか?」

「げげ!?」

失言を悔いる間もなく、祐一は母が形容しがたい凄まじい笑顔で迫っていることに気が付いた。

「だからそういうところが優しくないって言ってるんだぁ!」

「馬鹿め、これは愛の鞭というのだ!」

「う、うぐぅ……」

合掌するあゆの目前で、親子のスキンシップというにはやや危険な惨劇が繰り広げられていく。




§




それは時に、おかしな父子とともに過ごす昼下がりであり……





「……釣れん」

釣り糸を足れて一時間。祐馬の持つ釣竿の浮きはぴくりとも動かない。

「なんだよ、父さん。『俺はお前なんかより数倍上手い』っていってたクセに」

「うぐぅ」

傍らで暇そうに口を尖らす祐一に、一時間飽きもせずじぃーと釣り糸の先を眺めているあゆ。
祐馬は一筋の冷汗をつたらせながら、空々しく言い放った。

「ま、まあなんだ釣りはやっぱり夏にするもんだ」

「それ…前に俺がいったセリフ」

「うぐぅ」

「…………」

やっぱり浮きは動かない。

「でぇい、釣れん釣れん言うなぁ! 見てろ、親父様の本当の力、見せてくれるわぁぁぁ」

我慢が切れたのか、祐馬は立ち上がると一度釣り糸を引き上げ、釣り竿を豪快にブンブンと振り回し、えいやっとばかりに竿を振る。

「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

遠ざかっていく悲鳴(?)の後にボチャンと何かが水に落ちる音が響いた。

「…………」

「…………」

「……いま、なかなか愉快な光景を見たような気がするぞ、父さん」

「ぬぅ、祐一お前もか。まるであゆちゃんが釣り針に引っかかって川まで飛んで行ったように見えたなぁ」

「うーん、じゃあやっぱりあのドンブラこっこと流れていくのはあゆなのか?」

「うむ、間違いない」

「…………」

「…………」

「で? クソ親父…なぜに俺の襟首を掴んでいる?」

「ふっふっふ、決まっている。こうするんだ! おりゃぁ!」

「どわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

綺麗な放物線を描いて飛翔する祐一。見事に流れていくあゆの側に着弾すると、そのまま仲良く並んで流れていった。





「ほう……それで三人ともずぶ濡れな上にガタガタ震えているわけか」

「その通りだ。まったく、祐一のヤツ、折角俺が見事なコントロールを発揮したって言うのに、あゆちゃんを助けもせずに一緒に流れていくんだぜ? まったくビックリしたぞ」

「ビックリしたのはこっちだぁぁぁ! いきなり投げ飛ばされたら気絶もするわ!! 大体なんで俺が投げられるんだよ! あゆを吊り上げて川に放り込んだのは親父じゃないか!!」

「何でってそりゃ、助けるに最善且つ最速の方法を選んだだけじゃないか。なに怒ってるんだよ」

「うぐぅ……寒いよぉ」

「怒るに決まってんだろ!? それで息子を川に投げ込むんじゃねぇ!!」

「なに!? あゆちゃんが溺れてるっていうのにお前は――」

「…祐馬」

奈津子の意図的に低く抑えた声が響く。だが祐馬はそれに気がつかず…

「だいたいお前が「釣れん」とか文句を言うから―――」

祐一の顔がみるみると蒼ざめ、あゆが祐一の様子に首を傾げる。

「祐馬…ちょっとこっちへ来い」

「あん? なんだよ、今俺は祐一と話して――――――」


めきゃ


祐一とあゆは齢10歳にして、初めて人間の顔に拳がめり込むというアンビリーバボーな情景を目の当たりにした。

「あゆちゃん、今、お風呂を暖めているから暖かくなったら入りなさい。祐一もさっさと着替えておけ、風邪をひくぞ」

白目を剥いてぶっ倒れた祐馬の足を掴みながら奈津子は「まったくこいつは」と呟きながらあゆと祐一に声をかけた。

「あ、あの…祐馬おじさんは?」

寒さとは別の意味でガタガタ震えながらあゆが問いかける。

「あん? こいつか? まったく…薪の変わりに風呂釜にくべてやろうかとも思ったが、こんな生ゴミではよく燃えんだろう。仕方ないから簀巻きにして吊るしておいてやる」

そう言い残すと奈津子は祐馬を引きずりながらドアの向こうへと消えて行った。



――翌日

あゆはカーテンの隙間から差し込む朝日の光で目を覚ました。

うーんと背伸びをし、寝ぼけ眼を擦りながらカシャーとカーテンをあけ……


「よお、あゆちゃん、おはよう。今日もいい天気だぞぉ」



「うぐぅぅぅぅぅうぅ」



簀巻きにされて屋上から吊るされた相沢祐馬の半分凍った顔を間近に見て、あゆは気絶した。




「祐馬…貴様、そんなに殺されたかったのか、今まで気が付かなくてすまなかったな」

「ちょっと待てぇ奈津!! 俺はちょっと朝の挨拶をしただけじゃないかあ!!」

「黙れ! 問答無用だ!!」

「うぎゃっぁぁぁぁぁ!!」


その日、あゆと祐一は齢10歳にしてはじめて、人がお星様になるという非常識な光景を目撃した。




§




そんなはちゃめちゃな日々。
でも、あゆにとっては初めてな経験ばかりの楽しい日々。

それは素敵な一週間。

だがその日々が素晴らしいほど、終わりは唐突に訪れる。




§






「白き玉楼よりきたる汝は探索せしもの。汝は我が目、我が耳となりて探せ、白き獣」

三名の男たちが同じ呪を唱え、白色の犬に似た獣が三頭、姿を現す。

「行け!」

その掛け声に弾かれるように、白獣たちは四方へと散った。

「それにしても……ここが大盟約世界ですか…」

白獣を呼び出した男の一人が不快そうに言い捨てた。
彼ら種族にとって、この地は汚れた大地。幾ら切望する故郷とはいえ、このままでは呼吸することさえ不愉快なのだろう。
それが…いまの翼の民の一般的な考え方だった。

汚れた大地……よくもそれだけ思い上がったものだな。

ただ一人、何もせずに佇んでいた男は内心で吐き棄てた。
他の三人がこの大地に嫌悪感を抱いているなか、ただ一人、彼だけがその三人に、いやそういう考え方に何の疑問も抱かない自分たちの種族に嫌悪感を募らせていた。

男はゆっくりと視線を巡らす。

つい昨夜に降った雪が彼らのいる森を白一色に化粧していた。

「…美しいものだな」

「は? 何か言いましたか、聖征官どの」

「いや、何でもない」

男―天城葛は一瞬で微かに浮かべた感情を消すと、厳しい口調で問いかけた。

「それで…月の宮は本当にこの近くにいるのだな」

「ええ、転移魔法陣の座標がこのあたりに固定されていました。今放った探索が直に見つけますよ。さっさと捕まえてこんなところからおさらば…あ、いえ…」

葛は軽薄な口を叩く翼人をその凄まじい眼光で黙らせると、静かに空を見上げた。

あゆ……お前はこの地にいるのだな。

葛はいまから自分が成すことを思い、噴き上げる激情を押さえつけるためにその瞼を閉じた。




そう

いつだって終わりは唐突に訪れるのだ



    続く





  あとがき

めきゃ


栞「……ってぇ!? いきなり著者を殴り殺さないで下さいぃぃ!!」

奈津子「ん? なぜかな、栞ちゃん? こやつは前回2話で終ると言っておいてさらに1話伸ばすと言う暴挙に出たのだぞ? これは粛清の対象としては充分な罪だと思うが」

栞「だ、だからって冒頭でいきなりめきゃじゃ、皆さんビックリしますよ〜」

奈津子「そうか…言われてみれば正論だな。今後は気をつけよう」

栞「えぅ〜、いったい何に気をつけるつもりなんでしょう」

奈津子「さて、不可抗力とはいえ著者を完殺してしまった以上、責任をとって私が司会を進行しよう。ちなみに私は初代アシスタントの相沢祐一の母 相沢奈津子だ、どうぞよろしく」

栞「(不可抗力って…)あ!? えっとはじめましてですね、私は栞です」

奈津子「うん、よろしく、栞ちゃん。断っておくが、SS本編では栞ちゃんとはちゃんと知り合いだ。あしからず」

栞「それにしても奈津子さん、出番全開ですね。あゆさんと祐一さんの過去編のはずなのに、あゆさんと奈津子さんの過去編になっちゃってますよ」

奈津子「うん、殴り殺しておいてなんだが、著者は私が気に入ったらしい。なんでも本編現代編でも私の登場は確定したという話だ」

栞「……なんか私より活躍しそうですね」

奈津子「否定する要素はまるでないな」

栞「えう〜」

奈津子「さて、そろそろ次回予告へ行こうか」

栞「は〜い。えっと、次回は過去編、今後こそ最後のはず…だそうです」

奈津子「流石にこれ以上は増えないだろうが……前科がありすぎるからな」

栞「心配ですぅ。というわけで次回第39話は『翼の涙』」

奈津子「今度こそ私の息子の主役の話らしい……本当か?」

栞「……さあ?」


SS感想板へ

inserted by FC2 system