透き通るような材質の石で出来た台座。
その四方には複雑な意匠の施された燈篭が設置されており、音も無く炯々と焔が燃えている。
ある者はその焔を聖火と呼び崇め、あるものは怨火と秘し呪う。
そこは祭壇と呼ばれる場所だった。
一人の女性が無音の静寂の中、その場に佇んでいる。
栗色の柔らかい髪の毛をサラと流したその身には真白き聖衣を纏っていた。
そして、その背中には、大きな白い翼が……
突然、何人もの人間が祭壇の間へと押し入ってきた。
失われた音が生気を取り戻す。
神聖な場所を汚す無粋な輩たち。
いや、場所が神聖なのではない。
彼らにとってはそうかもしれないが、神聖なのは紛れもなくただ佇む女性から醸し出される雰囲気だった。
その神聖な気配を現れた者たちは冒涜している。
冒涜者たちの背にもまた、彼女と同じ翼があった。
だが、その聖性の違いは如何なるものか。
「月の宮よ、汝は裏切ったな!」
先頭の年老いた翁が怒りを迸らせた低き声で唸る。
「裏切った? ……私が…ですか」
聖火に照らされ、揺らぐ女性の横顔が微かに微笑みを象る。
「貴様…娘を…次代の月の宮を何処にやった!」
馬鹿げた、彼女にとってはあまりに馬鹿げたその言葉に、とうとう女性はからからと笑い出した。
それを目の当たりにした男たちの怒りの気配が膨れ上がる。
「美由! 貴様!!」
美由と呼ばれた女性は笑いを収めると、ゆっくりと振り返ると祭壇の上から愚者たちを睥睨した。
「馬鹿な者たち…愚かな者たち…今だ浅はかな、醜悪な夢に囚われし、妄執の徒よ。
お前たちなどに我が娘を渡すと思ったか! 悪夢の犠牲者は私で最後とさせてもらう!」
透き通った眼差しが容赦なく彼らを射抜く。
それは決然たる宣言だった。
それは清廉なる祈りだった。
それは苛烈なる告発だった。
それは…この上なく娘を思う母の言葉であった。
だが、彼らにそのような言葉など一欠片も通じない。
愚者に真の言葉など通じない。
「かっ、構わぬ。次代は我らが全力を以って探す。こやつは…月の宮の巫女は浄化代行者の元へ奉じるのだ! 巫女の魂を捧げる儀式をはじめよ!」
わらわらと群がってくる者たちを無視して、月宮美由は静かに瞳を閉じた。
「あゆ……ごめんなさい。私はもう、貴女を守れない。せめて、貴女はこの悪しき夢の犠牲にはならぬように……」
閉じられた瞳から、雫が落ちる。
「葛……葛…お願い…あの子を守ってあげて…」
その最後の言葉は雫と共に、虚空へと消えた。
魔法戦国群星伝
< 第三十七話 翼の過去 >
盟約暦1088年 冬
涼やかな飛沫音を響かせながらさらさらと流れる小川。
祐一はそんな川の流れをじっと眺めているのが好きだった。
別に手に持つ釣竿がピクリとも動かないからなどという理由ではない。
断じて違う。
「う〜釣れん」
人の力説をあっさりと無駄にするような一言を吐いた祐一少年は、諦めたようにバッタリと寝そべり、空を見上げた。
相変わらずの寒さに少し身を震わせる。川風が軽やかに疾るために寒さも倍増している。
「やっぱり釣りは夏にするもんだよな」
ある意味身も蓋もないことを呟いた祐一は、ふと目をパチクリさせた。
空にポツリと滲みが現れる。何だ?と凝視するうちにそれはどんどん大きさを増していた。
大きくなったので、どうやら何かの物体が降って来ているという事がわかった。というかもう目前まで落ちて来ていた。
「なっなっ!?」
慌てるも時既に遅し。避ける間もなく顔面が潰される。
「ぐえっ」
「うぐぅ」
この広大な大地の上で、ピンポイントに自分の上に落ちてきた物体に潰されて、ピクピクと震えていた祐一は、上に乗っかった少女らしき物体を跳ね飛ばして復活した。
「うがぁぁ」
「うぐぅぅ」
弾き飛ばされた物体はゴロゴロと転がりバシャンと川に落ち、ドンブラコッコと流れていった。
その内、洗濯をしているお婆さんに拾われる事だろう。
「めでたしめでたし……ってな訳無いだろおおお!」
慌てて川に飛び込み、流れていく少女を川岸に引き上げる。
「うぐぅ、あ、ありがとう」
「はぁはぁ」
荒い息を整えながら、祐一はブルブルと身にまとわりつく水を弾き飛ばした。
そして、自分を踏み潰して川に落ちた物体をマジマジと見つめる。
栗色の髪の毛を肩先まで伸ばした、自分と同い年くらいの小さな女の子。
いきなり空から降ってくるとは怪しい事この上なし。
だが、祐一にはそれより早く解決しなければならない事があった。
「さささ寒い、し、死ぬ〜」
「うぐぅぅ、こ、凍っちゃうよ〜」
真冬の川に服ごと飛び込んだのだ。下手をすればそのまま身体が動かなくなって溺れ死にするか、凍死しかねなかった。
大した深さも流れでもない小川だった事がこの際幸いした。
だが、凍える事には変わりない。
「はははは話はああ後だ。暖まらないと死ぬ」
「うぐぅ」
祐一はガタガタと震えながら、同じく凍えている少女の手を引っ張り走り出した。
ここは相沢子爵領。しばらく行った先には少年が住む屋敷がある。
相沢家邸宅
「ははははははは」
「笑うなバカ親父」
「まあそう言うな。息子の初ナンパ成功とその軌跡。これが笑わずにいられるか!」
「黙れ! だれがナンパなんかしたんだよ」
青年と中年の間を彷徨う気配を漂わせた男がけらけらと笑っていた。
口元に髭をたくわえた、なんというか、こう渋みが滲み出たナイスミドルである。
名前を相沢祐馬。相沢祐一の不肖の父親だった。
毛布を被り、暖炉の前でガタガタと震えながら祐一は父親に事の経緯を喋った事を後悔した。
まあいきなりずぶ濡れになって、しかも女の子連れで帰ってきたら理由を話さねばならないだろうが。
女の子の方は祐一の母親がお風呂に入れている。
使用人というものを雇っていない相沢家では家の事は全て家族でやっている。貴族階級としては珍しい事この上ない。
そうこうしている内に、部屋の扉が音も無く開き、気配も無く一人の女性が入ってきた。
彼女が当の母親である。
スラリとした長身。絹糸のように細やかな髪の毛は腰まで伸びており、その色は彼女の妹のものと比べても少し薄い空色だった。
その年齢を感じさせない容姿はこの一族に通じるものなのだろうか。この姉妹を知る者達は年を重ねる毎に傾げる首の角度を急勾配にしていく事となる。
とはいえ彼女…相沢奈津子は彼女の妹…水瀬秋子とは決定的に違う部分があった。
目つきである。
少し下がり気味の目尻で常に穏やかな眼差しを周囲に向ける秋子と違い、彼女は目尻をくいっと吊り上げキツイ印象を与えていた。
そして口元には火のついていない煙草を咥えている。彼女自身煙草は吸わないのだが、どうも口元に何かないと寂しいらしい。
以前は長い爪楊枝を咥えていたのだが、事あるごとに爪楊枝を飛ばし、息子を的にして遊ぶので周囲に止められた。祐馬はというとそれを見て笑っている始末であった…薄情な親だ。
まあ周囲が必死で止めるので煙草に変えたのだが、祐一はそれをおしゃぶりみたいだと口走って粛清を受けた経験がある。
やれやれと部屋へ戻ってきた奈津子は自分を見つめる二人の視線に気がつき、瞬きする。
「ん? ああ、あの子なら今お湯に浸かって暖まってるよ。しかしバカ息子、お前片っ端から女の子を引っ掛けるのは別に構わないが、川に突き落としてびしょ濡れにした挙句にそれを理由に家に連れ込むのはナンパの手段としてはどうかと思うな」
「かかか、母さんまで何言ってんだよ! だから俺は別にナンパなんかしてねー!」
「祐馬…我が息子はこう言ってるが本当はどうなんだ?」
「なっちゃん。こいつは俺の息子だぜぃ」
「そうか……プレイボウイの息子を持った母親の心境はなかなか複雑なものだな」
「てめぇら人の話を聞けぇぇぇ!!」
「私としては名雪ちゃんを娘に欲しいと思っていたんだが、お前が連れてくる娘なら無理に反対はしない。だが、名雪ちゃんを泣かせるなら母さんは許さないからな」
「俺は可愛かったらだれでもいいぜ」
「だから聞けと言うとるんじゃぁぁぁぁ!!」
◇◇◇場面中略◇◇◇
「まあ、今回はお前の言い訳を信じてやるとしよう。それで息子よ、お前、あの子をどこで拾ってきた?」
「か、母さん。頼むから退いてから質問してください」
「却下(一秒)」
真っ赤になって喚きながら飛び掛ってきた息子を、あっさりと返り討ちにして座布団代わりに尻に敷いていた奈津子は、息子の願いをあっさりと降し、長い足を組替えた。
瞬間、全体重が一点にかかり、下から潰れた呻き声が響く。
「おい奈津。祐一が重いっていってるぞ〜」
「失敬な。私が重いのは胸だけだ。不満を漏らしている暇があったらさっさと応えろバカ息子」
「空から! 空から降ってきたんだよ!」
ヤケクソになって叫ぶ息子に母はコクリと頷いた。
「そうか」
「そうかって奈津、何あっさりと納得してるんだ?」
呆れたように言う祐馬に、自分で言って置きながらもあっさりと信じる母親に目を丸くしている祐一。
その二人を順繰りに見た奈津子はワシャワシャと下敷きにした息子の髪をかき混ぜた。
「納得もする。翼が生えた子が別に空から降ってきても可笑しくはないと思うがね、私は」
「そう言われればそうか……」
「………?」
「「翼ぁぁぁぁ!?」」
驚愕する父子に呆れ果てたように溜息を吐いた奈津子。
「祐馬はともかく、祐一も気がついてなかったのか? 一緒に屋敷まで帰ってきたんだろ? 我が息子ながら相変わらず抜けてるな」
「ぜ、全然気がつかなかった」
「なんだ。えらく珍しいアクセサリーを背中につけていると思ったらホンモノの翼だったのか」
「祐馬…お前の感性には時々首を傾げされられるな。祐一、こんな訳のわからん大人になるなよ」
「だからといってアンタみたいなのにもなりたくない」
「ほう……そんなことを口走る口はこんな口か?」
「ふぎゃぎゃぎゃぎゃ!? ひゃっぱるみゃ!!」
「はははははは、何かバカ息子って感じでいいぞ、祐一!」
「ふるへー! 黙へはかおやひ!!」
「うぐぅ、あ…あの」
「ふむ」
恐る恐るといった様子で聞こえてきた声に、奈津子は息子を苛めるのを中断して立ち上がった。
可愛いフリルの付いたカラフルな服を身に付けた少女が、ドアの前でびっくりしたように佇んでいる。
その大きく開いた背中からは雪の様に白い翼がのぞいていた。
「祐一に着せようと思っていた服なんだが…うん、よく似合っている」
「ちょっと待て! 何故そのフリフリの服が俺の服なんだ!?」
「ふふふ、聞け息子よ! 俺たちは本当は娘が欲しかったのだ! 秋ちゃんとこなんか名雪ちゃんが生まれたもんだからもー羨ましくて羨ましくて」
「だからといって息子に女装させるつもりだったのか!?」
「なんだよ、イヤなのか?」
「嫌にきまっとるわぁーーー!!」
泣き叫ぶ祐一に向かって閃光が煌めく。
グワッシ
「げふ!?」
「黙れ、祐一。この娘が怯える」
「…イエス・マム」
だからって息子に魔術を飛ばすか? と内心不満なもののトドメはさされたくないので服従する祐一。「やーい、ばーか」と小声でおちょくる父親を牙を剥いて牽制する。
バカ二人を無視して奈津子はポカーンと自分たちの様子を見ている少女の元に歩み寄り、屈んでその可愛い顔を覗き込んだ。
「さて、お嬢さん。貴女の名前を窺ってもよろしいか?」
そう優しく言うと、奈津子は少女に向かって微笑んで見せた。そうやって優しい顔になると、彼女は通常の怖い印象を粉々に破壊して、凶悪なまでに温かな雰囲気を醸し出す。その威力は妹に勝るとも劣らない。
ぽーっと向けられた微笑みに頬を赤らめた少女は、コクコクと頷き名前を名乗った。
「あゆ…月宮…あゆです」
「そうか、あゆちゃんか。良い名だ。私は相沢奈津子。あの恥ずかしい格好をしている子供の母親だ。ちなみにあの子は相沢祐一という」
恥ずかしい格好と言われて祐一は真っ赤になって毛布を引っ被った。濡れた服を全部脱ぎ捨てた後だったので、毛布の下は真っ裸だったのだ。
「それからあのバカ面が彼の父親だ。不本意な事に私の夫でもある。……実に不本意だ。名前は覚えなくていい。親父と呼んでやってくれ」
「なっちゃん、そりゃ酷い」
かつて彼の抗議が妻に届いたことなど一度もありはしない。それは身に染みてわかっていたが、それでも祐馬は嘆息とともに抗議を吐き出した。
だが、クスクスと漏れ出した笑い声に祐馬は片眉をピクリと上げるとニヤリと笑みを浮かべる。
酷く緊張していた少女が今は笑い声をあげていた。先ほどから見せられた異様な家族の情景に圧倒されていたものの、ずっと見ていればそれはひどく楽しく見えた。
やがて笑い声は伝染し、相沢家の居間は楽しげな声に包まれていく。
それは…とても暖かい笑い声だった。
§
「…祐馬」
「なんだ? 奈津」
グラスに入った蒸留酒を転がしながら祐馬は応えた。
時間も夜更けを過ぎ子供たち二人は既に寝かしつけている。
結局行く所がないらしいあゆという少女はこの家で預かる事にした。
彼女が最後まで自分の素性と空から降ってきた経緯を話そうとしなかったので、彼女の事情はわからない。
もっとも、相沢家の面々は特に強く事情を尋ねなかった事もあったのだが。
「翼人の伝説は知っているか?」
「……名前程度にはな。あゆちゃんがその翼人だと?」
「翼が生えている」
「そりゃそうだがなぁ…」
祐馬は肩を竦め、グラスの底に残った酒を呷った。
「まあ、事情はわからないが、あの子は息子の客だ。それでいいんじゃないか?」
「……確かに…そうだな。ふふ、偶にはいいことをいうな、祐馬」
「…偶になのか?」
「反論でも?」
「いや、言っても聞かないし、お前は」
「よくわかってるじゃないか」
「奈津…お前、何年の付き合いだと思ってるんだ?」
「…不本意ながら生まれた時からだな。さあ、明日も忙しくなりそうだ。今日は休むとしよう」
「そうだな」
§
天翼界
「月の宮が娘を逃がした」
天城葛が翼人種族の最高意思決定機関―翔門儀室の扉を潜るなりかけられた言葉がそれだった。
思考が真っ白に染まっていくのを強靭な意志で捻じ伏せ、見かけはただ眉を顰めただけの表情で、彼は儀室天を務める皺くちゃの老人に問い掛けた。
「それで…月の宮はいかがしたのですか?」
「少し予定より早かったが、既に代行者の元に奉じた」
トドメだった。
葛は自分の精神が粉々に砕けていくのを他人事のように理解した。
だが、肉体はそれを微塵も露わにせず、平然と応える。
その時の彼を動かしていたのはある使命感だけだった。
「魔界へ…ですか」
「そうだ。お前には知らせていなかったが、次代の月の宮が既に在る以上、美由はそうそうに奉じるべきという意見が出ていた。まあ、それが少し早まったと思えば惜しくは無い」
そう言いながら老人は白く濁った顎鬚を梳いた。
「それにしても美由め…我ら悲願を適えるための重要な役目を何と心得るのか…のう聖征官?」
「は、真、自らの神聖なる儀守を見失うとは、愚かな事です」
どれほど反吐が出るような言葉でも、今の彼は冷静さを失わず口に出せた。
何もかも消えていたからだ。
それが必要だったからだ。
「それで…美由は娘を…あゆを何処へ逃がしたかわかっているのですか?」
「うむ。あの娘め、よりにもよって下界へと逃がしおった。なに、場所は既に見当をつけてある。それでだ聖征官…」
来たな、と葛は身構えた。
これは試しだ。自分が美由と情を交わした身、次代の月の宮の巫女 あゆの父親であるが故に彼らは自分をも疑っている。
そう、巫女を守りし守護職の長たる聖征官の自分を……。
「は、わかっております。次代の月の宮の捕縛…私に指揮をお任せください」
「そうか、よく言った。ならば、儂らの方からも腕利きを数名つけよう」
監視…場合によっては処分役という訳か…
「は、それではすぐに準備に取り掛かります」
だが、天城葛は特に何を言うでもなく一礼すると、部屋を辞した。
翔門儀室を出た葛は、その足である場所へ向かった。
月の宮の屋敷。彼の娘と愛した女性が住んでいた…住まわされていた場所。
主たる存在がいなくなった今、この屋敷には人気はない。警護の者達も姿を消していた。
葛は母子が主に時を過ごした部屋へと辿り着き、扉を潜る。
そこには誰もいなかった。つい先日までここにいた二人はいなかった。そして、少なくともその内の一人はもう決してここには帰ってこない。
部屋へと踏み入った途端、それまでしっかりとしていた足取りが乱れる。
崩れ落ちそうになる身体を壁に寄りかからせた。
ポタリポタリと雫が落ちる。
その紅色の雫は、彼の強く強く握り締めた拳から流れ落ちていた。
皮膚に食い込んだ爪先から赤い液体が滴り落ちる。
「美由……」
あまりにも唐突過ぎた。
果たして翔門儀室はこちらの思惑に気がついていたのだろうか…。
いや、確信はないのだ。だからこそ、美由を贄とする事を急いだのだ。
美由に出来ることは…あゆを彼らの手に確保させない事…それだけだったのだ。
「み…ゆ…」
そして今、彼は自分の愛した女性が死を賭して逃がした自分の娘を捕らえねばならない。
それは保身の為ではない。
それは一族の悲願の為ではない
ましてや自身の栄達の為であるはずがなかった。
既にあゆの行方は見つけられている。
このままでは追っ手が彼女を捕まえる事は避けられない。
彼女が連れ戻された後はどうなるか。
恐らく、以前にも増して強固な監禁となるに違いない。彼女が巫女としての役目を果たすその時まで
その時、自分は?
今回の件、母たる月宮美由が娘たるあゆを逃がしたように、父たる天城葛が逃がす可能性を上は考えるだろう。
彼は二度と娘と逢う事は…いや、姿を見る事すら敵わなくなるだろう。
ならば、彼はその疑いを無視させるだけの忠誠を示さねばならなかった。
有能なる彼を外す事に躊躇させるほどの手柄を立てなければならなかった。
さすれば、天城葛の手の内に月宮あゆを預かる事が出来るかもしれぬ。いや、それを了承させなければならない。
是が非でも。
いつか…いつの日か、あゆをこの忌まわしい運命から解き放つ事を成し遂げる為に!!
このまま逃げ延びてくれれば、どれほどいいか…
だが、天城葛は自らの心を惨殺して、娘を連れ戻さなくてはならなかった。
いや、私がそうする事をすら彼女は見越してあゆを逃がしたのかもしれない。
あゆを私に託すために……
葛は自分が思い至った事実に肩を震わせた。
それは……もしそうなら…美由…お前は私に厳しすぎるよ。
そして…天城葛はかつて家族の在った場所で、たった独り…泣いた。
続く
あとがき
八岐「という訳で今回は祐一とあゆの過去編です。本編が盟約暦1096年の冬。そして今回が盟約暦1088年冬。8年前の冬の出来事になります」
栞「あれ? 7年前じゃないんですか?」
八岐「…すまん! このSSが始まった当初は1095年だったから七年前としてたんだが、もう96年になってたから8年前になったのだ」
栞「……つまり間違えてたんですね」
八岐「…はい。さらに! 祐一過去編、前後編構成になってしまいました」
栞「あ! 最初はこの37話であゆさんのお話は終らせるつもりだったんですね! それなのに…あ〜あ」
八岐「あう〜」
栞「はぁ…それにしても、今回はまた新しい人が出てますね」
八岐「あゆママとあゆパパ。それに祐一パパと祐一ママだな。実は相沢両親ズは当初登場する予定がなかったんだが、祐一とあゆだけだと話が出来ないんで急遽登場とあいまった」
栞「急遽登場の割に祐一さんより目立ってませんか?」
八岐「いや、実はだね。キャラ紹介で書いた時の奈津子さんのイメージをポーンと完全に忘れてしまったんで、新たにでっち上げたんだが…これが動く動く(爆)」
栞「はぁ」
八岐「キャラ紹介では痛快と書いたんだが……果たしてこの人が痛快かどうかは我ながら疑問だ。だがこの人書いてて面白いので、現代編にも出しちゃおうかな(笑)」
栞「そんな適当なことでいいんですかぁ?」
八岐「まあいいじゃない(爆) それにしても紹介で秋子さんも敵わないと書いたんだが……勝てるようにかけるのだろうか…それが心配だ」
栞「……む、難しいところですね(汗)」
八岐「しかし……過去編に行っても祐一くんは影薄いよな。頑張らないと奈津子さんに食われるぞ」
栞「書くのはあなたなんですよ」
八岐「はいはい……最近美汐ちゃんっぽいぞ、栞ちゃん」
栞「なっ!?」
八岐「はははは、さて次回は過去編の後編」
栞「えぅー……え? 私ですか? うー。…えっと次回、月の宮の巫女・そして代行者の謎が明らかになる?」
八岐「少女の翼はためく時、別れと再会の物語が回りだす 第38話『翼の思い出』…どうぞよろしく〜」
栞「えぅー、よろしくですー」
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