魔法戦国群星伝





< 第三十四話 Bllet Storm >



東鳩帝国 帝都郊外 来栖川家別邸


「チィ、だいぶ時間かけちまったからな、間に合うか?」

相沢祐一は軽い足音をたてて長い廊下を走りながら独りごちた。
柳川との戦いに予想以上に時間をかけてしまったために、香里たちとはだいぶ距離を空けているはずだった。
傍目から見ても広大である事が一目瞭然な屋敷である。生憎とこの屋敷の構造を正確に把握しているのは特調に属する柚木詩子と上月澪だけ。下手をすれば追いつくどころか、一人屋敷で迷ってしまう可能性もあった。

だが祐一はしばらく走った所で速度を緩めた。
前方から凄まじいプレッシャーがビシビシと伝わってきてはそれも仕方ない。
幾つかの気配が乱れきっているのも明瞭にわかる。

「誰か戦ってるのか…それとも皆がここにいるのやら」

慎重に気配を窺いながら進む。
どうやら現場は右の壁の向こう側らしい。明らかな戦闘の気配を感じる。
祐一はドアを見つけるとそろそろとそれを開けた。その瞬間、

ドガンッ!!

爆音とともにドアから5メートルほど向こう側の壁が吹き飛び、変な鎧を纏った男が吹き飛んできた。
目を丸くする祐一の眼前で、男の姿は消失し千切れた符に姿を変える。

「これは…天野の式か?」

そう呟いた途端、当の天野が薙刀を携えて壁に開いた穴から飛び出してきた。

「よう、天野」

「…? これは相沢さん、ご無沙汰振りです」

道端で偶然会ったように声をかける祐一に、冷静な表情なものの、本当は焦っているのか言葉遣いが少々おかしい美汐。

「何やってるんだ?」

「何って…御覧の通り取り込み中です。そちらこそ、お一人ですか?」

「ああ、舞はちょっと怪我したから置いてきた。……手を貸そうか?」

祐一は答えながら壁の穴から部屋の中を覗き、見知らぬ少女の姿を見て言った。
だが天野はすげなく断る。

「いえ、結構です」

「でもなぁ…あの娘、とんでもなく強そうだぞ」

チリチリと肌に突き刺さるようなプレッシャーを感じて祐一は言った。
だが少しの間だけ押し黙った美汐は視線をチラリと祐一の方に向けて小さく、だが頑とした口調で言い放った。

「確かに…彼女はとてつもなく強いです。ですが、相沢さん。私にも意地というものがあります。手助けは無用に願います」

「…まったく、天野は頑固親父みたいだな」

「…相沢さん、貴方は本当に失礼な方ですね」

苦笑する祐一に憮然としながらもどこか楽しげに目元を綻ばせた美汐は、すっと廊下の奥を指差した。

「香里さん達はあちらに向かわれました。その先がどうなっているかは分かりませんがどうぞ追いかけてください」

「…わかった。じゃあな、頑張れよ天野」

美汐がはいと頷く。その瞬間壁が次々と爆発し、先程符に変わった異形の人型たちが数体廊下へと飛び出し、また反対側の部屋へと壁を突き破って入っていった。
度肝を抜かれた祐一が振り返れば、美汐も背後の壁に符を放って壁に穴を開け、その奥へと消えていく所だった。

「…天野、部屋出入りにはドアを使ったほうがいいぞ」

あいつ、この屋敷ぶっ壊すつもりじゃないだろうな? と呆れながら見送った祐一の眼前をすっと淡い色をした髪の毛が横切った。祐一が開けているドアから一人の少女が出てくる。
ノースリーブの淡紫の服を身に纏った少女は、祐一にフワリと会釈をし向かいの部屋のドアを開けるとパタリとドアを閉め姿を消した。

「……天野……物腰が上品とはああいうのを言うんだぞ」

今度じっくりとレクチャーしてやろうと祐一は決心を固めるのであった。




§





「………ぬおおおおおおお、ふっかああああああつ!」

耕一は引っくり返った。引っくり返った勢いで後頭部まで打ってしまった。
それは驚くだろう。今までピクリとも動かなかったボロキレがいきなり立ち上がって叫んだら、そりゃ驚く。
そういった意味では耕一は健全な一般人だった。

ガバッとバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、高笑いを始めた元ボロキレこと北川潤。
慣れてる人ならともかく、慣れてない人には怖すぎるテンションだ。怖い。ひたすらに怖い。というか関わりたくない。

「……なんか、こいつ相手に真面目にリターンマッチを目論んでたのがアホらしくなるな」

ヨロヨロと身を起こしながら呟く耕一など眼にも入っていないのか、北川の叫びは止まらない。

「ふははははは、男相手にのされたもんだから少し復活に手間取っちまった。さてと、美坂は…?」

キョロキョロと辺りを見回す北川。


ぽつーん


静寂…すなわち奇妙な間。

「……ぬおおおおおおお! みさかぁぁぁぁぁぁ! どこいったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うるさいぞー」

控えめに抗議してみるものの、聞こえたのかいきなり眼前に瞬間移動してきて叫ぶ。

「ぬぅ、柏木耕一。貴様、美坂をどこに隠したぁぁぁ!!」

なんか壊れてるな、こいつ、と逃げ腰になりながら「あっちに行ったよ」と彼らが進んだ先を指差した。

「あっちだな? よぉし、待ってろ美坂。今行くぞぉぉぉぉぉ!!」

言うや否や疾風の様に走り去るバカ。

「……俺、本当に何やってるんだろ」

久々に平穏な日常の象徴である従姉妹たちの顔を見たいと心底考える耕一であった。

「…てか、あれはあれで平穏じゃないよなぁ」




§




歴史は繰り返すという至言があるが、この場合歴史といっていいほどの年月がたっていたわけではない。

爆音鳴り響く美汐と琴音の戦いの場を後にした祐一は、美汐が指し示した方向(今まで進んでいた方向と一緒だったが)に走っていた。
と、廊下の奥に広いフロアが見えた。そして、

「お? 階段見っけ!!」

どこかで聞いたようなセリフとともに階段フロアへと飛び込む。
そして待っていたのも同じセリフだった。

「ウェルカム♪」

「どわぁぁぁ!!」

慌てて魔剣を抜き放ちながら飛んでくる光弾をかわして、避けきれない3発を魔剣で斬り消す。
それを見たセリオの「吸魔の機能!?」という驚きの声を後ろに、そのまま大木のような太さの柱に隠れようと飛び込み――

「定員オーバーだ!!」

『はみだすの』

浩平と澪に蹴りだされた。

「て、てめぇら! ってどわぁぁぁ」

当然の如く襲いくる光弾の嵐。
なんとかわたわたと物陰へと滑り込んだ。

「くそっ、折原! 覚えてやがれ!」

「はっはっはっ、おとといきやがれだ、相沢」

『悪役の捨てセリフなの』

「うがぁぁぁぁぁ!! むかつくぅぅ!!」

「ちょっと、現れたと思ったら何バカやってるのよ!」

少し向こうの物陰に張り付いている香里から怒りの怒声が飛んでくる。
その横では相変わらずケラケラと笑う柚木詩子

「まったく、こんなところで何足止め食ってるんだよ」

「ふっふっふ、隠れながら言うセリフじゃないわねぇ」

青筋を立てて笑う香里にまあまあと抑える栞が訊ねてくる。

「それで祐一さん。舞さんは?」

「怪我したから置いてきた。それほど酷いもんじゃなかったけど、ちょっとこれ以上は戦えそうになかったからな」

「そう」と応えながら香里が牽制の魔術を放つ。
すかさず返って来る光弾の雨。

「だぁぁ、ちょっと! このままじゃその内やられちまうぞ!」

『やられるの』

「わーってるわよ、んなことはっ!!」

「お姉ちゃん、言葉遣いが…」

「でも、確かにこのままじゃジリ貧になっちゃうよ」

詩子がそぅっと顔を覗かせながら言った。
確かにこのままでは手も脚も出ないまま、撃ち倒されかねない。

しばらく思考を巡らせた祐一は、向こうの柱の影に隠れている浩平に声を掛けた。

「おい、折原」

「なんだ相沢」

「援護するから、香里を連れて上に上がれ!!」

「ちょっと、相沢君?」

戸惑った様に声を上げる香里を遮り、祐一は剣を肩に担ぎながら言った。

「まあ、任せろ」

「あっ、はいはい! 私もお手伝いしますー」

ポケットをゴソゴソと漁り始めながら栞が、片手をピコピコと挙げてさも当然とばかりに言った。

「し、栞まで…ダメよ、危ないわ!」

元々栞が着いて来ることにもいい顔をしなかった香里は、栞がこの場に残ると言い出した事に動揺も露わに叫んだ。

「大丈夫ですよ、お姉ちゃん。私だってやるときはやるんですから」

「でも…」

不安そうに口篭もる香里に浩平の声が被さった。

「わかった」

「ちょっと!?」

抗議の声があがるが無視して続ける。

「俺の出番が全然ないのはちょっとどうかなと思うが、それって楽できるって事だしな、うん。よし、折原、ここは任せてやろう。澪、柚木行くぞ」

「折原君ってホントに楽な方選びたがるねえ。まあいいやあたしもそーだし」

『ラジャーなの』

「…なんか変わって欲しいな、やっぱり」

「「却下(なの)」」

御音の連中はこんなんばっかりかと半眼になる香里。
御音の名誉のために言うが、こんなのはこいつらだけである。…ホントか?

「話は終わりましたか? じゃあいきますよー。やあ!」

栞が返事も聞かずに掛け声と共にポケットから取り出した爆弾らしき球体を大量にレミィとセリオ目掛けて放り投げた。

「甘いワヨ」

レミィが不敵な笑みと共にクルクルと曲芸のように回していた二丁の拳銃をシュパっとクロスさせ、一瞬で十数個の球体を撃ち抜く。

だが

「わわっ!?」

球体は打ち抜かれると同時に大量の煙を吐き出し、一瞬でホールの視界が利かなくなる。

「今です!」

栞の声に浩平を先頭に詩子が香里の手を引っ張り、澪を従え階段を駆け上がる。

「行かせません!」

視界が塞がれた瞬間、視覚パターンを光学認識から熱感知へと変更したセリオが、すぐさま浩平たちを見つける。
そのまま腰に下げた鉄棒を一振りして大鎌へと変えると、彼らめがけて駆け寄ろうとした。だが、

「それはこっちのセリフだ!」

いきなり火柱が煙の向こうから地面を走ってきて、セリオの行く手を阻んだ。
その莫大な熱量に、熱感知機巧がオーバーフロウを起こして使用不能となる。
その間に浩平たちは上の階へと進んでしまっていた。
視覚パターンを光学認識に戻したセリオがジロリと火柱が来た方角を睨む。

「お前らの相手は俺たちだぜ」

剣を振り抜いた格好の祐一が、不敵に笑う。
そうしてる間に徐々に煙幕が晴れてくる。

「ど、どうしようセリオ、4人も行っちゃったヨ」

慌てまくってバタバタと手を振る金髪娘に、セリオが大鎌を直しながら無表情のままに応える。

「簡単です。この二人を片付ければすぐに追いつけます」

「そうか、それもソウネ」

何ともあっさりと納得してしまったレミィは、ニコリと向日葵のような笑みを祐一たちに向けた。
「じゃあ」と同時に弾むような声が響かせる。


「レッツ・ショウ・ダウン♪」


響いたその時には既に二つの銃口は祐一と栞に向けられていた。
そのあまりにさり気なく、そして音速の早撃ち(クイックドロウ)に栞は反応できず金縛りにあったように硬直した。

「栞っ!!」

凄まじい銃声が響くとともに鮮やかに光る弾丸が襲いくる。
祐一は咄嗟に栞の身体を抱え込んで物陰へと滑り込んだ。

「っ! 危なかった。しかしなんなんだあの銃は?」

撃ち出される銃弾が普通の鉛玉ではなく、しかも弾を装填せずに何発も撃っている銃に思わず悪態をつく。

「魔導式二丁拳銃『双后銃(ドッペルケーニギン・ピストーレ)』の『悲愴なる碧玉(トラーギシュ・ザフィール)』と『幸運なる金(グリュックリヒ・ゴルト)』ダヨ。特製だから幾ら撃っても弾切れにならないのヨ。凄いでショ」

得意気に両手の銃をクルクルと指で回して見せるレミィ。

「サア、隠れてないで出てきなサ〜イ。遊んでる暇は無くなったからネ。出てこないならコッチから行くヨ〜」

「それ!!」

威嚇するようにゆっくりと近づくレミィに栞がまたも十個近くの球体を投げつける。
先ほどの煙幕弾に懲りていたレミィは正体を見極めようと引き金を引かない。

「ミス・宮内、ダメです!」

それが何かを察知したセリオが叫ぶが、時既に遅く球体は爆発。同時に無数のパチンコ玉ほどの鉄球がレミィとセリオ目掛けて降り注いだ。

「シット!」

舌打ちとともにレミィの双眸が窄まった。そしてその手元が刹那、霞んだ。
雷のような轟音がフロアに響く。
同時に彼女の正面に空間に数十を超える火花が散った。

それはまさに無敵の盾(イージス)…銃神の異名を持つ彼女の神業だった。

レミィとセリオめがけて爆散した百個を超える鉄球。
レミィの常人を遥かに超えた視神経がその全ての軌跡を捉え、判別し、自分とセリオを直撃する鉄球を選り分ける。
脳神経から伝達された命令に肉体が稼動したコンマゼロ一秒にも満たない刹那の後、魔銃のトリガーが瞬き消えた。
それは次元を超えた連射速度。その連射に対応できる魔銃のポンテンシャル。
ほんの一呼吸の間に打ち出された数十発の光弾は、一発のミスもなく鉄球を撃墜した。
ワンテンポを置いて、レミィとセリオの周囲にレミィが当たらないと判断した鉄球が着弾。雹が降ったような硬い音と共に石床に小さな穴を穿った。

だがその間に祐一の準備は終っていた。

物陰から飛び出し魔剣『ロスト・メモリー』を振り翳して起動呪を叫ぶ。

「その風は天空を遍く聖なる息吹 今こそ我が剣に集いて叫べ! 風章《疾風》!」

凄まじい突風が『ロスト・メモリー』から放たれる。

セリオが祐一目掛けて投げつけていた四本の投げナイフが突風に吹き散らされ、レミィとセリオも後方に吹き飛ばされた。

「空間姿勢制御機巧起動・左腕銃器使用制限解除」

だが舞い飛ぶ空中で素早く体勢を整えたセリオが、左手に内蔵した連発銃を連射。
追撃の呪を唱えていた祐一が慌てて横っ飛びで銃弾をかわす。床を転がって起き上がった祐一の顔が強張った。

どういう運動神経か、突風に舞い上げられた身体を見事に着地させたレミィが、床を滑りながら抜き撃つように銃をこちらに向けていた。

横に寝かせるように構えられた二丁の魔銃。その漆黒の銃口が奥まで覗けた。
つまり、狙いはこの上なく正確無比。

「祐一さん!」

だがストールを外しながら駆け寄る栞を視界の端に収めた祐一は、覚悟を決めてその場を動かずに唱えかけの呪を完成させる。

「ショット!!」

咆哮と共に魔弾の射手はトリガーを引いた。
上下に重ねるように構えられた金と碧の魔銃から派手な発射音が3発ずつ。合計6発の魔弾が放たれる。
この上なく精密に祐一の胸部を指向する魔弾。だがそれらはフワリとはためいたストールに絡み取られ跡形も無く掻き消された。

「しまった! イレイザーストール!?」

「ナイス! 栞」

レミィの罵声と祐一の称賛の声が重なり、呪を唱え終えた祐一が剣を振り翳す。

「連なりし破砕の力よ! 魔導剣 爆章《天山》!」

起動呪により具現化した十二個の光球が、高速回転しながらセリオとレミィ目掛けて飛翔。
二人は左右に分かれて全速力で走った。
だが光球は二手に分かれて二人を追撃する。
逃げ切れないと悟ったレミィは床を蹴り、横っ飛びに宙に身を投げ出しながら魔銃を掲げた。

「落ちろ!!」

再びレミィの手元が霞む。衰えぬ凄まじい速さの速射技能。
発砲光と共に撃ち出された十二の光弾が、無理な体勢から放たれたにも関わらず、回転しながら襲い掛かってくる眼前の光球を撃ち抜き、遅れてセリオの方に向かっていた六つの光球をも正確に撃墜した。
撃ち抜かれた光球は爆発し、爆炎と煙が辺りの視界を覆い隠す。

「雲海を疾走する黄金の輝き…」

それを待っていたかのように祐一は呪を唱えながら疾駆した。
目標は爆煙に包まれる直前に捉えたレミィ。

「左腕火器再装填・右脚内蔵銃器固定解除」

セリオの無機質な声が響くと同時に栞の声が祐一の耳に届いた。

「祐一さん、これ!!」

その声に重なるように後方と左方から銃声が響く。
恐らくは栞の無視界牽制射撃とセリオの反撃。

「其は破するモノ…其は覇するモノ…即ち覇戒の輝きなればこそ…」

走り、唱えながら栞が投げた物体を見もせず左手で掴み、同時に蹴飛ばすように足元の石床を踏む。
祐一の足元で爆発したような音が響くと同時にどうした原理か石床の一枚が壁の様に宙に浮き、前方めがけてすっ飛んだ。

そしてそれは襲い来た。

煙の中から嵐のように迫り来る光の弾丸。
だが、祐一に直撃するはずだった光弾のことごとくが宙を飛ぶ石床に直撃する。
殆んど間をおかず着弾した十数発の魔弾は、祐一の盾となった石床を粉々に粉砕。

だがそれで充分だった。

冴え渡った祐一の感覚神経が捉えた残りの魔弾は4発。
その感覚のままに右腕の魔剣を動かした。
虚空に絵画でも描くような優美な太刀筋。
それはことごとく煙の向こうから飛んできた魔弾を捉え、魔剣が吸収する。

そして次の瞬間、祐一の身体が質量を失ったようにユラリと陽炎のように揺らめいた。
決して速く見えない身のこなし。だが、その身体は瞬時にしてレミィまでの長い間合を詰める。
戦闘における絶対空間―『間』を完全に支配下に置くという究極の戦闘術、深陰流剣術における特殊歩法――深陰流戦舞踏『浮雲渡り』

レミィが次の銃弾を撃ち込む間も与えず。爆煙を突っ切りレミィの眼前へと出現する。
そこにあったのは闇の苗床をイメージさせる黒き銃口と薄く口元を開いたレミィの笑顔だった。

「ハァイ♪」

弾かれたように祐一は身体を沈ませ、超重力に潰された如く床を舐める低姿勢になる。

その直後、頭上で鳴り響く銃声。速すぎて何発放たれたかは判別不能。
間一髪で必殺の弾丸を避けた祐一は、その超低空姿勢のまま最後の一歩を踏み込み、右手の剣を思いっきり突き出した。
同時に爆発によって割れた窓から吹き込んだ夜風が煙を吹き払う。
戦場となった屋敷のホールの時が石膏に塗り固められたように静止していた。


誰一人、微動だにしない。いや、出来ない。


右膝を床についた祐一の、魔導術が込められた魔剣『ロスト・メモリー』はレミィの喉下に切先を突き上げている。その剣身には今にも魔術が放たれんばかりに紫電が走っていた。
だがその祐一にも、レミィの左手に納まった青い魔銃『悲愴なる碧玉(トラーギシュ・ザフィール)』がピタリと彼の眉間を捉えている。
そして右手の黄金銃『幸運なる金(グリュックリヒ・ゴルト)』は祐一の後方で、自分に小型の短筒を向けている栞を指向していた。
お馴染みのポケットから取り出した小型短筒を両手に持った栞のもう一方の手は、右脚に内蔵していた銃を右手に持って自分を狙っているセリオに向けている。
同じく栞のポケットから現れた大型短筒を受け取った祐一も、先ほど自分を狙い撃った内蔵銃を再びこちらにポイントするセリオに向けていた。

それはいわゆる四竦み。
一瞬にして静寂に包まれたホールを夜風の吹きすさぶ音だけがかすかに響く。

まるで…ほんの少しの衝撃で壊れそうなガラスの彫刻の様に危うい均衡の上に成り立っていた…
それ故に誰もが、引き金にかかった指先に鉛のような重さを感じる。


セリオは両腕を固定したまま視線だけを巡らせた。
張り詰めた緊張感が、彼女たちの感覚を研ぎ澄ましている。
今ならほんの少しだけ引き金に力がかかっただけで誰もがそれを察知できるだろう。

さて、どうしたものでしょう…


喉元に突きつけられた剣により、仰け反った体勢で銃を突き返すレミィ。
彼女はまるで牙を見せつけるかのように口元を吊り上げて笑った。

「どうスル? このままじゃ誰も動けないネ。思い切って魔術を撃つ? それとも引き金を引いてみる? でもね、ダメだよ。最初に動いたヤツが最初にやられるの。うふふ、だからやっぱり動けないよねェ」

その笑みに祐一の背筋に寒気が走る。

こいつ、この状況を楽しんでやがる。

祐一はただ無言で、その笑みを睨み返した。

その視線を心地良さげに受けながらレミィは続けた。

「でも、みんなが一斉に動けばどうなるのカナ?」


栞は、視線をセリオから全く外さずに動きを固まらせていた。
指先が凍ってしまったみたいに動かない。

レミィの喋る声が聞こえる。

そうですね、このままでは誰も動けない。私たちに必要なのはきっかけです。
この薄氷の上にある均衡を砕く衝撃、波一つ無い湖面に波紋を穿つ投石。

だが、そのきっかけはまだ訪れない。
だからといって誰もが自分からカードを切る事を躊躇っていた。










そして誰も寸分も微動だに出来ず4分が経過した。
それはまさに永劫の如き4分。
彼ら4人が経験したもっとも長い4分だった。

セリオの体内時計が膠着状態が始まってから4分11秒を刻んだ時、人間などより遥かに優れた彼女の聴覚が幽かな音を捉えた。

何かが接近してくる?

ピシリ

何かが軋む音が全員の耳に届いた次の瞬間、ホールの壁が爆発した。
壁を突き破りながら、武曲と刻まれた異国の鎧を纏った武将が吹き飛んでくる。
武曲はそのまま床を転がり、ボロボロになった符を残し消失した。



だが、ホールで銃口を突きつけ合っていた四人にとって、それは待ち望んだ、あるいは忌避していたきっかけ。
儚い均衡を撃ち砕く無慈悲なハンマーに過ぎなかった。

そして……静止した時が解凍した。





爆風と壁の破片が飛び込んできた瞬間、弾かれた様に横っ飛びしながら祐一が絶唱。

「咆えろ稲妻! 電章《紫電改》!」

だが、剣から紫電が放たれるより早く、レミィ・栞・セリオの銃口が火を噴く。
フロアが一瞬、閃光に染め上げられた。

光の中で吹き荒れる、電撃と銃弾の嵐。

それは、壁に開いた穴から飛び込んだ破軍・貪狼の二将と天野美汐、そして姫川琴音が、反対側の壁を突き破ってホールから消え去るその瞬間まで続いた。


やがて激音のオーケストラが終わりを迎え、硝煙に包まれたホールに再び静寂が訪れた。


「…栞、大丈夫か?」

「私は大丈夫です、ちょっと弾がかすっただけですから……祐一さん!?」

物陰に飛び込んだ栞は祐一を見て悲鳴をあげた。
ポケットから包帯を取り出し、血に染まった祐一の左の肩に巻きつける。

「相変わらず便利だな、そのポケット」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

「大丈夫だって、急所は外してるし大した傷じゃない」

さすがにあの至近距離からじゃ全部は避けきれなかったけどな、と口の中で呟いた。

「それにしても」と心配する栞をはぐらかすように祐一はホールにあいた大穴を見て言った。

「飛び込んできたの、あれ天野だよな」

「あ、はい、美汐さんでしたね」

「あー、やっぱり?」

祐一は内心溜息をつきながら顔面を抑えた。

……あいつ、好き放題壊しまくってるな。ドアから入れって、ホント。

「しかし、これじゃあ元の木阿弥だな。最も、向こうも今度は簡単には動けられないだろうが…」

自分の傷と、やはり向こう側で物陰に隠れているレミィとセリオを窺いながら祐一がやれやれといった風に小さく漏らした。





セリオが取り出した応急キットで治療を受けながらレミィは小さくうめいた。

「痛みますか?」

セリオが脇腹近くを貫通した銃創を抑えながら問い掛ける。

「少しネ、でもノープロブレム、直ぐに動けるヨ」

「失礼ですが足も動かないのでは? 電撃の影響もありますので暫くは動き回れませんよ」

「セリオだって……レフトアームとボディに二発ずつ喰らってるジャない」

「私には痛覚はありませんから」

「ダメだよ、あまり無茶したら綾香が怒るネ」

当の綾香本人に怒られたようにしゅんとなってしまったセリオに、レミィはクスリと笑った。

カワイイね、セリオは。本当、この子はアヤカの名前を出したら効果テキメンネ。

クスクスと一頻り笑うと、レミィは二階に上がる階段を見てふぅと息をついた。

こんな状態だと追いかけるのは流石に無理ダネ、二人ここに足止めできただけで我慢しよう。後は上の人たちに期待しましょうカ。






…その上の階の人たちはというと……

「ここは通さない……ってうわっ、ちょっと何だこれはー!?」

「せ、先輩、絡まって動けませ〜ん」

二階に上がった香里たち一行の前に立ち塞がった坂下好恵と松原葵だったが、鉢合わせた瞬間に柚木詩子が繰り出した糸に絡まれドタバタと床に転がる。

「おい、美坂。ここは任せろよ」

相手が身動きがとれなくなった途端、妙に怪しげな笑みを張りつけた浩平が、ワキワキと妖しげに手を蠢かせながら背後の香里に呼びかけた。

「多分この廊下の突き当たりが終点だよ」

同じく詩子がニヤニヤと笑いながら十本の指をクネクネと動かしてさらに二人を糸に絡める。


香里は――

「ちょっと待てぇーー」

「な、なんか嫌な笑い方ですよぉーー」

顔を引き攣らせてバタバタと暴れる好恵&葵と、

「うふふふ、覚悟しーやー」

「さぁ、おねーさんと遊びましょうねー」

ウネウネとした人道に外れる踊りを舞いながらにじり寄る浩平と詩子を交互に見比べて溜息を吐いた。

「……ほどほどにしなさいよ」

「「ほどほどってなにがだ(ですか)ー!?」」

泣きながら絶叫する好恵と葵を残し、香里は澪を促して先に進もうと背を向けた。が、

スパン!

銀光が一閃し、好恵と葵の体に纏わりついていた糸がバラバラに切り裂かれる。
同時に闇を切り裂いて、十本近くのくないが浩平と詩子目掛けて翔んだ。

「わきゃ!?」

襲い来るくないに思わず悲鳴をあげる詩子だったが、くないは詩子の眼前まで来ると、いきなり彼女を避けるように迂回して後方へと飛んでいった。

「出た、空間歪曲! さすが折原君!」

「おお! って柚木、そんな場合じゃねーぞ」

浩平と詩子に(色々な意味で)襲われるはずだった好恵と葵は完全に糸の縛鎖から逃れていた。
絡まった糸を振り解きながら葵が助けてくれた人物に礼を言う。

「た、助かりました、セバスチャンさん」

そう、絶体絶命の二人を助けたのは、執事服に身を包んだ屈強なる老人 セバスチャンこと長瀬源三郎であった。

「うむ、ご無事でなによりです。それにしても貴様ら。お嬢様の別荘での乱暴狼藉、このセバスチャンが許さぬぞ」

「貴様ら〜、ころ〜す」

新手に加えて、背後にユラユラと怒りによる熱気の陽炎を棚引かせながら立ち上がる好恵の阿修羅の形相に、浩平と詩子は泣き笑いになって後退る。

くいくい

『先に行ってなの』

服の裾を引っ張られ、視線を落とした香里は、澪の言葉を読み、戸惑った。

「え? あたし一人で? でも……」

『多分もう戦闘要員はいないの、だから後は香里さん次第なの』

「……わかったわ、じゃあここはお願いね」

『ラジャーなの』

走り去る香里を見送った澪は得物であるスケッチブックを開きながら、戦場へと駆け戻っていった。




    続く





  あとがき


八岐「さてさて、舞台も佳境を迎えました」

栞「えへへ、私縦横無尽に活躍してましたね」

八岐「最後の活躍シーンだからちょっと奮発したぞ」

栞「ガーン! マジですか!? 私もう出番ないんですか?」

八岐「今のところ考えてないけど」

栞「なら考えてください! 作ってください! 私に出番を下さい! でないとまたポケットに入れますよ?」

八岐「わっわっ、それはタンマ。待って! 考える、考えるから待って(泣)」

栞「わかってくれたらいいです」

八岐(もしかして栞ちゃんって今までの助手さんのなかで一番危ない人なんじゃあ…)

栞「どうしました? 何かブツブツと呟いて」

八岐「いえ、何でもないです。さて、物語も佳境を迎え、次回で三華大戦編は終結です」

栞「長かったですね。次回で35話ですか。こんなに長くなると思ってました?」

八岐「いや、全然(オイオイ) さて、次回予告行きましょう」

栞「始まりとも言うべき三華大戦の終結。それと同時に来る全ての人々への終焉の物語の始まり」

八岐「次回第35話『転章』…お付き合いいただきありがとうございました」



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