魔法戦国群星伝
< 第三十三話 Battle with Fairy again >
東鳩帝国 帝都郊外 来栖川家別邸
長い長いどこまでも続くと幻惑されそうな長い廊下。
一定の間隔を置いて灯る灯火の中を六人の走る足音だけが木霊していた。
下手したらうちの城並に広いんじゃないかしら、このお屋敷。
あまりの広さに呆れ気味にそんな事を考えていた美坂香里はふと足音の一つが遅れていくことに気が付いた。
速度を緩めて振り返る。その時にはもう彼女は立ち止まっていた。
「どうしたの、天野さん?」
他のメンバーも何事かと立ち止まり、顔を伏せて佇んでいる美汐を振り返る。
「先に…行ってはくれませんか」
「美汐さん?」
不安そうに自分をみつめている栞に、美汐は安心させるように笑みを見せた。だが、意図的に笑ってみせる事が苦手な美汐のそれはひどくぎこちなかった。
そのあまりの不器用さに内心溜息をつきながらも、
「……わかったわ、行きましょう」
「お姉ちゃん…でも」
ポンポンと妹の頭を叩き、香里は美汐に声をかけた。
「何かわからないけど、無理はしないでね」
「はい、ありがとうございます」
うんと頷き、渋る栞を促して彼らは先へと進んでいった。
手を振る澪と詩子たちを見送った美汐は、少し廊下を戻ると重量感のあるドアの前に立ち、静かに開いた。
「来てくれましたね、天野さん」
パーティーでも開くのであろう広々としたホールの只中で、周囲に配された灯りの揺らぎに溶け込むように彼女は静かに佇んでいた。
ただ、彼女が身に付けている服はパーティードレスなどではなく、淡い紫色に染められたノースリーブの貫頭衣。そして同じ淡紫のズボンに小さな赤い靴。
なかでも特徴的なのが剥き出しの肩や背中の雪の様に白い肌に描かれた蛇のような黒鎖の模様だった。
「直接精神感応で呼びかけられて応えずば、人として不出来でしょう」
「それに…」と、美汐は彼女の前へとゆっくり歩みながら続けた。
「前は完敗でしたからね。私はこれでも負けず嫌いなのです」
美汐の少し軽い口調に彼女――姫川琴音の口元が少し綻んだ。
「それは奇遇ですね。私もなんですよ」
琴音の髪の毛が風もないのにフワリと浮き上がる。
さながら湖畔に漂うかの如く……
美汐の足が止まると同時に両者の眼差しが一気に研ぎ澄まされた。
「帝国魔導師団「深き蒼の十字」第二階梯位『狂える妖精』 姫川琴音…いきます」
「陰陽符法院筆頭術師及び戦法師団「鈴音」総領 『ザ・カード』 天野美汐…」
美汐が応え、
「…推して参るっ!!」
叫ぶと同時に美汐の両手が大きく広げられる。その指先には二枚の呪符。
森のざわめきにも似た声が響いた。
「我は汝に告げんとす! 汝は暴虐、汝は破壊。汝は敵を飲み込むモノなり」
両腕が唸りをあげて交叉し、投げられた符が一直線に飛ぶ。
「《螢惑焔符 炎戯峰烙》!」
琴音の頭上へと放たれた符が爆発。火炎の瀑布となり琴音を飲み込んだ。
だが琴音の姿が見えなくなった瞬間、雪崩落ちる火炎は時を止めたように停止し、内側から爆散した。
が、美汐も攻撃が効かぬのを予期していたかのように、素早く次手を繰り出す。
「死出の道、逝き果てるぞ彼方。翠の秘怨。疾風の古嘆。汝、黄泉路を貫くモノなり」
両の手に扇形に広げた4枚の符を上下に合わせて円となし、琴音に向けて呪を起動。
「《翠迅貫符 緑穿光葬》」
符は八条の緑色の光線となり、それぞれが曲線を描いて琴音を貫いた。
と思った瞬間、琴音の姿が掻き消え緑閃は見当違いの壁や床を穿つ。
それを見た美汐は即座に地を蹴り、転がってその場から退避する。
その途端、つい一瞬前まで美汐が立っていた床が巨大なハンマーでも叩きつけられたように鈍い音を立てて陥没した。
素早く身を起こした美汐はぐっと上空を見上げた。
宙に浮かび、こちらをじっと見つめる琴音。
折りしも以前符法院での戦いの時と同じ様な構図。
だが、今度は栞も真琴も側にはおらず、されど自分はまだ戦える。
美汐は、渦巻く力の波動をビリビリと肌で感じながら小さな棒を懐から取り出し、貼り付けられた符を引き剥がした。
その途端、棒が一気に伸び、先端に白光煌く刃が出現する。
それをバトンの様にクルクルと回すと、ビシィと脇に抱え込み、穂先を琴音に向けた。
「それは…」
「陰陽符法院 滅魔の薙刀『白鷹斬魔』」
「肉弾戦というわけですか」
「呪符だけで貴女に勝てると考えるほど自惚れてはいません。勿論、これだけではありませんよ。今回は大盤振る舞いです」
そう言うと今度は右手に符を取り出し、空中に放り投げた。ばら撒かれた七枚の符が虚空にピタリと停止する。
「其は七つの星を司る者なり、其は北の天海を守護する者なり。我、天野美汐の名において汝らの名を告げんとす」
その言葉に呼応するように美汐と琴音を中心とし、その四方に七つの符が翔ぶ。
複雑に組んだ印を次々と符に向けながら叫ぶ。
「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍」
名を喚ばれた符が輝き人の形へと変貌していく。
「死と雷を司りし神将たちよ、今此処に其の御身をば現さん…符法術奥伝 《神武招符 北斗星君招来》!!」
そして七つの符は七つの異国の鎧を纏った武神の姿となり一斉に手にした武器を打ち鳴らした。
ガシャンと空気が震える。
周囲を包囲された琴音は動ずることもなく悠然と武神たちを見回す。
「符法院に伝わる式神ですか。ですが要らぬ人数を増やしても無駄ですよ」
余裕を見せる琴音に美汐は不敵に眼を閉じて応えた。
「彼らは符法術でも最強に列せられる式神たちです。侮ると痛い目を見ますよ」
「ならば……試してみるのみ!!」
裂帛の呼気と共に全周囲に地煙をあげながら衝撃波が飛ぶ。
吹き飛ばされた一体の式神に的を絞り、念を凝縮して右手を翳した。
「ハァ!!」
無形の念塊が、武曲星君という文字が刻まれた鎧を纏う式神の頭部目掛けて飛翔する。だが…
「我ヲ砕カントセシ力ヨ 我ガ前ヨリ去ネ…《避撃呪》」
生物的なものを感じさせない無機質な声が響き、念塊が弾け散る。
琴音の眼が驚きに見開かれた。
「魔術!? まさか魔術を使うというのですか?」
琴音が愕然とするのも無理はなかった。
そもそも、符術の式神という代物は、形成型魔術式を展開して擬似具現化しただけの、単なる攻撃魔術に過ぎず、魔術式に事前にプログラムされた攻撃手段しか有しない。
その単なる攻撃魔術がさらに魔術を使うという事実は、多くの知識が集まる帝国魔導院のナンバー2である琴音ですらも初めて知る魔法技術だった。
愕然とする琴音に美汐の冷徹な声が飛ぶ。
「盟約暦前よりこの大陸に君臨した我が符法院の最秘奥…侮るなと言った筈です」
なるほど、これは確かに侮れませんね
緊張した眼差しで四方に眼を飛ばした琴音は小さく歯を食いしばった。
二体の式神が左右から手にした『戟』と呼ばれる異国の武器を持って襲い掛かる。
「クッ!」
両手を大きく左右に突き出し、両脇より襲い来る式神達に念力波を飛ばして吹き飛ばす。
が、背後から響いた「…《招雷》」という無機質な声に思わず舌打ちした。
くっ、キリが無い!
咄嗟に『力』のイメージを広げる。
その瞬間、視界が刹那途切れ、また開けた。
短距離瞬間移動――テレポート
4メートルほどの距離を跳び、式神が唱えた雷撃を回避した琴音は、しかし安堵する間もなくバリアを展開、式神『巨門星君』の一撃を受け止めた。
だが、巨門星君を念力で弾き飛ばした瞬間、背中に灼熱感を感じ悲鳴をあげる。
振り仰げば、美汐が振り下ろした『白鷹斬魔』がバリアを紙のように切り裂き、琴音の背中を掠めていた。
大きく跳び退って間合いを外しながら琴音は唇を噛み締めた。
『ザ・カード』だけでも強敵なのに、この七体の式神は一体一体が尋常でない力を持っている。
不味い! このままでは一方的にやられてしまう!
琴音は小さく唇を噛んだ。
ここまで追い詰められた経験は、超能力に目覚めてから初めての事だ。
決して天野美汐を侮っていた訳ではないが、正直ここまで押されるとは思ってもいなかった。
自分の見通しの甘さに苦々しいものを感じながら、彼女は決断を下した。
……仕方…ありませんね。芹香さん…封を解かせてもらいます。
決心を固めた心が幽かに震えた。
恐れを感じているのだ。自分がかつて振り撒いた狂気の一端を、表に曝す事に。
大丈夫、私は力を制御できる。解く封印は一つだけだから…大丈夫。
このままでは必敗と感じた琴音は、自分に課せられた封印を解くことを決意した。
武器を振り翳して襲いくる式神たちを無視して、脳裏に映像を焼き付けて『力』を展開。思い浮かべた場所―今までいた部屋のとなりのフロアへとテレポートする。
ここもまたそれなりに広いスペース。戦うのに不都合はない。
すぐに彼女たちはここに来るでしょうけど……解呪を唱える時間稼ぎには充分。
琴音はスッと眼を閉じると人差し指を額に当て、彼女が使えるたった二つだけの魔導術の一つを唱えはじめた。
壁が爆音と共に崩壊し、美汐と七星君が琴音のいる部屋へと飛び込んでくる。
だが、彼女たちは一歩遅かった。
「我が意思は此処に在り。我が魂は此処に在り」
突如、足元から吹き上がった風に服が棚引き、髪の毛が溯る。
「鎖は我が意思により解かれ、鍵は我が魂により開かれん」
琴音の素肌に描かれた蛇鎖の紋様が赤い光を帯び、硝子が割れたような甲高い音と共に粉々になって消え去る。
「解放せしは我が力」
瞳が静かに開かれる。
「其は滅し、其は恢す」
シン、と声が…響いた。
―狂気と嘆きの妖精なり―
フロアに吹き荒れる力が唐突に途切れ、舞い上がっていた髪が重力に引かれて滝のように流れ落ちた。
肌に描かれた黒蛇鎖の紋様が消えた以外は何ら変わらぬ姿。
だがそこから発せられる雰囲気は全く別人のものだった。
圧倒的な力の圧力を感じ、意思を持たないはずの式神―北斗七星君たちが思わず後退る。
その七星君を凪の海のような静けさを宿した瞳が射抜いた。
その途端、空間が弾けた。
琴音を中心に力そのものが物理的な衝撃となって膨れ上がる。
咄嗟に結界を展開しそこねた数体の式神が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「くっぁ!」
凄まじい圧迫感に美汐が吐息を吐き出した。
それを合図にしたかのように、静かに琴音がこちらへと近づいてくる。
赤い靴が響かせる硬質の足音だけがフロアに反響する。
ただ歩を進めるだけ…それなのに、なんという威圧感か
七星たちは戦慄と共に四方に散開した。
歩みが止まる。琴音は無言で右腕を虚空に突き出した。
「グァ」
後退しかけていた七星の一人、文曲星君が何か巨大な手に掴まれたように硬直した。
「ゴァァーー」
文曲は苦痛とも取れる咆哮をあげながら空中に吊り上げられ、唖然とする美汐の目の前で凄まじい勢いで床に叩きつけられた。
拉げた文曲の体が薄れ、ボロボロになった符だけが残される。
人型の式神としては符法院最強のはずの北斗神将がなすすべなく破壊された。
その光景に美汐は呆然と言葉を漏らした。
「なんという圧倒的な力っ。これが……これが本物の『狂気の妖精』!?……」
その声に含まれた感情は、紛れもない恐怖だった。
魔王大乱の最中、ラルヴァの大軍に襲われた一つの町があった。
当時としては決して珍しくなかった出来事。
だが、その結末は他の町とは大きく違っていた。
救援に駆けつけた藤田浩之率いる義勇軍が見たものは、ラルヴァの大軍もろとも消滅した町の跡だった。
町から逃げ出していた住人たちは口々にこう叫んだという。
「あいつが、あいつがやったんだ! 狂ってやがる! あいつが町ごと悪魔どもを消し飛ばしやがった!」
人々が全員逃げ出した中で、逃げ遅れた近所の子供を助けに戻った琴音が、ラルヴァに襲われ、自分の中に秘められた力を暴走させた結果であった。
荒野と化した町の只中で子供を抱き締めて呆然と佇む琴音を保護した浩之たちは、その身柄を来栖川芹香に預けた。
芹香は琴音に二重に封印を施す。
その制御できない強力過ぎるを超能力を抑えるために。
その後、琴音は芹香の元で力を制御するための訓練を続ける。
そして今、封印の内の一つが解かれた。
「封印を解くのはガディムと戦った時以来です。『ザ・カード』……本物の『力』というものを見せてあげましょう」
§
「お? 階段見っけ!!」
廊下を進んでいた香里たち一行は、恐らく屋敷の中央部と思われる所に差し掛かっていた。
階段を見つけた折原浩平がホールに飛び込む。
「一番乗りィ………げげっ!!」
「ウェルカム♪」
一同を迎えたのは楽しそうな歓迎の声と、光弾の雨だった。
「「どわぁーー」」
「「ひぇぇーー」」
悲鳴を上げながら慌てて物陰に隠れる一同。
「ノー、歓迎はちゃんと受けナイとだめダヨー」
「受けれるかーー! わわっ」
『先輩、前髪焦げてるの』
「うぎゃぁぁぁ、俺のカッコイイ前髪がエキセントリックな前髪にぃぃ!!」
『ちょっと変なの』
律儀に顔を出して突っ込みを入れ、狙い打ちされる折原浩平。
「なんなのよ、アレは? ちょっと危ないんじゃない?」
香里は、銃をぶっ放しながらケラケラと笑っている異国人を恐る恐る覗き見ながら、傍らで隠れている柚木詩子に訊ねた。
「あの人? 確か宮内レミィだよ。『魔弾の射手』とか『銃神』とか言われてる人」
「…あれが?」
半眼になって聞き返す。
ものみヶ原会戦でたった一人の狙撃手に戦線を崩壊させかけられた訳だが、その相手があのバカ笑いしている楽天外国人という事実に香里はバカらしいやら泣きたくなるやらで何やら頭が痛くなった。
「ああ、あと彼女の後ろにもう一人いたよ。あれは多分『戦女神の人形』だと思う」
「『バルキリエ・プッペ』?」
「正式名称はたしかHMX−13セリオだったっけ。とにかく嫌な相手なのは確かねぇ」
「相手は二人か…でも、これじゃあ動けないわよ?」
ホールの真中で青と金の銃をクルクルと指で回しているレミィと、その後ろで無表情に佇んでいるセリオに香里は小さく舌打ちをした。
「フフ、MYヌンチャクアクションを見るネ」
「……それは明らかに間違えています、ミス宮内」
それぞれにマイペースな二人であった。
続く
あとがき
八岐「という訳で琴音ちゃん強いですねぇ」
栞「途中で終っちゃいましたけどいいんですか?」
八岐「次回に続きます。で、栞くん、次回出番ね」
栞「ほ、ホントですかぁ!!」
八岐「ホントよ〜。では次回予告『Bllet Storm』…香里たち一行に立ち塞がるガンクレイジー・レミィとクールガンナー・セリオ。待ち受けるのは銃弾の嵐?」
栞「ファンタジーで銃撃戦ですか…でも私が活躍できるのならOKです」
八岐「君も現金だねぇ。それじゃ、駄文にお付き合いいただいた方、ありがとうございました」
栞「また次回までさようなら」
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