魔法戦国群星伝





< 第三十一話 Duel Paradise >



東鳩帝国 帝都郊外


バンバンバンと何かでテーブルを叩く音が威勢良く響いた。

『ネタの新鮮さが足りないの(怒)』

どうやら昼食で食べたお寿司への怒りがまだ収まらないのか、上月澪はプンスカとスケブを掲げて頬を膨らませていた。

「で、でもここって海から距離もあるし、仕方が無いんじゃないかしら」

『努力が足りないの(怒)』

なんで私がこの子の相手をしてるのかしら。

美坂香里は顔を抑えながらどんよりと疲れた目を指の間からのぞかせて、隣のテーブルを見た。
東鳩帝国帝都郊外の中堅規模の宿屋の食堂。さすがにかの有名な鶴来屋と比べれば質も落ちるが、清潔でサービスも行き届いたなかなかの宿である。
ちなみに昼食は澪のたっての希望で寿司屋へと向かい……怒りのあまり暴れ出そうとした澪をみんなで押さえつけて戻ってきたところである。

香里の目線の先、右隣のテーブルでは折原浩平・柚木詩子・北川潤・天野美汐の4名がなにやらカードと睨めっこしている。
どうやらかなりの大金をかけているらしく、男二人は悲愴としかいいようがない表情でカードを睨みつけていた。
対してケラケラと笑っている詩子とすました表情のままの美汐。

「ロイヤルストレートフラッシュです」

「「………嘘だぁぁぁぁ、絶対イカサマだぁぁぁぁ!!!」」

勝負の行方はどうやら決定済みのようだ。


左隣のテーブルを見ると、食後のデザートとでもいいたげに相沢祐一・美坂栞・川澄舞の三人が、恐らくはポケットから出現したと思われるアイスクリームをつついていた。どうやらポケットには冷蔵機能もあるらしい。
栞は楽しげに、舞も淡々とアイスを頬張っているが、祐一はガタガタと震えながら必死にアイスに立ち向かっている。この冬の寒い中では無理もない。平気でアイスを食べているあの二人の方がおかしいのだ。

あっちも大変そうね。

いささか溜飲を下げつつ、まだまだ続く澪の愚痴とお寿司の薀蓄に溜息をつきながら付き合う事にした。


帝城潜入選抜メンバーはこの9名。香里と栞を除けば、人外ともいえる戦闘能力の持ち主たちである。
カノンの君主である香里がこの作戦に参加したのは、東鳩帝国皇帝との直接交渉のため。小坂由起子からは全権の委任を受けている。他のメンバーの仕事は彼女を藤田浩之の下まで送り届ける事だった。
栞に関しては……ただの我侭だった。けっきょく許してしまった香里にも問題はあるが、他のメンバーも気にしていないのがなんともいえない。もっとも、彼女が無力かといえば決してそんな事はないのも確かだが。

時刻は昼過ぎ。闇の帳が下りる夜まではまだしばらく時間があった。








先程帝城潜入選抜メンバーを記したが、彼らの目的地は当初の別の場所となっていた。
理由は簡単。彼らが自国を出発する直前、帝都に潜入させていた工作員から情報が舞い込む。
曰く、一週間後に藤田浩之が帝都郊外にある来栖川公爵家の別邸を訪れるというものだった。

御音・カノンの両国は、これを帝国からの返答と受け取った。
当初は帝城に直接乗り込む事を覚悟していたのだが、さすがに城兵が沢山詰めている帝城では危険が多すぎる。
それを向こうから邪魔の入らない場所で相手をするという意思表示が飛び込んできたのだ。
これは帝国の側もこの戦いで戦争を終らせる意思があることを明確に示すものと考えて間違いは無かった。




さて、夜も更け、街に人影が絶えた頃、彼らは来栖川公爵家の帝都別邸の前に集まっていた。
それぞれが武器を携え、戦闘に備えた服装へと着替えている。

黒と濃緑色のコートを纏った祐一と北川。それぞれ得物である魔剣と妖刀を携えている。
さらに闇に映えるのが天野美汐の白衣である。巫女服に似たゆったりとした白色の衣を纏い、闇の中で浮かび上がっている。
逆に闇に溶け込むような姿なのが川澄舞と上月澪。澪の方はすっきりとした暗色の忍び服を身につけスケッチブックを脇に抱えている。
舞は漆黒のジャケットを羽織り、その下に黒のシャツ。ズボンは革でなめしたパンツでやはり色は黒。ごつい編み上げブーツだけが濃い茶色を描いていた。
折原浩平と柚木詩子は精々動きやすさを重視しただけの軽い感じの服装で、ジャンパーとスラックスで身を固め、腰には剣を差していた。
普段と変わらぬストールを羽織った恰好なのが美坂栞で、武器も持っていない。もっともあのポケットさえあればわざわざ持ち歩かなくても大丈夫なのだが。

「全員いるわね」

「おう、迷子はなしだ」

浩平の応えに頷いて見せ、香里は背後を振り返った。ちなみに彼女は銀色の刺繍の入った足首まである長い貫頭衣を腰で縛り付けている。色は濃紺色だった。

彼らの前には城と間違えそうな巨大な屋敷が聳えている。
帝国最大の貴族 来栖川公爵家の帝都での別宅。だが、辺りには人気もなく、普通はいるはずの警備の兵士の姿も見えなかった。

「中にも人の気配はしてないわねぇ」

「向こうも自信があるんだろ?」

予定通りの展開に、詩子は楽しそうに笑い、浩平は肩を竦めた。

「さあ、行きましょうか」





巨大な門扉が軋みながらゆっくりと開いていく。
そのまま、丁寧に整えられた庭を抜け、屋敷の入り口までたどり着いた。

祐一がドアに手をかけると、鍵はかかっていなかったらしく、そのまま内側に向けて開いていった。


そして……彼らは決闘の舞台へと足を踏み入れた。







§








屋敷へ踏み入った面々が目の当たりにしたのは各所に火が灯り浮かび上がる玄関ホール。
そしてそこには一人の男がホールの真ん中で仁王立ちに佇んでいた。
男――柏木耕一はフッと一瞬煮えたぎらせた感情を漏らすと低く抑えた声を震わせた。


「待っていたよ」







柏木耕一。

鬼の血に連なる柏木家でも最強の鬼人。
その抜き身の刃の如き気配に自然と面々の表情も険しくなる。

「そいつ、俺がもらうぜ」

不意に楽しげな声が響いた。
ひょこひょこと惚けた動作で、北川が前に出る。

「あんたもそれでいいだろ?」

「ああ、願ってもない」

伸ばされた前髪に隠れた眼光が一瞬閃き、口元が抑えがたい歓喜に笑みを象る。

「ちょっと、北川くん?」

珍しく自分からやる気を見せた北川に、困惑気味に声をかけようとした香里の肩に手がかかる。
舞だった。
振り返った香里にフルフルと首を振る。

「舞、なにかあったのか? あの二人」

祐一もいかぶしげに問うた。彼があまり自分から刀を抜こうとしない事を知っている祐一には北川の行動はひどく不自然に見えた。
どうやら何か知っているらしい舞に聞いてみる。

「……あの人は前に潤と戦って負けている」

「「なにぃ!?」」

驚愕する一同に北川はフッと得意気に薄い茶髪をかきあげて見せた。

「ぶわっはっはっは、天才の相手として些か物足りなかったけどな」

バカ面を天井に向けて馬鹿笑いするバカ。


呆れる面々を残し、ひょこひょこと前に出た北川に、耕一は静かに腰を落として構えを取った。
それを見た北川がニヤニヤと笑って見せた。

「どうやらイッパシになんか習ったのかよ」

「即席だけどな。だがもう素人だとは言わせないぜ」

その言葉にキョトンとした北川は気の毒そうに薄く笑みを浮かべながらゆっくりと首を振った。
そしてピシッと二本の指を突き出す。所謂Vサイン。

「……どういうつもりだ?」

滲み出る怒りを押し殺しながら耕一が低く呟く。

「しょせん付け焼き刃だって事だ。まだまだあんたは素人だよ。そんで素人相手なら二秒で戦闘不能にできるぜ」

一気に解放された鬼気が彼の怒りを表していた。
初めて鬼の鬼気を受けたメンバーがその生物の根源を揺るがす圧力に顔色を変える。

「黙れ!!」

絶叫する。

目の前の男の全てが気に食わない。奴が喋るたびに俺という存在が歪んでいく。

叩きのめす!

それだけを思い、絶叫しながら飛びかかろうとした耕一が見たのは、邪悪な笑みとその両手に魔法のように現れた鉄塊だった。

「え?」

呆けたように動きが止めてしまった。

ヤツが持っているのはいったいなんだ?

答えは出ている。だが理解が出来ない。何故理解出来ない? 彼の常識には存在しないからだ。
そう…剣士であるヤツがそんなものを何故手にしているんだ?

濃緑色のコートの裾がフワリと翻った。



     パパパパン



次の瞬間、乾いた火薬の弾ける音がホールに響いた。
その数四発。

それは間違いようもない銃声だった。




弾けるような灼熱感に耕一は我に返った。
茫然と赤く染まった自分の両の太腿を見つめ、もう一度北川に顔を向ける。
北川の両手には連発型の短筒が収まってた。

「ほら、二秒だ」

得意気な北川の声を聞きながら、耕一は膝から崩れ落ちた。

激痛の走る両足に力を込めようとするが、どうしても動かない。
銃弾は見事に両足の神経組織を断ち切っていた。
これではエルクゥの再生能力でもしばらくは立ち上がる事すら出来ない。

「アンタ、俺が刀を使うと思い込んでただろ。それが素人だってーの。相手がどんな手を使ってくるかなんてわかったもんじゃないんだからな。大体最初からエルクゥ化してたら銃弾なんて通じなかったんだぜ? まあ、修行を積みなおして出直しな。あ! でも、面倒だから相手はしないぜ」

茫然としている耕一に格好良くセリフを決めて、どうだといわんばかりにVサインと共に振り返る。
だが北川が見たのは仲間の称賛ではなく靴の裏だった。

「あほかぁ!!」

    べきゃ

「ぐへぁ」

絶叫と共に放たれた祐一の飛び蹴りがいい具合に入り、潰れたカエルみたいなうめきと共に引っくり返る。

「な、何しやがる相沢ぁ」

北川があげた非難の声は、もう一人の大声に掻き消えた。

「アンタ凄えぜ、師匠と呼ばせてくれぇぇ!」

何故か感涙しながら駆け寄ってくる浩平。
抱きつくのかと思いきや、起き上がりかけていた北川の首筋にいい具合にラリアットを炸裂させる。

    ベキ

「げひゃ」

    ゴン

後頭部がいい音を発して北川は再び引っくり返る。
その北川を何故か楽しげにゲシゲシと蹴飛ばす祐一と浩平。

「な、何で…?」

ヨロヨロと助けを求めるように手を伸ばした北川への女性陣の反応は冷たかった。

「…珍しくやる気見せたと思ったら、あんたって奴はぁ〜」

「北川さん……卑怯です」

「確かに、あれは人として不出来というものでしょう」

「そうかな、あたしはああいうの好きだけどなあ」

『でもえげつないの』

「うう、俺はあいつに戦いの厳しさを教えようと……」

何とか言い訳をしようとするも、女性陣の冷ややかな視線と、香里のギロリという眼光に情けなく言葉を飲み込んでしまう。
涙目になってあうあうと呻く北川に、蹴るのを中断した浩平は屈み込むと親しげに肩をバンバンと叩いた。

「いや、アンタはそうやって卑怯道を極めるべきだと思うぞ、師匠!!」

「師匠っていうなー! ってか師匠を何でお前は蹴るんだぁぁ」

「いや、ノリで」

「ノリで人をボロボロにするなぁぁぁ。大体俺は卑怯じゃねぇぇぇ」

「卑怯だよな」

「卑怯です」

「外道だとも思いますが」

『女の敵なの』

「……ナメクジ野郎さん?」

「卑怯♪ 卑怯♪」

「ただの馬鹿よ」

「……がく……ぐぎょら!?」

「あ、やべ。マジで良いとこ入っちまった」

散々貶された挙句に良いのを喰らった北川は哀れにも沈没した。










第一関門を突破した御音・カノンの連合チームは玄関ホールから奥へと進み、次のフロアへと辿り着いた。
そこで待ち受けていたのは一組の男女。

「早かったな、耕一の奴はどうした?」

予想以上に現れるのが早かったために不信そうに問い掛けた男に、一同は顔を見合わせる。

そしておもむろに前に一人の男が涙に咽びながら叫んだ。

「柏木耕一は、俺たちの仲間と壮絶な戦いを繰り広げ、必殺の一撃を打ち合い相打ちに倒れた!  俺たちは、あいつの遺志を継ぎ、この戦いにかぁぁぁつ!! 師匠の仇! 覚悟! …………ってぐあいでどう?」

「…………」

「…………」








仲間に見捨てられ、気絶したまま引っくり返ってるぼろクズをボンヤリと眺めながら、耕一は思う。

俺……何やってんだろ。






§







「…よくは分からんが、まあいい」

わけのわからん空気を何とか元に戻そうとでもするように柳川裕也は言った。

「俺たちが指名した奴と戦わせろ。その代わり、他の奴は先に進んでも構わん」

「ちょっと、いいの?」

藍色のレオタードのような衣装に、恐らくは真鉄製の手甲と足甲を両手足に装着するという、普段から比べれば異様に武装した来栖川綾香が不信げに声をあげた。
「俺が狩りたいのは二人だけだ。他の連中には興味がない」

その言葉に呆れる綾香。
柳川はそれを無視して不敵な笑みを浮かべる。

「前は邪魔が入ったからな。今度はじっくりとやりたいのだが?」

その視線は祐一に向いていた。
ふっと祐一の目に楽しげな光が宿る。

「香里、先行ってろ。すぐ追いつく」

どうするんだ? と目で問いかけてきた浩平に香里は肩を竦め、フロアの奥へと歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。私はどうするのよ!?」

北川並に無視されかけて慌てて捲くし立てる来栖川綾香。
その前にすっと人影が立った。

「……貴女の相手は私がする」

「…剣舞(ソード・ダンサー)……いいわよ、相手に不足はないわ」

途端、機嫌を直しニコリと微笑む綾香。ただ、その笑みは舌なめずりする雌豹の如く。
彼女のスイッチが入った事を証明する笑みだった。戦闘狂(バトル・マニア)のスイッチが。

「じゃあ、任せたわよ、相沢くん、舞さん」

「OK」

「……任された」

振り向きもせず応える祐一に、無表情にVサインを繰り出す舞。
どうやら先ほどの北川のVサインを気に入っていたらしい。

「頑張ってね〜」

『応援してるの』

無責任に言い残す詩子と澪を殿に、香里たちは廊下の奥へと姿を消した。





香里たちの気配が遠のくの確認し、祐一は、

「さて、さっさと始めようぜ。あいつらに追いつかなきゃならないんでな」

「ふん、残念だが貴様はここが終着駅だ」

不敵な言葉に祐一は魔剣『ロストメモリー』を抜き放つ事で答えとした。
ふと気が付いたように問いかける。

「…あんた、鬼化はしなくてもいいのか?」

「必要ない」

祐一はその言葉に慢心ではない自信を感じ取り、眼差しを細くした。
思えば柳川は鬼気すらも発していない。だが、祐一は過敏に柳川の四肢に漲る力を感じ取る。

鬼気を外に出さずに内包する事で、無駄なエネルギーの放出を抑える…か。
完全に自分の力を制御してるな、あれは。

以前、水瀬城で戦った時に推し量った柳川の実力を上方修正し、祐一は一度抜いた魔剣を鞘に納めた。

「…? どういうつもりだ」

「…どうやらマジにやらないと勝てそうにないんでな」

そっけなく言うと、祐一は鞘を左手に持ち左足を引いて半身になり、腰をやや落とし気味にして右手を軽く魔剣の柄に添えた。

「居合だと?」

柳川の表情が困惑へと変わる。

「なんのつもりだ? 剣で居合など…」

居合や抜刀術で知られる抜き打ちの技は、刀という武器特有の反り返った刀身だからこそ威力を発揮する技だ。
刃を鞘の中で走らせる鞘走りを起こし、抜刀の速度を加速させる。だが、剣身が真っ直ぐに伸びた剣では逆に抜き打ちの速度が落ちる。
魔剣を携えた祐一の構えはあまりにも不自然だった。

「剣なら…な」

そう呟くと、祐一は一言小さく叫んだ。

「アクセス!」

「起動呪? いや―」

これは、鍵呪(キー・ワード)!?

その途端、構えた『ロスト・メモリー』が眩く光る。
だが光は一瞬にして収まり……

「なん…だと?」

柳川は目を疑った。
無理もない。魔剣のすらりと直線に伸びた鞘が反りを見せ、微かな曲線を描いていたのだから

「刀に…変形したというのか? まさか…その武器はいったい?」

「《その身に宿りしは魔なる力 その性は変幻にして自在》ってな。こいつは、俺の意思で自在に姿を変える大した代物でね」

改めてその居合…否、抜刀術の構えを見た柳川は唸った。
こいつ…以前戦った時は魔術をベースとした戦闘スタイルと見ていたんだが…これほどの剣の使い手だったのか? 

表情を険しくしていく柳川の様子に、祐一はニヤリと笑った。

魔剣(エビル・セイバー)の本当の力、見せてやるぜ 羅刹伯(グラーフ・トイフェル)





    続く





  あとがき

八岐「う〜ん、今回はいまいち。ただただ戦うだけの展開ってセリフ回しとか難しいや」

栞「でも……耕一さん、本当にひどい扱いですよね。嫌いなんですか?」

八岐「いや、そんな事はないんだけど……ああなっちゃうのよね」

栞「北川さんも最近扱いがぞんざいになってますね」

八岐「今回は祐一くんがメインだからね。という訳で魔剣の能力がやっと登場ですな。長かった」

栞「魔剣が魔刀になってましたね。他にも変わるんですか?」

八岐「槍や鎖鎌、果てはブーメランまで何でもござれだ。あ、あと鍵呪ことキー・ワードとは魔術を発動させる起動呪とは異なり、唱える事で魔法道具の力を作動させる単語の事です。別に魔術の知識は必要ありません。さて次回ですが」

栞「はい、第32話『Faust VS Sword』―― 拳対剣ですね。一気にやっちゃいます」

八岐「それでは次回までさようなら〜」




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