魔法戦国群星伝







< 第二十五話 だよもんと八匹の猫たち >




――帝国近衛兵団 皇都スノーゲート出立の翌朝


東鳩帝国西部 御音第一軍団

未だ太陽も昇らぬ早朝。一つの人影が司令官 折原浩平の眠る急拵えの寝所へと入っていった。

「朝早くから失礼いたします、折原司令官」

第一軍団に所属する参謀の一人だった。
小さな問題が発生したために、やむを得ず寝ている浩平に指示と認可を取り付けに来たらしい。
だが悲しいかな、彼は折原浩平なる人物について知らなさすぎた。
革命戦争の立役者にして天才戦術家……一般的に知られる折原浩平の人物像とは聡明かつ勇猛なる知的な青年。
折原浩平の下に配属されてから間もない彼にとって、未だ折原浩平とは上記のような人物であった。
だからこそ…彼を知る者たちなら絶対にしない事……早朝に折原浩平を起こしに行くという正気を疑う行為を、なんの躊躇も無く行ってしまったのだ。

彼は知らなかったのだ……折原浩平という人物が…『おバカ』と呼ばれる人種であるという事を…



彼はベッドで寝ている人影を見つけると、無造作にユサユサとその身体を揺り動かした。

「すみません、起きてください折原閣下!」

ふにゃふにゃとなんの抵抗もなく揺さぶられる浩平。
だが全く反応が無い。

「…っ! 起きてください!!」

あまりの反応の無さに剥きになって思いっきり揺さぶる。
すると、ぐにゃぐにゃと軟体動物のように揺られていた浩平の頭が、クタリ…と彼の方に向いた。


――へのへのもへじ――



実に達筆な文字で顔が描かれていた。


「………………はへ?」

ドガァァァン!!


参謀君がぽか〜んと口を開けた次の瞬間、偽浩平人形が閃光と共に爆発。

「………クハァ」

黒焦げになり煙をポワワンと吐き出す哀れな参謀A。

「ちょっと君、何やってるの? 朝に折原君の寝所に入っちゃだめっていってあるでしょ?」

呆れた声に黒焦げ参謀が唖然とした顔のまま振り向くと、入り口に声音の通り呆れた顔をした第一軍団を編成する指揮官の一人 深山雪見が立っていた。

「…で、出来るだけ早めに処理しておきたい事があったんで」

「はぁ、あなた新人ね。普通なら朝にここに近づこうとは思わないわよ。下手したら死ぬからね」

「…い、一体何なんですかぁ、これは!」

「あッ! おはようございます、深山先輩」

訳もわからず泣きながら絶叫する黒焦げ参謀君とは対照的な、のほほんとした挨拶が飛んできた。

「おはよう、瑞佳ちゃん。早く折原君を起こしてね、既に被害者が一名出てるわよ」

ペコリと一礼してベッドの方にテクテクと歩いてくる瑞佳を、思考停止状態のまま眺めていた黒焦げ参謀君に雪見が声をかける。

「君、危ないから早くこっち来なさい」

やっぱり訳もわからずバタバタと雪見の下に四つんばいで這い寄る。

「あ、あの、これから何が――」

「見ていればわかるわよ」



スタスタと空のベッドまで近づいた瑞佳は、その周囲をウロウロと床を見つめながら歩き回る。

突然、ピタッと動きを止めた瑞佳は床の一部分をタンタンと踏んだ。
すると、バタンとベッドの下の床がベッドを弾き飛ばして開く。

ちょうど人一人が寝転べる空間が現れる。

浩平はこの中に寝ているのだろう。閉所恐怖症ではとても入っていられないような狭さだ。
ところが瑞佳はそこを覗き込もうともせずにピョンと横に飛び退く。その途端――

ヒュン!


開いた床の裏側に仕掛けられていた弩からいきなり矢が放たれ、瑞佳が寸前まで居た場所を射抜く。
矢をあっさりとかわした瑞佳だったが、休まずもう一度ピョンと後ろにステップを踏む。
すると今度は瑞佳が直前に踏んだ床がパカリと開き落とし穴が口を広げた。中にはドロドロの液体が……落ちたら悲惨の一言。

見事落とし穴を回避した瑞佳は、最後に携えていた里村茜に借りたと思しきピンクの傘を差した。

ザバァー


頭上から降り注ぐバケツの水を回避した瑞佳がやれやれとばかりに傘を閉じる。だが…。

ガァーーン


「うきゃッ!!」

どこからともなく降ってきたお約束の金タライが頭を直撃した。

タライの底には張り紙が…。

『相変わらず詰めが甘いな長森』


痛いよ〜、と涙目になりながらベッドの下に拵えたスペースで眠りこけている浩平をユサユサと揺り起こす瑞佳。

「ほらぁー、起きなさいよ〜、浩平!」

「う〜ん、あと三分寝かせてくれ」

「こ、こ、浩平! それ普通だよぉ!」

「なにぃ! し、しまったぁぁ。俺としたことがなんてベタベタな受け答えを。このままでは俺のプライドが粉微塵だ。やり直さねば! という訳でもう一度寝るからまた明日起こしに来てくれ」

「わかったよ…ってそれじゃあ一日寝過ごしちゃうよ!」



「ま、毎朝やってるんですか、これ」

ワイワイと漫才を繰り広げている浩平と瑞佳を恐る恐る指差す。

「そうよ、凄いでしょ。昔はもっと大したことのないトラップだったんだけど、どんどんエスカレートしちゃって、今じゃ瑞佳ちゃん以外危なくて起こせないのよ」

寝る前にわざわざ準備してるのよ。ホント、この労力をもっと仕事の方に回してくれれば有難いんだけどねぇ、と全く期待していない口調で言いながら二人の方に歩いていく雪見に、黒焦げ参謀君は真面目に生きてきた半生を振り返り、就職先間違えたかなと真剣に悩み始めた。








「もう、浩平ったらなかなか起きないんだから」

と文句を言いながらもご機嫌な瑞佳。

歩も軽やかに、出発の用意のため自分の部隊へと戻る。と、ふと感じた違和感に瑞佳は歩みを止めた。
自分の姿を見るや否や、嬉しそうに飛んでくるはずの<猫>たちが、落ち着かない様子で周囲をウロウロと歩き回っていた。

「どうしたの、イクミ?」

「うにゃーー」

瑞佳が<猫>の一匹に語りかけると、イクミと呼ばれた<猫>は答えるようにその鼻面を北に向けた。その仕草にハッとする。

「敵が来るの?」

「にゃにゃ」




§




「たいへんだよ、浩平!」

「も、もう起きてるぞ」

着替えは済ませたものの二度寝の誘惑と戦っていた浩平は、どもりながらも再び飛び込んできた長森瑞佳に抗弁する。
だが彼女はそれを無視して切迫した様子で告げた。

「猫が騒いでるんだよ。近くに敵がいるよ」

「猫が?」

彼等の言う<猫>とは、ここグエンディーナ大陸で最強の魔獣と呼ばれる「大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)」のことである。
体長5メートルもの巨体ながら凄まじいまでの俊敏さを持った猛獣で、一頭で千の兵士に匹敵すると言われている。
その咆哮は大地を揺るがすという伝説から大地の魔獣『ベヒーモス』の名を冠された怪物。
瑞佳はこの大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)を手懐けるという特技を持っており(大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)だけでなく猫科の魔獣は大概彼女に懐く)、あの赤毛熊(レーテスハール・ベーア)を擁する帝国軍独立近衛鉄熊大隊『真紅の暴風(シャルラッフロート・シュトゥルム)』をモデルにして八匹の大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)を中軸とした部隊を編成した。

猫を手懐ける者(キャット・テイマー)』長森瑞佳を団長とする強襲魔獣兵団、通称『だよもんと八匹の猫たち』(命名:折原浩平)の誕生である。

「だけど、今近辺には帝国軍はいないはずだぞ?」

「いるよ〜」

瑞佳の後ろから聞こえてきた能天気な声に浩平は瑞佳の背後を覗き込む。

「……先輩、逃亡中か?」

そこには両手一杯にパンを抱え込んだ川名みさきが立っていた。

「だって雪ちゃんてば、朝御飯はパン十枚までって言うんだよ。あんまり酷いこと言うから持てるだけ持って逃げてきちゃった」

食べる? と差し出されたパンを丁重に断りながら尋ねた。

「帝国軍がいるってどういう事だ、みさき先輩」

「もぐもぐ、っんっとね。さっき雪ちゃんの所に詩子ちゃんが来てて、佐織ちゃんの所から帝国軍の一部が離脱したって言ってたんだよ」

「それで柚木さんと話している間に持ち逃げしたってわけね」

その語尾が震えていることに気が付かずニコニコとみさきは声を主を振り返り

「その通り! って雪ちゃん何時の間に!?」

「み〜さ〜き〜、あんた昼御飯抜き!」

「え〜、ひ、非道だよ雪ちゃん。ちょっとつまみ食いしただけじゃない」

「朝からパン百枚も喰うわ持ち逃げするわ、アンタに好きなだけ食わせてたらその途端兵站が崩壊するわー!!」

「ひえ〜、浩平く〜ん、へるぷみ〜」

ズリズリと首根っこを掴まれて引きずられていくみさきに手を振って、同じく何時の間にか瑞佳の横に立って手を振っていた柚木詩子を睨みつける。

「で? 向こうで何があったんだ?」

「折原君と瑞佳ちゃんが早朝漫才やってたり、みさきさんや雪見さんが鬼ごっこをしてる間に来栖川綾香が三〇〇〇の兵を率いて接近中よ」

「浩平」

言葉も出せずに顔を抑える浩平に瑞佳が心配そうに覗き込む。

「長森、猫たちを警戒させとけ。敵の狙いは足止めだ、まともに突っ込んではこないだろうけど、何を仕掛けてくるか、何処から来るか全くわからん。頼りはお前の猫の鼻だけだ」

「うん、わかったよ」

「いや、ちょっと待て……」

戻りかけた瑞佳を呼び止め暫く考え込むと、浩平は底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「待ってるだけってのは…面白くないよな?」







御音第一軍団の北方に位置する森林


「小休止!!」

御音第二軍団との激戦が繰り広げられている西園平原からの離脱に成功した来栖川綾香率いる三〇〇〇の部隊は、全速力で御音第一軍団へと向かっていた。

目指す敵がいると思われる場所まであと少しをいう所で綾香は全軍に停止を命じた。

戦いを前にした休息と、敵の詳しい状況を知るために放つ物見が戻るのを待つためである。

「とにかく奇襲・奇襲・奇襲よ、他に手はないわ」

綾香は休息をとる旗下の軍勢を眺めながら傍らのセリオに今後の方針を確認するように、繰り返し言い募った。

「具体的には?」

「大雑把だけど、行軍で縦長になっている所を襲って逃げる」

「ヒット&アウェイですね。与える損害は少ないですが、敵の進軍速度を低下させるには良策です。ですが、欲張って敵本陣を狙うことは危険が大きいだけですよ、綾香様」

「ううっ、お見通しね、セリオ」

あわよくばと期待していた綾香はセリオに見抜かれて誤魔化すようにソッポを向いた。
だが次の瞬間、その眼光が険しいものに変わる。
綾香が視線を四方に飛ばすのを見て取ったセリオは即座に命令を下した。

「全軍、戦闘準備、警戒せよ」

素早いセリオの対応に賞賛の眼差しを向け、再び探るように周囲に目をやる。

「綾香様…」

「何かが気配を隠してるわ、嫌な感じが複数あるのよ」

「御音軍…ですか」

「多分ね……くそっ! 向こうから仕掛けてくるとは思わなかったわ。イニシアティブが最初からこちらにあると思い込んでいたのが間違いだったみたいね。でもなんだってこっちの場所がわかっ―――来るわよ、正面!!」

巨大な黒い影が森から飛び出し綾香勢の真っ只中に降り立つ。
その見上げるような巨体が音もなく現れた様に現実感を感じられず、来栖川の兵士たちはただ呆然と立ちすくむ。
だが、黄金と黒のセブラ模様の巨獣はその存在を誇示するように咆哮をあげた。
大地がビリビリと震える、凄まじい咆哮。

「最悪です、大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)……相手は強襲魔獣兵団ですっ!!」

「クッ、あの神岸さんの物真似部隊ね」

吐き捨てながら獲物を睥睨する大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)に向かって駆け寄る。

なるほど、この魔獣の鼻を頼りにこっちの場所を探し当てたのね。

「相手は私よ、猫ちゃん!」

その声に応えるかのように綾香の方に向き直る大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)
凄まじい勢いで振り下ろされる前脚の爪を回避し、人間とは思えない跳躍力を発揮して地上三階はあろう大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)の頭部目掛け飛び上がる。

「くらえぇぇぇーーーー!! 円踵撃ィ!!」

絶叫と共に振り回された綾香の踵が大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)のこめかみに突き刺さり、大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)の巨体が吹き飛ばされる。

「チィ、浅い。思ったより反応がいい」

フワリと着地した綾香は忌々しげに吐き捨てた。
その言葉通り、吹き飛ばされた大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)がヨロヨロと立ち上がる。ダメージは受けているものの致命傷には程遠い。
虎は猛り狂った眼光で、自分を蹴り飛ばした人間を睨みつけた。その怒りを真っ向から睨み返しながら綾香はセリオに指示を飛ばす。

「セリオ! 全軍をまとめて北に退避を――」

「ダメです! 既に敵が回り込み始めています」

その言葉に彼女の美貌が凶悪さを増す。

連中、向後の憂いをなくすために私たちを殲滅するつもりね…。

犬歯を小さな唇から剥き出し、歯をギリリと噛み締めた綾香は、無念さの篭った小さな声音で決断を伝えた。

「東よ、セリオ…」

「…了解しました」

森からは巨大な影が次々とその姿を現し始めていた。










――半日後

「あっ、こうへ…ッ痛たた」

「バカ動くな、大丈夫か腕折れてないのか?」

少々落ち着かない様子で顔を覗き込む浩平に、瑞佳はニヘラ〜と表情が緩む。彼が心配してくれるのがそれはもう嬉しいのだ。

「うん、大丈夫、打撲だけだから。でも、イクミが庇ってくれなかったらちょっと危なかったよ」

「あいつ、無茶苦茶強かったもんな」

瑞佳は大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)たちに指示を出しているところを来栖川綾香に発見され襲われたのだ。

幸い、近くにいた大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)の一匹「イクミ」が割って入ったのと、既に来栖川勢が戦場から退避し終わるところだったために瑞佳は九死に一生を得ていた。

ともあれ、折原勢と魔獣兵団で行った逆奇襲は成功に終わった。
来栖川勢三〇〇〇はほぼ壊滅し、再度仕掛けてくることは不可能だった。
彼らが全滅しなかったのはひとえにセリオの冷静な判断と、綾香の孤軍奮闘によるものである。

特に綾香は大地の剛虎(ベヒーモス・タイガー)の半数までをたった一人で叩きのめしている。

「ユイとハルカは大したことなかったけど、イクミとナツキは重傷だよ」

浩平は大事な猫を傷つけてしまいちょっと沈んでいる瑞佳の頭をポンポンと優しく叩いた。

「猫たちの尊い犠牲により、我が軍の行く手を阻むものはいなくなった。帝都まで快適に進軍できるだろう。わっはっはー」

「浩平、勝手に猫たち殺さないでよ〜」








東鳩帝国西部 来栖川勢残余

道無き道を行く人影は敗残の一群。

「綾香様……」

セリオの声に振り返った来栖川綾香の顔には自嘲が溢れていた。

「お笑いね、セリオ。仮にも帝国三矢(ドライエック・プフィール)の一角を担う来栖川公爵軍の総帥がこの体たらくよ。所詮、将帥なんて器じゃないのかもね、いえ、たとえ代理とはいえ公爵家を任されるほどのモノでもないのかも……」

「綾香様は決して無能な将などではありません。あらゆるデータがそれを裏付けています」

無表情に言うセリオにクスリと笑みが漏れる。
その不器用な優しさが今は心地よかった。

「ありがと、セリオ。貴女の励まし方だとそうかなって思っちゃうわ」

「励ましではありません。歴然とした事実です」

「うん」

嬉しそうに頷いた綾香は真っ直ぐ先を見据えた。その眼光には強い光が戻っている。

「とにかく帝都に戻るわ。姉さんの下に…」

「はい、綾香様」





    続く





  あとがき

八岐「さて、折原くんもそろそろ飽きてきたので別の人を相方にしようかと思いまして……」

繭「みゅー」

八岐「……」

繭「みゅー、みゅー、みゅー」

八岐「あ…あの…君が新しい相方さん?」

繭「………?」

八岐「いや、首傾げられても……」

繭「(ぽむと手を打って)みゅー、はんばーがーふたつ」

八岐「……えっと、何が?」

繭「…………(じー)」

八岐「…………(汗)」

繭「うわーーーーん。みゅーーーーーーー」

八岐「いや、ちょっと待って、泣かないでって、ちょっと〜(泣)

浩平「………ダメだな、こりゃ」

浩平「さて、次回予告! ―――斉藤勢と柳川軍団の攻防から始まった激動の数週間。帝都へと迫る御音軍に立ち塞がったのは予想外の相手だった…。
新たな展開を見せ始める三華大戦。性懲りもなくまだ増える登場人物(爆)
第26話「ひとまず嵐は過ぎ去りゆく」――どうぞよろしく!」

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