魔法戦国群星伝








< 第二十四話 北領戦線戦局模様 >




カノン北領街道


縦長に列を組みながら、街道を足早に東に急ぐ軍勢。
その最後尾でじっと彼らが来た道の果てを見つめている男がいた。
いや、その視線は見つめているというよりも。仇でも睨みつけるような気配だった。
彼が撒き散らしている殺気に、ただでさえ急いでいる軍勢の歩みは追い立てられるかのようにその速さを増している

「柳川さん」

列の前方から馬を飛ばしてきた阿部貴之がその男に声をかける。

「どこに行ったのかと思いましたよ。指揮官がサボらないで下さい」

貴之を一瞥した柳川だったが直ぐに視線を元に戻す。

「お前が居れば問題ないだろう」

「そういう問題でもないんですけどね」

肩をすくめて答えた貴之だったが、どうも落ち着きのない柳川の様子に「ふぅ」と息を抜いた。

「心配ですか…松原が」

「……ふんッ」

バカにするように鼻を鳴らすがそれもあまり勢いがない。
無理もないか、と貴之は柳川の視線の先を追った。


今、向こうでは殿を引き受けた松原葵が、あの水瀬公爵軍と死闘を繰り広げているのだから。



貴之はつい半日ほど前に姫川琴音によりもたらされた報告を思い起こした。

『御音別働隊、帝都に向けて進撃中』

これにより、帝国軍のカノン侵攻作戦はぶち壊しになった。
主力軍も撤退を始めている以上、カノン皇国領内に留まることは敵中に孤立することを意味する。
水瀬公爵軍との睨み合いを続けていた柳川軍団もすぐさま帝国本土に撤退する必要があった。

殿は松原葵が引き受けた。

切り札として温存しておいた彼女の部隊は無傷であり、彼女の申し出は妥当だと言える。だが、相手はあの『完全なる青(パーフェクト・ブルー)』こと水瀬公爵軍である。ただで済むはずがなかった。

結局松原に任せる事になったけど、最後まで柳川さんは渋い顔をしていたからなぁ。

彼女の奮戦で主力は無事戦場を離脱できたけれども、その後の松原葵の安否の情報は未だもたらされていなかった。

突然、柳川の眉がピクリと動き、いきなり馬を走らせ始める。

「ちょっ!? 柳川さん?」

慌てて貴之も馬を追随させる。
しばらく馬を走らせていると、貴之にも何故柳川が走り出したのかが分かった。

「あれは…松原勢」

酷い有様となった軍勢が必死に走っている。柳川は彼らの前に立ち塞がると怒声を響かせた。

「貴様ら!! 葵はどうした!?」

「伯爵閣下!!」

軍勢の中から男が駆け出してきた。松原勢の幹部である。

「松原様は、最後尾で少数の味方と共に敵の包囲に取り残され……。我々も助けに戻ろうとしたのですが松原様が逃げろと――」

「あのバカが……」

柳川は低い声で獣の様に唸ると馬から飛び降りた。

「貴之、後はお前に任せる。帝国本土まで軍勢を下がらせろ」

貴之はこれ見よがしに溜息を吐いてみせると分かりましたと答えた。

「撤退路にはあの『霞斎藤』が跳梁していると聞く。雛山と連絡を密にしておけ、不正規戦はあいつらの方が専門だ」

貴之は頷くと共に安堵した。

頭に血が上っていると思ったけど、冷静な指示が出せる以上は安心だな。

「柳川さんこそ無茶しないでくださいよ」

柳川はふんッと鼻を鳴らして見せると、つむじ風を残し貴之の前から姿を消した。








カノン北領 赤種盆地


極限の疲労に気が遠のく。瞼が重い、腕が上がらない、脚が前に進まない。

荒い息を吐きながらノロノロと周りを見渡した松原葵は、味方が既に一人もいないことに今更の様に気が付いた。

よろよろとつい先ほど叩きのめし、足元でうめいている水瀬軍の兵士を跨いで前に進む。もう、自分がどこに進もうとしているのかさえ、どうでもよかった。

もう…少しぐらい…うまくやれると思ったんだけど…なあ。

自分の手足のように自在に進退できる四〇〇〇の兵士たち。上手く敵を足止めしつつ自分たちも逃げ出すことができると信じていた。


何時の間にか迂回してきた部隊が自分達の後方を塞ごうとしたあの瞬間までは…。


なんとか半分以上の兵士を逃がすことには成功したものの、自分を含めた一〇〇〇を越す兵士は敵中に完全に包囲されてしまった。
夢中で拳を振るったものの、酷使し切った身体が悲鳴をあげている。どうやらここらへんが限界らしい。

「そろそろ降伏なさったらどうですか、松原さん」

のろのろと顔を挙げる。気がつかない内に周囲を槍を構えた兵士が自分を囲んでいる。それすらも分からないほど自分が朦朧としている事に葵は愕然とした。
そして自分に声をかけたであろう人物が目に止まる。

青い髪の美しい女性。

「貴女は……」

「水瀬秋子と申します」

ボンヤリとした自分の呟きに答えて名乗った女性の名前に、葵は薄く笑みを漏らした。

「貴女は良く頑張りました。お陰で柳川さんの軍勢を逃がしてしまいましたからね。ですが貴女ももう限界でしょう。降伏して下さい」

すぐ目の前に敵の大将がいる。
ここでこの人を倒せば…、と考えて葵は内心で首を振った。

もう、腕も上がらない、もう、一人倒す力もないよ。

だが降伏しろという言葉に首を振る。

「私は……最後まで…あきらめ…ないって…決めているん…です」

途切れ途切れに言葉を紡ぎ、よろよろと拳を構える葵に、秋子は微笑を浮かべた。

なんて強い意志…。

気を失わせて捕らえようと前に踏み出しかけた秋子は、ふとその足を止めた。

影が彼女に差し掛かる。
途端、秋子の目の前にいきなり一人の男が降ってきた。

はるか上空から舞い降りてきたクセに、大した音もなく着地したその男は、頼りなげに立つ葵を庇うように秋子の前に立ち塞がった。
とっさに包囲していた兵士たちが槍で攻撃しようとする。だが、秋子が右手をサッと振ると一斉に槍を引き、後ろに下がった。

「流石によく訓練されているな…貴様が水瀬秋子か?」

「はい、そうです。貴方は柳川裕也さんですね?」

「やな…がわさん?」

茫然と目の前に現れた男を見上げる葵。

柳川は振り返ると酷く怒った声で「バカめ」と呟いた。

「ごめ…なさい」

葵は涙を浮かべてそう呟くと、緊張の糸が切れたのか、気を失い倒れ込んだ。

柳川は葵の体を受け止めるともう一度「バカめ」と囁いた。

「彼女を助けに来たのですか?」

秋子は何故か嬉しそうに柳川に問い掛けた。

「貴様には関係ない」

忌々しそうに舌打ちをする柳川に、秋子はニコニコと頬に手を当てた。
柳川のこめかみを一筋の冷や汗が流れ落ちる。

この女……なんだ!?

あわよくばこの場で殺ってしまうか、と殺気を漲らせた柳川だったが、ぞっとするような感覚に囚われ躊躇してしまう。それはエルクゥの本能か、武人としての勘か……どちらにしても勝てる気がしないのは確かだった。いや、勝てる勝てないが問題ではない。むしろ自分より強い相手の方が血が騒ぐ。それが柳川裕也という男だったはずだ。だが今、彼は葵を抱えているという状態を無視してたとしても……

「悪いがこいつは返してもらう」

「あら、私には関係ないはずでしょう? ふふ、こんな言い方は意地悪ですね…構いませんよ、捕虜になっていただくつもりだったんですが、お迎えが来たのならしょうがありませんしね」

「俺ごと捕まえればいいじゃないか」

「貴方を捕まえられると思うほど自惚れてはいませんよ」

よく言う、と呟くと気を失った葵を抱え、少々不本意そうに秋子を睨みつけた。

「貴様が初めてだよ。俺が戦いたくないと思ったのはな、水瀬秋子」

そう言い残すと、柳川は空高く飛び上がり、包囲していた兵士たちの頭を越えて遥か後方に着地するとその姿を消した。

「それは買いかぶりすぎですよ、柳川さん」

走り去る柳川見ながら呟くと、秋子は軍勢を再び追撃させるべくその場に背を向けた。








カノン北東部 斉藤勢


「柳川軍団が撤退してるだと? それ本当か?」

食いつかんばかりの斉藤の問いかけに、情報をもたらした兵士はコクコクと頷く。
未だ彼には御音共和国参戦の情報は届いていなかったが、戦局に何か重大な転換があったことは斉藤にも容易に想像できた。

「こりゃ、チャンスだよな」

これまで溜まっていた鬱憤を晴らさんとニンマリと笑みを浮かべる。

斉藤は、城を脱出した後、柳川軍団への補給路に対するゲリラ戦を展開していたのだが…正直、思ったより成果は上がっていなかった。
それも物資を輸送している小荷駄隊を守る雛山勢のガードがこちらの予想を上回って固かったためである。
今は二〇人程度の少人数ごとに別れて、連絡を密にしながら襲撃を繰り返すという方法を取っていた。

「全員に<一四四四地点>への集結を通達しろ! へへッ、柳川軍団の戦力、俺達で削り取ってやる!」







カノン北東部 雛山勢


「ここ二日、斉藤勢の動きが見えないのよねぇ」

雛山理緒の呟きに、副将の雛山良太は動きがないならいいんじゃないのか?と首を傾げた。正直、斉藤勢の襲撃による被害は予想を大きく上回っている。
斉藤は自分の戦果に不服を漏らしていたが、雛山勢とすれば義勇軍時代から培われた自分達のカウンターゲリラ能力に完璧に近い自信を持っていたために、これまでの被害と斉藤勢を壊滅させていない現状には大きな不満を持っていた。

不満そうな弟の仕草に、理緒は考え込みながらフラフラと首を上下に振った。

「私なら仕掛けどころは相手が撤退するこの時機なんだけどなぁ」

ツンと前に突き出されている二本の前髪がユラユラと揺れている。良太は以前からそれが潜伏した敵ゲリラを発見する対敵レーダー触覚ではないかと疑っていた。自分の姉の敵の襲撃に対する感知能力には人間離れしたものがある。少なくとも理緒本人がいるところで奇襲を受けたことは今まで一度もなかった。

「ねーちゃん?」

良太の呼び声にも反応せず理緒はじっと考え込んでいた。
しばらくユラユラと揺れていた触角がピクリと反応する。
次の瞬間、理緒は決断を下した。

「良太、とにかくに物見をたくさん出しなさい。街道沿いに配置した兵の数を減らしても構わないから、斉藤勢の居場所を突き止めて」

退路の安全を減らすと言う危険と言えばあまりに危険な命令にも、良太はすぐさま了解して命令伝達のために走った。

良太に躊躇や不安はなかった。

常に帝国軍の後方を絶対的安定感をもって守ってきた『救世者(メサイア)』雛山理緒の決断が今まで間違ったことはなかったのだから。




§




「報告来たぞ、ねーちゃん!」

良太に頷いて見せた理緒の声音は平静だった。

「内容は?」

「斉藤勢の一個小隊を発見、現在第一六班が追跡中」

もう一度コクコクと頷いて考えに耽る。

これで三つ目…小荷駄隊には目もくれず…か。これは…どこかに集結するつもりね。

「狙いは柳川軍団。そうね…良太! 全軍に合流を急がせてちょうだい。柳川勢には撤退ルートを別に指定して! 私たちは…」

雛山理緒は弟を振り返ると、決然と宣言した。

「斉藤勢が集結した所を一網打尽にする!」









カノン北東部 斉藤勢


「来ない…だとぉ!?」

偵察から戻った兵士から柳川軍団が街道を逸れ迂回したことを知らされた斉藤は、一瞬唖然とするとこの事実が意味するところに気付き歯軋りした。

俺達の動向がばれてる? いや、ルートを逸れたってことは既に俺達の位置まで特定してるってことじゃねえか。畜生、そっからの展開は嫌でも分かるぞ!

斉藤は怒りの混じった声で絶叫した。

「全軍戦闘準備! 警戒を怠るな! すぐにでも敵が来るぞ」

その言葉が響き渡る前に銃声が鳴り響く。

斉藤の表情が苦渋に歪んだ。

連中、俺らが集まるのを待ってやがった!

こうなっては柳川軍団への攻撃など出来ようはずもない。

「くそッ、常に帝国の後背を守護する者、帝国軍の裏の立役者、彼の者無かりて帝国在らず『救世者(メサイア)』雛山理緒か、よく言ったもんだぜ。こうも易々と動きを封じられるとは…畜生っ!!」








カノン北領街道


「現在、我が雛山勢は斉藤勢と交戦中。貴軍の撤退を妨害するものは存在しません」

「わかった、感謝する。貴軍も折を見て直ぐ退いた方が良い。水瀬公爵軍が近づいている」

雛山の使番は一礼するとすぐさま立ち去っていった。
それを見送った柳川軍団指揮官代理 阿部貴之はふッと息を漏らした。

「とりあえずは退路の安全は確保されたな。後は柳川さんと松原が戻れば一安心だ」

だがその安堵もすぐに自嘲に変わる。

「いや、帝都が落ちれば安心も何も無いんだけど」








皇城スノーゲート


「これは?」

ようやく皇都「雪門」にたどり着き、城に戻った藤田浩之は城内の慌ただしい様子に戸惑いの声をあげた。
そこに皇都の治安維持の為に残っていた長瀬源三郎が出迎えに現れる。

「ああ、帰ってきたね藤田君」

「長瀬さん! なんだよこりゃ、まるで城を引き払うみてぇじゃねえか」

「そのとおり、我々はここを引き払う」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに俺達は一度撤退したけど、ここまで捨てる必要はないだろう?」

「う〜ん、そうはいかなくなったんだよ。御音軍が二軍に分かれててね、来栖川勢と坂下勢は片方で引っかかっている。御音のもう片方の軍が帝都に進撃中だ」

長瀬の言葉に浩之の顔が蒼白となった。

「雅史!!」

「なんだい?」

浩之と共にいち早く皇都に戻っていた近衛兵団長 佐藤雅史は浩之の血相を変えた怒鳴り声に飄々と応えた。

「話は聞いたな!?」

「走りっぱなしっていうのも疲れるんだけどね。でも事態が事態だ、了解したよ。先に帝都に戻ってる」

「頼む、雅史」

笑みを浮かべて頷くと、雅史は再び城の外へと駆け出していった。その背を見送りながら、長瀬は険しい表情の浩之に小さく囁く。

疾風(シルフィード)が征く…か。だが、我が軍最速の近衛兵団を以ってしても間に合うとは思えないぞ」

「何もしないよりよっぽどいい」

苦渋に満ちた浩之の言葉に長瀬は惚けた表情のまま頷いた。

「いや、全くその通り。で? 我々はこれからどうするのかね?」

「殿の委員長たちが帰るのを待つ。他の部隊は順次帝国本土に撤退させる。折角陥落させたこの城を捨てるのは勿体無いが、確かに長瀬さんのいう通り引き払うしかないだろうな」

そうか、とひとりごち長瀬は懐から煙草を取り出すと、携帯火縄で火をつけた。

溜息と共に煙を吐き出す。

「藤田君、どちらにしても今後の方針は色々と考え直さないといけないな」

チラリと長瀬に眼をやった浩之は難しい顔のまま静かに言った。

「……分かってるよ、長瀬さん」




    続く



    あとがき

浩平「今回短かったな。文章量、前回の半分ぐらいじゃないのか?」

八岐「話の区切り方が下手なんだから仕方ないやん。次の話盛り込むととんでもないボリュームになっちまうからな」

浩平「ふ〜ん、で、これからどうなるんだ?」

八岐「ス、ストレートに聞くねえ。取り合えず、あと2、3話で、帝国の危機編をまとめたいと思ってます」

浩平「……いつから『帝国の危機編』なんて名前がついてたんだ?」

八岐「今から……」

浩平「……その後は『打ち切りへの危機編』だな」

八岐「こらこらこらこら!! 洒落になってない!」

浩平「なんだよ。なら、ちゃんと後のストーリー考えてあるんだろうなあ?」

八岐「か、考えてあるさね。目指せ、怒涛の展開! ってやつだわ。ヒロイックファンタジー的展開とか、AIR風ラブストーリーやら、さらにはアレやコレ。さらにはなんとお!?」

浩平「おーい、帰ってこ〜い」

八岐「はっ!? ああ、ちょっとトリップしてた。まあ、とりあえずこれまで戦記物っぽく話を進めてたんだけど、そろそろファンタジーっぽい展開にしていこうかなと思ってる」

浩平「ファンタジーねえ。これって戦国物じゃなかったのか?」

八岐「……おお! そういえばそうだった」

浩平「…あんたがそんな事言ってもいいのか?」

八岐「う〜、戦国っぽかったじゃないかぁー」

浩平「……そうか?」

八岐「……(泣)」

浩平「西洋風中世ファンタジー戦記ってな方が合ってたような」

八岐「いちいち核心を突くなぁー!!」

浩平「ふーん、核心なんだ」

八岐「……ぐは」

浩平「…最近締めがワンパターンだぞ」

八岐「だからもう許して(泣) さっさと次回予告に行ってちょうだい」

浩平「はいはい、それでは次回第25話「だよもんと8匹の猫たち」−天才、折原浩平の活躍をみろ!

八岐「……天才となにやらは紙一重」


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