魔法戦国群星伝







御音共和国・東鳩帝国国境


その場所は小高い丘の上。
冬の訪れを予感させる冷たい風が周囲を撫上げる。
肌寒さを覚える秋風に吹かれながら…一人の少女が馬に跨り、悠然と下方を見下ろしている。
視線の先にあるのは中規模の砦―御音との国境を守る国境警備の部隊が置かれた拠点。
だがその中にいるのは僅か1000人にも満たない。

『派手にやれ』

その命令を思い出し、少女の口端が仕方ないなあと言いたげに綻んだ。
風が彼女の髪をはためかせた。
その冷たさに少女は意識を戻すと、口端を吊り上げた。綻びが不敵な笑みへと変わる。
ゆっくりと、そして大きく右手が振られ、すっと人差し指が眼下の砦に向けられる。


無言の、だがこれ以上無いほど明確な攻撃の指針

命は下された。

雪崩のような地響きが鳴る。

まるで彼方を指差す女神像のように勇壮に佇む少女の両脇を、万を越す軍勢が駆け抜けていく。


砦そのものを飲み込むような迫力で軍勢は進撃する。それを見送った少女は、傍らに一人の少年が待っているのに気が付いた。
少女は頬を緩めて頷きかけると馬に鞭を入れ、走り出す。

疾駆する二騎の騎馬が軍勢を追い抜いて先頭へと踊り出した。






東鳩帝国が本土への敵軍侵入を許した瞬間だった。










< 第二十話  終わる決戦 始まる苦戦 >



ものみヶ原  保科勢




『御音共和国軍 帝国本土に侵攻を開始』



とても信じられる内容ではなかった。
事前に調べ尽くされた御音共和国の内情は、とても戦争を遂行できるような状態ではなかったはずなのだ。

いや、もし無謀にも開戦を決意したとしても、その兆候を捕らえる事に失敗するなど考えられない(何しろ戦争だ。始めるのにこれほど大袈裟になるものは無い)。
それがまさか御音が実際に行動を開始して初めて、御音共和国が戦争を決意した事を知るなどという不手際が起こるとは……

ふと智子は自分が思考の海で御音の参戦を不可能と否定する理由を羅列し、さらに情報局つまり長岡志保を非難する事で現実を認める事から逃げていた事に気が付き、唇を噛み締めた。

違う……認めろ…御音は参戦したんや。今考えれる事は過去の事やない、今からの事……っ!

この情報が意味する所を智子は染み渡る様に悟った。

何てことや、この合戦…いや、下手したらこの戦争そのものを失うてしもうたんやないんか。

震える手で眼鏡を外し顔を抑える。

「ははっ、切札を最後まで隠し持っとったんはカノンの方やったっちうんか」

そうや、この戦、最初から負けとったんや。戦略的敗北……クソッ、戦術で引っ繰り返せた最後のチャンスはさっきの神岸さんの突撃やったのか。

虚ろな笑いが漏れる。

あかん、こんな時こそ冷静にならな、頭冷やせ頭……どうする……これからどうする……。

しばらくじっと虚空を見上げていた智子は突然パンパンと頬を叩いた。

そうやな……決まっとるやん。覚悟決めなあかん…いや、覚悟決めるんがわたしの役目や。

眼鏡を掛けなおした智子は強い光を秘めた眼を、レンズ越しに情報局員に向けた。

「今から藤田君のとこに行くんやろ。わたしもちょっと付き合うわ」









ものみヶ原  東鳩帝国総本陣

「出陣準備、既に整っています」

「よし、出るぞ! 委員長は動いたか? 出来るだけ同時に……」

今まさに、全面攻撃を開始せんと指揮を揮っていた浩之は、先ほど智子の所に送り出した使番が戻ってきた事に眉を顰めた。

「おい、お前なんでこんなに戻ってくるのが早いんだ?」

「それが……」

使番は戸惑ったように振り返ると、後ろにいた人物に道を譲った。

「い、委員長? なんで…」

智子はずかずかと浩之に歩み寄ると、傍らの情報局員から封書を受け取り、浩之に手渡した。

「本国の長岡さんからや」

いつになく真剣な眼をした保科智子に、無言で封書を受け取る。

困惑を浮かべ、智子の顔を横目に見ながら封書に目を通した浩之の表情が平坦なものになる。

普段は意外と表情豊かな皇帝の能面のような表情に周囲は何故か恐怖感を覚えた。

「じ、情報総監殿はなんと?」

本陣にいた全員の雰囲気が不安に犯されていく中、その場にいた側近の一人が恐る恐る冷静に見える智子に聞いた。



「御音共和国が軍を動かしよった。恐らくもう国境は過ぎとるやろうな」



一瞬、本陣が静まる。直後、各人は口々に喚きたて始めた。パニックに近い。だがそれも浩之が放った一言に静まり返る。

「何故、事前に侵攻を察知できなかった」

さも落ち着き払ったような静かな一言……だが、その場にいた全員が浩之が怒り狂っている事を悟り凍りつく。

当事者である情報局員が冷静さを装いながら答える。

「T機関というものをご存知ですか?」

「T機関? 特別調査局なら知っとるけど」

智子は以前長岡志保が忌々しそうに誉めていた里村という女の名前を思い出しながら、その女が長を務める御音共和国の情報機関の名前を挙げた。情報部員は首を振った。

「T機関…タクティクス・オーガナイゼーションは革命軍時代から存在したと言われる秘密機関です。噂では特別調査局はこの(タクティクス)機関の下部組織に過ぎないとさえ言われています。いえ、そもそもその(タクティクス)機関自体、その実在を確認できず、今まで噂の域を出なかったのですが……。
今回、我が情報局の潜入諜報員は秘密裏に完全抹消されていました。
これほどの手際は御音共和国の治安当局にはありませんし、大統領府特別調査局の諜報部工作隊「ナイト・ストーカー」や実働部特殊部隊「サイレント・コア」はこの手の仕事は専門外です。
恐らく、この(タクティクス)機関に直属すると思われる組織が動いたと推察されます」

「なるほど……どちらにせよそいつらにカノンに使った手をそのまま返されたというわけだ」

「……元々、情報局はカノンに主眼を置いており――」

その瞬間、浩之の顔が激怒に変わった。
手にしていた封書を引き裂き、机に叩きつけ怒鳴りつける。

「言い訳はいい!!」

「はっ! もっ、申し訳ありません」

情報局員は震え上がり、顔を蒼ざめさせながらなんとか言葉を発した。

周囲に殺気を放ちながら浩之はどっかと椅子に座り込む。

「……どうするつもりや、藤田君」

「…………ここで俺達が攻撃を開始すれば敵軍は崩壊。その後本国に取って返す」

どこか余所余所しげに言う浩之に智子は嘆息するように吐き捨てた。

「…………本気で言うとんのんか?」

その言葉に浩之はキッと智子を睨みつけた。

「わかっているよ!! 御音が動いたことをもうカノンが知っているのは間違いない。奴ら、すぐにでもその情報を声高に戦場に流布させるだろうよ。そうなれば連中、死に物狂いで防戦する、総崩れなんかまずならねー! いや、ただでさえ士気が落ちてるこっちの方が総崩れになり兼ねない」

「わかっとるんやったら…」

「こっちはレミィが殺られてるんだ!! このままじゃ俺の気がすまねえんだよっ!!」

怒声が静まり返った本陣に響く。怒りに任せて殴りつけた机は真っ二つに叩き割られていた。

だが智子も一歩も引かずに浩之と睨みあう。
周囲は固唾を飲んで見守っていた。

最初に動いたのは智子だった。智子はふっと表情を緩めると笑みを浮かべた。

「藤田君、あんたレミィが死んだと思っとるみたいやけどな。わたしはそんなん信じられへんわ」

「何を、白穂山がなくなっちまってるんだぞ。あれじゃあ絶対生きてるはずがないだろう!」

「それでも……わたしは信じへん。だいたいあのアホ娘があの程度で死ぬような常識の持ち主かいな」

「……常識があろうがなかろうが死ぬぞ、普通」

言い返しながらも、まるで生きているのを確信しているかのような智子の真っ直ぐな瞳に、浩之は自分の中の煮えたぎるような怒りが消えていくのを感じた。

そう……だよな。あのレミィが死ぬはずねえよな。ったく、俺が信じないでどうするんだよ。

浩之ははぁーと大きく息を吐いて目を閉じると、冷静さを取り戻した声音で告げた。

「わかった、退こう。自分が負けたってのは認めねーとな」

「で? 殿(しんがり)は?」

「そりゃもちろん俺…ふぎょらっ!?」

周囲の人間は智子がどこからともなく取り出した明らかに金属で出来ているハリセンで、浩之をはたき倒すのを呆然と見過ごしてしまった。

白目を剥いて気絶した浩之に苦笑を浮かべながら、智子は聞こえないと知りつつ言い放った。

「あほか、仮にも皇帝陛下なんかに殿(しんがり)なんぞ任せれるかい。あんたこういうのは頑固やからな、悪いけど非常手段や」

智子はあまりのことに呆然としている周囲の面々を見回して言った。

「あんたらは藤田君連れて先に皇都に戻っとき。使番らは前で頑張ってる連中に状況報告の後に撤退命令を伝えてや」

「あの、保科委員長は?」

恐る恐る聞き返してきた幕僚の一人に、眼を瞬かせた智子は不思議そうに言い放った。

「わたし? 決まっとるやん、わたしは殿(しんがり)や。なんか問題でもあるん?」









ものみヶ原  倉田勢

「一体何が……」

一弥は目の前に起こっている光景に思わず呟きを漏らした。

今だ戦力的に上回っているはずの帝国軍が次々と撤退し始めている。

幾度も敵の策を退けたとはいえ、ギリギリの戦いを続けていたカノン軍にとって、目の前の光景は信じられないものだった。

「どうやら、時間まで耐え切ったようですねー」

目を細めて撤退していく帝国軍を見つめている佐祐理の言葉に、一弥は戦の前に聞いた情報が脳裏に浮かんだ。

「姉さま、まさか……」

一弥の想像を肯定するように、何人もの使番たちが声を張り上げながら戦場を駆け回っていた。

「御音共和国軍、帝国領土へ侵攻!! 御音共和国参戦!! 勝利は我が方にあり!!」









ものみヶ原  保科勢

「保科ぁーー」

嫌な奴が来た。

智子は馬を走らせてくる、普段から癇に障る人物の姿に口元を不機嫌そうに歪めた。

「なんか用か、岡田」

「あんた、殿(しんがり)を引き受けたんだって?」

「ああ、そうや。わたしの部隊はまだ戦っとらんから疲弊してへん。引き受けるのは当然や」

岡田はチッと舌打ちすると忌々しげに智子を睨みつけた。

「私はあんたのそういう優等生ぶったところが一番嫌いなのよ」

「そうかいな。別に関係ないけどな」

「ふん、連中強いわ。あんた死ぬわね」

智子はただ鼻で笑うだけであった。

二人はしばし睨みあう。やがて岡田はそっぽを向くと驚くような言葉を発した。

「銃兵隊五〇〇、あんたに預けるわ。好きに使いなさい」

「なっ!?」

驚いて引っくり返りそうになった智子に岡田は不貞腐れたように言い放った。

「預けるだけよ。ちゃんと返しなさいよね」

そう言い捨てると岡田は後ろも見ずに駆け去っていった。

しばらく呆然としていた智子だが口元に手を当てクククと笑い始めた。

「ハハ、なんやほんまアホな奴やなぁ」

性格が歪んどるんか、ある意味真っ直ぐなんかよう分からんやっちゃ……まあお互い様やけどな。

正直、五〇〇もの鉄砲は有難かった。

ただ、それよりも何故か妙な気分だ。

何時の間にか大声で笑っていた智子は笑いを収めるとカノン軍の方を振り向く。撤退する帝国軍を追いかけるために、既に追撃体勢に入っている。
智子は岡田が残した鉄砲隊を加えた自分の軍勢を揃え、その前に立った。

――あんた死ぬわね――

岡田の言葉が脳裏をよぎる。

「ほんま、やばいわ。この連中にも気合入れたらんとな」

そう呟くと、智子は眼鏡を外し懐に入れ、おもむろに自慢の三つ編みを解いた。
豊かな髪が風に靡く。
吹きすさぶ風を気持ちよさそうに一身に受けるその姿は勇ましく、そして美しかった。
軍装束を纏ったその姿は戦女神の如き勇壮さをかもし出す。
智子は自分の姿がどれほど士気に影響を与えるものかを知り尽くしていた。

元々可愛らしいで通っていた自分達の大将が一瞬で絶世の美女に変身したことに、保科勢の兵士たちは茫然とするしかなかった。

そんな愛すべき部下たちを一人一人確認するように見渡した智子は語り出した。

その言葉は静かだがよく通る声で響き渡る。

「これから、うちらは味方の撤退を支援する殿(しんがり)を務める。敵は多く……強大や。 対するうちらは二万と五〇〇、こんだけで敵軍を止めなあかん。 ……無茶はわかっとる。それでも……それでもわたしはみんなに頼むわ。 わたしに…命預けてくれ!!」

「「ウオオオーーーー!!!!」」

その瞬間、保科勢の士気は天を突かんばかりに湧き上がった。





後に「退き保科」「篠街道退き戦」の名で知られる壮烈な撤退戦の始まりだった。






  続く






  あとがき

八岐「あれ? セリオー……いないな、どこ行った?」

※※「ふははははは、あの女ならば今ごろ俺が注射した乙女ウイルスで『肉まんは豚まんと呼ぶのが乙女なのです』などとほざきながら彷徨ってるぞ」

八岐「訳わからん(爆)って貴様何者だっ!?」

※※「ふっか〜つ!!」

八岐「お前は!?」

※※「のわっはっはっは、相沢祐一…と思ったヤツ、大はずれ〜。我が名は折原浩平だぁぁぁ! 」

八岐「……はい?」

浩平「みんな忘れてると思うけど第四話のあとがき以来の登場だ!」

八岐「そう言えば謎ジャムの刑を受けて抹殺された覚えが……」

浩平「むう、復活までこれほど時間がかかるとは思わなかった。流石は謎じゃむ」

八岐「いや、単に出すつもりがなかっただけで…」

浩平「(無視)さて、三代目あとがき助手の誕生を祝い、まともなあとがきを始めようではないかっ」

八岐「まあいいか(もうどうでもええじゃないか状態)で? まともなあとがきって? 俺どうやるか分かんないよ」

浩平「…………いきなりですが質問コーナーのお時間がやってきましたー(どんどんぱひゅぱひゅ〜)」

八岐「君もわかんないのね(ええじゃないかパレード状態)」

浩平「冒頭のシーンの御音の人、あれって俺?」

八岐「一応君は軍の最高司令官だからどうでしょう。まあ直に分かるさね」

浩平「それって答えになってないぞ。あ〜次。T機関のボスって、前に秋子さんが言ってたTってヤツなのか?」

八岐「イエス。正体は…ナイショ。まあバレバレだけど」

浩平「バレバレなのか?」

八岐「多分」

浩平「では最後の質問…俺を含めたONEのメンバー本格登場は何時だ?」

八岐「え〜っと……次の次ぐらいには…頑張ります」

浩平「……話長すぎだぞ。20話でまだ俺たち出てないんだから」

八岐「申し訳ない。謝罪の言葉もありません」

浩平「あやまれ〜」

八岐「では次回、……突如現れた第3の助手! 樹海から霊界へと迷い込んだ相沢祐一に復仇の機会はあるのか? 乙女となったセリオは? 第4・第5の助手の襲来はあるのか? 風雲急を告げるあとがきの行方はいったいどうなるのか!? 次回第21話『退き保科』こうご期待」

浩平「むう、なかなか緊迫感溢れる展開に…? ってそれはなんか違うぞぉぉぉぉぉぉ!!」



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