魔法戦国群星伝
< 第十八話 オペレーション・ヤック >
ものみヶ原 東鳩帝国総本陣
ものみヶ原全体を白く染め上げた閃光は、やがて微かな鳴動を残して収束した。
視覚を焼き尽くすような凄まじい閃光に、思わず眼を閉じていた浩之は恐る恐る瞼を開き……呆然とする。
彼の視線の先、つい先程まで白穂山があったはずの場所は、僅かにふもとを残して、完全に消滅していた。
文字通りなにもない。
かつて世界を滅ぼしかけた魔術…この情景がその力を示していた。
ベキィ
「ヒィッ!」
同じく呆然と白穂山があった場所を見ていた幕僚の一人は、なにかがへし折れる音を聞き、振り返って思わず悲鳴を上げる。
そこには悪魔と見間違わんばかりの形相となった浩之が、握っていた木製の椅子の手摺を握り潰していた。
「レミィ……」
そう、あそこには彼女が…宮内レミィがいたのだ。
そして……白穂山にいた以上、絶対に助からない。
義勇軍時代からの大切な仲間、大切な友人がたった今、失われた。
死んだんだ。
浩之の意識が真っ赤に染まる。
「や…りやがったな…。よくも…よくもレミィおおおおおぉぉーー!!」
獣のような咆哮、いや悲鳴をあげた浩之は初めて見る皇帝の怒りにおびえ切っている人々に、人を殺さんばかりの視線を向け、命令を発した。
「全軍に『オペレーション・ヤック』発動を通告しろぉ!! あかりを出せ!!」
ものみヶ原 カノン皇国軍総本陣
「で…でたらめだ。普通狙撃手一人倒すのに山一個吹き飛ばすかぁ!?」
「しょうがないじゃない。他に狙撃手を排除する手段がなかったんだし。大体軍勢を消し飛ばした訳じゃないんだから『永遠の盟約』も発動しないし、構わないでしょ?」
「そりゃそうだけど……もう無茶苦茶だ。相沢も美坂も常識が無いっつーうか、なんつーか」
「なによ、どういう意味?」
「いや、別に…言葉通りだ」
ベキャ
不用意な言葉を吐いた北川を黙らせた香里は、戦場に眼を戻した。
既にレミィによる狙撃は途絶え、絶対魔術の威力を見て士気を上げたカノン軍は再び前線を持ち直して来ている。
「ひとまず安心ね」
呟いた香里の視界の端で、赤い色が動いた。
ものみヶ原 独立近衛鉄熊兵部隊
「皇帝陛下より出陣命令が出ました。『オペレーション・ヤック』です」
「……浩之ちゃん、凄く怒ってる」
赤い装束を纏った大人しげな女性、神岸あかりは予定より早い出陣命令に、レミィを失った浩之の怒りが込められているように感じた。
無論、彼女自身内心怒り狂っている。
彼女の穏やかな容貌は今、どこか危険な雰囲気を漂わせていた。
皇帝の赤き牙
今、まさに神岸あかりは字名通り、怒れる皇帝の牙となろうとしていた。
「近衛鉄熊兵部隊…出ます」
彼女と同様の赤い装束を纏った兵士たちが鬨の声を上げる。
それに合わせるように、近衛鉄熊兵部隊に配備された巨大な魔獣赤毛熊たちが咆哮する。
シャルラッフロート・シュトゥルム――真紅の暴風が今、動き出した。
ものみヶ原 相沢勢
広い戦場でも赤はよく栄える。
祐一の眼にも、近衛鉄熊兵部隊が動き出したことは直ぐに確認できた。
「なんで、ここで『真紅の暴風』を動かすんだ? 無駄遣いじゃないか」
祐一は戸惑ったように眉を顰める。
彼が困惑するのには理由があった。
近衛鉄熊兵部隊は内外に帝国最強部隊として知られていたが、その実体は戦場で真正面から投入するような部隊ではない。
この部隊は凶暴な魔獣「赤毛熊」を80匹近く飼いならしており、その攻撃力を全面に出して攻撃してくる。その打撃力にはまず屈しない軍勢は無いが、隊列を重視し、多数の鉄砲による弾幕や槍ぶすまといった防御手段が威力を発揮する現状の戦場ではその力を存分に揮う事は難しかった。
むしろこの部隊が恐れられるのは通常の合戦が行われる前後の活躍に因る。
乱戦を得意とし、密かに忍び寄って襲い掛かる。
または側面から襲撃をかけ敵軍を大混乱に陥れる。など、戦況が隊列などが完全に崩壊した大乱戦や、追撃戦・撤退戦に悪魔的な威力を発揮するのだ。
だが現状では戦場は全く乱れておらず、今、近衛鉄熊兵部隊を投入しても無駄に戦力を磨り潰す結果になりかねない。
祐一には独立近衛鉄熊部隊の行動が切札を無為に消耗させる様に見えた。
「帝国の奴ら、どういうつもりだ?」
ものみヶ原 帝国側最前線
「『オペレーション・ヤック』発動命令です」
それを聞いた瞬間、矢島は身体の奥底から噴きあがる高揚感に全身を震わせた。
「よし!!」
牙を剥く様に口元を吊り上げ力強く頷く。
矢島は配下の部隊を見渡しながら激を飛ばした。
「手前ら!! 神岸さんのための道を開けて差し上げるぞ!!」
「「おおーー!!」」
ものみヶ原 打撃騎士団
いままで一言もしゃべらず(「けろぴー」が出現したときに「かわいい」と呟いていたが)
静かに戦況を見守っていた打撃騎士団団長 川澄舞は眼つきを険しくして立ち上がった。
あれは……。
前衛部隊同士の槍の叩きあいが始まってから二時間、前線で戦闘が繰り広げられている場所は左翼と右翼に偏っていた。中央部に布陣したカノン西部・南部合同軍はそれに導かれるように左右に分かれている。
徐々にだが中央部はその陣厚を薄くしていっていた。
その傾向が今、急速に拡大していた。
いや、実際帝国前線部隊は攻勢の方向をそれぞれ北と南に押し分けている。
舞の眼には東鳩帝国軍前衛部隊は意識して戦場を移動させようとしているように見えた。
そして、帝国軍陣地では赤揃えの部隊―近衛鉄熊兵部隊が既に前進を始めている。
その瞬間、舞は帝国軍の意図を悟った。
いけない!!
舞は切羽詰まった様子で叫んだ。
「全軍、出る!!」
上からの命令もなく動こうとする舞に、部下たちは戸惑った視線を送った。
反応の鈍い部下たちに普段は感情を見せない舞がいらだたしげに右腕払うように広げもう一度叫んだ。
「急いで!! 早くしないと間に合わない!!」
ものみヶ原 相沢勢
「相沢卿! 打撃騎士団が動き始めています」
「なにぃ!?」
側近の報告に祐一は慌てて立ち上がった。
「バカな! 何を考えてるんだ舞!? 今俺たち予備軍が動いたら……」
とっさに舞たちを止めようとして陣幕から飛び出した祐一は凝固した。
彼の呆然と見つめる視線の先では、近衛鉄熊兵部隊がカノン軍の前衛に凄まじいスピードで接近していた。
「しまったぁ!!」
祐一は思わず大声をあげた。
近衛鉄熊兵部隊、戦場の中央を突っ走る神岸あかりの前にはカノン軍は僅かしか存在しない。
そしてその薄い壁を突破すれば、カノン軍総本陣――美坂香里まで一直線である。
『オペレーション・ヤック』
その別名をカノン軍総本陣急襲作戦という。
ものみヶ原 カノン皇国側最前線
「騎兵を出せ、なんとしても止めろ!!」
完全にやられた。
久瀬は敗北感に打ちのめされながらなんとか神岸あかりを止めるべく騎兵を集め送り出す。
くそっ、連中…最初からこれを狙ってたのか。知らず知らずのうちに戦場を移動させられていたとは……何たる失態!
久瀬は後ろを振り向く。左翼の打撃騎士団と、右翼の相沢勢が近衛鉄熊兵部隊の前に立ち塞がらんと部隊を動かしている。だが……
間に合わん…。
この後に及んで冷静さを失わない久瀬の思考は、目の前の現実を厳然と分析し答えを出した。
その回答を平然と受け止める自分の精神を内心で罵倒しつつ、彼は北方を駆ける近衛鉄熊兵部隊を見送った。
『真紅の暴風』は隊列すらまともに組まずに凄まじい速さで戦場を駆け抜けていく。
まさに乱戦用に特化された部隊ならではの進軍速度だった。
あくまで隊列を崩すわけにはいかない川澄・相沢勢では動く速度が全く違う。
久瀬は呆然と思った。
……この戦い…終わったな。
どうしようもない諦めと共にこのものみヶ原会戦の…いや三華大戦そのものの敗北を悟る久瀬。
そして見納めとばかりに本陣を振り返り……絶句した。
バカな!? 何故逃げない、美坂香里っ!
彼の視界の先には敵を目前にして微動だにしない皇国旗―雪の結晶が描かれた「スノー・クリスタル」の姿があった。
久瀬は息苦しさを堪えるように目を細めた。
……そうか…決断したのか、美坂香里。愚かな……だが間違いではない。……辛いな、王という立場は……。
久瀬は口元に小さく微笑を形作ると独りごちた。
「ふん、いいだろう、少々気に食わないが貴様の覚悟…付き合ってやる」
ふと視線を北に向ける。
あの人も……退かぬだろうな。
悲しげに眼を閉じた久瀬はポツリと呟いた。
「死戦…だな」
ものみヶ原 独立魔導銃兵隊
「うにゅ〜! 動かせる銃兵隊はないの!?」
「だめです! 敵は攻勢を強めています。今、支援銃撃の手を少しでも緩めたら前衛が崩壊します」
そんな事は分かってる。分かってるけど…!!
「でも、このままじゃ香里が!!」
香里!
悲痛な叫び声が虚しく響き渡った。
近衛鉄熊兵部隊はカノン軍中央部を難なく突破。各部隊から派遣され、立ち塞がった騎兵たちも、赤毛熊の咆哮に馬が怯えてしまい、あっさりと蹴散らされる。
もはやカノン本陣まで無人の野が広がるのみ。
ものみヶ原 カノン皇国軍総本陣
「美坂! 早く逃げないと」
焦りまくって怒鳴る北川に香里は静かに首を振った。
「だめよ」
「バカな、何を言って…」
「今!! 今…私が逃げ出したら…、ここに揃ったカノン全軍が崩壊するわ。ここで私が退くわけにはいかないの……」
搾り出すように言葉を発した香里は押し黙った。
そう、私が逃げたらカノン軍の士気は完全に崩壊する。そうなれば文字通りカノン軍七万三〇〇〇は全滅するだろう。帝国軍はそれだけの実力を持っている。
でも、ここに最後まで踏みとどまったら?
兵達は最後まで逃げなかった女王のために奮起するだろう。せめて…せめて相沢君と川澄さんが撤退する時間を久瀬と佐祐理さんはひねり出してくれるはず。
女王の代わりなら栞がいる。でも相沢君と川澄さんの無傷の一万七〇〇〇の代わりはいない。
あの二人と秋子さん、それに符法院があればカノンはまだ命脈を保てる。栞を支えてくれる。
だからこそ私はここを退く事が出来ない。
いいえ…退かないのよ。
痛みを耐えるように歯を食いしばって沈黙する香里に何かを悟ったのか、北川の表情が苦しそうに歪んだ。
…ったく、なんだってそんなになんでもかんでも抱え込んじまうんだよ、美坂。
湧き上がる腹立たしさを押し殺してポツリと問い掛ける。
「……死んじまうんだぞ?」
だが、香里は北川の変化に気が付かず、唇をぎゅっと噛み締めると搾り出すように言った。
「死ぬつもりなんかないわ」
紛れもない本心…だが香里は自分の言った言葉に目眩を覚えた。
この場に留まる以上、そんな事は絶対に無理なのに……私は…
そんな香里の様子を見つめていた北川は、ふっと諦めたように笑みを浮かべた。
まあいいさ、意地っ張りで頑固なところも美坂らしいし。それに俺は……
「わかった。へへっ、まあ何とかしてやろうじゃねーか」
しょうがねえなあといった感じの北川の言葉にハッと顔をあげる香里。自分の決断が招いた事実に今更ながら顔を蒼ざめさせる。
そうだ…私は、自分の命だけでなく、北川君の…佐祐理さん、久瀬、そして兵士達全ての命に決断を下してしまったのだ。
「ごめん、巻き込んで……」
声を震わせた香里に、北川はあきれたような表情を浮かべた。
「なんだよ、死ぬつもりはないんだろ。それじゃまるで俺も美坂も死ぬみたいじゃないか」
ヘラヘラと浮かぶ軽薄な笑み。それが何故か、動揺する彼女に落ち着きを取り戻させた。
今更ジタバタしても仕方ない事を…決断は下したのだ。
女王としての責任と共に……
「そうね、ごめん」
「謝るなって。言っただろ、なんとかするって、それに……」
そこまで言うと北川は口篭もり、小声でぼそりと呟いた。まるで自分に確認するように。
「約束したからな……美坂を守るって」
「えっ?」
恐らくは誰にも聞かせるつもりのない独り言、だが何故かその時、喧騒に紛れてその聞こえるはずのない呟きが香里の耳に届いた。
その言葉に香里は脳裏に雷を受けたような衝撃が走る。
記憶が一瞬過去に飛ぶ。
どこからか湧き上がる情景。
森の中……金色の瞳……銀の指輪
そして約束
――わかった、約束するよ。ボクが君を守ってあげる。絶対に――
香里の脳裏に幼いころ誰かに言われた言葉がよぎる。
あれは何時の事だったんだろう。あれは誰が言ってくれたんだろう。
香里はぼんやりと北川の顔を見た。
あれはずっと昔、私が小さな子供のころ。そうよ、北川君の…、潤のはずがない。だって……あの言葉を言ってくれた子は……。でも……。
「北川君……あなた」
だが、北川は既に香里の方を向いてはいなかった。
「銃兵隊は前に出ろ。槍隊は方陣を敷け。銃兵隊はギリギリまで射撃後、方陣内に入れ。その後は好きに撃っていいぞ。お前ら、同じ近衛だ、負けんじゃねえぞ!!」
「「オオッー」」と歓声が上がる。
敵は無敵で知られる近衛鉄熊兵部隊だが、味方の士気は高かった。志願兵で構成させた今の近衛騎士団は以前の落ちぶれた無能な近衛とはまったく違う。
だが、その近衛に…同数でしかない相手にここまでの覚悟を迫るほど、幾多のカノンの指揮官たちに絶望感を与えるほど、独立近衛鉄熊兵部隊の実力は隔絶していた。
「相沢たちが助けに来るまでなんとしても粘れ! 来るぞ!!」
終焉を告げる赤き疾風が、恐ろしい速さで近づいていた。
前方でパラパラと銃声が鳴り響く。対した数ではない、だがこのまま突き進むのも面白くない。
神岸あかりは命令を発した。
「全軍散開して突撃!! 目標はただ一つ、女王美坂香里の首だよ! 敵援軍が来るまで時間は5分。充分だね?……さあ、喰い破りなさい」
「敵軍散開! ちくしょう、奴ら無茶苦茶だ!」
悲鳴のような声が上がる。
近衛鉄熊兵部隊はバラバラとなり、少人数のグループに別れて突撃してくる。これでは大した数も無い鉄砲での弾幕ではほとんど効果はない。
まさに乱戦用に特化された彼らにしか出来ない戦法である。
そして遂に『真紅の暴風』はカノン近衛騎士団をその暴風圏に取り込んだ。
絶望的な戦いが…今、幕を開ける。
第19話に続く!!
祐一「シ、シビアな展開だなあ」
八岐「もっと軽い感じで書きたいのに出来ないんだよ〜」
祐一「根がサディストとか?」
八岐「…それは絶対違うぞ! でも暫くシリアス真っ盛りだな。さて次回に関してなんだが相沢君、ちょっとちょっと」
祐一「ん? なんだ手招きなんかして……ってそれはなん…げわ!? ぎょろわらら!?」
八岐「ふう、処理は完了っと。(ツンツン)よし反応ないな…瞳孔が開いてるけど…流石に金属バット&スタンガンは拙かったかな?
まあいいや、さて、こういう時は…詩子さ〜ん!」
詩子「呼んだ?」
八岐「呼んだ呼んだ。で、初登場のところ悪いんだけど、早速この帯電してるゴミ、遠くに捨ててきて頂戴な」
詩子「いいよ。でも、どのぐらい遠くに捨ててくればいいの?」
八岐「う〜ん、そうだな。一話ほど帰ってこれないぐらいでいいや」
詩子「オッケ〜。じゃあメジャーな所で「富士の樹海・霊界への扉編」ぐらいにしとくわ。よいしょっと、それじゃあバイバ〜イ」
八岐「さ、さようなら〜…………霊界への扉編って何? …なんか一話どころかもう帰ってきそうにないな。新しい助手を考えとこう。
さてみなさま。相沢君を排除したのはわたくし八岐も流石に毎度毎度相沢君に殺されかけるのも困ると言う理由でして、まあ次回また殺されかねない話になるという訳です」
セリオ「そんなに襲われるのが怖いなら、そんな話を創るなという説もありますが…」
八岐「………………」
セリオ「? どうしました? 黙りこんでしまって」
八岐「いや、さも当たり前のように居たもんで……」
セリオ「助手が突っ込みを入れるために控えているのは当たり前でしょう」
八岐「……なんかあとがきの事、勘違いしてない? それにもう、普通に助手って名乗ってるし」
セリオ「助手が助手と名乗るのに何か問題でも?」
八岐「お、押しが強いな…。はあ、とりあえず次回はあとがきのパートナーは君に頼むとしましょうか」
セリオ「……偉そうですね」
八岐「……おい」
セリオ「まあ、よろしいでしょう。では次回は第19話『赤い雨が降る』……またあの人が原型をなくしてますね」
八岐「だから先に相沢君を殺っといたんだけどね」
セリオ「賢明なのか、馬鹿なのか一概には言い切れないですが……」
八岐「どう見てもそっちの方が偉そうな気が……。ふう、それでは、駄文を読んでいただいた方々、ありがとうございました」
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