魔法戦国群星伝





< 第十六話  魔弾の射手  >




ものみヶ原 相沢勢

そこに溢れているのは生をかき立てる鬨の声、死を招く銃声・怒号、死を示す悲鳴と断末魔の咆哮……

つい先程まで、静寂に包まれていたものみヶ原は今、戦場音楽が大音響でかき鳴らされる血の饗宴へと変貌している。

だが、その戦場音楽がうるさく鳴り響くのも最前線のみ。
後方でじっと出番を待ち受ける相沢勢には、狂声もまだ遠い。
相沢祐一は饗宴を真下に見ながら小さく独りごちた。

「これが万を越す軍勢同士の戦ってやつか……俺が経験したのとは大違いだな」


相沢祐一……カノン皇国でも数少ない実戦経験者の彼をして、この大会戦を眼下に収めながら緊張と不安を抑える事は難しかった。


意外かも知れないが、実はカノン皇国の将たちの多くが本格的な実戦を知らない。
ここ十数年でこの国が経験したのは、美坂香里が即位した直後に起こった謀叛のみだからだ。
その内乱ですらも、水瀬秋子公爵の一人舞台と言っても良く、他にこの内乱で戦闘を経験したのは、水瀬秋子の下で戦った名雪と、当時まだ引退していなかった父親である相沢祐馬子爵の下にいた相沢祐一。
後は美坂派に属した斉藤が辺境近くで暴れた他は、当時倉田家の食客だった川澄舞が限定的な制圧戦に従事しただけだった。

無論、実戦に参加した事が無いという事実が致命的な訳ではない。
平時には充分な演習を繰り返す事で兵士は練度を高めるし、将たちもその能力を確かめる事が出来る。
今戦っている倉田姉弟や久瀬俊平らは実戦経験は無いが、その指揮能力は演習で示していたし、実際の戦いでもその評判以上の才能を発揮している。


でもやっぱり実戦に勝る経験はないよな。

祐一は焦りの混じらせながらそう考えてしまった理由は眼下にあった。

戦場は勃発直後から様相を一変していた。

間隔を空けて、銃声を鳴り響かせていた両軍は、帝国軍前線部隊の後方から行われた支援長距離銃撃により一気に状況を変化させた。

予想外の攻撃により動揺したカノン軍の隙をつき、帝国軍は一気に突撃、銃撃戦から槍同士の叩きあいへと発展しつつある。
祐一や香里の計画としては、射程距離ギリギリの銃撃戦で適当にお茶を濁して時間の経過を待つつもりだったのだが、これほど早く叩きあいに進展するとは考えていなかった。
状況はさらに悪化しつつある。

接近戦に突入後も『猟犬(ヤクート・フント)』の支援銃撃は引き続き雨の様に降り注いでおり、味方の動揺は収まるどころかさらに拡大しつつあった。
このままではカノン軍の前線が開戦早々に崩壊しかねないという所まで来ている。


こうもこちらの思惑を無視されて、押し捲られては祐一があまり正確とはいえない事を考えるのも無理は無かった。
勿論、祐一は自分が考えた事が現状を招いたのではない事は理解している。
今、カノン軍が苦戦しているのは、実戦経験の有無の所為ではなくあくまで戦術的側面の結果であった。



畜生…全然予定通りに進みやしない。これだから歴戦の将ってヤツは厄介なんだ……。

掌に浮かんだ嫌な汗を擦りつけて拭いながら頭を振る。

世間には強敵と戦う事に喜びを見出すヤツがいるらしいが、俺は真っ平御免だな。一対一なら俺も剣士の端くれだから理解できるが、軍勢同士の合戦で強敵と戦うなんて悪夢としか言い様が無いじゃないか。少なくとも俺は弱い敵を蹴散らしてた方がよっぽどいい。

だが、目の前にいるのはかつて彼が戦ったカノン旧守派謀叛軍や盗賊団のような弱敵ではなく、大盟約世界でも最強の部類に属する東鳩帝国軍である。相沢祐一が相対しているのはまさに一軍の将が見る、優れた将が率いる強大なる軍勢と戦うという悪夢の類なのだ。

…出し惜しみしてる余裕は無いな。

祐一は緒戦に出すつもりの無かった戦力の投入を決断した。

「名雪に通達! 支援攻撃開始。敵の勢いを止めろ」





ものみヶ原 独立魔導銃兵隊

「了承〜」

予想より早いけどね、でもここが動きどころかな。

祐一からの命令を受け取った名雪は立ち上がると自分が率いる独立魔導銃兵隊を見回した。

水瀬公爵軍のなかでも名雪子飼の兵力として独立性と特殊性を持たせたこの部隊は今回、相沢祐一の指揮下に収められている。

名雪は命令を発した。

「全魔導兵『風の回廊(ウインド・ロード)展開(オープン)。目標敵前衛部隊だよ〜」

独立魔導銃兵隊に所属する戦術魔導兵七〇〇名が一斉に呪を詠唱し始める。
厳かな儀式を思わせる朗々とした呪の唱和に同調するように、独立魔導銃兵隊の前方に位置する大気が幽かに光を帯び、やがて輝きを徐々に濃くしていく。

「『風の回廊(ウインド・ロード)展開完了(オープン・コンプリート)!!」

これを聞いた名雪は小さく頷いた。
蒼空を連想させる青い髪が微風に靡く。
そして右手が音も無く掲げられた。

「銃兵隊、交互射撃準備〜!」

名雪の号令と共にズラリと並んだ銃兵が一斉に銃を構える。
そして右手は振り下ろされた。

「撃ち方始め〜!!」

その瞬間、銃口の列から発せられた光芒が名雪の視界を染め上げた。

放たれた銃弾、その数約六〇〇。
だが、銃撃を行った名雪の独立魔導銃兵隊の隊列より、標的である最前線の敵部隊まで距離四〇〇。
通常のマスケット銃では全く届かない距離のはずだった。
だが銃弾は常識を無視した飛距離を発揮し、次々と帝国軍前衛部隊へと降り注いだ。
押しまくっていた帝国軍は不意に襲ってきた銃弾に動揺し、圧倒的に押し捲っていた攻撃の手が緩む。

そこに続けて第二波が着弾した。

数十人の帝国兵が、鬼に殴り飛ばされたかのように吹き飛び、動かなくなる。
さすがに軍列を乱れさせる程の混乱は広がらないものの、動揺もまた収まらなかった。

「バカな!? カノンも『フェルスノーン』級の銃を開発していたのか?」

遥か後方から発せられる発砲光に、東鳩帝国の将の一人 橋本が思わず洩らした疑問はもちろん事実とは違っていた。

銃撃に先んじて掛けられた魔導術『風の回廊(ウインド・ロード)』により、独立魔導銃兵隊から敵部隊への射線上の空間は、大気の密度がかなり薄くなっていた。
そのため銃弾に対する空気抵抗が恐ろしく軽減され、通常の銃でも射程が驚異的に延びをみせていたのだ。

「叩けェェ!! 押せェェ!!」

絶叫しながら自分の軍勢を叱咤していた帝国軍の将 岡田かなえは素早く周囲を見渡し内心で罵声をあげた。

クソッ!! これじゃあダメだ、抜けれないじゃないっ!

間を置かずに続けて襲い来る銃弾の雨。
今にもカノン軍前線を突破しかねない勢いだった帝国軍の攻勢は完全に抑えられてしまった。


「あはは〜、チャンスですよ!! どんどんやっちゃってくださ〜い!!」

総指揮を一弥に任せ、馬で走り回り各部隊を鼓舞して回っていた佐祐理は敵の動きが鈍るのを見逃さなかった。
ここぞとばかりに発破をかける。

佐祐理の笑い声に合せるように、押され気味だったカノン軍は徐々に攻撃を押し返していく。

戦況は再び膠着しつつあった。




ものみヶ原 東鳩帝国軍総本陣

「さすがに簡単には負けてくれねーみたいだな」

陣幕の中でじっとしていられず、表に出て戦況を見守っていた藤田浩之はカノン軍が状況を立て直していくのを見ても、余裕の表情を崩さなかった。
一気に押し込む事は出来なかったものの、彼の目論見が失敗した訳ではなかったからだ。

真正面からのぶつかり合いへと状況が変わった以上、このまま進めば数に勝る方が勝つ

銃戦の様に消耗の激しい戦と違い、通常の槍戦は純粋に数が物をいう。
水瀬公爵軍のような化け物でもない限り、そうそう自分より多い軍勢に勝てるものではない。

そして、この場で数に勝るのは東鳩帝国軍である事は動かし難い事実である。


でもなあ、俺は勝てるはずって言葉は嫌いなんだよ。
カノンもこのまま大人しくやられるはずもねーしな。
それに叩きあいならベラボウに強いって噂の打撃騎士団(ストライク・ナイツ)がまだ後ろに控えてやがる。
不確定要素がある限り、俺は手を緩めるつもりはねえぜ、ありとあらゆる手を使って勝つ。
ちなみに楽して勝つのは大好きだ!!

浩之はチラリと横手にある山の方に視線を向けた。

戦場からは些か離れた場所にある小さな山である。

そろそろ、レミィが動く頃だな。連中の慌てふためく姿が目に浮かぶぜ。



ものみヶ原 久瀬侯爵軍

「装填急げ! こら! そこ遅いぞ! そうだあそこを…ぐぁ!?」

自分の配下の兵士に号令をかけていた久瀬侯爵軍銃兵隊の組頭が突然、呻き声をあげる。
額を銃弾に打ち抜かれて糸が切れた様に倒れた組頭は、大地に叩きつけられる前に、その魂を肉体から解き放っていた。

戦場では珍しくない光景。

しかし彼こそが最初の被害者であり、始まりの烽火だった。



「なんだと? もう一度言って見ろ!?」

直属の側近が告げてきた事実に耳を疑った久瀬は思わず聞き返していた。

「ですから、組頭クラスの人間が次々に銃撃を受けてるんです。明らかに狙われています」

悲鳴に近い側近の報告に久瀬は呻いた。

「『猟犬(ヤクート・フント)』からの攻撃なのか?」

そう言ったものの久瀬は内心で自分の言葉を否定した。

いや確か『フェルスノーン』は射程を重視した結果、命中精度がかなり低くなっているはずだ。なら、いったい……。

「わかりません。ですが、このままでは部隊が崩壊しかね……」

突如、まくし立てていた参謀の眼から光が消え、そのまま崩れ落ちる。

「おい!? どうし…なっ!!」

久瀬は慌てて駆け寄り抱き起こそうとして絶句した。

既に瞳孔が開ききっていた。

背中に添えた手は血に塗れ、見れば背中から見事に心臓を打ち抜かれている。
勿論もう息はない。

「バカな……急所を一撃だと? ここまで正確な狙撃が……」

久瀬は呆然と前方の敵軍を見た。もちろん狙撃手の姿は見えない。



ものみヶ原 カノン皇国軍総本陣

「おい、美坂。このままじゃまずいぞ」

女王を守る近衛騎士団長として本陣に詰めていた北川の眼にも前線の混乱は如実に見取れた。

数十から百単位の兵士を束ねていた組頭や小頭という軍勢の神経組織がどんどん失われていっているために、命令系統に支障が出始めている。
狙われていると自覚した組頭たちの動揺も激しかった。

無論、それを見逃す帝国軍ではない。微妙なバランスで保たれていた均衡は、カノン軍の動きに僅かに見え始めた綻びにより徐々に崩れ始めていた。

「見つけたわ!!」

探索系の魔導術で狙撃手の位置を探っていた香里は、かすかに煌めいた発砲光を発見した。

「どこだ?」

「あそこよ。帝国軍の本陣のさらに北側後方の丘。白穂山、そこで光が見えたわ」

香里の指差す地点に目を凝らした北川は、頬を引き攣らせた。
信じられないとばかりに首を振る。

「おい……冗談だろ。白穂山まで3キロはあるぞ」





ものみヶ原 帝国軍総本陣より北東 白穂山

宮内レミィ。

一六の翼たちに共通するように、彼女にもその能力から語られる字名を持っている。

魔弾の射手(フライシュッツェ)』と『銃神』がそれである。

前者は彼女が天才的な必中率を誇る狙撃手である事を表し、後者は神業的な速射手腕を持つ短筒使いである事を表現している。
最も、狙撃銃も短筒も銃である事には変わりなく、彼女が撃つ銃弾が魔弾と賞される威力と命中力を誇る以上、字名の双方がどちらか片方の立場だけを表現しているとは言いがたいのかもしれない。



まあどちらにしろ今回彼女が求められているのは狙撃手としての宮内レミィだった。

スナイパー・レミィ――彼女と会った者の多くは、そう紹介を受ける事で一様に困惑を浮かべる。

彼らがイメージするスナイパーとは無口で静かけさを纏った、神々しさすらをも漂わす人種だからだ。
だが彼女はそのイメージとは正反対の性格である。
無邪気で子供っぽく、楽しげに会話を交わす彼女に狙撃手のイメージは微塵もない。
無口で静かなレミィなど、大声でケタケタと爆笑する来栖川芹香並に有り得ないと彼女を良く知る者たちは言うだろう(某キノコの存在を考えると、有り得ないとは断言できないが)
だが、いざ狙撃となったとき、彼女の雰囲気は一変する。
彼女を知る者が恐れとともに呟く姿―――彼らはそれをハンターモードと呼ぶ。



喧騒から遠く離れた白穂の山。

眼下では米粒のような兵士たちが生死を賭けて駆けずり回っている。

それらを一望できる少し出っ張った岩場に彼女――宮内レミィの姿はあった。

岩場に寝そべる金髪の美女……というある意味絵画的なはずの情景は、彼女の手元にある長大な銃の存在で一種倒錯性すら窺える。

レミィは全身から普段は微塵も無い妖艶さを醸し出しながら小さく口ずさんだ。

「ハンティングタ〜イム」

まるで手の届くところに寄せるように遥か遠方を映すスコープを覗き込む眼は、果たして正気を保っているのかと疑いたくなるような恍惚としたものを湛えている。

いわゆるハンター・モードに突入した彼女にとって目に映る全てが獲物に過ぎなかった。
そう、この戦場は狩場。蠢く人間たちは有り余る標的。彼らは魔弾の射手に見初められ、ほぼ例外なくこの世に別れを告げていく。


狙撃ポイントであるこの白穂山から狙撃対象まで距離にして約二〇〇〇メートル。
通常では考えられない狙撃距離。

まさに『魔弾の射手(フライシュッツェ)』と呼ばれる宮内レミィの神業的な腕と、長瀬源五郎と来栖川芹香が共同開発したレミィの愛銃−魔導式長遠距離狙撃銃「孤高なる銀(アインザーム・ズイルバー)」の性能。

この二つが見事にハーモニーを奏でてこそ発揮される魔技であった。

そして「孤高なる銀(アインザーム・ズイルバー)」の引き金が引かれるたびに、カノン軍の命令系統、つまり神経組織が徐々にだが削り取られていく。



カノン軍はたった一人の狙撃手(スナイパー)の手によって崩壊しようとしていた。





ものみヶ原 カノン皇国軍総本陣

「どうするんだ!? 早いとこなんとかしないとマジでヤバいぜ?」

なまじ全体が見渡せる分、全軍の混乱が如実に見て取れる。
北川が焦るのも無理が無かった。
もっとも、全体を見渡せるからこそ、この場所に本陣を置いたのだ。

そして総大将は全体を見ながら、起こった事態に対処しなければならない。
だが当の香里にその対処方法がなかなか浮かばない。

無言でジロリと北川に視線を送った香里は再び戦場を見る。その顔にはさすがに焦燥が浮かんでいた。

やってくれるじゃない、こんな奇策でくるなんて。
その奇策にやられてる様じゃ、ざまあないわね。
どうする? あんな所に部隊を送り込めるはずもないし、でもこのままじゃあ……。
せめてあの山まで届く武器か魔術でもあれば…………!?

「あるじゃない!!」

香里が思わず声をあげたと同時に一人の使番(伝令兵)が本陣へと飛び込んできた。

「相沢殿より伝令です」

すぐさま冷静さを取り戻し、落ち着いた声音で言った。
「言いなさい」

使番が告げた内容に、本陣に詰めていた者たちにどよめきが走る。

「みさ…」

北川は祐一の考えを香里に確かめようと振り返り……ポリポリと頭を掻くと使番に言った。

「『了承する』…と相沢に伝えてくれ」

それでいいな、と目で確認する北川に頷いた香里の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。





ものみヶ原  相沢勢

「ただいま戻りました」

「どうだ?」

馬で駆け込んできた使番に駆け寄った祐一は勢い込んで尋ねた。

「陛下は「了承」とのことです」

「よし」

ったく、香里のヤツ、話が早くて助かるぜ。

頷いた祐一の顔には香里が浮かべていたのと同じ不敵な笑みが浮かんでいる。

「お前はそのまま名雪のところに走れ。内容は分かっているな」

「ハッ!」

再び走り去っていく使番を見送りながら祐一は笑みをひそめ眉を顰めると独り静かに呟いた。

「賭け……だな、こりゃ」




    第17話に続く!!







   あとがき


八岐「う〜ん」

祐一「どうした? なに唸ってるんだ?」

八岐「いや、レミィと名雪の部隊……後ろから射撃してるんだけどちょっと無理があるかなって」

祐一「なにが?」

八岐「味方に弾が当たるんじゃないかと……」

祐一「………………おひ」

八岐「当たるまで行かなくてもすぐ頭の上を銃弾がピュンピュン飛んでいくのは相当怖いんじゃないだろうか、とか」

祐一「…それは確かに怖い」

八岐「おかしいぞ!! と思った方…おかしいです。あやまります、ごめんなさい」

祐一「うん、謝罪しといた方がいいな」

八岐「……なんかおなざりな対応だな。ふう、次回予告行きましょうか。では次回! 第17話『アブソルート・マジック』―禁断の魔術が今、紐解かれる!!」

祐一「いきなりトーンが上がったな。しかも煽動的な宣伝文句ってやつ」

八岐「うるせ。ではここらへんで。皆様ありがとうございました」




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