カノン皇国  水瀬城 執務室

「月宮あゆちゃん……」

水瀬秋子は先程甥が紹介と滞在の許可を求めて連れて来た少女の名を、舌先で転がす様に呟いた。

無論、快く滞在を許可した秋子だったが、その内心の戸惑いには祐一も名雪もそしてあゆも気がつかなかった。

「そう…あの子が姉さんの言っていた…………ふふ、名雪も大変ね」

クスリと笑みを浮かべた表情がふと彼方を見つめる。

「それに…祐一さんも」







魔法戦国群星伝





< 第十二話  戦争計画/戦闘準備  >





柏木衆による水瀬城襲撃事件より一ヵ月後



カノン皇国  水瀬城 執務室

「こちらの提案に了承してくれて助かりました」

水瀬城執務室。
灯りもつけず暗闇に包まれた部屋を一人の少年が訪れていた。

少年の姿は闇に包まれて窺えない。

「いえ、こちらも他人事ではありませんからね。そちらが援助してくれるということで、渡りに船だっただけです。では、親書の方、確かにお渡しいたしました」

そのまま闇の中に消えようとした少年に秋子が呼びかけた。


「あの子はお元気?」


少年の気配が動きを止める。

「あの子…とは?」

「今は、ただ『T』と呼ばれているそうですね」

微妙に緊張感の混じった沈黙が広がる。

だが少年は小さく息をつくと、自らその沈黙を破った。

「……彼の存在を知っているとは…いえ、その口ぶりでは正体も知っているのですね。御音でも僕を含めて三人しか知らないはずなんですが。
……底知れない人ですね、貴女は。
その様子では僕の事も全部知っているのではないですか?」

「ええ」

あっさりと同意する秋子に少年は暗がりの中で口端に苦笑を浮かべた。

「全く、貴女だけには敵わない」

暫しの沈黙、そして少年は感情の篭らない口調で語った。

「…………彼は元気ですよ、健康に関してはね。ただ……心の内はどうでしょうか」

その平坦な声音に秋子はピクリと片眉を動かした。

「突き放した言い方ですね。まるで他人事の様…………いえ、これは私がどうこう言う問題ではありませんでしたね。では、作戦の方、お願いしますね」

秋子には、闇に溶け込むように立ち去る少年が寂しげな笑みを浮かべたように感じた。

秋子は消えていく少年の気配に、返事が返ってこない事を承知しつつ小さく呼びかけた。

「いつまで……傍観者であろうとするのですか? 氷上さん」



三日後  水瀬城 会議室

水瀬城 会議室。

帝国の円卓の間とは比ぶべくも無いが、その広間には十数人が座れる長机が置かれ、その周りにはカノン皇国の主だったメンバーが顔を揃えていた。

その中の、カノン皇国防諜局長官 久瀬俊平侯爵が、周囲を見下ろしながら(見くだすと表現した方がいいような目つきだが)防諜局が分析した情報の報告を終えようとしていた。

「…以下の様に一ヶ月前から皇都「雪門」に集結していた帝国軍は、三日前に入城した新編矢島勢を最後に、完全にここ水瀬領への侵攻体制をほぼ整えたと思われる」

身動ぎもせず、眼を閉じて報告を聞いていた香里が徐に口を開いた。

「佐祐理さん、こちらの状況は?」

香里の指名を受け佐祐理が立ち上がる。

「はい、報告しますねーっ。
主力である舞の打撃騎士団(ストライク・ナイツ)八千は既に郊外に待機状態です。
それと佐祐理の倉田家ですが、お父様が現在病気療養中のために次期公爵である佐祐理の弟 倉田一弥が三万を率いて到着してます。
後、秋子さんの水瀬公爵軍一万二千と名雪さんの独立魔導銃兵隊三千、それと北川さんの近衛騎士団(旧近衛警備隊です)二千が城内に待機しています。
それから久瀬さんの五千に加えて西部域と南部域から約一万五千が集結しています。そして祐一さんの九千です」

「北部域は?」

「現在柳川軍団三万の侵攻を受けており斉藤伯爵が抵抗していますが……初期段階で大損害を受けたためにかなり苦しい状況です」

「そうですか…それで符法院の方は?」

「敵の襲撃を受けた際に約半数が行動不能に陥りました。一ヶ月たった現在でも戦法師団としての活動は不可能な状態です」

「『鈴音』は切り札(ワイルド・カード)だったんだけどね」

嘆息気味の香里の声音が、「鈴音」の壊滅の影響の大きさを物語っていた。

グエンディーナ大陸で、事実上唯一戦場に直接投入できる魔術戦専門部隊が戦力に計算できないという事は、カノンの今後の戦争計画に大ダメージを与えている。


「今、栞さんが新編している部隊と残存兵力を合流させることで混成魔術部隊を作ることを検討しているんですけどー、実際編成するとしても部隊として機能するためにはしばらく時間がかかりますよ」

「帝国の再侵攻には間に合わないわけね」

「はい」

「帝国軍の兵力状況はどうなっていますか?」

秋子の質問に久瀬が再び立ち上がって報告する。

「帝国軍は先程の報告の通り来栖川勢・坂下勢を本国に残した以外はほぼ正規軍の総力を皇都に集結させている。
その概要は皇帝藤田浩之の直卒軍一万、佐藤雅史の近衛兵団三万、保科勢二万、宮内遊撃部隊五千、矢島勢八千、橋本勢六千、岡田勢五千、神岸勢二千、長瀬憲兵軍一万だ。
このうち憲兵軍は皇都警備に残ると思われるので総勢八万六〇〇〇が水瀬領への侵攻兵力となると思われる」

「こっちが八万五〇〇〇だから数では互角だな」

北川が特に考えなしに口走った楽観的な発言を、香里が苛立たしげに一蹴した。

「バカね、柳川勢が合流したら十万を越えるのよ」

香里の怒りの篭もった言葉に、この事実に気付いていなかった連中の顔色が変わる。

「北部領域は確実に突破されるな。まったく北部だけで四万は動員できたはずだぞ。それが柳川勢のお陰で無いも同然だ」

久瀬の苦味ばしった表情を横目に香里は佐祐理に確認する。

「北部の状況を詳しく教えてください」

「はい。えーと、初期段階で北東地域があっさりと攻略されて、各個に合計二万程度が撃破されました。
その後、斉藤さんを主将としてなんとか北西部の二万が集結したんですが……結果は先日お伝えした通りです。
現在斉藤さんは残兵を率いて篭城戦を行っています。ご存知の通り斉藤さんは篭城戦とゲリラ戦にかけては定評がありますが……」

「もう、あまりもたないんですか?」

相沢の確認するような問いに佐祐理が沈痛な面持ちで頷いた。

「はい、そういうことになりますっ」

斉藤伯爵が北部戦力を掌握した時点で援軍を送る案も上がったのだが、結局実行されずに終わっていた。

原因は、この時点で水瀬領へのカノン全軍の集結が完了していなかったことが挙げられる。

この時既に、皇都には「疾風(シルフィード)」佐藤雅史の近衛兵団が入城しており、水瀬領を虎視眈々と窺っていた。

これでは北部への援軍など送れたものではない。
下手に軍勢が整わない間に水瀬領から戦力を移動したならば、その疾風の名通りの用兵速度を以って皇帝浩之の到着を待たずに水瀬領への侵攻を開始しかねなかったのである。

皇都陥落の悪夢の再現である。



藤田浩之の戦略眼の確かさがここに証明されている。



帝国最強の戦闘力を誇る柳川勢を独立軍として北部に派遣し、電撃戦を得意とする近衛兵団を先行して皇都に配置することで、カノン全軍が集結するまでカノン軍の動きを封じながら北部勢を壊滅させる。

この構想は完全に成功しつつあった。

このまま状況が推移するならば、カノン軍との決戦に柳川勢も参戦することが可能となる。

そうなれば、帝国の勝利は疑いようもなくなる。


だが、カノン皇国を構成するメンバーもそれをむざむざと許すような者たちではなかった。

「これしか…無いな」

会議が始まってからあまり口を挟まず、じっと考え込んでいた祐一が何事か決心したように呟いた。

「なに? なにか考えでもあるの、相沢君」

祐一の呟きを香里は聞き逃さず発言を促す。

祐一は小さく、だが力強く頷くと周りの人間を見渡して言い放った。


「……北部域への援軍、秋子さんに行ってもらう」


この発言に、会議に参加していた諸将が驚き、会議室がどよめく。

「バカな、水瀬公爵軍は我がカノン軍の主戦力だぞ!」

「そうだぜ、相沢。帝国軍との決戦に秋子さん抜きじゃ辛すぎる!」

信じられないとばかりに久瀬と北川が反対意見を述べる。
佐祐理と舞も思わず顔を見合わせ、名雪は眠りこけている。

だが、肝心の当事者である秋子は、紛糾する事態を愉しむように微笑んでいるだけでなにも発言しようとはしなかった。

ただ一人なんの反応も見せず考え込んでいた香里は、スッと秋子に視線を向ける。

その視線を受けて秋子はただ微笑した。

その微笑みを見て、香里は視線を宙に向けると大きく息を吸い込み深呼吸をする。
そしてそのまま上を見ながら秋子に問い掛けた。

「秋子さん、水瀬軍一万二千で柳川勢三万……抑えることはできますか?」

「陛下…」

「みさ…」

なにか言いかけた久瀬と北川を一睨みで黙らせると、香里は視線を秋子に向け、もう一度聞いた。

「抑えることは…できますか、秋子さん」

香里の静かな瞳を見つめつつ秋子は答えた。

「確約はできませんよ」

「……ではお願いできますね?」

「了承」

この答えに香里は笑みを浮かべた。彼女が了承したならば必ずそれは実行されるだろう。

香里は会議に出席している全員に向かって言った。

「とにかく柳川勢を帝国主力に合流させないためには秋子さんにまかせる以外に無いわ。他の人なら五万ほどは持っていかないと対抗できないだろうし。そうなると結局圧倒的戦力差は覆らないからこれが最善だわ」

「だが、水瀬軍が抜ければ七万三〇〇〇、相手は八万六〇〇〇だ。これでは勝つのは難しいぞ」

「勝つ必要なんてないわよ」

久瀬の言葉を香里はあっさりと一蹴した。

あまりといえばあまりの言葉に、久瀬は激昂し声を荒らげ机にドンと手を叩きつける。

「勝つ必要がないだと? ふざけるな、ここで勝たねばカノンは滅亡だぞ!」

他のメンバーも香里の真意が分からず戸惑った視線を送る。

香里は従者を呼ぶと一通の封書を持ってこさせ、それを広げて見せた。

「これは!?」
「おいおい、マジかよこりゃ」
「うにょ?」
「……確かにこれなら負けなければいい」
「ふええ、なるほどですよーっ」

どよめく諸将を前にして美坂香里はすくっと立ち上がった。

皆が自然と押し黙り、自分たちの主を一斉に見上げる。

香里の薄い黒色の瞳が世界を睥睨するが如く、全員の顔を見渡した。

そしてまさに女王の名に相応しい威厳を纏い宣言する。

「我、カノン皇国第十一代皇王 美坂香里の名の下に、本日を以って侵略者 東鳩帝国への反抗作戦の発動を宣言するものとする」

全員が立ち上がる

みんなの顔をもう一度見渡した香里は小さく頷くと厳かに締めくくった。

「皇国の興亡この一戦にあり。皆には常を上回る奮闘を期待します…以上」





「北川さん」

会議も終わり、参加者が各々の仕事に戻っていく中で北川は秋子に呼び止められた。

「へ? なんですか、秋子さん」

何故自分が声を掛けられたのかが分からずに眼をぱちくりとさせる北川に、秋子はいつもの微笑をたたえながら切り出した。

「先日の襲撃者の方々を覚えていますか?」

「ええっと、柏木とかいう?」

「ええ」

そう言うと秋子はしばらく眼を閉じ、そして後を続けた。

「実は、彼らの内二人、柏木耕一さんと梓さんがいまだ城下に留まっています」

「はい?」

「まだ香里ちゃんのことを諦めていないのでしょう。おそらく襲撃は城を出た直後、郊外の森で仕掛けてくると思います」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!?」

いきなりとんでもないことを喋りだす秋子に流石に北川も面食らった。

「それって俺になんとかしろってことですか? 俺じゃなくても相沢や川澄先輩がいるのに、何で俺に?」

「あら?」

秋子はいたずらっぽい笑顔を浮かべる。そうするとその若々しい姿と相まって、まるで少女のような雰囲気を醸し出した。

「香里ちゃんを守るのは近衛騎士団長の北川さんの役目でしょ?」

「へっ? はい…いやあの…そう改めて言われると…ナハハ」

北川は戸惑いながら照れたように視線を逸らす。それを見て笑みを深めた秋子は続けて言った。

「それに、これから大きな戦いがあるのに祐一さんや舞さんが怪我をしたら大変ですからね」

これには北川も困ったような苦笑を浮かべた。

「それって、俺なら怪我をしてもいいってことっすか?」

「あら、北川さんなら怪我をせずに対処できるんじゃないですか? だからあなたにお話したんですけど…」

「あ、秋子さん?」

「ふふっ、それじゃあお願いしますね」

軽やかに立ち去る秋子の背中を見ながら、北川は固まってしまっていた表情を緩め、ふっと息を抜いた。

「まいったな、全部お見通しなのかねあの人は……」



    第13話に続く!!





あとがき


八岐「さて、今回は秋子さんにつきますなぁ」

祐一「秋子さん……アンタ一体何者ですか(汗)」

八岐「…正直、自分で書いておきながらこの人は分からん(汗)」

祐一「オイオイ(汗) しかしONEで最初に出演するのが氷上だとは思わなかった」

八岐「ナハハ、コイツが一番怪しげだったんですよ」

祐一「それに『T』って何?」

八岐「いや、ONE側はこいつで引っ張ろうかと。あっ! 因みに氷上と秋子さんの会談は、秋子さんの独断じゃなくてちゃんと香里を通しての話なのであしからず」

祐一「そういうのは本編でちゃんと書いとけって。まあいい、問題はコイツ! 北川だ!!」

八岐「ん? 何が?」

祐一「なんか俺を差し置いて、謎を秘めた男、って感じだぞ。なんか不愉快だ、なんか許せんぞ! うがぁぁぁ」

八岐「おお! なんかヒートアップ。燃え上がっとりますな、ではここで火に油を…」

北川「呼んだか?」

祐一「(プチン)呼ぶかああ、消えろおおお(ボコ バキィ ドカッ)」

八岐「アカン、火に爆薬になってもうた(汗)」

祐一「はあはあ(ギロリ)」

八岐「ひえっ、なんでもありません、気にせんといてください(汗汗)」

祐一「キエエエエエエ(ボキィ グシャア メリメリ)」

北川「たす…け…」

八岐(い、言えん…次回は北川大活躍なんて言うたら、ワシまで殺られてまう)

祐一「ふははははは、北川ぁぁ、俺の出番の栄光のためにここで抹殺してやるぞぉぉ(ゲシゲシゲシゲシ)」

北川「あい…ざわ…そのキャラは普通…は俺の…キャラ…だぞ……ぐふっ」

祐一「……(ガァーーン)しまったあああああ、これじゃあまるで本当に脇役みたいじゃないかああああ」

八岐「あっ、自爆した。ご愁傷様。では次回、第13話『抜刀の刻』です。ありがとうございました。それでは〜」



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