魔法戦国群星伝





< 第十一話 狂鬼と魔剣とオレンジ色 >




カノン皇国  水瀬城 一階大厨房


カツーンカツーンと静けさに包まれた城内に足音だけが甲高く響いていた。

どうやら表の騒ぎはまだ城内には届いていないらしい。

水瀬城に侵入した後、耕一と別れた梓は誰も居ない一階をウロウロと探索していた。

物置や会議室、大広間などおよそ関係もないような場所ばかりに迷い込む。

人の姿も見えずいい加減二階に上がろうとした時、この城の厨房とみられる広い場所にたどり着いた。

「へえ、ここが水瀬城の厨房ね。うーん、なかなかいい調理器具を使ってるじゃない」

根っからの料理人である梓は、思わず厨房の各所をキョロキョロと歩き回る。
そのため一人の女性が厨房に入ってくるのに気付かなかった。

「だれかいるの?」

声がかけられるまで人の気配など全く感じていなかった梓は驚いて振り返る。
厨房の入り口には20代と思われる女性が立っていた。

「誰?」
と思わず言って梓は自分の言葉のマヌケさに少々呆れる。
普通は訊ねるのは向こうだ。侵入者の自分が言うセリフではない。

だが、幸か不幸か相手は普通ではなかった。

「あら、私は水瀬秋子と申します。貴女はどちらさまですか?」

「あっ、えっと柏木梓です……はじめまして」

思わず自己紹介をしてしまった後に相手の名前に覚えがあることに気がつく。

「あの、水瀬秋子ってここの主の?」

「ええ、そうですけど」

ニコニコと返事をする美しい女性の容貌は梓が聞いていた年齢とは全く合致しなかった。

(……たっ、確か17の娘がいるのよね)

とても娘がいるとは思えない若々しさに梓は思わず自分の姉を思い浮かべる。

実年齢20代対推定30〜40代………。

……千鶴姉……あんた、後五年で見た眼は逆転されるよ。

本人に知れたら腕の一本は折られそうなことを考えている梓に秋子が首を傾げた。

「あの、柏木梓さんといいますと、鶴来屋の料理長の梓さんですか?」

「えっ? ええそうですけど…」

「あらあら、やっぱりそうでしたか。ご高名は兼ねてより窺ってます。料理の腕にかんしては帝国でも並ぶものなしとか。一度お会いしたいと思っていたんだけど運が良かったわ」

「はあ、そうですか」

何故あたしがここにいるかは疑問に思わないのか? と思いつつ相槌を打つしかない梓。

秋子は自分も料理が得意なこと、いろいろとオリジナルのレシピがあることなどを嬉しそうに喋った。

「このイチゴジャム、私の自信作なんですよ。娘が好きなんでちょっと凝ってしまって」

そう言うと秋子はごそごそと幾つかのビンを取り出すと、イチゴジャムを選び出し同じく取り出したパンに塗って梓に差し出した。

「ぜひ味見をしていただけないでしょうか」

「はぁ、それじゃあ…」

実は押しが弱い性格なのか、断ることもできずに受け取った梓は恐る恐るパンに口をつけ驚愕した。

「これは!! すごくおいしい!!」

決して甘すぎず、苺の風味を限界まで引き出したような風雅な味わいに何時までも心地よさが口に残る。単なるジャムがこれほどの美食となるのか。
舌が肥えているはずの梓であったが、その美味しさには感動を覚えてしまった。

「凄い! 苺の味わいをここまで引き出すなんて……。これはあたしにもできるかどうか……。水瀬さん、あたしなんかよりよっぽど料理お上手なんじゃないですか?」

秋子はクスクスと嬉しそうに答えた。

「そんなことはありませんよ。私のは単なる趣味ですし、梓さんのほうが美味しい料理をお作りになると思いますけど」

とはいえ帝国最高の料理人に手放しで誉められて秋子も嬉しかった。

嬉しかったのでもっと喜んでもらおうと思った。
思ってしまった。

ちなみに彼女には全く悪気はない。単に梓に自分の自信作を食べてもらいたいと思っただけであり、それ以外なんの他意もなかった。
(この点は某鬼女がある程度自分の料理の危険性について認識しているのと異なる。逆に認識していないほうが危険という意見もあるが)

そして……彼女を知る者なら青ざめて逃げ出すであろう決定的一言が発せられた。


「これ、私の自信作のジャムなんですけど、試してもらえませんか? 梓さん」


梓はあたしゃなにやってんだなどと思いつつも、さらに美味しいジャムと聞いては試さずにはいられなかった。
もう一度言おう、彼女は心底から料理人だったのだ。

秋子はどこからともなくビンを取り出すと、中身をパンに塗り梓になんの躊躇もなく手渡した。
(……実は全部分かってやってたりして、と、ふと想像してしまった。もしそうだと某鬼姉より怖ひ)

「それじゃあ、遠慮なく。いただきまーす」

帰ったら自分で再現してみるつもりの梓は、勿論躊躇わずに受け取り口元に運ぼうとする。
だが、その手がピクリと止まった。

(なんだ?)

いきなり自分の意志に反して手が動かなくなったことに梓は困惑した。

頭で動かそうと思っても、手はまるで石化したかのように硬直している。

焦りを覚えながら手にもったパンに目をやった梓は、魅入られたように塗られたオレンジ色のジャムを見つめ、突如怖気が走った。

手だけでなく全身が硬直する。
普通の人間とは違う柏木の血が、本能が、危険と絶叫しながら走り回っているのを感じた。

(この感覚…………千鶴姉の料理を目の前にした時と似てるような……)

ちらりと秋子の方を見るが彼女はただ静かに微笑んでいるだけだった。千鶴のようなプレッシャーは全く感じない。

(ハハ、まさかね。あんな美味しいジャムを作る人がそんな危ない物なんか作らないだろうし……だいたい千鶴姉の料理級の危険物は他人には作れないはず……)

常に死を隣人とする戦闘生命体の感覚神経は、まさに全力でその使命を全うしたと言えるだろう。
ただその努力も常に報われるとは限らない。
生物は常に判断を違えるのだ。


例え…それが命を左右する判断だとしても…


梓は自分の本能を無視して、動くまいと抵抗する手を無理矢理動かし、パンを口に運ぶと恐る恐るパクリと口にした。

…………大丈夫…かな………うん、この芳醇な香りは…香りは…芳醇?……あれ? なんかお花畑が…!!?▲※〓♯?」

その時、一部で水瀬城名物と評判になっている、凄まじい断末魔の悲鳴が聞こえたという。



カノン皇国  水瀬城 中庭


古来より人が鬼と呼び恐怖した存在。

その実物が今、祐一たちの目の前にいた。

後方に伸びた二本の角も禍禍しいその姿は、生物に本能的な死の恐怖を与える。

そして血の色に染まった狂気の瞳が、月夜に輝く。

吹き荒れる鬼気は大気を凝固させ、煮えたぎる溶岩により耐えがたいほどの熱気を感じるはずの気温を薄ら寒く感じさせる。

これが暴虐の怪物…鬼だった。

「へへっ、コイツはスゲ―や。どうする? 舞」

祐一の喉を引き攣らせたような言葉に舞は一瞥をくれるだけで応えた。

「なるほど、まったくだ」

相変わらず容赦の無いその態度にやはり喉を引き攣らせたようにククッと笑うと吹き付ける鬼気を押し返すように鬼を睨みつける。




最初に仕掛けたのは祐一だった。

左手で剣を顔の前に立て、右手で素早く印を結び呪を唱える。

魔剣である『ロストメモリー』に魔術を付与し、増幅して斬撃と共に放つ。
それが今現在、グエンディーナ大陸で、彼のみが使いこなせる魔導剣と呼ばれる技だった。


世界に干渉する魔術という不安定な代物を、剣に固定し尚且つ増幅する。

その難易度は単に魔術を扱うのとは桁違いに高い。

そのため、かつて魔導剣を習得したものは魔術を扱うことに力を傾けてしまい、剣士としての技量は決して誉められたものではなかったのだが、それでも何人もの魔導剣の使い手が歴史に名を残している。
それほどこの技は戦闘に関して威力を発揮する。

だが、祐一は過去に存在した魔導剣士とは一線を画していた。

魔術においては倉田佐祐理や久瀬に匹敵し、剣においては川澄舞と唯一渡り合う。
剣と魔術双方に超一流の腕を持つ。これこそが相沢祐一をカノン最強の戦士と呼ばれる存在に押し上げ、『魔剣(エビル・セイバー)』の字名を持たせた能力だった。

囀るように呪を唱え、剣に魔術を込めた祐一は、冷却しつつある溶岩地帯からこちらに向かってゆっくりと歩み寄る鬼に向かって走り出した。

自ら近づいてくる愚かな獲物に歓喜の咆哮をあげた鬼は、それを爪で切り裂くべく左手を振り上げ、祐一に向かって突進しようとする。

「グォ!?」

だがその瞬間、一瞬だけ鬼の体が硬直した。
舞が自身の『力』で鬼の体を縛ったのだ。

だがすぐさま怒りの咆哮を上げた鬼に力を吹き散らされる。
しかし、祐一にはその一瞬で十分だった。

「爆章『飛龍』!!」

起動呪の叫びと共に渾身の力で振るわれた剣は耕一の体を斜めに切り裂く、と同時に斬撃の光跡が、ボガンという鈍い爆発音とともに弾けた。

体内からの爆発に巨体がたまらずに吹き飛ばされる。
祐一はトドメとばかりに叫んだ。

「星章奥伝『流星改』」

剣身が眩く輝き、名前に違わぬ流星の如き光の帯が剣より放たれる。
光の帯は倒れ伏した耕一に直撃すると同時に、天空に吹き上げる光柱となって耕一を押し包んだ。
内部は凄まじい熱量により焼き尽くされ、冷え始めた大地は再び灼熱の溶岩へと戻っていく。

「やったか!?」

だが香里の光術すら耐え切ったタフぶりを見ていた祐一は油断せず光柱をじっと見つめる。

「相沢君!!」
「祐一!後ろ!!」

香里と舞の悲鳴のような声が響く。 だがその叫びが聞こえるまでもなく、背後に凄まじい戦慄を感じた祐一は咄嗟に振り返った。

血の色をした紅の瞳が目の前にあった。

狂的な笑みを浮かべた鬼は、さながら鋭利なナイフの如き爪を揃えた右手を振り下ろした。

岩をも切り裂く一撃を咄嗟に白き魔剣で受け止める祐一。

剣と爪が接触した瞬間、一泊の間を起き祐一の足元が円形にひび割れる。

悲鳴もあげられずただ小さくうめいた祐一を、鬼はそのまま押しつぶそうとさらに右手に力を加えた。
あまりの馬鹿力に全身の筋肉が悲鳴をあげる。

必死で剣を支えていた祐一の視界の端に、下方からスルスルと繰り出される左拳が映った。
無意識の内に地面を蹴り、咄嗟に後方に跳んで何とか威力を減らそうとする。

だが鬼の拳は想像以上の威力だった。

まるで巨大な鉄球が直撃したかのような衝撃に、ゴム鞠の様に軽々と弾き飛ばされる。

祐一は一瞬消し飛びかけた意識を必死で捕まえながら空中で体勢を整え着地する。
地面を削る様にしてようやく停まった祐一は、そのまま立っていることが出来ずに呻きながらうずくまった。

くそっ、今後ろに跳ねて衝撃を減らしてなかったら体に穴が空いてたぞ!

ヨロヨロとなんとか立ち上がった祐一の眼には駆け寄る舞と狂ったように吼える鬼の姿が映った。

鬼がほぼ無傷なのを確認し、思わず祐一は吐き捨てた。

「まじかよ! あれを避けたのか!?」

完全に必殺の間合いだった。
それがあっさり避けられたことに祐一は改めて鬼という戦闘生命体に戦慄を感じた。

見れば先ほど斬りつけた傷も既に血が止まりかけている。
爆術も多少の火傷を与えた程度にしかダメージが無いように窺えた。

「おい、普通直撃したら体がバラバラに吹き飛ぶ技だぞ」

祐一が信じられないという眼で咆哮する鬼を見た。

夜空に向かって吼える鬼の紅き瞳には、ただ戦いへの歓喜と殺戮への欲求のみが輝き、理性は全く感じられない。

「ちっ、やはり正気を失って本能に支配されているな」

鬼と祐一の攻防に全く手を出さずに様子を窺っていた柳川は忌々しげに呟いた。

彼は過去の心と肉体を鬼に支配された時の事を思い出して不快感を覚えた。


本来鬼という生物は殺戮衝動に支配されていた。
だが、この世界に降り立ち人との混血が進んだ結果、その衝動は抑制される傾向にあったのだが、男性は成長するにつれその衝動に支配されることが間々あった。

耕一も柳川も過去に一時支配されかかったこともあったが、今は完全に制御しているはずだった。

だが、香里の魔術の直撃により命の危機に陥った耕一は生きるという本能の元、鬼の力を限界以上に振り絞り、結果、耕一の意識は一時的に失われ、鬼の力が暴走していた。

このままでは標的である美坂香里すら殺しかねない。

「……面倒な手間をかけさせやがって」

柳川は再び獲物を選び始めた耕一の背後に、瞬きするほどの一瞬に回りこむと、その後頭部を掴み、そのまま地面に叩きつけた。

鮮やかとも言えるいきなりの柳川の凶行に祐一たちは訳も分からず呆然とそれを見ていると、柳川は朦朧とする耕一の頭を掴んだまま体を持ち上げる。

柳川は後頭部を掴んだまま、自分の意識を耕一のものとリンクし始めた。
彼ら鬼の種族には同族と意識を繋げる能力を持つ。
柳川は耕一と意識を同調させ、眠っている耕一の意識に干渉する。

手応えを感じた柳川は、掴んでいた手を離すと耕一の頭を蹴飛ばした。

「グェ」

潰れたカエルのような声を上げると耕一はノロノロと起き上がった。
姿こそ異形の鬼だったがその紅い瞳には完全な理性が宿っている。

「あれ? 俺どうしたんだっけ?」

寝起きのように呆けている耕一に柳川は冷たく言い放つ。

「ふん、バカめ。貴様暴走していたぞ、やられかけて暴走するなど無様だな耕一」

「おい、それって」

蒼白になって、といっても鬼の顔ではあまり表現できていないが、耕一は慌てて周囲を見渡す。

「誰も殺していないぞ。連中噂以上の凄腕だな。暴走していたお前相手に健闘してたぞ」

健闘、という柳川の言葉に祐一は忌々しげに顔を歪めた。

(いいかえりゃ健闘しかできないって意味じゃないか、舐めやがって)

「まったく、俺の遊びを邪魔するんじゃない」

と、柳川は本来耕一と一緒にいるはずの人物がいないことに気付いた。

「耕一、梓はどうした?」

「ああ、梓なら…」

文句をいう柳川に流石に言い返せず頭を掻いていた耕一が答えようとした時、視界の端に当の梓がよろよろと城内から這い出してくるのを捉えた。

「梓!?」

明らかに尋常でない梓の様子に、耕一は対峙する祐一たちを無視して、慌てて倒れ伏す梓の所に一足飛びで駆け寄る。

抱き上げた梓の顔色は青を通り越して真っ白だった。

「おい!!梓、大丈夫か? 何があった!」

もはや虫の息の梓の様子に、半ばパニクりながらも耕一は必死に呼びかけた。

だが梓は「ジャ、ジャムが……」と幽かに呟くと白目を剥いて意識を失った。

仕掛けるタイミングを窺っていた祐一と香里は漏れ聞こえた「ジャム」の単語に凝固する。

「……あの子、やられたわね」

「ああ……敵ながら同情するぜ」

哀れみの表情を浮かべる祐一と香里に舞は?マークを浮かべる。

「……舞、知らないほうが幸せなこともあるんだぞ」

「……?」

しみじみとのたまう祐一とその言葉に頷く香里に、幸いにも経験のない舞は首を傾げるしかなかった。

一方耕一は気を失った梓を抱え上げた。

「耕一、どうするつもりだ?」

「……梓がこれじゃあどうしようもない。一旦退く」

「しかたない、どうやら騒ぎすぎたようだしな」

柳川の言葉どおり辺りから人が集まる気配がしていた。

「待てよ、散々暴れて逃げるつもりかよ」

叫ぶ祐一に柳川はふっと表情を緩めた。

「お前との戦いはなかなか楽しかった。狩れなかったのは少し心残りだがな。次は戦場で相手をしてやる、楽しみにしておけ」

そう言い残すと柳川は耕一と共に城壁を飛び越え闇に消えた。

「逃がすかよ」

「待ちなさい相沢君」

追いかけようとした祐一を香里が止める。

「なんだよ」

「危ない橋を渡ることはないわ。これ以上怪我をすることもないでしょ?」

その言葉に祐一は張り詰めていた緊張を解く。

「…わかったよ、しゃあねえな。まあ俺も痛いのやだし」

「……祐一、お帰りなさい」

いきなり声をかけられた祐一は、ビックリしながらも舞を振り返る。

「お? おう、ただいま。っていまさらか?」

「……さっきはあいさつする暇なかったから」

「そうか、じゃあ改めて、ただいま舞」

「……おかえり祐一」

集まってきた兵士たちに指示を与えていた香里はふと気が付いたように振り向いた。

「そういえば、相沢君一人なの?」

「へ?」

一瞬ポカンとした祐一は、ポンと手を打った。

「おお! そう言えば忘れてた」



その頃のあゆあゆとなゆなゆ

「く〜」

「名雪さーん、いくら夜中だからってこんな時になんで寝れるの〜?」

「く〜」

「うぐぅ〜、気が付いたら祐一君はいないし、名雪さんは寝てるし。どうすればいいんだよ〜」

「く〜」

「祐一君、早く帰ってきてよ〜」

「あゆあゆはここ」

「うぐぅぅぅ!? 名雪さん、頭掴まないで、アタマ〜」

「うにゅ?」

「うっぐっぅぅ、クビひね…ら…ない…で……」



もう一人 完全に忘れ去られた奴

「……ううっ、美坂の愛の鞭が体に染みるぜ………………にしても誰かこないかな、全然動けないんだが……………」

…………………

「お〜い美坂〜…………いないのか?…………」

もしかして忘れられてるとか…………

ありうるな……………

…………………

誰もこないな…………

…………………

「おーい、誰かいないのかー?…………」

…………………

…………………

「誰か、助けて〜!! 暗いよ、怖いよ〜!!」



カノン皇国  水瀬城近郊の森

「梓!気が付いたか」

「ううっ」

梓は耕一の声に重い目蓋をゆっくりと開くが、世界がグルグル回るような感覚に思わず眼を閉じ、意識を整えてもう一度眼を開いた。
耕一の心配そうな顔が飛び込んでくる。

「…耕一? あたし……ここ、どこ?」

「城の近くの森の中だ、梓、大丈夫か?」

「うん、なんとか」

少しフラフラしながらも梓は上体を起こした。

「あたしどうしたの?」

「どうしたの、ってこっちが聞きたいぜ。いきなりフラフラ城の中から出てきたと思ったら倒れたんだからな」

梓は記憶を掘り起こすように頭を振るとそれを思い出した。

「あっあっあたし……ジャム……オレンジ色のジャムを食べたんだ。そうしたら意識が飛んじゃって」

「ジャム? そういえば気を失う前にもそんなこと言ってたような。毒薬かなんかだったのか?」

「う〜ん、わかんない。でも食べ物みたいだったけど……もしかしたら千鶴姉のより凄いかも」

「…………嘘だろ」

「…………ほんと」

「…………………」

「…………………」

耕一は、あの戦略兵器の領域にある千鶴の料理に匹敵するものが存在することに、世界がとても広いことを実感した。

「耕一、これからどうするつもりだ?」

少し離れたところに佇んでいた柳川が耕一に問い掛けた。

「………誘拐、失敗したの?」

自分のせいかと落ち込みかける梓の頭を耕一はポンポンと叩いた。

「連中、予想以上に強かったんでね。てこずって時間もかけ過ぎたからな」

「で? これからどうするんだ?」

柳川の言葉に耕一はしばらく考えて答えた。

「もう城に押し入るのは無理かもしれないがチャンスを窺ってもう一度仕掛ける」

「そうか……俺はここで別れる」

意外な柳川の言葉に耕一は驚いて問い返した。

「なんで?」

「あまり時間をかけるわけにはいかんのでな。いつまでも軍勢を放っておくわけにはいかない」

「そうか……なら仕方ないか」

「まあそういうことだ。せいぜい頑張ることだな」

そう言い残すと柳川はさっさと振り返りもせず闇の中に消えていった。

「行っちゃったね」

「ああ……梓、お前も帰ったほうがいいんじゃないか?」

「いやだよ。相棒がいないと困るだろ?」

「そりゃそうだけど……千鶴さんの件もあるし」

「うっ………まっまあ楓たちに期待しようよ」

「はぁ、そうだな。楓ちゃんなら大丈夫か。それに足立さんももうすぐ帰るし」

不安を残しながらも梓が残ることを了承した耕一は、町に潜伏してチャンスを窺うことにした。

ふと城の方を見やる。

月の光に照らされて、水瀬の城は青く輝いていた。



    第12話に続く!!






   あとがき
八岐「なんとか終わりました。バトル・オブ・ミナセキャッスル編」

祐一「唐突に訳の分からん題名つけるなって。しかし、なんだかなあ、の展開だったな。終わらせ方も強引だし中途半端だし」

八岐「謎ジャムだもんな」

祐一「また他人事の様に…でも今度は決着をつけてやるぜ」

八岐「誰が?」

祐一「俺が」

八岐「誰と?」

祐一「誰と?って、そりゃ柏木耕一と……」

八岐「ふ〜ん」

祐一「ふ〜ん、ってあ〜た……(汗)」

八岐「………………」

祐一「………………」

八岐「それでは次回!!」

祐一「ってオイ!! こっちは無視かい!(怒)」

八岐「追い詰められたカノン皇国に反撃のチャンスはあるのか!? 第一二話『戦争計画/戦闘準備』をこうご期待」

祐一「こら!! ちょっと待てぇぇ!!」

八岐「本作をお読みいただいた方々に御礼申し上げます。ありがとうございました」

祐一「相手をしろぉぉぉぉぉーー(泣)」



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