魔法戦国群星伝





< 第八話  バトル・ウィズ・フェアリー>




東鳩帝国 帝都  帝国魔導師団本院


闇……手を伸ばせばその手すら見えなくなるような濃い闇。

その暗闇の中に一箇所…小さな灯りが燈っている。

少女が独り、闇に浮かぶ灯りの中に静かに佇んでいた。

どこか儚げな妖精の如き雰囲気を纏う少女……名を姫川琴音という。



「ええ、先日柏木家が動きました。柳川伯爵も同行したようです。目的は不明ですが志保さんからの依頼のようです。

………はい、私だけで構いません。今回は少々無茶ですからね。

………いえ、私が可能と判断したのですから心配していただかなくとも大丈夫です。あれは早急に排除せねば後々面倒ですので」


柔らかな声が闇に染み込むように響く。
だが、相手の声はそれこそ闇に溶け込んでしまったかのように聞こえてこない。

「はい大丈夫です。でもいざというときは強制送還を頼みますね。ではお願いします…芹香さん」

琴音の言葉が終わると同時に、幽かな、高音の笛の音のような呪が闇に紡がれる。

やがて足元から浮かび上がった魔法陣が琴音を包み込む。

そして魔法陣が消えたとき、琴音の姿はその場から消え去っていた。

滲むような光の中に一人の女性が闇から姿を現す。

漆黒のローブを纏った黒髪の美女、帝国魔導師団「深き蒼の十字(ティーフブラウ・クロイツ)」第一階梯位、つまり帝国で最も力を持った魔導師である『静寂の魔導師(シュティーレ・ツァウベラー)』来栖川芹香は祈るように少し眼を閉じると、再び闇の中に消えていった。





陰陽符法院 天野美汐私室


彼女の性格からすれば、迷惑だと感じるのが普段の反応かもしれない。
しかし彼女は今、自分がこの騒がしい状況を楽しんでいることに気が付いていた。

「きゃはははー、次は美汐の番だよー」

今、天野美汐はカードゲームに勤しんでいた。

本来ならば戦法師団の出陣準備に追われているはずなのだが、今夜は客人が訪れている。

先ほどバカ笑いしていたのは普段から美汐の私室に入り浸っている真琴であり、その向こう側で難しい顔をしてカードを睨みながらウンウン唸っているのは、カノンのお姫様である美坂栞である。


水瀬家に保護された香里一行であったが、対帝国戦の防衛計画やらの打ち合わせや、皇国全土に出された集結令により集まりつつある各軍の処理など、てんやわんやの大忙しだった。
これまではブラブラしているだけで、香里のストレス発散サンドバックだけが仕事のようなものだった北川すらも、新たに近衛を編成するために走り回っている。
先日の攻城戦での近衛の不甲斐無さには流石に堪えたらしい。

そんななかで栞だけは現状ではあまり仕事もなく、香里や秋子のサポート役ばかりで意外と暇を持て余していた。
一方の真琴もやることが無く暇であり、今回栞を誘って美汐の所に遊びにきた次第である。

ちなみにカードゲームの方はポーカーフェイスの美汐が連勝街道を爆進していた。真琴が二番手、栞は最下位ロードまっしぐらである。
美汐の『ザ・カード』の異名は伊達ではなかった。

「そのような意味で使われるのは、酷というものでしょう」

「美汐さん?? 誰に向かって言ってるんですか?」

「諸所諸々の事情というものです。お気になさらず」

「はぁ……??」

ハテナマークを多数浮かべる栞に対して、あくまでポーカーフェイスの美汐嬢。

けたたましい音と共に、無機質な声が部屋に鳴り響いたのはその時だった。


〔警報発令! 警報発令! 院内に魔力反応出現。繰り返します。院内に魔力反応出現。
 状況より侵入者在りと判断。捕獲式六型「鳴蛇」の発動を通告します〕


「あうあう〜?」

「な、なんですかいったい?」

「どうやら何者かがこの符法院に侵入したようです。防衛結界陣が起動しています」

突然の出来事に慌てる真琴と栞を尻目に美汐はスクっと立ち上がった。

「美汐さん?」

「栞さんと真琴はこの部屋にいてください。私が戻るまで部屋を出ないように!」

それだけ言い残すと美汐は部屋を飛び出していった。
残された二人の上からは、新たに無機質な声が聞こえてきていた。


〔捕獲式六型「鳴蛇」喪失、侵入者を分類「特壱」と認定、抹消式甲型「字伏」を発動します。繰り返します………〕




陰陽符法院 中央ホール


符法院内のホール、その各所に立っている柱に貼られた札からは燻った煙が立ち昇っていた。

そのホールの中央でそれらを見回しながら、姫川琴音は感心したように呟いた。

「転移した瞬間に防衛機構が作動するとは、なかなか警戒は厳重ですね」

そしてもう一度周囲を見渡す。その視線は見える範囲ではなく別のものを見ていた。

強力な結界が何重にも張ってあるのを確認し、自分をここに送り込んだ人物に少々呆れる。

よくもまあ、こんな場所に転移魔法を成功させるものです。普通なら弾き返されるんでしょうけど、それだけ芹香さんの魔力と術式構成が並外れているんでしょうね。

そんなことを考えているうちに頭上より聞こえる声の内容が変わっているのに気付いた。
どうやらガードシステムが捕獲から排除にプログラムを変更したらしい。
周囲を見渡すと明らかに人外の怪物が何体も壁から湧き出していた。
恐らく符法術の式神というものだろう。他にも人が集まってくる気配がする。

琴音はおもむろに眼を閉じた。
それと同時に風も無いにも拘わらずフワリと髪の毛が浮かび上がる。
そして瞼がゆっくりと開かれる。

「さて……お仕事を始めましょうか」




美汐がホールに飛び込んだとき、既にそこは破壊しつくされた後だった。
床には符の残骸と符法院の戦闘兵である戦法師が三十人ほど倒れていた。慌てて手近でうめいている戦法師に助け寄る。

「み、美汐殿、敵は修練場の方に……あそこには院長が…早く」

頷き返した美汐は周りを見渡した。幸い死人はいないようだが全員数ヶ月は動けないだろう。どうやら敵には殺すつもりはないらしい。

「直ぐに助けを呼んできます。それまで皆がんばって」

それ言い残し美汐は修練場の方へ急いだ。修練場までの通路にも人がバタバタと倒れている。
防衛結界によれば敵は一人しか確認されていない。
たった一人に歴戦の戦法師たちが一方的にやられているという事実に美汐は唇を噛んだ。

「敵はいったい……何者です!?」




陰陽符法院 修練場


「い、院長さま……」

修練場に飛び込んだ美汐の目に写った光景は異様なものだった。
院長の体が何も無い中空に浮かんでいる。
そしてそのまま院長は床に叩きつけられ気を失った。

「貴女は?」

急いで院長に駆け寄ろうとした美汐は、見知らぬ女性の存在に気付き、構えて問い掛けた。

崩れ落ちた老人の方を無表情に見つめていた女性はゆっくりとこちらに向き直り、目を細めた。

「……貴女はこれまでの人たちとは違うようですね。
……私は姫川琴音、魔導師団『深き蒼の十字(ティーフブラウ・クロイツ)』の者です」

「『狂える妖精(クレイジー・フェアリー)』……」

「そう……呼ばれることもあります。貴女は自分の字名はお好きですか? 『ザ・カード』」

どうやら私の素性も知れているらしいですね。

美汐は緊張を高めつつ答えた。

「……どうでもいいことです」

「ふふっ、そうですね」

口元に笑みを零しながら眼を閉じる。

その仕草に相手の余裕を感じながら美汐は問い返した。

「目的はなんですか?」

琴音はすっと眼を開き、視線を真っ直ぐ美汐に向けて言った。

「じきに分かる事なのでお話しますが、帝国はこの度カノン皇国への全面攻勢を決定しました。
その結果、この陰陽符法院は帝国の深刻な障害と成り得ると我が師姉 来栖川芹香が判断しましたので、この私が当院を無力化するために訪れた次第です」

その言葉に微かな怒りを込めて美汐は応えた。

「それでは……もはや目的は達成されていますね。既に戦法師団『鈴音』の戦力は半減しています。」

「そうですか……では後は……貴女を倒せばいいだけですね『ザ・カード』」

落ち着いた柔らかな声音が響く…だが、その内容は紛れもない戦闘開始の宣言。

その宣戦布告に、美汐は垂れ下げた両手に五枚ずつ、符を何処からともなくビシッと出現させて応えた。

「天野美汐、お相手いたします」

ふっと薄く笑みを見せた琴音は、すぅと右腕を上げ、掌を美汐に向けた。


「滅殺です」


何の意味も無い単なる言葉。
だが、何かが自分の方に向かって飛んでくる気配を感じた美汐は咄嗟に横に飛びのく。
すると先ほどまで美汐が立っていた床がいきなり砕け散った。

美汐は厳しい表情で琴音を睨みつける。

呪をまったく唱えなかった。これが超能力……。


本来、魔術を起動するには呪を唱えなければならない。
これは系統を異にする魔導・符術、その他各種の魔術にしても変わることが無い。
何故なら呪とは純粋なる力そのものである魔力を、術式という形あるものに組み上げるのに絶対不可欠なものであるからだ。
魔導と符術はその組み上げ方が異なるだけである。(最も効果やその他魔術発動などの過程などいろいろと差異があるのだが)。
しかし世界には呪を唱えず、それどころか魔術構成を組み上げずに魔力そのものを使用する人間が、僅かだが存在する。

それが超能力者と呼ばれる者たちである。

彼らの扱う力は物理法則どころか魔導法則すら無視することが可能であった。それだけ見ればまさしく超常的な最強の力である。
ところが上手い話は無いもので、超能力者にはろくな力の持ち主はいなかった。
その原因は魔力そのものを直接に扱うところにある。
系統・法則という枠組みを利用することで魔力と術を制御する魔術に対し、力のベクトルが全く定まらず、魔力の垂れ流しになってしまう超能力は非常に力が弱く、効率の悪いものであった。

だがどの方面にも天才というものが存在する。

姫川琴音はまさにその天才であった。こと戦闘に関しては彼女の師であり恩人である来栖川芹香すら敵わない。(単に芹香がトロくさいので戦いに適さないともいうが)

帝国府が非公式に下している見解では、あの柏木一族ですら彼女と相対した場合敗北する可能性があるとされている。

天野美汐が対峙している人物は、まさに帝国最強といっても過言ではない人物であった。



美汐はすかさず眼前に符を広げると呪を口ずさみ、両手の十枚の符に込められた術式を開放する。

「我は汝らに告げる者なり。汝は炎、敵を射抜きし炎なり」

美汐の顔前にて扇型に広げられた符が燃え上がり空に放り上げられると同時に炎の矢へと姿を変えた。

「炎射!」

炎の矢は美汐の発した起動呪の響きに応じ、サッと指差された琴音に向かい放たれた。

だが琴音はまったく慌てずにただ左腕を薙ぐように振るう。
ただそれだけの動作で彼女目掛けて飛ぶ炎矢が弾け散った。

しかし美汐も全く動じることなく新たに符を取り出し、次々に術を起動し始める。

「我が魂の御名を以て汝らに告げる―――」

「甘いです」

新たに術を起動する僅かなタイムラグを見逃さなかった琴音は、かざした右手より再度衝撃破を放った。
その顔が意表をつかれたものに変わる。

放たれた不可視の衝撃破は、突如美汐の前に現れた五枚の符によって形成された五芒星により阻まれ、砕け散った。
少なくとも琴音は美汐がこの術を展開するのを見ていない。

「事前に結界を潜伏起動させていた? そんなことができるの?」

琴音が再度攻撃を仕掛ける前に美汐の術は起動完了していた。

両手一杯にありったけ掴んだ呪符を空中にばら撒く。

「炎輪! 雷華! 爆槍! 崩幕! 破陣!」

起動呪の叫びと同時に、美汐の周囲を木の葉の様に舞っていた数十枚の符が次々に炎や雷へと変貌を遂げ、琴音に向かって飛んだ。

連続で発動した高位魔術に、流石に先ほどのように魔術消去は出来ないと瞬時に悟った琴音は自分の周囲に強力なシールドを張る。
一瞬遅れて次々と術が着弾した。

凄まじい爆炎と轟音、土煙に琴音の姿は見えなくなった。術が届いているのかも分からない。

だがこれほどの強力な攻撃も単なる仕込みに過ぎなかった。

美汐は目を細め、眼光を鋭くした。

「かかった」

今の高位魔術の連続起動にまぎれて放たれた五枚の符。
琴音の立っている床の周囲、五ヶ所に撒かれた符が起動する。

「星印符 五芒崩天陣!!」

美汐の呪と同時に五枚の符が閃光を放ち、轟音と共に五つの頂点を持つ星型の光柱を形作り琴音を呑み込んだ。

眼と耳を封じられていた琴音にはこの術の起動には気づかないはず。
只でさえ高位の魔術を防いでいる最中、避けられるはずもなかった。

高位魔術の連発という離れ業を成し遂げた美汐はフラフラと膝を尽き吐息をついた。

「符法院奥伝の一つです。受ければ姫川琴音といえどただではすまないでしょう」

だが琴音の状態を確認しようとした美汐は驚愕した。

「いない!?」

光の柱が消えた後には琴音の姿はなかった。

「美汐!! 上!!」

不意に後ろからかけられた声に咄嗟に反応した美汐だが、完全に避けきれず炸裂した爆発に叩きつけられる。

「くぅっ」

苦痛に顔を歪めながら上空を振り仰いだ美汐の視線の先で、琴音は宙に浮いていた。

「テ、テレポート?」

その言葉に琴音は目元に笑みを浮かべた。

「魔術の連続起動ですか……術を符に込めてある符術ゆえに出来る、いえ貴女だからこそ出来る荒技ですね。
そのうえ地面にまでシールドを張らないことを見越した最後の奥義、少しでも気付くのが遅れたならやられるところでした。
僅か一秒先も見えない予知能力ですが、貴女のような超一流の戦闘技能者を相手にするときには大変役立ちますね」

「美汐さんっ!!」

「あう〜美汐!こらっあんた、美汐をいじめたらわたしが許さないんだから!!」

こちらに向かって駆けて来る二人を見て、美汐は先ほど自分を助けてくれた声が誰かを知ると同時に顔色を変えた。

「ダメ!! こちらに来てはいけない!! 逃げてっ」

「自分の心配を先にした方がいいですよ」

その声に美汐は再び空中を睨みつける。
琴音は力を集めるように右腕を上に掲げていた。

「先程程度の防御結界ではこの攻撃は防げません。大人しくやられて下さい」

美汐には琴音の右手に集まる力が具象化し、槍の形状を纏うのが見えた。
その姿が突然赤に染められる。

渦巻く赤い炎を琴音を押し包んでいた。

「どうよ! 美汐を傷つける奴なんか燃えちゃえ!」

狐火の力を使い、空中に炎の玉を作り出した真琴は得意げに叫んだ。しかしその顔もすぐさま凍りつく。

「……うそぉ」

火炎の玉は現れた時と同じように突然吹き散らされたように消え去る。
再び姿を見せた琴音は先ほどと寸分変わらない姿でそこにいた。

立ち竦む真琴と栞の姿をチラリと見やった琴音は冷徹とも感じられる声音で美汐に尋ねた。

「符法院では妖魔も使役しているのですか?」

美汐の顔色が変わった。

常にクールな反応しか示さなかった美汐の顔が朱に染まる。

美汐は周囲を圧する迫力で激昂した。

「今の言葉、訂正しなさい!!」

美汐は動こうとしない体を起こしながら、凄まじい怒気を込めた視線を琴音に送った。

「真琴は(しもべ)などではありません! 彼女は私の……私の大切な友人です!!」

その迫力に黙り込んだ琴音はふと目元を緩めた。

「どうやら大変あなた方を侮辱してしまったようですね。謝ります。ごめんなさい」

アッサリと謝意を、それも誠意の篭った謝罪を受けて美汐たちは拍子抜けしてしまった。だが彼女が続けた言葉に再び緊張が走る。

「ですが仕事は完了させなければならないことは変わりません。天野さん……貴女を倒します」

静かにそう言い放つと、琴音は右手に形成した鈍く光る槍状の力を放とうとする。

美汐は立ち上がろうとして足に力が入らずよろめいた。

さっきのダメージが抜けてない! やられる!

だが体勢を崩した美汐の目に飛び込んだのは、自らを貫くはずの槍ではなく、琴音との間に割って入った栞の姿だった。
思わず悲鳴を上げる美汐。

「栞さん!? なにを!?」

琴音の目にも飛び込んでくる栞の姿は映っていた。だが彼女は攻撃を止めようとはしなかった。
天野美汐に加えて皇妹である美坂栞を倒せるなら一石二鳥。彼女がここにいたのは予想外だったが一緒に無力化しておいても損は無かった。

だが当の栞にはやられるつもりは毛頭無かった。
栞は美汐の前に立ち塞がると身に付けていたストールを外し、自分と美汐目掛けて襲い掛かる光の槍を巻き込むように軽やかに振るった。

そのとたん、光の槍はまるで今まで存在すらしていなかったようにあっさりと消失する。

「「なっ!?」」

唖然とする周囲を尻目にストールを巻きなおした栞は右手をポケットに突っ込む。
ポケットから右手を抜いた時、そこに握られていたものは小柄な彼女とは全くアンバランスな長大な鉄の塊だった。

「な、なんですか? それは?」

次々と起こった予想範囲外の現象に、思考停止に陥った琴音の問いかけに、栞は鉄の塊を構えながら律儀に答えた。

「え、ええっと……「しょっとがん」というものらしいです」

その答えに正気に戻った琴音は慌ててシールドを張る。直後、栞の持つショットガンから放たれた散弾がシールドに着弾した。
幸いシールドを貫通する弾はなかったが琴音の動揺は激しかった。

「なんなんですか? そのストールとポケットは? 魔道具?」

「ええっと、魔術で造られた道具じゃありません。詳細は秘密です」

「………姫、あなたもまともな人間ではありませんね」

その言葉に栞はプーと頬を膨らませ、不満の意を示した。

「そんなこと言う人は嫌いです」

琴音は少々疲労感を覚えた。

訳の分からない事態というものは自分の力を含めて慣れているつもりだったけど、これはちょっとデタラメが過ぎるんじゃないの?

「…っ!?」

突如襲った一瞬の目眩と同時に、琴音は自分の力が弱まっていくのを感じた。
どうやら今感じた疲労感は精神的なものだけでなく、肉体的なものも含まれているらしい。

無理もなかった、琴音はこれまで一〇〇名を超える人間を殺すことなく無力化している。そして天野美汐との戦い。
力を振るう限界が近づいていた。

空中から大地に静かに降り立った琴音はゆっくりと自分と相対している三人を見渡す。
栞は油断無くショットガンの銃口をこちらに向け、真琴も周囲に狐火を浮かべて攻撃する機会を窺っている。
そして美汐も立ち上がり、新たに懐から符を取り出していた。

「どうやら……ここまでのようですね」

力を使った後の反動、昏睡状態に陥る事前状態である眠気が既に襲ってきている。
これ以上の戦闘は不可能だった。

琴音は右耳の飾りに手を当てるとここにはいない人物とコンタクトを取った。

「……はい、いえ任務の完遂には失敗しました。…………はい、回収をお願いします」

それだけ呟き耳飾から手を離した琴音は、今にも攻撃を仕掛けようとしている三人に顔を向ける。

「……どうやら私の力も限界のようです。これ以上あなた方の相手をするのは少々難しい様なのでこれで失礼させていただきます。……次というものがあるのでしたら、またお相手願いしたいものですね」

そう言ってニコリと笑った琴音の足元にいきなり魔法陣が現われ、一瞬にしてその姿は消失した。


いきなり消えてしまった琴音にびっくりして、あたりをキョロキョロしている真琴と栞に対して、今まで琴音の侵入方法が分からずにいた美汐は納得したように呟いた。

「なるほど、転移魔術で直接送り込まれたんですか。でも対魔術結界が何重にも敷かれているこの符法院に送り込むなんて……来栖川芹香……恐ろしいほどの魔力の持ち主ですね」

少し考え込んでいた美汐は自分をのぞき込んでいる真琴と栞に気付いた。

「美汐……怪我…大丈夫?」

心配そうに尋ねた真琴と栞に美汐は安心させるように首を振って見せた。

「大丈夫、ちょっと体を強く打っただけで怪我らしい怪我はしていません。……でも、二人とも部屋をでないようにと言っておいたのに……」

「あう〜ごめんなさい、わたしが無理やり……」

「美汐さんのことが心配だったんですぅ、ごめんなさい」

謝る二人に美汐は首を振った。

「いいえ、危ないところを助けてもらいながらあなた達を責めるのは人として不出来でしょう。この場合はお礼を言うべきです。……ありがとう真琴、栞さん」

お礼を言う美汐に不安そうにしていた二人はぱっと表情を明るくした。


「……あの、栞さん?」

「はい?」

和やかな雰囲気になったところで美汐は恐る恐る聞いてみた。

「先ほど姫川琴音も尋ねていましたが、そのストールとポケットはいったいなんですか? 普通魔道具が使われるときに発せられる魔力波動が全く感じられなかったのですが……」

気が付くとついさっきまで栞が携えていたショットガンが見当たらない。既にポケットにしまわれたのか。
だいたいそのショットガンからして美汐には初めて見るものである。マスケット銃の発展形というのは彼女にも分かるがそんなものが存在することすら知らなかった。

だが栞の返答はさきほどと変わらないものだった。それどころか先ほどにはなかった凄みが篭もっていた。

「秘密です。あんまり追求しないでくださいね(ニコッ)」

「あ、あう〜」

妙に迫力のある可愛げなプレッシャーに真琴がうめいた。美汐も思わず二三歩退いてしまう。
と、足元にムギュっという柔らかい感触を感じる。

「あ」

足元を見下ろした美汐の表情が引き攣った。

全員にすっかり忘れられていた哀れな老人、符法院院長の後頭部は見事に美汐の足で踏み躙られていた……。




グエンディーナ大陸最強の魔術戦部隊である戦法師団「鈴音」はたった一人の侵入者により事実上の戦闘能力を喪失した。

だがこの夜、皇国を震撼させた戦いはこれだけではなかった。



もう一つの戦場……場所は水瀬家水瀬城




    第9話へ続く!






  あとがき


八岐「やっと本格的な戦闘シーンがかけたぞな」

祐一「でも、栞のアレ、いいのか?」

八岐「この話はファンタジーだからポケットも強化されているのだよ」

祐一「出てくるものは全然ファンタジーじゃないけどな」

八岐「気にしない、気にしない」

祐一「…………いいのかなぁ」

八岐「いいの! じゃあさっさと次回予告行こう。本編が長くなったのであとがきは短く!」
祐一「短いのはいいけど、何時から次回予告が標準装備になったんだ?」

八岐「前回から! 次回は水瀬城でのチャンバラ(?)だ。長引きそうなので、前後編、もしくは前中後編ぐらいになるかも」

祐一「また長引くのね。まあこんなですが、みなさまよろしくお願いします」

八岐「拙い文章ですみません。お読みいただいた方、管理人様、ありがとうございます。
次回は第9話『風雲! 水瀬城』です」

祐一(なんか某たけし城みたいなタイトルだな)



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