魔法戦国群星伝





< 第七話  姓はうぐぅ 名もうぐぅ >




カノン皇国西北領 辺境の町


辺境の町…そう記すと寂れた、とか人影もない、などの形容詞がつくと考えるのが普通かもしれないが、どうやらこの町はその範疇には入らないようだった。

町の中央通りの両側には、様々な店が並んでおり、主街道から外れている割には人通りも多かった。

その中央通りを、一人の青年がブラブラと店先を覗きながら歩いていた

盗賊団討伐隊長にして『魔剣(エビル・セイバー)』の異名を持つ相沢祐一である

ちなみに名称は討伐隊となっているが隊員は彼一人だけだったりする。

カノン西部辺境地域に跳梁跋扈する盗賊団により被害にあった町々が中央に訴えた結果、予算の関係と、帝国との関係悪化から軍隊を投入することは却下され、選抜の結果、彼一人が派遣されるという事となったのだ

当初、長くはかからないと思われた盗賊討伐であったが、予想外に多数の盗賊団が活動しており、さっそく二つの盗賊団を壊滅させたところで、他の盗賊団が警戒して活動を停滞させたため炙り出すのに思ったよりも時間が掛かってしまった。
結局三ヶ月粘った末に盗賊団の根絶に成功した祐一は今、水瀬城への帰還準備も終え、町をブラブラと散歩していた。


「ん?」

ふと後方より殺気を感じた祐一はひょいと横に移動すると、ヌイと足を差し出す。

「うぐうううぅぅぅぅ」

後ろから祐一に向け突貫した物体は見事に差し出した足に引っかかり、奇妙な鳴き声を発しながら滞空して、頭部から前方に存在した大木に衝突した。

そのまま顔面をズリズリと擦りながらペタリと地面に着地する。

「うむ、見事だあゆあゆ。そのフライングヘッドバッドならば完全装備の装甲兵すらも一撃だ」

物体こと通称あゆあゆは誉められたにも関わらず、えらく怒りながらヨロヨロと立ち上がった。頑丈なヤツである。

「うぐぅ、酷いよ祐一君。装甲兵なんか倒せないよ。それとあゆあゆじゃないよ!」

仮称あゆあゆはうぐぅと名乗った。

「名乗ってないよ!」

「あゆ〜、人の心を読むのはデリカシーに欠けるぞ」

「祐一君のはわかりやすいんだよ」

「う、うぐぅ」

「うぐぅ真似しないで」

「いや、少しどもるところなんかオリジナリティに溢れてないか?」

「うぐぅ、全然全くこれっぽっちも溢れてないよ!」

「ぬう、完全否定しやがった」

「うぐぅ、祐一君ボクのこと嫌いでしょ」

既に半泣き状態の少女、月宮あゆの頭をポンポンと叩きながら祐一は、春の日差しのような暖かな笑みを見せ……その通りだあゆ、とか心の中で思ってみたりする。

「やっぱり嫌いなんだぁぁぁぁ!!」

泣きながら走り出そうとするあゆの襟首をなんとか捕まえる。

「まだ何も言ってないんだが」

「うぐぅぅぅ、祐一君“その通りだ”って思ったぁぁぁ」

「冗談だ」

「冗談を心の中で言わないでよ〜」

「いや、心で思った冗談を真に受ける方がおかしいと思うんだが……ってだからなんで人の思考が読めるんだぁ!!」

「だから分かりやすいんだよ、祐一君は」

「もはや分かりやすいとかの域を越えてるぞ」

「いやあ、それほどでも」

何故か照れているあゆをポカリと殴りながら祐一は彼女との出会いを思い返した。



盗賊団討伐が長期に渡ると判断した祐一が、しばらく滞在することになるこの町を散策していたとき、先ほどと同じように後ろから突撃してきてぶち当たった少女がこの月宮あゆだった。

その後何故か一緒に逃亡する羽目になり、彼女がたい焼きの窃盗犯であることに気付いたのはぶつかったお詫びにとたい焼きをご馳走になり、めでたく共犯になった後だった。

結局祐一が代金を払って謝るはめになった。

なぜ食い逃げなんぞしたんだと問い詰めたら

「あのね、気がついたらこの町にいて、自分の名前しか覚えてなくて、周りを見渡したらたい焼き屋さんがあったんだよ。これはもうやるしかないって思ったんだよ」
と言った。

おもわずはたき倒した。

とりあえず記憶喪失ということが判明し、町の者も誰も彼女を知らなかったために、何故か祐一が面倒を見る羽目になり毎日つきまとわれている次第である。

とは言え、祐一も月宮あゆの事を邪魔に思っているわけではない。
むしろ、初めて会ったはずの少女とのやり取りに何故か懐かしいものを感じていた。

そう、昔からこの少女の事を知っていたかのような……。

殴られた頭を押えて「うぐぅ」と蹲っているあゆを呆れながら見下ろしていた祐一は、自分が無意識に愛剣を撫でていることに気がついた。

魔剣『ロスト・メモリー』――「失われた記憶」を意味するこの銘は、彼が自分でつけたものである。

相沢祐一は七年前のある一時期の記憶を失っていた。

ポッカリと失われた空白の時間。

そして彼が気が付いた時、失われた記憶の変わりのように携えていたのがこの羽根のような白さと優美さを備えた魔剣だった。

それ以来、祐一は唯一自分の記憶の手がかりであるこの強力な魔剣を、常に手放すことなく身近に置いている。
まるで、その剣が失われた記憶そのものの様に。

その魔剣が、最近妙にざわめいているような気がする。
気のせいと言われればそれまでだが、それでも祐一は剣が何かに反応しているように思えたのだ。

そして、その時期はこの子供っぽい少女と出会った頃に一致する。


まあ、考えすぎだろうけどな。


自分の思考を一蹴して、祐一はまだ唸っているあゆに苦笑を浮かべた。

「ほら、あゆ、いつまでも道の真ん中で――」

「ねこ〜ねこ〜」

ふと祐一は聞き覚えのある声が聞こえたような気がして、話し掛けるのを中断して辺りをキョロキョロと見渡した。

「うぐぅ、痛い、何で殴るんだよ〜ってどうしたの祐一君?」

蹲っていたあゆが文句を言いながら顔をあげ、首を傾げた。

「いや、ちょっと聞き覚えのある声が……」

そこまで言いかけて、祐一は眼を見開いた。
何時の間にか、あゆの頭の上に猫がちょこんと飛び乗っていた。

目線が交差し、暫し猫と見つめ合う。

「あれ、猫?」

「うにゃ」

猫は返事をするように鳴くと、あっさりとあゆの頭から飛び降り走り去っていった。

「なんだ、あの猫?」

走り去る猫の姿を追っていた祐一は「げし! ぐしゃ!」という、背後から聞こえたえげつない音に吃驚して振り返り…絶句した。

そこでは

「う゛ぐぅ」

断末魔のうぐぅをあげながら地面に顔面からめり込んでいるあゆと、

「ねこさん、どこだおぉぉ〜」

あゆの後頭部をグリグリと踏みにじりながら、高らかに咆哮する名雪の姿があった。



結局、半死半生のあゆに手伝わせて、猫さんバーサク状態に陥った名雪を捕まえた時には日が暮れかけていた。

「祐一、非道だお〜」

第一声がこれだった。祐一は頭を抱えた。

「どっちが非道だよ。こいつを見ろ、こいつを…」

祐一の指差す先には顔を包帯でグルグル巻きにされた無残な姿のあゆがいた。

無論犯人は名雪である。

名雪は吃驚したようにしばらくあゆを見つめると、祐一を見て小首を傾げる。

「……ミイラ男さん?」

「うぐぅ、ボク女の子」

「なにぃぃぃ! そうだったのか!? あゆ」

「ゆ〜いちく〜ん」

「いや、さすがに冗談だ」

ミイラ男改め包帯女に恨めしそうに顔を近づけられて、ちょっと怖かった祐一はさっさと話を逸らした。

「だいたい名雪、お前なんでこんなところで猫追っかけてんだよ。さては猫追っかけて遥々こんな所まで来たんだな」

「う〜違うよ〜」

「いや、お前なら有り得る」

不満の表情を見せていた名雪だが、取り合えず気になっている包帯女の正体を祐一に聞くことにした。

「祐一、その子は?」

「こいつか? こいつは記憶喪失のたい焼き泥棒だ。名前はうぐぅと言うらしい」

「うぐぅ、うぐぅじゃないよ! それに泥棒じゃないよお金がなかっただけだよ!」

「説得力がないな、それにお金がないから喰い逃げするのは泥棒に違いない。まさしく『ああ、うぐぅ』」

「うぐぅ、祐一君それ『ああ、無情』」

何故わかるあゆ。

「祐一、あんまりうぐぅちゃんをいじめたらだめだよ」

空白の間が発生し、辺りに時が停止したような静寂が広がる。

咎めるような表情で名雪が言った「うぐぅちゃん」という一言に、ポカンとしていた祐一は、我に変えるや身を捩って大爆笑した。
ちなみに初対面の人にうぐぅ呼ばわりされたあゆは全泣きカウントダウン状態である。

「ぐはっ、な、名雪ぃ、うぐぅを名前だと信じるのはなかなかワンダフォーだぞ。クハハハ」

「えっ!? うぐぅちゃんじゃないの? うぐぅうぐぅって言ってるからてっきりそうなんだと思った」

容赦なくトドメを指す名雪。

結局身も心も名雪にボロボロにされたあゆを宥めて、自己紹介し合った頃には太陽は沈んでいた。

一日を無駄に浪費しまくっている三人であった。



とりあえず祐一が宿泊している宿まで名雪を案内した祐一は、ようやく本題に取り掛かった。

「で? なんで名雪がわざわざこんなところまで来たんだ?」

「……戦争が始まるの」

ハッとする祐一。

「……東鳩帝国か」

「うん、それでお母さんが祐一に早く帰ってきて欲しいって。それで、私が迎えにきたの」

「なるほどな。まあ盗賊団の方は潰滅させたから直ぐにでも帰るつもりだったが」

そこで祐一は誰かが自分の服の裾を掴んでいるのに気付いた。

「どうした、あゆ?」

服を掴んだまま俯いていたあゆは心細そうに呟いた。

「祐一君……行っちゃうんだ」

そうだった。祐一は重要なことを失念していた事に気付いた。
この記憶喪失の少女には知り合いと呼べる人間は自分しかいないのだ。

彼女の処遇をどうするか悩みだした祐一を尻目に、名雪はあっさりとあゆに提案した。

「あゆちゃん…一緒に行こうか」

あゆはびっくりしたように顔を上げ、また下を向いてモジモジし始める。

「で、でも……迷惑じゃないかな」

「そんなことないよ。大歓迎だよ。だからね? 一緒に行こう?」

自分が悩んでいたことにあっさり結論を出してしまった名雪に苦笑を浮かべながら祐一も言った。

「まあこっちに来たら戦争に巻き込まれちまうけど、それでもいいんなら連れてってやるぞ?」

「……うん、ありがとう祐一君、名雪さん。ボクいっしょにいくよ」


翌日――

「朝早く出るはずだったのに、何でもう昼なんだぁー!!」

「う〜ん、きっと祐一がちゃんと起こしてくれなかったからだお」

「お・ま・え・が、起きないからだぁぁーー!!」

「ゆ、祐一ぃ。こめかみグリグリは痛いお〜」

「痛かったら起きろぉー!」

「うにゅ、起きてるお〜」

「ウソつけぇーー!」

「うぐぅ、早くしないと夕方になっちゃうよぉ」

やっぱり一日を無駄に浪費しまくっていた。



     第八話に続く







  あとがき

祐一「涙涙の物語、苦節第七話にしてやっと出演できました、相沢祐一です」

八岐「さあ、前回は思いっきり話をぶち切ってしまったけど今回はどうしようかねぇ」

祐一「ってこら、俺の涙の初出演は完全無視かい!!」

八岐「ONEの連中なんか全然全くこれっぽっちも出てないじゃないの、それに比べたら相沢君なんてまだまだ甘いわさ」

祐一「むぅ、そう言われるとうぐぅの音もでないな」

あゆ「うぐぅの音なんて言わないよっ!」

祐一「げげ、あゆ!? なんでここにいる?」

八岐「突っ込み入れられるような事を口走るからだろ」

あゆ「君にも文句があるんだよ! なんなの!? あの題名!!」

祐一「題名? そういやまだ見てなかったな、どれどれ?………………………」

あゆ「うぐぅ、祐一君…声が出せなくなる程笑わなくても」

八岐「いやあ、何となく思いついたんで。だってうぐぅだし」

あゆ「うぐぅぅぅ!!」

八岐「怒るな怒るな。じゃあ、初出演の二人が揃った所で、今回は初めてあとがきらしいことでもやりましょうか」

祐一「あとがきねぇ、本編の方に突っ込めばいいのか? 例えば、なんで“記憶喪失少女が真琴でなくてあゆなんだぁ?”とか」

八岐「ぐはぁ」

あゆ「うぐぅ、ボク謎の人?」

祐一「俺も“Kanonでは記憶がボケてるだけだったのに、この話では完全に一部記憶喪失”だし」

八岐「うう、ちゃんと理由があるんだよぅ、大体それらしい設定が無いとその他大勢の中に埋没しちまうぞ。ただでさえ登場人物が多いんだから」

祐一「ぬぅ、それはゴメンだな」

あゆ「ボクも謎の美少女って事はヒロインなの?」

八岐「美少女ってまた平然と…まあヒロインちゃあヒロインかなぁ」

あゆ「うぐぅ、曖昧」

祐一「コイツはテキトー人間だからな。で? 次回はどうなるんだ?」

八岐「お、まとめに入ったな。まあいいや、次回は姫川琴音さんのサイキックバトルアクションです」

祐一「おお!」

あゆ「誰と戦うの?」

八岐「それなりの相手を揃えております。では次回第8話『バトル・ウィズ・フェアリー』。よろしくお願いします」




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