魔法戦国群星伝





< 第四話 百花ヶ原会戦 >




カノン皇国中部 百花ヶ原



皇都脱出後丸二日が経過した。


ろくに休息も取らずに強行軍で進んだ美坂香里一行であったが、水瀬領を目前にしてとうとう帝国軍の追撃隊に追いつかれつつあった。

もはや失敗を繰り返すつもりのない矢島は自ら追撃隊を指揮し、三千の兵を動員した。単なる捕縛目的としてはあきらかに過剰な数である。攻城戦の被害と皇都占領政策のことを考えると異常とすらいってもいい。

だが、矢島は決して過剰とは考えていなかった。

これだけの数を見せれば彼らとて逃げられないと悟らざるをえないだろう。

また彼らが万が一抵抗した時、女王香里を含め倉田公爵令嬢・久瀬侯爵・川澄男爵など一騎当千として他国にまで勇名が伝えられるメンバーを相手にすることになる。

この場合は文字通り、一騎に当たり千の兵を宛がう。これは大げさとしても大軍を以って一気に制圧することこそが被害を少なくする最善策であると矢島は考えていた。





「全く・・・帝国軍ってのは手加減ってものを知らないのかしら・・・」

自嘲的な笑みを浮かべる香里の眼前には帝国兵がこちらを威圧するように見事な隊列を敷いていた。


カノン皇国中央部に位置するこの百花ヶ原を抜ければ水瀬公爵領まであと少しというところまでたどり着く、はずだったのだが最悪の場所で敵の斥候に見つかってしまった。

あたりを見渡しても身を隠すところなどなにもないようなだだっ広い平原、少人数で大軍を相手にするには最悪の場所であった。どうやっても逃げ出すことは不可能に近い。


どこか他人事のように自分達が置かれている状況を見つめていた香里は周りの人々の様子をさり気なく窺った。誰もいまさら騒ぎ立てるようなことはしていない。

久瀬侯爵や倉田佐祐理は魔力を集中し、川澄舞や兵士たちは剣を抜いてこれから始まる一方的な戦いに挑もうとしていた。普段はヘラヘラと笑っているだけの北川も眼差しを真剣なものに変え、携えた刀の柄に手を当てている。

香里は愛する妹の方を見た。

栞は姉の視線に気づき、振り返るとニコリと笑って見せた。

その笑顔に香里は胸が苦しくなる。

みんなに無謀な戦いをさせるわけにはいかないわね。降伏するしかないか・・・。

香里は無言で栞の手を握りしめた。

帝国軍が整然とした隊列を持って前進を開始する。一切の乱れが見られない精密な行進、まさに精鋭ぶりを見せつけるような圧力を与える。


香里が降伏を覚悟したその時、上空を一つの影が過ぎった。


その瞬間、天空より閃光と轟音と共に金色に彩られた稲妻が百花ヶ原に降り注ぐ。

幾筋もの雷撃が前進する矢島軍の隊列の前面に落雷となって着弾する。その閃光と爆裂音に矢島軍の兵士たちは混乱し前進が停止した。

突如起こった異変に何事かと上空を振り仰いだ人々は、空を悠々と飛翔する影を見つけ騒ぎ出した。

その影は動揺する矢島軍を窺うようにその上空を旋回していた。



「一体何が・・・・・・」

いきなりの矢島勢への襲撃に、何事かと混乱する美坂一同の中で影の正体に最初に気付いたのは栞だった。

「あれ、真琴ちゃん」

栞の言葉が聞こえたかのようにその影はこちらに向きを変え飛んでくる。姿が大きくなるにつれその幻想的な容姿が香里たちにもよく見えた。



輝かんばかりの金色の毛並みを靡かせた2メートル近い狐、そして九本を数える尾。



確かに自分達のよく知る妖怪“九尾の狐”沢渡真琴に違いなかった。

真琴は香里たちを確かめるように彼女らの上空で旋回すると、彼女らの背後にある小高い丘の方に向かった。

その姿を追って後方を振り返った香里たちに衝撃が走った、いや戦慄といってもいい。

彼女たちは既に自分達が死地より脱していたことを知ったのだった。





「ナインテイルス!?」

混乱状態の軍勢の中で上空の影の正体にいち早く気付いた矢島は思わず舌打ちした。

かの強大な力を持つ妖怪が皇国の味方をするとは予想外だったな。ナインテイルスという妖怪は人間には無関心と聞いていたが。

だが矢島はさほどそれを重要視しなかった。要は女王たちを始末すればいいのだから。

混乱を見せる軍勢に命令を下そうとした矢島の視界にそれは映った。一瞬思考が停止する。

矢島は知らず知らずにその存在の名を零していた。



「……完全なる(パーフェクト)……(ブルー)……」




彼の視線の先、九尾の狐が浮遊する丘、そこには何時の間にか見知らぬ軍勢が整列し、帝国軍を悠然と見下ろしていた。

雪の結晶の紋章が描かれた戦旗を掲げた青き軍勢。

その青を従えるように先頭で馬に跨る女性はその象徴ともいうべき微笑みを浮かべていた。


矢島の背筋に戦慄が走る、しかしその戦慄は香里たちが感じたそれとは全くベクトルを反対にするものであった。

それは紛れもない恐怖。

忽然と現れたかの軍勢こそグエンディーナ大陸最強と名高き水瀬公爵軍であった。

無論「完全なる青(パーフェクト・ブルー)」こと水瀬公爵軍の名声とその強兵ぶりはその伝説と共に帝国にも十分に響き渡っている。

多少の混乱といった程度であった帝国軍の動揺は突如出現した軍勢の正体に気付くと同時に大混乱といってもいい状態に悪化した。

あまりにも速すぎる。

矢島はいきなりの水瀬秋子の出現に唇を噛んだ。

それこそ皇都陥落の報を聞いて直ぐに飛び出さない限りこの場に間に合うはずがない。

そこでふと彼は気付いた。

いや? 水瀬軍の数が異様に少ない、多く見ても一〇〇〇を超えた程度じゃないか?。くそっ、そうか、それこそ情報が入るや否や飛び出したのか。とにかく動かせる人数だけできたんだな。クッ、ならまだやりようがあるか?

だが決して矢島は事態を全く楽観視していたわけではなかった。噂が事実なら例え三倍の数を揃えても勝利するのは難しい、少なくとも自分の部隊では。

彼には敵の実力を過小評価するという思考は全く存在しなかった。自分の目的と現状を照らし合わせた結果彼は部隊の損害を抑えるという計画を放棄した。

矢島は号令を発すると即座に大混乱に陥っていた貴下の部隊を立ち直らせ瞬く間に掌握しなおしてしまった。


混乱状態にある軍勢を戦闘可能な状態に戻すことは難しい。それを一瞬で成し遂げてしまったこの事柄は矢島の実力を如実に示している。

攻城戦の大損害と皇族重臣の捕縛の失敗、そしてこの百花ヶ原会戦での結果から、矢島の将帥としての戦術指揮能力を疑う声は後々まで根強く残る。だが、この戦場での彼の指揮をよく検証するならば、その指摘は全くの的外れといえるだろう。彼の戦いは決して栄光ある東鳩帝国一六翼将の名に恥じるものではなかった。


素早く突撃陣形を整えた矢島は攻撃命令を発する。その内容は通常では自軍の優勢といわれるはずの状況を全く無視したものだった。

「狙うは女王の首のみ!! 被害は無視しろ! たとえ全滅しようとも女王だけは討ち取れ!!」

この悲壮としか言いようのない命令を貴下の兵士たちは全く疑問に思わなかった。それほど水瀬軍の無敵ぶりは帝国に伝わっていたといってもいい。

だが、彼らの認識はこれでもまだ・・・・・・甘かった。



一方帝国軍が陣形を整えている間に水瀬秋子は香里たち一行を迎え入れていた。

「助かりました、秋子さん」

死地からの生還に安堵しつつ礼をいう香里たちに秋子はいつもと変わらぬ微笑みを見せる。

「あらあら、みんな無事でよかったわ」

香里の後ろでは人間形態に変化した真琴が栞に抱きついて喜んでいる。秋子の後を追って飛び出した真琴は無事に秋子に追いつきそのままついてきていたのだ。

「みんなお疲れのようだから少し下がっててくださいね」

既に帝国が陣形を完成させつつあるのを見て取った秋子は香里たちを促し下がらせると貴下の軍勢を壁陣に編成整列させた。

「それではみなさん! 帝国軍の方々には初のお披露目ですから頑張って下さいね」

秋子はとても命令とは思えない命令を下すと突撃を開始した帝国軍に相対した。



初の帝国軍と皇国軍の戦闘、世に言う百花ヶ原会戦はここに勃発した。



突撃陣形、その形状から槍型陣形とも言われる陣形を持って突撃した矢島軍は壁型に陣を敷いた水瀬軍と接触した。

ちなみに両軍とも急進撃であったため銃火器は伴っていない。

元々奇策を労するタイプの将ではない矢島は物量を重視した全くの正攻法での力押しを実行した。

全兵力の一点集中。

この作戦なら被害は増大するが少しでも穴が空けば一気に後方に突き抜け、女王一行に襲撃を掛けられる。正に損害を考慮しない作戦であった。

配下すべてをすり潰すことすら厭わない、女王の命はそれだけの価値があると矢島は判断していた。

女王さえ始末すればその時点で実質戦争は終結するのだから…。

だが怒涛の如き帝国軍の猛攻に青き壁は全く綻びを見せなかった。

三倍の戦力、しかも攻撃点では五:一の戦力比があるにも関わらずである。矢島はだんだんと焦りを覚えた。

くそっ、これほどの強さとは……噂半分、しかも悪いほうにだ。

矢島の率いる部隊は決して弱兵ではない。むしろ精鋭と一つといってもいい。侵攻速度に関しては「疾風(シルフィード)」の異名を持つ佐藤雅史率いる近衛兵団と並ぶ存在である。だからこそ帝国一六翼将の一人に列せられ、侵攻軍の先鋒を任されたのだ。

しかしその彼らをしてまったく壁を突き崩せなかった。それどころか馬鹿げたことに逆に押し返され始めているようにすら思われる。

しかも水瀬軍の両翼は徐々に曲線を描き始めていた。これを見た矢島は心の中で悲鳴をあげた。


三分の一の軍勢に包囲されかかっているだと!?


ここで矢島は自分の認識がまだ甘かったことを痛感せざるを得なかった。もはや水瀬軍を撃破して女王一行に襲い掛かるのは不可能と考えるしかない。それどころか文字通り一兵残らず殲滅されかねない。

女王を抹殺した結果全滅するならいい、だがまったく為す術なく全滅するなんてことは許されない。

巧遅より拙速を尊ぶ矢島はこれ以上の攻勢は無駄と認識するや躊躇することなく撤退を決断した。

まさにギリギリのタイミングだった。少しでも決断が遅れたならば水瀬軍の包囲は完成し、矢島軍という存在はこの百花ヶ原で消滅していただろう。


彼は自ら側近を従え水瀬軍に強襲を仕掛けると、兵を叱咤激励し水瀬兵を一時的に押し返すことに成功する。その間に段階的に部隊を後退させ、自分は殿を努めつつ戦場からの撤退を開始した。

その見事な手際に水瀬秋子は「まあ」と一言感嘆の声を漏らした。

「さすが歴戦で知られた帝国軍ですね、侮れないわ。でも…このまま帰すつもりもありませんよ」

既にくの字型からV字陣形に変わりつつあった水瀬軍はそのまま追撃を開始した。矢島の懸命の指揮により大壊走という事態だけは逃れた矢島軍であったが戦場を脱出した兵士の数は一〇〇〇を越さなかった。

矢島は全身傷だらけの満身創痍になりながらも逃亡に成功している。常に殿にいたことを考慮すれば奇跡といっていい。一方の水瀬軍は追撃戦で多少損害を受けたが無傷といっても過言ではなかった。

水瀬公爵軍、通称「完全なる青(パーフェクト・ブルー)」の強兵振りは対帝国戦でもまったく遜色ないことがここに証明されたのだった。



「強いと聞いてはいたがこれほどとはな、見ると聞くとではインパクトが違うな」

唖然とする久瀬の後ろでは佐祐理が「ほええええ」と唸り続けている。舞がいつもの無表情ではなくどこか唖然とした表情を見せているのを見れば彼らがどれほど驚いているかが知れる。特に打撃騎士団(ストライク・ナイツ)を率いる歴戦の指揮官である舞には今の戦がどれほどデタラメであったかがよくわかった。

「凄い・・・・・・というより無茶苦茶」
と首をフルフルと振りながら呟く。

「うわぁ、秋子さんてやっぱり凄かったんですねぇ、強いですぅ」

「すごーい、つよーい」

無邪気に騒ぐ栞と真琴に香里はやっとなんの憂いもない笑みを浮かることができた。もっともその笑顔を見て北川が少し安堵したように優しい笑みをもらしていたことには気付いてはいなかったが。


その後再び水瀬軍と合流した香里一行は彼らに守られつつ水瀬城に入城。そして皇国全土にその生存を知らしめ、帝国への反攻の旗を掲げ、全皇国軍の集結を命じることとなる。



    第五話 『十六の翼』へ 続くっ!!






あとがき

祐一「おっす、俺、相沢祐一。好きなものは謎ジャムだ」

偽祐一「ちょっと待てぇ、なんで俺に(偽)が付いてるんだ? 好きなものがアレだと平然と言ってる時点で上の奴が偽者だろうが!」

八岐「(両方祐一の方が楽だったんだが)ほれ、浩平。こいつも文句言ってることだし……やめれ」

浩平「ぬぅぅ、甘いぞ相沢祐一。ボケにはボケで返さない事には我が後継者とは認められん」

祐一「……いや、普通なら付き合ってもいいんだが、アレの名前を出した時点で俺は突っ込み役に徹する事に決めたんだ」

八岐「……賢明だな」

浩平「何が?(ポムと肩を叩かれ振り返る)…………泣」

秋子「(オレンジ色の物体が入ったビンを差し出しながらニコリと笑う)はい、どうぞ」

八岐「……あ、泡吹いた……あ、白目向いた……あ、死んだ。折原く〜ん、一体君は何しに来たんだぁ?」

祐一「自業自得だな。そのまま遥か先の本編登場まで永遠の世界に行っててくれ」

秋子「八岐さん(唐突)」

八岐「はいぃぃ(硬直)」

秋子「あとがきがただのコントになってますよ。気をつけてくださいね(ニコリ)」

八岐「はっ! 申し訳ありません。以後注意します!(ってこういう書き方しか出来ないんだよなあ)」

秋子「何か言いましたか?(ニコニコ)」

八岐「いいえ!! 何も言ってません! 謝ります! ゴメンなさい! さようなら!(?)」




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