魔法戦国群星伝
< 第三話 微笑むもの >
皇都陥落当日 水瀬公爵領水瀬城
「お母さん、やっぱり帝国は攻めてくるって考えてるの?」
ドアをくぐり、簡素な執務室に入った水瀬名雪はそこに目的の人物がいるのを確認すると前置きも無しに切り出した。
彼女の母親でもあり主君でもある水瀬秋子は、仕事の手を止めて顔を上げる。
ここ暫く休息もなしに働き詰めのはずだったが、その表情に疲れの色はなかった。
秋子は手にしていた書類の束を机の上に置き、傍らに置かれたお茶で喉を潤すと名雪に顔を向けた。
「どうして私が帝国が攻めてくるって考えてると思うの名雪?」
どこか試すような秋子の態度に名雪も少し機嫌を悪くする。
「う〜、お母さんいくら私が馬鹿でもそれぐらい分かるよー」
一月前に出された戦時体制解除令はこの水瀬領内では全く無視されていた。これではまだ戦争があるとアピールしているようなものだ。
実際皇国府より正式な命令不履行に対する質問状が届いてる。
いくらボケ少女でも戦時体制が解かれないことの意味は他には考えられなかった。だが何故秋子が警戒を解かないのかがわからない。
「香里たちは帝国は交渉での解決に乗り出してるって考えてるんでしょ。だいたい帝国から来る情報はみんな帝国には戦争開始を断念したって言ってるんじゃないの?」
「そうね……。名雪、ちょっとこれを御覧なさい」
そう言うと秋子はいままで目を通していた書類を娘に手渡した。
「………報告書? お母さん、これって」
「そう、帝国領内に潜入している間諜達の報告書の写しよ。久瀬さんに送ってもらったの」
名雪は渡された書類に目を通したが書いてある内容に首を傾げた。
「……でもこれって…やっぱり全部帝国が攻めてこないって内容に見えるけど」
「そうね、でも……」
そこで言葉を止めた秋子は愛用の簡素な机に肘をつき、口元を隠すように両手を組むと眼差しを鋭くして言葉を続けた。
「名雪……その報告書を読んでどこか違和感を感じなかった?」
「えっ!そんな変なところあったかな? 私はわかんなかったけど」
「確かに報告書を読んでも決しておかしいと思われるところはないわ。それぞれ内容は全く違うし、文体・書式のクセなんかも怪しいところはないし。でもね、読んでいてなにか違うと感じたの」
「え?」
「まるでこちらの思考を限定させるような、そんな計算された意図のようなものを感じたの」
「……それってどういうこと??」
「個人個人がそれぞれ出したものではなく、組織的に製作されたものといったところかしら」
「???」
発言の意味がわからずはてなマークを並べている名雪に秋子は自分の結論を伝える。
「…………帝国に放たれた間諜が全て入れ替わってる。私はそう考えているの」
「ええっ!! で、でも、確か帝国にいるスパイって30人以上いるって話だよ。それが全部入れ替わってるなんて絶対無理だよ」
名雪が情報として把握していた30人という数は完全に過少であった。帝国内部の情報の重要性をよく認識していた久瀬は防諜局の総力をあげ200人を超える人員を帝国領内に投入していた。
その200人を超える潜入工作員を短期間に、しかも本国であるカノン皇国に知られずに摘発することは不可能といってもいい。しかし秋子はおもむろにかぶりを振り名雪に一枚の写真を差し出しだ。
「……この人は?」
その写真にはショートカットの活発そうな女性が写っている。
「彼女の名前は長岡志保。現在の帝国情報総監よ。独自のルートを使って調べたんだけど、彼女、とんでもない人物ね。情報関係に関してはちょっとした化け物よ。久瀬さんでも分が悪いわ」
「じゃあお母さんはこの人が情報操作をしたって考えてるの?」
「ええ、間違いなく。……そして敵のスパイ網を完全に潰したということは……」
名雪は秋子の言わんとすることを悟り、思わず声を上げる。
「…!! 直ぐにでも帝国の侵攻がはじまるんじゃぁ……」
慌てる名雪に秋子は頷いて同意を示すと一転真剣な顔から満面の笑顔を浮かべ頬に手を当てた。
「それでね名雪。あなたにお願いがあるんだけど」
「えっ? なに? お母さん」
いきなりの母の豹変に少々ビビリながらも答える名雪に秋子は実に楽しそうに依頼内容を暴露した。
「祐一さんを迎えに行ってほしいの」
その言葉にあっと驚く名雪を見て秋子はクスクスと笑った。
彼女の甥に当たる相沢祐一は現在辺境で暴れまわっている盗賊団の討伐に遠征している。秋子は自分の娘が従兄弟に対し密かに想いを抱いているのをよく知っていた。
「あなたの言う通り帝国は近いうちに攻撃を開始すると思うの。そうなると祐一さんの能力は絶対必要になるわ。行ってくれる名雪?」
「うん。分かった! じゃあすぐに行ってくるね」
言うや否や名雪は転がるように執務室を飛び出していった。
「あらあら、よっぽど祐一さんに会いたかったのね。まだ三ヶ月しか経ってなかったと思うんだけど。やっぱり寂しかったみたいね」
娘のはしゃぎぶりを微笑ましく眺めていた秋子はその表情を引き締める。
「さて……私もいろいろ準備が必要ですね。……だれか!!」
すぐさま現れた部下に、秋子は机の引出しより一通の手紙を取り出し手渡した。
「これを……符法院に届けてください。なるべく急いで」
手紙を受け取った部下は弾かれたように部屋を出て行った。それを見送った秋子はポツリと呟いた
「……これほど動くのが速いなんて、彼を行かせたのは失敗だったわね……祐一さん……間に合うといいけど……」
だがその願いも空しく、この時既に皇都「雪門」は陥落していた。事態は彼女ですら想像しえない速さで進行していた。
皇都陥落の翌日 陰陽符法院の一室
『陰陽符法院』−現在、大陸で最も普及している「魔導術」とは全く系統を異にする魔術「符法術」の総本山である。
魔導術には及ばないものの皇国領内では一定の広がりを見せており、その勢力は決して侮れない存在である。
その中でも軍事戦闘訓練を受けた符術師によって構成される戦法師団「鈴音」は大陸唯一の戦場投入可能な魔術戦専門部隊として知られていた。
その「鈴音」を若くして束ね、「ザ・カード」の二つ名を持つ符術師 天野美汐は彼女に与えられた一室にて秋子からもたらされた書状に目を通していた。
「美汐ーー!? あ〜〜いたいた……あれ? 何読んでるの?」
入ってくるなり大声で騒ぎ立てる少女―沢渡真琴に美汐は優しげな笑顔を浮かべた。滅多に感情を動かそうとしない美汐が真琴を含め数人にしか見せない表情である。
「秋子さんからですよ、真琴。でも手紙ではなく正式な要請書です」
「ヨーセーショ??」
はてなマークを浮かべる真琴に美汐は丁寧に説明する。
「お願い事の手紙のことです。秋子さん個人ではなく水瀬公爵としての」
「お願いってなんの?」
真琴のその言葉に美汐は表情を少し沈める。最も他人が見てもその変化は判らないだろうが
美汐は真琴の質問に直接答えず現状を伝えた。
「どうやら……戦争が始まるようですね」
真琴の顔色が一気に青ざめる。彼女にもお願いの内容を理解したようだった。
「あう〜〜。美汐は戦うの?」
「ええ、そうなりますね……秋子さんにはお世話になっていますし、それに帝国に攻められては符法院もどうなるかわからないので」
「あう〜〜」
真琴は唸ると必死に何かを考えるように黙り込んでしまった。美汐はそんな彼女に何も言わず見守る。真琴は決心したように頷くと強い眼差しで美汐を見つめて言った。
「真琴も戦う!!」
その言葉に美汐は静かに眼を閉じると呟いた。
「わたしは……あまり賛成できません」
思ってもいなかった言葉に真琴は目を丸くしそして身をちぢ込ませるとそれは寂しそうに上目使いに美汐を見て言った。
「あうー、美汐はあたしといっしょに戦うの、イヤ?」
その表情にクラクラきながらも、美汐はなんとか平静を保ちながら言葉を搾り出した。
「……いやというわけではありません」
「じゃあなんで?」
「私は、真琴にはあまり戦争などという血なまぐさいものには関わってほしくないのです」
その言葉と自分を見つめる美汐の瞳に真琴は美汐が自分のことをどれだけ大切に思ってくれているのか染み入るように伝わる。
だが、真琴も決して中途半端な思いで言ったわけではなかった。
「でも……あたしは秋子さんの役に立ちたい、栞たちを助けたい」
俯きながらも強い思いを込めて言葉を搾り出す真琴に美汐は溜息をつくしかなかった。
「はぁ、……仕方……ありませんね」
真琴は一変に表情を明るくし、わーいわーいとはしゃぎまわった。それを見て美汐も仕方ないなといった感じで表情を和らげる。
どうも自分は真琴に甘すぎるな、と美汐は自嘲気味に思った。
「天野殿、おられますか!!」
どこか和やかな雰囲気に浸っていた二人をかき乱すように一人の符術師が美汐の部屋の戸を叩く。
「何事です」
「これをご覧ください」
扉を開けた美汐は符術師から書状を受け取り眼を通すとサァーと顔を青ざめさせた。その尋常ではない様子に真琴も不安になって美汐が持っている書状を覗き込んだ。
「なになにー? なにかあったの?」
その言葉に少し落ち着きを取り戻した美汐が真琴に説明する。
「皇都が……陥落しました……」
「えーー!! じゃ、じゃあ栞は!? 栞はどうなったの?」
親しき友人の安否を気遣い自分と同じように顔を蒼白にした真琴に美汐は現状を告げた。
「まだ分かりません。捕まったというようなことも伝わってはいないようですが」
「あうぅ〜どうしよう美汐」
慌てる真琴に美汐は少し考えると自分の考えを話した。
「我々符法院はすぐには動けません。ですが秋子さんは既に何らかのリアクションを起こしているでしょう。もし香里さんたちが脱出に成功していたなら秋子さんを頼るでしょうし、あの方の所なら何かわかるかも知れません」
「わかった!! じゃああたしは秋子さんの所に行ってくるね」
そう言うや否や真琴は自らにかけていた変化を解き本性を現す。
ボワ〜ンというコミカルな煙が立ち昇ると真琴の姿は九つの尾を持つ巨大な狐へと変化していた。
金毛白面九尾の狐、それが真琴の正体である。
九尾の狐という妖怪は龍族を除けばグエンディーナ大陸では屈指の力を持つ存在である。真琴は同族の中では幼生といってもいい年齢ではあるがそれでも一般的に見てその力は図抜けていた。
「先に行ってるね」
それだけ美汐に言い残すと真琴は消えたかのような速さで飛び出していった。
その姿を見送り廊下に出た美汐はこれから会いに行こうとした人物が既にそこで一部始終を見聞きしていたことに気付いた。
「院長様」
美汐はその老人を見て呟いた。院長と呼ばれた老人は美汐をじっと見据えていたがやがて重々しく口を開いた。
「危険じゃな」
その一言に美汐は少し俯く。彼女には院長……つまりこの陰陽符法院の最高権力者がなにを言いたいのかが分かっていた。
皇都が陥ち、女王以下皇族の安否すら不明、こんな状態で皇国に味方するのはあまりにも危険すぎる。もし帝国が全土を平定した場合、カノンに味方した符法院を見逃すはずもない。符法院だけならまだしも符術そのものが異端として根絶させられる可能性すらある。
そして院長が認めなければ「鈴音」は動けない。
「もし鈴音の動員をお認めいただけないのであれば、どうか私を破門にしてください」
美汐の淡々とした、そして決意を込めた言葉に院長は眼を細める。
「この符法院を捨てても戦うと申すのか、美汐よ……」
「はい……私は友人たちを助けたい。彼らの助けになりたい。ただそれだけです」
彼女から出たその言葉に院長は少し口元を綻ばせた。
昔、親友を失って以後、その親友と共に感情も、意思すらも失ってしまったかのようだった美汐。その彼女からこのような言葉を聞けたのが老人には嬉しかった。
やはりあの少女のおかげかの、この娘が変われたのは。
院長はさきほどここを飛び出していった少女に感謝した。真琴と出会ってからの美汐は表面上こそ冷たい感じは変わらないがその内面は非常に人間らしいものになっている。
「破門するには及ばん。鈴音の派遣は認めるつもりじゃ」
「院長さまっ!!」
「勘違いするな、美汐よ。お前の個人的な願いを聞き入れたわけではない」
確かにそうかもしれない、でも、それでも美汐は院長の心遣いが嬉しかった。
「じゃが……陛下の無事が確認できんことにはな……」
院長の言葉に美汐も頷く。皇族でありながら人付き合いの苦手な自分を大切な友人と言ってくれた少女の顔を思い浮かべ、美汐は皆の無事を祈った。
同日 水瀬公爵執務室
ガタッ!
その報告を聞き思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がった水瀬秋子の顔にはまず見ることの出来ない動揺というものが浮かんでいた。しかしすぐさま動揺を消して得られた情報を整理する。
(皇都陥落なるも皇族重臣は行方不明。捕縛されているなら帝国は声高に発表するはず、それが為されていないと言うことはみんなは脱出に成功したということだわ。しかも未だ捕まってはいない)
数瞬で考えを纏めた秋子は彼女のスタイルである即断を実行した。
「出陣します」
それだけ言い残すとあっという間に武装を纏い騎乗して城を飛び出していった。その後を武装を整えた兵団が続く。
突然の出陣に城詰の兵のみの構成ではあったがすぐさま軍を形成し、将の後を追った反応の速さはまさに大陸最強の名を辱めないものであった。
秋子出陣の数時間後、城に到着した真琴は城内の喧騒に目を丸くした。
「あう〜、いくら皇都が陥ちたからって騒ぎすぎよー」
などとブツブツ文句を言いつつ,廊下を走り回っていた水瀬家重臣の一人を捕まえて秋子の居場所を尋ねた。
「誰だ!? この忙しい時に……! おおっ、これは真琴殿よくいらっしゃった、ああっ、しかし今城はこの状態ですので」
それこそ子狐の頃から城内に出入りし、水瀬家の家族といってもいい存在の真琴はそのやんちゃな性格からも城の人間に好かれていた。呼び止められたこの男もそうした一人らしく忙しいながらも丁寧に対応する。
「あう〜皇都が落ちたから騒いでるんでしょ。だから来たのよ、で? 秋子さんはどこー?」
その言葉に重臣は困ったような表情を見せる。
「閣下なら皇都陥落の報を聞くや否や飛び出していきましたよ。城内が大騒ぎなのはそのせいです」
溜息を吐く重臣に再び目を丸くする真琴
「えっええ!? 秋子さんどこ行っちゃったの?」
「それが行き先も告げずに……しかも軍の連中も続いて行ってしまいましたよ」
「それって戦いに行ったの?」
「おそらくは」
「じゃあ名雪は?」
「それが先日からどこかに極秘任務に出されたらしく当方も存じ上げません」
「あう〜、どうしよう……ねぇ、秋子さんどっちにいった?」
「はぁ……おそらくは東の方に」
「あう〜分かった。じゃあそっちに行ってみる」
真琴は再び狐に変化し東の空に飛び出した。
その方角には百花ヶ原の名で知られる平地が広がっている。
第四話 『百花ヶ原会戦』へ 続くっ!!
あとがき
祐一「おっしゃぁーー」
八岐「何をガッツポーズしてるのかね、相沢君」
祐一「名前が出たぁ!」
八岐「…………」
祐一「なんだよ、その眼は」
八岐「ああッ、名前が出ただけで喜ぶ奴。いと哀れ」
祐一「そんなこと言うけどな、折原なんて名前も出てねーんだぜ?」
八岐「た、確かに(汗)。仕方ない、次回あとがきの方に出演してもらうということで勘弁してもらおう」
祐一「俺は?」
八岐「出たいの?」
祐一「そりゃ、まだ本編に出てないわけだし」八岐「まあそうまで言うのなら……(キャラ被ってるんだよなぁ)」