魔法戦国群星伝





< 第一話 皇城陥落 >




カノン皇国皇城 スノーゲート



異様な緊迫感に静まり返った会議室の中で、一人の女性が窓際から眼下に広がる光景をじっと見つめていた。

ウェーブを描く豊かな髪と、どこか醒めた瞳を持つ女性。

彼女のことをある者は『凍れる心(コールド・ハート)』と呼び、ある者は『炎の女帝(エンプレス・オブ・フレイム)』と呼ぶ。

相反する氷と炎の魂を持つ女。氷炎公主(プリンセス・オブ・アイス・アンド・フレイム)美坂香里。
カノン皇国の歴史上初めての女王である。


その女王のクール・フェイスは今、苦々しげに歪められていた。

「どうやら完全に引っ掛けられたようね」

彼女の眼下に広がる皇都「雪門」はすでに敵兵で溢れかえっており城は完全に包囲されている。

敵兵の掲げる旗の紋章は緑の葉、領内の内情不安で大陸西部への侵攻を当面断念したはずの東鳩帝国の戦旗であった。


 東鳩帝国――グエンディーナ大陸東部の大半を勢力化に抑える大国は、若き皇帝藤田浩之の即位と共に古き皮を脱ぎ捨て全く新しい国に生まれ変わり、その力を外部に向けようとしていた。

……すなわち侵略である。

これを憂慮したカノン皇国は帝国との融和交渉を粘り強く続けていたが、皇帝浩之は野心を抑える様子を見せず、すぐにでも戦争が始まると誰もが信じざるをえない状態であった。

しかし数ヶ月前、帝国領内で駆逐されたはずの旧貴族階級による一斉蜂起が起こるという噂が立った。

実際、一部の地方では小規模な反乱が勃発していた。

噂のもみ消しに躍起となった帝国政府だったが領内には不穏な空気が蔓延するようになる。

そして藤田浩之が国内の安定の優先し対外侵攻は見送るという情報が飛び交った結果、カノン皇国は外交による解決に手応えを感じ(現に帝国との折衝は順調に進んでいた)、安堵の空気が広がっていた。


帝国のカノン皇国侵攻が開始されたのは正にその直後であった。


帝国軍は大陸西北部カノン皇国への電撃侵攻を開始、戦時体制を解除したばかりだったカノンは完全に不意を突かれ、皇国東部の僅かな抵抗を退けた帝国軍快速部隊による皇都包囲を許していた。



「佐祐理の……責任ですっ!」

唇をかみ締め、搾り出すように悔恨の言葉を発した倉田佐祐理の表情は普段の明るさを影に潜め蒼白となっていた。

矢島将軍率いる先遣隊、機動騎士団六〇〇〇は緊張緩和により弛緩しきっていた国境警備隊を一瞬で粉砕し、帝国侵攻の報が届くよりも速い速度で皇国領内を進撃し、皇国内でも帝国国境寄りに位置している皇都「雪門」への侵入に成功する。

迅雷(ブリッツ)』の異名を持つ矢島将軍の、その名に違わぬ用兵速度だった。

「雪門」より東部に位置する皇国領は、突然の帝国軍の侵攻に右往左往するのみで、後続した橋本将軍により難なく制圧されつつある。



一方の皇国は完全に後手に回っていた。


長期に渡って維持すると、何かと経済面で不都合の出てくる戦時体制を解除した直後であったため「雪門」に、一時的だが全く戦力が存在しなかったのだ。

皇都を守護すべき存在である主力軍の打撃騎士団(ストライク・ナイツ)も現在「雪門」から離れており、包囲されているスノーゲート城内には約一〇〇〇の兵がいるのみであった。その兵すらも近衛警備隊という貴族の師弟が集まった名目的な代物に過ぎない有様である。

皇国の軍部を統括する軍務宰相である倉田佐祐理が打開しようもない情勢に蒼白となるのも無理はなかった。


「戦時体制解除を許可したのは私よ。それに今更責任をどうこう言ってもしょうがないじゃない」

静かな瞳で佐祐理をじっと見据えた香里は諭すように言った。

「問題はこれからどうするか……でしょ?」

「……でも、このままじゃどうにもならない」

皇国の誇るカノン打撃騎士団(ストライク・ナイツ)の団長であり、皇国最強の剣士の一人でもある川澄舞は、あまり感情のこもらぬ口調で答える。彼女自身、単身皇都に赴いていたため率いる部隊がない状況であり対処する方法も思いつかなかった。

「だったら逃げるしかないんじゃないか?」

「逃げちゃうんですか?」

佐祐理は非難というより確認といったトーンで北川の発言に問い返した。

「しかたないでしょう、このままじゃ一時間も持ちませんよ」

北川潤が弱気になるのも仕方ないといえるだろう。城に篭る一〇〇〇の兵は近衛警備隊長である北川の直属の部隊であり、彼にはその情けない実力はいやになるほど分かっていた。

この隊長職はかつて無役の素浪人として城に居着いていた彼に体よく押し付けられたものであったが、それなりに訓練してみたものの全く使い物にならなかった連中である。とても六倍の敵を相手に戦えるはずもなかった。

「でもどうやって?」

「そうよ、完全に包囲されているこの状況でどうやって逃げ出せる?」

確かに城は何重にも包囲されているこの状況では城の外に出ることすらままならない。


この行き詰まったような状況を壊すようにこれまで一言も喋らずに部屋の端に佇んでいた男が尊大ともいえる口調で言葉を発した。

「抜け穴の一つでもあるだろう? なぜそれをつかわないのかね」

凍りつくような視線を男に向けながら香里が冷ややかな声音で応えた。嫌いだという感情を隠そうともしない。実際その男は有能だがその分性格も歪んでいると嫌う者も多い。

「抜け穴の一つや二つぐらいあるわよ。でも城を抜け出したところで帝国は直ぐに追撃隊を出すんじゃないかしら? 違う? 久瀬侯爵殿」

カノン皇国防諜局長官を勤める久瀬はその評判に違わぬ歪んだ笑みを浮かべる。

「ここに残ってもしょうがないだろう。それともここで潔く死にたいとでも言うつもりかね?」

「いいえ、お断りだわ」

きっぱりと答える香里に「ふん」と鼻を鳴らし久瀬は話を続ける。

「ならばさっさとその抜け穴で逃げ出すことだな。じきに城内にも敵兵が侵入してくるだろう。もっとも……だれかが残って、時間を稼がんことにはろくに逃げ出すこともできんだろうがな」

その久瀬の最後の言葉に俯き加減に佇んでいた佐祐理の肩が幽かに震えた。


「佐祐理が……佐祐理が残ります」


「佐祐理!!」

その言葉に彼女の親友である舞が過敏に反応する。

当たり前だ。ここで残るということは死ぬということと同じ意味と言っていい。

「そんなこと!! 許可できませんよ佐祐理さん」

強い調子で詰め寄る舞と香里に首をふりつつ佐祐理はいつもの笑みを浮かべた。

「あはは〜〜大丈夫ですよ〜。佐祐理は大丈夫です。それにこれは佐祐理の責任ですから」

「佐祐理さん!!」

それでも止めようとする香里を遮るように佐祐理は決然とした口調で命令を下す。

「舞、北川さん。陛下と栞姫を連れて脱出してください。これは軍務宰相としての命令です!!」

「ちょっと、舞さん、北川君。皇王の私を無視して宰相の命令を聞くつもり!?」

板ばさみの状況に戸惑う北川に佐祐理の一言が背中を押す。

「北川さん! 香里さんをむざむざ殺すつもりですか?」

この言葉にはっとした北川は思いを振り切るように佐祐理に一礼すると、香里の体を引っ担ぎ栞の待つ部屋へと向かった。

「ちょっ、ちょっと北川君っ。離しなさい、ってこら! ちょっと、聞いてるの!? 北川!!」

「あはは〜〜うるさいようならはたき倒して静かにさせちゃったほうがいいですよ〜」

立ち去る北川の背にちょっと危ないセリフを投げかける佐祐理にチラリと意味ありげな視線を向けた久瀬も「僕も準備があるのでね」と呟き部屋を出て行く。



広間に集まった人影が消え、ただ二人だけが残った。

「舞……。舞も早くいってください」

ふるふると首を振る舞に諭すように優しく呼びかける。

「舞は騎士団長だよ。こんなところで死んじゃだめだよ。だから早く 」

「佐祐理は大丈夫だって言った。だから私も大丈夫」

佐祐理の言葉を遮って舞はまっすぐに佐祐理を見つめる。

その真摯な思いを込めた瞳に佐祐理は言葉を詰まらせた。

そんな目をされたら、何を言ったら良いかわからないよ、舞。


沈黙の広がった広間に一人の人影が入ってきたのに佐祐理は気付いた。

まるで止まった時間を動かすよう、そんな思いを浮かべながら佐祐理はその人影に声をかけた。

「久瀬さん。まだいらっしゃったんですか? 舞を連れて早く行って下さい」

久瀬は自分に向かって殺気すら込めた視線を送る舞に顔をしかめながらも彼女たちのもとに歩み寄った。そして自分と佐祐理を離れ離れにするつもりなら容赦しないとばかりに威嚇する舞を睨み返し、佐祐理に向かって言った。

「僕では彼女を無理やり連れて行くなどということは無理ですな。だいいち僕は彼女と一緒に行くつもりはありませんよ」

そして佐祐理の傍らに立った久瀬は続きを耳元で囁いた。


「彼女と一緒に行くのは貴女です。倉田さん」


「ふぇ?」

戸惑った佐祐理の表情が衝撃に歪み、意識が薄れていく。久瀬の拳が彼女の鳩尾へと叩き込まれていた。

「久瀬!? 貴様!!」

そして剣を抜こうとする舞に佐祐理の体を預ける。慌てて抱きとめる舞。

「久瀬さん……どう…して…」

舞に支えられ薄れゆく意識を必死に保ちつつ佐祐理は久瀬に問い掛ける。

「悪いが貴女では時間稼ぎもできないでしょう。この城の全てを貴女は知り尽くしてはいないですしね。それに、責任というならば情報を統括している僕の方が責任が重い」

「あなたは……最初から……」

そこまでいうと佐祐理は意識を失った。

「……貴女はまだこの国に必要な人だ……」

この国の人間が誰も聞いたことがないような優しげな声で呟いた久瀬は元の嫌味な口調で舞に向かって言った。

「さっさと行け。城のトラップ群を起動したからな、じきに大騒ぎになるぞ」

佐祐理を背負った舞は何か言いたげに口を開きかけたが、そのまま何も言わずに足早に広間を出て行った。

久瀬は自嘲するような笑みを浮かべる。

「ふんっ……ガラじゃないんだがな」

そう呟くと久瀬は広間を後にし、彼の戦いの場へと向かった。

「さて、この城は僕の掌の上だ。帝国のバカどもにはせいぜい長い間踊ってもらおうか」

彼の言葉に被さるように爆発音が当たりに炸裂している。

この城のトラップはとある事情で頻繁に破壊される城内の修復を担当していた久瀬が趣味で設置させていたものであり、その全てが久瀬の思うがままに動く代物である。

まさに久瀬の言葉通り、城内に侵入した帝国兵は彼の掌の上にいたと言ってもいい。


帝国史上最悪の攻城戦と伝えられることとなるスノーゲート攻城戦における帝国軍の大混乱は、今まさに始まったばかりであった。



   第二話 『スノーゲート攻城戦』へ 続く!!






 あとがき

八岐「初っ端から自分が脇役贔屓であることを暴露してしまった八岐です」

祐一「久瀬が異様にかっこいいぞ!? 俺なんかまだ名前すら出てないのに目立ちすぎだぁ!」

八岐「このまま出てこなかったりして」

祐一「……冗談…だよね」

八岐「誰の真似だよ。まあ出てこないというのは冗談だけど」

祐一「そりゃそうだよな、主人公が出番なしだったら様にならないしな」

八岐「…主人公?」

祐一「………はい? ちょ、ちょっと待て、なんだそのヘンな疑問符はぁ!?」

八岐「読んで下さった方、載せてくださった管理人さま。ありがとうございます。まだ始まったばかりですがよろしくおねがいします」

祐一「だからそのままさり気なく逃げるなぁ!!」



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