衛宮士郎がアルバイトから帰宅すると、居間にはいつものように遠坂凛とセイバーが大きな顔をして陣取っていた。

「……ん?」

 ただいまー、と言いながら中に入ろうとした士郎だったが、妙な違和感を感じてその場に立ち止まった。おかしい。なにか、いつもと違うような……。
 違うと気づけば何もかもが違っていた。いつもは下座で慎ましやかに正座しているセイバーが、何処からかクッションチェアーを持ち込んで上座に陣取り、偉そうに踏ん反り返ってる。そしてその横では遠坂が葉巻を咥えて「ぐふふふ」なんて不気味な笑い声を漏らしながらテーブルに積まれた札束を数えていやがる。

「む、遅いですよ、シロウ。帰って来たのなら早く夕食の用意をしていただけないでしょうか。余はもう空腹だ」

 『余』ってなんだよ、『余』って。

「んあー、おかえりー」

 こっちはお金に掛かりっきりで完全に上の空の遠坂さん。どうでもいいけど、裸のねーちゃん前にした中年親父みたいな顔はやめれ、遠坂。

 しばらく目の前の異様な光景を自分の中で咀嚼し、士郎は「ああ、ついにやっちまいやがったのか」と納得した。
 額を押さえて沈痛に首を振ると、テーブルに山と積まれた札束を指差し、怒鳴りつける。

「遠坂!! お前な、幾ら金欠だからって銀行強盗は犯罪だぞ!!」
「誰が銀行強盗よ!! んなことするわけないでしょーが!!」

 パカーンと凛の投擲した湯呑みが士郎の額に直撃した。
 危険な角度で崩れ落ちる士郎を横目に、凛はプンスカと頬を膨らませる。

「ったく失礼ね、まだそこまで切羽詰ってないわよ」

 切羽詰ったらやるのか、おい。

「痛てて、む、違うのか。じゃああれか? サラ金から借りたのか? 言っておくが、返済義務があるのは借りた当人だけだからな、俺は関係ないぞ。一人で苦しめ」
「……あんた最近ナチュラルに言動が荒んでるわよね」
「む、お前と一緒に居ればイヤでもそうなると思うぞ、遠坂」
「そういえばあのコトミネも以前はもっと直情的な人物だったような気がしますね」

 我関せずと煎餅の袋を抱えてバリバリと齧っていたセイバーがふと思い出したように口を挟む。

「……それ、どういう意味よ」
「そうか、神父のあの嫌味な性格は後天的なものだったのか」
「だからどういう意味よ!!」

 激昂する凛にそ知らぬ顔をして、優雅に煎餅をバリバリと齧るセイバー。足を前に投げ出し背もたれに身体を預けてツンと踏ん反り返っている姿は、心なしか普段よりも態度がでかい。っていうかデカ過ぎ。

「まあ仮にも師匠と弟子の間柄だからな、相談ぐらいは乗るぞ。相談だけだけどな。なに、雷画の爺さんに頼めば、身包み剥がされて女郎屋に売られるなんて末路だけは避けられると思うぞ。爺さん、若いお妾さん欲しがってたしな」
「衛宮くん?」
「ん? どうした遠坂。爺さん家ならお前も知っての通り玄関を出てから山の手の」
「黙れ、そして死ね」

 ガンドガンドガンドー!!

「凛、屋内でガンドを乱打するのはどうかと思いますよ。狭いですし」
「いや、アルトリア。屋内とか屋外とかそういう問題じゃないんじゃないでしょうか」

 前衛芸術的体勢で髪の毛とか焦がしながら疑問を呈する衛宮士郎。

「あのね、士郎。さっきから銀行強盗とかサラ金とかいったい人を何だと思ってるのよ!」
「なんだ、サラ金で借りたんじゃないのか」
「違うに決まってるでしょ。借りるとしても衛宮くん名義よ!」
「はははは、サラリと本音を言っちゃう遠坂のそういう所、好きだぞー。地獄に落ちやがれ!!」
「その時は愛する衛宮くんも道連れにしてあげるわ、おほほほほほ」

 今日も平和ですねー、とどら焼きに取り掛かるセイバー。日頃彼女がどれほど殺伐とした世界に生きているのかが如実に伝わる平静さである。

「で、この大量のお金はどうしたんだ? 企業詐欺か? 密輸とか密漁か?」
「いい加減犯罪から離れなさいよ」
「だってこれ、五百万はあるんじゃないか?」

 テーブルの上に並べられた見た事もないような大金を、士郎はツンツンと指でつついてみた。

「……葉っぱで作ったとか」
「あたしゃ狐か! 違うわよ、ちゃんと稼いだに決まってるでしょ」
「遠坂が?」
「いえ、私です」

 え!? とびっくりして士郎が発言の主を振り返ると、薄い胸を反り返らせて、えっへんとセイバーが威張っていた。踏ん反り返りすぎてチェア―ごと引っくり返ってしまったのは見なかった事にして――勿論、スカートが捲くれて見えてしまった純白の※※は目に焼き付けて――なるほどさっきからなんだか態度がでかかったのはその所為だったのかと納得する。

「いや、でもどうやってアルトリアがこんな大金稼いだんだ? 言っちゃなんだけど、彼女、戦う以外はまるで役立たずじゃないか」

 引っくり返って起き上がれずに足をバタバタさせていたセイバーの動きがピタリと止まった。
 士郎のあまりといえばあまりに失礼な発言に、凛が怒ってキッと眉を逆立てる。

「ちょっと士郎、役立たずなんてそんな言い過ぎでしょ。せめてただ飯喰らいとか無能とか言いようがあるでしょうが。貴方、女の子に対するデリカシーが欠けてるわよ」

 特定の単語だけ強調しつつ、凛は士郎をたしなめる。士郎は相手の言う事が正しければちゃんと聞く人間なので、ううっ、そうか、と素直に反省した。引っくり返ってるセイバーに済まなそうに謝罪する。

「そりゃそうだよな。役立たずなんて云ってごめんな、アルトリア。アルトリアは役立たずなんかじゃないよ。ちゃんと我が家のエンゲル係数のUPに貢献してるし。そんな悪気があって言ったんじゃないんだって事だけは分かってほしいんだ。ただ飯喰らいだろうが、何をやっても無能だろうが、そんな事はどうだっていい。俺は、君が一緒に居てくれるだけで嬉しいんだ」
「んま、士郎ったら、その言い草だとまるで愛の告白じゃない」
「ば、馬鹿言うなよ、別にそんなつもりじゃ……。ただ、アルトリアが無能でも構わないって言いたかっただけで」
「ムキにならなくてもいいじゃないの。わたしは別に怒らないわよ。アルトリアだって無能なりに努力してるのはわたしもわかってるんだから。あ、ほら彼女も眼に一杯涙まで浮かべて喜んでるじゃない」
「あ、アルトリア。そんな、無能って言っただけなのにうれし泣きなんかされたら……俺も困る」
「あらまあ、エクスカリバーまで振りかざしちゃって、アルトリアもそんな照れなくてもいいのに。無能なんだから」
「無能無能言うなぁぁぁ!!」


 ――――ぼっかーーーーん!!


 前回の聖杯戦争中最強と謳われたエクスカリバーの一撃が、衛宮家の居間に炸裂する。
 荒れ狂うエネルギーをヒョイと出したローアイアスで受け止めて、士郎はむー、と眉間に皺を寄せると、

「あーこらこら、アルトリア、ダメじゃないか。室内でエクスカリバー発射するなんて。狭いんだから……めっ」

 ピンと人差し指を立てて、セイバーの乱暴を窘めた。
 いや、狭いとかそういう問題じゃないし。
 で、叱られてるセイバーはと言えば、畳に突っ伏してピクピク痙攣してたり。

「馬鹿ねえ、あんたの今の状態で宝具なんかぶっ飛ばしたら魔力枯渇するに決まってるでしょ」

 強欲魔術師らしく、ちゃっかりとテーブルの上の札束抱え込んで士郎の後ろに回り込み、被害を回避していた凛が、やれやれといわんばかりに鼻を鳴らす。

「まあそう言うなよ、遠坂。アルトリアが考えなしなのは今に始まったわけじゃないんだしさ」
「ふん、まっ、無能だしね、仕方ないか」
「む、無能、言わないでください、お願い」

 動けないまま咽び泣くセイバーであった。





「で、これどうやって稼いだんだ?」

 改めて、テーブルの上に積まれた札束に士郎は言及した。
 ちなみに、ボロボロだった居間の惨状は、既に士郎と凛の手で元通りに収まっている。
 この家の居間が大破するのはもう味噌汁の具がワカメというくらい珍しくもないので、士郎が片付け凛が魔術で修復するという役割分担はお手の物なのだ。三十分と経たずに居間は元の落ち着いた和室へと姿を元通りにしていた。
 ちなみにセイバーは何もせずに三十分間床に這いつくばっていただけで何もせず。まあ、仕方ない、無能だし。

「何も出来ない、いや何一つ出来ないアルトリアがこんな大金を稼ぐなんて無理だろう……はっ!? ま、まままさか遠坂。おまえ!」
「言っておきますけど、わたし、この娘をどこぞの大金持ちのジジイの所に連れて行って、ほら無能なんだからせめて身体で稼いできなさい、なんて外道なことしてないわよ」

 慄く士郎に、凛は心外だとばかりにテーブルをバンと叩いて怒鳴り返した。と、ポツリと横からセイバーが口を挟む。

「……凛、先日ライガの家で家事の手伝いをした際、貴女に行けと命じられた時の台詞が確かそのようなものだった覚えがあるのですが」
「ああ、あの極道ジジイねえ、人がいいのか勘違いしちゃって……ハッ!?」

 錆びたブリキ人形のように使い魔の方へと顔を向ける凛。そして表情のなくなったセイバーに、ニッコリと微笑みかけた。

「…………冗談よ?」

 士郎は無言で藤村さんとこの若い衆がよく使ってるドスを投影すると、セイバーに「どうぞ」と手渡した。
 衛宮邸は広いので追いかけっこするスペースには事欠かない。昔は良く藤ねえとやったもんだ、と士郎は一目散に逃げ出す凛を、ドスを小脇に構えて追い回すセイバーを生暖かい目で見送った。
 さすがは剣精、ドスは振り回すものではなく体ごとぶつかるように突き刺すものだとよく解かってる。

「感心感心」

 もしもの時は、良質の鉄砲玉ですよと雷画の爺さんに紹介することにしよう。






「いや、だからこの札束どうしたんだって。話が進まないぞ」
「はぁ、はぁ、誰のせいよ!!」
「…………ご、ごはん」

 魔力カラッポの癖に全速力で走り回った所為でセイバーは貧血(?)でダウン。汗だくになりながらも辛くも命を拾った遠坂凛であった。良かったね。

「良かないわ!!」
「自業自得だろうが」
「ちょっと月末で色々と返済がピンチだったのよ。血迷っても仕方ないじゃない!!」
「……遠坂。おまえ、やっぱりサラ金に金借りてるだろ」
「か、借りてないってば!! 宝石のローンよ、ローン」

 後で我が家が抵当に入ってないか調べとこうと密かに思う士郎であった。

「で、本題に戻るぞ。なんかもうどうでもいい気がするんだが話が進まないから一応聞いておくけど、この札束はどうしたんだ?」
「ん、パチンコ屋五軒ほど回ったら溜まっちゃった♪」
「ふーん」
「…………あの、それだけ?」
「すごいね」

 淡白に言い捨て、ズズズと茶を啜る衛宮士郎。

「くあああ、なんか前振りが派手すぎたからこの程度じゃ驚きもしねーじゃないの!! な、なんだってーっ!? とか言って驚いてくれないとなんかわたしが馬鹿みたいじゃない、こらぁぁぁーっ!!」

 ガンドガンドガンドーーっ!! と八つ当たりマシンガンガンドをばら撒く遠坂凛。

「ふむ、そんな勝手な事を言われてもなあ。って、うわっ危ないじゃないか。えいっ、全て遠き理想郷(セイバーシールド)!!」

 投影魔術の奥義っぽく叫びながら、士郎は近くでへばっていたセイバーを抱き上げると前に立たせて後ろに隠れた。

「へっ? あの、シロ……あうあうあうあうあうあうあうあうーっ!?」

 嵐のように吹き荒れたガンドの連打をなんとかやり過ごし、士郎は冷や汗を拭いながらプシューと煙をたなびかせている全て遠き理想郷(セイバーシールド)を解除した。

「やれやれ、危機一髪だったぞ」
「……くっ、あれを防ぎきるなんて。士郎、あんたなかなかやるわね」
「ふっ、俺には、盾になると誓ってくれた頼もしい戦友がいるからな」

 あの過酷な戦争で培った掛け替えの無い絆を誇るように、士郎は胸に手を当て微笑んだ。

「た、盾って……そういう、意味……違い、ま……ガクっ」

 プルプルと震えながら差し伸ばされた細く白い手がガックリと畳の上に落ちるのを横目に見て、士郎は改めて言い直した。

「頼もしい戦友がいたからな」
「かっ、過去形にするなーっ!!」

 バコーン、と飛び起きた少女の亡骸が士郎の顎を蹴り上げる。
 もんどりうって倒れる士郎の上にセイバーは馬乗りになって、「があーーっ!!」――――ガブリ!

「ぎゃぁーーーーっ!!」
「ガブっ、ガブガブっ」
「痛ぇぇぇ! んぎゃぁぁーーー!」
「ガブっ」


 人目も気にせずくんずほぐれつ縺れあう士郎とセイバーの絡みを、手にした札束を仰いで見物しながら、遠坂凛はほのぼのと独りごちるのであった。

「今日も平和ねー」




 ――――今宵も恐るべしだ、衛宮家!!




 よくわからないまま、終わる!!


SS散乱の場へ

TOPへ
inserted by FC2 system