前書き
これはストライカーズ5話を視聴した直後、勢いだけで書いたものです。6話すら見ちゃいません。
よって「こんな夜」存在しない可能性があり、またキャラを少々「造って」るので今後の展開や性格が違ってくる可能性が大いにあります。
その辺りをご理解のうえ広い心で読んでください。
今夜、夢見る前にあなたと
「……眠れない」
機動六課隊舎の一室。キャロ・ル・ルシエは眠れぬ夜を過ごしていた。明日も訓練があり早く休んだ方がいいことが分かっているのに目が冴えてしまうのだ。
時刻は二時を回っている。枕元にうずくまる小竜フリードリッヒの規則的な寝息しか聞こえない静かな夜。普段ならとっくに寝入っているはずだった。
眠れぬ原因が今日の初出動の興奮が覚めてないからだと分かっている。久しぶりにその力を振るったフリードリッヒは隊舎に戻るなり倒れるように眠ってしまった。
「ありがとうフリード」
初めての友達でいつもそばにいてくれた小竜にそっとお礼を言った。
初出動でレリック回収とガジェット全滅の任務達成は新人としては十分な成果だった。ただキャロにとってはただ無我夢中にやったことで達成感というものは乏しい。初めての実戦で泣きたくなるほど怖かったこと、緊張に足が震えたこと。そんなことの方が印象強く残っている。
そしてそんな自分を隣で支えてくれた少年のことを思う。任務終了後医務室でメディカルチェックを受けた際いくらかの擦り傷、打ち身が確認された。幸い大事に至らない軽症で明日の訓練にも参加できるらしい。
その知らせを受けたときキャロは自分で驚くほどの深い安堵を感じた。
「エリオ君……」
キャロと同じライトニング分隊の隊員。同じ歳頃の同僚。自分と大して変わらない身の丈なのに圧倒的な力をもつ新型に立ち向かっていった勇敢な人。
それを後ろから見ていることしかできなくて、傷ついて列車から放り投げられたエリオを見た瞬間の胸を押し潰されるような感触が今でも残っている。
落ちていくエリオを見た瞬間に自分も飛び出していた。AMFから逃れて魔法を使うとかそんなこと全く考えていなかった。結果的に最良の判断だとなのはは言ったが一歩間違えば向こう見ずだ。
うまく制御できない――ずっと忌避してきた祝詞を唱えてフリードリッヒの力を顕現させることにためらいはなかった。
ただ彼を守りたい、ヘリから飛び出すとき自分に向けてくれたあの優しい笑顔を失いたくないと、それだけを願って。
その笑顔を思い出した瞬間不安に押し込められていた胸のうちに鮮やかな花が咲き、暗い部屋でもそうと分かるほどキャロの頬が赤く染まった。体中が火照り緊張とは別の感情の波にキャロは身じろぎする。幸い相棒は目を覚ますことなく眠り続けている。
瞼を閉じてみるがやはり眠気はこない。フゥとため息を吐き仕方なくそっとベットから身を起こした。夜具の上に上着を羽織る。少し気分を落ち着けないととても眠ってなんかいられなかった。
フリードリッヒを起こさないよう注意しながらキャロは自室を出た。
もちろん行く当てなどなかったがとりあえず一階のロビーに降りる。真夜中の独特なシンとした空気に体の熱が少しずつ拡がっていく。
訓練に出る前の待ち合わせに使うソファに腰を下ろす。照明を抑えた最低限の明かりの下でぼんやりしていれば気分も落ち着くかなと思ったキャロの思惑はあっさりと裏切られる。
「ルシエさん?」
照明のちょうど切れた暗闇の中から不思議そうな表情をしたエリオが進み出てきた。
「エ、エリオ君?」
まさかこんな時間に誰かに会うとは思わず、ましてそれが当のエリオであることにキャロは慌てて上着を肩に掛け直す。自分の格好におかしな所がないか、意識がいったことにも気が付かない。
「どうしたの? こんな真夜中に」
「エ、エリオ君こそ」
まさかエリオのことを考えて眠れなかったとは言えない。
「ん、その、やっぱりあんな任務の後だとね」
どうやら自分と同じように緊張感が持続しているらしい。それにほっとして小さな笑みがもれる。
「うん。わたしも」
隣に腰かけたエリオの近さになぜかトギマギしながら初めて見るエリオの寝巻き姿を横目に見る。と、 半袖の腕に巻かれた包帯を見て弾んでいた胸がまたキュッと縮まった。
「あの、エリオ君傷大丈夫?」
「うん。回復魔法のおかげで痛みとかは全然。ちょっと違和感はあるけど、明日の訓練も大丈夫だってシャマル医務官も言ってたし」
少しほっとしながら申し訳なさを感じる。これは全部自分が魔法を使えずまごついてるときにできた傷だったからだ。
「ごめんなさい」
謝ってしまう自分に腹立ちながらそれでも謝ってしまう。
「なんでキャロが謝るの? これは全部僕が未熟だったからで」
「そんなことない!」
思わず強い口調で否定しまいそんな自分の声の大きさに驚く。エリオも同様で正面を見ていた視線がキャロの方に向く。
「ご、ごめんなさい。でもエリオ君にそうゆう風に言ってほしくなくて」
いくら鍛えていても魔法が使えないエリオの膂力など一般の大人と大差ない。傷つくことを恐れず立ち向かっていくエリオの姿は眩しいほどだった。
それを伝えようにも思いを口にすることに慣れないキャロは結局うつむいてしまう。
そんな風に身を縮み込ませる少女にエリオが苦笑する。はっきりと自分の意思を示すことが少ない少女が自分を案じてくれることが純粋に嬉しくて、もちろん全然気にはならなかった。
「別に怒ったりしてないから。ありがとう」
本当にそうと思っていることが伝わるように告げる。おそるおそる顔を上げたキャロもその笑顔を見て安堵した。出撃前のあの笑顔だったからだ。
また一つ、トクリと鼓動の高まりを感じる。澄んだ赤い瞳にキャロの姿がはっきりと映っている。
「でも力不足なのは本当だよ。あの新型に対抗できるようになるためにも、もっと力をつけなくちゃ」
その瞳が力強さを増してまっすぐ上を向く。真剣な眼差しが向けられるその先を探すようにキャロの視線もエリオの横顔から目を離せない。
あんなに傷ついて、傍にいたキャロは怖いとしか思えなかったのに、そこに怯えや恐れはない。
「エリオ君は強いね」
ポツリと漏らしたつぶやきが胸のうちに広がる。分隊のみんなはもちろん、自分が傷つくことにもキャロは恐れを抱いている。
「僕は強くなんかないよ。でも絶対に叶えたい目標があるんだ。全ての人たちが不幸にならないですむ、そんな世界」
それは奇しくも保護者であるフェイトの義兄、クロノ・ハラオウンと同じ願いだった。「こんなはずじゃなかった」と嘆き悲しむ人々を助けたいというとても困難で人の身に余る、しかし何より尊い願い。
「僕もフェイトさんに保護されるまでずっと苦労して、自分をずっと不幸だって思ってた。
でも世の中にはもっとたくさんの悲しむ人がいて、その人たちを救うフェイトさんやクロノ挺督のような人がいて。そしたらね、『あぁ、この人たちのようになりたい』って、そう思った」
その願いを持つようになった過程、今までどんな風に生きてきたかをエリオは語った。
「だから管理局に入隊したんだ。フェイトさんにはすごく心配させることになったけど」
少しだけ苦笑を浮かべてエリオは自分のことをそう締めくくった。そしてキャロはそれを黙って聞きながらやっぱりとても強い人だと思わずにはいられない。
ずっと拒絶され一つ所に留まれなかった自分。それを仕方ないことだと諦めてきた。管理局に入隊してからもいつかここにいられない日がくるかもしれないと怯えてながら。自分と同じような境遇のエリオとの差に泣きたくなる。
「わたしはそんな風には思えないよ。ずっと独りぼっちで色んな所を転々として、自分がここにいていいのかも分からなくて」
身を震わせてギュッと身を固くする。視界がぼやけて気を抜くと泣いてしまいそうだったからだ。
と、そっと置かれた手がキャロの頭を撫でる。槍を振るうガチガチに固まった手は見た目の小ささに反して無骨なのに、どうしてと思うほど優しい。
「別に今はいいんじゃないかな、キャロ」
撫でる手の優しさをそのままにエリオが紡ぐ言葉は、
「自分のしたいこと、居たい場所、少しずつ見つけていけばいいんだから」
キャロにとって世界で一番優しい言葉だった。自分を引き取ってくれたフェイトがマフラーを巻きながら最初に言ってくれたときのように胸に暖かい灯を点してくれる。
「ここにはみんながいる。みんなキャロのことを思ってくれる仲間だから。なんでも相談すればいいんだよ。僕じゃ頼りないかもしれないけどスバルさんやティアナさんも」
遮るように、声が上ずりそうだったので代わりにぶんぶんと大きく首を振った。エリオ君が頼りないわけないと、それだけを思いながら。
そうでなければこんなに胸が温かくなったりはしない。
こぼれそうだった涙はいつの間にか引いていてキャロは潤んだ瞳で微笑んでいた。
「さて、もう遅いから休もうか」
キャロが落ち着いてからもしばらく続いたおしゃべりもエリオの一言で終わりを告げた。エリオが立ち上がると同時に隣にあった温もりが離れ一抹の寂しさを感じる。それはすぐに恥ずかしさに変わり赤面する。
「キャロと話せてすごく落ち着いたよ。ありがとう」
「そんな、わたしこそ」
本当はお礼を言いたいのはキャロの方だったから慌ててしまう。ずっと奥底に溜まっていたものがいつの間にか軽くなっている。
おやすみと告げたエリオは元来た方へ歩いていき、
「あ、あの」
立ち上がりその背中を呼び止め、振り返られてから何も言葉を用意してなかったことに気付く。えっと、と少し瞬巡した後、結局出てきたのは当たり障りのない言葉だった。
「明日も訓練頑張ろうね」
「うん」
うなずいたエリオは今度こそ歩き去っていった。
少し名残惜しさを抱えながらキャロも自室へと戻る。
部屋の中は変わらずフリードリッヒの低い寝息が響いている。
起こさないよう静かに横になり、どこかふわふわとした気分に心を持て余す。
「どうしたんだろう、わたし」
張りつめた緊張感は緩んだものの、ずっと続いていた高揚感は別のものに変わっている。暖かくて優しくて心が安らいでいくこれはなんなんだろう。
エリオのことを知ることができた。優しい笑顔を向けてくれた。少しずつ見つけていこうと言ってもらえた。
ぼんやりとした頭の中はエリオでいっぱいで、交わした言葉の一つ一つが嬉しくて。じわじわと歓喜の波が全身に満ちてくる。
エリオにもらえたものが思い出したように睡魔を連れてくる。時々、里を離れるときの夢を見てしまい眠ることが怖くなるキャロだったが、今日は大丈夫な気がした。きっとすごく安心できる夢になる。
「夢の中で、も、会いたい、な」
そっとつぶやいた名前が夜闇にふわりと包まれる。何と言ったか誰も――キャロも気付くことなく、落ちていく瞼が閉じると同時にキャロは眠りについた。
そこには少女らしい安らかさに満ちた寝顔があった。