・はじめに
 ここに書かれている文章は私が参加したオフ会にて実際に見聞きした事を元に書かれた事である。
 出来る限り事実通りに書いていきたいが、何せかなり以前のことに加え、参加メンバー自体が
 ネタ気質な人々であった為、自分の腕前では彼等の素晴しい人柄を十分書ききれないかもしれ
 ないがご了承いただきたい。

・参加メンバー
 神楽優人、シフィル、五郎人道正宗、幸給、シューマン (注:敬称略

・尚、ご覧の際にはお気に入り等は消し、最大化していただきますようお願い致します。






































   「こんにちは」
   「こんにちは」
    さわやかな挨拶が、掲示板上にこだまする。
    オロチ様のお庭に集う漢たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、リンク先をくぐり抜けていく。
    汚れをよく知る心身を包むのは、尽きることの無い趣味への情熱。
    言動は乱さないように、用意したネタが他の人と被らないように、
    ゆっくりと考えて、長く書き込むのがここでのたしなみ。
    もちろん、リミットいっぱいでとりあえず叫んで去るなどといった、
    はしたない人など存在していようはずも……ない、というわけではない。

    私立オロチのまどろむ庭。
    平成13年創立のこのサイトは、もとは別サイトでSSを連載していた八岐さまがつくった、伝統
    ある燃焼系SSサイトである。
    KanonSS界下。数々の名作たちがいまだ作られている、実り多いこの場所で、多くの読者に見
    守られ、ギャグからシリアスまでのあらゆるジャンルを読むことが出来る魅惑の園。
    時代は移り変わり、かのんSS−linksが更新を停止した今日でさえ、毎日通い続ければ温室育
    ちの純粋培養SS好きが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重なサイトである。


    春の訪れたある日のこと、常連さんがこう言った。

   『オフ会しませんか?』

    そんなわけで今回はネットの世界を飛び越えて、リアルに集った男達のお話。
    どんな結果になるのか、こればっかりはオロチ様も知りません。





1.プロローグ/出会い


    五月二日、日曜日。黄金週間の真っ只中。
    昼の盛りということもあって、JR三宮駅は人と喧騒に満ち溢れている。
    その中を急ぎ歩く男が一人。
    シューマンは手元の時計に何度も目をやりながら、疾走ならぬ疾歩を試みていた。その動きにあわせて、背中のリュッ
   クと腰のウェストポーチが揺れている。
    両方とも色々と入れているため動きにくい。
    いっそのこと捨ててしまおうか? と、そんな出来るはずも無いことまで考えが浮かんでくる。
    それぐらい焦っていた。

    それももっともな話だった。何せ約束の時間に遅刻しようとしているのだから。

    今日、この日が実現するのを楽しみにし、寝坊しないように前日は早くから床につき、朝起きてからは事前に調べてい
   た道のりを念入りに、暗記するまで読み返した。そこまでは良かった。何の問題もなくこなしていた。そして、時間が過
   ぎ、約束の十分ほど前にはつけるかという時間になって、大ポカをやらかした。

   ――自転車の鍵がない!

    というわけで、家の中をひっくり返す勢いで捜索開始。それから十分ほど探し回ったが見つからない。もともと自転車
   で移動することを見越しての時間だったのだから、これでは完全に遅刻である。もう一度丁寧に探索開始。今度はウェス
   トポーチの中のものを全部出して、一つ一つ確認していく。すると、

   ――あったーッ!

    チルチルミチルの青い鳥、まさに灯台下暗し。かなりへこむ。しかし、時間はそんなことが許されるほどの余裕もなか
   った。とりあえず移動を開始。自転車こいで15分。電車に揺られて30分。そうして到着、三宮。ただし、待ち合わせ
   場所のJR三宮ではなく阪神電鉄三宮。約束の時間は2時ちょうど。腕時計に目をやると後数分で2時になる。…これは
   急がなければ。


    そして、現在に至る。
    改札までは走ったもののそこから先は人が多い上に、そもそも道を知らないので走ることは叶わない。焦る気持ちを抑
   えつつ、頭上の標識を確認しながら早歩きで先を急ぐ。幸いなことに距離的にはあまり離れていなかったようでものの数
   分で到着した。
     改めて時計に目をやるとちょうど2時になったところだった。完全に遅刻だ。かなりへこむが今は落ち込んでいる暇惜
   しい。とりあえず合流しなければ。
    事前にもらった連絡では神楽さんとシフィルさんが待っているはずだった。もう定時は過ぎているのだから他の方々も
   いらっしゃるだろうし、固まっている人たちの中から捜せばいいだろう。とりあえず、目印はメガネとサングラスだ。キ
   ョロキョロと辺りを見渡してそれらしい集団を探してみる。
    流れる人ごみの中、とりあえずこの場で誰かを待っているらしい集団は三つあった。順繰りに見ていってみることにす
   る。これから旅行に行くと見える、大きな荷物を足元においている男女混合のグループ。眼鏡、サングラスともになし。
   というか、女性がいる時点で違うだろう。続いてなにやら楽しげに談笑してる男性三人組。メガネ、グラサン、サングラ
   ス。うん、条件に一致してる。日曜出勤だろうか、スーツ姿の企業人らしい人たち。これはあり得まい。そして最後に、
   赤ん坊を連れた家族連れ。ますますあり得ない。


    一通り見回した後、他にそれっぽい集団が無いことを確認してから再びそれらの集団の一つに目をやった。

   ――うーむ、あの人たちだろうか?

    シューマンは駅の柱の傍に立って、何やら話している男性三人組の傍を通り過ぎながらそっと様子を確認した。と、その
   中の一人と目が合った気がした。思わず目をそらしてしまう。その所為でせっかくの話し掛けるチャンスを潰してしまった。
   だが既に後の祭り。内心で溜息をつきながら傍を通り過ぎた。

   ――さて、これからどうしたものか     

    そのまま改札口の前まで歩いてゆき、そこを出入りする人の流れを眺めながら少し途方にくれた。どう考えてもあの人た
   ちだと思うのだが、いまさら話し掛けるのは少々心苦しいものがある。

   ――そうだ、電話をしよう

    打開策はすぐに思い浮かんだ。手をぽんと叩いて一つ頷く。直接話し掛けるのが難しいのなら間接的に話し掛ければいい。
   それに、電話なら相手を間違えるなどという事態は起こりえない。
    ポケットから携帯電話を取り出すと、昨日のうちに知らされていた番号に掛けた。数回コール音が鳴った後、プツッとい
   う音と共に電話がつながる。

   『はい、もしもし?』
   「あっ、あの、神楽さんですか?どうも始めまして、シューマンです」

    電話の向こうから聞こえてきたのは若い男性の声だった。
    それに普通に返事を返そうとしたが、再び襲ってきた緊張のせいで妙な早口になった上に声が少し上ずってしまう。内心
   で軽く舌打ちをした。

   『? あっ、シューマンさんですか?』
   「はい、そうです。神楽さんですか?」
   『初めまして、神楽です』
   「こちらこそはじめまして」

    とりあえず電話越しに初めての挨拶を交わす。

   『今何処にいるんですか?』
   「改札の前です」
   『改札の前ですか?』
   「はい」

     電話の向こうでゴソゴソと移動する音が聞こえる。
    シューマンは先ほどの集団の方に目をやってみた。眼鏡を忘れてきたため見えにくいが、それらしい動きは見えない。
    違ったのか、とほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちを感じていると、

   『あれ? 改札の前ですよね』

     神楽が少し困ったような口調で訊ねてきた。

   「はいそうです」
   『それらしい姿が……見えないんですけど』
   「あれ?」
   『あれ?』

     電話がお互いの乾いた笑いを伝える。

   『中央口、ですよね?』
   「その……はずなんですが」

    頭上の標識に書かれた『中央改札口』の文字を確認しながらシューマンは答えた。

   『ちょっと待ってくださいね』
   「はい」

    そう答えながらも辺りをキョロキョロチ見回してみる、と。

   『あっ』
   「あっ」

    自分が声を漏らすのとまったく同時に電話から似たような感じ声が聞こえてきた。
    シューマンが後ろを振り向くと、携帯を耳にあてているグラサンにスーツといういでたちの人物と目が合った。

   『シューマンさんですか?』

    その人物が口を動かすのと同時に受話器から聞こえてくる声。

   「はいそうです」

    5、6メートルの距離を開けた両者の口元に笑みが浮かぶ。
    とりあえず互いに礼。

   『見つかりましたね』
   「はい」

    携帯越しに話しながら近づいていき、互いの声が普通に聞こえるようになったところでそれも仕舞う。

   「改めてはじめまして、神楽です」
   「はい、はじめまして。シューマンです」

    今度は直接挨拶を交わした。

   「とりあえず、あっちに皆集まってますんで」

    神楽の先導にしたがってシューマンがついた先は……先ほどの場所だった。

   「シューマンさん見つかった?」

    神楽の姿を見ると、先ほどの集団の中で一番の年長者と見える男がそう訊ねた。後ろのシューマンはあの人がシフィルさ
   んだろうと辺りをつけ、残る眼鏡の人を幸給さんじゃないかと推理した。 

   「はい、シューマンさんです」
   「どうもはじめまして、シューマンです」

    紹介されて挨拶をする。

   「はい、こちらこそはじめまして。シフィルです」

    どうやら正解だったようだ。
    そう思っていると、

   「で、こちらが名前の読み方がわからない人です」
   「へ?」
   「どうもはじめましてッ! 名前の呼び方のわからない幸給です。『こうきゅう』でも『たちたまえ』でも好きなように呼
   んでください」

    続いたシフィルの言葉と幸給の言葉にシューマンは疑問符を浮かべた。

   「はい、はじめまして…って、あの名前って読み方無かったんですか? 前からなんて読むのか気になってたんですよ。『こ
   うきゅう』? 『さちきゅう』? って」
   「はいッ、ですから好きなように呼んでください」

    そう、にこやかに仰る幸給(呼称不明)。 

   「もともと『幸え給え(さきわえたまえ)』っていう祝詞から考えたものなんですよ。それに本名も少し意識して決めたハン
   ドルネーム何ですけど、その時にどうせ文字で見せるだけだし読み方が無くてもいいやって思って作ったんで、読み方が無い
   んですよ」
   「あっ、そうだったんですか。わかりました、じゃあ何か考えますね。……それにしてもあのハンドルネームにはそんな由来
   があったんですね。僕のやつは適当に作りましたよ。初めて掲示板に書き込むとき、ふと棚に目をやると『シューマン』のレ
   コードが目に入ったんで、じゃあこれにしようって決めましたからね。どこぞのちびっこ名探偵なみに適当な決め方ですよ。
   まぁ、偶然本名の一部が入ってたんで知り合いからは『自分の名前をもじったのか』とか言われてますけど。それにしてもな
   んとお呼びましょうか?」
   「やっぱり、何か考えたほうがいいですかね?」

    そんな風にしてしばらく話しているうちに、呼び方を決めるまでは主語を入れない喋りをしようとシューマンが決心を固め
   た頃、

   「そういえば、五郎さんが来ませんね」
   「どうしたんでしょ?」

    最後の参加者、五郎人道正宗の不在に幸給が触れた。
    待ち合わせの時間から既に十分近くたっている。何かあったのかと二人して首をかしげていると、

   「五郎さん少し遅れるらしいです」

    携帯を手にした神楽がそう告げた。どうやら神楽に連絡がきたらしい。

   「あっ、そうなんですか」

    とりあえず納得すると、会話を再開した。

   「五郎さんも遅刻ですね」

    仲間がいたことに少しだけホッとしたシューマンがそう言うと、途端に今まで人のよさそうな笑みをたたえていた幸給の
   顔が、刹那の瞬間ニヤリと笑った、ように見えた。

   「そういえば、シューマンさんも遅刻でしたね」
   「はい」

    それが一体何を意味するのかを考えていると、思い出したように幸給が言った。
    一体どうしたというのか、楽しくて仕方がないという思いが抑えきれずに滲んでしまったような声だった。
    内心で首を傾げるシューマンだったが、その疑問は次の幸給の一言で氷解した。

   「じゃあ、罰ゲームですね」
   「ふぇ?」

    予想外の言葉にマヌケな声をあげてしまう。
    驚くシューマンを楽しそうに幸給は見ていた。

   「そういえばそうですね」
   「シューマンさん罰ゲームですね」

    その言葉が発せられた方へ目をやると、シフィルたちも幸給と同じような顔でこちらを見ている。

   「ば、罰ゲームですか?」
   「はい」

    引きつりながら、恐る恐る訊ねるシューマンにあっさり答える神楽。

   「それは一体どんな物で?」
   「これからメイド喫茶に行きますよね」
   「はい」

    楽しげに声を弾ませるシフィルに嫌な予感を感じながらも頷くシューマン。

   「そこで遅刻した時間だけメイドさんとお話をしてください」
   「……マジですか?」
   「マジです」

    予感的中。
    危うく膝から崩れ落ちそうになるが、何とか堪えた。

    「シューマンさん、何分遅刻しましたっけ?」
    「えーと、三分です」

     携帯の発信履歴を見て答える。

    「じゃあ、三分間頑張ってください」
    「えーッ!ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いいんですか、そんなことしてっ」

     こちらたぁ引きこもり系オタク。外に出るのも嫌いじゃないが、ただでさえ少ない友人は遠くに暮らしいるせいで、家族
    以外の人とまともに会話を交わしたのが今日で一ヶ月ぶりといういい感じに孤独なロンリーウルフ(馬鹿)。そんな人間が
      見ず知らずの他人に、しかもメイド喫茶のメイドさんに、話し掛け、三分間ももたせられようか? 否。断じて否。もつ
    わけがない。
     慌てて回避を試みるシューマン。だが、

    「大丈夫ですよ。あちらとしてもそういうことに対応してるはずですから」

     シフィルの言葉を前にあっさり失敗に終わる。

    「わかりました、頑張ります」
    「はい、頑張ってください」

     シューマンはがっくり肩を落とした。
     それから、何を話したものかと会話のネタを考えては脳内シミュレートを繰り返していたシューマンがいっぱいいっぱい
    になった頃、ようやく五郎が姿を現した。
     五郎もまた眼鏡をしていた。これで自分が眼鏡を持ってきていたら、オロチのオフ会というよりは眼鏡の会の集まりだな、
    と思いシューマンは小さく噴きだした。

    「すいません、遅れました」
    「どうしたんですか?」
    「電車が遅れてしまって……」
    「ああ、そうだったんですか」

     それなら仕方がない。
     全員が納得した。 

    「それでは改めまして、五郎人道正宗です」
    「はじめましてシフィルです」
    「はじめまして、神楽です」
    「どうもはじめましてシューマンです」
    「はじめましてっ、呼称不明の幸給です!!」
    「えっ?」

     最後の幸給の自己紹介に、やはり首をかしげる五郎。
     幸給は嬉々としてそのわけを説明し始めた。

    「これで全員揃いましたね」

     シフィルの言葉に全員が頷いた。
     遅刻者が二名でたものの、参加者総員五名が、一人も欠けることなく全員が揃ったのだ。
     シフィルが、神楽が、幸給が、シューマンが、五郎がそれぞれの顔を改めて確認する。
     生まれも別なら、年も違う。立場も違えば、住む場所すら違う。本来ならば何の接点もなかったはずの男達が、広大無辺
    のネットの世界で、唯一つ己が趣味だけを頼りに、天文学的確率を乗り越えてオロチの庭で出会い、いまこの時、この場所
    に集った。
    それは、あたかも奇跡の如き邂逅。
    誰もがつかの間、その感動をかみ締めた。

    「それじゃあ、行きますか。メイド喫茶、Kanonに」

     シフィルが歩き出す。
     男たちもそれに続いた。今日がいい一日になるようにと願いながら。

     5月2日、日曜日。黄金週間の真っ只中。
     昼の盛りと言うこの時間、JR三宮駅は人と喧騒に満ち溢れている。
     天気は快晴。見上げると、まるで今日という日を暗示するかのように青い空がいっぱいに広がっていた。



2.一章/やってきました冥土メイド喫茶  


     一向は本日のメインイベント、メイド喫茶の訪問を果たすべくシフィル、神楽を先頭に動き始めた。
     移動を始めて二、三歩進んだか進まないかのところで、

    「あっ、パピヨン」

     すぐ近くの売店で、土産物として売られていた菓子の名にシューマンが反応した。
     目に浮かぶのは、黒タイツがチョー憎いアイツの姿。蝶・サイコー。
     思わず笑ってしまう。

    「どうしたんですか?」

     急に笑い出したので不思議に思ったのだろう。首をかしげて幸給が訊ねて来た。

    「いや、あのお菓子の名前がパピヨンだったので、何となく笑ってしまいました」
    「あ、本当だ」

     幸給もそれに気がつき、少し笑う。
     ひとしきり笑った後、シューマンはふと思い出しシフィルへと向き直った。

    「そういえば、五郎さんも罰ゲームですよね?」
    「そういえば、そうですね。……はい、五郎さんも罰ゲーム決定です」

     頷くシフィルの姿に驚いたのは五郎だった。    

    「え? 何ですかそれは。何をやらされるんですか?」
    「遅刻した人にはメイド喫茶のメイドさんと話をしてもらうんですよ」
    「えーッ!」

     あまりの事に絶句する五郎。

    「えっ、それはどれぐらいなんですか?」
    「遅刻した時間らしいですよ。僕も3分遅刻したんで罰ゲームです。お互い頑張りましょう」
    「……」

     驚愕の表情で固まるその姿に先ほどの自分を重ねながらシューマンは説明した。

    「で、でもいいんですか? それは」
    「シフィルさん達の話では、あちらも対応しているだろう、とのことです」
    「うわぁ〜ってことは僕の場合は15分ですか? ……絶対ムリだ」
    「キツイですけど頑張ってくださいね」
    「何を話せばいいんでしょうか?」
    「『何処から来たの?』とか、そんな感じになるんじゃないでしょうか」
    「うわぁ……」

     五郎は額に手を当てて空を仰いだ。
     駅を出て、数分でまた建物の中に入る。

    「やっぱり、県が違うと雰囲気も違いますね」

     周りを眺めていた幸給がポツリと漏らした。

    「何かわかる気がします。やっぱり大阪とも違う気がしますからね」

     シューマンが振り向きその意見に賛同する。

    「それで、今日は何処からきたんでしたっけ?」
    「愛知県、名古屋の方です」
    「それは遠いところから、よくぞいらっしゃいました」

     そんなことを話しているうちに周りの雰囲気が徐々に変わってきた。
     今まで並んでいたブティック等のかわりに、イエローサブマリンやアニメイトなどの、こっち方面の店が現れ始める。
     それと同時に、空気の中にそれ系統の店の中でしている、独特の臭いが混じり始めた。

    「そろそろ一般人はお断り的な雰囲気が出てきたような……」
    「ここから先は日の光とどかない深海。一度足を踏み入れたら二度と戻れないって感じでしょうか?」

     冗談交じりにそんなことを話す幸給とシューマン。
     階段を下りていくときにも、

    「深度一千メートルを超えましたッ。これ以上の水圧には耐えられませんッ!」

     と暴走気味。主にシューマンが。
     それからまた暫く歩き、

    「ゲームをやるよりは、本を読むほうが好きなんですよね」
    「なるほど」
    「だから、カノンとかの場合もゲームでやるより本で読みたいんですよ。ゲームだとなんだか性に合わないというか、やり
    にくいというか……」

     幸給の話を頷きながら聞いていると、前を歩くシフィル達が困った顔をしているのが見えた。

    「どうしたんですか?」

     声をかけられたシフィルは弱ったという顔でこちらを振り向く。

    「道がわからないんです」
    「え?」
    「前に一度来ただけですからね。よく覚えていなんですよ。それでいま案内図を探そうか、という話をしていたんですよ」
    「そうなんですか」

     と、いうわけでそれから一向はこの建物内の案内図を探し始めることになった。
     数分後、

    「ありました」

     目的の物はエレベーター脇に設置されていたものがあっさりと見つかった。
     それを覗き込むシフィルと神楽。
     二人は案内板を指さし、あーだこーだと言い合いながら目的地を探し始めた。
     そして暫くの後、目的地の場所に見当をつけた二人の先導によって一同は移動を再開した。
     エスカレーターを上り、また通路を歩く。
     すると、

    「あっ」

     目指す場所である『メイド喫茶Kanon』の看板があった。
     メイドさんのイラストが描かれた看板が、目的地はすぐそこだと告げていた。
     全員の胸に安堵が広がる。それと同時に幸給、五郎、シューマン。初体験の三人の顔には期待と不安も広がった。
     そんな中で同じく初体験のはずのシフィルだけは、大人の余裕か。平然としていた。

    「もう少しですね」

     前を歩く神楽とシフィルの後ろを歩きつつ、童貞三人組はそんなことを言い合いながら進んで行く。
     そして、











     ついに、








     たどり着いた。





    「えっ、順番待ちですか?」

     メイド喫茶は盛況だった。
     順番待ちの人が見せの壁際に設置された長いすに腰掛けている。数えて五人。中々の繁盛振りだった。
     しかたないので、並んで待つことにする。一人ほど座れるスペースが会ったので、そこでまず席の譲り合いが勃発した。
     その結果、とりあえず幸給が座ることになった。

    「こんなところに並んでるところを知り合いに見られたらかなり恥ずかしいですね」
    「見られた瞬間に切腹ですよ」

     そんなことを言い合いながら待つこと数分。
     列に動きらしい動きはなく、全員で話す時間が続く。

    「カップルでも来るんですね」
    「うーん。どういう感じなんでしょうね、ああいう人たちは?」

     同じく順番待ちの男女二人組みに目をやってみたり、

    「意外と普通の人も来てるんですね」
    「まぁ、店員の服装がメイド服というだけで、その他は普通の喫茶店とほとんど変わりませんからね」
    「値段は微妙に高かったりするかもしれませんけどね」

     サラリーマン風の背広姿の人たちを眺めてみたりしているうちに、話はやはりメイドの話になっていった。

    「……というわけでメイド喫茶を作るのはメイド萌えの人をターゲットにしているわけですね」
    「そもそも、こういうところを造る人がメイド萌えなんでしょうが」

     神楽とシフィルがそれぞれの思うところを述べていく。
     そんな時、不意にシューマンの中に疑問が生じた。

    「じゃあ、メイドを雇う階級にある人にメイド萌えはあるのでしょうか?」
    「うーん、それはどうなんでしょうね?」
    「えっ、どういうことですか?」

     腕を組んで考え込むシフィルに、質問の意図がよくわからなかった神楽が訊ねる。

    「だから、普通にメイドを雇っている人にメイド萌えはあるのか、ということですよ」
    「あー、なるほど。……シューマンさん、違いますよ」

     え? と首を傾げるシューマンに神楽はニヤリと笑って言った。

    「そういう人はメイド萌えだからこそ雇うんです」
    「なるほど、逆ですか。雇っているから萌えるんじゃなく、メイド萌えだからこそ雇うんですね」

     コロンブスの卵的発想に感心しきりで頷くシューマン。

    「どうしたんですか?」

     その盛り上がりに興味を引かれた五郎が聞いて来た。神楽が説明する。
     内容を理解した五郎もまた苦笑した。
     そんなこんながあっても、まだ店内には入れなかった。先程よりは進んだものの、まだ前に人がいる。
     もう少し時間がかかりそうだった。
     そんな時、

    「あっ、そうだった」

     と言うや否や自分の鞄をあさりだした。
     何事かと見やる四人を前に、目的の物を探し当てたらしいシフィルはそれを握ると幸給、五郎、シューマンの方へと差し
    出した。

    「これどうぞ。家に余ってた分をもってきました」
    「こっ、これはッ!」

     それを見た三人は目を丸くした。
     シフィルが差し出してきた物、それはサークルはちみつくまさんの制作物だった。AirRPGを始めとする物品が計三
    つ。それが三人に渡された。
     このとき、三人の脳裏には久々に思い出した情報が駆け巡っていた。そうだ、シフィルさんはあのはちみつくまさんの構
    成員だったんだ。
     幸給の手の中のそれらをシューマンは見せてもらう。AirRPG以外は持っていなかった。
     ゴクリ、と喉が鳴る。

    「でも、数がなかったのでそれで全部です」

     欲しい。
     シフィルが付け加えた言葉に、シューマンの欲望にますます拍車がかかる。
     だが、

    「そうなんですか、ありがとうございます。僕、全然持っていないんですよ」

     幸給の一言であっさりと霧散した。五郎もそうだという。ならば、AirRPGは持っている自分が欲張ることは無い。
    特に幸給は遠く愛知からやってきたのだ。お土産代わりに持って帰るのもいいだろう。
     そう思うと、シューマンは身を引くことにした。パッケージを見ている二人から、一歩遠のいた。そして、二人のやり
    取りを眺める。
     結局、それらの物品は全て幸給のものになった。


     そんなことがあってからまたしばらくたって、ようやく入店できた。
     Kanonの中は思っていたより狭かった。暗くされた照明が店内を忙しそうに駆け回るメイドさんたちを照らし出し
    ている。
     一同が席に座って一息つくと、早速メイドさんがお冷を持ってきた。
     グラスを一つずつ、それぞれの前に置き、ワゴンで運んできたビンに入った水を注いでいく。そして、全員にメニュー
    を配ると、

    「それではご注文が決まったらお呼び下さいね、ご主人様」

     そういい残して去っていった。
     何となくそれを見送る一同。

    「……意外と普通ですね」
    「まぁ、結局のところ喫茶店ですし」
    「それもそうですね」

     店内はお客さんでいっぱいで、メイドさんたちは例外なく忙しそうにしていたため罰ゲームは中止になった。ほっと胸
    を撫でおろした者が二名。
     とりあえずメニューを開き、何か注文することにした。
     メニューを眺めてみると、普通というか寧ろ珍しげな物が並んでいる。神楽たちの言うとおり、店員がメイドさんとい
    うことを除けば、ここはまっとうな喫茶店だった。
     通常メニューを眺めていたシューマンは眉根を寄せて考えていた。面白そうな物が無い。
     それが原因だった。
     罰ゲーム要員としてできるだけネタになるよう務めようと思っていたシューマンは、それが中止になったいま、せめて
    面白げなものを頼もうと思っていた。しかし、これではウケを取れそうも無い。
     何か無いものかと探すシューマンの想いは、通常メニューと一緒に渡された特別メニューを見たときに報われた。

     イチゴ・マンマ。

     それがシューマンの願いを叶えるものの名前だった。

    ――これだッ! 

     その名を目にした瞬間。シューマンの中に歓喜と恐怖が同時に沸き起こった。
     歓喜は無論、ウケを取れる喜びを。恐怖はその名から連想される品物を根源としていた。
     イチゴまんま。まだ見ぬその姿がシューマンの脳裏に浮かび上がる。

     まんまとは何か? 
     それはご飯のことである。

     それではイチゴ・マンマとは何か?
     それはイチゴご飯の意である。

     この世の中にはマヨネーズご飯という物がある。マヨネーズが嫌いなシューマンは食べたことなど無いが、テレビなどで
    目にしたことはあった。ご飯の上にその名の通りマヨネーズをかけて食べるのである。
     それを見たときシューマンの背筋には震えが走ったが、テレビの中の貧乏な青年はさもおいしそうにそれを食していた。

     となれば、イチゴご飯とは一体何なのか?
     それらことから導き出される結論は一つ。ご飯の上にイチゴを載せて食べるのだろう。

     そんなものを、頼むというのか。
     シューマンは自分の手がかすかに震えるのを感じた。体はそんなものを食することを全身で拒否している。だが、それと
    は裏腹に口元には凶暴なまでの笑みが浮かんだ。
     脳裏に浮かぶのは『わたし、イチゴジャムならご飯3杯食べれるよ〜』とのたまう某従姉妹のセリフ。
     カノンSSサイトのオフ会において、これほどまでに相応しいメニューが他にあるだろうか? 無い。断言してもいい。
    ならば…それならば……

    ――それで死すのもまた一興よッ!

     『今月が誕生日のかおるちゃん考案のメニュー。是非ともご賞味ください』と書かれたメニューを見ながら、額に浮き出
    た汗を拭った。かおるちゃんよぉ、あんたは何て物を考え出すんだ。

     シューマンが覚悟を決めた頃には他の面々もそれぞれ頼む物を決めていた。

    「何を頼むんですか?」

     シフィルが皆の注文を聞いたとき、シューマンは笑って答えた。

    「元・罰ゲーム要員としてこれを逝かせていただきますッ!」
    「おっ、いきますかっ」
    「そう言われると、ちょっと苦しいんですが……」

     面白そうに目を見張るシフィルさんと、その言葉を聞いて苦笑する五郎さん。
     シューマンはうっかり五郎のことを失念していた。最初の部分は余計だったかと、内心で反省する。
 
    「じゃあ、とりあえず頼みましょうか。五郎さん、ベルを鳴らしてください」
    「はい、わかりました」

     小さなベルを振ると、チリリリリンという音が店内に響き渡った。
     直ぐにメイドさんがやってきて注文をとり始める。それぞれが決めておいた品物を頼みだした、とここで一つ、シューマ
    ンにとっては、大事件が発生した。

    「じゃあ、イチゴ・マンマをお願いします」
    「はい、イチゴ・マンマですね」
    「あっ、僕もイチゴ・マンマで」
    「かしこまりました」

    ――あ、あんですとぉ!

     メイドさんが注文を取り終えて去っていった後もシューマンは驚愕が表面にでないようにするので必死だった。 
     何と言うことだろう。せっかくウケを取れると思ったのに、これでは笑いが分散してしまう。本来なら俺一人が手に入れ
    るはずの栄光がっ。
     シューマンは隣に座る、人のよさそうな眼鏡人(めがねびと)を横目で眺めた。
     幸給、恐ろしい子。

     注文した品物がくるまでやることも無いので、またおしゃべりタイムに突入した。
     シューマンがベルを見ながら呟いた。

    「にしても、このベル音が悪いですね」
    「そうなんですか?」
    「昔、父がイギリスに行ったときにベルを買ってきたんですがそれは風鈴みたいに澄んだ音だったんですよ」

     そんなスネオ的なことを話しているうちに結構な時間が過ぎ、

    「遅いですねぇ」

     と呟く頃になって、ようやく運ばれてきた。
     件のイチゴまんまとのご対面である。シューマンは密かに緊張していた。
     コトリ、と軽い音と共に器が置かれる。
     シューマンは覚悟を決めてそれを見た。

    「――ッ!」

     シューマンは驚いた。
     イチゴまんまは…普通だった。いや、普通に見れば十分異常なのだが、シューマンにとってはまだ予想の範囲内だ
    った。
     まず、一番上にイチゴが載っている。当然だ。イチゴまんまなのだから。その下にイチゴが積まれている。当たり前だ。
    イチゴまんまなのだから。さらにその下にイチゴジャムが待機している。至極まっとうだ。イチゴまんまなのだから。
     イチゴ好きの、イチゴ好きによる、イチゴ好きのための物品。それがイチゴまんまの正体だった。ご飯なんて何処にもな
    い。あるわけがなかった。

    「どうしたんですか?」

     ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちイチゴまんまを見ていると、幸給が不思議そうな顔をして訊ねて来た。

    「いや、イチゴまんまという名前でしたから、てっきりイチゴジャム、ご飯載せ』みたいなのを想像していたのですが違っ
    ていたんで、実物との違いに驚いたといいますか……」
    「ははは、そんなのがあるわけ無いじゃないですか」

     シューマンはうッとうめいた。
     まともな頭で考えれば当然の話である。どんな物であれ、お客様に出すものが喰えない代物であるはずがない。
     幸給はそれを見て目を丸くしていたが、シューマンにとってはまだ許容範囲だった。
     用意されたフォークを握り、食べる。食べる。貪り食うが如く。イチゴの果肉が口の中で砕け、ひしゃげ、擂り潰されて、
    のどの奥へと消えていく。味はそんなに悪くない。俺は名雪だ。だおーになるんだ。駄王の前ではいかなるイチゴも赤子同
    然。一切合財を喰らい尽くすのだ。
     隣で食べにくそうにしながら『名雪が食べれば喜びそうですね』と言っている幸給に頷きを返しながら、シューマンは何
    かに取り付かれたかのような勢いでイチゴまんまを食べ尽くした。


     全員が自分の品物を食べ終わった頃、再び雑談タイムがスタートした。
     色々な体験をそれぞれが語っていく。

    「白バイから逃げるには、まずハヤブサを用意して高速に逃げ込み、パーキングエリアでナンバープレートを付け替える。
    これしか方法はないですよ。それでもギリですけどね」
    「やっぱり早いんですか? 白バイって」
    「機体そのものはそう大したものじゃないんですけどね。ただ、無茶苦茶なチューンナップをしてるんで恐ろしく早いんで
    すよ」
    「しかも、超法規措置の名のもとに交通ルールも無視して追ってきそうですしね」
    「ほんとにそうですよ」

     神楽がさも恐ろしげに言った。

    「僕はバイクは持ってないんですが、自転車でならそれなりにネタがありますよ」
    「ほぅ。どんなのですか?」
    「自転車に乗ったまま縦に一回転ですとか」
    「あぁ、ありますよね」
    「僕もありますよ」
    「皆さん凄いですね」

     シューマンが自転車の思い出を語れば、あっさり頷く面々に幸給が目を丸くする。

    「僕は大学から帰る途中、ガス欠して2キロ位原付を押してガソリンスタンドまで行ったは良いんですが、お金を払う段階
    で数円足りなかったことぐらいしかないですよ」 
    「うわっ、それは大変でしたね」
    「やっちゃいましたね」
    「うわー」

     似たような経験があったのだろう。幸給の話にうんうんと頷くパイク乗りの三人。
     それに負けじと、シューマンもまた己の体験を話す。

    「そういえば、自転車のハンドルといいますか……まぁ、ハンドルなんですが。あれが走行中に取れたことがあります」
    「とれたっ!?」
    「はい、カーブが来たので曲げるとスポって。思わず固まりましたよ」
    「それからどうしたんですか?」
    「慌ててはめ直して事なきを得ました」

     そんな事を話しているうちに小一時間過ぎ、到着から大分時間が過ぎたころ、そろそろ出ようという話になった。
     次の目的地を話し合い、移動することにする。     

     イチゴまんまの代金800円を支払い、次回来店の際割引きサービスを受けられるというレシートをもらうと外に出る。
     外では先に出ていた幸給が、メイド喫茶に並ぶ人たちを観察していた。

    「レシートはもらわないんですか? 次に来たとき割引きになるらしいですよ」
    「そうなんですか」
    「ほんとはコインらしいのですがどうも切らしてるみたいですね」
    「うーん、でも貰ったとしても次に来ることはないでしょうしね。シューマンさんは来ますか?」
    「どうでしょうね。予定は未定というやつです」

     シューマンもまた、そう言いながら並ぶ人々を眺めた。
     店の中にいるのと同じ位の年代の中年サラリーマンが並んでいる。
     彼らもまたメイド萌えなのだろうか、シューマンはふとそんなことを考えた。

    「それじゃあ、行きましょうか」
    「いってらっしゃいませーっ!」

     その背にかけられる声。全員の足がピタリと止まる。全員で顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。
     そして歩き出す。シフィル、神楽を先頭に一同は進む。 
     誰も、後ろを振り返らなかった。まだまだオフ会は終わらない。振り返っている暇などはなく、男たちはただ前を向いて
    歩み続けた。倒れるのならば前のめりでありたい、そう願いながら。

     こうしてメイド喫茶来店は終わった。
     次なる目的地はカラオケ屋。こういう催しではおなじみのコースである。
     そこに何が待ち受けているのか、このときの五人には知るよしもなかった。



3.二章/受信、北からの通信。発動、伝家の宝刀。


     Kanonがあったビルから外に出て、道端でカラオケ屋の割引券を配っていたバイトのお姉さんから、神楽が馴れた
    様子で場所を聞き出すと、特に迷うこともなく到着した。
     エレベーターを出て直ぐの受付に向かうと、部屋が満室で暫く待たなければならないらしかった。
     やはり黄金週間の日曜日。どこもかしも人でいっぱいだ。

     とりあえず受付を済ませて、壁際に設置されていたソファーに腰掛けながら部屋が空くのを待つ。
     シューマンの隣では神楽とシフィルが、積まれていたチラシを見ながらなにやら話していた。何を話しているのかと
    聞くと、そのチラシを見せられた。どうやら、そこに載っている料理が辛そうだということを話していたらしい。確か
    に色といい、形状といい、辛そうな料理だった。

     座りながら天井を見上げ一息つくと、そのままぼんやりと益体もないことを考えた。
     このごろよく姿を見かけるジャンボカラオケ広場。やっぱり儲かっているのだろうか?
     神楽の話ではこの階だけでなく、上の階と下の階もそうらしい。計三階分がそうなのならば、たとえ一階一階が小さ
    くとも駅前のこの場所ならば安くはあるまい。となりと、やはり儲かっているのだろう。

    「ジャンボカラオケ広場といえば……」
    「どうしたんですか?」

     シューマンが呟くと、シフィルと神楽が振り向いてきた。

    「いえ、この系列のカラオケ屋には思い出がありまして」
    「へぇ〜、どんな?」
    「昔、幼稚園からの友達の家がカラオケ屋をやっていたんですよ」
    「そうなんですか」
    「はい。ところがある日、近所にこの店の系列のカラオケ屋ができまして、連日連夜の割り引きの前に潰れたんです」
    「……」
    「ちなみに、そのおばちゃんはただいま近所のスーパーで元気にパートをやっとります」
    「……それは、思い出といってもあまりいい思い出ではないんですね」
    「そうですね。何といますか、大資本のえげつない攻撃の前に沈没する小資本の図です」

     微妙な空気が広がった。
     やはりこの話は失敗だったか、とシューマンは反省した。
     十分ほど経って、ようやく部屋が空きそうだということで、自分が頼む飲み物を選ぶことになった。

     シューマンが何を頼もうかとメニューを眺めていると、神楽が突然楽しそうな声をあげた。何事かと振り向くと、シ
    フィルも楽しそうに笑っていた。

    「どうしたんですか?」

     幸給が訊ねると、神楽は手に持っていた携帯に何事かを話すと、それを渡した。

    「? 誰ですか?」

     不思議そうな顔をしながら、もしもしとそれを耳にあてる幸給。
     二、三言話すと、その顔もまた神楽たちと同じように楽しげな色が踊った。
     一体誰なのだろう? シューマンはそう思いながらも、とりあえず飲み物を選ぶことに専念することにした。
     さて、何を飲もうか?
     再び考え始めようとすると、後ろから肩をちょんちょんとつつかれた。

    「シューマンさんも、どうですか?」

     振り向くと、神楽が携帯を差し出していた。

    「相手は誰なんですか?」

     シューマンが尋ねると、神楽はあっさりと答えた。

    「DAIさんです」
    「えッ!」

     なんと電話の相手は同じく常連さんの一人、DAIだった。
     北の国から2004。雪に覆われし大地に住まう人からの、驚きの電話だった。
     オフ会がどんな様子か気になって電話をかけてきたらしい。
     シューマンは携帯を受け取ると、恐る恐る耳にあてた。

    「もしもし」
    『もしもし、シューマンさんですか? どうもDAIです』
    「あ、はい。どうもです」

     とりあえず挨拶を交わす。
     シューマンは頭が混乱して何を話せばいいのかと慌てた。
     意味なく視線を彷徨わせて、何かないかと探す。と、そこで気がついた。自分はまだ飲み物を頼んでいなかった。
     あんな言は後回しにすればいいのだが、こんがらがった頭は何故か、とりあえず飲み物を頼まなければという結果を
     はじき出した。
     直感でアイスティーを頼む。その間にも声が遠くなったことに気がついたのであろうDAIが『シューマンさん?』
    と呼んでいるのが聞こえた。あたふたと電話に出る。

    「はい、もしもし……」

     それから二、三言交わし神楽に電話を返した。

    「ふぅー……」

     シューマンは大きく息をつくと額を拭った。
     驚いたけど楽しかった。楽しかったけど緊張した。
     突然のことに頭が真っ白になって、半ば脊髄反射で喋っていたが、失礼なことは言わなかっただろうか?
     全員が話し終えて、神楽が携帯をしまうと直ぐに部屋へと通された。

    「広いですね」

     扉を開けての神楽の第一声。
     用意された部屋は、十人以上の人間が入れそうなほど広かった。
     とりあえず、扉脇のスイッチを入れて電気をつける。一呼吸の間をおいて、部屋がぱっと明るくなった。

    「さぁ、歌いましょうか」

     ソファーに座ると、さっそく目録をめくり始めた。
     が、ここで困ったのが元来カラオケにはこない幸給とシューマンの二人だった。
     歌える曲なんか全然ないんですけどねぇ、と言い合いながら何とか歌えそうな曲を探していく。

    「うーん、ほとんどアニソンぐらいしかまともに歌えそうにないんですが」
    「このメンツなら別に構わないと思いますよ。来る面子によっては考えないといけませんが」
    「なるほど」

     神楽の答えにシューマンは頷いた。
     その言葉にシフィルがニヤリと笑う。

    「やっぱりホストは言いますねぇ」
    「ホストいうなッ」

     ああ、と全員が頷いた。
     神楽の服装は黒いスーツ姿にサングラス。確かにキタやらミナミやら(東京で言う六本木や歌舞伎町)で活躍してい
    そうな、イケイケ兄さん的スタイルだった。
     全員がそのことに思い至り、笑う。

    「ホストって言うの禁止ですよっ」

     神楽がさらにそう叫び、よりいっそう笑いが起こる。
     それから、皆が歌った。元コーラス部所属の五郎が、サークルなどの打ち上げで慣れた様子のシフィルと神楽が、そ
    れぞれの歌声を披露し、初心者二人組みも何とか歌える曲を探しては歌う。

     事件が起きたのは、そんなときだった。

    「あっ」

     神楽が歌っていたときのことだった。
     突然モニターが暗くなり、表示されていた歌詞が見えにくくなった。
     シューマンの体が反射的に動く。一歩でモニター前にたどり着いた。体勢を低くして、手を構える。それから腰をひ
    ねり、回転の勢いを利用して一気に手刀を放った。角度は斜め45度。狙うは獲物の右上部分。
     が、当たる直前でこれがカラオケ屋のものであり、壊すと高そうだなと思ってしまった。そのせいで勢いが鈍ってし
    まう。コンッ、という音と共に衝撃が伝わった。

    ――浅いッ


     内心で舌打ちをする。
     画面も直らない。

    「もう一回」

     背後から声が飛んできた。その声に背を押され、もう一度手刀を放った。
     今度は良い手ごたえが返ってくる。と同時に、

    「直った!」

     画面が元通りになった。
     全員大盛り上がり。それこそ、ウケ狙いの歌のインパクトが吹き飛ぶほどに。
     歌っていた神楽さんも笑いながら悔しがっていた。
     その後、幸給が歌う『たま』の『さよなら、人類』の珍妙な歌詞にいる全員が腰砕けになっていたとき、

    「あ〜人類が初めてぇ木星についたよぉ〜、ピッカテントロプスになる日も〜……あっ」

     再び画面が暗くなる。

    「てぃッ!」

     手刀一閃。
     今度は一発で直った。


     きっかけは、神楽が歌った『ペガサス幻想』だった。
     残り時間も少なくなってきたこともあり、そこから全員での熱唱が始まった。
     全員が声も枯れよと叫びまくる。
     続く仮面ライダーRXの曲も全員がほとんどがうろ覚えで、ブツブツと歌っていたものの、最後の『RXッ』の部分
    だけは全員が一つになって叫んでいた。
     そして、ついに最後の曲となった。一体何を歌おうかと暫く話し合った結果、北斗の拳2のオープニング、『Tou
    gh boy』を歌うことに決定。
     全員、声を掠れさせながら歌いきった。
     そしでタイムアウト。全員が満足した顔でマイクを置いた。


4.終章/遠き山に日は落ちて


     カラオケ屋から出たあと、仕事があるため五郎が抜けた。
     駅で五郎を見送った四人は、夕刻の時間になったということで場所を移し、シフィル、神楽お薦めの居酒屋へと向か
    うことにした。
     ホスト二人の先導の元、しばらく電車に乗りJR甲子園口駅に到着。
     が、ここで問題が発生した。店の場所が載っている細かい地図がなかったらしく、何処にその店があるのかわからな
    かったのだ。だが、仕入れた情報では駅から徒歩数分の距離にあるということはわかっていたので、周辺を探索するこ
    とにする。
     駅の周りを軽く一周すると、その情報どおり店は見つかった。本当に目と鼻の先にあった。
    『高崎流道場』、それがその店の名前だった。


     店に入ると、一向は二階の座敷に通された。
     廊下に設置された靴箱に靴を入れて、座布団に腰をおろした。

    「さぁ、何を頼みますか?」

     メニューを開きながら、神楽が聞いて来た。
     全員が適当に選ぶ。
     暫くすると威勢の良い、いかにもおっちゃんと呼ぶに相応しい店員が注文を取りにやってきた。

    「はいっ、何にするっ!?」

     それぞれが食べ物と飲み物を注文する。

    「あいよっ、ちょいと待っててな」

     注文を聞くとキレの良い返事を残しておっちゃんは去っていった。
     数分ほどで、宣言どおりに飲み物がやってきた。

    「それじゃあ、改めてお疲れ様でしたっ!」

     神楽の音頭にあわせて乾杯する。 
     シューマンはウーロン茶を、他の面々は酒を飲んだ。
     今日は色々喋ったはずだが、話題は尽きることを知らず、またいろいろなことを話す。
     SSサイトのオフ会のはずなのに、そんな話は一切出ない。鬼ほど難しいシューティングゲームの話(シューティン
    グをあまりやらないシューマンは知らなかったが『東方妖々夢』という名前の、その道では結構知られているゲームら
    しかった)や、自分の周りで起きたことなど、極々普通のことを普通に話した。
     誰かが何かを言うたびに盛り上がり、笑いがおきる。
     そうしている内に料理が運ばれてきた。
     味も中々よく、皆でつまむ。
     そして、それらをあらかた食べ終えた頃、ソレは運ばれてきた。

    「ビジュアルお待ちぃ!」

     相変わらず元気なおっちゃんが、楽しげに笑いながらソレをテーブルに置いた。
     幸給とシューマンはソレを見て固まる。知っていたらしい神楽たちはその様子を楽しげに見ていた。

     運ばれてきたビジュアルという名の料理、それはソーセージとおにぎりの盛り合わせだった。二つのおにぎりの間に
    ソーセージが置かれている。だが、それだけでは誰も驚かないし、固まらない。幸給達が固まった理由。それは、細工
    が施されたソーセージが、おにぎりの配置もあいまって、男の証であるアレにしか見えないからだった。

    「さぁ、じゃんけんしましょうか? 負けた人は先端部分を食べてもらいます」

     ニヤニヤと笑いながら神楽が言った。
     無言で、引きつりながらソレを見る二人。頭ではソレがただのソーセージである事は理解していたが、感情はどうし
    ても拒否感をしめす。
     幸給はシフィルと、シューマンは神楽と、それぞれじゃんけんをした。
     その結果、

    「よっしゃー!」

     シューマンと幸給は歓声をあげた。
     結果は見事勝利。余計なまでにリアルに作られた先端部はシフィル、神楽の口の中へと消えていった。
     そこさえ消えればもう恐くない。二人もまたソーセージを頬張った。うん、おいしい。

     その後も乳に似せられたサラダが運ばれてきたりして、幸給たちを驚かせた。どうやらこの店はこの手のメニューで
     知られているらしかった。
     ちなみに先端の部分はミニトマトでした。

     全員の飲み物が無くなり、また新たに注文することになった。

    「あいよっ、何にする?」」

     全員が再び飲み物を選んでいる最中、シューマンもまた何を頼むべきか悩んでいた。
     未成年ということで一杯目は酒を遠慮したが、ここは飲み屋。全員が酒を飲む中で、自分ひとりが茶を飲んでいても
     良いものか? 神楽たちは好きなものを頼めば良いといってくれているが、ここは自分も何か頼むべきだろう。しかし、
     何を頼むべきか……。
     悩んだ末にシューマンは決心してメニューを閉じた。

    「兄ちゃんは何にする?」
        「水をください」

     全員が爆笑した。おっちゃんまで笑っている。

    「あぁ、やられた。そんなの頼まれたら何を頼んでもインパクトが無いッ」
    「うっしゃ、冷たいの入れてくるわな」

     腹もそれなりに膨らんだ頃、状況は次なる場面へと移行した。
     宴会にはある種つき物の料理、ロシアンたこ焼きの登場である。
     運ばれてくるのを待つ間、幸給たちは神楽とシフィルからそれがどのようなものかというレクチャーを受けた。
     曰く、運ばれてくる六つのたこ焼きの中に一つだけ激辛の当たりがある。曰く、その辛さは店によってまちまちであ
    る。
     この説明に幸給は引きつった。

    「僕辛いのダメなんですよ」
    「辛い店は本当に辛いですよ」
    「うわぁ〜、あたったらどうしよう」

     不安そうに言う幸給に、シフィル達が追い討ちをかける。

    「でも、それで本当に当たったらネタになりますよね」
    「こういう場所では結構お約束が起きますからね。当たるかもしれませんよ」

     幸給は頭を抱えた。
     しばらくして、件のロシアンたこ焼きが運ばれてきた。

    「はいっ、お待ち。辛くしといたでッ」

     さらに幸給をブルーにさせることをのたまいつつテーブルに皿が置かれた。
     ここでふと全員が気づいた。
     たこ焼きの数は六個。こちらの人数は四人。このままではたこ焼きが二つ余ってしまう。

    「一回で出なければじゃんけんですね」

     確率は六分の一。高くは無いが、決して低くい訳でも無い。全員が慎重に自分の分を選び、皿に取った。

    「それじゃあ、せーのっ、でいきますよ。……せーのっ!」

     覚悟を決めて、たこ焼きを口の中に入れる。熱いが食べられないほどではない。一口で頬張る。
     それから暫し咀嚼するための静寂が広がった。

    「……セーフです」

     シフィルが言う。

    「僕も、はずれです」

     神楽も言った。
     そして……、

    「あれ? ……辛ッ!うわっ、辛い。〜△○※×□ッ!?」

     シューマンは辛さにのた打ち回る……幸給の姿をモグモグとたこ焼きを噛みながら眺めた。うん、たこ焼きもおい
    しい。
     あまりにお約束の通りの展開に、はずれ組の三人は惜しみない拍手を送った。

    「とりあえず、何か飲んだ方が良いですよ」
    「〜ッ、はい。クッ、酒じゃあまり効果が無い」
    「それなら水をどうぞ」

     シューマンは頼んだはいいが、飲んでいなかった水を幸給へと差し出した。

    「どうも……ぷはっ、少しマシになりました。うわぁ、舌が痛いです」

     顔を真っ赤にした幸給は大き目のコップになみなみと注がれた水を一気に半分ほど飲み干してようやく落ち着きを
    取り戻した。余程辛かったのか、それほどまでに苦手だったのか、あるいはその両方か、幸給は荒い息をつきながら、
    少しグッタリとしていた。

    「いやぁ〜、幸給さんは天然キャラですね」

     その様子を見て、神楽が笑いながら言った。

    「天然キャラですか!? うーむ、そんなことは初めて言われました」

     その後、幸給のリアクションを肴に盛り上がった。
     またまた騒ぐ。時が流れるのを忘れるかのように、皆ではしゃぐ。
     そしてたこ焼きの脅威から幸給が回復した頃、

    「それにしても辛かったですよ」

     そう言って顔をしかめてみせる幸給にシフィルが問うた。

    「さて、幸給さん。ロシアンたこ焼き、どうしますか? もう一度逝きますか?」
    「えっ、もう一度ですか? うぅ、どうしましょう。自分が当たったのは悔しいですが、また頼んで自爆したら立ち
    直れないかもしれませんし……」
    「そうなったら面白いですね」

     迷う幸給に、全員共通の思いをあっさり告げる神楽。
     その言葉に幸給は目をカッと開いた。眼鏡越しの目が据わっている。

    「神楽さん、何と言うことを……いいでしょう。頼んでやりますよ。次こそは神楽さんに当たるよう祈っておきますよっ」
    「はっはっは、僕には当たりませんよ」

     ロシアンたこ焼き、二回目決定。
     注文し終えやってくるのを待つ間も幸給と神楽の対峙は続いていた。

    「こうなったら当たるように呪いをかけてやります」

     てやー、と両腕を神楽の方にむけて念を送る幸給。
     その隣では以前当たったことのあるらしいシフィルが支援している。

    「はっはっは、僕にはバリアがありますからね、そんなものは効きませんよッ」
    「くっ、負けるかー」

     二方向からの攻撃に、両手のひらを前に出し対応する神楽。その顔は勝ち誇っている。
     幸給は悔しそうな顔を見せたが、それでもあきらめることなく念を送り続ける。

    「……」

     そんな様子をシューマンはじっと眺めていた。
     考えること数秒。
     神楽の側面から念を送った。びーっ。

    「しまった、側面からっ!」

     そうこうしているうちに、再びロシアンたこ焼きが運ばれてきた。
     今度はまず最初にある意味前回の勝者である幸給が選ぶ。

    「じゃあ、これにします」

     熟考の末、一つが選ばれた。
     それに続いて他の三人もそれぞれ自分の食べる分を選ぶ。
     もし、これで当たりが出なかったときには、未体験のシューマンと神楽の二人が食べることになっていた。

    「それじゃあ、せぇのッ!」

     再び全員がいっせいに頬張る。
     そして、沈黙。

    「……セーフです」

     先ずは幸給が呟いた。その顔は安堵に包まれている。
     それを皮切りに全員が申告いていった。どうやら、全員セーフだったらしい。

    「じゃあ、次は二人でどうぞ」

     シューマンと神楽はお互いの顔を窺いつつ、たこ焼きを取った。
     そして食べる。

    「セーフです」

     神楽が言った。
     となると、当たりはシューマンか?
     全員の視線がシューマンに向けられる。
     だが、

    「僕もセーフみたいですよ?」

     当のシューマンはケロリとしていた。
     その顔は無理をしている様子も無く、演技をしているようにも見えなかった。

    「どういうことでしょうか?」

     もしかして入れ忘れか?
       全員が腕を組んで考えた。

    「あれ? そういえば辛いような気が」

     シフィルがそんなことを呟いた。
     三人の視線を受けると、照れたように笑う。
     どうやら辛さに強いせいで気づかなかったようだった。
        三人はなぁんだ、と肩の力を抜いた。

     それから酔いがまわってきて眠そうにしている神楽をからかってみたり、辛さの次は酒で真っ赤になった幸給を心
    配しているうちに、話はついにSSのことになった。
     自分が気に入っているものを推薦し、お気に入りの場面を演じ、声優の如くセリフを言いながら喋りまくる。
     そして、話の内容が群星伝のことになったとき、それは最高潮になった。

    「……『そこが最後だ。それ以上の後退は無い。その後ろには逃げ遅れた住民がいる。故に後退はない。そこで死ね
    ! 以上だ』っていうあのセリフが最高ですね。初めて読んだときには燃えに燃えましたよ」
    「僕はやっぱり北川の高槻戦でのセリフが好きです。どれをとっても最高ですよ。『高槻ィーッ!』」
    「ああ、あの場面も最高ですよね」

     群星伝の話になってから、どれぐらい時間がたっただろうか。
     かなりの時間が経過したはずだが、話のネタが尽きる様子は全く見られない。
     むしろ、ますますヒートアップしている感すらあった。
     誰かが何かを言えば、皆がそれに喰らいつく。
     だが、所詮は人の身。生きている限り、時間は有限だった。
     幸給の電車のこともあり、名残惜しみながらも解散することになった。

    「いやぁ、本当に一日中でも話せそうですね」
    「全くです」

     皆その意見に頷きながら、席を立った。
     靴箱から自分の靴を取り出し、一階へと降りる。
     食事代を割り勘で支払い、外へと出た。
     扉が閉まり、店の中の喧騒が遠のく。
     シューマンは、ふと空を見上げた。
     今日、出会った頃は日が昇り、あんなに明るかったというのに、今ではすっかり暗くなっていた。
     空では太陽の換わりに昇ってきた月が、ぼんやりと輝いている。

    「今日はお疲れ様でした」

     顔を下ろすと、神楽がこちらを向いていた。

    「また、やりたいですね」
    「そうですね」

     その言葉に、頷く。
     また、いつの日にか、こうして集まれたらいい。そう思った。
     背後から、ガラリと扉の開く音がした。
     振り向くと、会計を終えたシフィルが中から出てくるところだった。

    「じゃあ、今日はとりあえずここで解散ということで。……今日はお疲れ様でしたッ」

     お疲れ様でした、と皆が頭を下げた。
     短いようで長く、長いようで短かった一日は、こうして幕を閉じた。


































      
     そして、男達は明日から再び訪れるへ日常へと帰っていった。
     だが、その前にもう少しだけ話を続けよう。


5.エピローグ/電車を待ちながら


     JR甲子園口のホームには時折、強めの風が吹き付けてくる。
     昼間は暑くすらあったが、夜になると未だに涼しい。そんな状態で、この状況はいっそ肌寒くすらある。

    「あ゛ー」
    「大丈夫ですか?」

     酒で真っ赤になった幸給が眠そうに目を細めながら、フラフラと前後に揺れていた。

    「電車で寝過ごさないで下さいよ。大変なことになりますから」
    「あはは、大丈夫ですよ〜」

     ダメそうだった。
     にへらぁ、と笑う幸給に全員が一抹の不安を覚える。

    「無事に帰りつけたらオロチに書き込んで下さいね」
    「はい、わかりましたぁ」

     まだ不安ではあったが、とりあえずそれで納得することにした。

     一度は解散宣言がなされたものの途中の駅までは一緒なので、いまはこうして全員で電車が来るのを待っていた。

    「今日は本当に色々ありましたね」
    「楽しかったです」
    「またやりましょうね」

     電車が来るまでには、まだしばらく時間がかかりそうだった。

    「次やるとしたら何処にしましょうか?」
    「今度はこっちの方に来てくださいよ」
    「となると、『山』ですか」
    「『山』ですね。皆で挑戦しましょうよ」
    「それもいいですね」

     名古屋の魔境、マウンテンが誇る、恐怖のスパゲッティの話でしばし盛り上がる。

    「それなら次は車を出してもいいですね」
    「今度こそ雪蛙さんは強制参加です」
    「それはいいですね」

     自分達以外誰もいないホームに笑い声が響いた。

    「それだけじゃなく、今回参加できなかった人たちも参加できるといいですね。特に八岐さんとか」
    「そうですね」
    「じゃあ、住んでいる所がバラバラですし毎回場所を変えましょうか? 三回目は北海道でDAIさん参加、ですと
    か」
    「うわっ、遠いなぁ」
    「いっそのこと、それを売りにしますか? 『オフ会の度に場所が違う。日本列島、津々浦々、オフ会で日本一周の
    旅』、ですとか」
    「それは大変そうですね」

     その光景を想像して遠い目をする。

    「あ゛ー、それにしても何て書き込みましょうか?」
    「やっぱり、今日の感想じゃないですか」
    「となると、僕の場合『辛ッ』の一言に集約されますよ」
    「最後のアレが効きましたか」
    「はい」
    「じゃあ、辛さの衝撃で一本抜けて『幸給』が『辛給』になりました、というのはどうですか?」
    「おぉ、いいですね。内容を『辛ッ』の一言で書いて、名前の欄も密かに『辛給』に変えておきましょうか? 一体
    何人が気づくのか、とか」
    「面白そうですね」

     遠くに電車の明かりが見えてきた。
     この時間ももう直ぐ終わりだ。

    「そういえば、オフレポはどうします?」

     それを横目に見ながら、まだ決まっていない懸案事項をあげる。
     今日、何度か話に出たが、結局誰が書くのかは決まっていなかった。

    「じゃあ、書ける人が書くということで。今度はそこもちゃんと決めなきゃ駄目ですね」

     構内アナウンスとともに電車がホームに入ってきた。
     ブレーキの悲鳴を響かせながらスピードを落とすと、やがて完全に停車し、プシュー、という音と共に扉が開いた。

    「乗りましょうか」

     ガラガラの電車に全員が乗り込んだ。
     やがて、発車のベルが鳴り、扉が閉まる。
     四人を乗せた電車は徐々にスピードをあげながら進んでゆき、やがて夜の向こう側へと消えていった。






     オフレポ――黄金週間のとある一日に集まった男達の行動記録―― 了




    ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました(深々と礼)
    異様に長くなってしまいましたが(これでもいくつかのエピソードは削ったんですよ)、シューマン式オフレ
    ポはこれで終わりでございます。お疲れ様でした。
    如何だったでしょうか? 多少なりともオフ会がどのような雰囲気であったのかが伝わったでしょうか?
    そうであったのならば苦労して書いた甲斐があったというもの。こちらとしても幸いです。

    参加した皆様。こういう風になっちゃいましたが如何でしょうか?
    すこぉ〜しばかり誇張が入っちゃったような気がしますが、笑って許して下さいね(爆)


    それではこれまでお付き合いありがとうございました。
    また会える機会があることを期待して、此度は失礼致します。

inserted by FC2 system