「お祖父さまの遺言によりこちらに参りました。
 本日より、陽一さまに生涯お仕えさせて頂きます、『鈴音』と申します」
 そう言って、その鈴音さんは深々と頭を下げた。
 僕はと言うと、いきなりな展開に完全に混乱していた。
 その上、ずっと男子校だったものだから、
 家族以外の女性と面と向かった事など、これがほぼ初めてである。
 そんな事だから、
「あの、えっと……え?」
 金魚みたいに口をパクパクして、まともな言葉を発する事ができなかった。
 その、鈴音さんという人は小さく微笑むと
「このままでは埒があきませんわね」
 と、その目が妖しい光を放った。
「っ!?」
 途端、金縛りのように自由が利かなくなる僕の身体。
「どうぞお上がりくださいませ」
「あ……」
 ふらふらと足が勝手に動き、僕は部屋に上がった。


「いまお茶をお入れいたしますので、寛いでて下さいね」
「……」
 部屋を見渡す。
 完璧に整理整頓されていた。
 昨日まで、搬入した荷物全て、ダンボールに梱包されたままだったのに。
「さ、どうぞ」
「ど、どうも……」
 お茶とお煎餅を出された。
 何とも居心地悪く、すっかり綺麗になった部屋を見渡している僕に、
 鈴音さんが心配そうな表情になった。
「あの……私の判断で部屋の配置を行ってしまったのですが……お気に召しませんでしたか?」
「えっ? あ、そ、そんな事無いです、僕がやるよりもこれでベストだと思う……」
「良かった……」
 鈴音さんがほっと胸を撫で下ろしている。……何かすごく可愛い。
 改めて、鈴音さんを良く見てみる。
 歳は僕よりちょっと上くらいだろうか?
 腰まである漆黒の髪、大和撫子なんて言葉がぴったりな整った顔立ち
 着物は黒っぽい地味な色合いだけど、それがかえって鈴音さんの清楚な雰囲気をより強くしてて……
 落ち着いた物腰で、きちんと行儀良く正座している鈴音さんを見てると、
 どこか、華道とか茶道の家元のご令嬢って言われても納得してしまいそうだった。
「……」
「……あ」
 鈴音さんも僕の事をじっと見つめているのに気付いた。
 にこっと柔らかく笑い返されてしまう。
 とたんに恥ずかしくなって、慌ててお茶を啜った。
 咳払いをする。
「あ、あのさ、鈴音さん」
「はい」
「さ、さっきさ、僕にお仕えするって……」
「はい、私に出来る事なら、何でもいたしますわ」
 何でも……
 ちょっとピンク色な妄想が頭に浮かぶ、ってそうじゃなくってっ!!
「な、何でそんな事をっ? だいたい僕、君のこと何か知らないしっ!!」
「ええ、私と陽一さまは初対面ですから。
 でも、お祖父さまはご存知の筈です」
「君のお祖父さまって、そんな人、心当たり……」
 ない、と言いかけて……
「……」
 ……いや、まさか、そんな……
「わわっ!?」
 いきなり目の前、それこそ鼻先数センチのところまで鈴音さんが顔を近づけてきた。
 慌てて身体を反らしても、それほど広い部屋でもなし、
 鈴音さんにあっさり壁まで追い詰められてしまう。
 心臓がバクバクとうるさい。
「心当たり、本当にありませんの?」
 ある、めちゃくちゃあります。
 でも、理性のある部分がそれを認めたがらないというか……
 どうしても信じられないというか……
「で、でも……まさか、そんなわけ……」
 鈴音さんが、ふぅと溜息を吐いた。
「これでも……信じられませんか?」
 先程のように、鈴音さんの目が妖しい光を帯びる。
「うあ……ぁ……」
 とたん、強烈な圧迫感が僕を襲った。
 まともに声を出す事もできない。
「ひっ」
 見れば、鈴音さんの瞳が縦に割れていて、

 猫の瞳、そのものだった……。

「信じる、信じますぅっ!!」
 何とも情けない声を出してしまう僕。
 途端に消える、重圧感。
「悪戯が過ぎてしまいました、申し訳ありません」
 そう言って、鈴音さんは悪戯っぽく微笑っていた。


 …………………………………
 あれから、気を取り直してお茶を啜ってるんだけど、 
「……じゃあ、君は本当にネコの……」
「はい、30番目の孫にあたります」
 ちょっとむせた。
「そ、そうなんだ」
「はい」
 随分と盛んだったんだな、ネコ。
 ふと、思い立った事があったので鈴音さんに尋ねた。
「あのさ……さっき言ってたよね、遺言って」
「……」
 鈴音さんは目を伏せた。
「ネコ……お祖父さんは、その……?」
「……身罷りました、四日前に」
「……」
 ああ、そうか……
 鈴音さんの着物が黒っぽいのも、喪に服しているから……
「そっか……」
 目を閉じ、黙祷した。
「……申し訳ありません、お祖父さまは私たち一族で弔いました」
「ああ、それは気にしないで良いよ。
 人である僕より、身内のほうが良かったんじゃないかな?
 人の世話を受けるのを嫌がるところがあったから……」
「……私たちに対しても、そうでしたよ」
 ひんやりとした、柔らかな感触が顔を包んだ。
「陽一さま……」
「鈴音さん?」
 鈴音さんが僕の顔を包むように両手を添えていた。
 さっきと同じ、あと僅かな距離でキスができそうなくらい鈴音さんが顔を寄せている。
 恥ずかしくて顔を逸らしたかったけど、しっかり押さえられていた。
 そのままじっと見つめ合ってしまう。
「お祖父さまはあなたにとても感謝しておりました。
 そして、必ず御恩を返すように、とも……」
「……」
 なんて言うべきか、分からなかった。
「……正直、鈴音さんみたいな、こんな綺麗な人に来てもらうような……
 そこまでの事をしたとは思えない……僕なんかにはもったいなさ過ぎて……」
 ようやく、絞り出すようにして言えた。
「……」
 鈴音さんは静かに微笑んでいる。
「お祖父さまの言葉は、私たち一族では絶対です。
 陽一さまが何と仰られようとも、私はあなたにお仕えいたします」
 鈴音さんはきっぱりと言い切った。
 このゴーイングマイウェイっぷりは、やっぱりネコの血筋だからかな?
「ご迷惑はお掛けしません。どんな事でもいたします。
 だから、どうか……お側に置かせていただけませんか?」
 すぐ目の前に、鈴音さんの不安げな揺れる眼差し。
「……」
 これで断るような奴は人間失格、猫畜生にも劣る屑野郎だと思います。
「……うん、僕なんかで良ければ、こちらこそお願いいたします」
 そう言った瞬間、鈴音さんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「はいっ」
 そして
「わ、わっ、わぁっ!?」
 鈴音さんにぎゅぅっと抱きしめられてしまった。
「す、鈴音さん、その……」
 はぅぅ……
 ちなみに、和服だから分からなかったけど、その
 ……鈴音さんの胸はかなり大きいです……


「さて、何か御用がありましたら何でも言ってください」
 ようやく、鈴音さんを引き剥がして……ごめんなさい、十分堪能しました
 それはともかく、鈴音さんはにこにこしながら、僕の言葉を待っている。
「用事って言っても……」
 部屋を見渡した。
 本当なら今日一日かけて引越しの片付けをするつもりだったんだけど……
 部屋は完全に片付いている。
「あのさ……この部屋、本当に鈴音さん一人で片付けちゃったの?」
「はい、昨夜のうちに」
 当たり前のように鈴音さんが言った。
「……」
 そういえば、この部屋にどうやって入ったんだろう? 鍵は?
 それに結構重い荷物だってあったんだけどな……どうやって片付けたんだろう?
 何て思うんだけど、まあ、妖怪さんだしなぁ……
「……」
 部屋全体もピカピカで、塵一つ無いんじゃないかってくらい掃除されてるし……。
「掃除までしてくれたんだ」
「はい、陽一さまが快適に過ごせるように」
 本当にごく当然のように鈴音さんは仰るわけで……
「……」
 ネコ……本当にこんな好い人を僕なんかの所に来させて良かったの?
 激しく胸が苦しいんですけど。
「あ、そ、そうだっ、じゃあ夕飯の買い物にでも……」
「午前中のうちに済ませました」
 はい、止めを刺されちゃいました。


 結局
「では、少し早いですけど夕飯の準備をしますね。
 時間もありますし、ちょっと豪勢にいきます。陽一さまの入学祝いも兼ねて」
 と言うわけで、鈴音さんは今、割烹着姿でキッチンにいる。
 着換えたわけではなく、気付いたら一瞬で身に付けていたわけで。
 目の前で手品のように格好が変わったのには、流石に驚いてしまった。
 まるでアニメの魔法少女である。
 やっぱり、その、人間じゃないんだなぁ……別に良いんだけどね。
 で、僕はやることも無くボンヤリと鈴音さんの料理姿を眺めているだけな訳で……
「あら?」
「ん? どうしたの、鈴音さん?」
「買い忘れたものがありまして……ちょっと買ってきますね」
 僕は立ち上がった。
「いいよ、僕が行くよ」
「そんな、私が行きます」
「いや、鈴音さん一人に働かせて、僕一人ゴロゴロするのはちょっと……」
 僕にだって男としての甲斐性とか、プライドとか、それなりにあるというか。
「……」
 鈴音さんが困っている。
「お願い、手伝わせてよ」
「でも、そんな……」
 迷っている鈴音さんを見て、僕は良い事を思いついた。
「じゃあさ、二人で一緒に行こう」
「え?」
 鈴音さんが目を丸くしている。
「考えてみたら、越したばっかでこの辺りの事、よく知らないし。
 鈴音さんは知ってるんでしょう?」
「は、はい……買い物のとき大体の所は見てますけど……」
「うん、じゃあ決まり。買い物がてら、案内してくれるかな」
「あ、陽一さま……」
 鈴音さんの腕を取って、ちょっと強引に玄関に向かう。
 鈴音さんは結局折れたのか、
「……分かりました、一緒に買い物に行きましょう、陽一さま」
 鈴音さんは柔らかな微苦笑を浮かべて、言ってくれた。
「うん」
 で、玄関を出て、僕は気付いたんだけど……

 これって……デート……なのかな……

「……」
 うわぁぁぁぁぁ…………


 そんなこんなで、部屋を出たんだけど……
 出て少ししたところで、買い物帰りらしい大家のおばさんと鉢合わせてしまった。
「あ……」
 まずい、かな? 鈴音さんのこと訊かれたらどうしよう?
 でも鈴音さんは少しも気にする事も無く、それどころか、
「こんにちは、大家のおば様」
「おや鈴音ちゃん。お買い物かい?」
「ええ、陽一さまと」
「そう、気をつけなね」
「はい」

 ………………………あれ?

「陽一さま? さ、行きましょう」
「あ、う、うん……」
 戸惑ってる僕を鈴音さんが促す。


 アパートから二十分ほど歩くと、結構賑やかな商店街に出たんだけど
「……」
 さっきの大家さんもそうだったんだけど、鈴音さんに注目する人が全然いない。
 ちょっと……変だな。
 鈴音さんは間違いなく美人だし、それに和服姿なんて珍しい格好。
 人目を引いてもおかしくないんだけど……。
 ひょっとして……
「不思議、ですか?」
「わっ!?」
 何時の間にか鈴音さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「先程の大家のおば様の事」
「え、あ、うん」
 こ、心を読まれましたか?
「読んでませんよ」
 読んでますってっ。
 鈴音さんがくすくすと笑い出してしまった。
「陽一さまのお顔に書いてありますよ」
「えっ!!」
 そ、そんなに僕って分かりやすいかな……。
 鈴音さんがおかしそうに笑っている。
 あうぅ……。
 声も無く真っ赤になってると、そっと鈴音さんの手が僕の頬に触れた。
「ぁ……」
「……陽一さまは、素直で純真な方なんですね」
 ちょっとからかうような、優しい眼差し。
「そ、そんなわけないってっ!」
 慌ててブンブン頭を振るんだけど……
 今の僕、間違いなく耳まで真っ赤になってると思う……。
 鈴音さんは楽しそうにじぃっと僕の事を見つめてるし……。
 は、恥ずかしいよぉ……。


 …………………………
「ちょっとした暗示の術です」
「暗示?」
 鈴音さんが言うには、
 鈴音さんの存在、其処に在るという事、について疑問を持たなくする
 という術を周囲にかけているのだと。
「これくらいの術なら造作もないですわ」
「はぁ……」
 僕は頷くしかないわけで。
 まあ、僕としても色々詮索されたりするのは嫌だし
 鈴音さんのことを訊かれたらどうしようって思ってたから、すごく助かるかも。
「さ、着きましたよ、陽一さま」
「あ、うん」
 話をしていたらもう、スーパーの前だった。


「こっちですよー、陽一さまー!」
「あ、はーい」
 スーパーは夕方だけあって結構混んでて、
 ちょっとボンヤリしてたら鈴音さんとはぐれてしまって……
 って、そんな大声で呼ばないでほしいなぁ……
「陽一さま、駄目ですよ、迷子になっては」
「……」
 子供扱いだった。
「今度はこっちですから」
 で、生鮮売り場に行くんだけど……
「あの……鈴音さん……」
「はい?」
「何で……その……手を握ってくるの?」
「迷子にならないように、です」
 心の底から当然のような笑顔を向けてくる鈴音さん。
「……」
 鈴音さんの手はちょっとひんやりしてたけどすごく柔らかくて
 女の人ってこんなに柔らかいんだなぁ……。
 結局、買い物が終るまでずーっと手を繋いだままだった。
 嬉しいやら恥ずかしいやら、背中が何だかムズムズした。


「では、お会計を済ませてきますから、ちょっと待っててくださいね」
「うん」
 買い物は終ったんだけど……僕、全然役に立たなかった。
 いや、その、真剣な表情で食材を吟味してる鈴音さんを見てると、
 僕が適当に選んだりしたらまずいような気がして……。
 ……ってっ!!
「鈴音さんっ!!」
「はい?」
 レジの前で並んでいる鈴音さんの下に駆け寄る。
「あ、あの……お金」
「ちゃんと持ってきてます。忘れていませんよ」
 鈴音さんが何処からともなく財布を取り出す。
 いや、その、そうじゃなくて……。
「あ、心配なさらないでください。
 私達一族が用意したお金ですけど、決して不正なお金ではありませんから」
 それもちょっと気にはなってたけど、そうじゃなくて、
「……あのさ、お金僕が出すから」
「え……」
 鈴音さんの顔がとても悲しげになる。
「あの……本当に怪しいお金ではないですから……」
「あ、うん、それは信じてるけど、その、何と言うか……」
 このままだと僕……

 ヒモになっちゃうんですけど

 で、
「僕が」
「私が」
 何てレジの前で言い合っちゃうものだから、周囲の視線を思いっきり集めてしまった。
「「あ……」」
 流石に、ここまでくると鈴音さんの暗示は意味を成さないみたいです。
 恥ずかしい……。
 結局、僕が強引にお金を払って、そそくさと退散したのだった。



 それから部屋に戻って、鈴音さんはすぐに料理を再開して、
 すごく美味しそうな匂いが部屋に漂ってくる。
 そして、ちょうど陽が沈んだ頃に
「陽一さま、お食事ができました」
 鈴音さんがそう言ってテーブルに料理を並べていく。
「あ、うん……うわ」
 何と言うか……これはどこの料亭ですか?
 てなぐらいすごいですよ、これ。
「腕によりをかけました。お気に召しませんか?」
「そんなことないって。すごく美味しそうだよ」
 目の前には和食メインの食欲のそそる料理がズラリと並んでいて……
 鈴音さん、料理できるんだなぁ。
「……」
 でも、鈴音さんて一応化け猫、なんだよな……。
 いつ料理覚えたんだろう?
 案外タヌキみたいに化かされてるだけだったりして。
 あははははは……………………………まさかね。
「あの……やっぱりお気に召しませんか?」
 鈴音さんの不安な表情。
「う、ううんっ!! ちょっと考え事してただけだよっ!!」
 ああ、鈴音さんにこんな悲しげな表情をさせてしまうなんてっ!
 僕の馬鹿っ、バカッ!!
 それに鈴音さんにだったら騙されたって良いじゃないかっ!!

 ………………………………僕、もうダメかもしれません

 それはともかく、晩御飯の時間にはちょっと早いけど、でも
「鈴音さん、ご飯、いただきます」
「はい、どうぞ。召し上がれ」

 ご飯はすごく美味しかったです。

 あまり美味しいので、かきこむようにご飯を食べてたら鈴音さんに笑われてしまった。
「陽一さま、本当に美味しそうに食べてくださいますね。
 でも、慌てなくても、まだたくさんありますから」
「うん、でも本当に美味しくて」
「そういって頂けると作った甲斐がありますわ」
 鈴音さんがそっと手を伸ばしてきた。
「……?」
「ご飯粒、付いてますよ」
 優しくとってくれました。
 はうぅ……。
 あれ? そういえば……
「鈴音さん?」
「はい?」
 鈴音さんは先程から、僕の隣に控えるように座っているだけで
「あのさ、鈴音さんのご飯は?」
「私は食べなくても平気ですから」
「そうなの?」
「ええ、私に必要な食事はちょっと特殊ですから」
「……」
 何なんだろう……?
 鈴音さんはすぅっと目を細めて、小さく笑った。
「後で分かりますよ」
「……」
 うーん……でも、なぁ……。
 一人だけで食事っていうのは……何だか気まずいというか味気無いというか……
 そんな僕を見て、鈴音さんがくすっと微笑んだ。
「なら、私もちょっと頂きますね」
 そう言ってご飯をよそう鈴音さん。
「……大丈夫なの?」
「ええ、食べる分には問題ありませんから。
 一緒に食べましょう、陽一さま」
「うんっ」
 やっぱり、一緒に食べるご飯のほうが、さっきよりも美味しく感じた。


「ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさまでした」
 はぁ〜、もうお腹一杯だよぉ。
 ぐで〜と寝転がる。
「私は洗い物をしてますから」
「あ、僕も……」
 そうだった、このままではどんどんダメ人間になって……
「休んでてください、陽一さま」
「……はい」
 何故か逆らえなかった。
 何もすることが無いのでTVをつける。
「……」
 TVはそんなに好きでもないのでチャンネルをどんどん変えて、
 結局ニュースで落ち着いた。
 時間は七時。
 夜はまだこれからだってのに、何もすることが……
「……」
 後はもうお風呂に入って、そして……その……あの……

 寝るしかないわけで

「……………………………………」
 あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 どうしよう、どうしよう
 今までずっと、この事実を見ないよう気付かぬようにしてたんだけど
 どうすれば良いんでしょう?
 まさか鈴音さん、通いで来てるわけないし、
 部屋狭いですし、ベッド一人分しかないですし、
 や、やっぱり……アレでソレで、その……そういう解釈をしても宜しいので
「陽一さま」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
 鈴音さんがキョトンとしている。
 僕は咳払いをして
「な、なに? 鈴音さん?」
「お風呂が沸きました」
「あ、ぼ、僕は後でいいです。先に鈴音さんが……」
 って、鈴音さん、お風呂に入れるのかな?
「大丈夫です、私お風呂に入れますよ。むしろ大好きです」
「そ、そうなんだ」
「人間の社会でくらすのに必要な事は大概できますよ」
 妖の術技を学ぶ際そういった習慣も一緒に習うらしい。
「人に変わるにはやはり人の習慣も知らなければなりませんから」
「そうなんだ。じゃあ、料理とか礼儀作法も?」
「はい、その時に学びましたわ」
 本格的だなぁ、というか僕たち人間よりもよっぽど勉強してないか?
「それよりも陽一さま、先にお風呂にお入りになってください」
「……で、でも」
 鈴音さん、ずっと働き通しで、せめて先にゆっくりお風呂に……
「私はまだやる事があるのです、だからどうか……」
「……うん、わかった」
 そうだね、むしろ後のほうがゆっくり入れるだろうし。


「はあ……」
 湯船に身体を沈める。
 まあ、一人暮らしのアパートだから狭い。
 これじゃあ、二人で一緒に入るなんて……
「……って、何を考えてるのっ!!」
 自分で自分にツッコミ。
 ……でも、鈴音さんって本当に綺麗だよなぁ。
 これって本当は夢なんじゃないかって思っちゃうよ。
「……」
 こうしてる間にも時間はどんどん過ぎていく。
 やっぱり……その……そういう期待をしちゃって良いのかな?
 でも、何だろう、すごく怖い。未知の恐怖っていうのか……。
 それに、今日初めて会った人とその、そういう事するのって……
 何だか自分がすごく浅ましいような気がして
「はあ……」
 ボーっとしてると鈴音さんの姿が浮かんでくる。
 優しい、綺麗な瞳とか、あの柔らかかった手とか、
 清楚な仕草から、時折はっとするような色香とか……
「……」
 はうぅ……か、下半身が……
 もう、静まれ、静まれってばっ!
 バシャンバシャンと頭からお湯をかぶるのであった。


「鈴音さーん、お風呂出たよぉ」
 結局、出たとこ勝負だ、と開き直る以外無いわけで。
「鈴音さん?」
 返事が無かった。
 脱衣所を出ると、
「……」

 部屋は、真っ暗だった。

 いや、正確には煌煌とした月の光に蒼く照らされている。
 そして、その先に……
「鈴音、さん……?」

 彼女はいた。

 先程までの着物ではない、真っ白な姿でベッドに腰かけている。
 月に照らされたその姿は神秘的なまでの美しさで、
「……陽一さま」
 今まで見た事のないその微笑みに、ゾクリとした。
 心臓が跳ね上がる。
「あ……」
 僕の意思を無視して、僕の身体はふらふらと彼女の元へ歩き出した。
 そして彼女の隣に腰掛ける。
「陽一さま」
 優しく僕の頬を撫でる柔らかくて少し冷たい手。
「あ……う……」
 声が出せなかった。
「陽一さま……期待、されてたのでしょう?」
 まるで絡めとる様に、首に腕が回される。
「お応えいたしますわ」

 そうして、僕たちの唇が、重なりあった。

 ……………………………
「ん……はん……ぁん……ん……」
「はぁ……んぅ……」
 僕の頭は真っ白だった。
 唇の甘い感触、
 真っ白な着物(和服用の下着、襦袢、て言うんだっけ?)
 その薄い布越しから押し付けられる、柔らかく大きな二つのふくらみ
 スリスリと、絡むように擦り寄るむっちりとした太もも。
 僕は、そのままベッドにそっと押し倒された。
「ぁ……」
「ふふ……」
 鈴音さんの顔がゆっくりと離れる。
 心臓はもうバクバクで、僕は惚けたように鈴音さんを見つめるしかできなくて。
 鈴音さんは僕のお腹の上に跨ると、そっと着物に手を掛けて……
「鈴、音……さん……」
 脱ごうとする鈴音さんの手が止まる。
 僕は、壊れる寸前の理性を総動員して、声を出した。
「あ、あの……その……」
「……」
 僕をじっと見つめる鈴音さんの深い瞳。
「や、やっぱり……」
 いくらネコ、お祖父さんの遺言だからって、その、夜の事までしてしまうのは……
「……」
 鈴音さんは小さく笑うと、そっと僕の頬を撫でた。
「……遠慮なさらないでくださいまし」
「……え、遠慮とかそういう問題じゃ……」
「……それに、抱いてもらわねば私も困るのです」
「……それは、どういう……?」
「妖がこの身を保つには、月の光と……」
 囁くような声。
「……人の精、が必要なのです……」
「じゃあ……あの時言ってた『必要な食事』って……」
「ええ」
 鈴音さんは艶かしい微笑を浮かべ、顔を近づけた。
「そういうことです」
「んぅっ!?」
 鈴音さんに再びキスされてしまった。
 さっきのより、その……ずっとエッチなキス。
 鈴音さんの舌が僕の口を割って入ってきて掻き回す。
 舌を絡めとられ、口の粘膜も歯ぐきも、歯の一本一本まで、
 口内を、ちょっとざらついた感触の舌に思うままに蹂躙される。
「はぁ……」
「ん……陽一さま……」
 僕たちの口がゆっくりと離れて、二人の唇を銀色の糸が繋ぐ。
 もう、僕の理性は、鈴音さんの舌によって、完全に蕩けていた。


「じゃあ……」
 僕のお腹に跨ったままの鈴音さんが、その白い着物に手を掛けた。
 ゴクリ、と唾を飲み込む。
 着物がはだけ、プルンと小さな揺れとともに、双房がこぼれ落ちた。
「はあ……」
 溜息をついてしまった。
 思ってた通り、鈴音さんのおっぱいはとても大きくて
 でも決して崩れたりしてない、綺麗で、大きなお椀のようにまんまるだった。
 そして、そのふくらみの頂上の乳首は、小さく慎ましやかな尖りを見せていて
 月の光に青白く照らされたそれは、
 僕が今まで見た写真集の、どんなグラビアアイドルよりも美しい形をしていた。
「……」
 僕が惚けたように鈴音さんのおっぱいに見惚れていると、
 鈴音さんがクスッと微笑んだ。
 僕の手を取り、まるで「どうぞ」と言うようにその大きなふくらみに導いてくれる。
「うぁ……」
「ん……」
 鈴音さんのおっぱいはぷにゃぷにゃと柔らかくて、まるで吸い付くかのよう。
 僕はむにゅむにゅとできるだけ優しく揉みしだく。
 手の平に収まりきれない柔肉が、僕の稚拙な愛撫にあわせて形を変えていく。
 人差し指と中指に乳首を挟むと、くにくにと転がしてみる。
「ん……はぁ……」
 鈴音さんのうっとりとした表情。
 ちょっと嬉しかった。
 正直、人間と同じように感じるのか分からないし、
 僕なんかで鈴音さんを気持ち良くできる自信ないけど、
 それでも、鈴音さんにも気持ち良くなって欲しかったから。
 僕が無我夢中に鈴音さんのおっぱいを堪能してると、
 鈴音さんが艶めいた笑みを浮かべ、下腹部を擦り寄せてきた。
「んく」
「ふふ……」
 もう、さっきから僕の肉棒はパジャマを突き破らんばかりに硬くなっていて、
 それが鈴音さんの柔らかな下腹部をゴリゴリと圧迫してたんだけど
 鈴音さんがその上に下半身を押し付けてくる。
 僕がおっぱいを愛撫するその動きに合わせるように腰を上下したり、前後に擦ってきたり、
 まだ、挿入もしてないのに、その……騎乗位で交わってるよう。
「鈴音さん……っ」
 ううぅ……まずいよ……まだ、その、シテないのに、このままじゃ……
「陽一さま……」
 鈴音さんが身体を前に倒してきた。
 目の前に、鈴音さんのたわわな乳房が……
「ん……ちゅ……あむ……」
「はあ……」
 その乳房に舌を這わすと、後はもう夢中になって鈴音さんのおっぱいにむしゃぶりついていた。
 赤ん坊みたいに乳首を吸い、舐めまわし、軽く齧ったり、
 そして、今までより少し乱暴におっぱいを揉みしだく。
「ん……あ……はあっ」
 鈴音さんの熱い吐息が僕の耳元をくすぐる。
 そのおっぱいを鷲掴み、同時に乳首も、口と指で強く刺激すると
「はあっ……んんぅぅっ!」
 鈴音さんが僕の頭をかき抱くように抱きしめた。
 そのしなやかな身体が小さく震えている……。
「す、すずね、さん……」
 僕、このままだと鈴音さんのおっぱいで窒息しちゃうんですけど……
 というところで
「はあ……」
 鈴音さんが身体を起こす。
「陽一さま……」
 ちゅっと柔らかな口づけ。
 その目はとろりと濡れて、妖しく燃えている。
「陽一さま……」
「うぅっ!」
 もう一度、鈴音さんが耳元で僕の名を囁く。
 僕のペニスをその手に優しく包み、ゆっくりとしごきながら……
「それでは……本番を始めますか?」
 ちろり、と舌なめずりとともに、鈴音さんが妖艶に微笑んだのだった。


「今、気持ちよくして差し上げます」
 鈴音さんは僕のペニスを、転がすように玩びながら、
 僕のパジャマを優しく脱がしてしまう。
 ブルリッとそそり立つ僕の肉棒。
 正直、もういつイッてもおかしくないんだけど、
 鈴音さんは絶妙の呼吸で僕を休ませてくれてるから、何とかもっている。
「ふぅ……」
 トロンとした、獲物を前にした猫の目で、僕のペニスを見つめる鈴音さん。
 僕の先端は先走りでもうヌルヌルで、それが零れて竿の部分を濡らしてしまう。
「あん……」
 もったいないとばかりに、鈴音さんの指が拭い取り、美味しそうに指を舐めた。
 もっととおねだりするように、僕のペニスに唇を寄せて
「うあぁっ!」
 ペロリと、鈴音さんのちょっとざらついた熱い舌が、ペニスの先端を舐めとる。
「ん……ちゅ……はむ……」
 鈴音さんはペロペロと舐めまわし、それから亀頭を口に含むと軽く吸いはじめる。
「うぅ、はぅっ」
 鈴音さんの軽い刺激にも僕の身体は敏感に反応してしまう。
「すずね、さん……」
 ……ぼく……もう、限界……
「陽一さま……こんなに……すごい……」
 鈴音さんが口を離した。
「でも……もうちょっとだけ我慢してくださいね」
 そして、再び、僕の下腹部に跨る。
 ちょっと腰を浮かすと、着物の裾をそっと開いた。
「……」
 月明かりだけだから、鈴音さんのアソコはよく見えなかったけど、
 でも、裾から覗く真っ白な太ももは、目に焼きついた。
 僕のペニスを、鈴音さんが包むように優しく手に取る。
 鈴音さんの手に触れられてるだけで、ピクピクと僕のペニスは暴れてしまう。
「ん……大人しくしてくださいませ……」
 クチュリ、と湿った音を立てて、僕の先端が、鈴音さんの秘部に触れる。
 そして……
「いきます、ね……」
 鈴音さんがゆっくりと腰を沈める。
「は、あぁ……」
 そして、何の抵抗もなく僕のペニスは鈴音さんの膣内の奥まで挿入った。
「う、ぁ……す、すずね、さん……」
 ジュブジュブ、と僕のペニスを鈴音さんのが包み込む。
 すごく温かくて、ヌルヌルで、柔らかくて、それでいて絡みつくように締め付けてくる。
「陽一さま……」
 月明かりだけの部屋の中で……鈴音さんの瞳が妖しく光る。
「気持ち、良いですか?」
 コクコクと頷くしかできなかった。
 それほど、どうかなってしまいそうなほど気持ち良い。
 鈴音さんがゆっくりと腰を動かし始めた。
「ん……ふふ……」
「あ……はあ……」
 グチュ、グチュ、と鈴音さんの動きに合わせるように、湿った、淫靡な音が響く。
 上下に動くだけじゃなくて、腰をぐいぐいと押し付けてきたり、扇情的に腰をくねらせたり、
「鈴音さん……ぼ、ぼく、もう……」
 限界だった。
 鈴音さんの柔らかく締め付けてくる膣の感触と巧みな動きに、僕の下半身はもう蕩けそうだった
「良いですよ……遠慮なさらずに……」
 と同時に、鈴音さんのが強く締め付けてくる。
 ジュプジュプと絡みつき擦り上げて、
「あ、あうぅっ、鈴音さん、鈴音さんっ!」
「あ……んぅ、陽一さま……よういちさま」
 鈴音さんが身体を前に倒す。
 全身を押し付けるように僕を抱きしめて、そして、激しく口付けを交わす。
「ん……は、ん……ちゅ……」
「ん……んぅ……」
 鈴音さんと僕の舌が絡み合う。
 鈴音さんの柔らかな良い匂いに包まれた瞬間、僕の頭は真っ白になって、そしてイッテしまった。
「ん……んんっ!!」
「ぁ……んっ!!」

 ビク、ビク、ビュクンッ、ビュクンッッ

 今まで感じたことのない快感に全身が震えてしまう。
 そして、僕の精が、鈴音さんの膣内を満たしていく。
「はあぁ……陽一さま……いっぱい……」
 鈴音さんが恍惚とした表情で、僕の唇を舐めまわしている。
 月に照らされたその顔は、何だか精気が満ち溢れて艶めいて見えた。
「ん……」
 鈴音さんは、僕に優しくキスをすると、ゆっくりと身体を離した。
 腰を浮かすと、思う存分射精したペニスが抜け落ちてしまう。
「あ……」
 もう少し、その……鈴音さんと繋がっていたかったかな……
「陽一さま」
 鈴音さんが微笑んでいる。
 鈴音さんを見てると、僕の考えてることなんか簡単に見透かされてる気がする……。
 鈴音さんはゆっくりと、僕の下半身に移動した。
「いま、綺麗にしますね……」
 ペニスを包むように手に取ると、再び舌を這わし始めた。
「は、あぁ……」
 ゾクゾクとした快感が伝わってくる。
 鈴音さんは先端を口に含み、残った精液を吸い取っていく。
 それからカリや竿を咥えたり舐めまわしたり、袋を優しく揉んでくれたり、
 二人の体液で汚れたペニスを、鈴音さんは丁寧に舐めてくれている。
「すずねさん……」
 さっきイッたばかりなのに、あっという間に硬くなっていた。
「……ふふ」
 鈴音さんが、その大きなおっぱいを見せつけるように寄せる。
 そして、
「こういうのは、いかがですか……?」
 その、二つの膨らみの間に、ペニスを挟みこんできた。
 ……ぱ……パイズリってやつ……?
「う、あぁ……」
「ん……ん……」
 鈴音さんのたわわな柔肉に挟みこまれ、埋没するペニス。
 柔らかく温かな乳房に優しくこねる様に包まれ、擦られて……
「……ん……ちゅ……」
 胸の谷間から覗く亀頭に、唇を這わせ、舌を絡めて……
「ん、くぅっ……鈴音さん……すずね、さん……」
 顔を向けると、鈴音さんが上目遣いに僕を優しく見つめている。
「ん、ん、ちゅ……んぅ……」
 ピチャピチャ、と唾液混じりに舐めまわされて、
 ニチャニチャ、と濡れたおっぱいに捏ね回されて、
「あ、あぁっ!!」
「ん、ん……」

 ビク、ビクッ、ビュクンッ!!

 二度目の絶頂。
 鈴音さんの顔に、胸に、大量にかけてしまう。
「あ、ん……」
 鈴音さんは、まだびくびく震えているペニスを口に含むと、
 ペロペロと残ったものすべて吸い取ってくれる。
「ん……ふふ……いっぱいです」
 顔や胸にかかった精液も、指で拭い舐めてしまう。
 それはひどく、淫靡な光景だった。
「す、鈴音さん……」
「あ……?」
 二度もイかされて全身がだるいのに、僕は身体を起こすと、鈴音さんを組み伏せるように押し倒していた。
 目の前に鈴音さんの綺麗な顔。
 でも位置はさっきと逆。僕が上で鈴音さんが下。
 今度は僕が鈴音さんを気持ち良くしてあげないと……。
「陽一さま……」
 ぎゅうっと鈴音さんが嬉しそうに僕の背中に手を回してくる。
「鈴音さん……」
 あうぅ……気ばかり焦ってしまって、何をどうすれば良いのか……
 思うように動かない自分がどんどん情けなく思えてくる。
「ここですよ、陽一さま」
 鈴音さんが身体をちょっと動かし、ちょうど良い位置にあてがってくれた。
「……」
 ううぅ……自分が情けない……
「いいのですよ、陽一さま。今夜は……私がいたします」
「んぅっ!?」
 鈴音さんから再びの口づけ。
 唇を割って、舌と舌を絡めてくる。
 同時に、そのむっちりとした太ももを腰に巻きつけてきて……


 結局、この夜、鈴音さんにいいように弄ばれ続けました……


 ………………………………
「あ、うぅ……」
 朝日が昇っている。
 どれくらい鈴音さんとシテたんだろう?
 夕飯食べて、お風呂入って……それから後はずっと、だよね……
 ひたすら、貪るようにシチャったなぁ……
 太陽が黄色く見えるって、本当だったんだなぁ……あはははは……
「……あれ?」
 鈴音さんがいない。
 たしかあのまま抱き合って、疲れ果ててそのまま……
 でも、鈴音さんはどこにもいなかった。
 ベッドもきちんとしている。
「……」
 嫌な予感がした。
 これは全部夢か幻で、鈴音さんていう女性はどこにもいないなんて……
「鈴音さんっ」
 かすれた声で精一杯呼んだ。
「鈴音さんっ」
 返事がない。人の気配がしない。
 飛び起きようとして力が入らず、転げ落ちてしまう。
 全身から力が抜けてて立ち上がれない。
 そのまま這いずって、行くんだけど……
「鈴音さん」
 虚しく響いた。
「……」
 ……なんだ……なんだよ……一夜限りの夢だったのかよ……
 そう、だよね……こんなの夢かお伽噺でしかあり得ないよね……
 目の前が真っ暗になるって、本当なんだな……
 仰向けになって天井を見つめる。

 と、ドアが開いた。

「……」
 鈴音さんだった。
「……」
「あら、お目覚めですか、陽一さま」
「……えっと」
 昨日の、普段着の和服姿で微笑んでいる。
「鈴音さん?」
「はい、おはようございます、陽一さま」
「……どこに……いってたの?」
「朝のゴミ出しに、です」

 全身の力が抜けました。

「あ、あはは、あははははは……」
 もう、笑うしかない。
 変なことを考えた自分が恥ずかしいやら情けないやら……
「陽一さま……?」
 鈴音さんが僕の傍らにちょこんと正座する。
「鈴音さん」
 鈴音さんの手を取って頬に当てる。
 柔らかくて、ちょっとひんやりした、鈴音さんの手。
 ああ、ちゃんといる、鈴音さんはちゃんとここにいるんだ……。
「……陽一さま」
「うん」
「私は、陽一さまに生涯お使えいたします、必ずです……」
「うん……ごめんね」
 疑ったりしてごめんなさい、
 そんな声にならない声が聞こえたのか、鈴音さんは優しく微笑んでくれた。


 鈴音さんお手製の朝食を頬張っている。
 ちなみに、どこに出しても恥ずかしくない、完璧なまでの日本の食卓。
 昨夜の今日で、すごくお腹空いてるものだから、かなりのペースで食べていく。
 そんな僕を鈴音さんは嬉しそうに見つめている。
「……そうだ」
 忘れないうちに。
「鈴音さん」
「はい?」
 カバンからある物を取り出した。
「これは……?」
「うん、通帳」
 当面の生活費とか全部がこの中に入っている。
「これは鈴音さんに預けます」
「……え?」
「鈴音さん、これから買い物をするときは必ずここから使ってね」
「……でも、私は」
「だめだよ」
 きっぱりと言った。
「鈴音さんのお金は鈴音さんの物。
 だから、僕のは必ずここから出して」
「……」
 まあ、昨日出会ったばかりの人にお金を預けるなんて、普通に考えれば正気の沙汰じゃないんだけど……。
 その……僕なりの信頼の証とでも言うか……
 今日以後、絶対に鈴音さんを信じる、という誓いというか……
 こんな素敵な女性に会わせてくれたネコに対する誓いでもある。
「……分かりました。
 大事に、大事に使わせていただきます」
 ぎゅっと、抱きしめるように、鈴音さんは受け取ってくれた。
「鈴音さん」
「はい」
「えっと……改めて、これからお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします」


 こうして、僕と鈴音さんの生活が始まったのでした。







inserted by FC2 system 猫の話01









 僕、長野陽一がその猫を拾ったのは十年前だった。
「……」
「……」
 冷たい雨が降りしきる肌寒い日。
 遊び場の公園の真ん中でうち捨てられたかのように横たわっていた。
 てっきり死体かと思ったのだが、生きていた。
 そして目が合ったのだ。
「……」
「……」
 どれくらい見つめ合ってたのか、たぶんそんなに時間は経ってなかったと思うのだけど、
 結局抱きかかえて家に連れ帰った。
 後に知ったのだが、野良猫を触ることなど普通はできないらしい。
 それがこうして小学生の身で抱きかかえることができたのは、
 多分抵抗する気力が無いほど、弱りきっていたのだろう。
 ちなみに、猫はかなり酷い怪我をしており、猫の血と泥で服が凄い事になってしまい、
 家に帰るなり大怪我でもしたのかと母さんに誤解されたのは今からすれば笑い話だったりする。


「可愛くない猫ねぇ」
 とりあえず事情が判明した後の母さんの第一声がそれだった。
「……」
 まあ、確かに言うとおり可愛くない。
 これが子猫だったらともかく、すでに成人(?)した野良猫である。
(後で獣医に見せたのだが、恐らく八才前後(人間でいう五十歳弱)ではないか、と言っていた。
 野良でこの歳まで生き残るなど奇跡に等しいとも)
 それに、長い野良生活のせいか、この猫はどこか荒んだ感じだった。
 どうしてこんな猫を連れて帰る気になったのか、と母さんに不思議がられた。
 僕自身今思えば不思議である。ひょっとすると、このころ、学校で飼育係だったからかもしれない。
 それはともかく、何だかんだ言いつつも、母さんはこの猫を近所の獣医に見せる手配をしてくれた。
 で、獣医にも診せ(獣医も呆れていた、何でこんな猫を? と)

「怪我が酷いし、だいぶ歳もとっている。治るかどうかは半々だぞ坊主」

 何て言われつつ、家に連れ帰り、自室で獣医の指示通りに看病した。
 ちょうど冬休みだったおかげで、三日間付きっ切りで看病することができた。
 三日後、起きたら猫の姿は無かった。
 やけに寒かったので目が覚めたら、部屋の窓が少し開いていたのだ。
「やっぱり野良猫だからかしらねぇ。
 でも窓を開けれるなんて随分頭の良い猫よね」
「……」
 落ち込んでいる僕を慰めつつ、母さんは呟いていた。
 が、その夜
「……ナァ」
「あ、お前っ」
 カリカリと部屋の窓を引っかく音が聞こえたので開けてみれば、猫がいた。


 それ以来、この猫は家に居着いた。
 と言っても懐くのは僕に対してだけで、それもお世辞にも愛想が良いとは言えなかった。
 一階の僕の部屋をねぐらとし、餌を出しても僕や家族が見ている前では決して食べなかった。
 ふらりと家を出て二、三日戻ってこないなんてことも珍しくなかった。
 まあ、それも最初の一、二年くらいで、それ以後は、僕の部屋の日当たりのいい窓際で寝そべることが大半となる。
 多分、歳のせいだろう。
 そして時折自分で窓を開けて、周辺を散歩して家に戻る。
 そのため、僕の部屋の窓は、鍵をかけなくなった。
 二、三年後には僕からの餌は目の前で食べてくれるようになったが、それでも愛想の無さは変わらなかった。
 甘えてくることなど決してなかった。
 そういうわけだから、名前を付けることもしなかった。
 ただ、『ネコ』と呼ぶことにした。
 そう告げたとき、『ネコ』はつまならそうに欠伸をしただけだった。
 肯定の意思と受け取った。


 そんな感じで、互いに深く干渉することもなく、共に過ごす事十年。
 特に思い出があるわけでもないが、それでも傍らにいるのが当然と思えてくる日々。


 そして、僕が大学進学を決め、一週間後には家を出て一人暮らしをするという、そんな日。
「あんた、ネコどうする?」
「ん……」
 夕飯を食べていると、母さんが言ってきた。
「あんたがいなくなったら、世話する人いなくなるし」
「うん……」
 僕にも懐いていると言うわけでもないが、それでも僕の世話は受け入れてくれる。
「下宿先に連れて行けないの?」
 妹のゆうが聞いてきた。
「聞いてみたけど、だめだって。それに、引越しに耐えれるとは……」
「そうよね……ネコはもう……」
 それ以上母さんは言わなかった。
 僕も妹も黙った。


 ネコはここ数年食事の量もめっきり減り、日課だった散歩もしなくなっていた。
 そろそろだ、と僕も家族も、分かっていた。
 考えてみれば瀕死の重症を負っていた初老の野良猫が、十年も生きたのである。
 大往生というべきだろう。
 それでも、キッチンにしんみりとした空気が漂ってしまう。


 僕は母さんとゆうにネコの世話をくれぐれも頼むと、部屋に戻った。
 ネコは、いつものお気に入りの窓際にいた。
 月が明るく照らすその窓際で、丸くなっている。
 僕は電気も点けずに、ネコの傍に座った。
「ねえ……」
「……」
 ネコからの反応は無い。
 でも十年来の付き合いだ。ごく僅かに耳を動かしたのが分かった。
 これは起きていると言う証しである。
「僕ね、大学に通う関係で、一週間後にこの家を出る。
 お前の面倒、見れなくなっちゃうけど……その、ごめん。
 母さんとゆうに世話を頼んだから、お前は嫌かも知れないけど、我慢してくれるかな?」
「……」
 返事なんかあるわけなくて、まあ、あったら怖いけど。
「夏になったらさ、戻ってくるからさ……だから、その……」
 それまで生きてて欲しい、その言葉が言えなかった、どうしても言えなかった。


 そしてその夜、夢を見た。


『……イチ……ヨウイチ……』
「ぅ……」
 耳元で、低いしわがれた声がした。
 ゆっくりと目をあけると、枕元にネコがいた。
 猫の口が動く。
『……ヨウイチ』
「……」
 なぜか僕は驚かなかった。
 脳みそがまだ眠ってたのか、異常事態についていけなかったのか。
「……ネコ?」
『……』
 ネコは僕の枕元で、行儀良く姿勢を正している。
 相変わらず愛想の無い顔ではあったけど。
「えっと……夢?」
『そう思いたければそれでも良い』
 猫の口が動く。やたら渋い声だった。
「……」
 身体を起こしかけた状態で、声も無く僕はネコを見つめた。
「ネコ……お前喋れたんだ」
『……そんな事、どうでも良い。とりあえず座れ』
「う、うん」
 中途半端な姿勢だった僕は、起き上がると布団の上に正座した。
 ネコと向かい合う。
「……」
『……』
 僕たちは何も言わずに見つめ合った。

『今生の別れを告げに参った』

 いきなり言われた。
「え……?」
 言葉の意味を理解するのに暫くかかった。
「ネコ……お前……」
『夏まで、此処には戻らぬといったな』
「うん……」
『……それまで、最早もたぬ』
 覚悟はしていた。
 それでも本人、いや本猫にはっきり言われるとショックだった。
『感謝する』
 ネコはそう言って、頭を下げた。
『……お主のお陰で、これほどの平穏な老後を送ることができた』
「……」
 何も言えなかった。
 そして……
『……大の男が何を泣く』
「……ごめん、でも……」
 仲良かったわけじゃない。互いに傍にいただけである。
 ただ、それだけだと言うのに、涙が溢れた。
『本来なら、十年前のあの日に無くした命、それを今日まで生き長らえたのだ……。
 喜びこそすれ、悲しむ奴があるか』
「うん、うん」
 ダメだった、止めようと思っても涙が止まらなかった。
『……』
 ネコの表情がほんの少し動いた。
 微笑んだように僕には思えた。
『良い男だな、主は……これなら、任せてもよいか……』
 ネコが何か言っていたが聞き取れなかった。
『お主に礼をしたい』
 この言葉ははっきり聞こえた。
「え? いいよ、そんな……」
『すでに準備はしたのだ。拒否権は無い』
「……」
 この家に居ついた頃からゴーイングマイウェイな猫だったが、
 最後までそれは変わらないらしい。
『礼は、必ずお主の元に送る』
「……分かったよ、ありがたく頂戴いたします」
 うむ、とネコは頷いた。
『では、な。さらばだ、ヨウイチ』
 ネコは立ち上がると、窓際へと飛び乗った。
「ちょ、ちょっと、ネコ!?」
 ネコは散歩のときいつもしてきた様に、器用に窓を開ける。
 振り返ることなく、ネコは言った。
『お主のいない家に留まろうとは思わぬ。どこかで静かに、死ぬとしよう』
「……」
 止めようとするのだが、身体が動かなかった。
 声を出す事もできなかった。

『我はここで十分幸せであったぞ。お主も幸せになれるよう祈る』

 その言葉を最後に、僕の視界は真っ黒に染まり、気を失ってしまったようだった。


 次の日の朝。
 目が覚めるなり跳ね起きた。
 ネコの姿を探す。お気に入りの窓際にその姿は無かった。
 そして、窓が少し、開いたままになっていた。
 溜息をついた。
「……さよなら、ネコ」


 ……………………………………
 一週間が経った。
 かなりブルーな気分になってたものの、
 引越しの準備やら大学のほうの手続きやらで多忙だったのがありがたかった。
「……」
 それに、ネコはお礼を言って去っていったんだ。
 いつまでも悲しんでいたら、かえってネコに失礼だろう。
「じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃい。しっかり勉強すんのよ」
「あーあ、あたしも一人暮らししたいよ」
「あと二年後まで我慢することね」
 母さんとゆうに見送られて家を出た。
 ちなみに、例の夢の件を話したら、妹は全然信じなかった。
 母さんは「まあ、そういうのもあるかもね」という反応だった。


 それはともかく、列車に揺られる事二時間弱。
 そこが、僕の下宿先になる。
 念願の一人暮らしということで、気分は高揚してしまう。
 荷物は昨日までに全部送ったから、着いたらまずダンボールを開けて、整理して……
「着いたっと」
 荷物搬入のさい、これから暮らすアパートを確認したのだが、
 そのアパートは結構綺麗で、部屋も思ったより広い。
 大家さんに挨拶し、早速部屋に向かう。


「お邪魔しまーす」
 微妙におかしい挨拶な気もするけど、まあ最初だし。
 で、ドアを開けたら、玄関に

「お帰りなさいませ」

 ……………………
「……………………」
 パタンとドアを閉めた。
 無言で部屋番号を確認する。
 うん、間違いなく、ここは僕が借りた部屋だ。
 幻覚でも見たんだろう、ともう一度ゆっくりドアを開ける。

「お帰りなさいませ、陽一さま」

 ご丁寧に三つ指までついてくださってました。
 ちゃんと僕の名前まで呼んで。
 これは何かのドッキリですか?

「あの……えっと……ここ、僕の部屋……?」
「はい、ここは陽一さまがお暮らしになるお部屋ですよ」
 目の前には和服姿の女性がいて
 その女性はとても綺麗な人で
 そんな人に微笑まれて、僕はパニックになっていた
「あの……えっと……君、は……?」
 腰まである長い髪をした和服の女性は、たおやかに微笑んで、言った。
「お祖父さまの遺言によりこちらに参りました。
 本日より、陽一さまに、生涯、お仕えさせて頂きます、『鈴音』と申します」













inserted by FC2 system