「何の音だ?」
 
「何か落ちたって音だね」
 
「とりあえず見に行ってみるか…」
 
 
 
 
 
物音のした部屋に行き、祐一は暫しその光景を見て唖然としていた。
ある程度は予想していたものの、しかし目の当たりにすると少し形容しがたい状況とも言える。
 
 
 

空から降ってきた正体不明『うぐぅ』がベッドからずり落ちて、ピクピクと怪しげな痙攣をしているということに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  Double Promise(ダブル プロミス
 
 
 

第三話
 
 
 
 
 
「えらく珍妙な者が置いてあるよな」
 
様子をみに来た面子の一番後ろから一体いつ復活したのか浩平がひょっこり顔を出し、どことなく訝しげに覗いている。
 
「お前、いつの間に復活したのだ?」
 
「男が細かい事を気にしちゃだめだぞ、相沢君」
 
浩平が人差し指を立て、左右に振る。
 

「まあ確かにそんな事はどうでもいいか…」
 
いまいち釈然としないまま祐一はとりあえず床に引っくり返っている『うぐぅ』を引き起こす。
 
「ぶっ」
 
どうやら顔面から落っこちたらしく、顔に真っ赤な跡が残っている。しかも床が板張りだった所為でその後がくっきりと顔に張り付いている。顔に板模様が映っているので何気に笑える。
 
「おーい、生きてっかー?」
 
吹きだしたものの何とか笑いを堪え、頬をペチペチと軽く叩く。
 
「う…うぐぅ」
 
叩かれて意識を取り戻したのか、うっすらと目をあける。
 
「おっ、目が覚めたようだな」
 
少女が目を覚ましたのが解ったのか、祐一は驚かすとまずいと思い、咄嗟に手を放す。
そう、抱きかかえている自分の手を。
 
「えっ?」
 
「あっ」
 
勿論支えるべき力の均衡を無くした少女の体は仰向けに倒れていき、
 
ゴンッ☆!!
 
「うぐぅ!?」
 
見事後頭部からダイブした。
 
 
 
 
 
 
 
しーん。
 
 
 
 
 

どことなく非常に気まずい沈黙が流れた後、従姉妹および女性一同が非難めいた目でこちらを見ている。
 
「あー、そのなんだ。とりあえず聞くけど、大丈夫か?」
 
気まずい雰囲気を取り払おうと、祐一はダメ元でピクリとも動かなくなった少女に尋ねてみる。
しかし少女からは返事はない。どうやら正体不明の『うぐぅ』少女はそのまま面白い名称だけ残し、屍と化したようだ。
 
「誰も屍になんかなってないよ!」
 
「何故、俺の考えている事がわかるんだ!?」
 
「祐一、またはっきりと喋っていたよ」
 
「難儀な癖だな、それ」
 
 
 
「まあ、俺の癖云々は置いといて。とりあえずもう一回聞くけど、大丈夫か?」
 
「何で『とりあえず』なのかは解らないけど、大丈夫じゃないよー」
 
半分涙目になりながらも訴える『うぐぅ』少女。
 
「そうか。起き上がらないからてっきり新しい快感に目覚めて、満喫していたのかと思ったぞ」
 
勝手にとんでもない自己解釈をしてしみじみと呟く浩平に、
 
「そんな事あるわけないよ!」
 
目一杯嫌そうな顔をして噛み付かんばかりに反論する。だがその反論に臆することなく浩平は不敵な笑みを浮かべ、教授するように応える。
 
「いや世の中というのは自分の尺度だけでは計り知れないものだ。中には今ので喜びに満ちる者だっているんだぞ」
 
「うぐ、本当?」
 
「いや、冗談だ」
 

真顔でさらりと答える浩平の後、再び気まずい沈黙が流れる。
 

「お前な、場を和ませるどころかさらに険悪にしてどーするんだよ」
 
祐一が半眼になって浩平を睨むが当の本人はどこ吹く風と視線をそらしている。
 
「うぐぅ。なんだかぞんざいな扱いを受けているような気がするよ」
 
「そう悲観しなくてもいいと思うぞ。多分そういう星の下に生まれたんだ。うん」
 
「うぐぅ〜」
 
祐一の慰めになってない言葉に半泣き、もとい泣きそうになる一歩手前の顔つきで少女は上目遣いに祐一をみる。
その泣きそうな視線で見られている祐一は、失言に気づき困ったように視線を一瞬宙に泳がせる。
泣かれるとひじょーに困る。
 
ちらりと横目で女性一同に助けを求めるが、
 
(あーあ、女の子を泣かせちゃダメだって言ったのに)
 
まさにそうも言わんばかりの従姉妹の冷たい視線と、先ほどの浩平の行動を窘めて、こちらの視線に気づかない瑞佳と、どこをどう見てもこの状況を楽しんでいるとしかいい様のない笑みを浮かべている秋子だった。
 
(秋子さん。絶対に楽しんでますね…)
 
祐一は温厚な笑みを浮かべている叔母に少なからず涙した。
 
 
 
「あー、嬢ちゃん。泣かないでな。頼むから」
 
「嬢ちゃんって、ボクは君とそれほど年は離れてないと思うんだけど」
 
「んじゃ、いくつだ?」
 
「17だよっ」
 
「何!? 俺と同い年かっ?」
 
「同い年って、何でそんなに驚くの?」
 
「いやてっきり俺は…」
 
祐一は少女の様子を見て次の言葉が出てこなかった。彼女はすでに泣きやんでおり、あまつさえ笑顔を浮かべている。笑ったらこんなに可愛いんだなと祐一が見違えるほど。
ただ目が笑っていない。もうこの上ないぐらい笑ってない。笑顔とおそろしくアンバランスなほどに笑っていない。
もし二の句が続いたら、この笑顔のまま撲殺されたに違いない。祐一は背中に冷たい汗を感じ取った。
 

「あゆだよ。月宮あゆ」
 
「へっ?」
 
唐突に自己紹介に間の抜けた声で返す祐一。
 
「なんかはっきり自己紹介しておかないと、変な俗称で呼ばれそうな気がしたんだよ」
 
するどい。祐一は僅かながら目の前の少女――あゆに少なからず心の中で賛辞を送った。
 
「相沢祐一だ。向こうにいるのが従姉妹の名雪と叔母の秋子さん。あとその隣にいるのがさっき知り合った長森瑞佳っつー人と、馬鹿やっているあの男が折原浩平だ」
 
「何気に酷い紹介の仕方だな」
 
「でも事実だと思うけどね」
 
「ぬう…」
 
さすがに自覚はしているらしく反論が出てこなく、そのまま押し黙る浩平。
 
「して、あゆ。お前どっから来たんだ?」
 
一応空から降って来た事は身をもって知っているが、どこからかは本人が気を失っていたため聞いていない。
 
「えっ。えと、ボクは…」
 
言われてあゆは首を捻り、
 
「…どこから来たんだっけ?」
 
殴ってやろうかと脳裏によぎった祐一だが、あゆのみるみるうちに不安になっていく顔を見て危うくその行動を引っ込めた。
 
「どうして? 何で思い出せないの…」
 
自問しながらあることに気づき呟くあゆ。
 
「祐一君。ボクね、どこから来たどころか、どこに住んでいたのかも思い出せないよ。あははは、おかしいよね」
 
「記憶喪失ってヤツか?」
 
無言で頷くあゆ。
 
あゆの不安げな表情を見れば嘘をついていないのは明らかだ。
先の笑いもその不安を取り除こうとする空元気というのも誰からみても解る。
 
ぽん。
 
「うぐっ?」
 
あゆの頭の上に祐一の手が覆い被さる。
 
「まあ、無理に思い出さなくてもいいぞ。大事な事だったらそのうち思い出すだろうからな」
 
子供をあやすかのように軽くあゆの頭をさする祐一。
 
「うぐ〜。ボク子供じゃないよ〜」
 
「ははははっ、大丈夫だ。十人中九人は子供と間違えられるから自信もっていいぞ」
 
「そんな自信持ちたくないよっ!」
 
頬を膨らませ拗ねたようにそっぽ向く。
 
何気にその動作は子供っぽさを強調しているなあ、と祐一はしみじみと思った。
 
「うぐぅ。子供扱いしているよ〜」
 
あゆは不満をこぼし、ジト目で祐一を見つめ不貞腐れている。
 
「なあ、また口に出していたのか?」
 
名雪たちに問うが首を横に振る。
 
「やっぱりそんなこと考えていたんだね」
 
「いや、そんなことはないぞ。なくした物はなかったのかなと思っていたんだ」
 
「なくしたもの?」
 
われながら苦しい言い訳だなと思いつつも続ける祐一。
 
「ああ。何せ空から降ってきたんだ。何かなくした物はないかと・・・」
 
祐一はそこまで言って、あゆが自分の言っていることが上の空ということに気づいた。
「なくしたもの、なくしたもの」とぶつぶつと半濁させるように呟いている。
 
「おーい、あゆ・・・」
「祐一君!!」
 
おそるおそる尋ねる祐一に、はじかれたようにあゆが振り向き、
 
「大変、大変だよ! 世界からなくなっちゃうよ!」
 
悲壮ともいえる表情を浮かべ、あゆが顔面を蒼白にし泣く。
 
「お、落ち着けあゆ。いったい何がなくなるっていうんだ?」
 
「世界・・・世界から・・・」
 
落ち着くように深呼吸を一息いれ、
 

「タイヤキがなくなっちゃうんだよ〜」
 
 
ゴキャッ☆!!
 
 
「ウグゥッ!?」
 
 
 
今度は脳裏によぎる前にど突き倒した。
 
 
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あとがき
 
祐一「まずはひたすら謝罪からだな」
 
浩平「まったくだな。2ヶ月近く何やっていたんだ?」
 
祐一「言うのが非常にばかばかしいほどアホやっていたし、血の海に沈んでおいてもらったぞ」
 
浩平「後ろにでかい生ごみがあると思ったらそれか」
 
祐一「次こそ早く更新できるだろうな?」
 
浩平「さあ?」
 
祐一「生き返ったら、もう一回粛清しておくか・・・」
 

 
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