「秋子さん」
 
「了承」
 
「だから、まだ何も言っていないんですが」
 
「了承」
 
「もういいです」(泣)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Double Promise(ダブル プロミス)
 

第二章
 
 
 
 
 
 
 
 ――と、いう訳で、着きましては水瀬邸。
 
家主である水瀬秋子。その娘、水瀬名雪。従兄弟で同居人である相沢祐一は、前触れもなく来た客人に対してごく普通の態度だった。
まあ、この家庭限定での話だと思うが。
 
「なにっ!? この人はお前の叔母にあたるってのか!?」
 
一通りに紹介を終えて、祐一が秋子の事を説明した後、浩平は誰もが同じような反応するように、驚きをおくびも隠そうとはしなかった。
 
「信じられん。無茶苦茶、若いぞ」
 
「あら、褒めてくださって嬉しいわ」
 
浩平の驚きを他所に、素直に喜んでいる秋子であった。
 
「それにしても、随分とまた変わった所からおいでになさったんですね」
 
そして瑞佳の説明に、さして驚くことなくやんわりと二人の紹介を流してしまった。
 
「お、驚かないんですね……」
 
さすがにこの態度は思っていなかったか、瑞佳が僅かに引き攣った声を出す。
 
「私はびっくりしたよ」
 
「お前じゃ、全然説得力ねーよ」
 
祐一の呆れたように言う通り、名雪の然程変わらないとろんとした表情では、説得力が少しどころか、かなり欠ける。
 
事実、祐一は極寒の地の中、この従姉妹は約束よりも2時間遅れているにもかかわらず、全く驚いたという感じを表さなかったのだ。(口では言っていたが)
 
「う〜、お母さん。祐一が酷いこと言っているよ〜」
 
「けれど、名雪じゃ仕方がないでしょ」
 
「そうかな〜」
 
娘に対してことさら酷い事を言う母親に、その事に気づかずに首を捻るボケ娘。
客観的に見たらどう見ても、異常としか見えない母娘と血の繋がりがある事を、ちょっぴり悲しく思う祐一だった。
実際ちょっりどころでなく、非常にというものだが。
世話になって半年間。決して長いとは言えなくないが、激しく世間ずれした会話と感性。これについていくにはどうにもつらい。
 

「何気に大変そうだな」
 
「解ってくれるか、この気持ち?」
 
浩平が心情を察してか、声をかけてくるのに祐一は、感涙きわまった表情で顔を上げる。
そして悟ったような顔をして祐一の肩に軽く手をのせる。
その様子に内心滂沱の涙を流す祐一。
しかし、浩平の言葉は盛大に祐一の心情を裏切ってくれた。
 
「いや、全然。自分がその状況に陥るのだけはごめんだが、端から見ている限り非常に面白いぞ。そうだな、どれくらい面白いかと言うと、もうなんっつーか、絵になるぐらいの傑作ってヤツだな。と言う事で遠慮なく笑わしてもらおう。わははははは」
「殴っていいか? いや、殴らせてくれ。というか殴る!!」
 
そこには同情でもしてくれるのかと思いきや、肩すかしをした挙句に谷底まで突き落とすよう言い方をして笑っている浩平に、ほんの少し拳に怒りと殺意をたぎらせ殴りかかろうとする祐一の姿があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「むう。頭が痛いぞ」
 
浩平が頭を擦りながら、不満の声をあげる。
 
「浩平が馬鹿な事を言うからだよ」
 
「なに!? 俺は思った事を素直に端的に述べただけだぞ。それがなぜにこんな理不尽な事を受けねばならんのだ」
 
「お前、先の言動で怒られない道理がないほうがおかしいぞ」
 
とりあえず数発殴ったが、まだ少し収まらないのか祐一は低い声で呆れる。
 
「相沢君。すぐ暴力に訴えるのは野蛮な人間だという事と君は知っているかい?」
 
「後先考えずに思った事を素直に述べると、自滅するって知っているか?」
 
「浩平の馬鹿! なに変なこと言って煽っているんだよー」
 
再び拳に力を込めて立ち上がる祐一に、瑞佳が慌てて浩平を諌める。
 
「長森さん。頼むからこの馬鹿を教育しておいてくれ」
 
「努力はしてるんだけど、全然実らないんだよ」
 
「大変だな」
 
心底同情した口調で呟く祐一。
 
「お前等、人の事を馬鹿馬鹿って言っているが俺がそんなに馬鹿だというのか?」
 
「馬鹿だね」
 
「もしくは阿呆だな」
 
「お馬鹿さんだね」
 
やり取りを眺めていただけの名雪まで賛同する始末。
間延びしている名雪にまで賛同されたのがショックなのか、なにやら半分イジけた調子で机にのの字なぞ書き出す浩平。
 
 
 

「あらあら」
 
秋子はそれを見て、いつもと変わらない微笑みを浮かべていた。
見ていて楽しんでませんか? と口では出さないものの、祐一の目はそれを如実に語っていた。
 
祐一その目に気づいてか、それまで傍観していた秋子が唐突に切り出す。
 
「ところで貴方達は『天界の扉』からこちらに来たと言う事は、貴方達は天界と縁のある者ですか?」
 
 
 
KANONでは殆ど天界の存在は神聖視されているといっても良い。布教している宗教の殆どでは、天界の存在は神と同格にしている所もある。
この村や一部の公爵領ではでは然程その意識は強くないが、王都辺りでは生まれたときから教えているほどだ。
無論そうでなくても2000年間の間、公式的には到達しなかった場所からの来訪者なのだ。その辺りの素性を気にならない方がおかしい。
 
本来、私的な立場なら気にしない性格の彼女だが、仮にも村を治めている領主として最低限聞いておかなければならなかった。
 
いつの間にか立ち直った浩平は秋子の問いの意図に察したのか、
 
「まさか。俺達は天界とかいう所の出身じゃありませんよ」
 
軽く肩を竦めて、先を続ける。
 
「正確な場所で言うならば、ONEから来たんですからね」
 

僅かな沈黙。
 

「なにぃぃぃっ!!」
 
「ええ〜〜〜〜!」
 
あくまでさらりと言ってのけた浩平に対して、この答えは予想もしていなかったのか、祐一と名雪はまともに顔色を変え、声を上げた。秋子だけはいつもと変わらなかったが。
 
「何でONEから来たっていう程度で、そんなに驚くんだ?」
 
浩平は二人のあからさまに豹変した態度に、訝しげに首を捻る。
実際祐一と名雪の驚き様は、『天界の扉』から来たといった以上の変貌だった。とくに名雪に至っては、見てはっきり解るぐらい驚いている。
 
「いや、悪い。伝承や学部で習った言い伝えとは全く違ったモンだったからな」
 
ややバツの悪そうに祐一が、お茶を飲みながら言葉を濁す。
 
「へえ、どういう風に伝えられていたんだ?」
 
しかし、浩平はその事に気にした様子はなく、むしろ好奇心がそそられたようだ。
少なくともこれほど驚いたのだ。教えられていた伝説というのとは、相当語弊があるのだろう。
 
だが祐一としては困っていた。
浩平が言っていることが事実だとしたら、今まで教えられていたONEの概念は、殆ど違うといってもいい。それほどの差異があった。
 

『追われし者』
 

それが祐一が習ったONEの者を表す最初の単語だった。
ONEという世界に住まう者達は、もとはKANONと同種であり、かつては共に暮らしたともいわれている。
だがONEの種族は神を敬わず、神を恐れず、そしてその神の座を奪おうとした。
その行為が天界に伝わり、神の代行者とも言える天界人の怒りに触れた。
そして戦争が勃発した。
ONE勢は生身では勝てぬと知り、異界の者――魔族との契約を果たし戦おうとした。しかし結果は散々たるもので、結局は敗退した。
しかもその契約の所為で姿は元には戻れぬ異形と化し、その異形ゆえどこの地でも追われ、今では自らが荒らした不毛の大地にて暮らしている。
 

祐一達が習ったONEの歴史、生態というのはそのようなものだった。
だからさすがに言葉に出していう事を祐一は躊躇った。が、
 
「『追われし者』か。えらい、言われ様だな……」
 
浩平はどちらかというと呆れたといった表情だった。
祐一は浩平の小声で言った呟きに驚く。
 
「何で俺の考えている事がわかるんだ?」
 
「お前、最初から懇切丁寧にこれでもかって言わんばかりに律儀に口に出して喋っていたぞ」
 
「マジか?」
 
隣で名雪がうんうんと頷いている。
 
「やっちまったか。いい加減にこの癖も直さなくちゃな」
 
祐一は気まずさと恥ずかしさから、乱暴に頭を掻いた。
一応自覚していてもこればっかりはどうしようもない。
直そうとして一向に直るものじゃないから癖と呼ぶかもしれないが、祐一にとってこの癖は厄介極まりないものである。
過去に幾度となくこの癖で自爆、自滅をしているからしっかりその辺りは身に染みている。
しかし、直らない。実に困ったモンである。
 
「怒らないのか?」
 
祐一がおそるおそる尋ねる。
無意識の失言だったとはいえ、自分達の事を貶したのだ。
だが言われた当の浩平は、相変わらず飄々とした態度だった。
 
「別に気にしちゃいねーよ。誤解や語弊が原因で、歪曲した歴史や伝説が作られたってのはそれほど珍しいものでもないだろ」
 
「そういうもんか?」
 
「そういうものだよ。実際、私達の国でもそういう間違いあったんだから」
 
「なにっ、そうだったのか!?」
 
「……浩平。知っていて言ってるよね。私を困らせるために」
 
「勿論だ」
 
何故か意味もなく、ふんぞり返って答える浩平。
その姿は威張ってるというより、むしろ馬鹿に見えるという事は敢えて言わないでおこう。
隣で瑞佳が何度目かの溜め息をつく。
 
「そういや、折原達は何でこっちの世界に来たんだ?まさか観光ってわけじゃないだろ」
 
「いや、観光だ」
 
さらりと祐一に質問に肯定する。
 
「マジか!?」
 
「ばーか。冗談に決まってんだろ。真顔で受けるなよ」
 
ケケケッ、と意地の悪い笑い方をする浩平。
祐一は無言で立ち上がり、
 

ゴイン☆!!
 

「おうっ…」
 
折原浩平沈黙。
何があったかは言う必要もあるまい。
 
「さて、この馬鹿に話を振ると捻れるどころか、明後日の方向へ行って二度と返ってこないかも知れん事が解ったんで。長森さん、聞いてもいいかな?」
 
「うん、そのほうがいいと思うよ」
 
沈黙している浩平を放置してそのまま話を進めようとする二人。
当然、浩平を起こそうとする者はいない。祐一、瑞佳は無論のこと名雪、秋子も放っている。
薄情と言う事無かれ。
この男を起こしておくと、話が脱線するのはありえるどころか必然なので。
 
「それじゃ、私と浩平がKANONに来た理由は……」
 
瑞佳が話を切り出そうとした瞬間、二階から突然何か落ちる音が居間に響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 

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あとがき
無雅「第二話終了ー」
 
祐一「中途半端なところで区切ったなー」
 
無雅「言うな。俺だってそう思っているんだからな」
 
祐一「なら、続き書けよ」
 
無雅「わーってるよ。今、必死になって練っているんだから」
 
祐一「相変わらず無計画、無能、無謀さが滲み出てるな…」
 
無雅「一つ増えてる…」
 
祐一「いいだろ、事実だし」
 
 
 
 
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