仮面戦記KANON
第八話 雪は止み空は晴れ
ゲシュペンストは雪という物を別に嫌ってはいない。が、吹雪となれば話は別。
一見ゲシュペンストが身に着けているこのマント、生地は厚そうに見えるが実は全然そんな事は無い。
マントの下に着ている戦闘服もそこまで保温性に優れているわけではない。
よって、現在ゲシュペンストは寒さに打ち震えている始末。
(帰りてえ……)
吹雪の所為で視界がすこぶる悪い。
ひょっとしたら彼女のマスカレイドはこの吹雪で標的を凍死させるものなのだろうか。
それはそれで結構洒落になっていないな、などと考えながら栞の姿を見失わないように必死に目線を喰らい付かせる。
十メートル程度しか離れていないはずなのに栞の姿が、ただの人影としか認識できない。
そんな最悪の視界の中で何かが強く発光したのをゲシュペンストは見逃さなかった。
(来るか……)
ベキベキ、と恐ろしい音を発しながら栞の周囲に氷で精製された拳一つ分程の大きさの礫が出現する。
氷の礫を纏う少女。第三者から見れば幻想的な光景なのかもしれない。
ヒュッ、と鋭い音を立てて礫は三本の軌跡をはしらせながら、ゲシュペンストのもとまで突き進んでくる。一つ目の軌跡はなだらかな放物線を描きながら、二、三本目の軌跡は弧を描きつつ左右から迫ってくる。
逃げ場道は背後の壁をぶち破れば確保できるでだろうが、悲しいかな、ゲシュペンストはそんな武装持ち合わせていない。
礫が派手に床に突き刺さる。その衝撃で雪が舞い上がり、白いベールが発生した。
一瞬前まで、彼がいた場所の床は見るも無残に粉々に砕け散っていた。
人間が喰らえばひとたまりも無いであろう威力。
白いベールが晴れるとそこには先程と変わらないゲシュペンストの姿があった。
「これはきついな。あんなの喰らったらひとたまりもないぞ……」
と、口ではそう言いつつも余り危機感は感じなかった。
果たして何時からだろう自分が闘いというものを無感動に見据えるようになったのは。
だが、自覚している分だけ昔よりかは幾分マシな様に思える。
彼の希望を無視するかのように、栞の周囲に今度は棒状の物体が三本ほど出現した。
その片方の先端は、恐ろしい程に尖っていて一本でも刺されば重症は間違えない。
「マジかよ……」
これは間違いなく命のやり取りなのだと今更ながらに自覚した。
どうやら真剣にやらなければ死ぬのはこっちらしい。
「自動で迎撃して、さらに自動で攻撃するってか。厄介だな……なら――」
(ならどうするんだ? 殺すとでも言うつもりか?)
声には出さずにに呟き、ゲシュペンストは溜め息を漏らした。
殺すなどという物騒な事を考えながらも、何の感情も沸いてこない自分に呆れてくる。
(止めよう……)
そこで一旦思考を止め、栞へと視線を向ける。
ゲシュペンストと栞の目線が交錯した瞬間、三本の氷の矢は動き出した。
「来な」
彼の声に反応した訳ではないだろうが、矢はなだらかに空を引き裂きつつ、標的へと突き進んでいく。彼は全力で走りながら、上体を低く沈み込ませ間一髪でそれをかわした。
そしてそのままの体勢で栞に向かって複数の球体を投げつける。
しかし球体は栞に当たる事は叶わず、突如出現した氷の礫によって木っ端微塵に粉砕されてしまった。
と、白い煙が発生し白乳色のカーテンがゲシュペンストと栞の視界を遮断した。
(――来る!)
言うなればただの直感では有ったが、それは確かなものだった。
彼は弾かれたように上体を限界まで傾ける。
急激に体を反らせたため脇腹に引き攣る様な痛みを感じ、その半秒後には物凄いスピードで流星群が通過して行った。
「仕方がない。やるか」
目元を引き締め頭のスイッチを戦闘用の物へと切り替える。
意識がどんどん冷たく鋭く洗練されていく。
(彼女の意識は恐らく無い。なら肉体の機能を停止させるのみ。殺さずにあくまで停止させるのみ)
ゲシュペンストが能力を発動させようとしたが、それは途中で阻まれた。
彼の視線の先は栞の体を走る紅い軌跡に向けられていた。
そして、紅い奇跡は何か文字の様な形を形成した。
ぱっ、と紅い刻印が光り――唐突に吹雪が止み、栞は糸の切れた人形のように雪の絨毯の上に倒れ伏した。
「……不意打ちとは卑怯だぞ」
「助けてやったのに酷い言い草だ」
声は彼の真後ろから響いてきた。
ゲシュペンストは首だけ、後ろに傾け、栞を気絶させたであろう人物を視認する。
ゲシュペンストと大して変わらない様な服装、白いマントと体を覆い隠したマスキーレンがそこにいた。
「しかしなあ……」
「なんだよ」
訝しげにゲシュペンストは、冗談の様に突如倒れ伏した栞に視線を這わせた。
驚くべき事に栞の顔にはもうマスカレイドは張り付いていなかった。
「本当に後遺症とか残らないんだろうな」
「大丈夫って言ってんだろ、全くお前は――」
「客だ」
ポストボーテの言葉を遮ってゲシュペンストは体育館のドアの方へと目を向ける。
時間にすれば三秒も経たない間に、重量感溢れる体育館のドアが開かれた。
# # #
「栞!」
体育館の扉を押し開けた直後に視界に入ってきた人影こそが祐一の探していた人物であった。
床の上にうっすらと積もった雪が、踏み出す度に靴の中へと入り込んでくる。
その床の上に突っ伏すように、栞は倒れていた。
どうやら外傷はないようだ。
「おい、栞!」
抱き起こして軽くゆすってみると彼女はゆっくりとに目を開いた。
意識が朦朧としている所為なのだろうか、焦点がはっきりと定まっていない。
栞は揺らめく双眸をのろのろと祐一に向ける。
「祐……一さんですか」
「おう、祐一だぞ」
「私……」
「――な!」
祐一の目に何かが写り、彼は驚愕の悲鳴を上げた。
栞の体に紅い色をした線が、白い紙をインクで塗りつぶすかの様に走って行く。
それは瞬時にして何かの形を形成した。見る人が見れば文字に見えなくも無いだろう。
次の瞬間には、栞の体に刻まれた紅い文字の様な物が、ぱっ、と光った。
そして栞の双眸が再び閉じられた。
「え、お、おい、栞!」
「心配すんな、少し眠ってもらっただけだ」
返答の声がした方へと祐一は視線を向ける視線。
「お前がやったのかよ」
「ああ、さっきの事を思い出されるとマスカレイドが発動するかもしれないからな。そうなれば、あんたも確実にとばっちりを喰らってたしな。だからそう怒るな」
栞を、そっと床の上へと横たえ祐一が怒気を纏って立ち上がる。
「それが本当だとしても俺はお前を許せそうにない」
「許せなかったらどうする?」
ポストボーテが投げかけてきた挑戦的な台詞には祐一の頭に血を昇らせるのに十分な威力を持っていた。
あのいけ好かない戦闘人形との闘いで負ったダメージは決して軽視できるものではない。
事実、立っているだけでも辛い。四発分の体力を失った当然の結果ともいえる。
この挑発には乗るべきではないと理性が訴えてくるが、祐一の感情がそれを許さない。
「でも、丁度いいお前マスカレイドがどれ程のものか見せてもらうか」
「上等!」
ポストボーテに向かって祐一は激情のままに右腕を突き出す。
残りは後一発分。仕留めきれるかどうかは解らないが構うものか。
そして、祐一のマナクリスタルが強烈な輝きを帯びる。
同時に、全身から力が抜けていき、それに比例するように祐一の右手に光がの粒子が集う。
これが正真正銘の最後の一発。これで決められなければもう祐一には攻撃する手段が無い。
ポストボーテのマナクリスタルにも輝きが灯る。祐一のそれよりも圧倒的に強く。
彼の右人差し指に光が灯り、それを中空に走らせ、文字を刻んだ。
「行け、レイ!」
祐一の絶叫と共に、最後のシャイニングレイがポストボーテに向かって放たれた。
「消えろ! M!」
虚空に刻まれた文字が破壊エネルギーの本流へと飲み込まれた。
気が遠くなる程の遥か昔、神話の中で人間が授かった魔道の文字、ルーンの回路が起動式を立ち上げ――破壊エネルギーが霧散した。
もう祐一には自由意志(≠使うだけの体力は残っていない。
死ぬ気で行けば後一発ぐらいなら何とか成るかもしれないが、今の二の舞になることは目に見えている。
「ゲシュペンスト、あいつのマスカレイドは……」
「ああ」
ポストボーテは明らかに動揺していた。では、一体何を見て?
一つ言える事は彼はどうやら自分の何かを見て動揺したらしい。
そんな事を考えている間にも段々と平行感覚が侵されてきた。頭蓋骨がボーリングの玉とすりかわってしまったのではないかと思うぐらい頭が重い。
髣髴とした意識の中で、やけに自分の呼吸音が大きく聞こえるのを自覚し、ポストボーテが虚空に再び文字を書いているのを祐一は見た。
「眠れ。Q(」
文字が祐一の体に投影されたかのように映し出された。
どうやらそれが決定打となったらしい。祐一の意識は奈落の底へと落ちていった。
# # #
『やはり栞ちゃんは……』
「はい運命操作を受けていたようです」
『出来れば杞憂で終わって欲しかったのですが』
「次に相沢の事なんですけど。間違いないですよ秋子さん、多分相沢のマスカレイドがムスペルヘイムの求めているものなんだと思います」
『でも祐一さんは殺されかけました』
「ええその通りです。そこが疑問なんです。自分達が必要としている奴を何故殺そうとするのかが」
『恐らく何か裏があるのでしょう』
「秋子さんここからは俺の推測なんですけど、奴等は相沢を殺す気は無かったんじゃないでしょうか」
『……というと?』
「奴等が必要なのは相沢のマスカレイド。でも、今の相沢の能力では奴等が求めるのには及ばない。だから強力なマスキーレンをぶつけ相沢に進化を促す。現に相沢は今回の戦闘で二つの進化を見せました」
『二つの進化ですか?』
「一つ目は変換エネルギーの調整。二つ目は変換したエネルギーの質の変化。相沢は破壊エネルギーは物体に当たれば大爆発を起こします。それは例えどんな形を形成しようとしても同じはずなんです」
『形は変わっても本質自体は変わる筈が無いと』
「その通りです。それなのに、ええと、何でしたっけ……あ、そうそうU(、ファングです。あれは戦闘人形に触れても大爆発を起こさずに、あろうことか切断したんです」
『それがエネルギーの質の変化……』
「このまま自由意志(が進化を続ければ、相沢が奴等no
必要としているマスキーレンになる日も遠くはないと思います」
『難しいですね……』
「相沢を闘わせないっていうのは多分駄目でしょうね。あいつは借りた借りはきっちり返すタイプですからね」
『フフ、でしょうね。これからどうするつもりですか?』
「とりあえず今まで通り情報収集を重点的にやってくつもりです」
『解りました。近い内に皆さんを集めて今後の方針を話し合うと思いますのでその時は来てくださいね』
「秋子さん、俺は…………いえ、なんでもありません。何かあったらまて連絡します」
『くれぐれも無茶をしないで下さいね。北川さん』
「はい大丈夫です。それではおやすみなさい」
ピ。
携帯のディスプレイに表示された通話時間が目に止まるがどうでもよかった。
言えなかった。どうしても最後の一言が喉から出てこなかった。
「俺が……相沢を殺す……」
ちくり、と胸が痛んだがそれをあえて無視する。
時が来たらそうしなければならない。
出来るのか? そんな事が?
良い意味でも、悪い意味でも自分は昔とは変わってしまった。
あるいはそう思い込んでいるだけなのかもしれない。
どちらにせよ、選ばなければならない日は遠くはない。
あとがき
ポ「どうも今回初登場のポストボーテだ!」
メ「今回で暴風雪編は終わりです」
ポ「次回からは何編が始まるんだ?」
メ「うーん……まだ迷ってます。追悼の調&メか刻印の呪縛&メだと思います」
ポ「はたまた別の物になるのやら……」
メ「否定できない自分がつらい、ぐすん」
ポ「ネガティブになってないで次のお知らせに行けー!」
メ「仮面戦記KANONにつきましての、要望、批判、質問、感想、マスカレイドのアイデアなどがありましたら!」
ポ「
こちらまでどしどしメールを送っちゃって下さい。作者が泣いて喜びます」