仮面戦記KANON 第五話「暴風雪 雪振る前に」

                 



「あまり余計な真似をしないで貰いたいんだがな」
「いいじゃないか別に。ただの忠告なんだからさ」

場所は学校の屋上。
ドアに寄りかかり腕組みをしたたままのたいせいで、酷く不機嫌そうに言ってくるユプシロン。
彼の隣で片膝を抱えこんだ体勢のエプシロンは陽気に答えた。
現在は二人ともマスカレイドを発動させていない。

「忠告?それが余計と云うんだ。リヴァイアサンと重力を操るマスキーレンだけでも強敵なのに相沢祐一まで来てみろ、僕達の指令の成
効率は極端に低くなる」
「大丈夫。アレの使用許可は下りてるからね。今回は成功するさ」
「お前は―」
「まあ、いいじゃないか。もう過ぎた事だし」

ユプシロンの言葉をやんわりと、しかし有無を言わせず口調でエプシロンは抑制した。
会話を打ち切り立ち上がるエプシロンを見てユプシロンは嫌な予感を覚えられずに入られなかった。
何故なら彼は意地悪げに笑っているからだ。
エプシロンがこういう笑い方をするときは、大抵ろくな事が無い。
仲間内ではトラブルメーカーと言われることもしばしば有った。

「今度は何をする気だ」
「あ、やっぱり分かる?」

予感的中。
当たって欲しくない事に限って当たるものだな、と冷静に心の中で落胆する。
ユプシロンは膨らむ不安感を抑えつつとりあえず質問してみる。

「で、何を考えているんだ」
「美坂栞に会って見ようと思って」

彼の言葉を聞いた一瞬後、ユプシロンは体を百八十度回転させ、座ったままのトラブルメーカーの頭に左の拳を打ち下ろしていた。
エプシロンは素早く体を前方に投げ出し一回転して直ぐに立ち上がり、本気で当てる気であったであろう鉄拳を回避する。

「危ないなあ、当たったらどうするんだよ」
「当てる…改め、壊すつもりだったんだけどな」

さらりと物騒な事を言ってのける。

「ただの情報集なんだけどな」

ユプシロンが一度空を見上げエプシロンに視線を戻しつつ忠告をした。

「駄目だ。兎に角これ以上余計なことをするなよ…って居ない」

屋上には自分ひとりしか居なかった。
周りを見回してみてもエプシロンの姿は無い。

…………。

沸々と心の奥底から怒りの感情が湧き上がって来る。
同時に、いつもの事かと、言う諦めにも近い感覚を覚える。

「これ以上の問題は御免だぞ」

ユプシロンは獲物を探す動物の如く眼をぎらつかせながら屋上を後にした。

                        #       #        #      

時刻は昼休みも後半分になろうかと云う時間帯。
廊下を歩きながら美坂栞がいるクラスを探す。
実を言うとエプシロンは情報収集にさほど興味は無かった。
ただ、単純に美坂栞に会ってみたいと云う完全な興味本位であった。
情報収集と云うのはただの口実でしかない。
尤もユプシロンは納得していない様だったが。

―居確か一年のC組みだったけ
教室の入り口付近で適当に話をしていた赤いカチューシャをしたショートカットの女子生徒がエプシロンの目に留まった。

―月宮あゆ…か、確か美坂栞と同じクラスBr>
「ねぇ月宮さん、美坂栞って子居るかな?」
「え?」

―あ!しまった!
向こうは酷く動揺した様子だった。
だが、同時にエプシロンも酷く動揺した。
何故なら月宮あゆとは別に知り合いでもなんでもなかったからだ。
相沢祐一の資料を手渡された際に、月宮あゆの資料が一緒に渡されたため偶々目を通しただけの事に過ぎなかった。
つまり向こうは自分の事を知らない訳だから当然怪しまれる。

「うぐぅ、何でボクの名前知ってるの」

落ち着け、落ち着け、と胸中で繰り返しながら必死に怪しまれないための言い訳を考える。

「えーっとさ…君って結構有名だから」
「そうなの?」
「そう言う事。それで美坂栞って子いるかな」

これ以上この会話を続けると危険なので強引に会話を変える事にした。

「うん、いるけど」
「呼んで来て貰えるかな?」
「うん、いいよ」

―危なかった…今度から気をつけよう。

暫くしてストールを羽織った小柄な少女が教室から出てきた。

「どうも、初めまして」
「え、あ、初めまして」

唐突にエプシロンが挨拶をすると、栞も慌てながらも挨拶を返す。

「時間あるかな。ちょっと話したいことがあるんだけど……いいかな?」
「いいですよ」
「ありがとう。じゃあ付いて来て」
そう言うとエプシロンは踵を返して歩き出した。
栞も慌てて歩き出す。

暫く学校中を歩き回っていたが、流石に不審に思ったのか栞が質問してきた。

「あの、何処に行くんですか?」
「目的地は無いよ。人が居ない場所なら何処でもいいんだ。でも、まぁここが目的地に成ったかな?」
「え?」
「周りを見てごらん」

振り向いて言う彼の顔にはいつもの微笑が張り付いていた。
促されるままに栞が回りを見回すと、そこは何時も見ている学校の廊下だった。
栞は疑問を覚えた。
何故なら廊下には何時も居る筈の学生の姿が無かった。
授業が始まったのかと思い時計を見てみるが、時刻はまだ昼休みの半ばごろの時刻だった。

「此処は結界の内部。外部とは遮断された」
「結界?何を言ってるんですか」
「長くなるから説明は却下。美坂栞、君は抹殺対象に指定された」
「何を言ってるんですか?」
「抹殺理由は君がマスカレイドの運命操作を受けているから」
「言ってる意味が分かりません」

栞の口調に苛立ちが含まれる。
相変わらずエプシロンは笑ったままだった。
だが目は笑っていなかった。

「君が俺の言っていることを理解できないのは大した問題じゃない」

その言葉が合図となった。
エプシロンの額からマナクリスタルが浮かび上がり顔前に白い線が走る。
その白い線が何本も彼の目の前に刻まれていく。
やがてそれは仮面の形をかたどり顔に張り付き白い線が実体化する。
エプシロンの顔がマスカレイドで覆われると共に黒髪が鮮やかな銀髪に変化する。
栞は目の前の光景に絶句していた。

「さてと、俺がやらなければならない事は君の抹殺」

マナクリスタルが光を帯び能力を発動させる。
彼の右腕に電気の帯が―パチッ!パチッ!、という音を立てて蛇のように絡みつく。

「痛みは無い。一瞬で黒焦げになるからね」

右腕を上げ人差し指を栞目掛けて突き出す。
指先では今にも放たれんばかりの勢いで電気が荒れ狂っていた。


―と、

唐突にエプシロンの右腕に纏わり付いていたの電気の帯が消失した。

「君は奇跡を信じるかい?」
「え?」

突然投げかけられた言葉に栞は困惑した。
エプシロンの顔から仮面は消えていた。

「君は奇跡を信じるかい」
「……信じます」
「何故?自分が奇跡を体験したから?」

―そうだと言うなら愚かすぎる

しかし、栞の口から出た言葉はエプシロンの予想とは違っていた。

「実際に奇跡を起こしてくれた人達が居たからです」
「奇跡を起こす……か。それが例え作られた奇跡だとしても君はそう言えるかな。……いや、君なら言うだろうね」

エプシロンはクスリ、と笑った。
顔には優しい笑みが浮かんでいる。

「まあ、今殺した方が効率的なんだけどね。気が変わった。君を殺すのは放課後にする」
「え?」
「他人を巻き込みたくないのならなるべく一人でいること。残りの時間を有意義に過ごすといい」

そう言うとエプシロンは踵を返し歩き出した。
栞が慌てて静止の言葉をかけた。

「待ってください!」
「何?」

振り返らずにエプシロンが答えた。

「名前を教えてください」
「名前?」

上半身だけひねり少女を見る。
真剣な眼差しからして決して冗談などではないことが伺えた。

「エプシロン」

短く言い放つと今度こそこの場から立ち去ろうとした。
しかし、またもや彼は足を止める事になる。

「本名を教えてください」

振り返らずに考える。
果たしてこの少女に自分の本名を教えていいものか、と。
いくら殺す相手だからって本名を教えるの拙い。
だからと言ってこの少女に自分の本名を教えたとしても、他人に喋ることは考えにくい。
ゆっくりと振り返る。
栞と視線がぶつかった。

―まぁ、いいか

「斉藤…真希夜」

                        #       #        #      

時刻は6時間目が終わり後はHRが終われば即下校という時刻。
祐一は一人で物思いに耽っていた。
鬼気迫る彼の雰囲気に教室の中にいる誰もが近づけずにいた。


あいつの言ったとおり俺じゃあの二人に勝つことはできない。


祐一が悩んでいたことはあの二人を相手にしてどうやって勝つかだった。
しかし、一人で悩んでいてもいい解決策など思い浮かばなかい。
そこで祐一は自分の後ろの席で眠っている北川に相談することにした。
椅子に反対向きに座り、北川の体を左右に揺らす。

「起きろ起きろ。北川」
「う〜ん。なんだよせっかく寝てたのに」

暫く揺すっていると流石に耐えかねて北川が目を覚ました。

「いや、悪い悪い」

口ではそう言っているものの悪びれている様子微塵も無い。

「お前を起こした理由は一つ。相談に乗れ」
「……何で態度がでかい上に命令形なんだよ」
「大事な話だから乗ってくれ」
「ハァー、分かった乗ってやる。で、何を相談したいんだ」

渋々ながらも了承してくれた北川に祐一は心の中で感謝した。

「絶対勝てない相手と闘う派目になった時お前ならどうする?」
「はぁ?」
「だーかーらー、勝てない相手と闘うことになって、しかも逃げることもできない状況なった時お前ならどうする?」
「そうだなー。闘わなくていい様にする」
「そういう答えは却下だ」
「何とかして勝つ」
「却下」
「がんばって逃げる」
「だから逃げたらいけないんだ」

北川の返答を次々と切り捨てていく祐一。

「うーん」
「なんか他に」
「じゃあさ、まともに闘わないってのはどうだ」
「どういう意味だ?」
「例えばだな、お前と美坂がチェスで勝負することになったとする」
「おう」
「どうあがいてもお前に勝ち目は無い」
「……悔しいけど否定できん」
「そんでもって逃げたら謎ジャムを食べると云う罰則付き。当然お前は逃げない」
「……そりゃ逃げられん」

あの謎ジャムの味は想像を絶するものがある。
エプシロンとユプシロンに謎ジャムを食わせれば勝てるかも…。
などと考えてる祐一をよそに北川は話を進めていく。

「この時点でお前がさっき言った状況と同じだよな」
「ああ」
「絶対に勝てない、しかも逃げられない。ここで、俺が言ったまともに闘わないって言うのでこの状況を突破できる可能性が出てくる」
「どうするんだ」
「簡単な事だチェス盤を引っ繰り返してやればいい。」
「それって反則じゃないのか?」
「かもな。でも、お前の場合ルールなんて無いんだろ?用は相手の力を無効化できればいいんだよ」
「無効化…」

北川の言った単語を祐一がオウム返しに呟く。

「そう、無効化だ。どんなに強大な力を持とうが無効化すれば関係ない。手段は何だっていいんだ」
「何かお前言ってることがすげーな」

自分が思いつかなかった解決策を考え出した北川に祐一は感嘆した。

「まあ、俺が言ったのはチェスをしている状況での解決策だからな。それに一つ気をつけて置かなきゃならない事がある」
「何だ?」
「それは相手に自分の行動を悟られない事だ。ほんの少しでも予測されていたら成功率は極端に低くなる。相手の力を無効化するために
は自分が考えた行動を成功させ無いといけない。つまり相手が絶対に予想しないような手で、しかも絶対に防がれないような事をしなけ
りゃならない。多分一回失敗すると向こうも警戒するからな」
「……お前やっぱすげーよ。よっしゃ!そうと解れば!」
「あー、待て待て」

今にも教室から出て行こうとする祐一に向かって北川が制する。

「最後に一つ。もし相手の力を無効化出来なかった時の為にアドバイスをしとこうと思ってな」
「どうするんだ」
「自分の能力で出来る事を考えろ。そうすりゃ、多分勝てるから」

能力≠ニ、言う単語にどきり、とする。
北川の言う能力≠ニ云うのが仮面マスカレイド≠フことを指しているような気がしたからだ。
が、祐一に損事を気にしている時間は無かった。

「まあ、兎に角サンキュー」

そう言うや否や教室から一目散に駆け出していった。

「全く、騒がしい奴め…」

呆れたような口調で、と言うか完全に呆れた口調で祐一が出て行ったドアの方に視線を移す。
そしてふっ、と笑う。
その笑みは普段の北川の笑い方とは微妙に違っていた。

「まさか相沢が介入して来る事はな」


「しかし相沢よ、あの二人を相手に栞ちゃんを守り抜くのは少しばかり無謀すぎるんじゃないか」


「さて、俺も動くかな」


鏡の詐欺師シュピーゲルベトルーク=v

次の瞬間、北川は忽然とその場から姿を消した。




あとがき
栞「何か予告と全然違いますね」

メ「思ったより進まなかったんです」

栞「予告したところがことごとく跳んでます」

メ「また無計画が大爆発してしまいました」

栞「それに北川さんが謎の人物になってます」

メ「ですなー」

栞「しみじみと言わないで下さい。それより次回は大丈夫なんですか」

メ「ぐぅー。次回こそはっ!」




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