仮面戦記KANON 第四話「暴風雪 雪の運命」

                 



相沢祐一の抹殺を失敗してから一日。
ユプシロンとエプシロンの二人はすぐさま本部に呼ばれ、結果の報告を命じられていた。

「しかし、君たちが指令の失敗をするとはね」

扉を開けて部屋に入るなりかけられた言葉がそれだった。
思えば、この人はいつも扉を開けた瞬間に何か言っていた様な気がする、などと場違いなことをエプシロンは考えていた。
一瞬だけユプシロンの表情が少し、本当に少しだけ忌々しそうに歪む。

「その件に関しては否定はしません」

長身痩躯の切れ目の男―ユプシロンは真っ直ぐに声の主に視線を向け鋭く言い放つ。
そこには、スーツに身を包み椅子に腰掛けている若い男がいた。ユプシロンの半ば睨み付けられるような視線を浴びても、その男は動ることも無く、ニコニコと柔和な笑みを浮かべている。

「いや、失礼。気を悪くしたなら謝ろう。別に、僕は今回の失敗を責めているわけではない。それで、腕は大丈夫かい?」
「直りました。それで何で僕たちはここに呼ばれたんですか、オメガさん」

現在は黒髪の少年―エプシロンが先日切り落とされたはずの腕をぐるぐると回しながら心底不思議そうに尋ねる。
オメガと呼ばれた男はやはり微笑を貼り付けたまま、よどみなく答えた。

「先日、指令を遂行してもらったばかりで悪いが、君たちにはすぐさま次の指令に取り掛かってもらいたい」
「「は?」」
二人の声が見事に重なった。
この社長は自分の下で働いているエージェントたちのことをいつでも気遣ってくれる。三日前に指令を遂行したばかりの二人に指令を下すということは、よほど切羽詰った状況ということしかありえない。エプシロンはそう考えた。無論ユプシロンのも同じ考えだったはずだ。二人はオメガに絶対の信頼を寄せているのだ。

「いたって簡単なものだよ……」
そこでいったん言葉を区切り二人を見上げる。その眼差しには鋭い光が込められていた。
いつの間にか、顔から笑みは消えていた。

「指令内容はターゲットの抹殺」

ユプシロンとエプシロンはオメガの言葉を噛み締めるようにして頷く。
オメガの顔に再び笑みが戻る。だがすぐに笑みは消え、静かに目を伏せた。

「ありがとう。……しかし、二つほど問題がある」
「問題ですか……」

ユプシロンが口ごもるように聞き返す。

「その問題というのはターゲット自身にある」

エプシロンはその問題とやらには興味が無かった。問題があるならその問題ごと捻じ伏せてしまえばいい。とエプシロンは思っていた。逆にユプシロンは問題に興味があった。問題というのは後になればなるほど厄介なものになる。ならばその問題を排除できるのなら早め
に排除してしまったほうがいい、というのがユプシロンの持論だった。

「そのターゲットは、実は相沢祐一と知り合いらしい」
「「―っ!!」」

オメガの言葉を聞いた瞬間二人の顔が引きつる。どうやら、先日の失敗を思い出しているようだった。
二人の表情に笑みが浮かぶ。エプシロンは目を細め、本当に可笑しそうに頬を緩めた。
同様にユプシロンも笑っていた。だが、エプシロンの笑みとは違い、見たものの背筋に悪寒が走るような冷たい笑みを浮かべていた。

「それはたいした問題じゃないでしょう」

軽い口調でエプシロンが笑ったまま反論する。

「問題だよ。彼は手強いからね、完全に流れ百八十度かえてしまう。それ故に君たちは敗北してしまった」
「一度は流れを変えました」
「しかし、敗北した。つまり流れは変わっていなかったということになる」
「なら、今度は流れを変えられないほどの圧倒的な流れを作り出すまでです」
「それができれば君たちは負けることは無い。…おっと、話がそれてしまったね。とにかく十分に注意してほしい。それと、二つ目の問題は《ニブルヘイム》のマスキーレンが絡んでくるだろうね。恐らく、リヴァイアサン達も来るだろうね」

言い終えると、椅子の横に置いてあった、少し小さめのアタッシュケースを机の上に置いた。
オメガがトランクケースのを開けると、中には黒い箱と黒い装飾銃が入っていた。
黒い箱こそが三日前、祐一抹殺の際に使われた結界発生装置ハーメット≠ナある。
ハーメット≠ェ発動すると新たなる空間が形成され、起動者を中心にその空間が同心円状に広がっていく。この結界内は完全に外部と遮断されているため、一度結界の中に入ってしまうとハーメット≠止めるか、ハーメット≠起動させた者が意識を失わない限り結界の外に出ることが出来ないのである。
結界の規模は最大で半径三キロメートルで、結界の最大維持時間は一時間と決まっている。
つまり、一時間以上経てば強制的に結界が解除されるため、一時間以内でターゲットを仕留めなければならないという事になる。

「この黒い装飾銃は?」

ユプシロンが指差した銃は普段彼が持ち歩いているブリューナク≠ノ瓜二つだった。

「後期型のブリューナク≠ウ。威力は落ちたけど反動が完全になくなったためリスクを負わずに連射することができる優れもの。さて、これが今回のターゲットになる」

机の上に置いてあった封筒から一枚の写真を取り出し、二人に手渡した。
写真を見た二人の表情が少しだけ強張った。

「オメガさん、この子は…」
「ターゲットの名前は美坂栞。医者からは次の誕生日まで生きられないと言われていたらしいが、今ではすっかり健康体となっている」
「でもそれだけなら俺たちが調査に行く必要はないんじゃないですか」
「その通りだ。確かにそれだけなら奇跡と言う一言で片付けられる。しかし奇妙な点があった」
「奇妙な点……ですか」

ユプシロンがオウム返しに聞き返す。相変わらずエプシロンは無関心だった。

「彼女の体内にいた病気のウイルスが凍っていたらしいんだ。他にも、一時的に体温が異常に低下したりと奇妙な点が幾つもある。恐らく彼女はマスカレイドの運命操作を受けている事が予想される」
「今回はかなり障害が多いですね。……オメガさんアレを使用したいんですが」
「……許可しよう」

オメガは少しだけ考え込むような仕草を見せた。
ユプシロンがアタッシュケースを受け取りは二人は軽く一礼しその場を後にした。

                        #       #        #      

現在、相沢祐一は全力疾走の真っ最中。
案の定、いつものように名雪がなかなか起きてくれなかったため遅刻寸前だった。

「くそぅ!なんで毎朝毎朝全力疾走しなけりゃならねぇんだ!」
「それは私が起きないからだよ〜」
「さらりと言うな!」

大声を撒き散らしながら全力疾走できるのだから意外と体力はあるのかもしれない。
とか言ってる間に校門を突破。
そして下駄箱。素早く上履きに履き替え階段を駆け上がり教室のドアを開ける。
先生はまだ教室に来ていないようだった。

「セーフ」
「相変わらず。楽しそうだな」

祐一の親友兼悪友の北川が呆れた口調で息を切らせながらも、その場でガッツポーズをする祐一に視線を向けた。
それを聞いた祐一は息を切らせながらも心外と言わんばかりの表情に変わる。

「好きでやってるんじゃないぞ。そんなに楽しそうに見えるんならお前やってみろ」
「遠慮しとく。体力は付くだろうけど俺は余裕を持って登校したいからな」

そんなやり取りをしつつも体力という単語に祐一はあることを思い浮かべた。

―フライハイトゼーレ(自由意志)℃gうには体力がいるよな。

「なんだよ、フライハイトゼーレ≠チて」
「―!」

ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
また声に出しちまった、と理解するが後悔先に立たず。
かなり拙い事を北川に完全に聞かれてしまっていた。

「いや、フライハイトゼーレっていうのはだな、つまり、その―」

何とか言い訳を考えようとするがいかんせん根が単純なので中々考え付かない。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り担任である石橋が教室に入ってきた。

「席に着けー」

危機一髪だった。心の中で石橋に感謝しつつ、この癖を何とか直そう、と心に誓う祐一であった。



教師が黒板に何かを書いてるが知ったことではなかった。
祐一は授業に集中する変わりに昨日のことを考えていた。

―俺が異世界の兵器マスカレイドの運命操作を受けてたから、変な奴に狙われた。そんでもって、銀髪野郎に首を掴まれたけど、いきなり銀髪野郎の腕が切り落とされて…って、うぇ思い出しちまった。
今考えて見れば、腕が切り落とされる光景はかなりグロテスクだった。
首を掴まれていた体勢の時、祐一は自分の首を掴んでいる腕を凝視していたためエプシロンの腕が切られる瞬間をばっちり見てしまっていた。ついでに言えば拘束が解かれ、重力に従ってそのまま体が落ちていったため腕の切断面も見てしまっていた。
これでもかと言う位はっきりと思い出してしまった。
祐一は今日で二回目の後悔をした。
これ以上あの光景を思い出したくないので祐一は無理やりに思考を切り替えた。

―秋子さんは朝食の時何も聞いてこなかったな。

祐一にとっては滅茶苦茶にありがたいことだった。
夜遅くに帰宅した言い訳を何とか考えようとしたが、祐一の頭では結局何も思いつかなかったのだ。

―でも、それはそれで罪悪感があるんだよなぁ
ハァー、と溜め息をつき沈んだ気分をなんとかしようと窓の外を見た。
がたん、と音を立てて祐一がいきなり立ち上がった。

「ど、どうした」
「先生!気分が悪いので保健室行って来ます!」
「お、おう」

有無を言わさぬ祐一の物言いに教師はつい許可してしまった。
祐一は急ぎ足、と言うよりもはや全力疾走といって差し支えない速さで教室から出て行った。
一気に第二校舎へと繋がる廊下を走りぬけ階段を駆け上がる。
目的地は第二校舎の屋上。
気分が悪いというのは授業を抜け出すための方便でしかなかった。
尤も、だれも信じてはいないだろうが。
立ち入り禁止と書かれているドアを容赦なく蹴破り、祐一は屋上へと飛び出した。
さっき教室で窓の外に視線を移したとき祐一は確かに見た。
黒いコートに身を包みフェンス越しにこちらを見ていたエプシロンの姿を。

「何処に行きやがった」
「ここにいるよ」
「!」
心臓が大きく跳ね上がるのは本日二回目だった。
振り返ると、祐一が蹴破って入ってきたドアの前にいつの間にかエプシロンが立っていた。
エプシロンが軽く手を上げる。まるで、日常の挨拶でもするかのように。

「何しに来た」
「そう殺気立たないでよ。別に今日は君を殺しにきたわけじゃないから」
「じゃあ何しに来たんだよ」

湧き上がる怒気を隠そうともせず祐一は唸るように問い詰めた。

「忠告をしに来た。俺たちは今から指令を遂行しないといけないから邪魔をしない方がいいよ。まあ、内容を聞けば必ず君は邪魔しようとするだろうけど。内容……聞きたい?」
「言って見ろよ」

挑発するような口調で言って来るエプシロンに祐一はさらに怒気を纏う。
祐一の額からマナクリスタルが浮かび上がり顔前に白い線が走る。
その白い線が何本も祐一の目の前に刻まれていく。やがてそれは仮面の形をかたどり祐一の顔に張り付く。白い線が実体化し祐一の顔がマスカレイドで覆われた。

「教えてあげるから落ち着いてよ〜く聞いてね。今回の僕達の指令内容はある少女の調査あるいは抹殺。もちろん君が知っている人。
だから、きっと君は邪魔するだろうね」「誰なんだよ。その俺の知り合いとやらは」
「その少女は次の誕生日まで生きられないと言われたそうだよ。でも、病気は治った。周囲の人は奇跡と言うけれども、実際は違う。彼女の体内の病原菌が凍ったらしいんだ。だから彼女はマスカレイドの運命操作を受けていると判断した。ターゲットの名前は美坂栞」
「栞だって…そんなこと、そんなことさせるかよ!」

倒すべき敵に向けて破壊エネルギーの塊を放つために右手を突き出す。

「シャイニング―」

エプシロンの姿が祐一の視界から消えるのとほぼ同時に世界が一瞬ぶれたような錯覚を起こした。
続けて、腹から背中に抜けるような、強烈な衝撃を感じた。
祐一の足が地面から離れ体が宙に投げ出される。
浮遊感は一瞬だった。また一瞬後には右頬に衝撃が走り体を派手に回転させながら思いっきり地面に叩き付けられる…ことはなかった。何故なら、下からの衝撃によって再び宙に投げ出されたからだ。
そして今度こそ祐一は地面に叩き付けられた。

「―っぐ!」

頭を左右に振り意識を覚醒させる。激痛を押して祐一は立ち上がる。
祐一が吹っ飛ばされる前に立っていた場所地面にひびが入っていた。
その二メートル先の辺り、ちょうど三回目の衝撃で打ち上げられた場所も同様にひび入っていて、その中心部には足を上げたままの姿勢で静止しているエプシロンの姿があった。

「グランツルーフ(輝きの叫び)≠ヘただ発電するだけのマスカレイドじゃないんだよ」
「手前の能力なんかに興味はねえよ!」

吐き捨てるように言うと祐一は再びエプシロン目掛けて右手を突き出した。

「君じゃあ俺達には勝てない。確かに君は異常だ。でもそれだけさ。どんなに君が異常だろうが俺達とはマスカレイを使っていた時間が違いすぎる。繰り返そう、君は俺達には勝てない。それと勘違いしないように。俺は今君と戦うつもりはないから。さっき言ったでしょう。忠告しに来ただけだって。兎に角、邪魔だけはしないでよ、君まで相手にするのは面倒だからね」

エプシロンがコートの下から丸い水晶玉のようなものを取り出す。
水晶玉に幾重もの線が入る。
続いてエプシロンの輪郭がぼやけ始める。

「待てよ!」「また会おう。じゃあね」
「栞を殺すっていうのなら俺がお前を殺してやる!」

クスリ、という笑い声を祐一は聞いた。

「ああ、やってみればいい」
「絶対に……殺させたりするもんかよ」

輪郭が完全に崩れマスキーレンがその場から姿を消した。
祐一の戦いが決意と共に幕を開けた。
 



あとがき
ユ「どうもユプシロンです。ところで何だあのサブタイトルは」

メ「前回の後書では「暴風雪」と書いちゃったわけですが、さすがにこれだけじゃ寂しいものがあるなぁ〜、とか思ったから」

ユ「それでこの「暴風雪」編は後何話ぐらいで終わるんだ?」

メ「もちろん未定です」

ユ「……おい」

メ「多分長くても五話位で終わると思います」

ユ「無計画、無鉄砲、無意味、無駄」

メ「ぐ、そこまで言わなくても。それに無意味と無駄って訳わからんぞ」

ユ「気を取り直して次回予告」

メ「美坂栞の抹殺計画を阻止するべく覚悟を決めた祐一。一方のハーメットを起動させたユプシロンとエプシロンは美坂栞を抹殺するべくして動き出す」

ユ「二人の前に一人立ちはだかる祐一。しかし、再び祐一の窮地を救ったマスキーレンが姿を現した。三対二有利かと思われた状況でユプシロンとエプシロンの新兵器が祐一たちに牙を剥く」

メ「次回、「暴風雪 降魔再び」でお会いしましょう」

ユ「次は無計画大爆発にならないように」

メ「善処します」
  



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