オレンジ色が全てを支配している―――そんな風に見えなくもない今は夕刻。


ある者は家路に帰るべく脇目も振らずに歩いていく。
ある者は夕食の食材を求め店から店へと渡っていく。
ある者は仲間たちと喋りながら寄り道に寄っていく。


この街に住むものなら誰もが利用するこの場所は商店街。
そんな商店街の一角にその店はあった。


度々SSの題材として登場し、
多くの者が笑いただ一人の者が泣いてきたその場所の名は『百花屋』。





そしてこのSSもその例に漏れず、祐一君の鬼門としてこの場所は存在している――――――とは一概には言えないわけで。














    野郎どもの井戸端会議
       熱闘!! 体育祭編・おんゆあま〜くA










「祐一っ!! 放課後だよっ!!」
「ん……、もうそんな時間か……?」

もはや恒例の行事となっている名雪の言葉に祐一は机に突っ伏したままだった頭を上げた。
どうやら完全に6時間目は熟睡していたらしい。自分の席が一番端とはいえ最前列であるにも関わらず、だ。
そんなある意味この男らしい行為に半ば呆れながら名雪の隣にいた香里が祐一に言った。

「相沢君。そんな調子だと先生に目、付けられるわよ」
「そうだよ〜。わたしだって頑張って授業中起きてるのに」
「そうよ。名雪だって北川君だって起きてるのに……。寝てるのは相沢君ぐらいのもんよ」
「何!? 北川はともかく名雪が授業中起きてるだと!? 嘘だと言ってくれ、香里!!」
「……相沢君、信じられないでしょうけどこれは事実よ」
「なんてこった……」

重々しい口調の香里に何故かガックリと項垂れて祐一が言う。その姿には敗北感が漂っている。
その様子を見ていた名雪が不満そうに言った。

「う〜、もしかして2人とも酷い事言ってる?」
「「そんな事ないぞ(わよ)」」

ここで炸裂するは祐一と香里の合体攻撃。それでもまだ納得がいっていないのか名雪はブツブツと何か言っている。
イチゴサンデーという単語が聞こえてきたような気もしたが祐一は強引に気のせいにした。
そんな祐一に話し掛けるはこのクラスにいるもう一人の『相沢ガールズ』。

「祐一君は今日もバイト?」
「あぁ、そうだ……って、なんだ、あゆいたのか」
「いたのか、じゃないよ!! ボク、名雪さんの隣にはじめっからいたもん!!」
「ん〜、なんかまだあゆがうちのクラスにいるのって違和感あるんだよな……」
「うぐぅ…。祐一君、ボクの事嫌い?」

唐突に始まった祐一とあゆのいつものやり取りに香里は苦笑した。
何か事あるごとにこうやって祐一は彼女たちをからかう。
しかし、これが祐一の彼女たちに対する愛情表現に他ならない事は周知の事だった。
もっとも祐一本人がそれを聞けば否定するのだろうけど。

隣では未だ祐一とあゆの口論―――と言っても一方的に祐一があゆをやり込めているのだが―――が続いている。
その様子を見て、香里はあゆに助け舟を出す事にした。

「相沢君。バイト、時間いいの?」
「おっと、いけね。……あゆ、命拾いしたな」
「うぐぅ…。祐一君のいぢわる……」

時計を見るなり慌てて帰り支度をはじめる祐一。
手を動かしながらもあゆへの口撃は忘れていない。今回はあゆが涙目になった所で試合終了。
帰り支度を済ませ……といっても教科書類は入っておらずスカスカのカバンを持ち、教室から出ようとしたところで祐一は振り返って言った。

「で、今日も来るのか?」

その祐一の問いにさっきまで涙目だったあゆが表情を一変、笑顔になると嬉しそうに言った。

「今日は秋子さんが早く帰ってくるから、みんなでお茶会するんだよっ!!」
「そうなのか?」

ここで祐一はあゆでも名雪でもなく香里に聞く。
名雪はまだトリップ中で話し掛けられないし、あゆはイマイチ信憑性が薄い。
当然の人選といえよう。

「ええ、あたしや栞も招待されてるわ」
「舞さんと佐祐理さんも大学が終わったら来るって言ってたよ」
「真琴は美汐ちゃん、連れてくるって」

聞いてもいないのに答えるのはあゆといつの間にか復活した名雪。
そんな3人の返答を聞くと祐一はフム、と手をアゴに当て考えるそぶりを見せて言った。

「てことは……いつもの面子は今日は来ないのか」
「そうゆうことになるわね」
「そりゃよかっ……いや、なんでもない。なんでもないぞ……それじゃあな!!」

不意に本音を漏らしそうになり、ギロリと3方から睨まれる。
全部言い終わる前に気付く事が出来たのは弱者故の警戒心からか。
慌てたようにカバンを持っていない手を大きく振ると3者の追求が来る前に逃げ出した。
もう、それは脱兎の如く。
残された3人はその様子を見て溜飲を少し下げたが、しっかりと祐一奢りリストに追加した。



余談だが、校門を出たところで一人の男性がものすごく大きなガッツポーズを決めていたとかなんだか。











「おっはようございまぁ〜〜っす♪」

今日は客にあゆたちが来ないと知っただけでこの喜びよう。音符が全てを物語っている。
危うく商店街をスキップで通ろうと思ってしまったほどだ。

「ん……、来たか」

と、ハイテンションな祐一にもいつも通りのローなスタンスで接するは『百花屋』のマスター。
その名も遠山健輔(とおやまけんすけ)と言う。
既に学生服からウェイターに変わっている祐一の方を見ようともせずにマスターはコップを拭きながら静かに言った。

「今日は忙しくなるぞ」
「ハイッ!! …ってマスター、今日俺だけすか?」

祐一の問いにマスターは肩をすくめる。
この格好が様になっているのは、マスターが北川曰く『英国紳士』だかららしいが。
しかし、それはちょっと違うんじゃないかというのは祐一を含めたみんなの意見だ。
実際、マスターは身長も高い。バスケをやっている斉藤と同じ180の後半ぐらいだ。
そこに全身から渋いオーラが滲み出ている。はっきり言ってかなりのダンディだ。
そんな事を祐一は考えていると、マスターが話してきた。

「さっきまで外村がいたんだがな。用があるだのなんだの言って帰っちまったよ」
「またですか?」
「あぁ。どうせお前が来るだろうから後は任せる……だとさ」
「まったく……。麻奈美さんにも困ったもんだ」

溜息まじりの祐一を尻目にマスターはまたコップ拭きを再開した。どうやらこの話題はこれで終わりらしい。
そしてこれは同時に祐一にさっさと働け、と言っているのだと祐一はわかっていた。
このバイトを始めてからまだ2ヶ月ぐらいしか経ってないが、マスターの無言のプレッシャーは既に理解していた。
なんだかんだいって祐一は要領がいいのだ。

またひとつ溜息をつくと、祐一は接客を開始した。


そろそろ学校帰りの学生たちが大勢やって来る時間だ。
今日も忙しくなる。気を引き締めていかないと。





時刻は過ぎて、夕日が辺りを包んだ頃。

ひとまず客足のピークは過ぎ、ようやく一段落がつけるようになった。

「ふぅ…」

予想していた事とはいえ、目の回るような忙しさに大分しんどくなってきていた祐一はこれ幸いとカウンターに腰掛けた。
するとすぐに冷たい水が祐一の下に置かれた。
ビックリして顔を上げるとそこにはいつものように食器を洗っているマスターの姿があった。

「すみません」
「客が来たらすぐに戻れよ」
「はい」

そう言って、祐一は水を飲んだ。冷たい水はそれだけで疲れを癒していくように感じた。
コップの水を一気に半分のみ、一息ついた祐一にマスターはいきなり話し掛けた。

「今日は、来ないのか?」
「え?」
「流石に毎日は来ないか」
「あ……、あぁ、そうですね。流石に毎日来られると俺がきついっす」
「そうだな」

不意にマスターから話し掛けられて驚く祐一だったが、その話題があゆたちだと知って納得した。
彼女たちこそ百花屋の最大最強の常連だからだ。
はっきり言って彼女たちが来るのと来ないのとでは売上が全然違ってくる。
それに彼女たちが来ると何かトラブルが起きる確率が格段に上がってくる。
マスターが気にするのも当然だった。

「だから、今日は俺がんばりますよ」
「そうか」

再度、あゆたちが来ないという事実が祐一をやる気にさせる。
あゆたちが来てしまうと祐一はバイトどころでは無くなってしまう。
その分のバイト代はしっかり引かれているのが祐一にとって頭の痛いところだった。
以前、バイト代を上げてもらおうと抗議しに行ったがマスターに無言で却下された祐一にとって今日という日は稼ぎ時だった。
一人やる気に燃えている祐一、それを見もせずに黙々と食器を洗うマスター。
その時である。


チリンチリン


「いらっしゃいま………」

客の来店を告げる鐘の音が響き、やる気に満ち溢れた祐一が入り口の方に振り返りながら言葉を紡ぎ――――硬直した。
そのまま口をパクパクさせている祐一を見て、微かに眉を曇らせながらマスターも入り口の方に目をやった。
そこには祐一に絶望を告げる4人の男女の姿があった。

「あーっ!! あっちの席空いてるわよ!!」
「あっ、ホントだ。窓側もーらいっ♪」
「がんばっとるかね? 勤労少年」
「はぁ……」

店に入るや否や勝手に空いてる席を見つけそこに移動する田中涼子と穂村恵那。しっかりと窓際の席をキープしている。
馴れ馴れしく祐一に話し掛ける男は北川潤。ちなみに祐一は北川の言葉を無視した。
最後に入ってきて溜息をついているのは久瀬翔。ま、これは毎度の事。

この4人は勝手に席につくと、一人頭を抱えている久瀬を残してメニューを見ながら騒ぎ出した。
その様子をどこか遠い場所のように感じながら、祐一は平穏な時間は音も立てずに崩れ去ったのだと悟った。




それからしばらくして。
店の中にもかかわらず大声をあげていたバカ男を黙らせ、今の頭痛の原因になっているテーブルから注文を取り、いつの間にか増えてきた客の対応に忙殺されているうちに日が落ちようとしていた。
客というものは来る時に一度に来るもので、一度客足が途絶えてしまうとしばらくは来ないものである。
そして、帰る時はまとまって帰る。
さっきまでかなりの客が居たのだが、ここ30分のうちに半数以上の客が帰っていった。
この時間にもなるともうピークは来ないだろうな、とレジに向かって悪戦苦闘していた祐一は思った。


ふと、北川たちの方を見ると会話が弾んでいるらしく、来る時は仏頂面だった久瀬も時折笑顔を見せている。
真面目に労働に勤しんでいる者にとって、楽しそうに話しているカップルの光景など殺意を覚える要因にしかならない。
それは祐一にとっても例外ではないらしく、知らず知らずのうちに握りこぶしを作っていた。

「おい」
「あ、ハイ」

不意に後ろから話し掛けられて慌てて振り向く。祐一に声をかけたマスターはいつものように食器を洗いながら言った。

「もう客もこないだろうし、上がっていいぞ」
「え……、でも」
「何か用事があるんだろ?」

と、マスターはアゴでほとんど客がいなくなった今も尚、騒がしいテーブルを指した。
祐一は悪友たちの姿をぼんやりと眺めながら言った。

「たぶんそうなんでしょうけど」
「じゃ、決まりだな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」

慌てたように祐一は言うが、マスターの方はこの会話はこれで終わりとまた食器洗いに没頭していった。
こうなってしまうともう何も出来ないのは祐一もこれまでの経験でよくわかっていた。
はぁ、と一つ溜息をつくと祐一はマスターに言った。

「それじゃ、今日はこれで上がりますね」
「…………」

無言でそれに答えるマスター。祐一はまた溜息をつくと制服に着替えに奥に下がっていった。
これで今日のバイトはおしまい。
どうせ、マスターが俺の時給をケチりたいだけなんだろうなぁ……、とか祐一は思っていたが正にその通りであった。
遠山健輔という男。実は意外とケチだったりする。




制服に着替えた祐一が再び店に戻ってきた時、誰も居ないカウンターの席に一つコーヒーが置いてあるのを見つけた。
ちなみにまだ温かい。たぶん淹れたてだろう。

「これ、どうしたんです?」

と、今何もする仕事が無いのだろうのんびりと外の景色を眺めていたマスターに祐一は問う。
マスターは祐一の方をゆっくりと振り返ると無言で北川たちのテーブルを指差した。
どうやらこれは祐一の分らしい。

「あ、ありがとうございます」

礼を言いながらコーヒーを持とうとする祐一をマスターは無言で見つめた。
その目線の意図に気付いた祐一は乾いた笑いを浮かべながら無言で財布から130円出すとカウンターに置いた。
130円は百花屋レートでコーヒー一杯の値段だ。
ちなみにここには店員割引など存在しない。

「毎度」

130円がカウンターに置かれたのを見て、マスターは初めて声を発した。
そんなマスターに祐一は苦笑すると北川たちの席に向かった。






北川たちの用事とは相沢祐一に輝翼祭運営委員参加を要請する事だった。
いきなりそんな事を言われて相沢祐一が戸惑う――――なんて事はなくあっさりと参加を承諾する。
とはいえ、今日のこの場で相沢祐一がメンバーに入り5人となった輝翼祭運営委員会が開かれる事は無かった。
時間も時間だし、今日は解散する事になったのだ。
そしてその帰り道。
用事があると言って先に帰った田中涼子と穂村恵那を除く、男連中3人は他愛も無い話をしながら帰路についていた。
そんな時、北川が祐一と久瀬に向かって言った。

「じゃ、これから俺んちで作戦会議な」
「おいおい…、作戦会議って何のだよ?」

いきなり突拍子もない事を言う北川に呆れたように祐一が言った。
それに対して北川は久瀬と祐一の後ろに立ち、2人の肩を押すようにしながら言った。

「それは来てからのお楽しみって事で」

そんな北川に押されるようにして2人は北川邸へと足を進めていった。




   つづくっ!!




〜〜あとがき〜〜

  結構間があいてしまい申し訳なく思っております。
  続きもんなんだからせめて週一ペースぐらいにはしたいんですけどね……
  
  というわけで祐一君バイトをするの巻。でした。
  ちなみに百花屋には祐一君の他に2人、バイトがいることになってます。
  その2人、登場するんでしょうかねぇ……(おいおい)
  
  ま、その2人も含めてまだまだオリキャラ出てきます。
  この話に限ってあまり方向性は決めてません。
  これからどんどん暴走していくんだろうなぁ…、とか思いながら書いてます。

  では、次は北川君ちに行った時彼らは何を見たのか!? なんてお話。
  次回もよろしくお願いします。

                                          はせがー
   inserted by FC2 system