体育祭――――――――――


    それは学生にとって文化祭と並ぶ学校行事の華である。




    

    この物語は、
  

    そんな体育祭に命を賭けた少年、少女の物語である――――――















  
  


    …………ゴメン、嘘。 





    野郎だけの井戸端会議
        熱闘!! 体育祭編・おんゆあま〜く@










「オイ! そこの店員さん!! 早く注文取りに来いって!!」

商店街が見渡せるようにガラス張りになっている壁際の4人掛けテーブルに座った一人の男が大きな声をあげた。
この店の名は百花屋。この街の住人で知らないものはいないという名店だ。
そんな名の知れた喫茶店が夕方にもなると放課後になり自由となった学生たちがたくさんやってこない筈がない。
実際、店内はいつものように満員御礼である。にもかかわらずの大きな声が先ほどから響いている。
他の客にしてみれば迷惑以外の何者でもないが、この男はそんなこと気にせずに席から立ち上がり手まで振っている始末だ。
そんな様子に対し対面に座った男はやれやれと嘆息し、その隣の女はまるでこれから始まるコントを期待するような瞳で―――比喩でも何でもなく本当に期待しているのだが―――ウェイターの男に好奇の視線を向けた。
そしてこの周囲の目も気にせず立って手を振っている男―――北川潤の隣に座っている女はいつものように微笑んで言った。

「相沢君。いつもながらエライよねー」
「ん? どうしてよ、恵那?」

と、北川の声を無視するようにして厨房へと入っていったウェイターの男を面白そうに眺めていた女―――田中涼子はいつものように間延びした声をあげた親友の穂村恵那に向かって問いかけた。
ちなみにこの穂村恵那嬢。何の因果か北川潤の彼女さんである。


ショートカットの勝気そうな田中涼子に対し、ロングヘアでのほほんとした穂村恵那。
結構ウマが合うのはお約束。
涼子が久瀬の彼女に対し、恵那が北川の彼女なのはお約束。そういう事なのである。


そして涼子の質問に対し、恵那はニッコリと微笑む。そこには何の悪意も感じられない。
そんな笑顔を浮かべながら自分の彼氏である北川を指を指すと言ってきた。

「だって、偶に彼女さんたちが来ないと思ったらコレだもんね〜」
「まったくだ。相沢も災難だな」

と、恵那の辛辣な意見に涼子の隣に座っている久瀬が同意した。
そんな彼らに反論を上げるのは彼女にコレ呼ばわりされた北川とその同類と見なされた涼子のお2人さん。

「ちょっと何言ってんのよ!! 私たちはお客様じゃない」
「そーだそーだ!! お客様は神様だぞ!! むしろ俺らをもっともてなさなければ―――でっ!?」

バコン、とかなり良い音が店内に響き渡る。
その場にうずくまる北川。しかし誰も彼のことなんか気にも留めやしねぇ。
そしてその音を出した張本人は凶器のトレイを脇に抱え、営業スマイルを貼り付けて聞いてきた。

「お客様、ご注文は?」

「あ、相沢……テメェ」

後頭部を押さえた北川がうめく、隣では恵那がいつものように微笑んでいる。
そしてウェイターの男―――相沢祐一はまたも笑顔で、しかし淡々と事務的な口調で聞いてきた。

「お客様、ご注文は?」








数分後、テーブルには4人分のコーヒーと数個のケーキが並んでいた。
向こうではウェイターの祐一がお客に注文を聞いている。
その光景を横目で見つつ、久瀬がおもむろに話し出した。

「では、始めようか――――」




発端は数時間前に遡る。
いつもの何てことはない放課後。しかし、一つだけいつもとは違う所があった。
その違いとは体育祭―――通称、輝翼祭(きよくさい)―――まで一週間、という事だった。
通常体育祭まで一週間、といっても普通の生徒には何も変わりはしないだろう。
文化祭とは違い、前準備というものが生徒には無いからだ。
――――体育祭を運営する役員以外は。

「あ〜、もうやってらんないわ!!」

そう言って机に突っ伏したのは生徒会副会長の田中涼子。
それを見て顔をしかめる生徒会長の久瀬翔。

「おい、まだ話し合いを始めて3分しか経ってないぞ?」
「3分だろうが3日だろうが、やってらんないのはやってらんないのよ!!」
「ま〜ま〜、涼子ちゃん。ここは押さえて押さえて。どーどー」

と、逆ギレをおこしかけた涼子をいつもののんびりとした口調で宥めるのは輝翼祭副運営委員長の穂村恵那。
そんな様子をどこか楽しそうに見ながら輝翼祭運営委員長の北川潤は言った。

「確かにやってらんないよな〜。そもそも4人だけで話し合えってのがまずおかしいんだよ」

そう、この場には4人の姿しかなかった。
その北川の言葉を聞き、溜息をつきながら久瀬が答えた。

「仕方ないだろう。本来、ウチの学校は学業優先。輝翼祭などただの気分転換に過ぎんのだからな」
「それよ!!」
「わっ、どうしたのー涼子ちゃん。そんな雄叫びをあげて」

いきなりガバッと顔を上げた涼子は、恵那の言葉を都合よく無視すると握りこぶしを作り何か決意したように言った。
それを見て苦笑する北川と久瀬。
しかし、いったんスイッチが入ってしまった涼子はそんな男たちの様子は目もくれず言った。

「この学校が私立でそこそこの進学率があるのは知ってるわ。知ってるけど―――。
 体育祭ってそういうもんじゃないでしょ!? 体育祭ってのはもっとこう……なんていうか……あ〜、えっと……
 あーもー!! わかれコンチクショウ!!」
「涼子ちゃん。コンチクショウは減点3だよ」

熱血モードに突入し何やら熱弁をふるっている涼子とマイペースにそれを聞いている恵那。
それを見てまた苦笑しあう北川と久瀬。いつも通りという事である。
そして苦笑したまま久瀬が言った。

「君の言いたい事はよくわかった。やはり――――」
「生徒の意識を変える。これが最優先事項、だな」

久瀬の言葉に続けるように北川が言った。
かつて北川は自分のクラスの生徒を“史上初の2冠”というエサをちらつかせ、やる気を起こさせた前科がある。
それを今度は全校生徒に対し行おうというのだ。

「けど、どうやってやる気を起こさせるの?」

と、恵那が小首をかしげながら聞いた。彼女はどこか抜けているように見えて実は頭の回転は速い。
恵那の質問に対し3人はう〜ん、と考え込む。
人の意識を変える、というのは簡単なようで難しいものだ。それが全校生徒なら尚の事である。
ちなみに彼らが通う鍵高だが、一学年辺り400人ぐらいいるとして全校生徒は約1200人にもなる。
全員は無理だとしても1000人以上の意識を変えなければ成功とは言えないだろう。
この難題に全員が沈黙する。この空気に耐えられず唐突に叫び声をあげたのは、やはり田中涼子だった。

「うっき〜!! だからやってらんないって言ってるじゃないの!!」
「……今度は3分も経ってないぞ?」
「うっさい、久瀬!!」
「何度も言うようだが、君はもう少し我慢ってものを知ったほうがいいな!!」

ぎゃーすぎゃーすと目の前で始まった痴話ゲンカをのんびりと眺める北川と恵那。

「平和だねぇ……」
「あっ、涼子ちゃんそこだいけぇ〜〜!!」

要するにいつもの事なのである。



事態が収拾したのはそれから数10分後。憮然としたままの久瀬、右の頬にくっきりと手の跡があるのはご愛嬌。
肩でハーハーと息をしている涼子。いつも通り一方的に久瀬がやられて決着がついた。
その様子を終始、のんびりと見ていた北川は未だ剣呑とした雰囲気の2人に向かって言った。

「しょーがねぇな。じゃ、ゲストコメンテーターの所にでも行くか?」
「何よ、そのゲストコメンテーターって!?」

まだ興奮さめやらぬのかケンカ越しに聞いてくる涼子。
久瀬もわかっていないのか無言で説明を求めてきている。

「この学校にいるだろ? ガッチガチ頭の意識と人生を変えちまった男が」
「あっ、わかった!!」

ニヤニヤしながら言う北川の言葉にはーい、と手を上げる恵那。それを見て満足そうに笑う北川。
一方の2人はまだハテナが宙に浮いている。
そんな2人を尻目にさっさと席から立つと部屋から出ようとする北川と恵那。

「ちょ、ちょっと!! どこいくのよ!!」
「「百花屋」」

慌てたように問う涼子に北川と恵那はハモって答える。
その答えにな〜る、と納得した表情をした涼子は急いで2人の後を追って部屋から出て行った。


そして、部屋に残ったのは本気で頭を抱えた久瀬ただ一人。

「………ガッチガチ頭って僕の事……なんだよな……」

彼の言葉は空しく虚空に消えていった。






とまぁ、そういう訳で舞台は百花屋。
久瀬は注文が全員の下に行き渡ったのを見ると会議をさっそく始めようとする。
そんな久瀬の発言に反対する意見が三つ、当然のようにあがった。

「でもさ〜、肝心の相沢がバイト中じゃしょうがないじゃない?」
「そうそう。まずはティータイムと洒落こもうぜ?」
「涼子ちゃん。お砂糖とって〜」

と、三者三様(?)の返事を聞いて久瀬はまた頭を抱えた。
しかし、こんな事ぐらいでへこたれては相沢の友達なんかやってられない。久瀬はすぐに頭を切り替えた。
確かに相沢の話を聞きにここまで来たのに相沢が仕事中なのでは仕方ないし、偶には気分転換も必要だろう。
そう頭の中で無理やり結論付けて目の前のコーヒーを楽しむ事にした。この店のコーヒーは彼のお気に入りである。
しかし、久瀬は目の前で同じようにコーヒーを飲んでいる北川を睨みながら言った。

「確信犯だな?」
「さぁて……ね。まぁ、偶にはいいだろ?」
「偶には……ねぇ」
「まぁまぁ、いいじゃないの。あっ、恵那ちょっとそのケーキ、アタシが先に目ぇ付けてたのよ!!」
「ぶー、残念でしたー。これはワタシが頼んだんですーっ」
「そんなのいつ決まったのよ!! コラ、無視して食べるな!!」
「このケーキおいしー♪」

いつの間にか久瀬と北川の会話が涼子と恵那の会話へと変わっていってしまった。
2人はそれぞれ頼んだケーキをたまには取り替えたりしながら食べている。
それをコーヒーを飲みながら見ているのは話から弾き出された男ども。
不意に始まったケーキ取り合戦を横目で見ながら久瀬は北川に言った。

「ま、偶にはいいかもしれんな」
「だろ?」
「あくまでも偶に、だけどな」
「はいはい。そういう事にしときましょう」

何だかんだいってこの時間を楽しんでいる4人でありました。




それから数十分後、外もそろそろ暗くなってきた頃。
次第に客足も遠のき――――店内には彼らの他に数えるほどの人しかいなくなった。
そんな中、北川が世間話をやめて言ってきた。

「やれやれ……、やっとゲストの登場だぜ」

北川の言葉に後ろを向くといつの間にかウェイターから学生に変わった祐一の姿があった。
手には自分の分のコーヒーを持っている。

「ったく、お前ら何の用だよ?」

相沢はそう毒づきながらコーヒーをテーブルに置くと誰もいない席からイスを持ってきて座った。
それをニヤニヤと見ながら北川が言った。

「まぁ、今日はお前にお知恵を拝借しようと思ってな」
「知恵?」
「あぁ、ま、お前にもちょーっとばかし輝翼祭の運営に携わってもらうぜ」

怪訝な顔で聞き返してきた相沢に北川はとっておきの悪戯を思いついた子供のような表情になって言った。

「と言う事で、だ。相沢祐一君、輝翼祭運営委員にようこそ―――――」






かくして、北川潤の思いつきにより輝翼祭の根底に携わる事になってしまった相沢祐一君。
まぁ、彼自身こういった事は嫌いではない―――むしろ好きなんだから断る理由も無く。
二つ返事で運営委員になる事を承諾する。


こうして彼ら5人による『輝翼祭改造作戦』はスタートした……




   つづくっ!!




〜あとがき〜
  
  と、いうわけでの体育祭編です。
  おんゆあま〜く(正確に書くとOn Your Marks)ってのは確か英語でいちについて、って意味です。
  まぁ、要するに体育祭準備編ですね。コレは。
 

  で、また性懲りも無く新キャラ登場です。
  しかも結構重要な役、なんせ北川君の彼女さんですし。
  ちょっとばかしのキャラ紹介。

  穂村恵那(ほむらえな)
   北川の隣のクラスの学級委員。久瀬の彼女である田中涼子とは親友の間柄にある。
   ちょっと色が薄い茶色のロングヘアーでのほほんとした雰囲気を持っている。
   抜けてそうに見えて実は運動神経・学力は学校でもトップクラス。
   彼女からのコメント
    「潤クンの触覚、やっぱりかわいー♪」
 
  ま、こんな感じですか。
  でも、まだまだ新キャラというかオリキャラは登場する予定です。


  で、次回は同時刻における祐一サイドのお話。
  それでは次もよろしくお願いします。
                                    はせがー
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