輝翼祭の前日は、授業が半日で終わる。
これは輝翼祭の準備をするためであり、輝翼祭の準備と何の関係も無い生徒たちにはラッキーな休みでしかない。
ただ半日で終わり暇になった午後を、「あ、そういえば輝翼祭は明日か」なんて事を思いながら生徒たちはそれぞれの休みを過ごす。


勿論、輝翼祭の直接の関係がない委員会及び部活動も今日は休みになる。
従って放課後の今、体育館には人っ子一人居ないはずであった。……な〜んて書くからには実際には人が居たわけで。


静かな校舎にボールが弾む音が、シューズと床が擦れる音が響く。
その音の主こそ“高校3年間をバスケに賭けた男”斉藤明彦であった。
“バスケの為に生まれた男”には輝翼祭の前日だろーがテストの前日だろーが知った事ではなく、ただ毎日のノルマである練習を人気の無い体育館で黙々と行っていた。
ドリブルからフェイントを織り交ぜシュート、この動作を何度も何度も繰り返す。
斉藤も広い体育館を独占して使っているのに気分を向上させてるのか、いつもよりもボールにそしてゴールに集中していた。

だから、であろうか。いつもだったら体育館の扉が開いたらその音で気付くはずなのに彼は気付く事が無く。

「ナイスシュート」

彼が3Pシュートを決めた後に掛けられた言葉によってようやく誰かがこの体育館に入った事に気付いたのだった。

「やっぱりここに居たのね」
「まあね」

声をかけてきたのは彼も良く知っている人物だった。
ゴールに入った後、所在無く転がるボールを取りに行きながら斉藤は答える。

「そう言うお前は何でここに?」
「誰も居ないはずの体育館にボールが弾む音が響いていたから、どんな物好きが居るのか見に来たのよ」
「おいおい、俺は物好きですか」
「そうなんじゃないの?」

その言葉に斉藤は苦笑する。
いつの間にか斉藤はボールを持ってフリースローを放つ体制に入っていた。

「これで今日はオシマイ。そうだな……こいつが入ったら明日うちのクラスは優勝ってことで」



斉藤の手から離れたボールはキレイな弧を描きながら――――――





          野郎だけの井戸端会議

               熱闘!! 体育祭編・おんゆあま〜くF





チリンチリン
来客を告げる鐘の音とエアコンの涼しい風に迎えられ、久瀬翔と田中涼子のカップル2名は百花屋に入っていった。

「いらっしゃいませ。お客様は2名でよろしいでしょうか?」

と、どこか感情を押し殺した声で必死に口元だけで笑みを作りながら店員は二人の客に応対する。

「相沢、変な顔」
「あぁ、これは確かに変な顔だな。どうした相沢、腹痛か?」

そんな客の言葉を無視して、こめかみをヒクヒクいわせながら店員―――相沢祐一はなんとか言葉を続けていく。

「生憎当店は只今、混雑しておりまして相席になりますがよろしいですか?」

「ま、仕方ないわね」
「確かに混雑しているな。やはり学校が早く終わったからか」


久瀬の言った通り、今日は輝翼祭の前日という事で学校は早引け。
それに伴って暇な学生達は思い思いのアフタースクールを楽しんでいる。
ここ、百花屋もその恩恵を授かって今日は千客万来、満員御礼の大盛況となっていた。


客の了解の返事を得て、店員は頷くとついて来いとでも言うように店内を歩き出す。
久瀬と涼子が店員について行くとやがて見知った顔が居るテーブルの前に辿り着いた。

「ありゃ、久瀬じゃねーか」
「りょーこちゃんだー、やっほー」
「今日は。久瀬先輩に田中先輩」

そこには、相沢祐一の頭を悩ます客1号・2号・3号が居た。

「おっ、相席か? よし、じゃあオレがイッコ席ずらすか」

そう言って席を詰める相沢祐一の頭を悩ます客1号こと北川潤。
彼は相も変わらず頭のてっぺんのはねっ毛をヒョコヒョコいわせる高校3年生。

「りょーこちゃんはこっちねー」

と自分の席の隣を指差すは相沢祐一以下略2号の穂村恵那。
色素の薄い茶色の髪を腰まで伸ばしている彼女は今日も今日とてマイペース。

「あ、ちょっと急に席を詰めないで下さいッ」

脇に追いやられる形で席を詰められ抗議の声をあげるは相以下略3号の北川唯。
兄と同じ色の髪をポニテでまとめその背中まである尻尾をピョコピョコ揺らす様も兄譲り。


ワイワイガヤガヤと騒ぎながら久瀬と涼子も席につき、相も変わらず目が笑っていない店員が「どうぞごゆっくり」と言い残して去っていく。

「何よアレ、態度の悪い店員だこと」
「そのセリフ態度の悪い客にだけは言われたくないだろうな」
「だれが態度の悪い客なのよッ!!」
「だから大きな声を出すな。他の客に迷惑だろ」
「んなこたぁしるかーーー!!」

と、席についたらついたでやかましい二人はさっそく戦争開始。

「あ、相変わらずなんですね。二人とも」
「ねーねー。潤クンもう一個ケーキ頼んでもいい?」
「何でオレに聞く。オレは奢るといった覚えは無いぞ」
「えー、ケチー。さっきオレがイッコケーキ減らすかって言ったじゃん」
「そんな事は言ってないぞ!! 大体、その聞き間違いは非常に無理があると思うが」
「やっぱり? じゃあじゃあ紅茶の御代わりを…」
「だから奢らないって言ってるだろ!!」
「この二人も変わってないし……。うぅ、周囲の視線が痛いよう……」

やいのやいのと騒がしい事この上ない。
結局この人たちは何時如何なる時でも変わってないのです。
ただひとり蚊帳の外というかまだマトモというかの唯だけは周りの視線をひしひしと感じ人知れず涙している。

「そういえば北川達はどうしてここに?」

ここで周りの視線に久瀬も気付いたのか強引に話題を変えることで軌道修正を試みる。

「ん? まぁ、お前達と同じだな」
「はいはーい。潤クンが奢ってくれるって言うから来ましたー♪」
「だから、そんな事は一言も言ってないって!!」
「はぁ……」

そんな久瀬の思惑をぶち壊しにする女。穂村恵那。
彼女と会話すると誰もが絶叫系ツッコミをせざるを得なくなるという。ある意味とんでもない女である。
そんな彼女は美坂香里、天野美汐の両名から同時に絶叫系ツッコミを受けるという伝説を創ったほどだ。
天性のツッコミ芸人である北川潤とは正にお似合いの漫才コンビ……もといお似合いのカップル……なのか?


まぁ、北川と恵那がお似合いだろうが不釣合いだろうが周りの人間にとっては迷惑以外の何者でもなく。
目下のところ被害を一手に受けているだろう北川の妹、北川唯は溜息をつく。

「兄さんたちにまかせたら話が進まないのでここは私が説明します」
「是非、そうしてくれ」

まだ目の前で行われる漫才を眺めながら久瀬は精一杯の同意を示した。
こほん、と咳払いを一つして唯は話し出す。その内容は数時間前の学校、3人が百花屋へ来る顛末。


以下回想


「はふぅ…こっちはこれで終わりっと」

そう呟きながら唯は流れる汗をぬぐう。彼女の周りには同じように一仕事終えた充実感に溢れた生徒たちがたくさんいた。
自分は新聞部で、輝翼祭実行委員ではない。では何故、輝翼祭実行委員と共に明日の輝翼祭のグランド整備をしているのか?

「おっ、こっちも終わったか」

そう言いながら無防備にテクテク歩いてきたこの男が彼女の疑問の原因だった。
気楽な様子で歩いてくる男に若干怒りを滲ませて彼女は男のほうを向く。

「兄さん」

その男こそ彼女の兄、北川潤。肩書きは輝翼祭実行委員長。
新聞部である唯が汗まみれになって働いているのも、輝翼祭実行委員と混じって授業が無く下校していく暇な学生達を羨ましそうに眺めるのも、これから家に帰ったら帰ったで今までの『輝翼祭実行委員体験レポート』を書かなければいけないのも、全てはみんな目の前の男が元凶であり黒幕であるのだ。この目の前で笑っている兄が。

「実の妹をこき使って楽しいですか?」
「何を言ってるんだ」

不穏な空気が漂う唯を見ながら、心外だとばかりに潤はかぶりを振る。
その度にヒョコヒョコ動く彼の頭の触覚がこれがまたいい感じにムカツクのだがそんな事は彼は気にしない。

「ちゃんとお前がウチで働くのはお前もお前んとこの部長も納得済みだろ?」
「そっ、それは……そうですけどっ……」

それを出されると彼女もどうしようもない。何せ彼女と彼女の上司である新聞部部長と彼の間で契約書まで書いてあるのだ。
現在の彼女は新聞部部長の命により一週間の輝翼祭実行委員に出向、という名目で立場としては新聞部ではなく輝翼祭実行委員に名を連ねている。今の唯は新聞部、北川唯ではなく、輝翼祭実行委員、北川唯なのだ。


彼女の不満がぐうの音も出ないほどにバッサリと切られ、彼女の感情は暴発した。

「でも……でも今日、相沢先輩居ないじゃないですかぁッッ!!」

たまたま通りすがった生徒がビックリして逃げ出すぐらいの突然の絶叫。実際周りに居た生徒たちも逃げ出し半径50メートル以内には誰も居なくなってしまった。ここに居るのは潤と唯のみ。
自己の感情を押さえきれなくなっている唯を見て、潤はやれやれと溜息をついた。
一見理性的に見え、普段は理知的に振舞っている北川唯が実は結構短絡的ですぐに感情を爆発させるタイプである事を知っているものは少ない。しかも相手が実の兄である北川潤に対する時にはそれが顕著に表れる。
潤は感極まって涙ぐむ唯を宥めにかかった。こうなってしまったらもう潤は唯に完全降伏なのだ。

「しょうがねぇだろ? 今日は百花屋だってたくさんの客が来るだろ、相沢の手だって借りたいってヤツだ」
「そんな事はわかってます!! わかってますよぅ!!」

いや、わかってないだろとはさすがに潤もツッコメなかった。
まぁ、確かに唯がこっちに出向してきたのは相沢祐一が輝翼祭実行委員になったからだし、今日はバイトのほうに専念させてくれと祐一に頼まれた時も仕方がないと唸りながら昼飯奢りで手を打ったし、祐一が今日来れない事をウッカリ言い忘れたのに気付いたのはほんの数十分前だったし、予想通り唯のヤツは泣きやがるし……で、潤も早々に切り札を出す事にした。

「あー、百花屋で何か奢ってやるから泣き止め」
「ホントに?」

うわー、もう泣き止んで尚且つ笑ってるよ。なんて思いながらも潤はそれを口に出さずにただ頷いた。
彼女はニッコリと微笑み、荷物とって来ますと言い残し走り去っていった。


あとにポツンと残ったのは潤ただ一人。彼は思わず財布の中をのぞきはぁ、と溜息をついた。
なんとなく相沢祐一の気持ちがわかった午後だった。



「で? なんで恵那まで居るんだ?」

彼もまた荷物を取りに行き、校門前に戻って来てみれば。
嬉しそうにしている唯と、何故か嬉しそうにしている恵那の姿があった。
開口一番の彼のセリフに恵那は何言ってんの? とばかりに答える。

「え? 潤クン奢ってくれるんでしょ?」
「お前には言ってない!!」
「そんなー。潤クンの嘘吐きー」
「だから、お前には言ってない!!」

奢る奢らないで言い合いを始めた二人を見ながら唯はクスッと笑みを浮かべる。
恵那をここに呼んだのも奢りのことを言ったのも兄にちょっとした仕返しのつもりだった。
第一、彼女をのけ者にして二人で百花屋に行ったなんて知られたら後が怖いのだ。

「何してるんです二人とも早く行きましょう」
「ん、そうだな。早く行くとするか」
「ちょっとちょっとー、話題ごまかそうったってそうはいかないんだからねー」
「チッ、ばれたか」

先頭を歩く唯の後ろでまだ言い合いが続いている。
そしてその言い合いは百花屋の中に入って相沢祐一のしかめっ面を見るまで続いていたのだった。



回想終了



「……と言うワケなのです」
「なるほど。よくわかった」

と、百花屋へ来るまでの顛末を話し終えた唯がペコリと一礼をした。
勿論その内容には彼女に不利になる内容―――泣いてしまったり兄に仕返しをしたりした事―――は伏せてあった。
そんな唯に向かって久瀬は頷いてからチラリと横のうるさいのを見る。

「そんなこんなで潤クンがわたしに奢ってくれるのでした。めでたしめでたし」
「目出度いのはお前の頭じゃ、何度も言うが奢らんぞ」
「あ、店員さーーん。ケーキセット追加ねーーー」
「だから人の話を聞けー―ーーッ!!」

唯が説明してる最中も終わってからも北川と恵那はこの調子で。ついには恵那が強硬手段に出たわけで。

「あ、アタシも追加ねーーー。どうせ久瀬の奢りだし」
「な、何!?」
「説明したら喉が渇きました。私もコーヒーのお代わりお願いします」
「ちょ、ちょっと待て唯!! 流石にモノには限度ってものが―――」
「そ、そうだぞ!! 涼子も少しは人の財政ってものを考えて―――」

「「「黙りなさい」」」


「「………ハイ」」

何時の世も男は女には勝てないのか。
久瀬の肩にポンと手が置かれ、久瀬が横を見るとそこには相沢祐一が黙って首を横に振る。
そして彼女達がもう何個目かのケーキに舌鼓を打っている間、男3人は静かに友情の再確認をしていた。




そして、男達の心と懐が涙を流している頃。

「おっとぉ、またまたまた確変ですかーー。笑いが止まらねぇな」
「………」

パチンコ屋では今、人生の勝者と敗者が生まれようとしていた。
人生の勝者ことパチンコ大当たりの男――――石橋和志は上機嫌にタバコを吹かし。
人生の敗者ことパチンコ大損の男――――遠山健輔は不機嫌にタバコを吹かしていた。
これぞ人生の縮図。人という文字は明らかに右側が楽をしているというが正にその通りな展開で。

「リーチッ……って来た来た来たァッ!!」
「………………」

もうジャンジャンバラバラと玉を出しまくってる教師と玉がどんどんなくなっていく喫茶店のマスター。
饒舌な石橋とはかわいそうなくらい対照的にどんどん寡黙になっていく遠山。

「おーーーい店員、箱足りねぇぞーーー!!」
「………………………」

と、とうとう遠山は玉が無くなってしまったのか当たりが一向に出ない台に見切りをつけたのか無言で席を立つと何処かへ行ってしまった。
そんな遠山の様子を見ながら石橋は楽しそうに口元を歪ませた。

「いやー、暇だから遠山のヤツも誘ってみたんだがこりゃ面白くなりそうだ」





こうして悲喜こもごもを交えながら刻々と時は過ぎていく。
彼らが待ち望む輝翼祭へと―――



   つづくっ!!



〜〜あとがきってかこうなったら最後までこいつらにまかす〜〜

涼子「で、またアタシらがあとがきやるわけね」
恵那「そうでーーす。って何か今回わたし影薄くない?」
唯「恵那姉さん、今回兄さんと言い争ってただけですからね」
恵那「なんか納得いかなーーーい。もっとわたしと潤クンのラブラブ話を!!」
涼子「アンタらは十分ラブラブだわよ。そんな事より冒頭のアレ誰よ?」
唯「ああ、斉藤先輩と一緒に居た人ですね。……新キャラ?」
涼子「ちょっとちょっと、たまちゃんたちは出さないのにまた新しいのが出てくるワケ?」
唯「え…っと、あのキャラはあそこだけしか出ないそうです。だから性格も外見も名前すらも未定だそうで」
涼子「何それ? あのヘボ作者何考えてんの?」
唯「さぁ? 私に言われても……、斉藤先輩の短編に出てくるかも? だそうですけど」
恵那「えーーっ、わたしと潤クンのラブラブ話の方が先でしょーーっ」
涼子「それよりもこっちが終わる方が先よ!! まったく何ヶ月かかってると思ってるの」
恵那「えっと…一週間?」
涼子「それは本編の話でしょうが!!」
唯「次でおんゆあま〜くは終わるそうですけど…」
涼子「次ってまだ出てきてないキャラの前日の風景でしょ? 終わんの?」
唯「さぁ…、まだかのんヒロイン全員出てませんからね……」
恵那「じゃ、次はわたしたち出ないんだね」
涼子「ま、普通に考えたらそうでしょ」
恵那「それじゃ皆さんまた来世ーー♪」
涼子「だーーーっ!! 何でアンタはそんな事言うの!? それにいきなし終わらすなーーーっ!!」
恵那「ちょっ、涼子ちゃんくるし……」
唯「で、では皆さん。また次回のあとがきで会いましょう。それでは…」


                                                    予定では次で終わり。本当に長かった……
                                                                           はせがー



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