静かな廊下に銃声が響く。


それは―――殺し合いの始まり。


データを盗む為に侵入した男と、その侵入者を捕らえる為に雇われた男。
今、この薄暗く静かな廊下で“唯希”の裏社会においてトップエージェントと呼ばれる男二人が―――殺し合いを始めた。


同時に放った銃弾は、同時に相手のもとへと辿り着く。


しかし、その銃弾は当たる事は無かった。


「っと、あぶねぇな…当たったらどうすんだ!!」

叫びながら侵入者―――相沢祐一は廊下の曲がり角へと転がり込んだ。
ここからなら相手の銃弾は当たる事は無いだろう。

……自分の銃弾も当たらないが。


「うるさい、黙って当たっとけ!!」

と、こちらもまた叫びながら男―――折原浩平はドアを蹴破り暗い部屋に入る。
目的は祐一と同じ、相手の銃弾を避ける為。

……自分の銃弾も当たらないが。




かくして、“唯希”が誇るトップエージェントの対決は膠着状態に陥った。










Falling Angels
       第2話「堕天使が奏でる旋律」










一方、香里たち逃走班は行く手を遮るように立つ4人の女性と対峙していた。

「さて、どうして私たちがここにいるか……わかるわよね?」

と、桜色の髪をした女性が一歩前に出ながら言う。
それに続くように黒い髪の女性が言った。

「あなたたちが盗んだデータ……返してくれると嬉しいな」

とにっこり笑う女性を牽制するように見ながら香里は言う。
ここで引いてはならない。そう心に言い聞かせるように。

「まさか『オフィスおね』のトップ2が自ら出張るとは思わなかったわ」



この桜色の髪の女性、名前は深山雪見。
そして黒い髪の女性、名前は川名みさき。
彼女たちこそ、唯希裏社会で最大規模の力をもつ『オフィスおね』を束ねている二人なのだ。



「たまには現場にも出ないとね……体がなまるわ」

「そんな事言って、私知ってるんだよ。雪ちゃんが3キロも…」

「みさき――――――っ!!」

「痛い、痛いよ、雪ちゃん」


目の前で突然始まった漫才を見ながら香里は内心歯噛みしていた。

―――駒が足りない。

今も香里の後ろには気絶から復帰した栞と立ち尽くしたままのあゆがいる。
この二人は戦闘要員と見るには心もとなすぎた。



それはおね側の面々も十分にわかっているのだろう。
いきなり始まった漫才に少々戸惑いながらも青い髪の女性―――七瀬留美は持っていた日本刀を構え、静かに告げる。

「―――と、とにかくデータを置いていくのなら見逃してあげるわ」

『黙って置いていった方が身のためなの』

と、スケッチブックに書いた文字を見せている女性は上月澪。


彼女たち二人は『オフィスおね』において、幹部と称される。
七瀬留美は戦闘、上月澪は情報操作―――それぞれの部門でトップと言う立場にいるのだ。




「か、香里さん……」

不安げにあゆが声をかける。彼女はわかっているのだ。自分は戦闘には向かない事を。
この場面では香里しか彼女たちに対抗できない事を。

香里はいつもなら後方支援という立場にいるのだが、なにぶん『Kanon』は人数不足のためたびたび戦闘に参加する事があった。
それに彼女は生来の生真面目さからか、毎日の鍛錬を欠かした事は無い。
実力だけなら相沢祐一にも劣ることは無い、というのはみんなの共通の認識だった。


「こうなったら仕方ないわね……月宮さん?」

香里が後ろを振り返ることなく小声で言う。目は前の4人に向けられたままだ。

「う、うぐ!?」

いきなり話しかけられたあゆは小声ながら驚く。

「ここはあたしたちが時間を稼ぐから……あなたはデータを」

それは、香里が考えうる限りの最上の手段。
どんな事があってもデータを届けなければいけないという決意。

「そうですよ。私とお姉ちゃんに任せて下さい」

と、さっきまであゆと同じように不安げだった栞もそれを感じさせず気丈に言う。
先ほどまでの不安を顔に出さないよう自分に言い聞かせるように、栞はゆっくりと言葉を紡いだ。
目線は目の前の敵を見つめながら。
目をそらさすことなく見つめながら。

「私だって時間稼ぎぐらい出来ますよ」

「で、でも、栞ちゃん……」

危険だよ。と言おうとしたあゆを栞は制して言う。

「相手に裏をかかれたのは私の責任ですから」

こうなってしまったのは自分のせいだから、と栞は笑う。
それはおねに―――澪に不覚を取ってしまった自分の責任。
自分の責任は自分の手で返さなくてはならない。
それが『Kanon総合警備』で情報を司る自分の役割。


そう笑う妹を頼もしげに見ながら香里が言った。

「そういうわけだから。お願いね、月宮さん」

「う、うんっ!!わかったよ!!」

香里と栞の決意を聞いてあゆは断れるはずも無かった。
ただ―――自分の仕事をするだけだ。




「話し合いは終わった?」

余裕を見せながら留美は言う。今の場合、おねが圧倒的に有利だった。
しかし、彼女は油断しているわけではない。
自分の腕に絶対的な自信があるからこその余裕だった。
実際、この場で一番強いのは彼女だろう。


彼女には隙が無い。
だからあゆは飛び出す機会を窺っていた。


しかし、
彼女には隙が無い。


……まずいわね。

そう香里は誰にも聞かれないように小声で言った。
あゆが飛び出せない以上、何とかして自分が飛び出せる状況を作らなくてはならない。
実際には数十秒しかたっていない時が彼女たちには数時間のように思えた。
ゴクリ、と唾を飲み込みただひたすらタイミングを計る。





その時だった。





「あははーっ、ちょっと待った〜〜〜ですよー」

「……待った」

いきなり登場するは、二人の女性。
今までのこの緊迫した空気をまるで無視するかのように現れた一人の女性。
そしてこの女性に従うようにゆっくりと現れた一人の女性。

彼女たちを見て香里は叫ぶ。
叫ばずにはいられなかった。

「な、……倉田さん!!それに川澄さんも!!」

そして、たった今、倉田と呼ばれた女性はニッコリと。

「ハイ。倉田佐祐理。只今参上です」

川澄と呼ばれた女性は持っていた刀をゆっくりと構えながら、ただ静かに。

「……参上」

「だめだよーっ、舞、練習したとおりにやらなくちゃ」

「……川澄舞。只今参上」

いきなり緊迫した空気をぶち壊しにされ固まる一同。いち早く立ち直ったのは流石というべきか美坂香里、その人であった。
彼女はいきなり現れた二人に向かって再び叫ぶ。

「何でこんな所にいるんですかっ!!」


彼女たち二人は『Kanon総合警備』の人間ではない。
倉田佐祐理、彼女はこの年にして『倉田コーポレーション』を束ねる才媛なのだ。
そして『倉田コーポレーション』は『Kanon総合警備』のスポンサーとして、仕事の斡旋などを行っている。
小規模でありながら『Kanon総合警備』が『オフィスおね』と肩を並べる存在なのはその為である。
川澄舞、彼女は倉田佐祐理の専属ボディーガードをしている。
唯希に川澄在り、と言わしめるその剣の腕はこの裏社会では有名すぎる存在だった。


だから、こんな場所に彼女たちがいる事はどう考えても不自然なのだ。
しかし、佐祐理と舞は何だそんな事か、とでも言うように平然と。

「あははーっ、祐一さんに頼まれたんですよ」

「……牛丼特盛り玉子付き」

これを聞いた香里と栞、そしてあゆはニヤリと笑う祐一の顔が目に浮かんだ。
それは悪戯が上手くいった子供のような笑顔だった。


まったく……こういう根回しは得意なんだから。

祐一さん……用意周到すぎますー。

祐一君の好きそうな展開だよ……。


それぞれが感心してるんだか呆れてるんだかわからないような事を考えながら、突然の増援を嬉しく思う。
これで数字上は5対4、こっちの方が有利になった。

見るとおね側も緊張感を増してきているようだ。





正に一触即発。





そんな空気が辺りを支配していた。
そんな中、唐突に七瀬が動く。

それに反応するかのように、舞が動く。

「川澄舞!!今日こそは決着をつける!!」

「上等」

この二人、唯希では有名な刀使いだった。
今や銃がはびこる現代において、刀は銃相手では圧倒的に不利であった。そのため刀を武器として使う人間が少なくなっていった。
しかし、そんな時代になったからこそ。


銃を超えし者 ( オーヴァー・ザ・ガン )”と呼ばれる刀使いが生まれた。


彼女たちはそんな銃を凌駕するほどの腕を持った刀使いなのだ。

そして、そんな二人だからこそ。

必然的に二人は向かい合っていた。
二人とも一定の距離をおいて立っている。
刀を構えたまま。

七瀬が立っている位置―――それは舞の間合いの一歩外。
七瀬が一歩進むだけで、舞の刀は翻る。
そして、また舞が一歩進むだけで七瀬の刀は翻る。

そんな微妙な位置に二人は立っていた。
緊迫した空気が辺りを支配する。
誰もが声をかける術を持たぬまま、時間だけが過ぎていく。

そんな中、不意に七瀬が始まりを告げる。

「いざ」

その言葉に続くように舞も告げる。

「……尋常に」



「「勝負っ!!」」



次の瞬間


二人の距離は一瞬にして


消失した。



ガギィィィン


向かい合っていた距離の中間ともいえる地点で両者の刀はぶつかり合っていた。

しかし、それもまた一瞬の事。

互いに間合いを取るように離れ、嬉しそうに七瀬は言う。

「やっぱり……貴方は、強いわ」

「七瀬、また腕を上げた」

無表情ながら舞も言う。
しかし、少しでも川澄舞を知っている人物―――倉田佐祐理はクスリと笑みを浮かべた。

舞ったらとっても嬉しそう……

そして、今まで固唾を飲んで見ているだけだったおね、Kanon両陣営も動き出す。
おねは盗まれたデータを奪還する為。
Kanonは盗んだデータを届ける為。



愛用のメリケンサックを指に嵌め、コキコキと指の骨を鳴らす美坂香里は不敵にニヤリと笑う。
その笑いはさながら獰猛な肉食獣の笑み。

「あら……貴方があたしのお相手?」

その笑みを眉一つ動かすことなく受け止めながら、深山雪見は淡々と言う。
彼女の指にもメリケンサックが。

「美坂香里、貴方じゃ役不足だけどしょうがないわね」

その言葉にピクリと反応し、またも獰猛な笑みを浮かべる香里。

「言ってくれるじゃない。後悔するわよ?」

それは挑発。
香里はこの場面においてある賭けをしていた。
最大の敵である七瀬留美は川澄舞が引き受けてくれた。
そして、もう一人の敵である深山雪見は自分が引き受ける。
残る二人、川名みさきと上月澪には戦闘能力はほとんど無い。これならば美坂栞と倉田佐祐理の二人で何とかなるだろう。
そうすれば、こちらには月宮あゆがいる。
彼女がデータさえ届けてくれればすべてが終わる。こちらの勝利という形で。

そんな香里の考えを知ってか知らずか、雪見もまたニヤリと笑みを浮かべる。

「いいわ。見せてもらおうじゃない。……貴方の力を」

そして彼女たちは駆ける。

お互いに向かって。


「えうう、お姉ちゃんが恐いです」

と、目の前の戦いを見ながら姉が聞いたら確実に怒るであろう言葉を吐く栞。

「舞もひさしぶりに大暴れですねーっ」

と、こちらはこちらでもう一方の戦いを見ながら嬉しそうに言う佐祐理。

「うぐぅ、そんな事言ってる場合じゃないよ」

何やら観戦モードに突入している2人の服の袖を引っ張りながらあゆが言う。

「わかってますよ……あゆさん」

「では、こちらの方々は佐祐理たちにまかせてください」

そう言いながら前を見る佐祐理、そこには道をふさぐようにみさきと澪が立っていた。








                              §








一方、相沢祐一を救うべくビルに侵入したMチームこと沢渡真琴と天野美汐は―――――

「こ、このっ!!アンタなんかさっさとやられちゃいなさいっ!!」

「みゅーっ!!みゅーっ!!」

「真琴っ!!今、援護を!!」

「やらせませんよ」

地下駐車場で椎名繭、そして里村茜と戦闘状態に突入していた。

その現状は五分五分と言ったところだろうか。



『Kanon』に沢渡真琴がいるように『おね』には椎名繭の存在がある。
彼女―――椎名繭にはある特殊能力が備わっている。
その特殊能力を《M憑依 ( みゅ〜・トランス )》と彼女は呼んでいる。
この状態になった時、彼女は常人の何倍もの身体能力が備わり、妖弧―――沢渡真琴とも互角に戦えるほどの戦闘力を持つようになるのだ。



実際、この真琴と繭の戦い、狐火がある分、一撃の破壊力は真琴の方が上であるが、繭はその小柄な体を巧みに使い、スピードで真琴を上回る。
結果的に、彼女たちは互いに決定的なダメージを与える事が出来ないのだ。



そして、里村茜と天野美汐―――彼女たちは主に戦闘面での援護の担当を行っている。
この場面においてもそうなのだが。

美汐が真琴を援護しようとすると茜が。

茜が繭を援護しようとすると美汐が。

それぞれが互いを牽制し、思うように援護できない状況を作っていた。

「真琴は祐一の所へ行くんだからッ!!」

「みゅーっ!!浩平の所には行かせないんだもぅん」

真琴が上段から狐火を纏った右腕を振り下ろす。
その攻撃を繭はバックステップをする事で回避する。


「まずは里村さん!!貴方から……倒します」

「貴方にそれが出来ますか?天野さん」

お互いがお互いの邪魔をしている今、その障害を取り除くべく二人の少女は対峙する。



この地下駐車場の戦闘は新たな局面を迎えようとしていた――――








                              §








廊下の陰に隠れていた相沢祐一は、折原浩平が入っていった部屋の様子を窺っていた。
膠着状態に入ってからはや10分が経過しようとしていた。
その間、待ちに徹すると決めた祐一だったが、向こうも動く気配が無かった。

「おかしい……折原の野郎が動いてこないわけがない」

もう何度も戦ってきた相手だ、奴の行動は大体読める。
そう考えていた祐一にある考えが浮かんできた。

まさか。

「あの部屋にはもういないんじゃないか?」

それは独り言としてただ虚空に漂うものであった。

しかし、その答えは。

「ご名答」

祐一の後ろから、聞こえてきた。

「!!」

その言葉を聞いた直後、祐一の体は本能的に回避行動に移っていた。
瞬間的に右へと体が動く。

直後に銃声が木霊する。


浩平の放った銃弾は祐一の肩を掠めていた。

「ありゃ、避けやがったか……しかし、その咄嗟の判断力と行動力は賞賛に値するぜ」

浩平にしてみれば、不意をついてまで撃ったのだ。確実に仕留めなければならなかった。
だが、祐一はその銃弾を避けたのだ。
こんな芸当、並大抵の奴では出来はしない。
だからこその賞賛の言葉だった。

「お前なんかに……誉められたくないね……」

そう言いながら銃を構える祐一。銃弾が掠めた肩は紅く血に染まっている。

「わざわざ好機 ( チャンス )逃してまで、敵を誉めるお前なんかには、ね」

「そんなこと言うなって、俺が誉めるなんて滅多にないぜ?」

祐一が銃を構えたのを見て、浩平もまた銃口を向ける。




再び銃口がお互いを向いた時。


再び死闘の幕が上がる――――






〜〜あとがき〜〜

  ぬぅ、なんか全然話が進んでいないぞ?
  それに前回から結構時間たってるぞ?
  
  ………ハイ、それもこれも単にこの僕、はせがーがへっぽこで未熟者だからです。
  う〜〜ん、イメージはあるんだけど文章に出来てないというかなんというかで。
  
  第3話はもう少し早くお届けできれば、と思っています。
  今年中に………出来ればいいなぁ。
 
                                『同じ空の下で』を聴きながら
                                           はせがー

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