ここは日本の都市・唯希…
この物語はこの都市で暗躍する裏の住人たちの日常を描いた物語である…





ここはとあるビルの地下駐車場―――ここに1人の男が柱の陰に隠れるように座っていた。
現在時刻として午前2時前後……日常において丑三つ時と称され人々が活動を休める時間。
これはこのビルにおいても同様のようで、この地下駐車場においては広いスペースにありながら
泊まっている車は数えるほども無かった。当然、居る人間はここに座っている男ただ1人である。
タバコをふかせながら深々と溜め息をついたこの男の名は相沢祐一。
この“何でもあり”の都市、唯希でなんでも屋『Kanon総合警備』をしている男だ。

「まったく…厄介な事になったもんだ」

言いながら周りを探る―――この地下駐車場はビルの地下一階をまるまる駐車場にしてありかなり
広いスペースがある。そして入口兼出口となっている場所はただ一箇所のみ存在する。
この車がゆうに4台は入れるこの場所が見える場所に彼は座り逐一様子をうかがっていた。
状況はさっきから何ら変わってはいない、黒服の男達が行く手を遮るように立っている。
この男達が侵入者――つまり俺のことだ――を捕らえる為に雇われたのは言うまでも無い。
しかも、何人かが近付いてくる気配すら感じられる。
いつまで経ってもでてこないので業を煮やしたか、それともあぶりだしのつもりか。
確認するまでも無かった。状況は最悪のようだ。

「何でこんな事になったんだろうな…」

ぼやきながら祐一は事の顛末を振り返った。


今日はある製薬会社の依頼でライバル会社のデータを盗むべく、このビルに侵入した。
このデータがどんなものなのかは知らされていないし、知らなくてもいい事だ。
その時の時刻は大体午前1時…まぁ、こういった事をするのにはうってつけの時間だ。
そして首尾よくデータを盗む所までは良かったのだが……
俺、相沢祐一の助手で自称“天使見習い”の月宮あゆのアホが防犯装置に引っかかりやがった。
毎度毎度の事とはいえ尻拭いをさせられる方の身にもなれってんだ…
まぁ、そういう事でデータをあゆに持たせ先に逃がし、俺はここで時間稼ぎってワケだ。
とはいえ、あんなにたくさん来られるとちょっときついんだけどな…

「まぁ、ここで考えてもしょうがないな…とっととヤツラをとっちめてうぐぅをしばくとするか」

そろそろ近付いてくる男達が俺を発見すだろう。
足音から察するに――――3人か。まあまあだな。


俺は持っていた銃の弾数を確認すると、男達の目の前に踊り出た。






Falling Angels
      第1話「地に堕ちた天使たち」






「うぐぅ…祐一君が、祐一君がまだ中に居るんだよ!」

半泣きの彼女を見ながら、彼女―――美坂香里はやれやれと肩をすくめた。
月宮あゆがドジをし、相沢祐一が窮地に立たされる……こんな事は日常茶飯事だからだ。
それに彼、相沢祐一なら大丈夫だろう。彼は―――こんな事では死にはしない。絶対に。

「大丈夫よ……今、Mチームが彼の救援に行っているわ」

「えっ…真琴ちゃんと美汐ちゃんが?」


やれやれ…これじゃ何のためのコードネームだかわからないわね…

と、苦笑しながら香里はようやく泣き止んだあゆを見た。
現在香里達は車で依頼先の会社に行く真っ最中である。車を運転するのは香里。助手席にはあゆが
座っている。ちなみに『Kanon総合警備』で車の運転ができるのは祐一と香里のみである。
あゆと真琴には車の運転なんてまかせられるもんじゃないし、栞と美汐は車の運転などといった行為が嫌いである。
そして祐一がしょっちゅう単独行動に走るので『Kanon総合警備』唯一の足であるこの白いバンは香里の所有物 と言ってもおかしくなかった。

何故、まだ窮地に陥っている祐一を見捨て、依頼先に向かっているか?
それはデータを持ち帰る……これが今回の任務な以上、一刻も早く依頼先の会社にもっていかなければならないからだ。 相沢祐一が心配だが、沢渡真琴と天野美汐が彼の元に行った以上何も心配は要らないだろう。
妖弧である沢渡真琴の戦闘能力は並ではないのだ。
単純に戦闘力でみると沢渡真琴は『Kanon総合警備』一だろう。

「後続来ません…どうやら振り切れたみたいですー」

と、後部座席に乗りパソコンの画面を見ながら美坂栞は言った。
パソコンにはこの辺一帯の地図と思われる画面に点滅しながら進んでいく点が映っている。

美坂香里、美坂栞は『Kanon総合警備』の後方支援を担当している。
後方支援とは、香里がしている車の運転や、栞がしている情報操作など後述する実働部隊の補佐の事である。
今回侵入経路及び逃走経路を作成したのは栞である。栞は銃火器などの扱いはできないが、それに余りあるぐらい パソコンの知識があり、『Kanon総合警備』において情報全般を担当している。
そして、相沢祐一、月宮あゆ、沢渡真琴、天野美汐の実働部隊4人を加えた、
計6人で『Kanon総合警備』は構成されている。
一応、社長は相沢祐一なのだが、事務全般を担当している美坂香里の方が権力が強いのが実情だ。

「まだよ…依頼先につくまで警戒を怠らないで」

「わかりましたー。お姉ちゃん」

栞の返事を聞きながら、香里は悪い予感がしていた。


どうも、すんなり行き過ぎているわね。まだ何かあるんじゃ……





                              §





一方その頃、ひとまず脱出を諦めた祐一はまたビルの中に侵入していた。
近付いてくる男達を奇襲により撃退したのはいいがそれが元で出口にいた男達に見つかってしまい。多勢に無勢で
戦略的撤退を余儀なくされた、といったところだった。

「やれやれ…思ったよりも人が多い。やはり1人では脱出は無理か…」

非常階段の踊り場に隠れながら、脱出経路について思案していると無線機のランプが赤く光った。

「はい、こちらA1」


ちなみにA1とは相沢祐一のコードネームである。
Aとは相沢の頭文字のAで、同じくあゆがA2となりこの二人がAチーム。
同様に真琴がM1、美汐がM2でMチーム。
美坂姉妹は頭文字のMが使えないので姉妹=SisterのSを使い、
香里がS1、栞がS2のSチームとなっている。
尚、このようにコードネームが単純なのはあゆや真琴でも忘れないようにするためである。
しかし、それでも覚えられていないのはいうまでもない事だが。


「どうやら大丈夫そうね…用件だけ言うわ。Mチーム、そっちに回したから」

「そっか、わかった。なんとかできそうだな」

そう言いながらふと思いついたようにポケットをごそごそと漁る祐一。
そんな事はおかまいなしに――見えてないから仕方ないのだが――香里は言った。

「そう?なら通信…切るわね」

「あっ!!」

「何!?どうしたの?」

突然上がった祐一の声に香里は思わず大きな声で返してしまう。
当然、隣の助手席に座っていたあゆと後ろにいた栞もビックリして香里の方を見る。
あゆなんてもう既に泣く一歩手前まで来てるし、栞なんかは顔が真っ青だ。
しかし、祐一の返答は彼女達の予想に反して酷く切なく悲しそうだった。

「タバコが切れた…」

「バカ!!」


ガチャッ、ツーツーツー


「そんなにどならなくてもな…」

そうぼやきながら、やれやれと立ち上がる祐一。まだ耳がキ――ンとしている。

「さ〜て、先ずはあいつらと合流するとするか」

そう言って、祐一は元居た地下駐車場へと駆け出した。


タバコの自販機、どこかになかったかね……





                              §





今、地下駐車場前では出口を固めていた男達の前に1人(いや1匹とでも言うべきか)少女が立っていた。
頭に狐の耳を生やし両手から炎を出している少女―――沢渡真琴だった。
男達も突然現れた妖弧に戸惑っているのだろう。銃を構え威嚇こそすれ撃ってきてはいなかった。
本来妖弧に限らずに妖という種族は、人間世界には不干渉がルールとされているがごくたまに例外として
人間世界に籍を置くものも存在する。この沢渡真琴という妖弧は過去のある縁が元で人間世界で暮らしていた。
今や、妖弧の真琴といえば裏の世界では名の知れた存在である。
そしてまた、いつの間に現れたのか真琴の後ろに1人の少女―――天野美汐が現れた。

「どうやらA1はまだ中にいらっしゃるようですね」

「あぅ〜、そうなの?」

彼女達の任務―――それは中に残っている相沢祐一の脱出の手助けをする事だ。
それなら、まず……

「逃走経路、確保するとしましょうか」

と言い、美汐は目の前の男達に目をやる。

「それなら真琴に任せてよっ!美汐」

と言うやいなや駆け出す真琴。その目は久しぶりに暴れられると嬉しそうだ。
もっとも彼女の頭の中は祐一を助ける=肉まん奢り。で一杯なのだが。


やれやれ…コードネーム決めた意味、ありませんね……


そして、美汐は数分前、美坂香里が思ったことと同じことを考えていた。
男達の数は6人、銃を持っているとはいえ妖弧である真琴には何の障害も無く方がつくだろう。


どうやら私の出番は無さそうですね…


そう思っていた矢先、いつの間に来たのか彼女の肩に居た猫のぴろが鳴いた。

「そうですか、貴方は行きたいんですね」

うぬぁ〜

「それでは、私の代わりに真琴を助けてあげて下さい」

美汐の言葉に嬉しそうに一回鳴くとぴろは今行われている戦闘へと駆け出した。
その時のぴろの尻尾は2本―――いわゆる猫又である。
真琴のように人間化はできないが、人語を解することができる猫のぴろは『Kanon』の立派な戦力である。

真琴に加え、ぴろが戦線に参加した事でもう勝負はもうあらかた決したようだった。


やはり私の出番はありませんでしたね…





                              §





その頃、逃走班こと香里達は……

「ホラ、栞ちゃん早く、早く!」

「そっ、そんなこと…いわれても…ハァ、ハァ。お、おねえちゃ〜〜ん。もうダメです…」

「しっかりしなさい、栞!もうすぐ依頼先に着くわ」

薄暗く人通りのいない路地を走っていた。


香里の悪い予感は的中し、依頼先へ向かう道路が行く先々で道路工事があったり渋滞があったりで
先へ進めなくなったのだ。
仕方なく、香里達は依頼先のビルへと走っているというわけだった。

一応、鍛えてある香里や食い逃げのプロ(本人は否定してるが)であるあゆはともかくこれといって運動の経験
が無く、どっちかとういうと病弱の部類に入る栞はもうバテバテだった。

「ま、待って…」

徐々に遅れていた栞が目の前を走っていたあゆと香里に追いついた…と思ったら香里の背中にぶつかった。

「え、ちょっと何…って栞?」

「え、えぅ〜、も…ダメですぅ…」

そのまま香里に寄りかかるようにして目を回してしまう栞。
しかし、香里とあゆはそれどころではなかった。当然と言うかやっぱりと言うか…追っ手はいたのだ。
それは車での移動を諦める時には想像がついていたが。
目の前に立ちふさがるように4人の少女が立っていたのだ。


その中の1人―――青い髪のツインテールの少女はこちらを見て言った。

「こっから先は通行止めよ……『Kanon総合警備』の皆さん♪」

嬉しそうに言う青い髪の少女を睨むように見ながら香里は諦めたように溜め息をついた。


予感的中、か……





                              §





「おかしい……静かすぎる…侵入者が居るってのに…」

と、とうの侵入者本人である相沢祐一は呟いた。
地下駐車場へ向かっていた彼だが、真っ直ぐに向かおうとせず色々な階を行ったり来たりして進んでいた。
そして進むうちに気付いたことがある。


誰もいないのだ。


侵入した時はまだわかる。が、警報装置が鳴りこのビルに何者かが侵入してきた事がわかってもこのビルには
誰の気配もしないのだ。追っ手という追っ手は地下駐車場にいた黒服の男達だけだ。
しかし、その追っ手を振り切りビルに逃げ込んだ後、追って来るべき男達の姿は無い。
ビルの中にも人影は無い。無人の廊下を駆けながら祐一は呟く。

「こりゃ……やっぱワナか?」

ワナにしても意図がわからない。たった一人の侵入者に対してこんな大掛かりのワナなんて必要ないだろう。
それこそ、地下駐車場のように多人数で包囲してしまえば良いのだ。

「と、すると……これは俺に対する挑戦状かな?折原浩平!」

そう言って立ち止まる。
目の前には1人の男が立っていた。

「う〜ん、惜しいな…80点って所か。相沢祐一」


たった今、折原浩平と言われた人物。彼は『オフィスおね』の一員である。
この唯希で、なんでも屋と呼ばれる仕事をしているのは『Kanon総合警備』だけではない。
その中でも『Kanon総合警備』と肩を並べる存在として『オフィスおね』がある。
同業社は“共存”と“戦争”しかない……とはよく言ったものでこの2社は対立関係にあった。
今回も『オフィスおね』はこのビルからデータの奪還、という依頼を受けていた。


「その20点の減点は何だ?」

銃を構えながら祐一は言う。目の前の男とは仕事上こうして相対する事が多かった。
祐一がこの都市で生きている中で最も敵にしたくない男だった。
最も浩平の方もそう思っているのだが……

「ん?そんな事決まってるだろ……」

何を今更、と言うような口調で言うと、浩平もまた銃を構える。

「俺の気分だよ」

薄暗い廊下に男が2人――距離はだいたい50メートルくらいか――それぞれ銃を相手の心臓に狙い定め
立っていた。そんな状況でおどけたように祐一が言葉を発した。

「それはともかく……やっぱりお前が出てきたか折原浩平。いい加減見飽きたぞ」

「そう言うな。俺とお前は親友じゃないか。つれないぞ相沢祐一」

「こんな状況でよくそんな事が言えるもんだ。大体お前!!仕事選べよ!!」

「お前こそ選べ……盗みなんてやっちゃいけないんだぜ?」

「お前が言うと説得力のカケラも無いな。折原浩平」

「その言葉そっくりそのままお前に返すぜ。相沢祐一」

ギンッ、と緊迫した空間が辺りを包む。銃はまだ心臓に狙いを定めたままだ。どちらかが引金を引くだけで…

殺し合いが始まる。

しかし、この緊迫した緊張感をまるで楽しむかのように浩平は言った。

「くっ、平和的解決は絶望的か……」

「あぁ、交渉は決裂のようだな」

何処をどう行けばそうなるのかはまったくもって不明だが、およそ銃を構えあっている会話ではない。
それこそ日常で交わされる会話をこの2人はこうした死の境でやってのける。
これを彼等の同僚に言わせれば……

どっちも似た者同士で、バカなのよ。

と言う事になるのだが…


「さて、どうする?」

「どうする…って、ここまで来てやる事は1つだろう?」

「そうだな。そろそろ……死ぬか?」

「お前がな」


「「せーーの!!」」


薄暗い廊下に、銃声が二つ木霊する。







「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」

「ん、何だ?」

「どうして…どうしてこんな仕事をするの?」

「どうして、って言われてもな…」

「ねぇ、どうしてなの?」

「そうだな……この都市をどう思う?」

「この都市って…唯希のこと?
   そうだね……難しいよ」

「神も無い、平和も無い、かといって混乱も無い。ただこの都市に存在するのは…
 予定された未来である明日の為の希望だけだ。そんな都市には俺たちみたいな奴らが必要なのさ。
 天国になじめない堕ちゆく天使が、な。わかるか?名雪」

「祐一、その答えはカッコ付けすぎだよ」

「うるさい」

「……無事に帰ってきてね、祐一。おいしいコーヒー、ご馳走するから」

「まかせろって。お前のコーヒーは天下一品だからな。帰ってくる価値はあるさ」


彼には死ねない理由がある。

だから、彼は引金を引く。




〜〜あとがき〜〜

 どうも皆さんはじめまして。そうでない方も、はじめまして。はせがーという者です。
 今回は八岐さんのご好意により、この話を投稿する、ということになりました次第です。
 この作品、あえてジャンルを言うならば、『ごちゃまぜハードボイルド・ややへっぽこ風味』でしょうか。
 とりあえずこの話は連載です。これで終わりってワケではありません。
 今回の作品に対して言いたいことは浩平と祐一のカラミがたいしたことないと。
 もうちっと気の利いたこと言わせたかったんだけどな……
 ん〜、まぁとりあえず次回をこうご期待と言う事で……


 最後にもう一度。投稿を快諾してくださった八岐さんに一言。

そなたに感謝を

                                         はせがー


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