春。



      それは出会いと別れの季節。





その日、彼は今まで生きてきた中で過言でも何でもなく、彼の人生を変えるほどの一大決心を携えていた。
その日、それは彼の高校生という時間が終わりを告げる日。


そしてそれは彼が想いを抱いていた相手と別の世界に行ってしまう事を示していた。
最後に彼が長年抱いていた想いを相手に告げようとしても何ら不思議は無い事だろう。



「何? 話って」
「あ、あのな、美坂…」
「どうしたの? 様子が変よ?」
「いや、それは全然問題ないんだ。それよりもな…あー、その、なんだ…」
「だから、何よ? 話があるのならハッキリ言いなさい」
「実はな…、オレずっと前から美坂の事が…」

「香里―――――っ!! 早く来ないと置いてっちゃうよ―――――っ!!」

「ホラ、名雪が呼んでるわ。貴方も来るんでしょ? 打ち上げ」
「あ、ああ…」
「じゃ、話はそこで聞かせてもらうわ。早く行きましょ? 相沢君なら本当に置いて行っちゃうわよ」
「あ、ああ……、はぁ」



そう、彼は人生一大決心を持っていながら。
彼は言い損なったのだ。それはもー見事と言っていいほどにあっけなく。


それは、彼こと北川潤の高校卒業の日の事であった。






         大声で何度もアタシの名前を呼んで






あれから時間はちょっことだけ過ぎ、今は五月。
順当に大学生になった彼、北川潤は住み慣れた雪の街ではなく都会に上京し、一人暮らしをしていた。
私立の2流大学ではあるが、なかなかどうして大学生活は忙しく、今までとは違う環境も相まってアッと言う間の一ヶ月だった。
そんな多忙の状態ではある彼だが、ふとした瞬間に忌々しい卒業式の記憶が蘇りその度に後悔する日々が続いていた。

「はぁ…」
「なんだよ、また溜息か? 北川」
「んなこと言われても…、はぁ…」
「まだ卒業式のこと引き摺ってるのかよ、しょうがねぇなぁ」
「お前にはオレの気持ちなんてわかんないさ、斉藤」

北川の隣にいた斉藤は北川の言葉に肩をすくめる。いつもの事だからだ。
だが、そんな陰を帯びた彼がカッコいいなどと抜かす女が居やがる事は彼にとって気に食わない事の一つだった。
しかし、気に食わないからといって彼を嫌うのではなく、むしろ利用する。斉藤とはそんな男だった。

「で、だ。今日こそ来てもらうぞ。北川」
「合コンか? お前も懲りないな」
「お前には出会いってモンが必要なんだよ!!」
「興味ないな。パス」
「またかよ…」

斉藤が北川が来る、という名目で合コンをセッティングしている事は北川も知っていた。
しかし、失恋(ハートブレイク) 真っ最中の北川君はそんな新たな出会いを求めるだけの余裕なんて無いのだ。
それほどまでに卒業式の一件は彼に大きな傷を残していた。




さて、諸君たちは運命を信じているだろうか?
この世の中に運命の出会いというものがあると信じているだろうか?

他の者が聞いたら彼のソレは単なる偶然とかいった安っぽい言葉で片付けられるものであったかもしれない。しかし、彼に聞いてみると彼は大真面目になんの迷いもなく答えるだろう。

アレは“運命の再会”だったと。




とりあえず、予兆なんてものは後から考えるといくらでもあった。朝、目覚ましよりも早く目が覚めたり、目玉焼きの卵がキレイに割れたり、TVの占いで彼の星座が一位(恋愛運MAXのオマケつき)だったり、休講のおかげでいつもより1時間早く家に帰れたり――――と。
もしかするとたまたま電車の手すりにぶら下がりながらボケっと窓の外の風景を眺めていたのも予兆といえば予兆かもしれなかった。


とある駅に停まった電車の中からホームの人だかりを眺めていた彼はある一点に目線が行き、言葉を失った。
遠くのホームで電車を待っているのだろう人だかりに一際目立つその風貌。あのどんなに強い風が吹いたって揺らぐ事はないだろうビシッとした立ち振る舞い。あの少々クセっ毛な髪を押さえるあの動作――――何から何まで彼が恋焦がれてやまない相手。美坂香里だった。
その瞬間、世界が止まり。彼の目線は彼女に注がれた。呼吸するのを忘れるほど、真剣に。
しかし、彼女が彼の目線に気付くわけもなく。その日は彼の電車が動き出す事でまた2人は別の世界へ別れていった。


てっきり地元に残ったものだと思っていた。そう、彼女には病気が直ったばかりの妹がいる。彼は彼女は地元の大学に進学しその妹との失っていた時間を進めるのだと思っていた。だから、高校の卒業式で会えなくなるのだと――――そう思っていた。
ろくに頭が良くない彼だったが、やりたい事があった。そのためには地元の大学ではダメだった。都会に上京する必要があったのだ。
彼女と自分の夢を秤にかけた時もあった。自分の夢を捨て彼女を追って地元の大学に進学しようとまで考えた時もあった。
そうしなかった理由はただ一つ。
自分の夢を捨ててまで好きな女の尻を追っかけるような男を彼女が好きになるわけがなかったから。


だから。この駅の一方的な再会は。
彼にとって十分に“運命の再会”になりえたのだ。


“運命の再会”を果たした彼が家に帰って行った行動。それは地元にいる親友に確認の電話をする事だった。

「もしもし。水瀬さんのお宅ですか?」
「ハイ…って、北川か? あんがい遅かったな」
「それはどういう意味だ。相沢」

受話器の向こうで笑う人物こそ地元にいる親友、相沢祐一だった。彼は従兄弟の水瀬名雪と同じく地元の大学に進学し、相も変わらずの居候生活を満喫している。ちなみに美坂香里の妹、美坂栞の恋人でもある。

「香里に会ったんだろ?」
「な、どうしてそれを?」
「フム、出会うまで一ヶ月か…。結構時間がかかったな、こりゃ」
「だから、どういう事だ?」
「まーまー、落ち着け。で、香里とはどうやって会ったんだ?」
「えっと…、たまたま早く帰ったら駅のホームに…」
「香里は気付いたのか?」
「いや、気付いていないはずだ」
「なるほどなるほど…」

なにやら受話器の向こうでサラサラとメモをとっているような音が聞こえる。どこかおかしい。どうもこの男は初めっから知っていたような…

「おい」
「ん? どうした北川」
「お前は初めから…」
「あぁ、知っていたぞ」
「ど、どうして早く言ってくれなかったんだ!!」
「だってなぁ。その方がドラマみたいでカッコいいだろ?」
「黒幕は栞ちゃんか…」
「そういうことだ」

内心でこのバカップルに余計なお世話だ!! と喚き散らしながら必要な情報を入手し、簡単な近況を報告しあって受話器を置いた。


親友の情報(出所は彼女の妹経由なので信憑性は確か)によると、彼女は彼の最寄の駅から3駅離れた所で一人暮らしらしい。
会おうと思えば簡単に会える距離である。それが一ヶ月もかかってしまったのだ。よほど今までの自分は周りを見ていなかった事か、と一人苦笑する。しかし、今まではそうだったかもしれないが今からは違う。一ヶ月もかかったし距離も3駅しか離れていないがこの広い都会で出会えたのは紛れもなく事実なのだ。これは運がオレに味方している!! ってな具合でテンションも上がりっぱなし。同じ轍は二度と踏まない。踏むわけにいかない。何せあの時の後悔ならこの一ヶ月嫌になるくらいしてきた。ウジウジする自分にもそろそろ飽きてきた頃だ。
作戦は卒業式のときと何も変わらない。
当たって砕けろ!!


さて、次の日。
早速、彼女の最寄駅のホームに突っ立っている彼の姿があった。
彼の手には彼女の時間割が書かれている。これは彼の親友から得た情報をもとに作成したもので、見てみるとそれはもう素晴らしいと賞賛したくなるぐらい見事に彼の時間と一時間早いか遅いかして合う事はなかった。これを見たとき彼は笑ってしまったほどだ。
学校が終わるなり即帰宅の彼が今の今まで気付かなかったのも無理はない。
そして、今日は彼女の方が彼より一時間遅くこの駅にやって来る。彼としてはこんな中途半端な気分とは一日も早くオサラバしたいのだ。


もうすぐ、待ち人来たりて二人の時間が動きだす。


「よ。美坂、久しぶりだな」
「北川君!?」




「美坂ってこっちの大学だったんだな。知らなかった」
「アタシだって、北川君はてっきり向こうの大学だとばっかり…」




「大学生活はどうだ?」
「楽しいわよ。その分忙しいけど…、そっちは?」
「まあまあ、かな…」
「ふぅん」




「なぁ、美坂」
「何?」
「オレ、お前の事が好きだ」
「そう」




「一つ、条件があるわ」
「条件?」
「そう。アタシの事は名前で呼ぶ事。これが条件」
「わかった」




「オレと付き合ってくれ、香里」
「いいわ。潤」




桜も散り、GWも終わり、梅雨が訪れようとしている頃にようやく彼に春がやって来る。 
それは彼に新たな世界の到来を告げる鐘の音にも似て。


「しまった…」
「どうしたの? 潤」
「成功した後の事を考えてなかった…、これからどうしようか? 香里」
「そうね…、この近くにおいしいコーヒーを淹れてくれる喫茶店があるわ。そこに行きましょう」
「そうだな。話す話題には事欠かないしな。で、それでなんですが…」
「わかってるわよ。ワリカンでいいわよね?」
「すまねぇ」



ま、それはともかく。
こうして彼と彼女は恋人同士になりましたとさ。







「でも…いいの?」
「何がだ?」
「アタシは結構嫉妬深いわよ」
「知ってるよ。なんせあの栞ちゃんの姉なんだからな」
「あら、アタシはあの子ほど嫉妬深くなんてないわよ」
「どうだか。…ま、お手柔らかに頼むぜ。香里」
「こちらこそよろしく頼むわ。潤」







   ほんとにおしまい



〜〜あとがき〜〜

香里「最後まで読んでくれてありがとう。これは5万、あら6万?」
はせ「書こうと思ったのは5万HIT記念。だけど実際には6万HIT記念だね」
香里「ま、まぁともかく記念HITSSという事で…」
はせ「記念っぽさをこの記念SSで堪能してください」
香里「それは無理ね」
はせ「ぐはっ!!」
香里「大体なんで今更アタシと北川君の話なの? しかも微妙にアタシ目立たないし」
はせ「いや、一度書いてみたかったのよね。ラブラブな話」
香里「ラブラブする前に終わってるじゃない」
はせ「そーなんだよねー(泣)」
香里「今回の敗因は一体何?」
はせ「敗因て…、ま、いいや。それは…」
香里「それは?」
はせ「途中で北川君の告白がメインになったから」
香里「あれで?」
はせ「あれでとか言うな。しかもこの話の続きがあってもおかしくないというのがミソ」
香里「続き書く気、あるの?」
はせ「今んとこなし。他に書くのあるしね。もともと記念SSはこれともう一本あったのだ」
香里「で、それを今から書くと」
はせ「そういうこと」
香里「…7万HITにならなきゃいいけど」
はせ「ありうる」
香里「否定しなさい。嘘でもいいから」
                                                                     はせがー



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