記念日の朝



 恋人である、岡崎朋也とつきあい始めて丁度一年になる日。
 アタシ、藤林杏はその日午前5時に起きた。

 枕元の鳴る必要の無い目覚ましを解除する。
 いくら何でも早すぎる。そんなに早く起きてもすることがない。
 ベッドで上半身だけを起き上げる。

 これじゃあアタシが舞い上がっているみたい。
 みたい、じゃなくて舞い上がってるのか。
 素直じゃないな、アタシは。

 カーテンを開けて、何となく窓の外を見る。
 何故か雨。普通、こういう日は晴れるってもんでしょ?
 はあ、とため息をついて、アタシは早すぎる時間をつぶすために久しぶりに朝のシャワーへ向かった。



 シャワーを浴びて心身ともにすっきりとしたアタシは、手早く長い髪にドライヤーを当てる。
 また伸ばして長くなったのはいいけど、この乾かす時間が長いのよねぇ。
 短いときは随分と楽だったんだけど。

 髪を乾かし終えて、前髪をチェックして。
 軽くメイク。と言っても、リップを塗ってビューラーで睫を上げるだけ。
 ファンデも使わないし、チークもマスカラも、グロスだって使わない。

 後は着替えて、朋也にもらった紫色のアメジストのペンダントを身につけて。

 身支度を整えても、時間は余る。
 で、この余った時間を、アタシはどう過ごせばいいんだろう。

 はぁ、と本日二度目のため息をつく。
 なんで思いつくのが朋也へのお弁当だけなのよ。幸いにして時間はあるけど。

 アタシ、こんなに甲斐甲斐しく尽くすなんて思ってもみなかった。
 そんなわけでお弁当を作ることに。折角の記念日だし、全力で作ることにした。

 出汁巻き卵は必須。
 それから、朋也が以前美味しい言ってくれたもの。
 好きだって言っててまだお弁当には入れたことはなかったもの。

 ……アタシ、朋也に完全にやられてる。
 気づけばお弁当は朋也の好きな物ばかりになって。
 しかも、アタシはどんなに面倒くさいおかずだって鼻歌を歌いながら作っちゃうんだから。

 途中、母さんが起きてきて心底驚いた表情を見せた。
 そりゃそうだ。アタシがこんなに早く起きるなんて、滅多にない。
 そのお弁当、男の子にあげるの?って言われたときは、ちょっと焦っちゃったけど。



 午前6時半。
 椋が起きてくる時間だ。トーストとコーヒーの朝食を二人分用意する。
 寝ぼけ眼とともに椋が起きてきて、二人で朝食。

 ちなみに、椋もアタシが起きていることに驚いていた。
 そんなにアタシが起きてるのが不思議? しかも、びっくりして目が覚めちゃったとか言ってくれる始末。
 そんなんじゃ作ってあげたお弁当、あげないわよ?

 ま、結局あげて、椋に朋也君の好きなものばっかり、なんて言われて。
 思いっきり見抜かれたアタシは、恥ずかしくなって顔を赤くしちゃったみたいで。
 いいなー、なんて椋にからかわれる。



 椋に冷やかされたからなんて理由じゃないけど、アタシは朝食のトーストを急いで食べ終える。
 そのままリビングのソファーへ移動して朝のニュースを垂れ流すテレビに見入る。

 雨の音が聞こえてきて、何となく憂鬱な気持ち。
 テレビの天気予報は、今日の降水確率は10%です、なんて的はずれなことを言ってる。
 どこが10%よ。100%雨じゃない。

 空模様に嫌われたかしら。もしくは恨みを買ったとか。
 もしかして、アタシが珍しく早起きしたせい?
 こっちにとっては初めての記念日なんだから、もう少し気を利かせてくれてもいいのに。
 アタシはカップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 なんでアタシ天気になんて怒ってるんだろう。
 仕方がないことは仕方がないことなのだ。どうひっくり返ったってアタシが天気を操れる訳がないし。
 でもなあ、と思考はエンドレス。

 でも、ホントは楽しい日になる予定なのにこんなことじゃいけない。
 思考のエンドレスを無理矢理終了させて、アタシは立ち上がる。

 決めた、このまま朋也の家へ押し掛けて、朋也の寝顔を見ながら晴れるまで過ごしてやる。
 雨なんかあっちから逃げるようにしてやろう。
 うん、家に籠もって陰鬱としてるからいけないんだ。

 せっかくの付き合い初め記念日なのだ。一日中朋也といるのもいいかもしれない。
 アタシって、こんなに甘える質じゃ無かったと思うんだけど。ま、たまにはいいか。
 にへらーと緩んだ顔を引き締めて、スニーカーをはいて。
 玄関にある鏡で前髪をもう一度チェックする。

 そこで気づく。だから、どうしてアタシってばこうなのよ。
 服もスニーカーも、買ったばっかりのお気に入りじゃない。










 ドアをあけて外に出ると、雨が止んでいた。
 そして、空には虹が。自然と笑顔になる。
 雨だと文句を言っていた自分をバカだと罵ってやりたい気分。
 虹が架かった空なんて、雨の後だからこそ見られるものだから。

 アタシは笑顔のまま、歩幅を広げて早足に。
 どんどん先に、もっと早く進みたくなって。
 朋也に会えるのがそんなに楽しみなのか、自分に聞きたくなるくらい。
 それくらい、アタシはきっと幸せそうな顔を浮かべていたんだと思う。

 折角晴れた気持ちのいい朝日だっていうのに、それでもアタシは朋也を優先させるらしい。
 綺麗な虹だって架かってるし、日差しだって柔らかいのに、だ。
 もっとゆっくり気持ちのいい朝を感じて歩けばいいのに。

 まだまだ朋也の家は先だって言うのに、この前もらったばっかりの合い鍵を持て余す。
 そんなに会いたいのか、アタシは。会いたいわよ、ええ。会いたいにきまってるじゃない。

 だって、朋也の側は暖かい安らぎなんだから。

 そんな、普段は絶対に言わない言葉を心に浮かべて。自分で恥ずかしくなる。
 ああもう、どうして今日はこんなに舞い上がってるんだろう。

 記念日だから? それもある。
 天気のせい? それもある。

 でも一番は、やっぱりこの想いなんだと思う。

 ああ、もう一年か。楽しい時、幸せを感じた時。ケンカだってした。
 どれもこれも大切な思い出で、全部思い返すと朋也の家につくまでに終わらない。

 そんな、甘いと言える時間を過ごして、確実に実感する。
 アタシ、幸せだ。絶対に、幸せだってことは忘れないって、そう思う。



 朋也の家の前。合い鍵で鍵を開ける。
 いつも通りのことなのに、何故か心臓が高まる。
 とりあえず一端落ち着いて、動機を押さえる。

 ドアを開けて家に入って、まだ寝ている朋也の部屋へ。
 その無防備な寝顔は、アタシを幸せな気分にさせてくれて。
 それだけで、またアタシの心はドキドキする。

 なんか朋也がずるく思える。
 なんで、アタシばっかりこうドキドキさせられるのだろうか。
 きっと、惚れた弱みってやつなんだろうけど。



 そんなアタシの大好きな貴方の寝顔。
 このまま起こすのも少し可哀想かな。

 そんな貴方を見ながら囁くように、一言。

「好きよ、朋也」




あとがき

 八岐さん、100万ヒットおめでとうございます。
 記念と言ってはなんですが、このSSを贈らせていただきます。

 当然、ヒット記念と記念日を掛けて、それをお題としてみた作品。
 ごめんなさい、書いててめっちゃ恥ずかしかったです(汗
 だから、これ以上の尺は無理なのです、俺の精神的に。

 しばらく甘いのは書けませ〜ん

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