※ このお話はあゆED後のお話です。
※ 名雪×北川ものです。それでもいいという方だけお読みください。


中庭の光庭の中で




「遅刻だよ〜」
 朝のいつもの光景。水瀬名雪は学校まで走っていた。
「祐一に起こしてもらえば良かったよ〜」
 なにせ今日は三年生の始業式。いきなり遅刻はしたくない。
 祐一はというと、あゆがこの春から同じ高校に一年生として通い始めるから今朝はそれについていってしまった。
 寝坊した自分を恨みつつ、祐一だって起こしてくれてもいいのに、などと思ってしまう。
 校門が見えてきた。と、そのとき、反対側から走ってくる一人の男を見つけた。
「お〜い、水瀬ぇ〜」
 北川潤だ。二人は校門前まであと少しだったが、無常にもチャイムが鳴ってしまった。
「おはよう、北川君」
 遅刻確定のせいか、名雪の声は沈みぎみだった。
「おはよう、水瀬。お互い始業式から遅刻だな」
「う〜、嫌なこと言わないでよ」
「ははは、悪かったな」
 笑いながら北川が言う。だが、名雪は進む方向が違うことに気が付いた。
「北川君、どこいくの?」
「ん〜、さぼる」
 悪びれもせず、中庭に向かっていく北川。
「わ。いけないんだ」
「だって、これから中に入れってのか?」
 北川は嫌そうな顔を作る。
「始業式は体育館だぞ?教室でクラス中に見られるならまだしも、体育館で全校生徒に見られると思うと」
「さぼりたくもなるよね」
 名雪も北川についてくる。
「私もさぼるよ」
「いいのか?」
「うん、私だって今から体育館に入りたくないよ」
「そうだな。じゃあ中庭で待ってるか」
 二人は並んで歩き出した。祐一の悪口などを言っていると、すぐに中庭についた。
「こっちだ」
 北川が名雪を先導する。さぼるためのポイントを抑えているようだ。
「北川君、なんかなれてない?」
「ま、たまにはさぼりたくもなるさ」
「だからこういう場所知ってるんだね」
 中庭の中でも学校内から死角になる芝生。それなりに光も入っている。
「じゃ、俺飲み物買ってくるけど」
「私も〜」
「なにがいい?」
「なんでもいいよ」
 そっか、といって北川が遠ざかっていく。
 名雪は最近考えていたことを思い出し、考え込む。
 祐一は、あゆちゃんと付き合い始めた。確かに自分の中には少し、後悔しているところもあるのは事実。でも、それだけ?私は祐一のことを確かに好きだった。だったら、今祐一の隣にいれないのは何故?認めよう。私の心にはもう一人、男の人がいる。祐一一人に気持ちを向けていられなかった。だから、きっと……
「水瀬、買ってきたぜ」
 名雪の思考を北川の声が遮る。自分の悩みの種こそ、このへらへらした男である。
「ありがと。……わ、いちごのジュースだ」
「水瀬はイチゴが好きだからな」
「うんっ、いちご大好きだよ〜」
 名雪は幸せに浸っている。
 ……かわいいなぁ。この笑顔。いつからだろう?俺が水瀬を意識しはじめたのは。ああ、あのときだ。陸上部の練習でグランドを走っている水瀬を見た時。走っているときは、いつものぽわぽわした雰囲気ではなくて、きりっとしていた。でも、普段はやっぱりぽわぽわしてる。どっちも水瀬だけど、違うようで。でも、やっぱり同じなんだよなぁ。なんてことを考えていたら好きになってしまっていた。
「北川君?」
「ん?ああ、どうした?」
「なんか、ずっと黙ったままだったから」
「いや、ちょっと考え事」
 水瀬の事を考えてたなんて恥ずかしくて言えなかった。
「北川君でも考え事するんだね」
「おいおい、俺ってそんなに何も考えてないって顔してるか?」
「うん、してるよ」
「ひでぇ」
 くすくすと名雪が笑う。彼は解っていない。その、日向のような笑顔こそ彼の魅力だということを。
 そんな彼だから、彼だからこそ、話してみようと思った。
「ねぇ、北川君」
「ん?」
「話、きいてくれる?」
「いいぞ。なんでも愚痴ってくれ。そういうときのための友達だろ」
「うん。……あのね、祐一のことなんだけど」
 名雪はそう切り出した。ああ、と北川が相槌をうつ。
「私、祐一のこと、好きだった。でも、今は違う気がするの」
「ちがう?諦めたのか?」
「そうじゃないの。私、祐一のこと男の人として好きなのかわからなくなっちゃったんだ」
 だって、祐一と北川君、二人への想いは似てるようで違う。
「水瀬がそう思い始めたのはいつごろだ?」
「祐一があゆちゃんと付き合い始めたところから」
「そっか、じゃあ、きっとそりゃ家族愛に変わったんだろ」
「家族愛?」
「そ。相沢が月宮と付き合い始めた。それがきっかけだったんだろうな。水瀬は今でも相沢が好きなんだろ?でも、それは男として好きってわけじゃないってことは、きっと、家族愛だ」
「そっか。……家族愛か」
 確かに、そうかもしれない。お母さんと祐一への想いは似てる。もちろん、少しは違うけど、でも、すごく似てる。
「私、祐一のこと、ちゃんと割り切れてたんだ」
「悩んでたのか?」
「そんなに深刻なものじゃないけど。でも、北川君に言われて、ちゃんと自分の気持ちに気づいたよ」
「お役に立てて光栄です」
 少し、茶化したように北川が言う。
 自分の気持ちに気づいた。自分は誰が好きなのか。
「北川君」
「ん?」
 いつもの笑顔が名雪の顔を覗き込む。
「私たち、友達?」
「水瀬が友達だと思ってくれてるんだったら友達だ」
「香里とは?」
「友達だろ。俺たちは美坂チームだろ?」
「そうだったね。でも……」
 私は、言わなきゃいけない。祐一への想いもちゃんと割り切れた。もう、この想いは止まらない。
「私は、北川君とは友達じゃ嫌」
「え?……俺、なんかしたか?」
 何かしただろうか。俺、鈍いから知らないうちに傷つけてたかも。このままじゃ水瀬に嫌われちまう。
「違うよ。ほんとに鈍いんだね、北川君」
「え?どういうことだ?」
 北川の頭の中では?が飛び交っていた。
「私……」
 恥ずかしい。嫌われたらどうしよう。友達でもなくなるかもしれない。でも、それでも……
「私、北川君のことが好き」
「……え?」
「私、本気だよ。本気で、北川君のこと好きだよ」
 きっと、私は真っ赤な顔をしているんだろう。北川君も、顔が赤くなってる。
 水瀬が、俺のことを好き?相沢じゃなくて?どういうことだ?何を言ったらいい?いつもみたいに茶化す?馬鹿言うな。
「俺は……」
 いつもの笑顔が消えていく。何を言うべきか。きちんと、考えるために。
「俺も、水瀬のこと、好きだ」
「……ほんと?香里より?」
「なんでそこで美坂が出てくるかな?」
「だって、私、北川君は香里が好きだって思ってたから」
「もちろん、美坂のことは好きだぜ。でも、それは友達としてだ。水瀬が好きってのとは違うよ」
「だったら、名雪って呼んでよ」
「えぇ?」
 展開が急すぎて北川は少しパニック気味だ。
「な・ゆ・き」
「な、名雪」
 初めて名前で呼ばれて、私は嬉しくなった。でも、まだ聞かなきゃいけないことを言ってない。
「私と、付き合ってくれますか?」
 だんだんと、北川もいつもの顔に戻っていった。あの、日向の笑顔へ。
「もちろん。俺でよければ」
 その瞬間、二人が恋人同士になった。そして……ふたりの影が重なった。


「潤君は、まだ私のこと恋人として見てくれてなかったんだ」
 名雪は怒っていた。というのも、あのあと教室に言ったとき、北川が思わず水瀬と呼んでしまったからだ。
「悪かったって」
 その、困ったような、なんともいえない表情を見て、名雪は許してもいいかなと思ってしまった。
「イチゴサンデー」
「え?」
「それで許してあげるよ。奢ってくれるよね」
「わ、わかった」
 なんとなく、祐一の気持ちがわかったような気がした北川だった。
「じゃ、行こう、潤君」
「名雪、待ってくれよ」
 二人が、笑いながら走っていく。
 俺、やっぱり、この笑顔が……
 私、やっぱり、この笑顔が……
 大好きです。





あとがき
八岐さん、60万HITおめでとうございます。
 その記念ssとして遅らせていただきました。
 いかがだったでしょうか、自分の処女作の『中庭の光庭の中で』。
 こんなssを呼んでくださって真に恐縮です。
 ネタが思いついたので名雪×北川を書いてみましたが、香里×北川も書いてみたい気がします。
 それでは、次回どこかでまたお会いいたしましょう。


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