〜華音な空、魔物の冬〜
 
――番外編 ESPの春――
 
 
 
 
 
たいていの場合、特にテレビの特番で幽霊などを否定する科学者達の言い分は異口同音である。
まず、司会が話を振ってすぐその存在を小馬鹿にするように否定する。そして、
 
それは人間の脳が作りだした幻にすぎない。
それはその地から発せられる電波が人体に悪影響を及ぼしているに違いない。
それはただの空想、虚妄だ。その証拠に私は全くそんなものを見ないではないか。
 
と言う意味の言葉を散々たれ流すのだ。
 
テレビ構成も大抵1つか2つCMを挟むことで劇的な効果を上げる場所があり、視聴率アップに余念がない。
 
そして、司会がこんな事を言って終わる。
 
今回は発見されませんでしたがただ今、我々取材班は全力でこれを追いかけております。
次回では必ず、必ずこの謎を暴いて見せます!! それでは、ごきげんよう!!!
 
「ほんと、嫌になるよなー。え〜と…三角」
 
どこか冷めた口調で北川は愚痴る。久瀬はそれに苦笑しただけだった。
ただそれに応えるように机に並べられた5枚のカードの内一枚をめくった。
 
マルだった。スコアにまた1つバツが付け加えられた。
 
「あんなこと言っといて絶対もうしないじゃないか。
もう一度やったとしても今度は、追いつめたー!! とか何とか言って同じ台詞の繰り返しだぞ?」
 
「まぁね」
 
慣れた手つきでカードを滑らせシャッフルさせる。よく見ていたら分かりそうで、まるで分からない。
これだけでも久瀬がマジックにも精通していることが見て取れる。
 
「まぁ、北川特派員、そんなものテレビが普及して以来使われている手口だよ。
いわば公認のね。そうしてここまで登り詰めて来たんじゃないか。それにあんなもの、誰もが信じているわけでもないだろう?」
 
「まぁそうだけど…あ、そうそう幽霊と言えば、久瀬、聞いたか? この前また魔物が出たらしいぞ」
 
「北川特派員」
 
嬉々としている北川に対して久瀬の表情はどこかくだらない色が混ざっていた。
いつまでもシャッフルしていた手が止まり、久瀬がこちらに顔を向ける。
 
「くだらない話をせず集中したらどうだい」
 
「…くだらないか?」
 
「あぁ、もちろん」
 
久瀬は躊躇なく答えた。
 
「じゃ、超能力はくだらなくないのか」
 
「あぁ」
 
北川は心の中で今日数十回目の溜息をついてコタツの中でモゴモゴと体を動かした。
 
部室の隅にあるラジオからうら若いニュースキャスターの声が聞こえてくる。
その声はノイズと共に春の訪れを告げていた。
 
しかし春と言ってもまだ冬と言っていい時期であり、言うならば初夏が春であるこの地域。
そんな寒さの中、いくら部屋の中と言っても吐き出す息は白く、コタツはあるのにストーブがないのがとてつもなく恨めしい。
 
これも久瀬曰わく、
 
適度な温度は人間の脳の働きを緩めてしまう。極寒こそがインスピレーションを高めるんだよ。
 
らしい。
 
しかしさしあたって今欲しいモノはひらめきではなく暖かさである。
だから北川はコタツの中に体と言わず腕までつっこみ、できる限り熱の発散を阻止しようと悪戦苦闘していた。
 
そんな、動きが最小限に陥る状況だから部室はそれはもうひどいことになっていた。
 
部室の中はまさにゴミの大海と言った感じで生活用品や食べかす、なぜか服まで散らかっていた。
匂いはそれ程気にはならないが、もちろんそれは慣れてしまった人間の悲しい性であり、
始めてこの部屋に入った者がマダムなら一発で失神してしまうような凄まじい妖気が漂っていた。
 
 
この悪魔城のような状況も美坂香里の入部によって多少改善されるのだがそれはもう少し先の話。
 
 
とりあえず、ゴミの大海に畳み二枚からできる畳島がぽつんと部室の真ん中に鎮座しており、
その上を電気コタツが占拠し、北川と久瀬はその恩恵にあやかりながら超能力実験を行っていた。
 
実験としてはごく簡単なテレパシー実験。
 
部屋の中とは正反対、綺麗な机の上に並べられている5枚のカードの記号を順に当てていくものだ。
一枚もあたらなければ”×”で一度当てると”△”それ以降は”○”になる。
 
「…バツ」
 
久瀬はニヤリと笑いカードをめくった。
 
見事バツだった。そして久瀬の手が次のカードにうつる。
 
「……四角」
 
「残念」
 
ひるがえす。マルだった。スコアに”△”が付け加えられる。
 
 
退屈以外の何物でもなかった。
 
 
記号など1つも浮かんでこないし何より久瀬から送られてきているはずのテレパシーが全く感じ取れない。
感じるのは無駄な徒労感とコタツに入っていても分かる凍てつく寒さ。
 
退屈と寒さを紛らわすように北川は口を開いた。
 
「―――なぁなぁ、魔物って一体なんだと思う?」
 
カードを裏返そうとする久瀬の手が止まった。
 
「北川特派員、応答せよ。君はもしかして魔物とやらが本当にいると思っているんじゃないだろうね」
 
「は?」
 
質問の意味があまりにも意外なものだったため北川はつい聞き返してしまった。
 
今、学校中で噂されている話題と言えばそれは夜の魔物に他ならなかった。
夜な夜な聞こえる咆吼に割れた窓ガラス。目撃者は数多く、警備員ですらびびって職務を果たせずじまい。
 
その時からだっただろうか。魔物の噂が流れ出したのは。
 
学校に潜む魔物。幽霊、悪霊。
未知の動物、怪物。
 
その噂はまさしく音速の速さで人の耳に入り、真実として記憶のポケットに収まる。
そしてそれは未知のモノとしてこの学校に存在することとなった。
 
正直言って胸が高鳴る。
 
北川もそんな生徒の1人だった。しかし久瀬は明らかに違うようだ。
 
「…いいかい、あれは人の深層心理そのものだ」
 
「なんだ? それ」
 
表になった二枚を裏返し、見向きもしないでカードを入れ替え、
 
「言葉通りだよ。魔物を見たとか言う奴は一体いつそれを見た? 多分ほとんどが夜だろう。
しかも見たと言ってもそこの闇がちょっと揺れた、とか不気味な物音がした、とか全く具体例がない。
いいかい、未知は幻と言うことじゃない。未だ知らず、だ。
魔物がこの学校にいるのならそいつの毛やらウンコやらが落ちていてもいいだろう」
 
理解の色が広がりつつある北川の顔に久瀬は大きく頷き、
 
「分かったようだね、北川特派員。
心の奥底ではだれもがそう言う不思議を求めているんだよ。
一種の薬だな。つまらない毎日を面白くする、ね。それとも麻薬の方がいいかな。
まぁつまるところその心理がこの学校ではたまたま”夜の校舎に潜む魔物”として働いているにすぎないんだよ」
 
理解できる。
けどそうなのだろうか、と北川は思う。
 
「咆吼とか聞いてる奴もいるぞ?」
 
「この辺りは犬を飼っている家庭も多いからな。遠吠えが反響して不気味な音にでもなったんだろう」
 
「ガラスが割れているのは? ――――三角」
 
マル。
 
「―――おおかた悪戯好きの奴がやったんだろうね。それかこの噂を流している奴」
 
北川は溜息をついた。
そう言われてみればそうかもしれない。
 
久瀬の言うことが正しければ最近噂になっている魔物など荒唐無稽もいいところ、
悪く言えば根も葉もない噂に踊らされていると言うことか。
 
久瀬の言ったこと全てを信じるわけではないが、それでも北川の心に小さな穴があく。
 
そして魔物への不信感からかこの実験もバカらしく思えてきた。
 
魔物と超能力。一体どこがどう違うのだ。
超能力とて今の久瀬のように問いつめていけば何かしら未知ではない、
このどこまでも胡散臭い現実と繋がるトリックがあるのではないのか。
 
だったらいまオレ達は何をしてんだ。
 
部室からは見えないが、外は今日もこの寒さに似合わない青空が広がっていた。
ときたま聞こえてくる鳥のさえずりが平和を象徴している。そしてそれは間違いないだろう。
このどこまでも澄んだ平和な青色に北川の心も染まる。しかし決してすがすがしさを表すわけではない。
 
その表情から久瀬は見て取ったのか、
 
「北川特派員、魔物と超能力は全く別の次元だ。そう悲観することもないだろう」
 
「そうかぁ?」
 
いまいち釈然としない北川に久瀬は苦笑し、
 
「超能力に関する報告は世界にそれこそ無限の数だけある。なるほど、そのほとんどは確かに嘘かもしれない。
しかし、その中に1つだけ真実があっても不思議ではないだろう。まぁそう言うことにおいてはアメリカが進んでいるね」
 
「アメリカが?」
 
つけっぱなしになっているラジオはいつの間にかニュース番組に変わっていた。
 
今朝、朝早くにアメリカの大手銀行に強盗が侵入しました。
犯人は人質を取りその場に留まり卑劣な要求を繰り返しましたがアメリカ狙撃班の活躍で解決された模様です。
当地の警察によりますと―――――――
 
そんなアメリカで超能力?
 
「アメリカが。超難解な事件に関して超能力者の助けを求めることはよくあるそうだ。
そして超能力を操る彼らは結果を出しているんだ。詳しい話を聞くと驚くよ。なにせ勲章まで貰ってるからね」
 
つまりアメリカではすでに超能力を認めていると言うことか。
久瀬の言うことに納得しかけて、不意にもう一つ疑問が湧いて出てきた。
 
「それじゃ、俺達が実験で超能力を証明しようとしなくてもいいじゃないか。マル、三角、バツ」
 
めくる。マル、三角、そしてなぜかジョーカー。
 
「この話はあくまでアメリカでの話だよ、北川特派員。
もしかすると日本人には超能力などないかもしれない。
そこを探求し、追求し、解明することこそ僕たち日本人に課せられた使命じゃないか。
それにジャーナリストたる者、己の目で真実を見極めなければいけない。そうだろう?」
 
勝手に日本人全体の命題にされても困る。
それに、一介の中学生に解明できるほどのものなら超能力など毛ほどの意味しかないのではないかと思う。
 
しかし、
 
北川はさらにこうも思うのだった。
 
華音中学2年にしてゲリラ部である華音系電波新聞部部長。
全国トップレベルの頭脳を持ち足も陸上選手並に早い。おまけにそれなりに見える。
 
どこから見ても超人だと思う。そしてスーパーマンだとも北川は思っていた。実際そうだ。
 
久瀬清十郎、こいつならもしかすると解明まではいけなくても手がかりなど造作もなく見つけるのではないのだろうか。
 
 
と、北川がとりとめもない考えに浸っているその時、不意にコタツの脇で仰向けに倒れていた目覚まし時計が鳴り始めた。
 
 
ビクリと北川の肩が震えた。久瀬はシャッフルしていた手を止めた。
そしてまったく同時に久瀬と北川は目覚まし時計のデジタル画面を覗き込んだ。
 
【A.M 11:55】
 
それは四時間目終了15分前であり、昼休憩15分前であり、作戦開始の合図だった。
 
「ふむ、もうそんな時間か。実験はまだ途中だけど…まぁいいか。それじゃ、いざ出陣だ!!」
 
時計を鷲掴みにし、時刻を確認すると久瀬は突然コタツから飛び出て叫んだ。
しかし暖かさに未練があるのと、これからの恐怖で北川は逆にコタツの中で縮こまってしまった。
 
そして唐突に思い出した。これだけは聞いておかねばならない。
 
「なぁ…それで配置はどうするんだ?」
 
久瀬は今まで記録されてきたスコアを見ながら、
 
「うん、どうやら僕の時の方が送信の効率はいいようだね。当初の配置でいこうと思うけど、どうだい、北川特派員」
 
どうもなにも送信役をするぐらいならコタツの中で脱水死した方がましだ。
しかしそれだけは逃れた北川は渋々コタツから這い出た。そして一呼吸置いて、
 
なぁやっぱりやめないか
 
喉の途中で詰まり、その一言がいえなかった。
 
コタツから出たそこは暖かさとは縁のない、冷めた領域だった。
雪国らしく春というのに外には少しだが雪が残っていた。日射しを浴び、溶けながらも冷たさを放出している。
吐き出す息はやはり白い。舞い上がり、霧散する。
 
爆発的に血圧を上げた久瀬の吐息はしかし、風ではなく自身の発声によってかき消された。
 
「――――――いい天気だ。
よし、北川特派員、時計をあわせるぞ」
 
北川の気持ちなど知らずに久瀬は左手に巻いた安っぽい時計をつきだした。
 
「3,2,1,よし!!」
 
ピッと短い音を立て時計が作動する。
久瀬の腕に巻かれた黒い時計が日射しを反射し、肩に担がれたボストンバッグが白の景色によく映える。
 
そして北川は気づいた。
 
「久瀬、何だそれ?」
 
そう言う北川の目に銀のきらめきが入り込んでくる。
 
「これ? なんだ、知らないのかい北川特派員。
棍だよ。運良くうちの倉の中にあったんだ。どうも武器として使っていたわけじゃないらしいけど」
 
武器。
 
その単語を聞いて北川は猛烈に嫌な予感に駆られた。
 
「何に使うんだよ…そんなもの」
 
「何をいまさら」
 
バッグとは逆の手であからさまに禍々しい棍を手に持ち、校舎の一角を指す。
 
もちろんそれが指すそこは、
 
 
 
自分にとって戦場になるであろう事を北川に容易に示していた。
 
 
 
§§§
 
 
 
思う。人生などしょせんこんなものなのだ。
運命と言う言葉を北川は好きでも嫌いでもなかった。
ただ、都合の悪いモノは全て運命で括って納得することができる。これは北川もよく使う手だ。
割り切ってしまえる何かがある。運命という言葉を考えた人は偉いと思う北川であった。
 
しかし、時には運命にも抗いたくなるものなのだ。
 
「な、なぁ久瀬。さすがにこれはまずいんじゃないか?」
 
言えた。それも割とスラッと。しかし北川は自分の行った偉業に感動する暇はなかった。
 
中学北校舎三階突き当たりのドアの前。
文化系のクラブなどで放課後ごった返すそこの通路は割と広く取られていた。
2人とボストンバッグが横に並んでもまだ充分余裕がある。
 
壁際に哀れ無造作に投げ出されたバッグは未知の領域に踏み入ろうとする2人を半分ペシャンコになりながら見守っていた。
 
「北川特派員、援護を頼む」
 
ボストンバッグを手放した久瀬の両手にはしっかりと例の棍が握られている。
そのまっすぐ突き出された棍の先にある扉に取り付けられたプレートには、
 
『華音中学校放送室』
 
と古めかしい文字で書かれていた。
 
「いや、援護って言われても…」
 
「では、行くぞ!!」
 
もはや久瀬は北川の言葉を聞いていない。そして止まらない。
 
その時、合わせなくてもよかった時計が指し示す時刻はちょうど12時。
 
 
 
華音中学校の歴史に刻み込まれることとなる12時だった。
 
 
 
久瀬が一歩踏み出す。
ダンッと衝撃音をだしながら腰をひねる。腕を突き出す。手首をねじる。棍に回転を加える。
怪鳥のごとき裂帛の気合い。春の青空にどこまでも突き抜ける。
 
 
「ほぁあっちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁあああああああ!!!」
 
 
恐らく鍵はかかっていなかったはずである。
かけ声や衝撃と共に勢いよく開いた扉の奥には目を丸くし、口を半開きにした生徒が2人いた。
 
女の子だった。
 
泣きたかったら泣けばいいと北川は思う。
 
 
それはさておき―――――――
 
 
勢いよく開いた扉が勢いよく閉まらないうちに北川は扉を両手で押さえ、中に侵攻した。
 
 
季節は春。
 
 
名残雪がしぶとく生き残り、桜も咲かず、ホトトギスが鳴く。
花見もできず、しかしできるはずもなく北川の春は加速度的に進んでいく。
 
「ははは、どうか大人しくしやがれこのやろう……でいいんだっけ? 久瀬…」
 
「ここは僕たち華音系電波新聞部が占拠した。
危害を加えるつもりはないが……賢明な選択を望むよ。さ、これが最後の忠告だ。逃げるか散るか、決めてもらおうか?」
 
 
それは超能力の春であると同時に、ゲリラの春でもあった。
 
 
 
 
 
 
§§§
 
 
 
 
 
 
恐らくその時の時刻は12時10分前後だったと思う。
ちょうど職員室前を走る生徒を叱りつけた覚えがあるし、百花屋が昼の出前を始めるのがそれぐらいの時間なのだ。
 
とにかくその時、『自称』科学の加護を受けた聖戦士石橋泰蔵34歳独身最近失恋中にて常時恋人募集中は、
 
百花屋の出前メニューを見ながら頭の中で今日の昼食を決めている最中だった。
 
さてどうしたものか。昨日はご飯だったから今日は麺類だな。
いやちょっと待て。確か午後の授業は久瀬のクラスだったはず。麺など食べて気力が持つのか?
持たない。力が付くと言えばあれだ。丼だ。卵入り。科学的にもバッチリだ。いやしかし、昨日食べたな。
 
などと思っていた。
 
そしてついにドンブリで決着がつき、石橋は目の前にある受話器を片手で取り上げ、プッシュボタンを押し始めた。
 
慣れた手つきで、しかしそれは途中で止まった。
職員室のスピーカー、よく声の通るそこからこんな声が聞こえてきたからである。
 
 
 
『え〜と、これ……だよな?』
 
 
 
他の教師は気にしなかったが石橋は訝った。
 
なるほど確かにそろそろいつものクラシック放送が始まる時間だ。
しかしこのような明らかにド素人と思われる生徒によるしゃべりで始まるちんけなモノではなかったはずだが?
 
『えーあー…マイクテス、マイクテス』
 
再び同じ声。そして乾いた笑い。
 
『あはは……みなさんこんにちわ。華音系電波放送局です。聞こえますかー?』
 
その時点で職員室にいた者全員が顔を上げスピーカーに視線を注いだ。
 
『これから華音系電波新聞部によるテレパシー実験をします。
みなさん、紙と何か書くもの―――なんでもいいです―――を用意して下さい。
あぁっとそれと、近くの人でいいからテレビ付けてもらえるか?』
 
バタンと音がし、あつかましくも設置されている個室から教頭の田代が出てきた。
 
「な、なに? なにこれは? ちょっと困るんだけど??」
 
誰かが驚いた声を上げた。
 
「え、教頭は許可してないんですか?」
 
「許可? 許可なんてしてないよ〜。困るんだよね〜。してないんだよね〜。
え〜と、誰君だっけ? 誰? あぁまぁいいや。でもやっぱり許可した覚えはないんだよね〜」
 
「今はそんな事より!! テレビを付けて下さい!!」
 
教頭の間の抜けた声を聞くのも我慢の限界だった。
石橋の叫びに応えるようにテレビの近くにいた教師が食べていた飯を起き、立ち上がりスイッチを押した。
 
真っ暗だった画面が次第に色を持ち始める。
 
そして画像が鮮明になりそれが画面に映し出され、
 
「ブッ―――――――!!」
 
目の前にいた教師はコンビニで買った牛丼特盛り紅生姜付き特価400円の欠片を吹き出していた。
 
 
久瀬のドアップだった。
 
 
学校中の教室と言う教室で女子生徒の悲痛な叫びと男子生徒の爆笑が爆発した。
甲高い声を上げているのは生徒だけではない。女の教師もこれにはビックリしたのか年齢に似つかわしくない声を上げていた。
 
爆弾発言をした芸能人を目の前にしたマスコミのように辺りの温度が上昇する。
 
が、石橋だけはその画面をプルプルと震えながら見つめていた。
 
カメラが少し退きそこに見える久瀬はいつもと違い首飾り、ブレスレット、挙げ句の果てには指輪までつけていた。
鉄パイプで簡単に作れそうなピラミッドの中で座禅を組んで久瀬もまた画面を睨んでいる。
 
『こんにちわ、華音系電波新聞編集長久瀬清十郎です。
北川特派員の言ったとおりこれから電波を使ったテレパシー実験を始めます。
みなさん、筆記用具の用意等の準備はよろしいでしょうか?』
 
まさか職員室にはそんな者はいなかった。
が、上から聞こえてくるキャーキャーという叫びを聞く限り生徒はノリノリのようだ。
 
何かばつの悪そうな顔をして教師達は顔を見合わせている。その間も久瀬は言葉を続ける。
 
『先日、僕は百花文具店に行きサイン色紙とマジックペンを購入し、帰宅後トイレに閉じこもり色紙に落書きをしました。
それは絵かもしれないし、記号、幾何学的図形、あるいは文字かもしれません。とにかく僕は……』
 
一呼吸おいて久瀬はプラスチックの板で挟みガムテープでグルグル巻きにしているそれを掲げた。
 
『僕は落書きをし、このように厳重に封印をしました。
割り印もしているため、今、この色紙に何が書かれているかを知っているのは僕だけと言うことになります。
そこでみなさんにはここに書かれているモノを当ててもらおうと思います。手順は簡単。
これから僕が落書きのイメージを浮かべてテレビを通してみなさんにテレパシーで送信します。
もし何か頭に浮かび上がったらそれを紙に書き部室棟208号室前の回収ボックスまで入れて下さい。
なお実験結果は次回の新聞で発表しますが、正解した場合名前を乗せるか乗せないかも同じく書いて下さい。
それでは、テレパシー実験を開始します――――北川特派員、ライトが眩しすぎる。光量を下げてくれないか』
 
その中継を石橋はただただ見ていることしかできなかった。
こんな事は科学的に間違っている。そんな思いが科学的にグルグル回る。
 
いつの間にか繋がっていた受話器の向こうからヤンキーっぽい声が聞こえてくる。
 
っしゃーい!! こちら百花屋ですが出前っすかぁ!!?
……あのーもしもし〜!!? 早く注文して欲しいんすけど!! こっちもちょっと忙しんで…もしもー――――
 
ガタンッッ
 
半ば投げ捨てる形で叩きつけた受話器の音量はざわめきの中の職員室を突き抜けた。
驚きの顔を浮かべる教師達の視線を一身に受けながら石橋は僅かに残っている思考回路を稼働させ始めた。
 
ほどなく思考回路に送り込まれた議題は怒りと憤怒になって帰ってきた。
 
「教頭!! 何をしておられるのですか!!? 早く、早くあいつ等を捕まえないと!!!」
 
「う〜ん、分かってるんだけどね〜でもねぇ……誰が行くのかなぁ〜…嫌なんだよね〜
こんなこと私苦手なんだよねぇ。誰か言ってくれると楽なんだけどねぇ」
 
田代は教師に向かっていつもこうである。
面倒くさいことは誰かに任せようとしてしかし、命令はしない。おそらく責任を負いたくないからだろう。
いつもならほっといてくれるのでありがたい反面、こういう時は無性に殴りたくなる。
 
その間にも既にテレパシー実験は始められていた。
 
久瀬は半眼になり、まるで魂が抜け落ちたような顔しながら首を斜めに傾けている。
恐らく放送室は精神集中のためあまりにも静かなのだろうが教室では抑えきれない笑いがマグマのように吹き出していた。
 
そしてその一瞬、なぜかテレビの中の久瀬と目があった気がした。
 
『キェェェェェェェェェエエエエエエエ――――――――!!!』
 
唐突に目をむき出して久瀬は奇声を上げ始めた。
 
しかし久瀬の奇声はただの奇声ではない。
 
 
人間に隠された未知の能力。
解明されたことのない、しかし太古から追い求めて止まない異能の力。
 
 
そんな未知の領域を切り開くための―――呼び水。
 
 
そしてそれは科学の力への挑戦状そのものだった。
 
「この俺を前に…いい度胸しているな、久瀬」
 
今日という今日は科学的に殺してやる。
挑戦状は受け取るのが常である。そして石橋の科学的自負に敗北はない。
 
「私が付いていきます。行きましょう、教頭先生」
 
目を向けた先にいる教頭がなぜ少し怯えていたのか、
 
 
 
凄まじい形相をしていた石橋はちっとも気づいていなかった。
 
 
 
 
 
程なく辿り着いたそこには石橋が想像した以上の野次馬が扉の前に群がっていた。
石橋は野次馬達を怒鳴り、押し分け、時には強硬手段をとりつつかき分けると扉にかじりつき最大限の音量を叩きつけた。
 
「くぜぇ!!! ここを開けろっ!!! 北川もいるのか!? おいこら返事をしろっ」
 
ドンドンガンガン扉を叩きながら、
 
「貴様らいくら迷惑をかければ気が済むんだッッ!!? いいから早くここを開けろ!! くぜぇぇーー!!!」
 
当たり前だが返事はない。
それに野次馬の声がひどく扉の向こうに達しているかも怪しかった。
 
そんな野次馬を田代が追い払おうと何か注意しているが石橋ほどの迫力があるわけでもなく、徒労に終わっていた。
 
取りあえず野次馬はほっとき、一応扉に手をかけてみる。やはりびくともしなかった。
 
すぐに手を離すと石橋は野次馬の中から四時間目の授業がなくて放送室で待機していたはずの生徒2人を捜し始めた。
が、探すまでもなかった。2人の女生徒は石橋の後ろに半泣きの状態で突っ立っていたからである。
 
「先生!!」
 
「鍵は!! 鍵はどこにある!?」
 
半ば八つ当たり気味に聞くと、女子生徒の1人が、
 
「か、鍵はここにあるんですけど…そ、その中からつっかえ棒でもしてるみたいで、えっと……」
 
「放送室内で大人しくしているよう言われていただろう!?」
 
何か思いあたるふしがあるのか突然その女生徒はうつむいてしまった。少し肩が震えている。
もう1人の女生徒が彼女の背中をさすってやりながら、石橋に、救いとほんのちょっとの恐怖を携えた瞳を向けた。
 
「そ、その、わ、私達はちゃんといたんですけど、突然扉が開いて…その、棒みたいなの持ってて……
…こ、ここから立ち退いて欲しいって言ったから、だから…」
 
すべてを聞くまでもなく、クラッときた。
ようするに放送室になぐり込みをかけ、占拠したと言うことか。そう石橋は要約した。
 
このゲリラ部らしいゲリラ活動を目の前にすれば否定する材料など一つもなく、
 
『どっっっっっりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!』
 
お昼のひとときにまるでふさわしくない奇声はこの上なく説得力がある。
 
2人に背を向けると石橋は再び扉にかじりついた。そして、久瀬に負けんばかりの雄叫びを――――
 
「くぜぇ!! 今すぐやめろぉぉー!! きたがわァァ!!! ここを開けろぉぉっ!!
貴様らぁぁぁ!! 今日という今日は容赦せんぞ!! こぉこぉをぉ――――あ゛げろ゛ぉぉォォォ!!!!」
 
 
お昼の平穏な時間が激しく流れていく。
 
 
 
 
 
 
§§§
 
 
 
 
 
 
唯一の入り口である扉がガタガタ震えている。
 
石橋がやってきたのだ。そう遠くない未来にここは陥落するだろう。北川は妙に冷静にそれを理解していた。
先程からの野次馬の声にも増して石橋の怒声はたやすく扉をぶち破り、北川に着弾している。
棍は鉄製と言うことでまさか折れはしないだろうが軋みっぱなしで保証はできそうにない。
 
いったん扉の前から離れると北川は久瀬の様子を見てみた。
 
「ずぉりゃゃゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
 
部室での実験とは遠くかけ離れたオーバージェスチャーをしながら久瀬は懸命に声を張り上げていた。
もはやカメラの方を見ていない。最高潮にいる演歌歌手のように腰を深々と曲げたり、拳を握ったり、ライブのようだ。
規則正しく組み込まれていたピラミッドも今は見る影もない。
 
もちろん久瀬は大まじめである。
 
この最初で最後、人生でも一度しかないこのチャンスにすべてを注ぎ込んでいるのだ。
いるのだが、久瀬の動きに合わせて拍手と笑いが爆発しているのを北川は肌で感じていた。
笑いに合わせて北川の腹がよじれる。ここまでくると実験の主旨を覚えているか限りなく不安だった。
 
『久瀬ェ!! 北川ぁぁぁ!! くぉらぁぁーー!!!』
 
が、今はそれどころではない。
実験開始から約15分。よくもってくれている。しかしここからはいつ石橋が強硬手段に出るかも分からない。
 
限界だ、そう北川は判断した。
 
石橋の怒声と野次馬の歓声に後押しされながら北川はおぼつかない足取りでカメラの後ろに回り込んだ。
そして、【撤収】という意味の書かれた紙を覗かせた。
 
久瀬は息を飲み、ゆっくり天井を向き、吐き出した。
 
「――――みなさん、これで華音系電波新聞部による実験を終了とさせてもらいます」
 
悲壮感いっぱいの目でカメラに語りかける。
 
一瞬の間。そしてブーイングと拍手と、いつまでも続く爆笑。
 
「非常に残念です。僕たち華音系電波新聞部の実験を妨害しようとする者達の勢力が忍び寄ってきたようです」
 
久瀬はカメラの後ろに立つ北川に一度頷くと、
 
「お聞き下さい。彼らの理性の欠片もない悪口雑言の数々を!!」
 
それに合わせて北川は扉の前まで駆け寄りマイクのスイッチを入れた。
 
『久瀬!! 北川ぁ!! 覚悟しろ!! 今日こそ××して△△してやるからなーーっ!!』
『いやね、石橋先生、どうかな〜。それはどうかと思うんだけどね〜』
『教頭は黙っていただきたい!!』
 
マイクが拾った声のほとんどが石橋による悪態の数々だった。
こんなモノを聞いたらPTAのおばさま方は間違いなく久瀬よりもまず先に石橋を処分するだろう。
 
自分の罵声が学校中に轟いていることなど気づかず石橋は扉をバンバン叩き叫び続ける。
 
北川はゆっくり10秒数えるとマイクのスイッチを切り引き返した。
 
久瀬はそれを見届けると、
 
「僕たちがここから無事脱出できるかどうかは分かりません。
しかし!! 僕たちは逃げることなくこれに立ち向かい、この手に勝利を収めたいと思います!!
そしていつの日か、そう、いつの日かこの実験の成果が実ることを願いつつ、最後の言葉とさせてもらいます。
みなさん、ご協力ありがとうございました!!」
 
仁王立ちになり両手を空に突き上げ久瀬はその身に降りかかる拍手の波を受け止める。
どこか満足げな表情を顔に浮かべいつまでもポーズをとり続ける。
 
そしてカメラのスイッチが切られると両手をストンとおろした。
 
「北川特派員」
 
「おう」
 
「作戦は終了した」
 
「おう」
 
「よし、それじゃ行こうか」
 
様々なスイッチが並べられているパネルを操作してマイクを握った。
はち切れんばかりの歓声が2人の登場を待っていることは北川にも容易に分かった。
 
久瀬は相変わらずだんだんと叩く石橋に向かって、
 
「久瀬だ!! 今から出ていく!!」
 
そう言うと内ポケットからカセットを取り出してデッキにぶち込んだ。
 
 
 
スピーカーというスピーカから『鳥の詩』が流れ始めた。
 
 
 
久瀬は満足すると北川を見やってニヤリと笑った。
その時の久瀬の表情は今までで1番自信と尊厳に溢れており、北川が小さい頃にテレビで見たヒーローそのものだった。
 
久瀬は差し込んでいた棍を引っこ抜くと足で思い切り扉を開ける。
 
 
予想以上の歓声と熱気が北川の頬を撫でた。
 
 
スーパースターの花道のように左右に人の壁が出来上がっており、
ちょうどその途中に扉にぶつけたのか頭を抱えうずくまっている石橋とそばに立っている女生徒が2人いた。
 
 
 
久瀬を見上げ、指さしながら石橋が何か叫んだ。
それを見下ろしながら久瀬も叫んだ。
 
 
 
 
 
『届かない場所がまだ遠くにある。願いだけ秘めて見つめている』
 
 
 
 
 
届かないと言うには近すぎる場所でかわされたやり取りはついに北川の耳には届かなかった。
綺麗なメロディとそれをかき消す歓声に酔っていると、北川の視界が突然ぶれた。
 
そして気づいたときには北川は隠れていたガタイのいい教師数名に取り押さえられていた。
 
首根っこを捕まえられ、俯せに押し倒されながらも北川はどうにか顔だけ上にあげた。
 
 
 
 
 
『消える飛行機雲 追いかけて追いかけて』
 
 
 
 
 
そこには滅茶苦茶なフォームで逃げる久瀬とそれを追いかける石橋の姿があった。
野次馬が手を振り上げ、口笛を吹きながらそれをはやし立てる。そしてついに久瀬は前のめりになって倒れた。
 
それを見て北川はハハッと苦笑した。
 
久瀬が本気で走れば石橋が追いつけるわけは絶対にないのだ。
しかし石橋はそんな事にも気づきもせず、してやったりという顔で久瀬を必死に押さえ込んでいる。
 
久瀬はその間も報道の自由と超能力とジャーナリストたるゆえんについて延々と叫び、暴れ続けていた。
 
石橋の顔にいいのが数発入った。それを見て北川はなぜだか少し気が晴れた。
 
上体を引き上げられ、引きずられ退場していく時に久瀬を目があった。
 
口では文句を言いながら、北川に視線を投げかける。
 
 
 
どこまでも、それはそれは楽しそうな久瀬の笑顔。
 
 
 
 
 
『わたつみのような強さを守れるよ きっと』
 
 
 
 
 
その強さとは久瀬のような強さなのだろうかと思いながら北川は微かに笑い返した。
 
 
曲は間奏に入る。
 
 
お昼時の祭りが急速に、しかし余韻を残しつつ収束に向かっていく。
 
 
 
 
 
 
§§§
 
 
 
 
 
結局あれからすぐにお祭り騒ぎはお終いになった。
野次馬達は昼休みと言うこともあってお咎めなしだったが、やはり北川と久瀬はこってり絞られた。
その時も久瀬がいろいろと反論してどちらかというとヒートアップした国会のような感じだったが。
 
 
まぁいい思い出だと北川は思う。
 
 
回収したサンプルについて言えば意外にも200を超えていた。
しかし正解率は0%で、残念ながら次回の新聞に載る生徒は現れなかった。
 
色紙には記号でも幾何学的図形でもなく、”死して屍拾う者なし”という文句が書かれていた。
 
答えもさることながら、この色紙を見せられた北川は驚いた。
 
あの時、掲げていた色紙はすぐさま石橋に没収されて、返してもらえず終いだったのだ。
まさか返してもらったのかという北川の考えは、しかし久瀬の笑いによって否定された。
 
曰わく、実はあの時の色紙は偽物だったらしい。
 
つまり久瀬は自ら望んでああいう幕切れを望んでいたのである。
 
そしてダミーの色紙には、
 
【先日、恋人にふられてしまったそうですね。元気をだして下さい】
 
と殴り書きされており、あまつさえ一枚の写真が差し込まれていた。
それは元恋人と思われる女性と久瀬がなぜかにこやかに笑っているツーショットだった。
 
 
そしてその裏には、
 
 
 
 
 
『次回の目玉企画、教師石橋赤裸々白書の取材時にて』
 
 
 
 
 
とだけ書かれていたらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
〜〜あとがき〜〜
 
まずはこのような駄文を読んでいただいたみなさまに感謝です。
そして投稿を快諾してくれた管理人の八岐様、ありがとうございました(礼)
 
そんなわけでイリヤとのクロスです。
 
生まれて始めてのクロスオーヴァー、そしてイリヤと言うことで番外編です。
スミマセン、”華音な空〜”は本編とのクロスだったらこんな題名だよなーなどと思いつきで付けてみました(激汗)
第3巻、ESPの冬からです。流れもほぼ一緒と言うところに作者の初々しさがあるかと(斬)
 
役は北川→浅羽、久瀬→水前寺、石橋→河口、田代は特別出演です(爆)
 
それと放送室の扉は押し引きのやつです。一方的な開閉じゃないです(謎)
……じゃないと矛盾してしまうので(マテ)
 
おそらくカノンSS界初のイリヤとのクロスと言うことで、
(何が初だここにちゃんとあるんだよこの腐れ作者!!
と指摘された御方、その作品を教えて下さい。速攻で読みに行って来ますです(爆))
 
少しでも楽しんでいただければと思います。
 
改めて180000ヒットおめでとうございます♪
 
それでは、秋天でした〜!!(礼)
 
 
 
 
 
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