魔法戦国群星伝





< 第二十六話 ひとまず嵐は過ぎ去りぬ >




東鳩帝国 帝城



廊下に足音が響く。
リズムよく、早いテンポで刻まれるそれには、いつも感じられる躍動感が無かった。
躍動感のない足音など、憂鬱しか生み出さない。

足音に憂鬱を刻む女性――帝国情報総監 長岡志保の顔にはくっきりと疲労の色が浮かんでいた。
御音軍参戦からこっち、文字通り休む暇なく働き詰めである。
仮にも『千里耳(ヘルゼーエン)』の異名を冠し、情報を司る身として、御音共和国に裏を掻かれた事は志保のプライドを粉々にしていた。
その精神面の負担が彼女の快活さを奪いつつある。

ともかく自分の手の届く範囲で手段を尽くしていたものの、事態は悪化の一途を辿っている。

やがて目的の部屋にたどり着き、ドアをノックする。
どうぞ、と言う返事も待たずに部屋に押し入った。

部屋の中には二人の女性がいた。

一人は帝国魔導師団『深き蒼の十字(ティーフブラウ・クロイツ)』の長 第一階梯位 来栖川芹香。
もう一人は芹香の腹心である『深き蒼の十字(ティーフブラウ・クロイツ)』第二階梯位 姫川琴音である。

志保は挨拶もソコソコに本題を切り出した。

「綾香は…貴女の妹さんは負けたわよ、芹香さん」

「(綾香は……)」

と、ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声で囁く芹香。
その余りに小さなボイスと、まるで音界から切り離されたような静けさを纏った雰囲気から『静寂の魔導師(シュティーレ・ツァウベラー)』の異名を持っている。
流石に志保も付き合いが長いので、その常人では聞き取れない声を聞き逃すことは無い。

「大丈夫よ、今こっちに向かってるみたいね」

でも、と億劫そうに続ける。その草臥れた仕草には如実に彼女の疲労が見て取れた。

「御音軍がここ帝都まで来るのにおよそ六日、対して雅史の近衛兵団はどんなに急いでも一〇日はかかるわ。もし常識を無視したスピードで戻ってきても八日。今の帝都なら二日もあれば陥落する」

「敵の進軍を遅らせる手段はないんですか?」

琴音の質問に志保は無言で首を振った。

「(手段なら…ないこともないですよ)」

その唐突な囁きにギョッとしたように顔を向ける志保と琴音。

「芹香さん…その手段って?」

「(助っ人を呼びます)」

「す、助っ人って……」

援軍になるような存在など心当たりの無い二人は顔を見合わせた。
そんな二人を気にするようすもなく芹香は続けた。

「(先年、ある召喚魔法の手引書と法陣布を手に入れまして、それを使って喚び出してみようと思います)」

「まさか! 芹香さん!?」

「喚び出すって、何を?」

声を上ずらせた琴音と、ポカンと問い返す志保に向かい、芹香はあっけらかんと答えた。



「(魔界の王を)」









―――同日 深夜

東鳩帝国 魔導師団本院


最小限の灯りが燈された地下のホール。
普段は魔導術の実験場として使われる事の多いこの場所では、今切羽詰った声が暗闇を震わせていた。

「危険過ぎます!!」

「そうよ! 下手したら魔王大乱の二の舞よ!」

必死に芹香の行為を思い留まらせようと捲くし立てる琴音と志保を気にする様子もなく、芹香は床に黙々と複雑な魔法陣を描いていく。

「(大丈夫です、心配しないでください)」

一段落ついたのか、立ち上がった芹香は二人を振り返る。

「(三年前の魔王大乱の原因となった宮廷魔導師団の召喚実験は、使用した魔道書に欠けた所があったために失敗しました。彼等の実力不足も主要な原因ですが…。でも、今回の私が持つ手引書は完璧です)」

「そんなこと言ったって、魔王よ魔王。喚んだって言うこと聞くはずないじゃない」

「(そんなことはありません。彼ら魔族は契約さえ交わせば主の命には従います)」

「契約……その代償はなんですか? 芹香さん……」

低く抑えられた声の語尾が微かに震える。
咎めるような琴音の視線に志保は顔色を無くした。

「そういうのって…普通は魂とか…」

恐る恐る言ってみたセリフにあっさりと頷いてしまう黒髪の女性に、志保は泣きそうになった。

「(基本的にはそうですが……彼らが要求するものには個体差があります。今回召喚する魔王は魔狼王という魔族ですが、気まぐれ狼と呼ばれるような方らしいので何を要求されるかわかりません)」

「だから何を寄越せって言われるか分かんないんじゃさらに悪いわよー!」

「本気なんですか?」

琴音の声には諦めと念を押すような気配が漂っていた。

ぼんやりと闇に浮かぶ灯りに照らされ、普段よりもその白さを増した顔を、芹香はコクリと縦に動かした。
琴音は溜息を吐くように分かりましたと言うと、混乱している志保の傍らにそっと立ち、耳元で囁いた。

「最悪の場合は私たち三人で魔王と戦うこととなります。覚悟してください」

「ち、ちょっと、冗談じゃないわよ。相手は魔王なんでしょ!?」

何を言い出すのかと声を裏返させる志保の眼を覗き込むように見据え、琴音は静かに続けた。

「万が一の場合は、私の封印、二つとも解きます」

「っ!」

悲鳴のような呼気が漏れた。
全ての力を解放した姫川琴音……その力は想像を絶するに余りある代物なのだ。

だが志保を安心させるように琴音は微笑った。

「大丈夫ですよ、そこまでしなくてもやりようはあります。彼らがこの大盟約世界に来る時、相当力を封じられていますから」

「それ、どういう事?」

予想外のコメントに志保は目を瞬かせた。
魔王召喚の準備を進める芹香の姿を追いながら、琴音は説明を続けた。

「魔族はその莫大な力を維持したまま大盟約世界と魔界を行き来できないんです。彼らが自力で大盟約世界に来た場合、魔王クラスでも一流の魔術師クラスの力しか持てません。今回のように大盟約世界からの召喚と言う形の場合は比較的その力を維持する事が出来るのですが、それでもその本来の力からすれば半減しています」

「で、でも、それじゃあガディムの時には……」

「あの時は使用した魔法陣の設計図が完全な失敗作だった事に加えて、宮廷魔導師団の力量が全く問題にならないぐらいに低かったために召喚門が変に安定してしまったんです。そのためにガディムは召喚者の拘束を破り、眷属であるラルヴァを喚ぶ事が出来ました。それでもガディムは本来持つ力を殆んど発揮しきれていなかったらしいですよ」

「その力を封じられていた状態でも目茶目茶強かったんでしょ、ガディムって」

泣きそうになっている志保に直接ガディムと対峙した一人である琴音は、秘密を漏らすように小さく囁いた。

「いえ、実際はガディムを魔界に追いやるのはさほど苦労はしませんでした」

「えっ? ええ?」

「結局、魔王大乱があそこまで酷い事になったのはラルヴァの大量出現と帝国の対応の鈍さが原因ですから、っとそれは志保さんの方が詳しいですね」

「そっちはそうだけど……、魔王がねぇ」

「ええ、確かに並みの魔物とは桁違いでしたが。ただ、気配だけは物凄かったです。本来の力はやはり魔王の名に恥じないものなのでしょう」

「うー、そんな話聞いてなかったわよ。ヒロなんか凄く威張ってたし」

その言葉に琴音は苦笑を漏らした。

「実際に相手をしてみたら大した事無かったなんて言えないじゃないですか、仮にも魔王なんですから」

「ぬう、ヒロめ〜」

二人の会話が本来の趣旨から離れている間に、芹香は既に召喚の呪を唱え始めていた。
ほんの申し訳程度に開かれた口から、透き通った笛のような音が部屋に満ちる暗闇に染み渡っていく。
しばらく無言のまま見つめていた志保が、ポツリと尋ねた。

「ねえ、琴音ちゃん。魔王の召喚なんてそんなに簡単にできるもんなの? 確か旧宮廷魔導師団がガディムを召喚した時は二週間ぐらいぶっ続けで召喚儀式をやったって聞いてるけど」

「普通はそれぐらいかかりますが…。志保さんも知ってのとおり、芹香さんの魔術起動速度は…」

「あ! そっか、圧縮言語!」

琴音に皆まで言わせずに納得したように声をあげる。



通常、呪を唱えるということは、術者が発する一言一言に世界に干渉し、魔力を加工するための意味を込めている。
圧縮言語とは文字通り、一言に通常の数倍からなる意味を込めることで、詠唱時間を驚異的にに短縮する技能である。
今、彼女が発している甲高い音が、その圧縮言語だった。

勿論、誰でも使える技ではない。

古来より、空前にして絶後の大魔法使いといわれるマーリンだけが使えたとされる技能だった。
来栖川芹香がマーリンの再来と言われる一つの所以でもある。


「ええ、芹香さんなら三日程度で召喚まで持っていけるはずなんですが、今回は時間がないので裏技を使います。あそこ、魔法陣の中心に置かれた模様のついた布がありますよね、あれは去年、発見されたモノなんですが「法陣布」というモノで召喚に使用するアイテムです。調べたんですが、あの布を使用すればろくに魔術を知らない者でも特定の魔物―あの布の場合は魔狼王という魔王ですが―をすぐさま召喚できます。最も一回使用すれば凡そ百年は効力を失いますが」

「へえ、案外簡単に召喚できるんだ」

「あんなものはあの一枚しか存在していませんよ。法陣布などという名前を付けたのも我々ですし」

「え? そうなの? じゃあいままで使われた事はないんだ」

「いえ、少なくとも一度、百年近く前に使われた形跡が確認されています」

「ふーん。あっ、そういえばさ、その何とか布を使えば簡単に召喚できるんでしょ? なら何で芹香さんは魔法陣なんか描いてるの?」

「あれ? そういえば……」

言われて初めて琴音も気が付いた。確かにあの法陣布使えば簡単な呪を唱えるだけで魔王を召喚できるはずなのだが……

「あっ、そろそろ終わるみたいよ」

朗々と続いていた呪の詠唱が終極へと向かう。それに合わせるように魔法陣が光を帯びていく。
笛の音のような呪が唐突に終わり、微かながらも普通に聞き取れる呪…起動呪が唱えられる。

「(天を切り裂く牙持ちし狼、我、汝との契約を結ばんと欲す。門は開かれた、今ここに出でよ…出でよ…出でよ)」

轟音と共に魔法陣に光の柱が立ち上る。
爆発するように膨れ上がった光は、暗闇に沈んだ部屋を刹那照らし出し、そして消え去った。
と、同時に琴音と志保は思わず後退った。
力そのものが風となって吹き寄せてくるようなプレッシャー。
魔法陣を中心に何かが存在していた。
在るだけで周囲を圧倒する何かが……

そこでようやく志保は灯りが消えていた事に気が付く。
部屋は闇に押し包まれ何も見通す事が出来ない。
内心にパニックがせりあがって来かけた瞬間、何事もなかったかのように魔導の灯りが再度燈る。
と、同時に低いながらもよく響く男の声が聞こえてきた。
その声にひきつけられるように無意識に顔を向け……志保はポカンと口を開けた。

「我を召喚せし者よ…………って、これは一体なんの冗談だ……オイ!?」

魔法陣では……金髪の男が首だけを地面から出してウンウンと唸っていた。



§




「(ちょっと召喚術式にアレンジを施したんです。魔王さんにそのまま出てきてもらうのはちょっと怖かったんで)」

余りと言えば余りの状況に唖然としている琴音と志保に説明する。

口から火でも噴きそうな勢いで、首を振り回して暴れていた金髪金目の男――魔狼王は、芹香の言葉に驚いたように感嘆の吐息を漏らした。

おいおい、この召喚魔法の理軸回路に手を加える余地は無いはずだぞ、それをアレンジを加えるとはこのお嬢ちゃん……。

「で? 我を召喚せし娘よ。この状況はまあ置いておくとして、名を示すが良い。汝が望みと我が欲する報酬が折り合うのであれば契約をば結ばん」

先ほど崩れた口調を元に戻し、魔狼王は厳かに言った。首だけだけど。

「(私の名を示す前に、召喚者たる私に貴方の名を告げなさい)」

「用心深いことだ。まあこんな細工をするのだからそれも当たり前か。いいだろう、我が名はヴォルフ・デラ・フェンリル、満つる月の王なり」

「(魔狼王ヴォルフ・デラ・フェンリルよ、召喚者 来栖川芹香の名において我が願いを適えよ)」

「願いとは如何なるものか…告げよ」

「(願いは……敵よりこの帝都を守ること)」

魔狼王の首は失笑を漏らした。

「魔王の力を人間同士の縄張り争いに使うつもりか? 笑止な。娘よ、汝は知っているはずだ。我ら魔族が契約の代償に魂を好むことを…。汝はたかが国のために死を選ぶ…いや、魂を失うということは次の輪廻も適わぬということ。汝は自らの全ての終焉を甘受しても良いと申すのか?」

「(良くはありません。ですから出来れば魂以外のモノにして欲しいのですが……)」

あっけらかんと言い放つ芹香に一瞬唖然とした魔狼王はカッカと哄笑した。

「面白い、そこまであっさりと言い放つヤツは初めてだ」

だが、笑いながらも魔狼王は眼の端にそれを留めていた。
芹香の最悪の場合は魂を差し出しても構わないという強い意志を込めた視線を。
そして、後ろの二人の人間が直ぐにでも芹香の暴挙を止められるように自分に向けて殺気を漲らしている事を。

「いいだろう」

魔狼王は笑いを噛み殺しながらそう言うと、すぅっと何事も無かったかのように首より下の体を魔法陣から現す。

黄金色の長髪を靡かせた痩身の男の姿が虚空に浮かび上がる。
その金色の瞳で驚愕に歪む二人の人間(芹香は除く)の顔を楽しそうに眺めながら魔狼王は言った。

「魔法陣のアレンジは構わないが、プロテクトが甘いな。直ぐに解除できたぞ」

短筒を抜く志保と、力を解放しようとする琴音を芹香が手をかざして止める。

「別に暴れようってんじゃない。首だけ出してるというのはちとしんどいんでな」

コキコキと首を回してみせる。

「(私と契約を結ぶつもりがあるということですか?)」

「ああ、構わん。我は……いや、俺はお嬢ちゃん方の事が少々気に入った。契約の代償に魂を要求するのは止そう。そうだな…」

堅苦しい喋り方がくだけたものに変わる。こちらが本来の地らしい。
魔狼王は少し考え込むとその口を開いた。

「実は俺はこの大盟約世界で少しばかりやりたい事がある。俺の行動にフリーハンドを与えてくれるなら、お嬢ちゃん方に少々力を貸しても構わんぜ」

「フリーハンド? 何をするつもりです?」

「何、単なる暇潰しだ。最近魔界も退屈でな」

「まさか…こちらの世界を侵略するつもりでは…?」

疑わしげな琴音にニヤリと尖った犬歯を見せる。

「それも楽しそうだがな、今は興味は別にある。安心しな、姫川琴音嬢」

「!!」

突然自分の名前を呼ばれて琴音はたじろいだ。

「(随分とグエンディーナの内情にお詳しいようですね)」

「まあな。特にこのグエンディーナは前から縁があってな。さて、近々一度大盟約世界に足を運ぶつもりだったから、今回、力を半分以上維持できる状態は有難い。とはいえ、俺にフリーハンドを与える事には不安もあるだろうから、俺の行動で貴公らに被害を与えない事、表立って目立つ行動をしない事を明示しておこう。どうだ? 契約するか?」

「(契約を…結びましょう)」

「芹香さん、危険よ、こいつ変だって」

不信感を爆発させている志保に芹香はフルフルと首を振った。

「(大丈夫、この方は思っていたより楽しそうな人ですよ。それに魔族の契約は絶対です)」

そう言い残すと芹香は静静と魔狼王の目前まで歩み寄る。
魔狼王は芹香の手を取ると跪き、手の甲に口づけを交す。そして彼女の人差し指に爪をあて小さく切り傷をつける。
芹香は流れ出た一滴の血を魔狼王の額に押し付けた。

「我、ヴォルフ・デラ・フェンリルは来栖川芹香と契約を結び、来栖川芹香を一時の主とせん」

額に押された血印が一瞬煌めき、そして直ぐにその光芒を消す。

「契約はなされた。命を下すがいい、主よ」

「(帝都に敵の軍勢が進軍してきています。これを三日だけ遅らせて欲しいのです)」

「よかろう、足止めをすればいいんだな」

「ちょ、ちょっと。いきなり絶対魔術級(アブソルート・マジック・クラス)の魔術を使って御音軍を消し飛ばすなんて事しないでしょうね!」

「それが出来るなら簡単だがな、俺達魔界の者もこの世界にいる以上、永遠の盟約とやらに縛られるんだぜ。そんなことをすりゃ、俺まで消されちまう」

「え? そうなの?」

「当たり前だ。でなきゃ三年前、ガディムの野郎が態々ラルヴァなんて木偶どもを喚び出して人間の軍隊なんかと戦わせる必要もないだろう。自分が直接赴いて、すべてを吹き飛ばせばよかったんだからな」

面倒くさそうに志保に言い捨てると魔狼王は魔法陣に向き直り、パチンと指を鳴らした。

魔法陣は光に包まれ一匹の銀狼が出現する。

「来たかバルトー、眷属を集めろ」

「承知した」

それだけ言い残すと、白狼の姿が消え去る。

「今のは?」

「ああ、俺の腹心だ。幾種かの魔獣に話が通じるんでな。その敵軍とやらにちょっかいを出させれば時間稼ぎになるだろう」

「(そうですか、助かります)」

「なに、大した事はしていない」

芹香には楽しそうに喋るこの男が何故か無邪気な子供のように見え、クスリと目元を緩めた。







東鳩帝国中部 御音第一軍団


「どうなってるのよ、これは!?」

深山雪見の小さく吐き捨てた罵倒は喧騒の中に消え去る。
今、御音第一軍団は次々森から出現する魔獣の群れに翻弄させられていた。
一体一体は大した事が無いものの、こうも引っ切り無しに襲われれば軍勢はろくに前に進めない。

「みさき!」

「あ! 雪ちゃん」

前線で指揮を取っていた川名みさきの下に駆け込んだ雪見は切迫した様子で叫んだ。

「今、どうなってるの?」

「ダメだよ。どうしても進軍速度は滞っちゃうよ」

「なんとか排除できないの?」

「無理。あの魔獣たち、無秩序に襲って来るから逆に後手に回っちゃう。片っ端から潰してっても時間がかかるだけだよ」

「まったく…なんでこんな……」

「多分…これ、ビーストマスターの仕業だよ」

「ビーストマスター? そんなのが帝国にいるなんて聞いてないわよ。だいたい、これだけの数を操れるビーストマスターなんて…」

「でも…他に考えられない」

「……最悪だわ」

これじゃあ、帝都を陥すのは……





「長森……」

後方で状況報告を待っていた折原浩平はふと長森瑞佳に話し掛けた。

「なに? 浩平」

首を傾げる瑞佳に、「うん」と頷いてしばらく間が空く。
そして世間話でもするように続けた。

「長引くな」

その気の無いセリフの含まれた意味を悟りながら、瑞佳も軽く同意した。

「そだね」








これより三日後、佐藤雅史率いる近衛兵団は帝都に入城し、御音軍による帝都急襲作戦は水泡に帰した。
皇帝 藤田浩之ら主力軍と柳川・雛山勢も帝国領内に撤退し、東鳩帝国の侵略は一旦振り出しに戻ることとなる。

対してカノン軍は空になった皇都「雪門」を奪還。さらに帝国領土まで進軍したものの、国境の砦にて矢島・宮内勢を中心とした帝国軍の抵抗にあい、逆侵攻は頓挫。同地にて睨み合う状態となる。

一方の御音軍も折原浩平率いる第一軍団が帝都進撃を諦めて後方に撤退、稲木佐織の第二軍団との合流を果たすが、帝国軍も坂下好恵に増援を寄越し、御音軍は体勢を整えるために一時帝国領内から離脱、こちらも国境付近での睨み合いとなる。

その後東鳩帝国・カノン皇国・御音共和国は、小さな戦闘は行われるものの決め手を欠き、戦況は膠着状態のまま経過することとなる。

その緒戦から大陸全土に縦横無尽に戦火を広げた三華大戦は、今、長期戦の様相を呈し始めていた。






    続く















―ある物語の間奏―




人が屯い集う都市
並び立つ建物の隙間
陽光が遮られ、光の届かぬ闇が澱んだ裏の路地

そこに男は立っていた

足元には一人の裸の女がビクリビクリと痙攣しながら倒れている

辺りに漂っているのは血臭

切り刻まれた女の屍体から漏れ出す死臭だった

いや、女はまだ死んではいなかった

だがもはやその瞳に光の無いこの人の残骸を、生きているとは表現しかねる





男は嗤っていた

死者でもなく、生者でもない……もはや何者でもないこの女を愛でながら…

ふと自分の左手にべっとりと付いた女の血をベロリと舐める

その淫猥な舌が、文字通り血の色に染まる

男の嗤いに恍惚としたものが混じっていく

やがて死の痙攣が収まり、女は動かなくなる

女は死人となった




「…ふん、もう死んじまったか。まあ、遊びも程々にしねーとな」


一転、つまらなさそうに呟き、屍体となった残骸を蹴飛ばす

うつ伏せに倒れていた体が、上を向く

光を燈さぬ虚ろな黒瞳が男の姿を映した

男はもう一度嗤った

屍体が浮かべている表情……絶望を見て







男は脳裏に湧き上がってくる光景を味わうように反芻した

彼のもっとも甘美な記憶…

自分を殺した男の、自分が殺した男の絶望を



もはや、その男の声も顔も朧気にしか覚えていない

だが、あの絶望だけは忘れられない

あの奈落の如き感情こそが今の自分を象っている

凍りついていく絶望という感情を鋳型で固めて出来た存在

それが今の自分


そして…あれこそが自分が与えた最高の絶望だった



独りごちる

かつて自分が絶望の淵に突き落とし…殺した男に語りかけるように


「百年だ……百年探した」


喉の奥を震わせる


「ようやく目星がついたぜ、<スレイヤー>
…厄介だったぜ、魂の宿った先を探すのはな
まったく…最初の一人目にこれほど待たされるとは思わなかった
だが、やっと貴様の悪夢が現実になる時が来たって訳だ」


その禍々しき嗤いに、男を取り巻く瘴気がざわめいた


「だが、しばらくは猶予をやるさ
俺も忙しい身でな。(しもべ)ってやつはそれなりに働かないといけねえんだ。
そいつが代償ってやつらしい
契約とはいえ面倒な話だ


だがな、見逃してはやらないぜ


くくっ、単に楽しみは後にとっておくだけだ。

それにな、俺はまだ貴様に味わわされた恐怖を忘れちゃいない

貴様に殺された痛みを忘れていない。


忘れるものかっ!!


ははぁっ、貴様に見せたかったぜ、<スレイヤー>……
















あの女が……俺に弄り殺される姿をなぁ













ははっ、きゃはははははははは」



狂笑が影を染め上げ、男の姿は闇へと沈んでいった






















悪意が巡る


少女はそれを知らず


少年もまた魂の奥底に過去の欠片を沈ませている





運命の糸が絡まるのは誰の意図なのか







未来は未だ定まらず




されど時は刻みを止めず




悲劇を以って幕開けし舞台




行方の果てはもうすぐ其処に









Good-by to the next nightmare stage







  あとがき

八岐「我ながら何ちゅう強引な幕の引き方だか…(汗)」

浩平「幕の引き方って何がだ?」

八岐「魔王出したの…………反則?」

浩平「どうだか…。まあ、確かにあっさり魔王なんか出演させてもいいのかという疑問はある。 しかもオリキャラ…」

八岐「表立って活躍はしないのでそこらへんは勘弁して欲しいです。裏でいろいろやってるんですけどね。点と点を結ぶ線の役をやる人がどうしても必要だったんで」

浩平「ふーん。でも必要なくても出すじゃねえか、お前」

八岐「えへへ」

浩平「怖い笑い方をするなって(汗) しかしホントにキャラ数多いよな。最後の怪しいヤツも新キャラ?」

八岐「そうです。ちなみに正真正銘の悪役です。オリキャラじゃないですけど……」

浩平「あれ? オリジナルじゃないのか……他に出てなかったキャラいたっけか?」

八岐「いなかったかな……でも彼は君んとこの系列の人ですよ」

浩平「系列? 誰だ? うーん、だいたいあんた自体全部把握出来てるのか?」

八岐「…………さあ?」

浩平「オイ(汗)」

八岐「というわけで、一度人物紹介と用語解説みたいのをやろうかと思ってます。簡単にだけど…」

浩平「自分でも一度纏めないと訳分からなくなってるって事だな」

八岐「そういう事です(キッパリ)」

浩平「…開き直ってるし。それで今後の展開は? 三華大戦膠着状態になったみたいだけど」

八岐「ほったらかしになってる種に、そろそろ芽を出してもらわないといけないという訳でいろいろと……。あと三華大戦も終結させないといけないので」

浩平「……三華大戦終わったらこの話も終わりじゃないのか?」

八岐「前に言ったでしょう。ファンタジー的展開にするって」

浩平「……そんな事言ってたっけ?」

八岐「…オイ(汗)」

浩平「まあいいけどね。さて、つまりはやっと折り返し地点に差し掛かったって事だな」

八岐「話的にはね。中間部分に入ったかなって所です。文章量で言うともう半分過ぎてるのか、半分にいってないのか定かではありませんが」

浩平「適当だなぁ(呆れ)」

八岐「で、次回は第27話…じゃなくて簡単な用語&人物説明編です」

浩平「あんまり読んでくれなさそうだな」

八岐「いらないかな…(汗)」



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