魔法戦国群星伝
< 第五話 一六の翼 >
東鳩帝国 帝城 会議場
円卓の間の別名を有する会議場。
帝国ではこの円卓が意味する所は公平な意見を交わす場所というものだったらしい。
座る場所により、地位の上下を定めず、忌憚無き意見を述べる場だと。
無論、そのような理想的な会議が行われたことはなかった。
かつてのこの場は、貴族や役人が、自分の権益を手に入れるために争う戦場でしかなかったのだから。
だが、かつて皺だらけの老人達が、顔をつき合わせて自分達の権力の駒を動かしていた円卓を知る者なら、今、この円卓に並ぶ顔ぶれに目を疑うだろう。
円卓の間に並ぶ顔ぶれの殆どが十代から二〇代という活力に溢れた若者たちだからだ。
そして、この円卓の由来を知る者ならば、感嘆の溜息をつくだろう。
今、この場で行われているのは、まさに忌憚無き意見を交わす会議なのだから。
とはいえ、忌憚の無い意見が述べられる会議というモノは、総じて和やかでは居られないのも確かな話。
円卓の間にて、今までの戦況報告を行っている、三つ編みで眼鏡を掛けた女性の表情は、どう好意的に解釈しても渋面としかいいようがなかった。
女性は間を取るために咳払いをし、傍らに置いたコップを手に取り、水で喉を潤すと、あまり愉快でない報告を続けた。
「……とまあスノーゲート城攻略戦では損害多数、女王美坂香里以下の重要人物達も逃亡に成功。しかも城は今もトラップが稼動しとるとかで使用できへんみたいやな。
矢島君は動かせる限度に近い三〇〇〇ほどを連れて追撃したんやけど、もうちょいいうところであの水瀬とかち合ったらしい。
ん? 水瀬ってあの水瀬かって? そうや、先年のカノンの内紛で5万の軍勢をたった1万で完膚なきまでに粉砕したあの水瀬や。他におるかいな、そんな化けモンが。皇帝陛下がいちいちつまらんところで口挟まんでええ! はい? 先進めろ? はいはい分かりました。
それで水瀬軍一〇〇〇と矢島君の三〇〇〇が百花ヶ原で戦ったんやけど全く敵わんかったみたいやな。三分の一の敵にけちょんけちょんやわ。そんで矢島君は全治一ヶ月、まあ助かっただけマシやけど、矢島君の機動騎士団は実質壊滅や。
なに? ふむふむ。いやそんなことないで、矢島君はヘマいうほどのヘマはしとらん。むしろ被害を最小限に抑えたゆうてもええ。まあ負けたんやから、なんのお咎めも無しいうのはあかんやろうけど、そんなに非難できるもんでもないわ。
なに? はよ結論を言え? うるさいな、はいはいわかりました、結論やね。えぇと結論から言うんなら電撃侵攻かけて頭抑えて即降伏させるいう作戦は完全に失敗や。
ああっとつまり当初の予定より時間と労力がかかる羽目になったってなところやね、少なくとも私の意見では大量の援軍を直ぐにでも投入せんとヤバイんちゃうかってなところやな」
洪水のように喋りまくる軍務統合幕僚評議委員会議長、肩書きが長いので皆が「委員長」と呼ぶ保科智子の現状報告をどこか楽しそうに聞いていた東鳩帝国『英雄帝』藤田浩之であったが、さすがに作戦失敗と聞いては穏やかではいられなかった。
「わざわざ志保の情報局総動員させた謀略もあんまり意味なかったかな。あれ…結構大変だったんだが」
「そうでもないやろ、一応皇都を陥落させとるんやから」
委員長の言葉に特に気もなく頷く浩之。
「でもよ、援軍っていっても全軍出すわけにはいかんだろ」
「それはやめといた方がいいね」
浩之の問いに答えたのは近衛兵団長の佐藤雅史であった。
どこか捕らえどころがなくいつもニコニコしていてある意味不気味な人物であるが、人当たりがいいので彼を嫌うという人間は絶無に近く人望も厚い。
浩之とは小さいころからの親友であり、彼の最も信頼する人物でもある。
「そうやなあ、全軍っちゅうんは辞めといたほうがええと思う。囮の情報として流した反乱やって、ほんまに起こらんとはいえへんし(実際、情報を本気にしたアホが蜂起しよったしな。まあ反乱分子の焙り出しにはなったけど)、それに御音がどう動くか分からんしな」
「御音ねぇ……こないだクーデター政権ができたばかりだろ? まだ動けねぇんじゃなかったのか?」
御音共和国――大陸西部においてカノン皇国と双璧をなす大国である。
位置的には大陸西北部に位置するカノン皇国に対して大陸西南部にて東鳩帝国に接している。
つい先年まで王制を敷いていたのだが、長年の圧政により民衆が蜂起しクーデターに発展、今年に入って王制軍が敗退して共和政権が誕生している。
「志保に聞いたけど御音はだいぶ無理しないと軍が動かせないくらい国力が落ちてるみたいだね」
軍服が似合っているのかいないのかよく分からない印象を与える、おっとりとした雰囲気持った赤毛の少女の発言は、聞きようによっては無理したら御音が動きかねないとも聞こえた。
御音共和国は長年の王制による圧政に加え、数年に及ぶ内戦で国土は荒れ果てていた。
初代大統領に就任した小坂由起子の才覚により急速に国力は回復していたが、彼女の甥である折原浩平が中心となって立て直している共和国軍を動かすことは無謀に近い状況だった。
そもそも浩之がこの時期にカノンへの侵攻を決意したのは、御音の国力が回復してカノンとの軍事同盟を結んだ場合、大陸西部の征服が非常に困難になると予想されたからである。
つまり御音が動けるようになる前にカノンを征服しておく必要があったのだ。
そのために謀略によって奇襲を仕掛けたのだが、肝心のカノン皇国女王―美坂香里を取り逃がしてしまった。
元々、カノンの情報機関に気取られないように、小規模の軍勢のみを動かしたのだが、こうなると委員長のいうように早急に大軍を送り込み、短期決戦を目論まなくてはならなかった。
ちなみに先に御音を攻撃するという案もあったのだが、万一速戦で降伏させるのに失敗した場合、カノン皇国がフリーハンドを手に入れることとなる。そうなると帝国は一気に苦境に立たされるとの予測がなされたため、この案は放棄された。
「まあ、用心に越したことはないからそれなりの部隊は置いておくつもりだぜ」
浩之の言葉に赤毛の少女、神岸あかりは納得したように頷いた。
神岸あかり、浩之のもう一人の幼馴染であり、帝国一六翼将に数えられる重鎮でもある。
帝国一六翼将とは皇帝浩之を補佐し、帝国を運営する傑物たちに対し、帝国の民衆が自然に呼ぶようになった異称であった。
メンバーは
独立近衛鉄熊部隊『真紅の暴風』隊長であり、『皇帝の赤き牙』の字名を持つ神岸あかり
近衛兵団長にして風の如き神速の用兵速度から『疾風』と呼ばれる 佐藤雅史
帝国の情報を統べる帝国府情報局情報総監にして歩くタブロイド紙 『千里耳』長岡志保
帝国軍の最高責任者である帝国軍務統合幕僚評議委員会議長 『委員長』保科智子
帝国の全ての魔導を統べる帝国魔導師団「深き蒼の十字」の長である第一階梯位にして、盟約者『十二使徒』の首座である大魔法使いマーリンの再来と謳われる 『静寂の魔導師』来栖川芹香
来栖川大公爵家の当主代行にして神の拳を持つ天才格闘家 『神拳公主』来栖川綾香
「深き蒼の十字」第二階梯位であり、最強の超能力者 『狂える妖精』姫川琴音
来栖川公爵軍総参謀長にして帝国工房長―長瀬源五郎の最高傑作自動人形『戦女神の人形』HMX−13セリオ
遊撃銃兵部隊「猟犬」隊長にして銃神と謳われる銃の使い手 『魔弾の射手』宮内レミィ
帝国最強軍団柳川伯爵軍の総帥 『羅刹伯爵』柳川裕也
柳川軍団斬り込み隊長にしてその切り裂くような鋭利な技の冴えから『飛燕』と字名される格闘家 松原葵
帝国軍を裏から支える兵站の守護者 カウンター・ゲリラのスペシャリスト 『救世者』雛山理緒
イナヅマの如き用兵速度とイカヅチが如き破壊力を併せ持つ攻守に優れた用兵家 『迅雷』矢島
その意志と拳は鋼なりと称えられる格闘家にして軍団長 『鋼華』坂下好恵
来栖川私設特殊部隊「鋼」頭領 『鋼獅子』長瀬源四郎(コードネーム・セバスチャン)
帝国の治安を司る帝国憲兵総監 『利口なる怠け者』長瀬源三郎
という名前どおりの一六名からなる。
中でも神岸あかりは浩之が義勇軍を旗揚げした当初から常に彼の傍らで、もしくは最前線で戦った歴戦の将であり、彼女の率いる独立近衛鉄熊部隊はカノン皇国の水瀬公爵軍、御音共和国の強襲魔獣兵軍団と共に三大無敵部隊と呼ばれている。
浩之はあかりを含む自分を羽ばたかせてくれる翼たちを見渡した。
智将・猛将・勇将と選り取りみどりの名将たちが揃っている。彼ら・彼女らと共に戦うならば決して負けることはない。そんな想いが込みあがってくる。
浩之は少し息を吸い込むと、全員に向かって決然と宣言した。
「帝国は本日を以ってカノンへの全面攻勢を開始する。主力軍は俺が指揮するぜ」
どよめく会議場を前に浩之は次ぎはやに命令を発する。
「柳川伯爵は雛山軍と共に最北部より侵攻、カノン北部域を攻略しろ、速めに攻略できたらそのまま水瀬領に突っ込んでもかまわない」
独立指揮権を与えられた柳川であったが特に何の感情も見せず頷くと、会議中にも関わらずそのまま会議場から出て行った。
その後を柳川軍団の参謀長である阿部貴之が苦笑するように頭を掻きながらついていく。
隣では同じく柳川軍団前衛部隊長である松原葵がペコペコとお辞儀して後を追いかけていった。
柳川の傍若無人な行動に苦笑しながら浩之は続けた。
「それと…委員長は悪いけど先行して「雪門」にいる橋本と合流して治安整備の方頼む、後で長瀬さんを送るからそれまで暫定的に統治の形整えといてくれや。委員長の部隊は俺が連れて行く。それから矢島は本国に戻しとくように、取りあえず怪我が治ったらまた軍を任せるつもりだからな。」
「了解や、まかしとき」
「後、雅史もすぐ軍を率いて向かってくれ。水瀬領のカノン軍への抑えだな、もし軍を北に動かすようなら独断で突っ込んでもかまわない」
「なるほど、柳川さんの間接支援だね」
「そういうことだ。それで他の連中は俺といっしょに行くぞ」
あかりを始めとした諸将も頷いて同意を示す。
「それから……」
浩之は一番文句が出そうな人物の方に顔を向け、命令を告げた。
「綾香は本国待機な」
その言葉に美しい黒髪を靡かせた美女、来栖川綾香が怒りも露に立ち上がり浩之を怒鳴りつける。
「ちょっと!! 浩之どういうつもりよ!!」
やっぱり怒った。想像どおりの対応に浩之は用意しておいたセリフを喋る。
「御音がもし動いた時の備えだよ。わかるだろ? お前でないと、もしも御音が攻めてきた時、俺達が戻るまでの時間稼ぎも難しいからな。ほら坂下も付けとくから」
東鳩帝国最大の貴族である来栖川公爵家の現当主代理である綾香率いる来栖川軍は、近衛兵団・柳川伯爵軍と共に帝国三矢の敬称を持つ大軍団である。
国家状態が安定したならばカノン皇国と同様の国力を持つ御音共和国が攻撃を仕掛けてきた場合、これを主力軍が帰還するまで防ぐことができるのは彼女をおいて他にはいなかった。
戦略家としても一流の才覚を秘める綾香には、浩之の言い分に分があるのは分かっていたから、あまり強くは出れなかった。
というより最初から薄々自分が残されるのは分かっていたのだが、浩之に対して怒ってでも見せないことには気が済まなかったのだ。甘えているともいえる。
綾香は思いっきり恨めしそうに了承した。
「はぁ…しょうがないわね、残ってあげるわ。安心していってきなさい。浩之、貸し一つね」
なんで私も残るんだ? おまけなのか? と横で文句を言っている坂下好恵を引きずりながら綾香はその魅力的な笑みを浩之に残し会議場をスタスタと出て行った。
「おい……仮にも皇帝に向かって貸しってのはなんだよ」
という浩之の言葉は勿論綾香には届かない。他の連中も我関せずとさっさと準備に向かってしまった。
「俺ってなんか扱いがぞんざいだよな」
浩之は諦めたように呟くと、自分も出陣の準備を整えるために会議室を後にした。
第六話 『鬼達の宿にて』に続く
あとがき…?
八岐「今回、本編が帝国側人物紹介編みたいな感じだったので、あとがきもこの大盟約世界の魔法の紹介なんぞしたいと思います」
祐一「紹介編ねぇ。前回秋子さんに叱られたからこんなの始めたんだろ?」
八岐「うっ、図星」
祐一「しかも魔法の紹介ってな内容も、題名に魔法が付いてるクセに全然魔法が出てないのを気にしてるんだろ?」
八岐「痛い所突くねぇ。全くその通りです。あとがきとしては長くなるけど始めましょうか。では先生を呼びましょう。せんせ〜!」
美汐「ご機嫌よろしゅう。天野美汐どす、お見知りおきを」
祐一「……天野、それは微妙に物凄く違うぞ」
美汐「失礼ですね、物腰が上品と言ってください」
祐一「いや、そういう事を言ってるわけじゃなくて…」
美汐「未だセリフもない人は放っておいて早々に始めましょうか」
八岐「どーぞどーぞ」
祐一「ひでぇ(泣)」
美汐「では……まず、この物語の舞台である大盟約世界では魔法・魔術の種類は比較的多種多様に分かれています。
私達の住むグエンディーナ大陸で最も普及している魔術は『魔導術』と呼ばれるものです。
一般に魔法というと、この魔導術の事です。
魔術の効用の多様性ではこの魔導術が一番といってもいいでしょう。日常で使う簡単な照明魔術から召喚や魔道具の作成などですね。
しかし上級クラスの術を修めるのは難しく、超一流の使い手は来栖川芹香・美坂香里・倉田佐祐理・久瀬などと以外に少ないです」
祐一「その四人だけなのか?」
八岐「いや、他にも名雪なんか結構使えるぞ。それと君もな」
祐一「俺も?」
美汐「その通りです。相沢さんは『魔導術』でも特殊なタイプで『魔導剣』という技を使います」
祐一「それって魔法剣みたいなものなのか?」
八岐「全くそのまんまだな。まあ詳しい説明はまだ相沢君が登場してないので置いといて、他の魔術に話を移そう」
祐一「まだ出てないのね、俺……ああ、他の魔術ね。天野は『符法術』とかいうのを使うらしいな」
美汐「はい、文字通り呪符を利用した魔術です。既に術は呪符に込められているので、簡単な呪だけで術を起動できます。こと戦闘に関しては『魔導術』より有利とも言われています」
祐一「へえ、天野強いのか。強いと言えば舞はどうなんだ。超能力使えたろ」
八岐「超能力と言えば姫川琴音嬢もいたな」
美汐「超能力、フォースとも呼ばれる力ですね。結論から言えば、この世界では魔術と超能力は根本的に同じモノであり、同時に違うモノと考えられています」
祐一「どう違うんだ?」
美汐「両方、力の元が魔力であることは共通しているのですが…。
まあ簡単に表現すると、魔術は後天的に習得できる力、超能力は先天的にしか使えない力です。
特殊な事情により、その人物が使えるようになった力も超能力に分類されます」
祐一「……よく意味が分からんぞ」
美汐「八岐氏の力量不足ですね」
八岐「面目ないです」
美汐「魔術と超能力が明確に区別できるわけではありません。
川澄先輩の力は超能力といってもいいですが、魔術的な要素もありますし、この解説が忘れ去られる頃に登場するであろう折原さんの能力など、非常に魔術的効果を持ちながら魔術とはいえない特殊能力です。
分かりやすくいうと、魔術の極に完全に体系化され学問に近いものでもある魔導術、超能力の極に姫川琴音さん(彼女の能力はまさに超能力以外の何物でもありませんから)を置き、その間に他の魔術や特殊能力をそれぞれの位置に並べるといいかもしれませんね」
祐一「…う〜ん、わかったような、わからんような」
美汐「呪を唱えるものは魔術、呪を唱えずに発動できるものは超能力、もしくは超能力に近いモノと考えてもいいです。
あ! でも、呪を必要としない特殊な魔術も私の符法術の亜種にあるので一概には言えないのですが」
八岐「分かりにくいですね、ごめんなさい(汗)」
美汐「まあそちらの論議は論議として良いとして(良くないのですが)、一つ魔法に関する重要な事項を述べておきます。
この大盟約世界にはごく一部の例外を除いて回復魔法は存在しません」
祐一「なにぃ、そうなのか? じゃあ怪我とかしても治してもらえないのか……アレ? でも一部の例外って」
八岐「誰も使えない魔術とだけしか言えません」
美汐「…だそうです」
祐一「なんだよそれ」
八岐「話も序盤なのにポンポン喋っちゃだめでしょう? あんまりネタを引っ張るのもいかんのだけどそこは見逃してもらうとして、今回はここまで。天野先生ご苦労様です」
美汐「ご拝聴いただきありがとうございました」
祐一「本編の方もよろしく〜、俺まだ出てないけど」
八岐「訳のわからないあとがきですみませんでした。以後もどうぞよろしくお願いします」